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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第九十二話

ムカミさん

第九十二話の投稿です。


鶸と蒲公英を暖かく迎えてあげませう。

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2015-11-16 19:59:58 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3184   閲覧ユーザー数:2585

 

鶸と蒲公英から齎された情報は、魏を俄かに慌ただしくさせるには十分なものであった。

 

馬騰が蜀に付いた(確認まではまだ出来ていないものの、その能力等を考えるに確定事項とすべしと判断された)こともある。

 

が、それよりも何より重要と判断されたのは、西涼から馬騰という防衛の核が消えたことであった。

 

或いは蜀が流れの中で西涼を接収し、然る後に蜀から委託のような形で馬騰が再び彼の地に舞い戻ることもあるかもしれない。

 

だが、今この時期の蜀を見れば、南蛮平定を為し得て間もならず、内政を整えるのに精一杯な状況。

 

馬騰を得たからとて、直ちに険しい山々を越えてまで無理に領土を広げるような策をあの諸葛亮や龐統が取るとは思えなかった。

 

斯くして魏は西涼に一部の部隊を派遣、常駐させ、その治安維持及び防衛に就かせることを決定する。

 

それは奇しくも馬騰の想定通りであり、故にその後の西涼における諸事は馬騰の根回しによってすんなりと進むのだが、この時の魏の首脳陣は知る由も無い。

 

僅か一日の内に派兵する部隊人員を選出して告知し、西涼の部族連中との折衝の筋書きを定め――――

 

その二日の後には出立を果たしていたのだった。

 

尚、諸々の処理の為、各地の地理にも比較的詳しい稟と風が部隊の大将として選ばれている。

 

そして念のための護衛には騎馬戦術に長けた霞が付くこととなった(ちなみに本人は折角始まった新鍛錬を離れることに不満たらたらだった)。

 

鶸か蒲公英を出す意見も出たのだが、今中途半端に馬一族の者を出すのは悪影響を及ぼしかねないと判断され、却下されていた。

 

従って、二人は今現在は許昌にいるわけで。

 

「よ、よろしくお願い致します、一刀さん!」

 

「お兄さん、よっろしくね~!」

 

武官だから当然と言わんばかりに一刀にその実力の程の検証が任されていた。

 

場所は調練場。太陽はまだ地平と天頂の中間にも達していない。にも関わらず、周囲には他の武官達が大勢。

 

皆新たな仲間の武に興味津々な様子であった。

 

「ああ、こっちこそよろしく。

 

 それじゃあ、早速だけど仕合でやろうか。実力を測れってならこれが一番だしな。

 

 前準備は大丈夫だよな?どっちからやる?」

 

「はいは~い!蒲公英から行っきま~す!」

 

一刀の問いに間髪入れず手を挙げる。

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねながら主張するその姿は無邪気そのもののように見えた。

 

「元気がいいな。よし、それじゃあ蒲公英からだ。

 

 鶸は少し下がっててくれ」

 

一刀の言葉に従って鶸が下がる。

 

同時に一刀も蒲公英から距離を取った。

 

仕合開始前の距離を十分に開け、蒲公英に目を向ける。

 

「蒲公英の武器は……割と素直な槍か」

 

「そだよ~♪蒲公英も馬一族の端くれだしね~」

 

馬家の者が槍の扱いに長けていることはよく噂に聞く。

 

逆にそれがより一層馬騰を怖い存在へと格上げしているのだが。

 

と考えていると、意外なことに鶸からちょっとした補足が入ったのだった。

 

「あの、一刀さん?余計な事かも知れませんが、母さまの主武器は戟ですよ。

 

 と言うより、槍と同じようにあの大きな戟を操れる母さまが恐ろしいのですが……」

 

「あぁ、なるほど……そりゃ、あの疾さで戟を振るえたら、他は必要ないか……」

 

戟はいくつかの武器を合わせたような形状を持ち、それが多様な戦術に繋がることが利点である。

 

その分、重くなって扱いづらいのが欠点であるはずなのだが。どうやら馬騰にとってはそれは欠点では無いようなのであった。

 

「いや、今はそれはいい。取り敢えず、始めよう。

 

 蒲公英、君次第でいつでも始めてくれたらいい。ああ、そうだ、一つだけ。

 

 俺を明確な敵だと思え。実戦のつもりで来い」

 

「へ?」

 

一刀の宣言に瞬間呆ける蒲公英。審判を付けないどころか、蒲公英の先制攻撃を容認しているのだから。

 

だが、その言葉を理解するや、口元に意味深な笑みを湛えた。

 

「さっすがお兄さん、自信満々だねぇ~。

 

 でもさ~?実戦のつもりで、って言うんだったら、ちょっと足りないことが無い?」

 

「ん?足りないこと?」

 

「あれ?意外だ~!お兄さんなら気付いてるものだと思ってたのに~!」

 

目を見開いて広げた手を口元に。顔一杯で驚きを表現する蒲公英。

 

蒲公英はそのまま問うた内容を教えるように一刀に歩み寄っていく。

 

「いや~、だってさ?実際に戦場でこうやって相対したんならさ、普通は……

 

 突然だよっ!!」

 

極々自然体で歩み寄っていながら、突如闘気を漲らせて蒲公英が槍を突き出した。

 

完全な不意打ち。さすがにこれは一刀でも……と。その場の多くがそう感じていた。

 

「惜しいな、蒲公英。筋書きは良かった」

 

「まだまだぁっ!!」

 

きっちりと止められた蒲公英の槍。

 

蒲公英は自身の不意打ちに反応しきった一刀に驚いた様子を見せず、続け様に連続攻撃を仕掛ける。だが、その悉くを一刀によって防がれてしまった。

 

さすがに分が悪くなったと見て、蒲公英がバックステップで立て直しを図る。

 

開いた間を利用して一刀は蒲公英に先ほどの続きを語り掛けた。

 

「喋り方や雰囲気の出し方、不意打ちに至る流れの作り方は良かった。十分評価出来る。

 

 だが、折角あそこまでやったのに、最後の最後で気配が駄々漏れだったぞ。

 

 不意打ちを決めるなら、もっと絞るんだ。それこそ、刃が相手に当たる直前まで。それと気づかせないくらいの面持ちで、な」

 

「お兄さんなら防がれるかも、って思ってたけど、こうまで完璧だと蒲公英、自信なくしちゃうなぁ」

 

「実戦のつもりで、って言ったろ?

 

 敵が親し気に話しかけて来て、警戒しないなんてこと、あるか?」

 

「あっはは、お兄さん、さっすが~!でも、蒲公英だってまだまだやれるよ?」

 

「そうだな。それじゃあ、次は純粋な武の腕前を見せてもらうとしようか」

 

言葉のやり取りはそこまでだった。

 

その後はひたすら得物のぶつかり合いが続き。

 

四半刻とせず、蒲公英は降参を宣言することとなった。

 

「はひぃ~…………つ、疲れた~~……

 

 お兄さんの鬼!」

 

「お疲れ。まあそう言うな。蒲公英の実力をよく知るためだったんだ。

 

 初めてにしてはよく持った方だぞ?」

 

この四半刻足らずの間、蒲公英はひたすら翻弄されていた。

 

次々と切り替わる一刀の武の型に、蒲公英は的どころか闘い方すら絞ることが出来なかったのだった。

 

とにもかくにも、仕合が終わったとあって、鶸が蒲公英に駆け寄ろうとするが。

 

「それにしてもお兄さん、怒んないんだね~。

 

 蒲公英があんな攻撃仕掛けたのにさ~」

 

「戦場にあってはどんな手を使ってでも勝たねばならない。それだけのことだろう?

 

 事実、俺はもっとえげつない技を持っている。それはもう、蒲公英ですら卑怯だと泣き喚くくらいのな」

 

「えっ、何それ?!見たい見たい!!」

 

鶸が辿り着く前に為されたその会話は、鶸が取ろうとしていた行動、すなわち蒲公英への叱りを完全に引っ込めてしまった。

 

人を食ったような蒲公英の闘い方を、まさか初見から全面的に認める者がいるとは思っていなかったのである。

 

「次は鶸だな」

 

「ふぇっ?!あ、は、はいっ!」

 

突如、と言っても事前の話からは当然そうなるのだが、鶸に話の矛先が向く。

 

反射的に鶸が答え、一刀も大きく一つ頷いた。

 

「さあ、それじゃあ――」

 

「やってるわね、一刀。あら?蒲公英はもう終わってしまったのかしら?」

 

ふと調練場に現れたその声の主は、意外なことに華琳であった。

 

ほとんどの者が驚き、慌てて挨拶を返す。

 

動揺しなかったのは一刀と恋くらいのものであった。と言っても、二人ではその意味は違ってくるのだが。

 

「やあ、華琳。珍しいな、華琳が直接ここに出向くなんて」

 

「偶にはいいでしょう?それに、新たな部下の実力をこの目で見ておきたかったというのもあるわ」

 

「だそうだ。だが、別に気負う必要は無いぞ、鶸。

 

 むしろ、あれだ。敵の大将首を前に、最後の壁が立ちはだかったような気持ちで来い」

 

「ちょぉっ?!む、無茶ですよぉ……」

 

突然の出来事にしてもハプニング度合いが強すぎて、鶸はすっかり委縮してしまっている。

 

このままではまともに鶸を測れない。それはあまりよろしく無い。なので、一刀は発破をかけた。

 

「鶸。君は馬騰に対抗すると決めて、ここまで来たのだろう?

 

 今一度、その時の決意を思い出せ。その上でそれが偽りで無いと言うのならば、今ここで示せ!全力で当たって来い!」

 

「っ!?…………分かりました。

 

 不肖馬家が次女、馬休。全力で当たらせてもらいます!」

 

発破が利き、鶸が威勢よく言い放つ。そして、遂に彼女の得物を構えた。

 

その瞬間、鶸の構えた武器の様相に小さくどよめきが起こった。

 

「へぇ……一層興味深くなったわね」

 

華琳もまたそう言葉にしてまで注目を示す。その理由は。

 

「片鎌槍、か。いや、もういっそ、槍付きの鎌、か?」

 

「確かに、ちょっと形は変わったものですけど、飽くまで馬家の主武器は槍ですよ、一刀さん。

 

 ですが、我が『湾閃』の技は、甘く見てもらっては困ることになりますので……」

 

一呼吸入れ、気を落ち着かせた鶸は半身に構え、槍の穂先を地の近くまで下げた。

 

槍の枝部分は天を突くように上向き、まるであのヘラクレスオオカブトを連想させる。

 

それが鶸の戦闘態勢なのだろう。それを示すように、鶸の闘気が充実していくのが手に取るように分かった。

 

いつでもいいぞ、とは一刀も言わなかった。

 

既に始まっている。それは鶸と一刀の共通認識だった。

 

どう出ようか。一刀はそれを考えていた。鶸の適性は攻か守か。まずは逆を突いて手筈を見てみたい。

 

と、その刹那の逡巡を見て取ったか、先に動いたのは鶸だった。

 

「やあっ!!」

 

無駄な動きを入れず、最短距離で槍を突き込んでくる。

 

少し下から伸ばされてくるそれは、鶸の手元に合わせて若干下げていた一刀の視線に沿った軌道を取っている。

 

「ふっ!」

 

ギリギリで避けるには難しい軌道と見て、一刀は余裕を持って避けることを選択。

 

そのまま地を蹴って鶸に接近を試みる。

 

「えいっ!!」

 

鶸は近付く一刀に対応しようとしてか、力強く槍を引く。

 

瞬間、一刀の背筋に怖気が走った。

 

頭での理解を得るよりも先に、感覚に従って大きく横に飛ぶ。と。

 

チッと一刀の服を掠める気配の後、その部位がパックリと開いていた。

 

「……なるほど。だからあの構え、か」

 

改めて鶸の手元を見れば、ヘラクレスの角を連想させたそれはいつの間にか地と並行に鈍い輝きを放っている。

 

ここにきて、一刀は自らが感じた怖気の理由を悟った。

 

目で見た情報は、鶸の手首の僅かな返し。頭が呼び出した情報は鶸の構え。

 

脳内で結びついたそれは、背後から襲い来る鎌を想起し、本能が警告を発したのであった。

 

「厄介だな、その変則的な攻撃は」

 

「褒め言葉と受け取っておきます。

 

 まだまだ行きますよっ!!」

 

鶸は大きく息を吸うと呼吸を止め、無呼吸運動による最速の連続攻撃に出る。

 

鶸が枝を上向きで突き込んでくることにも理由があった。

 

槍本来の怖い攻撃たる突きに付随して放たれる飛び出した鎌状の枝による引き攻撃。

 

これが左右どちらに避けても、鶸がちょっと手首を返すだけで一刀を追ってくるのである。

 

更に、単純に薙ぐ攻撃もまた、”湾閃”によって厄介な攻撃となっていた。

 

槍の穂先だけならともかく、枝部が非常に鬱陶しいのだ。

 

横から斬りつけるように迫る穂先よりもリーチが伸びて、その形状から突いてくるような攻撃となる。

 

中途半端な避けでは、そこからまたもや引き攻撃に繋げられることもあるし、槍本来の突きや横薙ぎに繋げられることもある。

 

突き、引き、薙ぎ、また引き、薙ぎ、突いてはまた引く。

 

繰り出した武器を引く動作が攻撃ともなり、動きと動きの狭間がフェイントにもなれば、一刀も容易に的を絞ることが出来なかった。

 

”湾閃”を甘く見ると困ることになる。鶸が事前に放った言葉は、まさに意味通り、否、それ以上であった。

 

「ふっ!はっ!やぁっ!!」

 

変則的な攻撃でも調子にさえ乗れれば独特のリズムを刻む。

 

そしてそれは独特故に掴みにくい。

 

突破口はどこにあるか。それを探らんとして、一刀は力づくで懐に飛び込むことを選択した。

 

全力で後ろに飛び、無理矢理距離を取る。そして。

 

「はぁあああぁぁっ!はぁっ!!」

 

時間にしてほんの2、3秒。その僅かで練った氣を左足にのみ纏った。

 

ほんのコンマ数秒、膂力が底上げされる。

 

その瞬間を捉えて地を蹴った一刀は、見事に鶸の懐深くに侵入を果たしていた。

 

「んなっ?!くっ……!」

 

それまでの動きとは明らかに質の異なる一刀の動きに目を見開いて驚くも、すぐに対応を取ろうとする鶸。

 

させじと一刀も得物を振るう。

 

「せいっ!はぁっ!!」

 

「きゃぅ?!」

 

至近距離での小回りを利かせた刀による二連撃。これには堪らず鶸は”湾閃”を弾かれてしまうのだった。

 

 

 

 

 

鶸の敗北宣言が為されると、俄かに二人の周囲には人集りが出来ていた。

 

鶸の持つ独特の武器や技は皆の格好の質問の的。

 

突然の、それも敵対を表明したばかりの軍からの参入にも関わらず、こうまでも早く受け入れられたことが分かる空気に、鶸は嬉しいような困ったような表情を浮かべている。

 

蒲公英も蒲公英でその闘い方について問われたりしていて、二人の受け入れはどうやら問題無いようであった。

 

「どうだったかしら、一刀?」

 

そんな二人とその他を横目に、華琳が一刀に近寄り、問う。

 

一刀はいかにも面白いと言わんばかりの表情でこう答えた。

 

「蒲公英も鶸も、一癖も二癖もある。それだけに、色々な意味で楽しみだよ」

 

「ふふ、同感ね。

 

 それにしても、魏の武官はどうしてこうも特殊な武の持ち主ばかりなのかしらね?」

 

「別にいいんじゃないか?頭からして特殊な人間なんだ」

 

「それもそうね。魏という生き物の持つ頭、”二つとも”、ね」

 

華琳はお道化た様に肩を竦めて一刀の冗談に応じる。

 

そしてツイとその視線を鶸に移して固定した。

 

「ところで、一刀。鶸のあの武……」

 

「ああ。華琳の練武にも応用出来そうだ。

 

 鶸から聞いたり、実際に手を合わせて、得られるだろうそれを組み込んでいくことにするよ」

 

「ええ。お願いするわ」

 

声を落として囁き合い、二人の間で一つの約が交わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華琳はその後、すぐに政務へと戻っていった。

 

短い時間だったけれど、とても有意義な時間を過ごせたわ、との置き台詞に鶸を大いに委縮させる一方で蒲公英は喜び、またも二人の違いが表れる。

 

その後は一刀が二人に対して仕合を通して感じたことを伝えたり、周りに二人がどのくらいの武なのかの所感を語ったり。

 

諸々の、武官としての通過儀礼とも言える事象を経て一段落した後、鶸がふと一刀に尋ねた。

 

「あの、一刀さん?恋さんも相当な武を持たれていますよね?

 

 どうして今回は一刀さんが一人で私達二人を測る運びになったのでしょうか?」

 

この問いには一刀も苦笑を浮かべるしか無い。

 

「あ~、それはな……

 

 確かに恋も強い。強いんだが……如何せん口数が多い方じゃないし、何より恋は感覚的に武を捉える面が強い。

 

 そうなると、いくら恋が正確に二人の武を測ってくれたとしても、それがきちんと伝わるとは限らなくなってくるんだよ」

 

「あ……なるほど……」

 

暫しの間行動を共にした鶸だからこそ、一刀の言ったことをすぐに理解出来た。

 

確かに、恋は戦闘時でも平時でも口数は多くない。どころか、むしろほとんど話さない。

 

話したとて独特の間や省かれる助詞により、恋と正確なコミュニケーションを取るにはコツが必要なのだと短期間でも分かった。

 

そんな彼女だと知っているから、鶸もすんなりと一刀の話す内容を事実だと認める。が、続く言葉だけはそうもいかなかった。

 

「それになぁ……

 

 どうも最近、恋の調子がおかしいんだよ。特に武に関する面で、な。

 

 原因は分からないが、突然武が落ちることがある。現に、俺は帰って来てからの数戦、恋に負けていないんだよ。どうしてか、な」

 

「へ?……えええぇぇぇっ?!」

 

鶸は呆けた声と共に暫し固まり、その後、驚声を上げてしまう。

 

確かに彼女は目の前で母・馬騰に呆気なく負けてしまった恋を見ていた。

 

だがそれでも、恋が圧倒的な武を持つことには変わりない。

 

なのに。鶸から見れば一刀も十分にその域なのだが、当の本人からは恋にはまだまだ敵わないと聞いていたのに、である。

 

「ほ、本当なのですか、恋さん……?」

 

「……ん。恋、一刀に勝てなくなった」

 

あっさりと認める恋。

 

遂に鶸の脳の処理速度が追いつかなくなり、顎がカクーンと開いてしまう。

 

すると言葉を発せなくなった鶸から引き継ぐかのように、蒲公英の声が場に満ちるようになった。

 

「お兄さんが一気に強くなったとかじゃないの?」

 

「いや、それは無いな。他の皆とも仕合っているが、そっちでは特に誰も何も極端な変化は感じていないからな」

 

「それじゃあ、恋さんの問題?

 

 う~ん……あ、まさかおば様にコテンパンにやられちゃったのが堪えてるとか?!」

 

「それも……どうなんだろうなぁ……無いとは思うんだが……

 

 すぐに心のケアはしたつもりだし、その後も問題は無さそうだったんだが……

 

 いや、仮にそうだとしたら、時々じゃ無くてずっと武が下がったままのはず……」

 

最近一刀を悩ませている考察に流れで入ってしまう。

 

こうなって呟く口から漏れる外来語は蒲公英の好奇心を刺激した。

 

「けあ?ねえねえ、お兄さん。それって天の言葉ってやつ?」

 

「ん?あ、すまん。口に出していたか。

 

 まあ、そうだ。この手の言葉なら大秦からの商人の口から聞いたことがあるかも知れないがな」

 

「へ~。ってことはお兄さん、大秦の商人とやり取り出来るんだ?」

 

「う~ん、どうだろう……?ある程度は出来ると思うが……」

 

一刀のこの返答を聞いて蒲公英の目がキラリと光る。

 

問われた内容を真剣に検討していた一刀はその僅かな変化を見逃してしまっていた。

 

「そうなんだ~。お兄さんはやっぱりすごいね!」

 

「んん??そうか……?」

 

蒲公英が何かを企んでいる。それは長い付き合いの鶸だけが察していた。

 

が、その内容が不明なだけに言うに言えない。偶に、極偶にでしかないが、蒲公英の企みが結果的に有用な場合もあるからであった。

 

「おっと、話が逸れたな。

 

 まあそういうわけで、俺が二人の武を測ったってわけだ。

 

 さっきも言ったが、馬騰の下で励んでいたからか、基礎もかなりしっかりしているし、基本的には実力に申し分は無い。

 

 すぐにでも将の位に就いてもらって、騎馬部隊を編制・調練等してもらうことになると思う。

 

 きっと華琳や軍師勢も皆だろうが、働きに期待しているぞ、鶸、蒲公英。

 

 なんせ、魏は騎馬部隊が霞くらいしかいなくて、層が薄いのが問題だったからな」

 

「お任せください!」 「まっかせて~♪」

 

色良い返事を以て二人の当面の仕事が決まった。まだ正式なものでは無いが、一刀の話したことから大きく外れることは無いだろう。

 

そして。こうして二人を正式に武官として迎えるのであれば、当然話しておくべきことがある。

 

「ところで、鶸、蒲公英。二人には話しておくことがある」

 

一刀は表情を一変、深刻なものへと変えて二人に向かって語り掛ける。

 

唐突に変化した空気に戸惑う鶸と蒲公英。だが、一刀はそれをお構いなしに話を進めた。

 

「俺たち、魏にとって、今後大きな壁となってくる者達についての話だ。

 

 俺たちの以前の分析において、障碍となってくる可能性のある勢力は3つ。

 

 一つは蜀。劉備を中心に一層強く臣が結びついたようだ。伸びしろが一番ある分、時間を置けば置くほどに怖い勢力と言える」

 

鶸が頷きで応じる。

 

馬騰の下では文官の仕事を手伝っていたというだけあって、その辺りの情報も色々と知っているのだろう。

 

「一つは最近『呉』を称し始めた、孫家。将の数こそ少ないが、孫堅の下に猛者ばかりが揃っている。

 

 現時点で、もしかしたら今後においても、最も厄介な勢力だ」

 

いつもはお茶らける蒲公英も黙り込んだまま、ツゥっと一筋の汗を垂らす。

 

馬騰から聞いてはいるのだろう。馬騰と対等な武を持つ、孫堅と言う化け物の話を。

 

「そして最後、それが馬家だった。が、これは蜀に合流する。そうなんだな、鶸?」

 

「はい。母さまはそう仰っていました。翠姉様たちも居た場ですので、嘘偽りでは無いと思います」

 

念のために鶸に確認を取る。

 

そして重苦しい空気を醸して言葉を紡ぐ。

 

「馬騰が蜀に与する。これはかなり悪い報せだ」

 

一刀はそう断言した。

 

その意味するところは、直前にわざわざ語った内容と照らし、朧気ながらも皆理解に及ぶ。

 

「馬騰ほどの実力を持つ者が蜀の各武将を鍛え上げた場合、どうなってしまうか、想定が出来ない。

 

 単純に強い者と幾十幾百と仕合うだけでも飛躍的に武は伸びる。それが馬騰相手ともなると……」

 

間を置くことで想像の余地を。

 

「現状の戦力分析の、俺なりの結果を言おう。

 

 今この瞬間、蜀と呉が結託して攻め込んで来た場合…………まず十中八九、魏は負ける」

 

これには周囲の者皆が息を呑んだ。

 

実質的に魏のトップの一人たる一刀が言ったということが、それだけの衝撃を伴っていたのである。

 

フリーズする皆を置き去りにして一刀は詳しい説明に入る。

 

「まず言うまでも無いが、馬騰と孫堅。この二人が異常だ。

 

 どう策を弄そうとも、被害を抑えられるとは思えない。単純な武に限らずあらゆる能力が軒並み高く、弱点が見つけられない。想像もできない。

 

 明らかに俺や恋よりも格上。それも数段、な。

 

 これらと対峙しなくてはいけない、と考えるだけで鬱になりそうだよ」

 

ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む。

 

一刀がまず人には見せたことの無い弱音を吐く姿は、それだけ武官たちの緊張を高めた。

 

「そして、それらの下にいる数々の将。

 

 蜀に関しては特に詳細な情報が得られている。その上でこれを言おう。

 

 呉では、孫策、太史慈、黄蓋、程普。そして恐らく周泰と甘寧。

 

 蜀では関羽、張飛、趙雲、黄忠、厳顔。加えて、馬超。

 

 今名を挙げた将達、どういう括りか分かるか?」

 

グルリと見回す。半分以上予想が付いていそうな顔もあれば、分からずに悩む顔もある。

 

そこに一刀が答えを放る。

 

「全て春蘭と同等か、或いはそれ以上の武を持つと思われる連中だ。

 

 ちなみに魏では春蘭、秋蘭、菖蒲に霞。まあ分かるだろうが、単純な武力比が絶望的なくらいだな」

 

唖然。絶句。そう言い表すしかない状態。

 

先程以上の衝撃が皆を襲う。

 

ただし、こうなることは一刀の予想の範疇。

 

ここからもう一つ、今度は魏の伸びしろへと話を移す。

 

「だがな、彼我の戦力分析で明らかになったのはそこまで悲観的なことばかりでは無い。魏には多くの有望な人材がいる。

 

 凪や梅は武の伸びが良い。もうすぐこれらに追いつけるだろう。季衣や流琉も順調に強くなっている。

 

 月にしても、肉弾戦のような真似は厳しいだろうが、射撃戦ともなれば相当な実力を発揮してくれるだろう。

 

 斗詩も武器変更が功を奏している。猪々子もようやく悪い癖が抜け、一皮剝けて来た。

 

 先ほど、現状では魏は勝てないと言った。その言葉を翻す気は無い。

 

 が!短いながらも、これから時間を掛けて皆の武を底上げしていくことで、勝機は見える!

 

 自分たちの力で、努力で、これを作り出すんだ!それが可能なだけの能力は、皆が有している!

 

 俺や華琳の、そして軍師たちの、人を見る目を信じてくれ!」

 

絶望を煽った後に希望を見せる。

 

古典的な手だが、人を奮起させるには手軽で確実な手だ。

 

事実、斗詩、猪々子を含めて従来の魏の武官の士気はこの一連を通して上がっていた。

 

しかし、これは完全な仲間で無ければ効果はその限りでは無い。

 

与することに迷いのある者、与して日の浅く覚悟の定まっていない者には逆効果ともなり得る。

 

つまり。これは一刀が鶸、蒲公英にかけた篩なのであった。

 

「さて、鶸、蒲公英。先日、馬騰と相対する気概があることは確かに聞いたが、改めて聞こう。

 

 馬騰を含むこれだけの強大な敵を相手に、それでも魏に付いて最前線で戦う、それだけの覚悟を持っているか?」

 

「…………」

 

「一応今ならばまだ、若干でも抜本的にでも処遇等は変更出来る。例え変更を選んだとて、何も責を問うたりはしない。

 

 最悪、今からでも蜀に合流するという手もある。きっと歓迎されるだろう。劉備の本質は以前と変わってないとの報告は受けているからな」

 

「……一刀さん」

 

不意に鶸が口を開く。

 

散々迷わせ、揺さぶる発言を探して発したのだが、思いの外決断が早かったな、と一刀は目で続きを促す。

 

が、鶸の口から飛び出た言葉は一刀の予想を越えたものだった。

 

「やはりまだ、私達は信用なりませんか?」

 

「……は?」

 

「今の大陸の情勢はよく分かっているつもりです。曲がりなりにも西涼では情報をこの手で扱って来たのですから。

 

 この時勢、どこに属しようとも絶対は有り得ません。それくらいは分かります。

 

 母さまと袂を分かつと決めた時から、諸々の覚悟は定めています」

 

「蒲公英たちも、これでも一端の武将だったんだよ、お兄さん?

 

 主替えなんて大きな事、生半可な覚悟ではやってられないよ。

 

 将は自分の行動には責任を持つこと。おば様には徹底的に叩き込まれたからね。

 

 それに、将なんだから戦場では命懸けなんて当ったり前のことじゃない?

 

 さっきの話って要するに、その危険がちょっぴり上がったよ~、ってことでしょ?

 

 だったら問題なんて無いよね?だって、蒲公英たちも強くなっちゃえば、それでいいんでしょ?」

 

一刀は思わず目を二度三度と瞬かせた。

 

そして自省する。無意識に二人を侮ってしまっていたのだと。

 

「そうか。すまなかった、二人とも。想像以上に強いんだな、二人は」

 

「ひゃっ?!」 「わわっ?!」

 

ポン、と二人の頭に手を置き、撫でる。それはこの場面における一刀なりの謝意の表れだった。

 

見たところの年齢や背丈から、思わずこういった年下相手の典型例みたいになってしまったが、その表情が語るは存外二人もまんざらでも無さそうである。

 

「改めて、これからよろしく頼む。二人が参入してくれたことを、とても心強く感じるよ」

 

「はいっ!」 「うんっ!」

 

満面の笑みをもって二人が答えた。

 

と、そこへヌッと恋が首を突っ込むようにして現れる。

 

三人が三人とも、わっと驚き飛び退く。

 

「れ、恋さん?」

 

「……鶸と蒲公英、次は恋と仕合、する」

 

「なんだ、仕合がしたくなったのか、恋?」

 

「…………?…………ん」

 

何故か一度首を傾げてからコクリと縦に振る恋。

 

一刀が構わないかと鶸たちに視線をやれば、二人は同時に首肯で返した。

 

「よし、なら話はこれでお終い!

 

 鍛錬再開といこう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀は何とは無しに恋と鶸たちの仕合を外から眺めていた。

 

最近の不安定さなど嘘であるかのように、二人を圧倒する恋。

 

苛烈なまでのその攻めは、鶸と蒲公英の二人を相手に一切の緩みを見せない。

 

二人がこれにどう対応しようとするのか、一刀はそこに注目していたのだが。

 

「あの……一刀さん」

 

「……ん?どうかした?」

 

少し潜めるようにして掛けられた声に振り向けば、そこには菖蒲、秋蘭、そして斗詩の姿。

 

魏の武将の中でも頭を使える部類に属する者たちが揃っていた。

 

「先ほどの……今の時点では魏が負ける、との事について少し聞きたいことが。

 

 どうしても疑問が残るんです」

 

「疑問も何も、説明した通りだぞ?」

 

「一刀。他はともかく私達をあまり甘く見ないでくれ。

 

 菖蒲は実際には経験していないが、この三人とも、文官としても従事出来る能力を備えていると自負しているつもりだ。

 

 あの時、一刀は少し言い淀んだだろう?あれは言葉を探したんじゃないか?」

 

「私と秋蘭様はそれに気付き、もしやと思って斗詩さんにも尋ねました。

 

 結論として、一刀さんは今時点でも魏が勝つ方法を知っている、と」

 

菖蒲と秋蘭が交互に捲し立てるようにそう言う。

 

要するに、知っているのならば何故それを言わないのか、或いは単純に教えて欲しい。そういうことだろう。

 

「ん~……さすがにこの三人相手には誤魔化しきれないか。でもなぁ……」

 

三人に向き直り、肯定の言葉を口にし、それでもなお言い淀む一刀。

 

それにも理由はあった。

 

菖蒲や秋蘭の予想通り、一刀は一つ、魏が勝つための腹案はある。

 

だが、その内容が内容だけに口にしたくは無いのだった。

 

そこでふと一刀は気が付く。真っ直ぐに一刀を射抜くような視線を向けている菖蒲と秋蘭とは異なり、斗詩は若干視線を下に向けていた。

 

その様子からピンとくる。

 

「なぁ、斗詩。ひょっとして、気付いているんじゃないか?

 

 俺が考える魏という国が勝利する道筋に」

 

「っ!?」

 

ビクッと斗詩の肩が跳ねる。それが如実に正解だと告げていた。

 

だからこそ、一刀は斗詩に尋ねてみる。

 

「やっぱりか。なら、考えていることが同じだと見て、斗詩に聞きたい。

 

 この策とも言えない策を、果たして伝えるだけでも伝えるべきか?」

 

「あ、その…………」

 

一刀が、秋蘭が、菖蒲が。三人が斗詩の言葉を待つ。

 

ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込むと、斗詩は思い切って口を開いた。

 

「魏の皆さんにでしたら、きっと話しておくべきなのだと思います。

 

 麗羽様や文ちゃんだと、考えも無しに実行に移してしまいそうですけど、皆さんならそうはならないでしょうから」

 

「そういう観点できたか。

 

 俺としては、個々人の感情に根付く問題になると思ったんだが」

 

「それは……確かにあるかも知れません。

 

 ですが、少なくともお二方に関してだけは、言っておくべきです。

 

 妙な蟠りは生じさせないに越したことはありませんから」

 

斗詩は主張する。言うべきだ、と。

 

その考え方も一理あるか、と一刀も納得を示す。

 

驚いたとしても声は抑えてくれよ、とだけ前置きしてから、一刀は腹案を明かすことにした。

 

「さっきの話だが、あれは飽くまで将のみの戦力分析だ。兵数まで含めれば、あの限りでは無い。

 

 つまり、だ。やり方次第では魏にも勝ちの目はある。

 

 で、その目を言いたくなかった理由だが、それがその内容にある。

 

 単純に言おうか。

 

 将を含み、死兵の大軍を以て押しに押す。ただそれだけだ」

 

「え?……えっと、一刀さん?それは、その……」

 

「そうだ。策とも言えない策だ、ってさっきも言っただろ?

 

 そもそも実現出来るかどうかも怪しい。将にも兵にも、一人一人にそれぞれの生活があるんだからな。

 

 何より、仮に実現したとして、目先の勝利は収められてもその先に地獄を見ることは必至だ。

 

 そうまでして勝とうとするよりも、大人しく降参した方が断然マシで、賢いな」

 

「…………なるほど。『戦は数こそ正義』。以前の袁紹軍を、規模と練度を増しての再来というわけか。

 

 一刀が言わなかった理由も分かったよ。

 

 確かにこれは、華琳様の目指す覇道にはあってはならない選択肢だ」

 

「数はとても大きな力になります。現に劉備さんも袁軍相手には逃走しか出来ていませんでした。

 

 ですが、それにばかり頼った軍事行動は民心を離れさせてしまいます。

 

 華琳さんはこれを嫌うと思います」

 

「いくら数で押そうとも、敵の戦力を考えればそのほとんどは……

 

 すみません、一刀さん。私の考えが至らないばかりに、このような……」

 

秋蘭も菖蒲も斗詩も。三人ともが一刀が話そうとしなかった理由を理解した。

 

納得を示す、説明を補足する、謝意を示す。各々の反応は違えど、考えることは同じであった。

 

「いいんだ。菖蒲も気付いたなら知りたいと思って当然だからな。

 

 ただ、これはこの四人以外には口外しないで欲しい。

 

 それは分かってくれるかな?」

 

「はい、勿論です。このようなことに実際に陥らないよう、私も精進します」

 

「ふっ、言われるまでもないな。華琳様の覇道は、あらゆる面から穢されてはならないのだからな」

 

「そうですね。分かりました。

 

 私も微力ですが、助力は惜しみません」

 

それぞれの言葉で諾を示した。

 

直後、後方でどよめきが起こる。

 

何事かと見やれば、どうしてそうなったのか、恋の一撃が地を抉り、鶸と蒲公英がその余波で吹っ飛ばされたようであった。

 

「一体何をどうやったらああなるんだか……というか、あの様子だと恋の調子は戻ったのかな?

 

 取り敢えず、俺たちも鍛錬に戻ろうか」

 

一刀の誘いに四人は並んで恋の下に集まる皆の輪へと戻っていくのだった。

 


 
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