傷跡、残っちゃうね。
魏延さんの上半身には、愛紗ちゃんから受けた大きな刀傷が刻まれてる。
お医者さんは命があっただけでも奇跡だって言ってたよ。
私が縫い合わせてある傷に薬を塗ってたら、
「劉備、・・どうして敵を治療するのだ?」
ずっと華雄さん以外とは喋らなかったのに、初めて私に問いかけてきた。
「私は敵だ。貴様の国の兵士達を倒していた者だ。八つ裂きにされても当然の私を、何故助ける?」
魏延さんの言葉は、他の人にも幾度と問われてきた疑問。
だから私は同じ返答をする。
「助けたいから。私の出来る事なんて凄く小さいけど、自分の手の届くところだけでも出来る限りの事をしたいから」
「貴様も剣を手に持つ者だろう。戦があれば敵味方問わず多くの兵が死ぬ。頭首が成す事は味方を護り敵を屠る事ではないのか」
そう、私はこの并州を統べる立場、何よりも優先して護らなければならない人達がいる。
魏延さんの言う事は間違ってない、だけど私には全てじゃない!
「私は私利私欲の為に民の平和な営みを乱す人とは戦うよ。でも戦ってる人の殆んどは、自分や家族を護る為に死に物狂いになってるだけなの」
誰もが戦いたくて戦ってる訳じゃない。
望んで傷付いてる訳じゃないよ。
「死んでいく人達は大事な人の事を思って泣いてるんだよ」
どんな風に言われたっていい。
矛盾してるとか現実を見てないとか、そんなの関係ないよ。
「目の前で苦しんでる人を放っておいて、戦だから仕方ないなんて自分に嘘を付く事はしないって決めたの」
生きて、大事な人達と笑ってて欲しい。
それだけなんだよ。
話を聞いて私をじっと見ていた魏延さんは、顔を横に向けてそれきり話さなかった。
付き添ってくれてる華雄さんと部屋を出ようとしたら、
「・・ありがとう、ございます」
小さい声だけど確かに聞こえた。
その一言だけで、私は十分嬉しいよ。
「真・恋姫無双 君の隣に」 第50話
兵士達の調練を終え、月への報告と連絡に向かう。
洛陽を一刀様より託されて半年経つが、人々の表情が本当に明るくなった。
これも月の日々努力による賜物だ。
私も華国の筆頭武官などと過分すぎる地位を頂いてしまったが、少しでもお役に立てるように精進せねば。
「そんな凪さんだからこそ、一刀様は最も信頼されてるんでしょうね」
「とんでもありません、私など元々田舎娘に過ぎないんです。難しい事など全く分かりませんので」
七乃や月のように色々な事を知っていればと思う事がある。
「難しい言葉や古い知識を知っていても、立派な人とは限らないと思います。言葉だけでなくて、行動を起こしてる人にこそ私は敬意を払います。一刀様が世に自ら出ようとしない隠者を登用しないのは同じ理由でしょう」
人材を登用する時の一刀様の考え。
如何に才があると言われていても、自らやる気を持たない者は必要としない。
人との繋がりを軽視して、才あるものは命令するのが当然と考える者など論外だ。
手は伸ばすが、乞う事は無い。
「常に懸命な凪さんを、私は尊敬しています」
優しい笑顔で話す月に、嬉しさと恥ずかしさで暫く顔を上げられなかった。
月の淹れてくれたお茶を飲んで少し落ち着いた後、各方面より届く報告について話し合う。
「凪さんは孫家の方達と交流があったとお聞きしてますが」
「はい、それ程長くではありませんが共に働いていました。お味方になってくれてとても嬉しいですね」
次に亞莎と再会する時は戦場かと考えていたが、本当に良かった。
「力を持ちながらも戦わずに降服の選択をされるなんて、本当の勇気を持っていないと出来ない事です。私もお会いするのが楽しみです」
「秋の収穫が終わりましたら建国祭で、皆が寿春に集まりますからね。昨年の式典よりもずっと人が集まるでしょう」
建国後のわずか一年余りで、これ程に領土が広がるとは。
来年は内政に専念する事が決まっているが、状況によって劉備殿への援軍を行なう可能性もある。
「月、并州民の移住計画はどうなっていますか?」
「諸葛亮さんとの打ち合わせは終わりました。秋の収穫が終わり次第、洛陽に移動を開始される事になってます。冬の間は洛陽で過ごしていただいて、春になりましたら可能な限り望む地への移住を行う段取りです」
「劉備殿達は并州から離れないのですね?」
「はい。仲国への前線拠点を守り通してみせると」
仲国の主力は魏国と官渡で交戦中だが、并州への侵攻も依然続いている。
出来れば援軍を送りたいが、官渡は洛陽からもそう遠くはないので、攻め込まれる可能性は低くとも備えを疎かには出来ない。
既に劉備殿の華国への恭順は諸国に周知の事だ。
仲国も移住の事を知れば本腰を入れて侵攻するだろう、民がいない土地など価値が著しく下がるのだから。
今年さえ乗り切れば劉備殿の苦境は軽減する筈。
「月、移住が始まりましたら、私は兵を連れて民の護衛に赴きます。建国祭に欠席する事を一刀様に伝えていただけますか」
「はい。私も不参加の予定でしたので、伝者の方にお願いしておきます」
一刀様や皆に会えないのは残念だが、二人して迷いのない選択をしてる事に笑みがこぼれた。
こらあかんわ。
袁紹軍の奴等、まともに戦う気無しや、なんぼ誘っても乗ってこうへんで。
あんだけガッチガチに陣を固められたら打つ手なんかあらへん。
「霞、陣に戻ろう。これ以上は徒労よ」
「詠、何か手えないか?」
「駄目。向こうは完全に攻めてくる気が無いわ。下手に飛び込んだらこっちが全滅する。宋憲や魏続の二の舞よ」
二人とも開戦早々で左慈に討たれたもんなあ。
袁紹軍の左慈、恋に匹敵する武の持ち主って噂やけど、あながち誇張やないかもな。
もし恋と同じ強さならウチと春蘭に雪蓮ぐらいか、何とか相手できんのは。
「となると当面にらめっこやな。時期的に考えて冬が来る前に退却するやろけど」
「本来は此方が攻め込む戦だった。急速に広大な領土を得た一刀が統治で動けないから、その間に袁紹との決戦に持ち込んで領土を奪う、っていう予定だったんだけどね」
「先手を取られてもうた訳や」
双方の戦力を比較したら、兵の精強さでいえば勝っとる。
将や軍師の質もや。
そやから兵力差は補える、戦術面なら問題ない。
ただ、戦略条件がきついんや。
魏は仲と華に挟まれとるから全方位に警戒せなあかん。
華も似たようなもんやけど、諸外国とは外交を上手くやっとるし、他勢力は弱小やから慌てる程の事態にはならん。
仲は一番恵まれとる、北方の異民族を金払って取り込んどるから戦力の大部分を魏に向けられる状況や。
この条件の苦しさを引っ繰り返すのは生半可な事やないで。
「それでも攻めてくるなら戦力を削る事が出来た、まさか防戦に徹するなんて」
「魏の動きを封じに来たわけや。か~、やってくれんなあ。あの阿呆な袁紹とはとても思えんで」
「于吉っていう軍師が台頭してきてから袁紹軍は全く別物よ。侮れる相手じゃないわ」
自分とこの領土で戦なんかしても、ええことなんか一つもあらへん。
「華琳の正念場やな」
「そうね、時が経てば経つほど苦境に追い込まれる。手を打つなら早めに打たないと」
華琳なら当然分かっとるやろ、どうする気いや?
「お~ほっほっほっほっほっほっほ。流石は左慈さんですわ、開戦して直ぐに将を二人も討ちますなんて。華琳さんの将とは比べるべくもありませんわね」
うわ~、麗羽の奴、上機嫌なんてもんじゃないな。
「あんな雑魚、討った数に入るか」
雑魚って、仮にも将軍だぞ、多分私と変わらない位の武を持った。
そんな奴等二人をまとめて瞬殺って、どれだけ強いんだよ。
「白蓮さんもお疲れ様です。直ぐに乱れてた隊列を整えてもらえて助かりました。相手の反撃を断念させられましたから」
地味な働きしか出来ない私を斗詩はよく見てくれる。
「そうでしたわね。白蓮さんもお疲れ様ですわ、これからも働きに期待しますわよ」
「あ、ああ、頑張るよ」
驚いた、麗羽からねぎらいを受けるなんて。
王になって変わったのか?
「さあ、貴方達を率いるわたくしに敵などおりませんわ。一気に華琳さんを討ち滅ぼしてしまいましょう」
おいおい、今回の遠征は示威行為が目的だろう。
変わったと思ったのは気のせいか、やっぱり麗羽は麗羽だ。
とにかく止めないと、まともにぶつかったら大敗の可能性だってあるんだ。
向こうには粒ぞろいの将や軍師がいるからな。
とはいえ普通に説得しても火に油を注ぐ結果にしかならないし。
「麗羽、戦には勝てるだろうが糧食が足りなくなるんだ。それに収穫間近の時季に戦場を拡大したら民が困るだろう。今は敵勢力に与してるが将来はお前の民になるんだ、力より徳を見せておく方がいいと思うぞ」
「でしたら無くなる前に勝てば良いだけですわ。民が私に平伏すのも当たり前の事ですわよ」
駄目か。
「姫様。一刀さんも徳を示して孫家を降服させたじゃないですか。同じ事をしたら姫様の事を見直されますよ」
「王たるもの徳を示さねばなりませんわ。華琳さんに降服の機会をあげることに致しましょう」
言葉を選んだ私の苦労は一体。
「フン、くだらん」
一年に亘る遠征が終わり、ようやく寿春に腰を下ろせた。
そんな俺を温かく迎え入れてくれるのは、はい、予測通りの山積みになってるお仕事、ありがとうございます。
時折は戻っていたけど、ゆっくりする程の時間は取れなかったから当然の結果だよな。
決済事項や意見書も建国前の十倍はあるかな?
領土が拡大したから決済する事が増えるのは自明の理。
でも意見書が多いのは皆のやる気の証明で、新しいアイデアが次々に挙げられてる。
耳に痛い諫言もあるけど、筋が通っているのは歓迎。
目を通してたらなんか楽しくなってきた、次はどんなだ。
優秀で真面目な人材を沢山確保出来たし、どんどん仕事を振っていこう。
・。
・・扉の開く音がした。
丁度墨が切れそうだし補充を頼もうと顔をあげたら、目の前にいたのは美羽と七乃だった。
「成程のう、以前に劉備が仕事虫と言ってたのはこの事じゃったのじゃな」
「久しぶりに戻っていながら、家庭を蔑ろにするロクデナシですけどねえ」
部屋を見回したら、いつの間にか日が暮れてた。
そういえば、お昼は一緒に摂ろうと約束してたよな。
でも仕事が溜まってたから、ここは毅然とした態度をとろう。
「申し訳ありません。よろしければ今からお食事を一緒に摂ってはいただけないでしょうか!」
平身低頭、それ以外何が出来る。
「その潔さは買いましょう。ですがそれだけで済むとは思っていませんよねえ?」
うわあ、すっげえ悪そうな顔。
「一刀、お仕事お疲れ様なのじゃ。わざと忘れたのでないのは分かっておる。さ、一緒に食事にするのじゃ」
天使、天使がここにいる。
矢も盾も止まらず俺は美羽を抱き締める。
「美羽、ありがとう」
「ぴあーーーーーーーーーーーー!!」
えっ?何、その声、それに何で暴れるの?
あまりの反応に固まる俺を他所に、腕から抜け出した美羽は部屋から飛び出して行った。
「駄目駄目ですね、一刀さん。美羽様だって日々成長されてるんですよ。華の種馬王ともあろう人がそんな事でどうするんですか」
聞き捨てならない異名が聴こえたけど、深く追求したくない。
「・・そうだよな、美羽だっていつまでも子供じゃないんだ。年頃の女の子がいきなり抱き締められたら驚くか、後で謝ろう」
出会ってから数年、随分背も伸びたもんな。
「あらあらあらあら、まるで分かってませんねえ。仕方がないと言えば仕方のない事ですが、美羽様も前途多難ですね。それにしても、お嬢様ったらなんて可愛らしい反応。ハァハァ、たまりませんねえ」
そりゃ年頃の女の子の気持ちなんて俺には難解すぎる。
年頃じゃなくても七乃の気持ちなんて謎だらけだし。
「とにかく美羽を追いかけよう」
「そうですね。あと一刀さん、年頃でない私は色々と聞きたい事がありますので、後で覚悟しといてくださいねえ」
悪そうな顔再び、何故俺の気持ちは見透かされるのだろう。
その後の事は語るほどの事じゃない、ちょっと枕を濡らしただけだ。
きっと俺を休ませる為の芝居だったんだよ、寝室に逃げ込みたくなる程の心身への責め苦は。
本当だぞ、おかげで直ぐに夢の世界へ突入できたから。
・
・・
・・・
「みゅうう・・・」
ん?
「にゃあ、ごろごろ」
猫?
「んー、ちゅっ、ちゅー」
くすぐった!ほっぺたくすぐった!
目を開けたら風が寝てる俺に乗っかってた。
「なんだ、風か」
「むー。つまらない反応ですね、乙女が朝から密着しているというのに。やはり同じ展開は駄目でしたか」
「そりゃ免疫もつくよ。同じパターンで来たら・・・・・・・!?」
完全に目と頭が覚える。
でも言葉一つ出ず、指一本動かせない。
「おはようございます、ですよ♪お兄さん」
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敵である桃香に救われた焔耶は理由を問う。
乱世に向き合う桃香の想いとは。