No.812620

AEGIS 第四話『合流』(2)

ルーン・ブレイドという組織と、レムと

2015-11-08 21:50:53 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:274   閲覧ユーザー数:274

AD三二七五年六月二三日午後一〇時

 

 暢気な奴らだなと、鋼は紅神のモニター越しに苦笑していた。

 叢雲の整備デッキは、鋼の想像以上に広かった。それに整備設備も充実している。

 だが、どうも整備兵達が紅神の姿を見て惚けているのが数名いた。

 こんなんで大丈夫かと、最初は心配したが、ほんのちょっと目を離した隙にとてつもない大男がその整備兵達の前に現れ、顔面に鉄拳をかましていた。

 整備兵は思いっきり腫れ上がった頬を一度抑えた後、すぐさまその大男の前で直立不動になり、頭を下げ、すぐさま持ち場へと戻っていった。どうやらあの大男がこの整備兵達のトップらしい。

 その後、紅神は収納用のベースに案内された。そして紅神はそこで停止する。

 鉄骨で出来た足場が紅神の前を塞ぐと同時に、鋼は紅神の機能を停止させた。

 その瞬間、操縦桿が横にずれ、コンソールパネルユニットが足下へと向かいコクピットが開いた。

 モニターで見るよりも少し明るい光と一人の男が彼の目に飛び込んでくる。

 見れば、先程の大男だった。少し汚れているつなぎがやたらと板に付く赤茶色の髪の毛と左頬にある傷が目立つ。

「お前さんが今回の傭兵か? 俺はウェスパー・ホーネット。この船の整備兵のトップつったところか。ま、よろしく頼むぜ」

 ウェスパーは武器ケースを持って出てきた鋼と握手を交わした。

 しかし、でかい。優に二メートルは超えているし、筋骨隆々だ。下手な兵士より明らかに体格がある。

 その後鋼は改めてデッキを見渡した。整備スペースは二十機分以上の空きがある。モニター越しよりも広いと感じた。

 またそこには先ほど帰還した紅神以外の三機の他に、漆黒の機体とヤケに細身なスカイブルーの塗装がやたら映える機体が整備されている。背部や各所に取り付けられたブーストユニットがある。空中戦闘能力重視機のようだ。

 漆黒の機体は、どちらかと言えば若干パワー重視のバランス型という感じだ。何処か不知火に似ている。

「そんなに珍しいか、ホーリーマザーとファントムエッジがよ」

 鋼の目の前に、見慣れない男が出現する。全身黒尽くめの男だった。髪の毛から始まり、靴に至るまで、全て黒。まるで闇を表すかのように、黒い。

 何か、悪寒のような物が走ったのを感じた。いつの間にかマシンガンを展開し、目の前の男に突きつけていた。

 だが、その男も平然と、トンファーとM-72がセットになった珍妙な武器を鋼に向けていた。それも平然とした顔をしながら、だ。殺すことに何の抵抗もない、冷めた目だった。

 周囲にいた兵士達も自分の銃を各々鋼へと向けていた。

「おいおい、俺もここの奴だって」

 男は苦笑している。愛想は良かったが、表情の奥底には得体の知れない何かがあった。まるで意図的に笑顔を作り込んで周囲を油断させているかのような、そんな気さえした。

 鋼はちらりと横で自分に銃口を向けているブラスカを見た。

 鋼はその銃を見て驚いた。それもそうだろう、今のこのご時世極めて珍しいリボルバーだ。しかも超骨董物と言える一九〇〇年代の産物『タウルス・モデル480SS5M「レイジングブル」』、480ルガー装填可能の狩猟用のリボルバーだ。

 さすがに、そんな物を米神に当てられるといい気分はしない。

 一度溜め息を吐いた後、鋼は義手を降ろした。それと同時に、周囲の兵士と男もまた銃を下げた。

 しかし、それでも鋼の殺気だった表情を崩さなかった。

「てめぇはなんだ? 他の連中と明らかに違う。血の臭いが、しすぎンだ」

「ま、そうかもな」

 男はあっさりとそれを認めた。

「お前ほどの名の知れた傭兵だ。これ見りゃわかるだろ」

 男はただ右手の甲にある血の十字架のタテューを見せるだけだった。それが彼なりの自己紹介なのだろう。

 確かに、十分だった。

 かつてあるアサシン兄弟の噂があった。片方は鎌を振るい、片方は体術を得意とする、全身黒の兄弟。

 異名『千人殺し』。こいつは恐らくその弟のブラッドだと、鋼は直感的に理解した。

 千人殺しと言うが実際何人殺害したかなどわかるわけもない。なにせ暗殺する時はターゲット以外にも護衛まで全滅させていたからだ。彼らの通る後には肉片と血痕以外残らないとすら言われていたくらいである。

 だが、鋼は当然疑う。こんなもの掘ってしまえばいくらだって誤魔化すことが出来る。だいたい、彼らが元々所属していた暗殺者ギルドは、確かこの入れ墨を彫ることが入団の証だったはずだ。

「ホントかよ?」

 ブラッドは一つ頷くだけだった。

「おめぇ、最初に殺した奴の名前と殺した日にちは?」

「は?」

 目を丸くした。これくらい普通は言えるだろう。ブラッドが少し考える仕草をする。本当に考えているかは、よく分からなかった。

「三二六五年のクリスマスに地域住民から寄付金と称して賄賂になる金を集めまくっていた教会幹部をその部下もろとも皆殺しにしたな。確か、あん時殺ったの五八人だったか」

 確かに情報で公開された通りだった。その後も適当にいくつか質問してみたが、彼は平然と答えている。殺し方まで言っていた。

 しかし、かなり残虐なやり口が多かった。聞くに堪えられなくなったのか、遠ざかる整備兵も何名かいたくらいだ。

 なかなかに常人だとこうはいかないものだ。必ず何処かで歯止めが掛かる。だというのに、この男は平然と、なんてこともなくただの作業のようにそれをやっていたと言った。

 間違いなく本人だと、鋼は悟った。だとすれば当然の疑問が上がる。

「だったらよ、なんでまたそんなてめぇがこんな所にいるんだ? 死刑台じゃなくてよ」

 ブラッドは言葉を詰まらせた。一気に表情が暗く、かつへこんだ物になっている。

 思ったよりもこいつ性格軽いのかと、鋼は思い始めていた。

「密入国に失敗して捕まってここに……」

「は?」

「いやな、高飛びしようと華狼から船に隠れて乗ってきたまでは良かったんだけどよ、途中で突然入国管理局の監査が来たんだよ。それで俺と兄貴にブラスカはとっ捕まっちまってな。で、その後無理矢理ここに身柄移されて自由なき軍属となり戦闘してるって訳だ……」

 もう鋼は呆れるほか無かった。

 あれだけ世界を騒がせたあのアサシン兄弟が捕まった理由が密入国失敗だというのだ。あまりにも情けないから一言だけ言う。

「バカじゃねぇの?」

「お前そこまで言うか、おい。意外に酷い性格だな」

 ブラッドは頭を抱えた。

 どうやらブラスカもブラッドと同境遇らしいが、彼からは暗殺者という感じがしないし、入れ墨も見受けられない。

 だが、訳ありなのだろうとは察した。傷は、拷問などで受けたような傷ではない。似たような傷を持った人間を知っていた。コクピットの中のパネルやモニターが飛び散って、付いた傷だ。もっとも、そいつは死んでいたのだが。

 恐らく別軍勢からこの男は亡命でもしてきたのだろうと、鋼は勝手に感じた。ベクトーアにしては珍しい黒色系の肌だったから、そう感じるのだ。

 それからは二、三、軽く話をした。そんな時に、空破のコクピットがようやく開いた。ルナはコクピットから出てくると周りに何かの命令をして足早にどこかへと消えた。

 一瞬だけ見えた表情には、何か焦りの表情が浮かんでいる。先程言っていた妹とやらが、心配なのだろう。

「あいつらしい、か」

 ウェスパーが横に来て、ふとぼやいた。

「あいつは、まだ若い。俺よりも年齢は下だろ? 何故あいつが隊長をやっている? コンダクターと言うだけじゃねぇだろ?」

「あいつには、何か不思議な魅力みてぇなもんがあるのさ、鋼。こいつなら何をやってもなんとかなるみてぇな、そんな不思議な魅力だ。ルーン・ブレイドが出来て十年になるが、あんな奴は久方ぶりに見た」

 ウェスパーが、どこか遠くを見ているようにも感じた。

「だが、このままいくと、いずれ限界が来る。だからよ鋼、あいつを頼むわ。俺も何でこんなこと言ってるのか、よくわかんねぇけどよ。だが、ルナの暴走を大喝で止めたのはお前だけだ、何とかなりそうな気がする」

 鋼はどうしてかウェスパーの言葉に頷いた。別に報酬貰えりゃいいから、死のうが何だろうが知ったことかという感情があるにもかかわらず、彼は何も考えずに頷いた。

 本能的な何かが、彼女を死なせてはいけないと教えていた。

 それに、恐らく明日の作戦はかなり厳しい。あれだけ派手にやりあったのだ、大方警備は増加しているし、増援も来ているだろう。

 その中であいつを死なせないこと、それをやらなければならないように、鋼は感じた。

「さてと、整備取りかかるか……」

 ウェスパーが踵を返すやいなや、鋼は硬直した。

 それもそうだ、ウェスパーの背中に刻まれている文字は、よりにもよって『喧嘩上等』である。

 ま、この程度はよくあるよな。などと鋼が思っていた直後、ウェスパーが怒号を上げた。

「おいコラ、ブラー! どこにおんじゃぁ?!」

「お頭ぁ、何ですかい?!」

「一時間でこいつのデータ全部取れ! 出来なかったらケツバッドだ、わーったな?!」

「了解しました!」

 壁に反響して見事な音響をウェスパーはブラーなる人物と醸し出している。

 すると鋼の前に素早く一人の男が現れる。恐らくこいつがブラーだろう。

「よぅ、あんたが鋼か? 俺はブラー・ラウンド。この整備部隊の副主任にして、ウェスパーの兄貴が『Beat it』を率いていた頃からの一番弟子よ」

 そう言われて思い出した。

 昔テレビで見たことがあった。二十年近く前に、ベクトーアを騒がせていた大物暴走族が二つあった。その中の一つが『Beat it』である。第十五代で解散したらしいが、その十五代目とか言うのがウェスパーだ。

 後でもう一度鋼が調べると、当時の彼は『クレイジードッグ』とまで称されたヘッドだったようだ。頬の二本の傷も、その時の物らしい。

 しかし、ブラーにこう言われると、そこかしこに魑魅魍魎やら蝋燭やら、愛羅武由(アイラブユー)という訳分からん言葉まで入っているのも納得できる。

 更に周囲にチェーンソーはまだしも釘バッドが置いてある。ということは、恐らくほとんどの連中が元々からのウェスパーの部下だったのだろう。後で聞いたら実際そうだった。

 ブラーが身を乗り出して下で作業をしていた整備兵に呼びかける。

「てめぇら、やるこたぁわかってるな? こいつのデータ取りと平行して他の機体のメンテやるぞ。サボったら頭直々に焼きいれられっぞ!」

「押忍!」

 轟音としか言いようのない声だった。思わず鋼も一瞬耳を塞ぐほどに。

 なんだか、酷く疲れた気がした。

 一度、どこかで眠ろう。ふと、鋼はそう思った。

 

「レムは?!」

 ルナは医務室の扉を開け、医務室に駆け込むやいなや、言った。

 レムは眠っていた。見る限りだと、点滴を受けている程度で、大したことはないようにも見えた。玲・神龍(レイ・シェンロン)が、彼女の横に付いていた。

 玲はルーン・ブレイド医療班班長にして、ナノマシン工学の第一人者でもあった。

 なんでも嘘か誠かは定かではないが、華狼の名家『アルチェミスツ家』の嫡男らしい。

 だとすれば、かつての紅神のイーグだったと言うことだ。紅神は、代々アルチェミスツ家が継いできたものであるからだ。一〇年ほど前に鋼が強奪したという噂があるが、本当かどうかは分からない。

 しかし、この男は何か思うところがあったのか、今はベクトーアに亡命して医療に携わっている。確かに、剣の腕は悪くないように思えるのだが、実際には研究者としての生活の方が性に合っていたのだろう。

 だが、胡散臭い名前を付けたものだと、ルナはいつも呆れていた。

「ドクター、どうなの?」

「別に問題ない。今は眠っているだけだ。ブラッドが言ってたんだが、こいつの背中から『羽』が生えたらしい。何の因果かは、わからんがな」

 玲は伊達眼鏡を一度かけ直した。普段の目つきの悪さを気にしてかけているいるらしい。

 しかし、玲は平然と言ってのけたが、ルナにとっては、希望が打ちのめされていく感覚を覚えざるを得なかった。

 羽の生える人類、そんなもの、ただ一つしか存在しない。

 『コンダクター』、それだけだ。

 少し、頭痛を覚えた。

 泣きたいが、涙は出ない。自分と同じ存在になってしまった妹を救ってやれないのか、ただひたすらその事を考える。

 だが、そんなものありはしないことは、自分が一番よく分かっている。

 ただ悔しく、哀しく、情けない。その感情に押しつぶされそうになる。

 人間である事へのアイデンティティを捨てざるを得なくなるその目覚めをレムは耐えられるのか、心配でならなかった。

「おい、大丈夫か?」

 玲の顔が目の前にあった。

「あれ? あたし、どうしたの?」

 いつの間にか自分は寝かされていた。額には、汗が多く浮かんでいる。

「倒れたんだよ、さっき。一時間程寝てた。精神的な面から来る肉体疲労だろ。ビタミン剤処方してやる」

 少し、驚いた。こういうこともあるのかと、ルナは感じていた。

 しかし、少し寝たからか、頭が想像以上に冷静になっていた。

 因果、玲は先程そう言った。

 確かに、ルナとレムは元を辿れば親戚同士に当たる。要するに多少なりとも同じ血が流れていることになるのだ。しかし現在確認されている限りコンダクターになれたのはこの二人だけ。

 同じ血が少しでも流れる者同士が何故発症するのか。いくらなんでも偶然にしては出来過ぎている。だが、この段階で答えなど出るはずがない。

 レムはどうなったのだろうと、横を見る。

 相も変わらず、寝ていた。

「こいつの世話は俺がしとくから、とりあえず、風呂、入ってこい。臭いから」

 そう言われて袖の臭いをかいだ。確かに、臭い。下水道に長いこといすぎたのだろう。

 少しムッとしたが、実際レムに何もやれはしないのだ。

 いても無駄でしかない。そう思い、ルナは病室を重い足取りで後にした。

 それから、いつの間にか部屋に帰って、無造作に服を脱いでシャワーを浴びていた。

 冗談じゃないわよ……。壁を一度、思いっきり叩いた。

 左手の火傷の跡が疼く。シャワーを浴びても、この傷だけは流せなかった。

 冷静になる分だけ、打ちひしがれる度合いが違った。空元気も元気などと言えるような気にすらなれない。

 ただ、彼女の心の中で何かしらの核心が生まれる。

 何かが起ころうとしている。そうとしか思えなかった。

 だが、少し考えて、疲れた。シャワーの音もうるさくなったから、シャワーを止めた。無造作に置いてあったタオルで体を軽く拭き、その後バスローブに身を包むと、すぐにベッドに向かった。

 ベッドの上に腰を落ち着けると、彼女はいつの間にか目頭に熱い物を感じていた。

 泣いていた。今更泣き崩れる自分がいた。涙は出ないと思ったが、今更、止めどなくあふれてきた。

 どうしてこんなことになった。どうしてこんな能力がこの世にある。どうして。

 疑問符ばかり浮かんでくる。それに答えられない自分がいる。それが情けなかった。

「もう……あたし……どうしたらいいの……?」

 彼女は崩れるように体をベッドの上に寝かせた。

 黒い髪の毛が宙を斬った。ベッドが少しきしんだ音を立てる。そのきしんだ音がなおのこと彼女をいらつかせた。

 彼女はそのまますすり泣き、声を殺して泣いた。

 そして自然に微睡みの中へと落ちていった。

 

 せわしなく、人が動いている。ウェスパーにとって、そういう風景が一番心を揺さぶるのだ。

 先程入ってきた鋼の機体は、紅神という名前のようだ。データ取りは、鋼の協力もあって何とか終わった。

 意外にあっさりと協力を認めたのは、ウェスパーも驚いた。

「しっかし、真っ赤な機体だよなぁ……」

 ウェスパーは腕を組みながら紅神を見上げた。

 まるで炎。そういう印象を持つ、赤。不思議と、鋼の瞳の色も、同色だった。

 面白ぇ奴だと、ウェスパーは思う。

「ヘッド、この機体の左腕やばいですぜ。ちょっと来て下さい」

 ウェスパーは頷いた後タラップを駆け上り、整備兵の一人のグレアムの元へと駆けつける。

「見て下さいよ、これ。サブフレーム完全にひん曲がってますぜ。何かリーダーの話では、あそこで黙々と整備してるバカが格闘戦でゴブリン破壊したって言ってたからそれが原因だと思われますぜ。後ロクに整備されてねぇのと、こんなゴミクズみてぇな粗悪品フレームと別機体のフレーム使って無理矢理なんとかしてるのが原因かと。今まで壊れなかったのが奇跡ですぜ」

 その言葉にウェスパーは少し眉間にしわを寄せた。厄介な問題抱えてやがると、心底思った。よほど金がなかったのだろう。そうでなければこんな粗悪な代物誰も買わない。それくらい一緒に付いていたサブフレームは酷かった。

 鋼は聞こえないふりをしているのか、スルーしている。

「どうします、予備のフレーム無いっしょ? 後は他の機体から代用するしか手無いですぜ?」

「それだ」

 ウェスパーはその言葉に腕を組んでうなずいた。そして自信に満ちた笑みを浮かべる。

「あるじゃねーか、おい。たった一つだけ使われてない腕が」

 そう言い終えた後、何故か彼は豪快に笑い出した。周囲からは明らかに白目で見られているが、気にしない。元々そういう性分だからだ。

 ウェスパーは不知火を整備している新型武器開発研究所所長(ルーン・ブレイド内にあるものの当然ベクトーア非公認だ。なんせ資金源は予算の余りだからでその上所長と言われても所員は彼一人である)のアルバーンへと目を向けた。

「アル、第四格納庫の『あれ』を出せ」

 アルバーンは立ち上がって大声でウェスパーと会話を交わす。

「あれッスか? でもやばいッスよ、またジャンクにされたらどうすんスか?」

「ああ? 俺がんなことするとでも思ってんのか?」

 鋼はアルバーンに対して殺気に満ちた瞳を向けるが、アルバーンと共に整備をしていたグレアムの弟のコクソンが「じゃあ、腕破壊すんなよ、こんバカ」と随分と心を抉りそうな発言をしてきた。

 もっともだと、ウェスパーは感じる。さすがに反撃の手口は見つからないのか、一瞬だけ、拳を上げ、すぐに下げるやいなや整備に取りかかっている。

「おいおいコクソン、喧嘩起こすなよ?」

 グレアム達の幼なじみであるアレックスがコクソンをなだめた。アレックスがいなければ、今頃コクソンは本当に刑務所で何年の懲役喰らうか、分かったものじゃない。

 実際、グレアムはコクソンが血の気が多すぎることに、少々危険性を感じている。それをアレックスがなだめているから「ち、わーってる」と、殺気だった目を崩していないがコクソンは引くのだ。

 それにウェスパーはため息を吐いた後、少し考える。左腕そのものを取り替えた方が早いだろう。

 と、なれば、あれを出すしかない。

「あれをこいつに無理矢理つけっぞ」

 その言動に周囲はさほど驚かず、一つ頷くだけだった。

「三ヶ月目にしてやっとッスよ! ようやくオイラの腕の見せ所ッス! 全員、さっさとあれ出すッス!」

 アルバーンはそう言って整備員達をせかす。彼は一見ひ弱そうに見えるが、こう見えても暴走族時代からの自分の弟子の一人でもある。

「んあ?! ちょっと待て! てめぇら俺の機体改造する気かよ?!」

 鋼はようやく状況を判断して止めようとしたが時すでに遅し。暴走族は止まらないのだ。

 その後整備班は格納庫からM.W.S.用の腕を出した。マニピュレーターもついていなければ塗装すらされていない。ただ腕に大型ブレードが四本も付いている。

 ウェスパーは不適な笑みを浮かべた。

「ようやくこいつのお出ましだ。攻防一体型じゃじゃ馬ソード、『Special Weapon No.16「スクエアブレード」』。取っといたのは正解だったぜ」

 そして、ちらりと鋼を見る。

 何をやる気だと、問いかけている気がしたが、無視した。

「早急に作業を行え! さっさとこいつを取り付けるぞ!」

「応!」

 この怒号がいつもウェスパーの心をかき立てる。

 整備員達は一部を除き一斉に作業に掛かった。

 腕は外され、各部は強制解放されと、もうオーバーホールに近い。が、やるだけやっておこう。ウェスパーはそう思い、嬉々としながら腕を取り付けていく。

 最終的には、鋼の報酬からこの修理費をたんまりと引いたのは、言うまでもない。

 

 かすかに、風が吹いていた。その風に、レムは起こされる。

 目を開いてみると、花びらが舞っていた。

 ボーッとした頭のまま、一度体を起こす。

 照りつける陽光と一面に広がる花、そして優しく吹く風がレムの感覚を刺激した。

「ここは……?」

 レムは起きあがって辺りを見回す。

-な~んかどっかで見たことあるような……。

 そう思うと彼女ははっとした。

テレビで見たことがある。確か、あの世だった。

「ひょっとして私、死んだ?! つーか何が起こったんだっけ?!」

 レムは自分の記憶を巡らせる。

 村正に背中からバックリ刺されて、その後背中になんか翼が生えて、意識が遠のいて……それから……それから?

「えと、その後は……覚えてない?! ちょお、それやばいでしょレムさん、ねぇちょっと!」

 自分で自分にツッコミを入れるなど、内心が焦りすぎている証拠といえる。

「やばい、ひょっとしてマジで死んだ? ちょ、ちょっとタンマ! 冗談っしょ?!」

 しかしその後、レムはぽんと手を叩く。

「そうだ。これは悪い夢か幻覚だ。たぶんそうだ、きっとそうだ。そうに決まっている、いや、そうに決めた、うん」

「いや、ここはあなたの中よ」

 突然、一人納得しようとしたレムの後ろから声がした。彼女は瞬時に振り向く。

 しかしレムはその姿を見て愕然とする。

 そこにいたのは、自分と瓜二つな姿を持ったブロンドの髪を持つ女性だ。

 背格好はレムとほとんど大差がない。顔つきや目つきなどはよく似ているそんな女性だ。年はと言うと、自分よりは明らかに年上である。自分の倍の年齢は行っているのでは無かろうか、そんな感じだがその姿は若い。

 自分が成長したらこんな感じになるのだろうと、レムが思い描く姿に似ていた。

 しかしはっきりと違う点が三つ。

 六枚もの翼が生えていることと、左半身全土を覆わんばかりの刻印が刻まれていること、そして瞳が赤く瞳孔がまるで獣のような形をしているということ。

「え? ちょ、これ鏡っしょ? 変な夢……」

「だから、ここはあなたの心の中なのよ。私はセラフィム。『あっちの世界』ではそう呼ばれていたわ」

 レムは目の前の『何か』の言っていることがまるで理解できなかった。完璧に目を丸くしている。

 これは自分の性格を表した幻影か? 『あっちの世界』? 何それ?

 私こんなに怪電波大量に受信するタイプだったっけ? そりゃそれでショックだし……。

 頭がパンクしそうになってきた。

「あっちの世界って……何?」

 レムは呆れ顔で『熾天使』の名を持つそれに問いかける。

「アイオーンの世界」

 その存在はただ静かに、素っ気なく言った。

 少し状況の把握が遅れた。

「は?」と聞き返したほどだった。

 セラフィムはため息を付きながらレムに再度説明をする。

「だからアイオーンよ」

 その言葉を聞いた途端、レムは殺気に満ちた表情を浮かべ思わず腰に手を伸ばす。

「敵?!」

「そうかも知れないけどそれ前に……武器、なくない?」

 そう、あくまでもレムが腰に手をのばしたのは癖だ。いつも腰にBang the gongを差しているため抜く癖が付いている。

 セラフィムの説明を受けてレムはようやく納得する。レムは少々恥ずかしがった。

 だが殺気ある目を崩すことはない。

 しかしレムがその様子でもセラフィムの目は優しげだった。

「敵対行動を起こす気はないわ。むしろ、あなた達に頼みたいのは、私たち、アイオーンの消滅よ」

 レムは目の前の存在の言っていることがわからなくなった。

「どゆこと? 自分たちを殺せなんて」

「私たちは、ただの兵器化された魂でしかない。それが気にくわないだけよ」

「はぁ? なーに夢の中のくせに訳わからんこと言ってるのさ? せめて夢ん中なんだからそこくらい小難しい話やめにしよーよー」

 こんな話を聞いて「はいそうですか」と納得するほど、自分の頭は落ちぶれてはいない。

 だというのに、この夢だか現実だか、それとも心の中なのかよく分からないこの風景は未だに終わることなく、そしてセラフィムはしゃべり続ける。

「心の中は、嘘は付けないの。嘘を言おうとしても真実しか述べることが出来ない。嘘は、何も付けない」

「は?」

「貴方は今嘘だらけであってほしいと願うから私を疑っている。何故それが分かるのか? 心の中では嘘を付けないという説明通り。本当に自分はアイオーンか? こんな羽生えて瞳孔が変わった人間いると思う?」

 レムはかなり驚いた。それもそうだろう。深層心理の疑った理由どころか、その後に浮かんできた疑問まで的確に捉えられたのだから。

 レムは今の光景がすべて嘘であって欲しいと思っていた。アイオーンと同居するというどこか気まずいムード、それがあるから嘘であって欲しいと願っている。

 その様子をセラフィムは諭す。

「嘘は塗り重ねていけば行くほど、自分の存在を、心を踏みにじっていくことになるわ。『真実を見据えて生きて』、貴方の心にはその言葉が根強く生きているのでしょ?」

 レムははっとした。

 何でその言葉を知っている。一瞬、詰め寄ろうかと感じた。

 自分の、四歳の頃死んだ母親の最後の言葉、自分に向けていってくれた言葉、自分だけの秘密。父親にすら教えたことはない。

 姉はその言葉が発せられたことすら知らない。自分しか知らないはず。

 それを言われた瞬間レムはようやく納得する。どうやら目の前の言っていることは事実らしい、そしてこれは夢ではなく現実なのだ、と。

 仕方ないからレムは目の前にいる存在を信じることにする。

 だが、そのための保険をかけた。

「……やってもいいけど、一つ頼める?」

「何?」

「ずっと私の意識下にいろってこと。暴れられると迷惑だから、いやマジで。つーかんなことやったら地獄に堕ちても追いかけ回して殺すからね! ケルベロスの餌にしてやる!」

 レムも暴走したルナのことは知っている。もし仮に自分が姉と同じような存在だったとしたら暴走する危険性が高いからだ。

 だが、セラフィムはレムにこう説明する。

「大丈夫。後天性にはそういうことはないの。そう言うプログラムが成されているのよ」

 プログラム。その存在から発せられるあまりにも機械的な言葉。それがレムに驚きを与えるには十分なインパクトを持っていた。

「プログラム……?! どういうこと?!」

「そればかりは教えられないわね、まだ」

 セラフィムは軽くはぐらかした。

「ケチ」

 レムはふてくされる。

「それに地獄にケルベロスいないわよ」

 レムはまたもげんなりとした顔をした。さすがアイオーン、死を超越した存在であるため天国と地獄を知り尽くしている。

 まあ、所詮世の中にある神話など人間が勝手に作り上げた物なのだから実際天国や地獄がどうなっているかなど知っている人物はこの世にいない。ケルベロスがいないのも納得できる。

 そんな中今度はセラフィムが質問してきた。

「さて、私からの質問よ。あなたは自分が特殊だと感じたことはない? 時々自分が不思議になったことはない? 他人と違うような気になったことはない?」

 レムはふと考え込む。

「そりゃあ、少しはあるけど……。頭良すぎとか。IQ二四〇とか言われて誰が信じるよ?」

 実際この通りである。知能指数が、昔測ったとき二四〇という数値を叩きだしたのだ。

 もっとも、それだけ高いとはいえ、普段社会勉強のために通っているハイスクールの成績は、実は理系以外ダメダメだったりする。

「それはあくまでも一個のファクターでしかないの」

「なんじゃいそれ?」

「あなたは特殊な存在なの。だけど、まだ不完全。でも、あなたの能力は極めて特殊よ。後天性でも類を見ないほどのね」

「完全なんてもの、この世に存在してたまるもんかい。不完全で結構だよ。つーか、どの辺が特殊なのさ? コンダクターになったってだけで厄介だってーのにさ」

 レムは少し苛立ち始めた。だというのに、それを知ってか否か、セラフィムは静かに言い放つ。

「私を伝ってアイオーンの情報が遺伝子内にすべて記録されているの、未知のアイオーンですらね」

 あり得ない話だ。未知のアイオーンすら情報が記録されている。会ってもいない物の記録がどうしてわかるのだろうか?

 答えを考え出そうとするが全く浮かばない。

 そしてこんな状況になった後天性コンダクターは彼女が初めてだ。

 何故彼女だけがそうなのか、それはわからない。何が起因しているのか、本人ですらわからないのだ。

 物事には何かしらの理由が存在する。結果には原因が付き物だ。だが、彼女にはその能力の『結果』以外存在しない。

 だからレムはそのことをセラフィムにぶつけた。

「何バカなこといってんのさ?」

「たぶん少ししたらわかるわ」

「あっそ」

 セラフィムは自分の胸に触れる。

「話はこんな所ね。私に触れればあなたは目が覚める」

「触れること以外出来ないんでしょーが」

 大方見当は付いていた。彼女は覚悟を決める。

「察しがいいわね」

 そしてレムはセラフィムに触れた。

 波紋のように揺れ動いたセラフィムの体の中にレムの体が入っていく。全てが入り込んだその瞬間、花畑は消え暗闇が続く。

 だが、すぐに光が差した。

-なんだってのさ……ったく。

 レムは目覚める寸前にそう愚痴った。

 そして目覚めた部屋は、先程とうって変わって暗かった。

 天井の明かりでレムはようやく自分が病室の中にいると感じ取る。

「やっと目ぇ醒ましたか」

 不機嫌そうな声が聞こえた。玲だった。

「……今、何時?」

 レムの起きた早々の一言はそれだった。

「朝七時」

 玲の素っ気ない言葉が少しだけレムにはありがたかった。やっと現実に戻れたような気がしたからだ。

 ふと、レムは夢の内容を玲に語った。

「やっぱな。大方そんなこったろーと思った。で、このことあいつには言うのか?」

「姉ちゃん? 言うに決まってんじゃん。私は私だよ。何があったって、どうあったって」

 どうせいずれ知られることだし、姉は昔からコンダクターだっただけあって、少しは違うだろうと、レムは楽観的に考えていた。

 そして軽くため息を吐いた玲は「疲れたから俺は寝る」とだけ言い残し、そのまま医務室奥の自室へと消えていった。

 レムは一つだけ、静かに息を吸った後、また静かに吐き、言った。

「どうやら厄介なことになりそうな気がするねぇ……」

 レムは相変わらずの態度を崩さず、呵々と笑った。

 


 
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