No.818763

歩む話

01_yumiyaさん

クレイ中心。独自解釈、独自世界観。新6章話。捏造耐性ある人向け

2015-12-13 23:15:42 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:1527   閲覧ユーザー数:1502

『天と地の間には、哲学などでは思い及ばぬことがたくさんある。』

その言葉を、私は誰に聞かせるわけでもなくぽつりと呟いた。

 

地に足を付けるようになってから、どのくらい経っただろうか。

ようやく歩くことにも慣れ、今では軽やかに走れるようにもなった。

翼で空を駆けていた日々と比べると、私の歩みは遅い。

それでも1歩歩けば転び、6歩歩けば足を挫く頃に比べたら、私は「人間の身体」に慣れたと思う。

 

人間の身体というのは時に不便だ。

翼があった時分には、ひょいと軽く通り越せた沼地をいちいち歩かなくてはいけないのだから。

汚れるわ転ぶわ疲れるわ。

それでも私は人間に成ったことを後悔していない。

 

私は元は人間ではない。天使だった。

天使として生まれ、天使として生きていた。

しかしある日天命として「魔皇によって毒に汚染された沼地を浄化しろ」と、つまりは地上に行けと言い渡された。

土地が汚染されているならば人間たちも苦しんでいるだろう、早く助けなくてはと張り切って取り掛かったのだが、いざ沼地を見回ると魔皇に襲われ嘆き悲しんでいるはずの人々は笑っていた。

 

街を見れば何かの祭りをしているのかとても賑やかで、陽気な音楽も流れている。

人間達が大地の汚染に絶望してヤケでも起こしているのかとも思ったが、どうもそうではないらしい。

元々の土地柄が聖に寄っていた、…ん?多少違うな、なんと言えばいいのだろうか。

元々沼地は冥府に近くそれらの影響を受けており、それを緩和させるため必然的に人間たちは聖に特化した、が正しいだろうか。

そのおかげか人間たちは魔皇の侵攻に対抗出来ていたらしく、絶望的な状態にはなっていなかったらしい。

後から聞いた話ではあるが、祭りを行えるくらいは余裕があったそうだ。

…被害がないわけではなかったようだが。

しかし冥府に近い土地など忌み嫌われるだろうに、そこを住処と定めた人間の思考は私とて未だによくわからない。

 

「ああ、それはなんか彼らの先祖が冥府の気配に気付かずあそこに住み始めて、途中で"あれ?"と感じたものの生活が根付いてたから離れ難く、ならばと影響緩和させるため聖属性を重点的に学び始めた、って言ってましたよ」

 

私の心を読んだかのように答えを放ったロビンは「ボクら人間には"冥府に近い"なんてわかりませんし…。だからあそこ聖堂とか僧侶とかの立場強いんですよねー」と頭を掻いた。

ロビンは、否、人間は心を読めるのかと目を見開いた私を見て、ロビンは苦笑しながら己の口に指を当てる。

 

「……、声、出てましたよ」

 

指摘され慌てて私は私の口を抑えるが、私のその行為を見て彼は生暖かい微笑みを浮かべ生暖かい眼差しを向けてきた。

どうにも居心地が悪い。

少しばかりイライラしながらロビンを睨み付ければ、彼は苦笑しながら頬を掻く。

 

「そんなに睨まなくても」

 

そうロビンは言ったが、

朝起きて日課の散歩という名の歩く練習をしていたら

急に意識がブラックアウトして

目が覚めたら見知らぬ室内で

窓から外を確認すれば見たこともない青々とした草木が景色を飾っており

沼地とはかけ離れた森の中の建物にいて

「此処は何処だ?」

と混乱していると

「倒れてたんですよ、大丈夫ですか?」

と胡散臭い笑顔でニコヤカに話しかけてきた相手を警戒する私は、どこか間違っているだろうか。

 

嗚呼本当に、

天と地の間には、世の哲学などでは思い及ばぬことが多数ある。

物事によっては天使だったときの経験も知識も、人間となってからの経験も知識も役に立たないのだから。

 

…つまりは結局のところ

何故私は此処にいて

何故私はそこまで親しくない人間とふたりきりで

何故私の後頭部が痛いんだ

と、己では理解出来ない現状に対してみっともなくも喚き散らしたいだけの話だ

 

一体何がどうなっているんだ

 

 

混乱した己を鎮めようと、地上に降り立った頃の記憶を反芻してみたが、きちんと思い出せた。

私の頭は正常らしい。

頬を抓ればきちんと痛い。

ユメマボロシではないらしい。

ならば、今現在私が見知らぬ土地にいて、顔見知り程度の人間が私の目の前でニコヤカに接してきているコレは、現実なのだろう。

 

ふうと小さく息を漏らせば、落ち着きましたか?とロビンは小首を傾げた。

私はゆっくりと目を向けて、目の前にいる人物について記憶を手繰る。

名前くらいは知っている。ちょいちょい顔を見た覚えもある。見かけたときにどうにも不思議と懐かしい感覚に襲われたこともある。

が、私は彼と顔を合わせて会話したことはない、はずだ。

そこまで思考を巡らせてから、ふと思い出す。確かクリフが多少親交があるような口ぶりだった。

 

クリフはかなり真面目な信心深い僧侶だが、素の状態だと意外なほどに気質が軽い。…軽いというのは語弊があるな、親しみやすいというのだろうか。

ユーグと比べると人懐っこさと柔軟さが高い。

そんな彼がロビンに対しては「不思議で変な人」だと評していた気がする。

人間やら天使やら悪魔やら堕天使やら神やらアンデッドやらドラゴンやら、なんやかんやと多種多様な生物が生息しているあの地に住んでいるクリフが個人を「不思議な人」と評するのは珍しい。

一般的にいう「不思議なモノ」に慣れているあのクリフが「不思議」と言うのだから、それは余程摩訶不思議な物体なのだろうと思った記憶がある。

まあ現状、目の前にいる人物は私にとって「不思議な人」というよりは「不審な人」だが。

 

じっと顔を眺めていたからかロビンは不思議そうに首を傾げる。

そんな彼を見てに軽くため息を漏らしつつ、私は現状を問おうと口を開いた。

が、それは叶わず。私の言葉は乱入者によって阻害されてしまった。

すっと丁寧に襖を開けて入ってきた人物は、私を見ると一瞬不可解そうな顔をして気付いたように声を漏らす。

 

「…ああ、起きたのか」

 

私がきょとんと表情で返せば、待ってろと軽く言い放ち先ほどからしゅんしゅん音を立てていた鉄瓶に手を掛けた。

慣れた手つきで沸かせた鉄瓶のお湯を湯のみに注ぎ、少しばかり冷まさせたその湯を急須に注ぎ入れる。

茶葉を蒸らしているのか多少の時間を置いてから、湯のみにゆっくりと茶を注ぐ。

澄んだ黄緑色の茶が私の前に差し出された。

 

「目ぐらいは覚めるだろう」

 

そう言って彼は「飲め」と目で指示してくる。

相手の鋭い視線を受けつつも私は差し出された茶を、多少毒物の心配をしながら、軽くひとくち口に運ぶ。

…予想外にも、あっさりとしていて爽やかな味だった。思わずふたくちみくちと流し込み素直に喉を潤す。

「ボクにも」といつの間にか私の隣に座っていたロビンが催促すると、茶を入れてくれた人は私に向けた万倍も厳しい視線で、私にかけた万倍も厳しい声色で言った。

 

「お前は私の家を茶屋か何かだと勘違いしているようだな」

 

「今更?」

 

そんな厳しい視線と口調に怯むことなく、ロビンはにこりと笑い、変わらぬ態度で茶を催促した。

言われ催促され彼は目に見えて不機嫌な表情となったが、それでいて手付きは丁寧なまま茶を注ぎ、ダンと音がしそうな勢いでロビンに湯のみを差し出す。

…差し出すというよりは、叩きつけると表現したほうが正しい気もするが。

 

「どうもー」

 

「お前本当1回泣くまで殴らせろ。毎回毎回私の家に私の知らん輩をホイホイ連れ込むんじゃない!」

 

だってここに来れば美味しいお茶が出てくるし、と悪びれもせずロビンは出された茶を口に運んだ。

叱られたのにのんびりとした態度のロビンにも驚いたが、当人に言われ私はようやく気付く。

そうかそう言われれば私は彼にとって「見知らぬ人」だ。そんな輩が自宅に居るなんて不愉快以外の何物でもないだろう。

尚且つそんな輩が悠々と茶を飲むなんて失礼だったかもしれない。

そう考えた私からはぽつりと謝罪の言葉が漏れた。

 

「す、すまない。勝手に上がりこんでしまって」

 

私の言葉を聞いた彼はロビンに対し怒鳴ろうとした口を開いたまま、怪訝な目を私に向ける。

彼はしばらくそのままで固まり、不可解そうな表情に変わったかと思えば、戸惑ったように小さく呟き、大きくため息を吐いた。

 

「…? ああそうか!私はクレイという。…名乗りもせず失礼した」

 

彼の呟きは小さすぎて聞こえなかったが、私はハタと気付き己の名を伝える。

そうだ名乗りもしないで謝罪だけするというのも変な話だ。

私が名乗ると彼は狼狽え、盛大なため息を吐き眼光に鋭さを増した。

…私は何か間違ったことをしただろうか。

 

「お前、…ああいやいい。…私はオロシ、この森の族長をしている」

 

一瞬なにか言いたそうにしたが、言い淀み彼は己の名前を名乗った。

ようやく彼の名前がわかった。私はほっとしながらオロシに目を向ける。

するとオロシはちらりとロビンに視線を向け、それを受けたロビンはにこりと笑った。

その笑みを受けオロシは盛大に息を吐き出し、私に顔を向け言葉を紡ぐ。

 

「…お前に怒ったわけじゃないから、謝らんでいい。…ああそういう顔もするな気にするな。…いいから!」

 

気にするなと言いつつ怒鳴り声を上げるオロシは、やはり怒っているのではないだろうか。

頭を抱えてしまったオロシを見て、私はどうしたらいいのかと助けを求めるようにロビンに顔を向けた。

…うん?どうもロビンが笑いを堪えているように見えるのは気のせいだろうか。

 

そんなロビンの様子を見て、私は思わず眉をひそめる。

何か面白いことなどあっただろうか。自己紹介ぐらいしかしていないと思うが。

悩む私を尻目に、オロシが問う。

 

「それで今日は何の用だ?」

 

「えっ?」

 

その問いに私は答えられない。

だって私は気が付いたら此処にいて、現状を全く把握していないのだから。

私が困ったような表情を浮かべると、オロシは一瞬怯んだように反応し、すぐさまぷいとそっぽを向いた。

そんなオロシの態度に私が首を傾げれば、笑いを堪えつつロビンが声を出す。

 

「…会わせたら面白くなるかもなあ、と思って」

 

そんな理由で拉致られた私は、どんな顔をすればいいのだろうか。

そしてそんな理由で自宅に入り込まれたオロシは、どんな顔をすればいいのだろうか。

そう思いオロシの席に目を向ければそこにオロシは居らず、風を切る音が聞こえたかと思えば私の横からバタンと何かが倒れる音が響いた。

顔を向ければ横には肩で息をするオロシと伸びているロビンが目に映る。

どうやら力の限り張っ倒したらしい。

同情する気は、あまりない。

 

 

目をくるくるさせながら伸びているロビンを尻目に、オロシは私に2杯目の茶はいるかと問う。

流石に何杯もいただくのは申し訳ない。

その旨を話すとオロシは「そうか」と呟いた。

そのまま沈黙が私達を襲う。

 

……間が、保たないのだが、

何を、話せばいいのか、わからない。

 

互いに初対面だし。

互いに事態を把握していないし。

諸悪の根源は伸びてるし。

 

オロシも同じ気持ちなのか、所在無さげに目を泳がす。

私もどうしたらいいのか迷っていると、オロシがため息を吐きつつ口を開いた。

 

「…どうせそいつに連れて来られたんだろう。どうしてだ?」

 

気絶したまま来たのはお前が初めてだったがと呆れた口調で問われたが、私はその問いに答えられない。

なんせ本当に気付いたら此処にいたのだから。

その旨を話すとオロシは驚いたように目を丸くし、言葉を失う。

 

「ただ、その、…後頭部が、そこはかとなく痛い」

 

「こいつ何やらかしてんだ…」

 

頭を抱えたオロシに少しばかり罪悪感を覚える。話さないほうが良かっただろうか。

するとオロシはポツポツと過去あったことを話始めた。

それによるとロビンが此処に身知らぬ奴を連れ込むのは過去2回ほどあったらしい。初犯じゃなかった。

 

「まあお前のように無理矢理連れ込むのは初めてだが」

 

ある意味初犯だった。嬉しくはない。

ロビンの拉致スキルが上がっていて末恐ろしいと苦々しく吐き出したオロシは、ちらりとロビンに目を向ける。

当の本人はまだ目を覚まさない。

 

「まあ、いい。こいつが目を覚ましたら締め上げるとして、とりあえずは食うといい」

 

締め上げる(物理)なのだろうなとうずらぼんやり思いながら、私は差し出された可愛らしいウサギの形をした何かに視線を落とした。

見た目はほわほわしている。「食え」と言うのだから食べ物なのだろう。

私がじっとそれを眺めていると、オロシは薄く笑いながら語る。

 

「土産と称して雪兎を持ってきた馬鹿がいてな。ならばと菓子で作ってみた」

 

「ユキ、ウサギ…」

 

たしか雪でできたウサギの像だったか。知識としては知っているが実物を見たことはない。

そうか、ユキウサギとは小さくて丸っこくて可愛らしいものなのだな。

私がほんわかしながら小さなウサギの菓子を眺めていると、オロシは気付いたようにやや大きめの楊枝のようなものを取り出した。

 

「ああそうだな、菓子切りが無ければ食いにくいか。使い捨ての道具で悪いが使うといい」

 

…いや、うん?

これを、使えと。

菓子「切り」とか言ったな。つまりはこの可愛らしいウサギを、切って食えと。

え?何どうやって?

真ん中から真っ二つに?

それとも端っこから斬り刻むのか?

このウサギを?

 

ふと見下ろせばつぶらな瞳をしたウサギと目が合った。

小さくてまん丸の赤い瞳がこちらを見上げていた。

これを、

切れと。

 

これを…。

 

しばらく固まった私を見て首を傾げたオロシだったが、私は意を決したようにウサギの菓子を摘み上げ、ひょいとまるまる口に運ぶ。

 

出されたものなのだから食べないのは申し訳ない。

しかしせめて、せめて切らずに!

無理だろうこれを切り分けるなんて無理だろう!?

 

私の行動を見てオロシがギョッとしたように目を丸くした。慌てて茶を淹れて差し出してくれる。

湯のみを受け取る私を見て、オロシは呆れたように言った。

 

「…そこで寝てる阿呆は普通に切り分けてたのだが」

 

「…無理、だろう、これは」

 

だって可愛いすぎる。

少しばかり喉を詰まらせながら、私は絞り出すように声を漏らす。

これを平気な顔で斬り刻むほど、私は精神が強くない。

粗方菓子を飲み込み茶を流し込み、ひと息ついた私にぼんやりとした声が掛けられた。

 

「…うさぎは食べるものでしょう?」

 

今の騒ぎで目を覚ましたのか、ロビンが頭を抑えながら起き上がる。

開口一番何を言っているのだと呆れれば、自分の本職は狩人だ、と言われた。

 

「ボクとしては動物狩れないのは死活問題ですよ。だからうさぎは狩って食べるもの」

 

可愛らしいと思う気持ちはあるのだが、それとこれとは別問題らしい。

愛玩するものというよりは獲物として認識しているようだ。

 

「というか、食べ物に対して『切るのが可哀想』って感覚がよくわかりません」

 

可哀想ならば自力できちんと処理して血肉としたほうが供養になると思う、とぼんやりした口調でロビンは言う。

それは、そう、なのだが。

理解はしているのだが。

言葉に詰まる私だったが、オロシがロビンをぺしんと叩いた音に我に返った。

 

「…今のは生の兎の話じゃない。菓子の話だ菓子の」

 

「…ああ、あのお菓子か…。あれ可愛いかったね、食べるの勿体無かった」

 

「容赦無く食ったお前が言うか」

 

ロビンの言葉尻が妙に厳しいと思ったが、生のウサギの話だと思われていたらしい。

目覚めたばかりのぼんやりした頭で判断したからか、微妙に話題が食い違っていたようだ。

まあ狩りを生業としている自分の目の前で「動物を切って食べるのは可哀想」といった風の話題がされていれば反論したくもなるだろう。

 

「すいません、勘違いして」

 

ロビンが申し訳なさそうに謝罪した。私は笑いながら「問題無い」と仕草で示す。

私達の様子を見て、オロシが再度茶を淹れてくれた。

閑話休題。

 

 

「…先ほどからお前はちらちら外を見ているが、珍しいものでも見えるのか?」

 

まったりと3人で茶を啜っていると、不意にオロシが問い掛けてきた。

沼地には此処のように瑞々しく青々とした草木がないから、物珍しさからつい目を向けていたが失礼だっただろうか。

多少慌てながらその旨を話すと、オロシは「沼地」とぽつり呟く。

 

「あああそこか。天使が大暴れしていたという」

 

「あ、いや、それは」

 

やはり私達のしていた浄化行為は人間から見たら「大暴れ」と映っていたのかと私が口ごもれば、オロシは首を傾げた。

そんなオロシにロビンが言う。

 

「…このクレイさんが、その大暴れしていた天使の一角だよ」

 

「は?…どこからどう見ても人間だが」

 

ロビンの言に怪訝な表情を浮かべ、私を見やるオロシ。

どうやらオロシとしては私を「天使が起こした騒ぎに巻き込まれた人間」としてみたため先ほどの発言をしたようだ。

たしかに人間から見れば、魔皇による汚染も天使による浄化も望んでいないし頼んでいない。あの地に住んでいたら騒ぎに巻き込まれただけ。

隠すほどのことではないのだからと私は多少しどろもどろになりながらも己の事情を話した。

私は元天使で、天界のやり方に疑問を持ちそこから離反したことを。

 

「…大地とともに生きることを選んだら、ふわりと翼と輪っかが消えた」

 

「…天使というものは、意外と簡単な構造なんだな」

 

オロシはそう言ったが、私とて仕組みはよくわからない。

ただ人間とともに大地を生きるならば、翼はいらないと感じたのも事実。

彼女や彼らと、ともに並んで歩みたいと思ったのだから。

それに、

 

「…私は元より天使らしくはなかったのかもしれない。天命に疑問を持ったのだから。天命よりも人間を優先していたのだから」

 

私がぽつり呟くと、オロシは眉をひそめつつ不思議そうに問う。

「命令を無視して己の正しいと思うことをするのは、何かおかしいことなのか?」と。

今度は私が眉をひそめる番だ。

「天命は絶対だろう?」と。

互いの意見が相反し睨み合う私達を尻目に、ロビンはのんびりと茶を啜った。

ここまで我関せずを貫かれると微妙に腹が立つ。

 

「…睨まないでくださいよ」

 

私の視線に気付いたのか、ロビンは不満げな声を漏らした。

睨みつけた気はないが会話に混ざってきたならばと、ロビンはどう思うのか問えばオロシ側に同意すると言う。

多数決で負けた。

 

「というか天使の思考や思想に同意しにくいですよ。わからないもの」

 

ロビンの言葉に私は首を傾げる。

どんな形であれ、天使は人間と関わっていることが多い。

それなのに「わからない」と断言するのだろうか。

 

「わからないですよ。天使が何を考えて、何を目的として、何故人間に関わるのか。…天使はひとことも言わないでしょう?」

 

「そうか?」

 

私が問えばロビンは淡々と語る。

天使は個が見えにくい、得体の知れない生き物だ、と。

一部を除いて個がなく機械のように感じると。

それがとても不気味だ、と吐き捨てた。

 

「とりあえず、天使はやるべきことが決められていて、なおかつ規則が厳しい、ってのは把握してますけど」

 

「…ああだから『天命は絶対』なのか」

 

ロビンの説明でオロシは合点がいったように頷いた。妙に主張を誇示していたのは元々そういう生物だったからなのかと私を見やる。

生物て。

被験動物のような言い草だな。

不快を隠さず私が言うと、ロビンは「だって生態ぐらいしかわからないもの」と笑った。

 

「そんな天使のなかでもカマエルさんは毛色が違うかなあ」

 

カマエルの名を出されて、私の肩がびくりと反応する。

私と同じ使命を持って、私とともに地上に来て、私とは違う道へ逝った私の友人。

私がこの姿となり彼があの姿となった後、顔を合わせれば彼からは厳しい口調で非難された。

私は言葉に詰まり反論出来なかった。

カマエルの言は事実だったから。

そしてその態度を見て、どう説明しても、私は理解されないことがわかったから。

 

「カマエル?…ああ、あの暖かそうな翼の奴か」

 

「うんその暖かそうな羽根のひと」

 

私がカマエルと対峙した時の記憶で頭をいっぱいにしていたのに、耳に入ってきた言葉はなんとものほほんとした単語だった。

暖かそうって。

暖かそうって。

暖かそうって。

なんだ人間的にカマエルへの認識は焚き火かなんかなのか。

当人が聞いたら完全にブチ切れて、罪人認定ののち容赦無く斬りかかるだろうこれ。

 

どうやら彼らはそもそもアンデッドに対しあまり恐怖を抱いていないようだ。

ゾンビやアルラウネに対しては割と愛嬌があると言い、

デュラハンに対しては言い回しが面白いと言い、

死神は紳士的、魔皇に至っては正論言うからそこまで嫌悪は無いと言う。

 

「ああでもあのアンデッドのドラゴンは厄介だったな。呪われて大変だった」

 

「回復手段無いからな」

 

唯一苦言を申したのはネクロドラゴンに対して。呪いのブレスに苦戦したと笑いながら語った。

呪われてどうしたのかと聞けば力尽きる前にゴリ押し切ったと再度笑われた。

 

どうにも話がよくわからない。

アンデッドに敵愾心を持っていないならば彼らは魔皇側の人間なのかと思った。

それなら私を無理に拉致ったのも天使に対して批判的な考えを持つのも理解できる。

それなのにアンデッドのドラゴンと戦っている。

今でも続くふたりの話を聞く限り、彼らはアンデッドとも天使とも戦っているようだ。

 

彼らは、何なのだろうか。

 

どうにもよくわからず、正直に問う。

「君達は何者なのか」と。

きょとんとしながらロビンは、

「善良な一般市民」と答えた。

世間一般の通説として、善良な一般市民が他人を拉致するものなのだろうか。

ロビンの回答に私が警戒心を更に強めると、オロシは呆れながらロビンを引っ叩く。

ちょっとした軽口なのにと叩かれた頭を抑えながらロビンは不満を漏らした。

 

「やっぱり真面目すぎる。もうちょっと多面的にものを見て動けばまた違う道を歩めただろうなって実感した」

 

そう言ってふたりとも、とロビンはぽつりと付け足す。

『ふたり』とは、私とカマエルのことだろうか。

私が小首を傾げるとロビンはこくりと頷いた。

 

「カマエルさんだったら、きちんと説明すれば理解は出来なくとも受け入れてくれただろうに」

 

…そうだろうか。

私の考えが理解されないならば、どう足掻いても受け入れては貰えないだろう。

あの時のカマエルとの会話が脳裏に浮かぶ。

たとえ一緒に行動していたときでも無理だっただろう。

私達にとって天命は絶対だ。実際カマエルは使命を果たそうとずっと動いていた。

汚染された大地を浄化しようとずっと。

私が天命に疑問を持ち、彼に漏らしたときも首を傾げながら「急に何変なこと言い出してんだ?」と笑っていた。

きっと、受け入れては貰えない。

私がそう言うと、ロビンは呆れたように言葉を紡ぐ。

 

「側にいたのがカマエルさんだったからこそ、あなたは今その姿で生きていられるのに?」

 

と。

 

 

私が呆気に取られていると、ロビンは頭を掻きながら続けた。

 

「普通の天使だったら、クレイさんが天命に疑問を持った瞬間に危険視して排除の方向に動いてますよ。

なのにカマエルさんはそれをせず、あなたに合わせた妥協案を出したでしょう?」

 

「妥協案?」

 

思い当たることがない。

私が首を傾げると、ロビンは「引越し」と答えた。

ああそういえばカマエルは「みんな天界に引越せばいいじゃん」と言っていたな。

 

「ボクの経験だと、天使は自分の使命を果たすことを最優先するから他のことは考えません。

使命が浄化なら他を巻き込んでも浄化を実行するはずなんですよ」

 

ただカマエルさんは違った、とロビンは続ける。

浄化はするけれど『他を巻き込まないために』引越しを提案した。

 

『クレイが沼地の生き物を巻き込みたくなさそうだから』

『でも浄化は自分の使命だから』

『大地の浄化という使命と友人の考えを両立させるために』

『生き物はみんな天界に引越せばいい』という考えに至った。

 

「…カマエルさんは他の天使と毛色が違うと言いましたが、こういう考えをする方だからなんです」

 

使命一辺倒の他の天使とは違い、カマエルは柔軟性と応用力が高い。

言動と態度に惑わされがちだが、周りをよく見て発言し動く。

現にカマエルは天命と友人の意見を同列に扱い、両方叶えられるように思考を巡らせた。

使命を、ついては生き方を決められていて、規律の厳しい世界に生きる天使である割には、上手く抜け道を見つけて立ち回っていたとロビンは面白そうに微笑んだ。

 

「そういう生まれなのかとも思いましたが、どちらかというと影響があったのは育ち方のほうなのかな」

 

多分「先輩」の影響が大きいのかもしれないとロビンは腕を組んだ。

カマエルが先輩と呼び慕っていた力天使。私も何回か顔を合わせたことがある。

後輩の友人だったからか、普段は無表情なあの人が私にも優しく接してくれた。

 

「…カマエルさんが『正しいことをしたい』って言うのは、先輩が正しき力の天使だからでしょう?」

 

たしかあの人は「正しい」が口癖だった記憶があるし、とロビンは笑う。

先輩が頻繁に「正しい行いを」やら「正しきことが」やら言うから、「天命関係なく正しいことはすべきこと」と認識するようになってるんじゃないかなと、当の"先輩"と"後輩"を思い出しつつ語った。

正しいとされることをすると先輩は喜んでくれるから、褒めてくれるから。

悪いヤツをやっつけると先輩がみんなが褒めてくれるから、『とりあえず』悪いヤツをやっつける。

 

それだけ。

 

だがそれは人間だった場合の話だ。天使の立場から見ると、カマエルのような考え方は異質となる。

天使はすべきことを決められており、そのために生きているのだから。

天使にそれ以外は無いのだから。

それ以外をする必要は無いのだから。

そこまで語ってロビンはちらりと私に目線を向けた。

 

「…」

 

視線の意味はわからない。ただ、私を責めるような気配を僅かに感じ取れた。

私が押し黙るとロビンは少し悲しそうな眼差しで微笑む。

 

だから思う。

あなたがもう少し仲間を見ることができたなら、仲間を頼ることができたなら、仲間を信じることができたならば、歩む道がチグハグにはならなかったかもしれないと。

 

そう言って、ロビンは柔らかく笑った。

 

私はその微笑みから目を逸らす。

どうであれ天命に疑問を持った私が天から離れるのは時間の問題だったし、先輩がいる限りカマエルが天から離れることはまずないだろう。

いずれは敵対していた可能性が高い。

 

「だったら『私と先輩どっちが大事だ!?』とでも問い詰めてみれば良かったのに」

 

「絶対無理だ」

 

なんだその地獄絵図。

面白そうなのにとロビンは笑い、冷めた茶をくぴりと飲んだ。

もしそれを言ったとしても、カマエルが即座に「先輩」と答える姿が見える。

そのあと慌てて言い出すんだ。「っあ、いや違う!違くないけど違う!いや選べねーよ!」と。

彼の髪のように羽根のように、頬を赤く染めながら。

 

…たとえ頬が染まっても今ほど赤くはないだろう。

今は…、ああそうだ。

彼らはカマエルを暖かそうだと言っていた。

暖かいのだろうか。

あの姿になってから、触れたことも触れられたこともない。

以前は頻繁に肩を叩かれたり組まれたり手を引かれたりしていたのだが。

 

でも何故だろうな。

触れたことのないあのカマエルの身体は、きっとひどく冷たいのだろうと予想出来る。

今の彼はアンデッドだから。

何かの要因で死んだ可能性はかなり高い。

だってカマエルは堕天ではなく悪魔でもなく天使でもなく、アンデッドなのだから。

生きる屍なのだから。

 

不意に聞こえてきたロビンの言葉が不思議と頭に響いた。

「天使も、死ぬんだな、って思った」

そんな言葉が。

 

 

 

「まああの沼地はどっかしらが狂ってるから、そうなっただけかもしれないけれど」

 

ロビンがぽつりと漏らした言葉に

同じことを思ったのかオロシが新しく茶を淹れながら問う。

 

「どこかおかしかったか?」

 

「んー、そうだな。クレイさんは聞きましたか?研究者を訪ねてきた人の話」

 

少しばかり記憶を手繰り、私はこくりと頷いた。

知ってるなら話は早いとロビンはオロシに対し掻い摘むように軽く説明し、常識的に考えてと私達に問う。

 

「…急に訪ねてきた見知らぬイケメンが『あんたとは未来で会った。探したよ』って言いだしたら、信じる?」

 

「………。…難しいな」

 

「そのイケメンが『未来を変えるため過去に来た』って語りだしたら、信じる?信用できる人間だと思う?その人に賭けようなんて思う?」

 

「………難しいな」

 

だよねぇ…とロビンも腕を組んで重い息を吐いた。

オロシは多少思案し、「もしそれを信じたとしても、何故そんな奴が自分の所に来たのか疑問に思い、発言全てを疑って警戒心MAXで接する」と結論付ける。

私も同じ気持ちだ。

事実であっても頭のイカれた人間であってもとりあえずは警戒するだろう。信用するのは難しい。

研究者だから他の人間と感覚も思想も違い、自称未来人を受け入れ信じたのかもしれないが、やはり異様のようだ。

 

「その研究者が時間移動とかタイムマシンを研究していたのなら納得できるけど、そうじゃないし…」

 

たしかあの研究者は「死」を研究していたはずだ。時間移動とは程遠い。

あっさり信じた理由がわからない。

 

「ただまあ、それが事実の可能性は高いんだよ。彼が時間移動したのが原因で、あの地は其処彼処が狂ってると考えれば説明出来るから」

 

「何が狂ってるんだ?」

 

時間と次元、時元とでも言おうかとロビンは笑い、夢幻のように有り得ないことが頻繁に起きていると語った。

魔帝の今現在存在しない息子が目の前に現れたり、地獄の裁判所への扉が開いたり、ヴァンパイアハンターが本命ではなく微弱な吸血鬼の気配に反応して出没したり、あの地で未来の人間が未来の人間に出会ったり。

どうにも時間も場所もごちゃ混ぜになっているという。おかしなことに沼地にのみ集中して。

 

「だから、彼が沼地に出て派手に動き回るから時間が狂い、過去の人間に未来をベラベラ喋ったから次元が狂った、というのが一度納得できる、かなあ、と」

 

こめかみを抑えながらロビンが顔を伏せる。迷惑そうな態度を隠しもしない。

来て喋るだけでそこまで狂うものなのだろうかと首を傾げれば、コトワリを犯して世界が無事ですむはずがないと真剣な表情で言われた。

例えば未来の人間が過去に来たとしても、歴史を変えないように立ち回ればそこまで影響はないだろう。

しかし彼は未来を変えるために動き、過去の人間に未来の話をしてしまった。

過去の人間が未来を知れば、その未来がよくないものだったらなら、それを回避するため動き出し歴史が変わる。

世界はそれを良しとしない。

今はごちゃ混ぜになっているだけで済んでいるが、今後何が起こるかわからない。

 

「彼は、コトワリも世界も道理も何もかも、全てを敵に回してまで、何をしようとしているんだろうね」

 

そう言ってロビンは困ったように笑い、ぽつりと小さく言葉を紡いだ。

「未来が過去を変えるのに」

と。

それは本当に小さな音で、

隣にいた私だけがかろうじて聞き取れるような代物だった。

逆ではないかと思ったが、当人の真面目な表情を見る限り間違えたわけではないらしい。

私にはよくわからない。

 

 

新しく淹れなおした茶を受け取りながら、ロビンが私に顔を向け今後どうするつもりなのかと問う。

先ほどの表情は消え去りニコヤカに。

不審に思いながらも私は素直に答えた。

 

「どうと言われても、…とりあえず早く帰りたい」

 

「そうじゃなくて」

 

私の返答を聞いて、呆れたようにロビンは言い直す。

この後、魔皇や聖帝に対抗した後、どうするのか、と。

私が首を傾げればロビンは頭を掻いて言った。

 

「…まさか、魔皇を倒せば毒に汚染された大地が自然と元に戻ると思ってるんじゃ…」

 

違うのかと私がさらに首を傾げれば、ロビンは大地に過剰な期待をかけないで欲しいと困った表情で、すっと床を指差し言う。

元よりボクたちはこの地が住むことを許可してくれたから生きていられる。

その大地をこちらの勝手な我儘で汚して荒らしてるのだから、大地とてそこまで面倒みきれない。

 

「簡単な話、草木が元に戻るためには十分な日光と大量の水が必要です。それらの対策を考えているのかって話で」

 

「…」

 

私は黙って首を振る。

目の前のことを考えるのに精いっぱいでそこまで考えつかなかった。

日光はともかく、水か。

そういえば人間が生きるために必要な水は、どこから湧いていたのだろう。

汚染で多少汚れただろうが、そこまで致命的な打撃は受けていない。

飲み水に始まり、多少節水はしていたものの体を清める分は確保出来ていた。

まあ魔皇や魔帝がほぼ水分を必要としない体質だから、それをあまり重視せず無事だったとも言えるのだが。

ならば、水の管理もしくは恵みを与えていたのは誰だ?

 

「沼地にはオアシスの神さんがいますよ。恵みを与えてくれたのは彼女でしょう」

 

そしてロビンは続ける。

その神に恵みを与えるよう打診したのは、エーリュシオンだろう、と。

 

「元々あの人は完全浄化を決断する前にいくつもの対策を出しています。

ダイヤさんに光の加護を与えたり、天使を派遣したり、当の本人が魔皇と対峙したり。

人間だけでもある程度対抗できるようにと場を作っていました。その中に人間が住める環境作りも当然含まれるでしょう?」

 

そう、だとしたら。

あの人があの地に住まうオアシスの神に水の加護を強化してくれと依頼していたならば。

その依頼を受けて神が加護を与えていたのならば。

ただあの人と敵対し戦って追い払った場合、オアシスの神との繋がりはそのまま立ち消える。

 

魔皇を弱化させました、汚染は止まりました。

聖帝を退けました、光で消し去られることはなくなりました。

しかし水の恵みの加護もなくなりました。

 

そんなことになったら。

脅威は去っても普通の生活が出来なくなるならば意味がない。

水、まずはオアシスの神を探して少しだけでもいいから繋がりを得なくては。

ロビンの言葉から私はそう結論付ける。

そして気付いた。

 

今回の騒ぎを解決したからといって、終わりではないのだと。

魔皇や聖帝と戦って、倒したら終わりじゃない。

まだこれから先もずっと、道は未来は続くのだ、と。

 

沼地に帰らなくては。

早く帰って皆と相談して今後のことを、私達が歩むべき道を定めたい。

ずっとずっと私達の命が尽きても続くような道を。

地に足つけて歩いていける道を作らなくては。

 

「…ああ、帰りますか?」

 

ロビンがにこりと笑いながら私に声を掛けてきた。

私が頷くとロビンはひゅんと腕を振り上げ、

 

「露草の扇」

 

その瞬間今まで私達を眺めていたオロシの声が響いて、

 

 

唐突に睡魔に襲われて、

私の視界は真っ暗になった。

 

 

 

■■■■

■■■

■■

 

 

■■

■■■

 

ぺしんと何かが頬に当たった。

ゆっくりと目を開けると少しばかり怒った顔のダイヤが映る。

軽く周りを見渡せば、笑っているクリフと心配そうなユーグ。

そして見慣れた沼地の景色。

私は木に寄りかかり地面に座り込んでいたから、全てを見上げる形となっていた。

まだ覚醒しきれない私に対し、ダイヤはもう一度ぺしんと軽く私の頬を叩く。

 

「どこ行ってたの?探したんだから!」

 

ぷりぷりと怒りながらもダイヤの表情と口調はあからさまに「心配した」と物語っていた。

反射的に私が謝ると、もう、と頬を膨らせながら彼女は元の幼い姿に戻る。

 

「クリフが見付けてくれなかったら一生見つからなかったわ」

 

変なトコにいたらしいじゃない、と拗ねたような口ぶりで言われたが、幼い少女の姿で怒られても、なんというか微笑ましさが勝った。

私はもう一度謝罪して、彼女の頭を優しく撫でる。座り込んでいる私でも、手を伸ばせば撫でられる幼い少女。

こんな小さな少女を心配させてしまった。

そっぽを向かれたが、彼女はいつものように手を差し出して私に言う。

 

「…早く帰りましょう?」

 

「ああ」

 

私は立ち上がり、いつものように彼女の手を取って引かれるように踏み出した。

ダイヤが先導し、私が続き、クリフとユーグが付いてくる。

いつも通りの光景だ。いつもと変わらない。

さっきまで私が経験したことは、森の中で茶をごちそうになったことは、きっとリアルな夢だったのだろう。

 

…そう思おうとしたのに。

 

 

「ああそうだ、これが傍に落ちてましたよ」

 

クレイのでしょう?とクリフが笑いながら紙袋を差し出してきた。

身に覚えがない。

首を傾げつつそれを受け取り中身を確認する。

 

中にはウサギが入っていた。

あの時食べた、ユキウサギ。

小さな透明の箱の中で、数匹のユキウサギの菓子が私を見上げた。

 

 

何故これが此処にある?

ユキウサギなんてもの、雪の降らないこの沼地に住む者は誰も知らない。

 

ならばこれは、

これが此処にあるということは、

あれは、

 

あの森の中での出来事は、

夢ではなくて、

 

紙袋の中身を見て固まった私を不審に思ったのだろう。

ダイヤとユーグが多少警戒しながら紙袋を確認する。

と、

 

「なにこれ可愛い!」

 

ダイヤが目をキラキラさせながら弾んだ声をあげた。

ユーグは怪しげなものではなかったことに安堵した様子だ。

なにこれどうしたの?と問うダイヤに答えられずにいると、クリフが助け船を出してくれた。

 

「お土産じゃないの?今日1日出掛けてきたんでしょう?」

 

「そうなの?」

 

ダイヤが期待に満ちた目で私を見る。

こくりと頷く他なかった。

私が肯定の意を示すと、先ほどまで怒っていたのはどこへやら、ダイヤはニコニコしながら「お家でゆっくり見たいから、早く帰りましょう!」と私の手を引く。

慌てて彼女に合わせたが多少足が縺れ、私は地面に倒れこむ。

久々に転んだ。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

浮かれちゃってと申し訳なさそうな顔でダイヤが謝るものだから、大丈夫という意味を込め、私は汚れていない手で再度彼女の頭を撫でる。

むぅと私から目線を外し、ダイヤは私の服を払い、ついた泥を落とそうと試みた。

そんなことしなくていいと言えば、いいから!と怒られる。…まあ、いいか。

泥を落としている間、ユーグとクリフの会話が聞こえた。

 

「土産なら、何故紙袋を見たときに固まったんでしょうか。不審物でも入っているのかと」

 

「んー?遠くまで買いに行って力尽きてたら発見されて、こっそり渡そうとしてたのにバレたからじゃない?」

 

微妙に納得できないが説得力はあるかとユーグは頷き、クリフはなんでもいいじゃない美味しそうだしと笑う。

どうやら私に都合のいい解釈をしたようだ。

 

今日あった出来事を話せるものなら話したい。しかし己でも整理出来ていない事を説明するのは少し辛い。

それに、話して信じてもらえるかといえば、多分無理だ。

だってそうだろう?

不思議なふたりとお茶をして、私も把握しきれていない事柄を話していて1日過ごしたなどと、誰が信じるんだ。

それとなく、あの時忠告されたことを皆に伝えよう。

まずはオアシスの神と接触することを。

 

ああ、駄目だ疲れた

今日はもういい

目の前の菓子に集中しよう。

 

このウサギを切って食べろと言ったら、彼女たちはどんな顔をするだろうか。

少しだけ、楽しみだ。

 

 

ああそうだ、

たくさんあるから2つほど貰おう。

あいつにも渡したい。

 

私が持って行ったら嫌がるかもしれないから、

先輩に預けよう。

あいつはきっと先輩からなら、

受け取ってくれるだろうから。

 

このウサギを切って食べろと言ったら、

あいつはどんな顔をするだろうか。

 

 

END

 

 

■■

■■■

 

少しだけ時間を戻しましょう。

大丈夫問題ない、ここは其処彼処が狂った場所だから。

 

■■■

■■

 

……

 

 

「…あれ?」

 

「やると思った、私の目の前でさせるか」

 

ロビンとオロシの間には、すやすや眠るクレイがいた。

連れてきたときのようにクレイにガツンと一発かまそうと腕を振り上げたロビンは、オロシの技に邪魔をされ行き場を無くした手をゆっくり下ろす。

「こいつまたやらかすだろう」と予測していたオロシはしばらく場を見守り、ロビンが凶行に出る前に対象を即座に眠らせた。

このときほど相手を眠らせる技を扱える自分に感謝したことはない。

 

「えー…っと」

 

「こいつを運ぶんだろう?早く連れて行け」

 

戸惑うロビンを尻目にテキパキと準備をし、オロシは寝ているクレイをひょいと担ぐ。

「待っ」と声をあげたロビンにずいと紙袋を差し出し、テメェが持てと目で威圧する。ロビンは大人しく受け取った。

目を泳がせるロビンにオロシは脅しをかける。

 

「早くしないとこいつ起こすぞ」

 

「あああああ、わかった!わかったから!」

 

パタパタと慌ててロビンは家を出た。それを追うようにオロシも外へ向かう。

先導するロビンは口元を手で軽く覆い、オロシのほうを全く見ない。

そんなロビンに後ろから鋭い視線が浴びせられていた。

 

 

 

しばらく移動し沼地に着いた。相変わらず薄暗く草木に元気がない。

足場も悪いためオロシは多少歩きにくそうだ。

 

「それで?こいつをここいらに捨てるのか?」

 

「…しないよ」

 

確かに無理矢理拉致ったけどさーと不満げにロビンは呟いた。

人を死体遺棄する凶悪犯みたいに扱うのやめてとロビンは辺りをキョロキョロ見渡し始める。

目当てのものを見付けたのだろう。ついてきてと手で示しながら駆け出した。

 

「クリフさん」

 

「あれ、久しぶり」

 

そこにいたのはひとりの僧侶。

クリフは驚いた表情を浮かべながら軽く手を挙げ挨拶をする。

そっちの人は初めまして?とクリフは微笑みぺこりと軽く頭を下げた。

 

「今日はどうしたの?僕は人探ししてたんだけど、…見付かったからもういいや」

 

そう言ってクリフはオロシが担いでいる人物に目を向ける。

僧侶が変な場所をウロついていたのは、クレイを探すためだったらしい。

クレイがいなくなったからダイヤが朝から慌てちゃってね、見付かってよかったとコロコロ笑った。

そんなクリフの態度にオロシは眉をひそめる。

 

「…不審に思わないのか?」

 

「ちゃんと帰ってきましたし問題はないですよ?…それにこの人に関わると不思議なことが起きるから」

 

クリフはにこりと笑いながら軽く指でロビンを示す。

示されたロビンはきゅっと口を閉じ露骨に顔を逸らした。

オロシが眼光鋭くロビンを睨みつければ、クリフは「まあまあ」と緩く宥める。

オロシは大きくため息をついて、寝ているクレイを近くにあった木の下へと置いた。

 

「ここに置いておく。ただ寝てるだけだ、引っ叩けば起きるから安心しろ」

 

「りょーかい」

 

それとこの袋は土産兼詫びだとオロシはロビンから紙袋をひったくり、「いくつか入っているから足りると思う。皆で食え」と紙袋を指しながら言伝る。

「食べ物?」と首を傾げ、クリフはとてとてと紙袋に近寄った。

 

「…、なんか可愛いのが入ってるんですけど」

 

「ただの菓子だ」

 

これお菓子なのかと、クリフは驚いた表情で紙袋に向かって首を傾げ続けた。

くりんと首を傾けるクリフにオロシは声をかける。

 

「目的も果たしたし、私たちは帰る。そいつは任せた」

 

「あ、うん。わかった」

 

クリフは慌ててふたりに振り返り、適当に誤魔化しておくねとロビンに向けて笑った。

ロビンは特に答えない。しかしクリフは気にもとめず、そういえば、と思い出したようにこう言った。

 

「ユーグと一緒にいた時に死神に会ったよ。『ちょうど名簿に空きが出たところ』と言われた」

 

「…え?」

 

その空きを僕らで埋めるつもりだったみたい、とクリフは「どういうことだろうね」と問いながら首を傾ける。

クリフの言葉を聞いて、ロビンは思案げな表情を浮かべた。

そんなロビンを見てクリフはにこりと笑い、「気付いたら教えて」とひとこと風に流す。

ロビンは、答えなかった。

 

「じゃあ気を付けてね。…神のご加護がありますように」

 

「そちらも息災でな」

 

いまだに思案したまま動かないロビンの代わりにオロシが答え、ロビンを引っ張りながら軽く会釈し帰路に着く。

そんなふたりをクリフは手を振り見送った。

 

「さて、どうしようかなあ…」

 

残されたクリフの前にはすやすや眠るクレイがいる。担いでいこうとも思ったが自分には恐らく無理だろう。

起こすのも面倒だ。いろいろ説明しないといけなくなる。

ダイヤとユーグを呼んできた方が早いか。

バタバタすればその分有耶無耶にしやすくなるだろうから。

 

「まったく、君はもう少し自覚してくださいね。

ダイヤは僕らといたときは気を張って変身してることが多かったのに、君が来たあたりから元の姿でいる時間が増えてるんです。

君がいると安心するんでしょうね。

そんな子が今日は1日中変身しっぱなしなんですよ。大人しく叱られてくださいね」

 

ふうと軽く息を吐き、クリフはふたりを呼びに行こうと踵をかえす。

「女心」に「かんむり」を付けて「安心」とはよく言ったものだ。

女の子ってのは誰かのお姫さまになって初めて安心するのかもしれないなと、道すがらぼんやり考える。

ド真面目鈍感な元天使と、幼さ残る少女では進展は遅そうだが。

 

「まあのんびり見守ろうか」

 

道はまだまだ長いのだから。

 

 

 

■■

■■■

 

 

クリフと別れてオロシとロビンは沼地をてくてく歩いていた。

ロビンは先ほどのクリフの言葉を考えているのか思考の世界から帰ってこない。

しかししばらくすると粗方考え終わったのかふうと息を吐いて、軽く伸びをした。

 

「あれだけの情報で読み切るか」

 

「読み切ってはないよ、可能性の高いものを紡ぎ出しただけ」

 

死神がふたり組を見て「あなた方で埋めさせてもらう」と言うならば、名簿で空いたのは二枠。

ふたり分の空きで可能性の高いのはクレイとカマエルのことだろう、とロビンは頭を掻きつつ語った。

 

「クレイさんは人となり寿命が変化したため名簿から消えた、カマエルさんは名簿通り死んだが蘇生したため名簿から消えた。

…が、1番可能性が高そうかな、と」

 

この仮説の場合、天使のままだったらクレイさんはカマエルさんと同時期に死亡していたかもしれないね、と笑う。

死神の名簿は冥府に連れて行く生き物の名が載っているのだろうから。

クレイが天使のままだったなら、カマエルと同じ道を辿った可能性がある。ふたりの天使が死ぬとなれば、余程のことが起きるのだろう。

一応他の説もあるけど、時期がズレすぎるから違うかもとロビンは頬を掻いた。

 

「名簿の空きとやらはそんな簡単に代替できるものなのか」

 

「知り合いの死神に聞いたら、主人が望めば気にせず狩るって言われたけど」

 

首を傾けながらロビンは紺色のローブを身に纏った死神を思い浮かべる。

まあ彼は伯爵の世話係という側面が強いため、そう言ったのかもしれないが。

名簿なんか持ってなかったし。

因みに小さい死神のはうはギャンブル感覚で魂を狩るため多分本気で遊んでいる。

 

「クリフさんの会った死神さんは、冥府の管理人みたいだし。

からかっただけかもしれない。現存している人間で空きを埋めたら、その人間の正規の死亡時期にまた変に空きが出ちゃうから。わざわざ仕事を増やさないでしょ」

 

「…冗談か否か判断しにくい性格の奴が冗談言ってはいけないと思うのだが」

 

その死神が仕事が忙しいというのは仕方ないのだろう、この時代ならば煉獄のトップが不在なのだから。

使者を受け入れる場所のひとつが動いていないのならば、その分の持ち回りが冥府にいったのかもしれない。

そのため管理人である死神が忙しくなり、趣味の庭いじりが出来ずストレスが溜まっている。人間を弄りたくもなるだろう。

愉快なことに未来でも煉獄は機能しない。皇があのザマだから。しばらく様子を見ていたが無責任の塊。最近は煉獄を放り出して遊んでいるという。

死者を受け入れる場所のトップがアレだとは。迷惑この上ない。

 

 

その後しばらく互いにひとことも喋らず、耳に触るのは沼地独特の風の音だけ。

微妙な空気がふたりの間を包んでいたが、それに耐え切れなくなったのか意を決したようにロビンが口を開く。

 

「……えーっとさ。気付いちゃった?」

 

主語も何もない言葉。

しかしそれでもオロシには通じたようだ。

ふんと鼻を鳴らし、オロシが言う。

 

「かなり前からだがな。

気付いたら何だ?秘密を知った人間は殺して埋めでもするのか?」

 

だからボクを凶悪犯扱いするのはやめてとロビンは困った表情を浮かべた。

その表情のまま「してもいいけどボクにメリットがないからやらないよ」と言い放つ。

メリットがあったら殺るのかとオロシが呆れたように言えば、ロビンはすっと目を逸らした。

 

「ったく…。まあいい、此処は過去でいいんだな?」

 

「うん」

 

隠すことなくロビンは認めた。

クレイに対し、余計なことを言わないよう常に注意を払っていた人物とは思えない変わり様だ。

 

「まあ妙な忠告はしていたが」

 

「だって沼地の未来では、人が生きれる量の水は存在し、オアシスもきちんとあるんだもの」

 

放っといたらあの人たちはオアシスになんて全く意識が向かないでしょう?とロビンは憤慨したように言う。

その言い草はまるで「未来を未来の形にするため動いている」と言わんばかりだった。

 

「本当酷いんだよ。治すそばからほつれて行くんだ」

 

あの銃士、余計なことばかりする。そう言ってロビンは迷惑そうな顔を作る。

未来を変えるため過去を変えようとしている銃士と、未来を未来の形にするため戻していくロビン。

どうやら死ぬほど相性が悪いらしい。

 

「この時代は書物でもふわっとした表記か、さらっとした表記しかされていないんだ。

何でだろうと思ってたんだけど実際来てわかった。マジでゴッチャごちゃしてて当時の人も記録しようがなかったんだ」

 

腕を組み不機嫌丸出しな態度でロビンは語る。

オロシは「書物?」と首を傾げた。

 

「そんな書物あるか?私は見たことがない」

 

「あったよ?ピラミッドの奥に」

 

さらっとロビンは答えたため聞き流すところだったが、オロシはハタと気付き慌てて聞き返した。

「ピラミッドは魔王の本拠地だった気がするが」と問えば、

「うん」と軽く返される。

 

「いやあそこ大半が砂に埋まってるから、死角が結構あるんだよ。最近は脱獄騒ぎがあったから入りやすかった」

 

そのままこっそりピラミッド内を探索し、深く深くに埋まっていた本をいくつか掘り起こしたらしい。

苦労して掘り起こした割にはつまらない内容でかなり不満だったようだ。

 

「いや凄いんだよ。本によってはクレイさんが天界からの救世主扱いだったりしてさ」

 

そう前置きして、ロビンはとても不愉快そうに本の内容を語り始めた。

 

『ある時魔皇が目覚め、大地を毒で汚染しはじめました。

聖堂の騎士も僧侶も頑張って対抗しましたが、なかなかうまくいきません。

人間たちが困りきっていると、天から優秀な天使たちが降りて来て魔皇たちと戦いはじめます。

そのうちの1番優秀な天使は天命を受け、地に降り立ち人間となりました。

その者は天命のままに、天使のちからを持つ人間として活躍し、襲いかかる死霊たちを次々となぎ払います。

天からの救世主はその意のままに戦い続け、遂には人々を苦しめる魔皇を倒しました。

めでたしめでたし」

 

その話を聞いたオロシは不可解そうな表情を浮かべる。なにかおかしい。

この物語の「救世主」はクレイのことだろう。

しかし実際本人を見ているオロシとしては、現実との差異が激しすぎると感じる。

 

「都合よく改ざんされたいい例だね。調べたら天使信仰してるグループの作だった」

 

天使信仰をする人間は一定数いるが、誰も彼も不思議なことに「天使は素晴らしいもの。間違いは犯さない清く正しく美しく愛嬌のある最高の生物。天使は文字通り"天使"、堕天しても同じ」という狂信をみせる。

そんな狂信者により「天使は善」というイメージが進み、現実を歪めた物語が多々生み出されているようだ。

先ほど出た話はその最たる例で、「天使が仲間を裏切るはずがない、天使が身勝手な行動をするはずがない、天使が嫌われるはずがない」という妄想による割と愉快なシロモノ。

他の本では天使に頼らず人間が世界を救ったことになっていたり、ゴタゴタを完全に無視して魔帝や魔皇を讃える内容だったり。

1番酷いのが天使メインの話だったらしい。

 

「書くなら書くでもうちょい天使を調べてから書こうよ。天使を嫌ってるボクのほうが天使に詳しいってどういうことさ」

 

非常に微妙な顔でロビンはため息をつく。

今回のことにしても、と頭を掻いた。エーリュシオンは悪の手先、クレイは正しい判断をした、カマエルは騙されていると解釈されんのかと思うと笑えてくる、と吐き捨てる。

 

「天使たちの行動に疑問を持つ要素は一切ない。すべてが正しくてすべてが悪い」

 

見る方向をひとつにして「これが結論!」と騒ぐなんて阿呆のすることだ、とロビンは薄く笑った。

人間からみたらクレイは救世主。敵である魔皇とも天使とも戦える主人公。

ならば聖帝サイドから見たら?

次に魔皇サイドから見たら?

ついでに堕天使サイドから見たら?

現にクレイは、カマエルを犠牲にした。

周りを見ずにひとりで突っ走って、予期せず仲間を裏切った。

さて最後に、カマエルから見たら?

 

「さっきも言ったけど、エーリュシオンさんは大地を救済するためにありとあらゆる手を打っていた。

それなのに唐突に完全消滅を決断し、動く。凄く不思議だったんだよね」

 

打った手がすべて潰えたわけではないのに、大地すべてを消そうと動くのは早すぎる。

普通に考えて、今はまだ打った手がどういった結果を出すか経過を見守る時期。

何故結論を早めたのか、何故結果を見ずに判断したのか、何かきっかけがあるはずだ。

 

「それがクレイさんの離反じゃないかなと思ったんだよね」

 

実際どうかは知らないけどとロビンは頬を掻く。

というか今まで積もり積もった鬱憤が、クレイの離反で爆発し完全拒絶状態になっただけかもしれないと笑った。

 

「あの人が言う『何もかもが邪魔なのだ』があの人の本心じゃないかなと思うんだよね」

 

人間にも天使にも手を貸したのに、どちらも己を裏切った。

それ故すべてを見限り何もかもを消そうと思った。

「いらない」のだから。

まるで子供の癇癪のように。

 

そう思うと割と人間臭くて面白いのだけれど。

そう言って、ロビンはまた笑った。

 

 

 

「しかしお前は簡単に時も場所も簡単に越えるな。んなことしたら弊害が出ると己で散々語ったのに」

 

「いやちゃんと弊害は出てるよ?」

 

けろっとロビンは認めた。

虚をつかれたオロシが言葉に詰まると、ロビンは笑って語りだす。

 

「時元が狂ってとある兄妹が死んだ両親に会えた」

 

「は?」

 

ロビンの住む地から雪と氷の世界が繋がり、ピンポイントで繋がった。

とはいえ銃士のように歴史を変えるような真似はせず、ロビンはただフラフラと動いただけだったためそこまでおかしな事にはならずに済んだ。

 

「まあ会ったら会ったで煽られたからか、兄妹はそのまま神海帝を殴りに走ったから焦ったけれど。なんでみんな嬉々として過去をイジりにいくんだろうね」

 

「待てお前の話は何かおかしい」

 

どっちがどっちに移動しどう繋がったのか。

それを問えばロビンは「兄妹が過去に飛び、過去の場所で未来の両親の幽霊と出会った」と入り組みまくった答えを紡いだ。

 

「会えたはいいけどタイミングが悪かった。神殿に兄妹が揃ったときに繋がったから、兄妹は思い込んだ。『ここにいればまた両親に会える』ってね。

おかげで揃って神殿を守るようになったよ。見事に両親に縛られて、彼らは自由を失った」

 

また会えるかもしれないという幻影に囚われ、彼らはただただ神殿を守り続ける。

番人と守護者になって。

外の世界に意識は向かない。だって欲しいものは自分たちが守る神殿にあるのだから。

ここにいればまたきっと会えるのだから。

そう思い込んで。

 

「まあこっちに戻ってきてくれてよかったけど。あのままあっちに行ってたら、多分兄のほうは二度と帰ってこなかった」

 

神海帝にイチャモンつけて殴りに行った彼ならば、氷の魔皇にも挑むだろう。親のカタキと称して。

単細胞でメンタル豆腐の人間が、洗脳能力持ちの相手に敵うだろうか。

否、恐らく敵わない。

挑んだ足でそのまま洗脳され、魔皇に飼われる羽目になる。

薄氷の剣士となって。

 

ロビンは小さく呟いた。

「…本当に、馬鹿だなあ。あいつは」

一度決めたら一直線で、周りを顧みずただ己のみを信じて突っ走る。

たくさんの人に心配かけて、たくさんの人に迷惑かけて、なのに当人は孤高の戦士を気取っている。

 

「…本当に、馬鹿だ」

 

不本意で不愉快極まりないが、世界に1番愛されているのは彼なのに。

それに一切、気付かない。

とてもとても、嫌いだ。

そう、泣きそうな顔で呟いた。

 

 

「…お前は本当に、得体の知れない生き方をしているな」

 

「ボクは普通に生きてるだけ」

 

そう言ってロビンは背中の矢筒から矢を1本引き抜いた。

おかしくなったのはこの矢を手に入れたときから。

無自覚に時を越え、無自覚に様々な場所に入り込んだ。

許可もなく生きた身で煉獄や冥府に入れるのはおかしいと、そう気付いたのはほんの最近。

 

「便利なような、不便なような…」

 

クレイを暴力に訴えて連れ出したのはこれが原因だった。元天使の人間ならば、これの気配に気付く可能性があったから。

それでも世界を繋ぐため、彼を連れ出し忠告を与える必要があった。なんせ其処彼処で過去を変えようとする輩が活発に動いているのだから。

現にいろいろ狂っており、世界が上手く繋がらない。

まあド真面目な堅物優等生を連れ出すのに、上手く言いくるめる自信が無かったのもあるのだが。

 

ふうと小さく息を吐き、ロビンは手に取った矢をくるりと回す。

少しばかり歩みを速め、開いた土地に足を踏み入れた。

 

天使の目的が、 エーリュシオンのように「新世界の創造」であるのならば、

もしくは「生き物すべてを天使たちが管理する世界」ならば、

「天使判断での悪しき部分を消し去り、綺麗なものだけを集めたつまらない世界」ならば、

つまりは一度壊して世界を作るつもりならば、

自分は真っ向から対立する。

 

ロビンは持っている矢を弓に番え、天空高くに打ち上げた。

それを中心に波紋が広がり、呼応して辺りに光の矢が降り注ぐ。

 

Undo the world

世界を元に戻す

 

天使に壊されるならば、自分がそれを治してみせる。

出来るだろう。

なんせこの技はエーリュシオンの新世界創造と同じ。

彼の技も同じように、光を天空高くに打ち上げて波紋を広げ光を降り注ぐ技。

ロビンの場合は媒体である矢が無ければ使えないが、代わりにこれは天使すら射抜く。

 

「…急にどうした?」

 

「…宣戦布告」

 

彼も彼らも、見えるだろうから。

治すためには知らなくてはならない。

戻すためには理解しなくてはならない。

未来の先にいくために、呑み込まなくてはならない。

この世界を。

 

だからボクは

 

Connect the world

世界をつなぐ

 

 

 

END

 

 

 

ふわりと景色が代わり、見慣れた森が周囲に広がった。

風隠の森に帰ってきたようだ。

もはやロビンはオロシに対し、移動を隠す気はないらしい。

笑顔を浮かべながらロビンはくるりと反転しオロシに向き直る。

 

「って言ってもボクがこの世界を好きでいる間だけだ。

最近は狂ってて安易に救済という名の破壊活動をするばかり。

語る話は矛盾ばかり。

意味不明で支離滅裂なことばかり。

世界が世界を理解していない。

 

繋がらない世界を戻す必要はないでしょう?」

 

これ以上興を削がれるならば、自分はエーリュシオンのようにこの世を素直に見限るだろう。

そう言ってにこりとロビンは笑う。

相も変わらず独特な思考をする奴だと、オロシは呆れたように息を吐く。

どうにもこいつは見ている視点が他の奴らとズレている。

 

それは利点にもなり得るが、欠点にもなっている。

ロビンは天使が嫌いと嘯くが、

それは単に"何を考えているかわからないから"、"何を仕出かすかわからないから"、つまり

上手く思考を読みとれないから

嫌なだけ。

結局ロビンは天使が嫌いというより

得体の知れないものに対し、怯えて怖がって拒絶しているだけ。

幽霊に怯える子供のようなものだ。

現に思考が読み取りやすいカマエルやエーリュシオン、堕天使勢に対してはそこまで拒絶していない。

 

「お前は本当に面倒な性格してるな」

 

「こんなに真面目で素直なのに?」

 

笑ったままロビンは言う。

どこらへんが真面目で素直なのか。真っ直ぐ歪んだ性格してるくせに。

オロシが睨み付ければそれを無視してロビンはくぁと欠伸を漏らし、つかれた、とぼんやり言葉を紡いだ。

 

「色々あって本当に疲れた。しばらくオロシさんとこに泊めてよ」

 

「拒否する」

 

「残念」

 

へらっと笑ってロビンは、しばらくここらにいるから何かあったら遊びに行くね、と手をヒラヒラさせる。

珍しく、次の約束は取り付けなかった。

普段なら多少ゴネて無理にでも泊まっていくのに、それも無かった。

トンと跳ねるように、ロビンは振り返ることなくその場から立ち去っていく。

小さく鼻歌を歌いながら。

 

 

一番偉い人へ

ボクたちは今何をするべきか

何かを教えてくれ

真実はいつも ひとつじゃなかった

見たくはない夢を見た

 

 

風に流れる途切れ途切れの紡がれた音を、オロシは黙って見送った。

 


 
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