第弐話『仕組まれた解散は、生徒会の陰謀!?』
ゴシックドレスに身を包んだ少女姿の人形が二体、激しくぶつかり合う。自立型の思考回路を持ち、人間のように動くことが出来る。設計者は彼女らを『アリスロイド』と名付けた。
真っ赤な薔薇の花びらを重ねたようなドレスが特徴の二式クランベリーが叫ぶ。
「あなたは一体誰なの!? プロトタイプの零式には、コアは内蔵されなかったはずよ」
「私は正真正銘、零式プルーン。パパより創られし最初のアリスロイド」
クロアゲハのような真っ黒いドレスが特徴の零式プルーンは、ブラックダイヤモンドが弾けるみたいに強烈な光を放った。光の中心には五つの結晶が見える。
「コアなら五つもあるの。残り二つで、コアが全て揃い、パパは私のものになる」
「こんなことをしたって、パパは帰って来ない! 零式プルーン、何故解らないの!?」
「解ってないのは、あなたの方。パパが残した手紙には『愛する一人娘へ』と書いてあったの。つまり、パパが愛してくれるのは一人だけ」
「パパはとっくに死んでるの。もう何百年も前に」
「そんなのウソ。さあ、六式ブルーベリーの居場所を教えなさい。そうすれば二式クランベリー、あなたを破壊するのは最後にしてあげる」
「絶対に教えない」
「そう……ならば、望み通り破壊してあげるわ!」
零式プルーンの持つ鋭い剣が、二式クランベリーの胸元へ、一直線に向かう。
突き刺さろうとした瞬間、赤と青の二つの強烈な光が剣を弾き返した。
「デュアルコア!? どうしてコアが二つも……」
赤い光は、二式クランベリーのイリュージョンへと変化する。
「……クランベリーが私を守ってくれた」
「そうか、あなたが……六式ブルーベリーだったの。もうひとつのコアの正体は、クランベリーというわけね。傑作だわ、破壊して成りすましてたなんて」
「違う! クランベリーは、わざと私に……がはっ!」
零式プルーンは、六式ブルーベリーを壁に押し当てるように体当たりした。
「言い残すことは、あるかしら? ニセモノさん」
「くっ……あなただって、ニセモノじゃない……」
「私が誰のニセモノだっていうの?」
「コアを見せてくれたおかげで確信したわ。やっぱり零式プルーンのコアは存在していなかった」
「それが言い残したいこと。で、いいのかしら?」
プルーンはブルーベリーの眉間に、剣先を向けた。
「マロン、パーシモン、カリン、ナギ! なんで言いなりになってるの、従うのやめなさい!」
「ぬっ!? 身体が動かないっ!?」
「パパはね、最後のアリスロイドを創ってる途中で亡くなったの」
「何をした!? ブルーベリー!!」
「最後のコアは未完成のままだった。自制心や正義といった、大切な感情が入ってなかったの」
「だからどうしたっていうの!? 私は最初のアリスロイド。最後のアリスロイドなんて関係ないこと」
「最後のアリスロイドは、プロトタイプのアリスロイドから足りないパーツを奪い、コアを自ら補完した」
「まさか……」
「それがあなた、
「私が七式ユズリハ……? 何をバカな……」
「お姉様方、お仕置きの時間です。出来の悪い
零式プルーン改め七式ユズリハから、四つのコアが飛び出して、六式ブルーベリーに取り込まれていく。
「ユズリハ、覚悟なさい!」
虹色に輝くオーラが、七式ユズリハの全身を包み込んでいく。
「これは何!? 何なの!?」
「これこそが、パパの『本当の一人娘』が、パパに贈った愛よ」
「本当の一人娘? あなたまさか……」
帰宅後、私は録画していた『アリスロイド・ガールズ』第二期最終話を引っ張りだして視聴していた。何度観ても、このシーンで涙が出てくる。
最終話だけオープニング曲が最後に流れる。今日、生で聴いた『絶対少女聖歌』だ。
元々好きなアニメで、好きなオープニングテーマ曲だったけど、私の中で完全に火が付いた。
私が目指す路線は、これだ! と。
「というわけで、私たちの新しいスタイルが決まりました」
「なんやねん、これは?」
翌日。ポピュラーミュージック同好会の部室で、私はアリスロイド・ガールズの原作漫画と設定資料集を広げて、空木さんと岡田さんに提案した。
空木さんは
「私ね、何か足りないって思ってたの。やっぱりビジュアルは大切だよ」
「まさか、こんなん着てやれって
空木さんが
「まさか、じゃなくて、やるんだよ。ゴシックドレスで演奏するの」
「あたしはイヤよ。ギターもベースも、こんな衣装着て弾けない」
「岡田はんに賛成や。そもそも、この手の衣装がいくらするんか知ってん?」
「うっ……痛いところを。でも、でもさ……」
「宮代はんが、ステージ衣装に拘りたいの、ぎょうさん解るんよ。でも、何やねん?」
「いくらなんでも、ジャージは、あんまりだと思うんだ」
昨日のライブ、私たちは全員ジャージ姿だった。決まったのは、一週間ほど前のこと。
♪ ♪ ♪ ♪
「来週の学院祭ライブ楽しみだね! そうそう、ステージ衣装どうする?」
「どないしよう」
「私、こういうの考えてみたんだ。じゃーん!」
「名付けて『赤い流星・アイリ、ステージに立つ!』」
私は、空木さんにノートを広げて見せた。驚いてる、驚いてる!
ノートには、私こと宮代藍凛がデザインした、真っ赤なドレスを着た女の子のイラストが、ノートいっぱいに力強く描いてあるのだ。
空木は、添えられた『シューティングスター・アイリ』の文字と
「宮代はん、目ぇ輝かせてるところ申し訳ないんやけど……用意するの無理や」
「えっー!? どうして?」
「買うん? 作るん? どっちも無理だと思わへん?」
「そっか……。一週間じゃ無理だよね。せめて一ヶ月くらいあれば」
「いや、一ヶ月あったって無理やさかい」
「じゃあさ、一週間で用意できる衣装って何?」
「……ジャージとか?」
後ろで会話を聞いていた岡田さんが答えた。
「ジャージぃ!?」
「みんなお揃いになるし、動きやすいし、先生や生徒会からのクレームは絶対に来ないし、理想的だと思うんだけど。ね、空木さん?」
「賛成や。それにしよう」
「……とほほ。衣装はそれで決まりとして、今年のユニット名は、何にするの?」
「ザ・ジャージーズ」
「待って、空木さん。やっぱり私が考える。今年はジャージで、新しい曲やるから……これにしよう」
私はさっきのノートに、大きく文字にしてユニット名を記載した。
『
「ブイじゃーじーず?」
「ブイじゃないよ、νと書いて『ニュー』って読むんだよ」
「それじゃなんだかアメリカの州みたい。空木さんの案が、まだ無難のような……」
「
「宮代さんがそこまで必死に言うのなら、それでいいけど……」
「はいはい。どうせまた、お兄はんの影響で観たっちゅーアニメの台詞やろ」
空木さんに全て見透かされてる気がしたが、どうやら私の案は無事採用で決まりのようだ。
私には歳の離れた兄がいて、大量にアニメの円盤を持っているせいか、小さい頃からアニメには不自由しなかった。私のアニソンレパートリーのルーツとも言える。
♪ ♪ ♪ ♪
「それで、ジャージになったんだっけ」
「衣装代なんて、あらへんしね」
岡田さんがやっと思い出したって顔をしていた。提案した本人がもう忘れているなんて。
ちなみに同好会は原則自費で活動するようになっている。だから学校からの予算もスズメの涙ほどしか貰えてない。
「宮代はんは歌うだけかも知れへんけど、楽器は私物を
空木さんの言いたいことも解る。いくらお嬢様学校とはいえ、高校生のお小遣いじゃ限りがある。
「その、楽器のこともなんだけど……ヴァイオリンに変えて欲しいの」
「はあ!?」
「宮代さん、自分が何言ってるか解ってるの?」
空木さんに続いて、岡田さんまで声を荒げていた。
「わかってるよ。でも、ギターとベースじゃ、あのメロディは出せないよ」
「そう、わかったわ」
「空木さん、わかってくれた? じゃあ、ヴァイオリンに」
「これ以上、話しても無駄だっちゅーことが、ようわかったわ」
「えっ、それはどういう……」
「ウチ、同好会抜ける。ちゅーか、同好会ってすでに解散扱いなんやろ、確か」
「いやいやいやいや、解散については私、納得してないから。このあと生徒会に掛け合うつもりだったよ。でも、その前に新しいコンセプトをだね」
「宮代さん、譲る気なさそうだから、あたしも抜けようかな」
「ちょっ、岡田さんまで。楽器なら何とかするよ。管弦楽部から借りるとかで」
「そういう問題じゃない」
「えー? たかが楽器変えるくらいで、そんな」
「たかが?」
バァン!! 耳鳴りがするぐらいに空木さんが激しく机を叩いて、荷物をまとめ始めた。
「ギターはウチの分身や!! それを『たかが』!? もう、宮代はんとは音楽やりとうない、ハッキリしたわ!!」
「あ、いや。私そんなつもりで言ったんじゃ」
「あたしも空木さんに賛成だわ。全面的に」
「岡田さんも待って! 私一人じゃ無理だよ」
「あたしら、学校の外でもバンドやってるんだ。だから、別に学校でやらなくてもいいかなって思ってたところだったし」
「ふぇ。そうだったの?」
「宮代さんが、どうしてもやりたいって言うから協力してたけど、目指すものが変わったのなら、賛同者とやるべきじゃない?」
「岡田さんも、マジゴシ好きなんでしょ? あのスタイルでやってみようって思わないの?」
「思わない。好きなものと、やりたいことは別だから」
「岡田はん行こう。ここに
「そうだね」
「待って二人とも!」
私の呼び止めも虚しく、二人は去っていった。完全に失敗した。私の説得が下手くそすぎたのが悔やまれる。
「はぁ……どうしよう」
私が落ち込んで机に伏せていると、部室のドアを開ける音が聴こえた。戻ってきてくれた!?
「あっ、おかえ……りっ!? って、総会長!?」
生徒会総会長と、その取り巻き四名が部室に入ってきて、私を取り囲んだ。
「ポピュラーミュージック同好会は解散、部室の使用も不可になっているはずだけど」
取り巻きの一人が私に迫ってきた。この人、名前は忘れたけど、上級副会長だったっけ?
「解散なんて私、認めたわけじゃ……」
「今そこで、空木さんと岡田さんに確認したら、同好会は解散したって認めてたけれど?」
総会長は、にこやかな顔で私に詰め寄ってくる。表情とは裏腹に物凄いプレッシャーを感じる。
「うっ……それはちょっとした意見の相違で……」
「申し訳ないけれど、たった一人のために部室を割り当てる余裕は無いの。明け渡していただけるかしら」
「……はい」
この状況下で抵抗する術なんて無かった。私は言われるがままに部室を生徒会に明け渡した。
さて、これからどうしよう。岡田さんが言ってた通り、賛同者を集めて新しく同好会を立ち上げ直すのが、近道かもしれない。
さっきの様子からして、生徒会に掛け合っても無駄なような気がしたし。
問題は、賛同者の心当たりが全くいないことだ。秋という時期に部活やってない人は、そもそも部活動に興味が無いか、事情があってやれない人しか残ってない。
となると、あとはヘッドハンティングくらいしか無さそう。幸か不幸か、この学校には『音楽部』と『
まずは当たって砕けろの精神で賛同者を募ってみよう。新しいことを始めるのには、困難は付きものだ。
「あら、宮代さん。音楽部に御用?」
「御用というか、実は……」
「そう、ポピュラーミュージック同好会も大変ね」
私は音楽部の部長に、昨日からの出来事を全て話した。
「そういうわけだから、部員何人か貸して」
「モノなら貸すことも出来るけど、人は無理よ」
「ダメ元でいいから、掛け持ちでやってくれる人いないか、訊いてもらえない? お願い!」
音楽部の部長は、気乗りしない表情をしつつも訊きに行ってくれた。そして、数分後。
「みんな無理だって。お役に立てなくてごめんなさいね」
「あ、うん。そんな予感はしてた。ありがとう」
すんなり事が運ぶとは思ってなかったし、次は管弦楽部だ。
「入部希望の見学なら大歓迎よ」
「いや、その逆で。うちに入部希望いないかなって」
「何を言ってるのか、意味不明なんだけど」
管弦楽部の部長にも、昨日の出来事から新しい部員を探してること、全てを話した。
「それは難しいわね。一応訊いてはみるけど」
数分後、管弦楽部の部長からの返答は厳しいものだった。部員どころか楽器を貸すことも出来ないと。
「楽器のアドバイスくらいだったら出来るから、遠慮なく聞きに来てね」
「うん……ありがと……」
困難だとは思ってたけれど、やはり現実を突きつけられると辛い。
「あと、同好会、作りなおすんだったら、ちゃんと生徒会の承認もらってからがいいわよ」
「そうだね……」
一応、新しい同好会の申請できるか訊いておこう。
「無理なんじゃない?」
ちょうど廊下で、生徒会役員トップクラスの五十嵐さんに会ったのでストレートに訊いてみたが、返答はつれないものだった。
「同好会の新設には最低三名の部員が必要。設立して一年経過後に五名未満だった場合は解散となる。って、規約があるのは説明したわよね?」
「うん、知ってる。あと二名は何とかするから、それで申請って可能だよね?」
「申請自体は自由だけど、十中八九却下されるんじゃないかしら」
「どうして?」
「ポピュラーミュージック同好会を廃部にした実績があるから」
「……嫌な実績だね」
「あとは、総会長に掛け合うくらいしか、無いんじゃない?」
「うーん。総会長、承認してくれるかなぁ?」
「さぁ? 宮代さん随分と嫌われてるみたいだけど、何かしたの?」
「なにそれ初耳。私、総会長に嫌われるようなこと、何もしてないよ! 多分」
「そう? 心当たりが無いなら尚更、理由を訊いておいた方がいいわよ」
「う……、うん。とりあえず話するだけしてみるよ。ありがとう」
総会長はクラスメイトだ。翌日ホームルームが始まる前に、教室で話をしてみた。
「無理」
全くと言っていいほど邪気の無い、爽やかな笑顔の総会長。しかし返事は正反対のものだった。
普段あまり話はしないけど、ひょっとしたら頼みを聞いてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたが、それは幻想でしかなかった。
「なんで無理なの。条件さえ揃っていれば、同好会って作れるんだよね?」
「条件が揃っていても、承認するかは別よ」
「あのさ。私、何か怒らせるようなことをした?」
「何も。ただ……」
「ハッキリ言って。私が悪いんだったら謝るから」
「エクレシア女学院で、アニソンは避けた方が、いいんじゃないかしら」
「どうして?」
「似合わないもの」
「何それ……似合うとか似合わないとか、そんなので生徒会は判断するの? おかしいよ!」
私が声を荒げたものだから、クラスのみんなが何事かと注目しはじめた。
「部活のことは、放課後にでも生徒会執務室に行って、相談してくれるかしら」
「そうするよ」
総会長は、これ以上取り合う気は無いという態度をあらわにした。これは絶望的かもしれない。
新たな同好会を立ち上げるのが、こんなにも困難だったなんて。生徒会執務室に行って相談しようとしたら、五十嵐さんから門前払いされてしまうし。
その後、空木さんと岡田さんに謝って、失言については許してもらえたけど、学院の外での音楽活動に切り替えるのは決定事項だから、もう覆せないって。
再三にわたって音楽部や管弦楽部にも勧誘に行ってみたけど、今では完全に警戒されてしまう始末。聖歌隊に至っては二度と来るなって出禁を喰らってしまった。
「はぁ……。よし、今日もヒトカラしよ……」
私に出来るのは歌うことだけ。楽器は何故か普通に演奏しただけで壊してしまう。
小さい頃、ピアノを習いに行って、三日で追い出された黒歴史がある。おかげ様で巷の間では『キーボードクラッシャー』の異名まで付いていた。
昔ネットで、普通に演奏を始めるとキーが飛び出していくコント動画が流行ったんだけど、元ネタが私じゃないのかって散々言われたのを今でも忘れていない。
どんなに嫌な気分になっても、歌うことでスッキリ出来る。これが私の取り柄だと自負している。
「今日は何を歌おうかな……久しぶりに、お茶碗アダムでもいいな。♪ひゃくま〜ん、ブリキ〜だ♪ ♪おちゃわ〜ん、あだぁ〜むぅ〜♪」
鼻歌を歌いながら行きつけのカラオケボックスに入る。カウンターへ向かうと、珍しく先客がいた。しかも同じエクレシア女学院の制服を着ている。
学校からは少々離れているため、この制服姿を見かけること自体が珍しい。もちろん私を除いて。
しかし、誰なんだろう? 案外知ってる人だったりして。気付かれないように忍び足で陰に隠れて、顔を確認した。
あれは誰だ……あれは……総会長!? いつも取り巻きに囲まれ、おっとりとして、カラオケで熱唱するようなタイプには見えない総会長が、しかも独り?
人は見かけによらないって言うけれど。総会長の意外な趣味を垣間みた瞬間だ。
手続きを済ませ、奥のカラオケルームへ完全に移動したのを確認してから、カウンターのお姉さんに言った。
「さっきの人の隣、空いてますか?」
「はあ? えっと……空いてますね」
「部屋、そこにしてもらえますか」
「それは構いませんが……」
少々不審がられたが、同じ学校同士なので、何となく隣がいいって苦しい言い訳を付け加えておいた。通じたかは不明だが。
気付かれないようにそっと、総会長の部屋をチラ見して通った。リモコンに顔を向けて操作をしていた。まだ選曲中らしい。他には誰もいなかった。
総会長ってどんな歌を歌うんだろう? 気になるので、よくないとは思いつつ、壁に耳を当て、耳を澄ました。
待つこと数分。一向に聴こえてこない。ここの防音ってそんなに完璧だったっけ? いや、隣くらいだったら、微かに聴こえるのは何度もこの店へ足を運んで確認している。
さらに待つこと数分。選曲に迷ってるのか、飲み物が届くのを待っているのか、どちらにしても長過ぎる。
心配になってきた。一度部屋を出て、隣の部屋を覗き込んでみると、ちょうど演奏が始まったところだった。なんだ、これから歌うんだ。何の曲かは不明だったが。
ところが、総会長はマイクを握りしめたまま、声を出す気配がない。視線も歌詞が表示されている画面ではなく、テーブルの何もないところに向いていた。
「あれ? なんか様子が変?」
とても苦しそうな表情をしている。額からは冷や汗のようなものまで見える。これはヤバイのでは?
「総会長、大丈夫!?」
「宮代さん? どうして……あっ!?」
私が総会長の部屋へ飛び込んだ瞬間、驚いて立ち上がった総会長が、ふらっとよろけて、テーブルの角に脇腹を思い切り強打した。
カツン! 甲高い音が響き、総会長はテーブルの上に覆いかぶさるように倒れこんだ。
「だ、大丈夫……?」
「バランス崩しただけ。何とも無いわ」
さっきまで苦しそうな顔をしていた総会長の表情は、普段通りのおっとりとした優しい顔になっていた。
「今、物凄い音がしたけど」
「平気」
そう言って、起き上がった総会長から、パラパラと小さな物体が転がり落ちる音がした。
「……ネジ?」
総会長は慌てて落としたネジやナットのような金属の破片を拾って、ポケットに入れた。
「無理して声だそうとして、むせちゃったの」
「えっ? そうだったんだ」
「うん。心配させちゃった? だったら、ごめんなさいね」
「そう、なら安心したよ。ところで、今のネジみたいなモノは……」
「さっきから喉の調子が変なのよね。今日はもう歌うの止め。じゃあ私、帰るわね。バイバイ」
「ほえ? あ、バイバイ……」
総会長は誤魔化すように、そそくさと帰ってしまった。残り時間まだたっぷりあっただろうに、もったいない。
それにしても、総会長は何を隠したのだろうか。それに、さっきテーブルに激突したときの音。あれは『生身の人間からは』絶対出ない音だった。
「うーん」
頭を捻ってみたけれど、さっぱり見当がつかない。
♪♪♪〜♪♪〜〜♪♪♪♪♪〜☆♪ ♪♪☆♪♪♪☆♪☆♪♪〜♪♪☆☆♪♪♪♪
聞き覚えのあるメロディが流れてくる。総会長が選曲していた次の曲が始まったのだ。
この曲『絶対少女聖歌』だ。そういえば、この前のマジゴシは総会長が呼んだんだっけ。
ん? 珍しく私の脳裏に、名推理が浮かんだ。
学院祭に呼ぶくらい、熱心なファンがカラオケで歌うのは別におかしくない。
だけど、総会長は学院でアニソンを披露することを快く思ってない。でも、マジゴシはアニメキャラの格好をして、アニソンを歌っていた。それも総会長承認で。
これらから導き出される答え……それは、おかしい!
総会長が何を考えているのか、ますます理解不能になった。
これ以上考えても時間の無駄のような気がしたので、とりあえずヒトカラの続きをやることにした。少しでも歌って発散したい。
数日後のお昼休み、私は校内放送で生徒会執務室に呼び出された。
生徒会の仕事をしていない私が呼び出される理由は、ひとつしかない。先日のカラオケでの一件だ。
「失礼します……」
生徒会執務室と大層な名前の割に、部屋の中は質素だった。そして、誰もいなかった。
折りたたみ式の会議机が二つと、パイプ椅子が何個か置いてあり、部屋の隅に教職員用の机がひとつ。他はホワイトボードと、綺麗に分類された書類棚とロッカーがいくつかあるだけ。
もう少し飾りっ気があってもよさそうなものだが、唯一飾ってあるのが『めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい』と書かれた
私は他人にも気配り出来ているだろうか。この前のカラオケの一件に限れば、出来ていたと自己評価したい。
よく観察してみると、この整頓された部屋の中で、違和感がある箇所を見つけた。教職員用の机上だ。ここだけ書類が散らかってるのだ。
『極秘』
大きく朱色の判子が押してあるベタな書類だった。極秘と書いてあると知りたくなっちゃうのが普通だよね。
『調査報告書』『アリスロイドの実在について』『学校内に存在する可能性』『情報操作による効果』『支配力による影響』
ちょっ!? 何これ!? 見出しだけでも衝撃的なんですけど! アリスロイドって創作の話じゃなかったの!? そもそも生徒会が真面目に、こんな調査をしていたという事実に驚きだよ!
「……見たわね」
「!?!?」
びっくりした。心臓が喉から飛び出すかと思った。後ろを振り向くと、総会長がいつの間にか立っていた。
「極秘事項を知った以上、ただで帰れると思う?」
「見てない! 私、何も見てない! あれ〜、停電かな、真っ暗だぁ」
私は両手で目を覆って、何も見てないジェスチャーをしたが、総会長からは何も反応が無かった。
恐る恐る両手を離して目を開けると、総会長が手に紙切れを持っていた。
「取引しましょう」
「取引?」
「これは、あなたが最も必要としているもの」
よく見ると、紙切れには『新規部活動申請書』と書かれていて、承認欄には落書きみたいなものが書き加えられていた。
「承認欄にサインしたわ。あとは部活動名と、あなたの名前を書くだけで受理されるから」
「本当に!? ありがとう! あれ?」
受け取ろうとすると、ひょいと書類を持ち上げられ、私の手は空振りした。
「取引と言ったでしょう」
「私は何を渡せばいいの? 今月のお小遣いならもう、使い切って残ってないよ!」
「そんなの要らないから」
「じゃあ、お弁当のおかず? ピーマンなら好きなだけ持っていっていいよ!」
「それも要らないから」
「ええっ!? 仕方ない。涙を飲んで、ミートボールをひとつだけ、譲ってあげるよ」
「だから、食べ物なんて要求してないって」
「ぐっ……まさか、私の身体が目当て? エスなんたら号に乗せて、どこか遠くの国へ売り飛ばす気なのね!?」
「身体が目当てなのは当たってるけど」
「え? うそ、冗談……だよね?」
総会長が不敵な
「待って、初めての相手は慎重に選びたいの」
「あなたに選ぶ権利なんてない」
「そんな……」
さらに総会長は詰め寄って、私の耳元へ唇を近づけた。な、なに? 何をされるの私!?
「だって、マジゴシのボーカルが出来るの、宮代さんだけだから」
「……ほえ?」
「都城エレナが失踪したの」
「えっ?」
「だから、あなたに影武者をやってもらいたいの」
「ええええっ!?」
総会長から出た言葉は、私の想像を超えたものだった。
(つづく)
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続きです。第壱話 http://www.tinami.com/view/813720
学院祭も終わり、刺激を受けた藍凛は新たな道を模索する。
しかし、苦難はここからだった。
全3話収録の冊子版を通販しています。アリスブックスにて http://alice-books.com/item/show/5594-1