平賀才人とエレオノールは王都トリスタニアの中心部にある王城に向かって歩いている。
新都計画の補足説明という用件で王宮からの召集を受けたのが今朝方の事。
才人にとってはこの国の貴族たちの総本山に初めて足を踏み入れることになるのだが果たして何事も無く事が運ぶのだろうか?
そして、ミス・ロングヒルとエレオノールの不安……才人を王宮まで呼び出した人物とはいったい何者なのだろうか?
「そういうわけだから、貴族街に入ったらできるだけ声を出さないようにしてちょうだい」
王城まであと二十分といった所だろうか、エレオノールが才人にこれから向かう場所での注意点を確認している。
「それと俺じゃなくて自分の事を私って言うのよ。敬語を使えなくてもいいから、です、ます、で常に話す事。いいわね」
エレオノールは才人の言葉遣いの事を注意している。才人の言葉遣いはお上品とは言い難い。
「分かったよ……じゃなかった、分かりました、エレオノール様。こんな感じでいいのか?」
「そうね……できる限りは私が話す形にするから、サイトは一言か二言で話し終える様な形で喋るのをまとめて」
「う~ん……難しいな。お役人さん相手ってのもめんどくさいもんだな」
「サイト、気を抜かないで頂戴。そろそろ貴族街、そして、その奥には王城があるんだからね」
トリステイン王国は貴族が平民を支配する構造になっている。力関係で言えば貴族にとっては平民なぞ道端の石ころと変わらないのだ。
才人は貴族街に入ってからそれを身を持って実感する。
非常に綺麗な町並みで大きなお屋敷が立ち並んでいる。平民街に比べると道幅がかなり広い。ざっと見て十倍ぐらいの広さがあり馬車が三台ぐらいは並んで通れるぐらいはありそうだ。
平民街では至る所に落ちている、糞尿などが道に落ちていない。本当におなじ町なのか疑わしくなるくらいに差があった。
「まるで別世界だな……お城もここから見えるし、まるでどこかのランドみたいだな」
「しっ!喋らないの。さっきから見られているわよ」
エレオノールが指摘するように、才人も先ほどから視線を感じている。
東地区で暮らしている時も黒目・黒髪の外国人という事で好奇の視線を向けられる事はよくあったのだが、ここで感じる視線はそれとは少し違う。
それは侮蔑……圧倒的侮蔑を感じる。
遠巻きにこちらを見ながらヒソヒソと話している貴婦人たち。鼻をつまみながらこちらを見て笑っている紳士たち。そんな素振りを隠そうともしないこの街の住人たち。
(なんだよこれ……まるで小学生のいじめじゃねえかよ。いい年こいた大人がこんな事して恥ずかしくねぇか!?)
いわいるお高くとまっているという感だった。出会ったばかりのエレオノールもこんな感じだったんだろうか?
才人の前を無表情で歩いているエレオノールを見て、少しモヤっとした気分になった。
貴族街を抜けた才人とエレオノールはトリステインの王城にたどり着いた。
召集状を城門の前にいた衛兵に見せたら、確認を取るとの事で現在、待機中の才人とエレオノール。中々戻って来ない……暇を持て余している真っ最中だった。
下から見上げるお城は物凄く高くピカピカしている、まるでお城自体が光を放ってるようだ。
「なんだろう……日本の城とイメージがだいぶ違うな。まるでRPG(ロープレ)に出てくる城に近いかも……」
「あら、サイトの国にもお城があるの?」
「ああ、だいぶ古いやつだけどね。それに日本の城は居住性よりも戦闘を意識して作っているものが多いって言うし……こっちの世界で言う砦に近いのかも」
「へえ~戦争が無い国だって言っていたのにね……ちょっと意外かも」
「日本に城があったのは何百年も前の話だって。それに最近は空母だったかな……海に浮かぶ要塞が主流らしいから」
そもそもミサイルや戦闘機などの空中遠距離兵器が主戦の近代戦では陸上の要塞なんて攻撃目標としての優先度すら低い。地上戦は最後の詰めで行われる方が多いのだから。
「そういえばさ、この世界の軍隊ってどんな兵器を使ってんだ?」
「私は軍事にはそんなに詳しくはないから正確には答えられないけど……飛竜に乗ったメイジや軍馬に乗ったメイジとか……後は剣と弓とかかしら」
少し自信無さげに才人の質問に答えてくれるエレオノール。イメージ的には中世ヨーロッパ+魔法といったところなのかな。
「ふふ……サイトもやっぱり男の子なのね」
「まあ、こういうのは世界が違くてもロマンは感じるよ」
「だったら今度、お母様に紹介してあげるわ。お母様はこの国の元軍人でトップだったのよ」
「マジで!?トップガン……エースパイロット……やべぇ、超かっけぇ~!」
「……何を言ってるかよく分からないんだけど。まあ、楽しみにしてなさい」
武器や軍は男の子のロマン!才人はノリノリで話していたのだが、この時の約束が後々ヴァリエール家を巻き込んだ、とんでもない事になろうとは……今の二人には知る由も無い。
そんな感じで他愛のないお喋りをしていた二人の前に先ほどの衛兵が戻ってきた。
「お待たせしました、ラ・ヴァリエール様。確認が取れましたので中にお入りください」
「そう……ご苦労様」
そう言って衛兵がエレオノールに一礼をして城門を開ける。
勝手知ったる我が家のようにスタスタと歩いていくエレオノール。才人にとっては生まれて初めての中世風のお城……キョロキョロと辺りを見ながらエレオノールに続く。
「はあ!?面会がお昼すぎってどういう事よ!?こっちはこの時間までに来るように言われているのよ!もう一度確認してきなさい!」
城内でエレオノールが絶叫していた。
「いえ……ラ・ヴァリエール様。私もそこを確認しておりまして……召集は今のお時間で間違いはなく、面会がお昼すぎだと仰られて……はい」
エレオノールに詰め寄られている役人が事情を説明している。まあ、役人と言っても服装から見るに間違いなく貴族なのだろうが、階級はエレオノールよりも下らしく戦々恐々としている。
「ふざけないで!ヴァリエール家を呼び出しておいて、待たせるなんてどういう神経してるのかしら!いいからすぐに会える様に手配なさい!」
「いえ……しかしですな……」
う~ん……家の権力を笠に恫喝するこの姿。なにやらデジャブを感じる才人だった。なぜスイッチが入ったのか良く分からないが回りの視線が非常に痛い……完全に悪目立ちしている。
このままエレオノールを放置していると才人共々バッドエンドを迎えそうな気がしないでもない。
「エレオノール……様、ここは押さえてください」
「ちょっと!私たちがここまで来てあげたの……」
「そちらのお役人様にも事情と立場があると思いますので……それにここは女王陛下の住まわれるお城でございます。あまり騒がれないほうが良いかと」
才人は正しいかどうか怪しい丁寧な言葉遣いで助け舟を出した。
そして、目の前の役人に、ここは俺が何とかするから早く逃げろ、と目線を送る。
「……私はお仕事がありますので……では、これにて……」
そう言って案内をしてくれた役人はそそくさと逃げていった。よし救出成功!
何事かと遠巻きに見ていた他の役人やメイドたちもその場を離れていった。そして……
「ちょっと!サイト!あなた勝手に……きゃ!?」
「エレオノール様、こちらに」
才人は強引にエレオノールの手をつかんで廊下のほうに歩いて行く。待合室を出てからしばらく廊下を歩いて人気のないのを確認してから話しかける。
「エレオノール、さっきのは不味いって。どうみても営業妨害だっただろ」
「営業妨害ですって!?妨害されているのはこっちでしょう!私たちだって仕事が忙しい中、来ているのよ!サイトだって分かるでしょ!」
声のトーンが落ちていない。エレオノールの怒りは静まっていないようだった。
「いや……気持ちは分かるんだけどね。ただ、お役所なんてどこもこっちの都合を聞いてくれるわけじゃないんだし。あっちも他にも仕事があるわけだからさ」
「なんであっちの肩を持つのよ!?」
「ああ……俺の父さんも役所に勤めていてさ。家でよく愚痴をこぼしていたんだ」
「えっ?サイトのお父様って役人だったの?じゃあ……サイトって実は貴族だったの?」
「いや、日本では一般人……じゃなくて、平民がそういう仕事をするんだよ。まあ、国から給料を貰っている訳だからこっちの世界で言えば貴族と言えなくも無いけど……」
そういえば「窓口で怒鳴るお客は本当に最悪だ」とか言ってたよな……父さん、俺の目の前に本当に最悪なお客がいるぜ。
「……は~、分かったわよ。大人しく待つことにするわよ」
「うん……ありがとう」
「サイトのお父様に免じて……だからね。それと……///」
そう言って何故か黙り込むエレオノール。才人の説得に納得してくれたと思ったら今度は妙にしおらしくなったりと……ああ、これか。
さっきからずっと手をつないだままだったらしい。流石にお城の中でお手手をつないでと言うのは恥ずかしいのかな?
―― ぎゅっ
手を離そうとしたら、この手を離さないで、ずっとそばにいてとエレオノールの手が訴えてくる。
そして、エレオノールをもう一度見つめると……
―― うるうる(効果音)
……濡れた瞳というのはこういうのを言うんだろうか?
「エレオノール……その……手を……」
「………………」
エレオノールは手を離さない。そして才人も無理に手を振りほどいたりしない。
眼と眼が合う、手と手が合う、そして……お互いの身体が吸い寄せられる。
完全に良い雰囲気と言うやつなのだろうか……そして静寂の城内の中で二人の唇が……
「もしかして……エレオノール様?」
……物凄い勢いで離れて行った。
「やっぱり!エレオノール様でしたのね。お久しぶりです」
非常に良い雰囲気の中、後ろから声をかけてきた少女がエレオノールに挨拶をしている。
当然、才人はその少女に見覚えは無い。白を基調としたドレスを身にまとった少女は上品で優しそうな笑顔でこちらに近づいてくる。
「えっと……エレオノールの友達?」
「……ア、アンリエッタ様ですか!?なぜこのような所に!?」
エレオノールは酷く慌てている。アンリエッタ様?エレオノールが様づけするなんて、どこぞの大臣の娘さんだろうか?
そんな事はお構いなしに、アンリエッタ様と呼ばれた少女は嬉しそうに二人の目の前に来た。
「ここは私(わたくし)のお家ですわ。エレオノール様はここをどこだとお思いで……クスッ」
「し、失礼しましたわ。まさか姫さまにお会いするとは思わなかったもので……気が動転しておりました。どうかお許しを」
「いえ、こちらもエレオノール様に会えるとは思っておりませんでしたし。お気になさらないで下さいまし」
……お家?……姫さま?
あの高飛車なエレオノールがこんなに畏まった態度を取っている訳で……目の前にいる白いドレスの少女は……とどのつまり。
「この国のプリンセスか……」
エレオノールがお姫さまと知り合いなのは少し驚いたけど、ラ・ヴァリエール家もこの国の大貴族な訳で、そこの娘が親しい仲でもおかしくはないか……。
それにしても……。
才人はアンリエッタの姿に驚いていた。
細身でありながらも出るところは出ている抜群のプロポーション、童顔で大きな瞳の可愛らしい顔、そして……紫色の髪!
いや……ルイズのピンク色の髪も今にして思えば相当なものだったが、王族と思われる方が一昔前のビジュアル系のようなパープルヘアーをしているのだ。
う~ん……まるでゲームかアニメのような世界だよな、本当に。魔法がある世界で言うのも何だけど。
そんな感じでじ~と見ている才人にアンリエッタが気が付く。
「あの……エレオノール様。そちらの殿方はどなたでしょうか?私に紹介していただけませんか?」
「えっ!?えっと……彼は……その……何といえば宜しいんでしょうかね?……えっと」
「もしかして、エレオノール様の召使いかしら?」
アンリエッタは才人の事をエレオノールの召使と思った様子。初対面の相手に召使いと言うのも失礼な話しだが、どう見ても「貴族さま」って服ではないのでそう思うのも仕方が無い。
急に話を振られ、再度、慌てふためくエレオノール。
掟破りの「前倒し召喚」された使い魔、異世界人、東地区災害の中心人物、平民、etc……貴族側にくわしく説明するにはいろいろと問題がある才人。
そんな事情の中、エレオノールは慌てながらもどう説明しようかと悩んでいる。そして……。
「俺はエレオノール……様の仕事仲間だ。名前は平賀才人。そっちの名前はアンリエッタだっけ?よろしくな」
才人はエレオノールに紹介される前に自己紹介をした。
ふだんはツンツンしているエレオノールが慌てている姿も新鮮でなんか可愛いな~と思いつつもそろそろ助け舟を、と才人は自ら名乗った。
だが……。
アンリエッタから言葉が返ってこない。驚いたような……意外なものを見るような目でこっちを見て固まっている。
そして、エレオノールも同様に固まってい「申し訳ありません!姫さま!彼は……その……外国から来た、ラ・ヴァリエール家の客人です!こちらの風習や礼儀に疎いものなので!!」
エレオノール、城内でまた絶叫。
「いえ……そうでしたか。それならば致し方ないでしょう。サイト殿でしたか……ここは王宮ですので口の利き方にはお気おつけ下さいまし」
アンリエッタは何とか流してくれた様で、エレオノールも何とか落ち着い「すいませんね、日本の東京の田舎育ちな物でアンリエッタ……さん?」
「ひいぃ!?」
才人は分かりやすいぐらい棘のある言い方でアンリエッタに謝罪した。これを聞いたエレオノールは真っ青な顔で悲鳴を漏らす。
そして、アンリエッタはと言うと……。
―― ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
背景に効果音が見えそうな雰囲気で、非常に良い笑顔をしていた。
「あ……あ……あ…………」(サイト!バカ!すぐに姫さまに謝りなさい!)※声にならない声
エレオノールはすぐに謝れ!と言ったつもりだったがうまく声にならない。
「あらまあ……では、田舎から我がトリステイン王国に来られたサイト様……この後の少々宜しいでしょうか?」
―― ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「えっと……これ……か……あ……めん……」(サイト!王宮に大事な仕事のお話でお呼ばれしているって言いなさい!)※声にならない声
声がうまく出ない。まずい……今の姫さまは顔には出さないが……いや、笑顔から怒気が出ている。こうなったらアイコンタクトしかない!
才人の方を見つめて、時間が無いと言いなさい!と目線を送るエレオノール。
そんなエレオノールの目線に気づいた才人は「分かってるって!」と言わんばかりにウインクして目線を送り返す。
ひとまずここの場から離れられれば後は何とかなると思い、少しホットしたエレオノール。
「お昼から王宮でお仕事の話し合いをする予定なんだ……今は二人とも暇を持て余している所とこ」
「まあまあ、それは丁度良かったですわ。では、お暇つぶしに私のお部屋でお茶会などどうでしょうか?」
「お茶会?え~と……お茶でも飲んでおしゃべりしようって事なのかな?」
「はい、サイト様の故郷にはお茶を飲む習慣が無いのでしょうか?お可哀想に……」
「日本はお茶がいっぱい取れるから、いちいちお茶会なんてもんは開かないな。この国ではお茶が希少品なんですか?お可哀想に……」
「おほほ……では取っておきのお茶を用意させますので私の部屋に参りましょうか、サイト様、エレオノール様」
アンリエッタ・ド・トリステイン
トリステイン王国の現女王兼王妃マリアンヌの実の娘であり、王位継承権第一位の人物である。
見目麗しい美貌、王族としての威厳、自愛の心を持ち合わせており国内外からは「トリステインの花」と呼ばれている。
まさに非の打ち所の無いお姫さまというのが一般的な評価で顔を合わせる機会が多い上流階級のエレオノールも当然そう思っている。
だが、今日の姫さまを見るかぎりは何かおかしい。
才人の挑発に対して、さらに挑発仕返していたり。嫌味を口に出したり、怒りを平然と出したりなど……例えて言うのならば「インテリお転婆」か?
そして才人の様子もいつもと少し違っているように思う。
妙に感情的と言うか、攻撃的と言うか……目上の者、特に女性に対してはかなり紳士的なはずなのにアンリエッタに対しては歳相応の「やんちゃ」ぷりが見える。
いや……やんちゃと言うようも明らかに「嫌っている」感じがする。
今日に限ってこの二人にいったい何があったのだろうか?こんな事態になるなら待合室で大人しくしていれば良かったな。
前を歩く才人とアンリエッタの姿を見て、エレオノールは腹痛を堪えながらそんな事を思っていた。
次回 第33話 お茶会にて
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王宮にたどり着いた才人とエレオノール。
王宮が二人を呼び出したのは新都計画の説明という事ですが、本当の理由は一体?
そして、トリステインの王城で二人はある少女とめぐり合います。