No.815391

律子「私の麻雀は!」小鳥「気付いて……」  第5話後編(中)

shuyaさん

律子さんは気合を入れるようです


注1:『一』は一マン、『1』は一ソウ、『(1)』は一ピンです

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2015-11-24 00:36:35 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:863   閲覧ユーザー数:863

【小休止・飲み物タイム】

 

 

春香「いや-お待たせしました。」

 

美希「どうせすぐに終わっちゃうんだから我慢しちゃえばいいのに」

 

春香「終わるの?えっと、なんで?」

 

律子「いつもの戯言よ。気にしなくていいわ」

 

美希「どうかな?」

 

春香「ん~なんだろ……まあいっか。続き、いっちゃいましょう!」

 

律子「と、いきたいところなんだけどさ……私にも、ちょっとだけ時間をもらえないかしら?」

 

美希「えーっ!ミキ、早く麻雀したいっ」

 

律子「顔洗って気合を入れ直したいのよ。美希だって、手ごたえの無い相手はつまらないって言ってたでしょ?」

 

美希「今から気合を入れ直されてもねー」

 

小鳥「気にしないでいいわよ。行ってらっしゃい」

 

律子「ありがとうございます。えっと……どうしようかな。あ、春香。麦茶ってまだあった?」

 

春香「ありますよ。キンキンに冷えたのがたーっぷりと」

 

律子「じゃあ私も頂いてくるわね」

 

 

……

 

 

美希「小鳥はよかったの?このまま倒しちゃった方が楽だと思うけど」

 

小鳥「やっぱりそういうことだったのね……変に煽るから、意図してのことだとは思っていたけれど」

 

美希「だって……」

 

小鳥「勝つことが目的なら、美希ちゃんの言う通り。でも、それは良くない考え方よ」

 

美希「えっ?!マージャンって勝てばいいんでしょ?」

 

小鳥「そう思ってもいいし、思わなくてもいいのよ」

 

春香「……えっと、それってどういうことなんでしょうか?」

 

小鳥「わかり難かったかな。つまりね、麻雀って案外自由なものなの。楽しみ方はいくらでもあるし、人によっても違う。だから楽しいの」

 

美希「え~。じゃあさ、例えば……まあ小鳥でもいいや。小鳥は何のためにマージャン打ってるの?」

 

小鳥「うーん、そうねえ。今は”みんなが楽しく麻雀を打てたらなあ”って、そう思いながら打っているわ」

 

 

――給湯室――

 

 

 律子『はあぁぁぁ……』

 

 律子『びっっっくりするくらい負けたわね』

 

 律子『気付くのが遅かったわ。小鳥さんの思惑にまんまと乗せられて、気付いた時にはもう勝負が決まっていた』

 

 律子『振り返ってみれば、思い当たる節がいくつもある。私はずっと、勝手に転んで傷ついていただけ』

 

 律子『残り500点じゃどうあがいても無理。小鳥さんとの勝負は私の負け。これは揺るがない』

 

 律子『だけど……せめて一矢くらいは報いたいわよね。小鳥さんにも、美希にも』

 

 律子『だって。私はまだ、何もできていない。私の麻雀を何一つ出せていない』

 

 律子『このままでは終われないわ。終われないわよ、絶対…………』

 

 

 律子『うん。まずは状況確認。トップの美希とは約七万点、小鳥さんや春香とは約二万五千点の差がある』

 

 律子『親が残っているとはいえ、実力が桁違いのであろう小鳥さんに追いつけるとは思えない』

 

 律子『小鳥さんはまだあがる権利を一個残しているから、私が何かをしようとしてもきっと潰される』

 

 律子『美希とは単純に点差が離れすぎていて話にならない。何かの偶然で大物手をぶつけても、単発では意味が薄い』

 

 律子『もう詰んでいるわね。無理をして突発的な役満を狙うのは私の麻雀じゃない。ならオーラスの親……遠いなあ』

 

 律子『……うん。先をイメージしても絶望するだけね。シンプルに行きましょう』

 

 律子『次の局で、美希の親を流す。今はそれだけでいい』

 

 律子『ひとつひとつ、クリアすること。残り時間はいくらも無いんだから』

 

 律子『……泣くことなんて、後でも出来る。今は、できる限りの精一杯で打つだけよ!』

 

 

【南二局・三本場】

 

北家:小鳥 24900

東家:美希 69500

南家:春香 25100

西家:律子   500

 

 

律子「お待たせしました。ゴメンね、美希。春香も」

 

春香「そんな、いいですよ全然」

 

美希「みんながいいならミキもいいよ。じゃあ行くね。サイコロ振って」

 

小鳥「ひだりっぱ。山切って」

 

美希「親のミキが配牌取って」

 

春香「私もみんなもどんどん取って」

 

美希「ちょんちょん取って」

 

春香「私も取って」

 

小鳥「はい。配牌の出来上がり」

 

美希「うん。小鳥の言う通り、やることを口に出すとミスがなくなるカンジするね」

 

春香「私たち、こういうところは練習してなかったもんね」

 

小鳥「こういう進行上の地味なところって、始めたばかりの人は戸惑いやすいのよ」

 

春香「私、慣れるまでは頭の中で言っていくことにします」

 

小鳥「あ、それもいいけど、春香ちゃんならいっそ歌にしちゃうのもオススメよ」

 

春香「歌、ですか?」

 

小鳥「そう。間違えそうなところのやり方を、自分なりにね」

 

春香「それ、面白そうですねっ」

 

美希「……ってことは、昔は小鳥も歌ってたんだよね?どんな歌?」

 

春香「あーそれ知りたいっ!参考にしたいので教えてくださいっ!」

 

小鳥「えっ?え~っと……わ、忘れちゃったわね!ずーっと昔の、そう、小さい頃にちょっと歌っていただけだから、さすがに」

 

美希「え~っ!小鳥くらい歌の好きな人って、そういう思い出の歌とか忘れたりしないんじゃないかな?」

 

小鳥「うっ……」

 

美希「その反応……ゼ~ッタイ!覚えてるのっ!!」

 

春香「私たちに嘘を吐いたんですねっ。これはもう、どうあっても教えてもらわないと」

 

 

 律子『みんな、楽しそうにやってるわね』

 

 律子『ああ。思えば、さっきまでの私はこんなやりとりにもイライラしっぱなしだった』

 

 律子『はぁ……どんだけアツくなってんだって話よね。普段通りの会話なのにストレス溜めちゃうなんて』

 

 律子『今は、なんとか頭を使えるくらいには戻せている、と思う。自信はないけれど』

 

 律子『気を取り直していきましょう。さて、大事なこの局。相変わらず配牌は悪い。というか、酷い』

 

 律子『普段なら降りを意識しながら打つんだけど、誰に何をツモられても飛ぶ状況なら限界まで前に出る必要がある』

 

 律子『手の内に役牌があるだけマシ、なのかな?まあ、南と発と中が一枚ずつあるだけなのだけれど』

 

 律子『あ、西まできたわ。これは全てが取って置きね。特急券の引換券みたいなものと思えばなんとか』

 

 律子『……流石にポジティブ過ぎるか。配牌もツモも悪い。噛み合ってないわ。これ、まともにやってもあがれる気がしない』

 

 律子『雪歩の逆手順。どこかで試せていたら、アレンジして使えたかもしれないのに。本当に、後悔ばかりが頭をよぎっていく』

 

 律子『……ああもうっ!そういうのは後でって決めたでしょうが!』

 

 律子『とりあえず、いつもの効率重視じゃダメ。必要なのは速度だけ。無理を承知で、遠いところからでも仕掛けていきましょう』

 

 

――5巡目――

 

律子「チー」  鳴き:三‐二四

 

美希「あっ!律子がミキの親を流しにきてるのっ」

 

律子「ダントツで絶好調の親なんだから当たり前でしょ。なにを驚いているの」

 

美希「むー。さっきまではミキのことなんてぜーんぜん見てなかったのに」

 

 

 律子『うっ』

 

 律子『相変わらずこの子、無自覚に痛いところを突いてくるわね……』

 

 律子『言いたいこともあるけれど、文句を言うのも謝るのも後でいい。今は、麻雀に集中する』

 

 

美希「まあでも、今さらだよね」

 

小鳥「……」

 

春香「早い鳴きですねえ。これ、どんな役があるんだろ。えっと」

 

小鳥「春香ちゃん、また美希ちゃんに怒られるかもしれないけれど、追加で一個だけ教えてあげるわ」

 

春香「ほんとですか!ぜひお願いしますっ!」

 

美希「じ~」

 

小鳥「視線が気になるけど……続けるわね」

 

美希「いいけどね。ミキの勉強にもなるし。でも、ほどほどにね」

 

 

 

小鳥「じゃあまず、律子さんの手を考える前に、状況をよく考えてみて。この局、自分があがれないとしたら、誰にあがって欲しい?」

 

春香「私があがれないとして、ですか?」

 

小鳥「そう。麻雀はいろんなパターンの展開を想定することが大切なの。都合の悪い展開の方が多い遊びだから」

 

春香「うーん……美希は絶対ダメで、小鳥さんも点数が近いのでダメだから、律子さん、でしょうか」

 

小鳥「じゃあ次。春香ちゃんが律子さんの状況ならどう考える?しっかりと手を高めて、いいあがりをしようとする?」

 

春香「リーチもかけられない点棒で、ノリノリの美希相手ですか……私よりもずっと厳しい状況で」

 

小鳥「そう。ちなみに、点数を支払うことになったら必ず飛ぶ状況よ」

 

春香「うわあ。じゃあもう、なんでもいいから早くあがりたいって思っちゃいそうです」

 

小鳥「でしょう?なら、改めて春香ちゃんに聞くわ。頑張って考えた結果、なんと律子さんの手が読めました」

 

春香「想像の中の私も頑張ってますね!いい感じですよっ」

 

小鳥「はい、よくできました。で、その読みをどこで使うの?」

 

春香「どこで、ですか?どこ……えっと、律子さんがテンパったあたり、でしょうか」

 

小鳥「それは”いつ”ね。どういう状況なら、律子さんへの読みを使って回したり降りたりするの?」

 

春香「状況ですか?う~んと……ごめんなさい。ちょっと思いつかないです」

 

小鳥「私が春香ちゃんなら、点数が安いことを見切って差込みに使うケースはあるかもしれないけれど」

 

春香「でも振り込まない方がいいですから」

 

小鳥「美希ちゃんがリーチをかけたとしても?」

 

春香「うっ!今の美希のリーチは勘弁して欲しいですね……というか、絶対にあがらせちゃダメだと思います」

 

小鳥「だから私なら、律子さんの手を読みきった上で振り込むことも考えておくのよ」

 

春香「なるほどなあ。でも、想像上の私にはできるかもしれませんが、今の私には無理ですね……」

 

小鳥「初心者のうちから差込みを覚えてもいいことないわよ。今はまだ考えなくてもいいと思うわ」

 

春香「でも、小鳥さんは律子さんへの読みを差込みにしか使わないんですよね?」

 

小鳥「ほとんど、だけどね。今はそう思ってくれていいわ」

 

春香「じゃあ私には使い道が……あっ!ひょっとして、私は今、律子さんを読む必要がないってことですか?」

 

小鳥「ほぼ正解。要するに、今は律子さんを気にする状況になる可能性がとても低いってことね」

 

春香「そっかあ……うん。よく考えてみたら、律子さんの安い手に振り込んでも『まあ仕方ないかな』って思いそうです」

 

小鳥「でしょ?律子さんには振り込んでもいいって思えたら、この厳しい状況がちょっと楽になるはずよ」

 

春香「ありがとうございます!!なるほどなあ。振り込んでもいい時もあるんですね」

 

小鳥「麻雀にはいろんな場面があって、色んな対策手段があるの。だから奥深くて面白いのよ」

 

春香「うわあ。なんかいいですね、そういうの」

 

小鳥「ふふ。私だって、偉そうに言っているけれどまだまだ知らないことばかりなの。だから、一緒に勉強していきましょうね」

 

春香「はいっ!じゃあ、まずはこの局……うん。美希のことだけ考えよっと」

 

美希「春香……なんかそれ、キモチワルイ」

 

春香「変な意味に取らないでっ!」

 

 

――8巡目――

 

律子「ポン」  鳴き:8‐88   三‐二四

 

美希「また鳴いたー。ってことは、そろそろテンパイ?」

 

律子「さあね。まあ、強い親を何とかしたいって気持ちはあるわ」

 

美希「ふーん。じゃあこうすると、どうなるのかなあ?リーチっ!」

 

律子「……」

 

 

 律子『やっぱりこうなるか』

 

 律子『まあ、間に合わないとは思っていたから、覚悟だけは出来ているわ』

 

 律子『ツモられても終わり。だから、基本的には前に出るしかない』

 

 律子『でも、振ってしまえば終わってしまう。何も出来ないまま……』

 

 律子『私の手――四六六(2246) 鳴き:8‐88 三‐二四――』

 

 律子『最初から全力で形を作りにいったのに、頭とカンチャンしか出来なかった』

 

 律子『しかも手の内は美希に危険な牌ばかり』

 

 律子『ふふっ。わかっていたとはいえ、苦しいものね』

 

 律子『でも、ここをなんとか……なんとかしのいで次の局を迎えないと』

 

 律子『ついに迎えた正念場。全力でいくわよ!』

 

 

―‐美希のリーチ――

1東九八発(1)

(8)西5【リーチ】     

 

 

春香「これ、意外と情報が無い?」

 

小鳥「いい感じになってくると、捨て牌も読み難くなるのよねえ」

 

美希「そういうのって、インショーに残るだけだって聞いたことあるよ?」

 

小鳥「うーん、一概にそうとも言えないのよね。字牌や端牌なんかを切っていたら勝手に手が出来た、みたいなのは読み難いから」

 

春香「有効な情報って、5ソウくらいかな?」

 

小鳥「流石にそれは言い過ぎよ。全ての捨て牌が情報にはなるけれど、確定するには足りないってところかな」

 

律子「でも、いくつかはほぼ確定と言えることもありますよね?」

 

小鳥「あら……ええ、私もそう思うわ。だから、この局は私にとっても大事な局になる」

 

律子「……私との勝負の話じゃないですよね?」

 

小鳥「そうね。申し訳ないけれど、別の理由。私はこれをあがらせたくないのよ。本当は、もっと前に動きたかったんだけど……」

 

 

 律子『縛りがあるから動けなかった、ってことでしょうね。私との勝負を重んじてくれたからこそ、ダントツを作りにいった』

 

 律子『なら、もうこの半荘を終わらせてもいいはずなのに。何か別のものを見ているってこと?それって、何?』

 

 律子『あ、また考えちゃってるわ。ダメダメ。私に小鳥さんの考えは読めないのよ。目の前の状況に集中しなきゃ』

 

 

春香「うーん……これとか通る?」

 

打:三

 

美希「とーしだけど……ねえ春香。ミキ、ツモって終わらせたいから、降りてくれてもいいんだよ?」

 

春香「私は終わらせたくないの!親もあるし、まだ諦めてないんだから」

 

美希「そういうの、春香のいいトコなんだけど……」

 

春香「えっ?なんでいきなりほめてくれてるの?」

 

美希「テキに回すとすっごくめんどっちいの」

 

春香「ほめてなかったー!」

 

 

――9巡目・律子の手牌――

 

四六六(2246) 鳴き:8‐88 三‐二四  ツモ:五

 

 

 律子『あら?意外ね。思ったよりも簡単にテンパれたわ』

 

 律子『待ちは悪いけれど、春香が三マンを切ってくれたから、六マンが中筋になってくれた』

 

 律子『当然、このテンパイにとる』

 

打:六

 

 律子『でも、今後も油断しないわよ』

 

 律子『この手がすんなりあがれるなんて、これっぽっちも思えないもの』

 

 

 

小鳥「…………失礼」

 

春香「へっ?」

 

小鳥「あっ!ご、ごめんなさい。ちょっと待ってもらっていいかしら?」

 

美希「いいけど、なるべく早くね。ミキ、早くツモってあがりたいから」

 

律子「こらこら。小鳥さんはあんたの五倍は早く打ってるでしょうが。めったにない長考なんだから、素直に待ちなさい」

 

美希「はーい。でも、考えても無駄だと思うな」

 

律子「なんでよ」

 

美希「調子に乗った時って、すぐにあがれたりするんでしょ?なら、これもすぐにあがれちゃうんじゃない?」

 

律子「正直、そんな気はするけどね」

 

春香「……うーん」

 

美希「で、春香はなんでミキの捨て牌をじーっと見てるのかな?」

 

春香「うえっ?!いや、なんでもないなんでもない。ただちょっとでも読めないかなーって思っただけで」

 

美希「ミキたち初心者だよ?捨て牌読みとかできるわけないの。春香もさっさと諦めた方がいいって思うな」

 

春香「うーん、でもなあ……」

 

 

 律子『そういえば、小鳥さんの長考は初めてね。この時間で何か情報を……っ!?』

 

 律子『小鳥さん、あなた、いったい誰の捨て牌を読んでいるんですか?』

 

 律子『今、春香の捨て牌になんの意味が……いや、違う。捨て牌もだけど春香の顔……いえ、視線?』

 

 律子『春香は今、美希の捨て牌を見て、自分の手を見てうんうんとうなるのを繰り返している』

 

 律子『それに何の意味が』

 

 

小鳥「ごめんね。お待たせしたわ」

 

美希「待ったよー。安牌は見つかった?」

 

律子「バカ。小鳥さんはそんな低レベルで打ってないわよ」

 

小鳥「高評価ありがと。じゃあ打つわね」

 

打:(7)

 

春香「っ!」

 

律子「!!」

 

 

 律子『ええっ?それ、本命の一つじゃない……』

 

 律子『小鳥さんレベルが長考すると、あの牌が安牌だと判断できるっていうの?』

 

 律子『まさか。じゃあ他の牌はどうなんだって話よ。私から見れば、危険度の差が極僅かな牌はいくらでもある』

 

 律子『なんで、そこで打(7)ピンなの?しかもあれだけ長考して……』

 

 律子『普通に切ったのなら、勝負なのか思うだけで済む。だけど、ほぼノータイムで打ち続けていた小鳥さんだからこそ……』

 

 

美希「一発ツモ、じゃないね。ざーんねん。じゃあもう春香の振込みでもいいよ」

 

春香「打たないっ!……私も(7)ピン切るから」

 

美希「降りてる?」

 

春香「言わないっ!」

 

 

 律子『春香にしては、切るのが早かったわね。降りてるにしては、さっきの三マンが……』

 

 

律子「うっ!」

 

美希「ん?……あ!もしかしてー、危ないの引いちゃった?」

 

 

――9巡目・律子の手牌――

 

四五六(2246) 鳴き:8‐88 三‐二四  ツモ:(3)

 

 

 律子『これは……ダメだ』

 

 律子『(6)ピンを切りたいけれど、私にはかなり危なく見える。でも、テンパイにとれる(2)ピンも(3)ピンも危険だわ』

 

 律子『そこに何らかの差が見えるなら、安全性の優位を見極められるなら、信じて進むこともできる。でも』

 

 律子『今の私には、全部が同じように危なく見える……わからない。行きたいけれど、どれもが危なく見えるのよ……』

 

 

―‐美希の捨て牌――

1東九八発(1)

(8)西5【リーチ】8 

 

 

 律子『私の点数は500点。テンパイ料は無いルールだけど、ツモられても飛ぶならいくべき』

 

 律子『でも……』

 

 律子『小鳥さんの(7)ピン切り。あれに何か意味があるのだとしたら?』

 

 律子『私を飛ばしたいと思っているのなら、(7)ピンなんて打つ必要はない。安全牌を打っておけば、勝手に飛ぶ確率が濃厚だもの』

 

 律子『つまり小鳥さんは”私を飛ばす以外の何か”をしようとしている……?』

 

 律子『小鳥さんの考えは読めない。自信も無い。それに、言ってしまえば他力本願な考えで、思い違いの可能性も存分にある』

 

 律子『わかってる。私は、よくわからないことをしようとしている。わかってる。でも、それでも』

 

 律子『私は、この感覚を信じたい。読み、とも言えないこの衝動を』

 

 律子『ここはっ……』

 

 律子『私の選ぶ一打はっ!』

 

打:六

 

 

――9巡目・律子の手牌――

 

四五(22346) 鳴き:8‐88 三‐二四

 

 

美希「六マンの頭落とし?ひょっとして、オリちゃった?」

 

律子「なんとでも言ってくれたらいいわ。私は、この一打に満足しているから」

 

美希「満足?六マンを二つ切ることが?」

 

律子「いえ。この二枚目の六マンだけよ。そうね。例えこの選択が間違っていたとしても、私はきっと後悔しない」

 

美希「裏目っても?」

 

律子「ええ。全てを受け入れるわ」

 

美希「変なの」

 

律子「ふふ……なんだか、全力を出し切ったオーディションの後みたい。麻雀でもこんな気持ちになることがあるのねえ」

 

美希「別にいいよ。今の律子に、ミキのリーチがかわせるわけないんだから」

 

律子「そうね。私もそう思うわ。ちなみにだけど、今の一打は私じゃかわせないと思ったからこそ、打てた一打なのよ」

 

美希「……どゆこと?」

 

小鳥「……」

 

打:5

 

春香「ロンです。タンヤオドラドラで5200……3本場で6100点です」

 

小鳥「はい」

 

 

 律子『よしっ!』

 

 律子『助かったわ。正直、もう次に切るものも無かったから』

 

 

美希「もーっ!あんなに考えたのに振っちゃうとか、小鳥もたいしたことないのっ!」

 

小鳥「ごめんね。よく考えて、これだと思って打った牌なんだけど」

 

美希「この手で終わらせるのはずだったのになー……マージャンもわりと難しいんだね」

 

小鳥「……ん?」

 

 

――美希の手牌――

 

二三四22345(23478)  ドラ:2

 

 

 律子『うわ。美希のリーチ、(6‐9)ピンじゃない。(6)ピンなら、高めでメンタンピンドラドラ。裏イチあるからハネちゃうわね』

 

 律子『危なかった。この局の前に気合を入れ直さなかったら、私はあの(6)ピンを止めることができた?』

 

 律子『……無理ね。アツくなっていた私なら、小鳥さんの(7)ピンに違和感すら抱かなかったはずよ』

 

 律子『降りは正解だったってことね。いい勉強になったわ。春香の方は……っ?』

 

 

――春香のあがり――

 

五六七2234(455556)  ロン:5  ドラ:2 裏ドラ:四

 

 

 律子『これ、美希のリーチがかかった時点の牌姿だと……』

 

 律子『手順的に、リャンカンの形から六マンを引き入れての三切り。前に出たってよりも、打つ牌が無かったって感じ』

 

 律子『確か、次のツモでピンズのあたりと(7)ピンを入れ替えたはず。危険牌だらけだったってわけか』

 

 律子『だから、小鳥さんが考えている間に美希の捨て牌を見ていたのね』

 

 律子『もし(7)ピンが通ってなかったとしたら、春香は何を切ったのかしら。私はピンズを切れなかったけれど』

 

 律子『私ならどう打つ?2ソウは筋だけど、ドラ。かといって、私みたいに中筋の六マンを切ったりしたら手が終わってしまう』

 

 律子『筋のドラ勝負でピンズの多面張リーチかな……あ、美希が次の次にツモって負けちゃう』

 

 律子『え?ちょっとこれ……この(7)ピンって?この牌がなければどういう展開になっていたの?』

 

 律子『可能性に過ぎない。だけど、この一牌。そして次の振込みで親が流れた。いえ……小鳥さんが、流した?』

 

 律子『5ソウもそう。美希への降りじゃなくて、差込みだとしたら?』

 

 律子『えっ?』

 

 律子『ちょっ、これ!』

 

 律子『ど、どこまで読めたのよ。全部?なにもかも読めていたとしたら?いえ、そんなわけない。あるわけがないわ』

 

 律子『百歩譲って春香の手を読んだ5ソウ差込みはいいとしても、(7)ピン切りはおかしい』

 

 律子『小鳥さんには何が見えていたの?それとも、小鳥さんの手の内にピンズの有力な情報がある?そうか、それなら!』

 

 

 

律子「あ、ごめんなさいっ!ちょっ、ちょっと崩すの待ってください!小鳥さんっ」

 

小鳥「……なに?」

 

律子「あの、申し訳ないのですが。手を……小鳥さんの手牌を、見せて頂けませんか?」

 

小鳥「それはダメ。私が麻雀で手を開くのは、あがった時かテンパイ宣言をする時だけなの」

 

律子「どうしても、この一局だけは何を引き換えにしても知りたいんです。お願いしますっ!」

 

小鳥「まだ勝負の途中なのよ?」

 

律子「それでもっ……なんなら私の試合放棄でも構いません!だから……」

 

小鳥「そう……そこまで気になっちゃったの」

 

律子「お願いしますっ」

 

小鳥「そうねえ。律子さんには、もっと気にするべきことが、他にもあるような気がするんだけど……」

 

律子「……」

 

小鳥「うん。やっぱり手を見せることはできない。でも、律子さんの気持ちは伝わったわ。だから、耳を貸してくれる?」

 

律子「えっ?あ、はい」

 

 

  小鳥「そこまで言うなら、(7)ピンのことでしょう?春香ちゃんが困っていたようだったから、通すことで切る牌を導いてあげたのよ」

 

  律子「っ!」

 

  小鳥「あの局面、親を流せるのは春香ちゃんだけだった。律子さんの苦戦は誰が見てもわかるレベルだったし」

 

  律子「結果的にはそうかもしれませんが――」

 

  小鳥「結果論じゃない。今言ったのは、あの時の判断理由。他には手の相対的な進行具合と可能性、後は経験」

 

  律子「でも、あの場は何かを読めるような状況ではなかったはず――」

 

  小鳥「春香ちゃんのピンズの形。思っていたのとは少し違ったけれど、ピンズを通してあげれば楽になる可能性は高いと思った」

 

  律子「そんな読みが――」

 

 

小鳥「これでいいかしら?もう何も出す気はないわよ」

 

律子「あと一つだけ!あのっ」

 

小鳥「なに?」

 

 

  律子「長考の理由を……ずっとノータイムで打っていた小鳥さんが、あの牌を切る時だけは20秒くらいかかっていたから」

 

  小鳥「…………わかって言ってるの?」

 

  律子「えっ?」

 

  小鳥「私は、美希ちゃんに打ったら律子さんとの勝負が危うくなる状況だった。あのリーチは安手じゃないとも思っていた」

 

  律子「はい。だからこそわからないんです」

 

  小鳥「律子さん。どれだけ考えてもいいって言われたとして、あなたにあの(7)ピンが打てる?」

 

  律子「いえ……ピンズの優位がわからなくて、この形から降りました」

 

  小鳥「……これ、いい降りよ。好判断だと思うわ」

 

  律子「あ、えっと、ありがとうございます」

 

  小鳥「普通に読んだらピンズは危険だった。でも私は長考のあとに(7)ピンを切ったの。わかる?」

 

  律子「わからないんです。美希の待ちを一点で読むことは不可能な状況でした。だから私は――」

 

  小鳥「いいわ。その降りのおかげでもあるから、もう一つだけ。でも、これで終わり」

 

  律子「はい」

 

  小鳥「これを聞いたら、とりあえずは気にするのをやめなさい。気にして打っていたら、きっと次の局で終わるわ」

 

  律子「わかりました。半荘が終わるまでは考えないようにします」

 

 

  小鳥「……あの(7)ピンは、(6789)からの中抜きよ」

 


 
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