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主従が別れて降りるとき ~戦国恋姫 成長物語~

第2章 章人(1)

2015-10-20 23:20:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1240   閲覧ユーザー数:1175

12話 章人(9)

 

 

 

 

 

「墨俣、ですか……」

 

「築城を提案したのはひよだと聞いてね。どういう意図があって言ったのかを聞いてみたかったんだ」

 

木下秀吉はかなり気を落としていた。あんなことを提案すべきではなかったとずっと後悔していたのだ。最初は柴田勝家がやり、失敗。そして先日、佐久間信盛(さくまのぶもり)までも失敗したという報告が入っていた。一番上と上から数えたほうが早い重臣二人の失敗である。それを提案したのは他ならぬ自分。気を落とすのは当然のことといえた。

 

「墨俣に城を作れれば美濃攻略の一大拠点になるのは明らかですし、すぐ近くにある長良川を上手く使えないかなあ……と思って言ったんですけど、あの二人が失敗したものを私ができるはずもないですし、早坂殿から久遠様に言ってこの案を中止にしてほしいと私は思っていたんです……」

 

「なるほど。それならなかなか面白いと思う。失敗した二人はただこちらから物資を運んで向こうの目の前で築城して失敗しているわけで、それはやる前から失敗するとわかっている。しかし、川を上手く使えば上手くいく可能性は充分にある。特に今ならね」

 

「今、なら?」

 

「城を作られれば危ないというのは向こうだってわかっている。しかし、織田側から堂々と運んで重臣二人が失敗しているということは、それ以上の手段を考えるのは向こうにとっても難しいと考えるのが妥当だ。つまり今、敵がどういう心境にあるかわかるかな?」

 

「油断しているということですか?」

 

「そう。その隙にやれば成功率は上がる。やる価値は充分にあるよ」

 

章人がそう言っても、木下秀吉にはまだ不安があった。

 

「もし失敗したらどうするんですか……?」

 

「墨俣への築城は諦めて正攻法で攻撃するだけだね」

 

「責任をとるために私が放逐されたりとかしませんか……?」

 

最も不安に思っていることを言うと、章人は微笑んで頭を撫でた。

 

「それは絶対に無いから大丈夫。一つ一つ言うと、まず提案するのは臣下、部下の役目だけど、それを実際に採用するのは君主なり上官だ。つまり久遠や私だ。久遠は部下に責任をなすりつけるような人物ではない。私もそんなことはないがそう言っても信用できるものではないだろうから言うと、私に責任をとらせるならば同じく失敗した壬月たちにも責任をとらせなければならない。しかし連中はのうのうと今もいるわけだ。つまり問題はない。ついでに言うと、ひよの任命権は私にあるから、久遠以外はひよを放逐する権利はない。久遠がひよを放逐しようとしたら、私が対抗すればいいだけだ。残念なことに、この世界における唯一絶対の論理が崩れない限り私に対抗するのは難しい.

むしろ信長は他人の責任も全て自分のものとして全て背負い込もうとするような君主だと章人は思っていたが、それをここで言うことはなかった。

 

「唯一絶対の論理?」

 

「“強さ” 壬月や麦穂をあっさり倒せる私がいなくなるのはそれだけ損失が大きいということだよ。私を放逐することがあるとすれば結菜、壬月、麦穂の三人のうち一人を殺したときくらいだろうからあり得ない。よって心配しなくてもいい。

 

私の権限でひよを放逐することがあるとしたらそれは重大な命令違反くらいだろうから、そんなに面倒なことは考えなくていい。基準をひよに言うことはできないけれど、困ったときがあれば私に直接聞いてもらえればいいだけだ」

 

「重大な命令違反、ですか?」

 

「たとえば、私が全軍撤退だと言っているのにひよの部隊だけ進撃するとか、そういうとき。戦場での命令違反は部隊の勝敗に直結し、ひいては全体の勝敗から国の存亡に関わる話になることも往々にしてある。だから論外なんだ。ひよの提案が取り上げられないことはあっても、取り上げると言った提案のせいで放逐や処刑はないよ」

 

無能な上官ならば失敗を提案した部下の責任にしたりなすりつけて君主の信頼を得ようとするのだろうが、そんなことをすれば部下の信頼も、あるいは得ようとしてやった君主の信頼さえも失うのだということは章人にとって常識である。また、仮にそういう人物を信頼する君主であればその国は遠からず滅びるだけだということも知っていた。木下秀吉がここまで怯える理由は純粋に仕官するのにかなりの苦労があり、いつ放逐されたり処断されるかわからないという怯えた毎日を過ごしてきていたからである。本人以外、誰も気づいていないそれに章人は気づいていた。

 

「ありがとうございます……。でも、どうすれば上手くいくんですか……?」

 

「緻密な計画を立てて上手くいくかどうか考えて、それを実行したらどうなるかを想像し、できると考えたら実行し、あとは運を天に任せるだけだよ。もちろん運が悪い方向に傾いてもできるように考えるものではあるけど、天候などどうしようもないところはあるし、人が考えて実行したものならば必ず失敗する可能性はある。私の得意分野はその失敗する可能性を極限まで減らすことにあるのだけれど、それでも0にはならない」

 

こういう作戦は難解な数学の証明問題を解くのにどこか似ていると考えていた。途中の式が書けていなかったり論理的におかしければ答えが当たっていても0点になる、逆に途中の式が当たっていれば答えが当たっていなくてもそこそこの点数がもらえる。自分の持てる頭脳を全て活用して一分の隙もない証明を書き、あとは採点者に任せるのが問題で、一分の隙もない計画を立てて実行し、上手くいくかどうかやってみるのが作戦である。今回は築城成功という解答に至る大まかな筋道がわかっているだけなので、あとは自分の力で肉付けしていかなければならなかった。

 

「緻密な計画、ですか。私に手伝えることならいくらでも言ってください!」

 

「ひよは実際にこの世界で暮らしていて、地理にも詳しい。ひよがいないとどうしようもないところはたくさんあるからよろしく頼むよ。墨俣も、川を使うという考えもひよが出したものだしね」

 

自分の知識にあるものとこの世界にあるものを照らし合わせながら、木下秀吉から上手く答えを引き出すというのは章人にとって面白いことだった。上手く引き出して最終的に成功すれば、それはこの少女にとって何よりの自信になる。返答を聞いていて、話の要点をきちんとつかむことができるというのは賢い証であり、武はからきしなので知将や軍師向きではあるだろうが、将来は化けそうだと思っていた。

 

「は、はい! そもそもなのですが、川を下って物資を運ぶのはいいとしても、城なんて作れるとは到底思えないんです……。何年もかかるものですし、川を下らせれば運んだものが事故を起こすこともあり得ます。それに城を作るものは全てが一点物で、職人がかんなを使ってその場で削りながら作るものです。そんなことをしていたら絶対に間に合わないです」

 

「城、である必要はあるんだろうか?」

 

「というと……?」

 

「積む石と竹や木を加工してやぐらを組んで、外側には紙でも貼ってごまかせば、内側に入られない限り相手からは気づかれないよね? それで相手が攻めあぐねている間に内側を完全に組んで紙を剥がす。紙を貼るまでの行為を日が落ちたときに開始して日が昇るまでにやる必要はあるけど、そうすれば問題ない。“一夜城”だね。雨が本格的に降るまでに内側を組んでしまえば、完成だ」

 

その話を理解するのには少々の時間を要した。

 

「凄すぎです!! それなら緻密な道具はいらないですし、川を使って運べばそこまで手間もかかりません! 紙だけ陸上から運べば、それだけです。あとは兵を集めなきゃいけませんね!」

 

「そこなんだよね……。正規兵を使えば相手からは気づかれてしまう。動きが把握されてしまうし、いくら私が隠密に草を殺すといっても限界はある。私としては信頼できる野武士を集めて、あとは雛に隠密の命令を出したほうがいいかなと思っている。ただ、信頼できる野武士がいない。」

 

「私、一人だけ心当たりがありますけど、どうして信頼できる野武士なんですか? あと、雛様がどうして……?」

 

「正規兵ならば気づかれやすいということは分かるよね。もし、ひよが野武士の棟梁で、私がこの話を持って行ったら受ける?」

 

「あ! 拒否して美濃にもっていけば作戦は潰れてしまうということですか?」

 

「そう。野武士は金銭を介したやりとりが基本だけど、裏を返せばそれ以上に信頼したやりとりはできないということでもある。雛に頼むのは、織田の中で私が信頼をおけてこのことを他言無用でできて、その上で武力があまりないから相手からは軽視されるからだよ。織田の将の誰かに陽動として何らかの動きをしてもらい、別のところを攻める準備をしてもらえば撹乱になるのだけど、それを喋ってしまうと失敗になるんだ。麦穂でも頼めるけど、彼女は宿将だ。つまり、裏を返せば相手はそれだけ警戒しているということでもある。他の将で私たちと久遠以外に他言無用にできそうな子は残念ながらいない」

 

「一人だけ、います。でもその前に教えてください。もし拒否したらどうしますか?」

 

「諦めて正攻法で織田軍で突撃だね。もともと墨俣が難しいのは久遠たちも承知しているはずだし、諦めても問題はない。そのほうが手っ取り早い気も少しはするしね……。私と麦穂が将で、参戦は総大将のところに久遠と壬月。兵は私が雛の兵を使って補佐をひよと雛にしてもらう。他の将と兵は尾張で他に備える。

 

竹中半兵衛。 そいつの策さえ見抜いてしまえば難しくはなさそうなんだ。これまでこちら側にそれを出来る将が残念ながらいなかったというだけで、今はどうかわからない。」

 

言外に、自分ならできるだろうという響きがあった。実際は、それをやってみたい気が少しあった。“美濃の麒麟児”などと呼ばれる人物の策略と自分の策略と武略でどちらが上なのか、それを比べてみたい気が少し。

 

「私としてはそのほうが気は楽なんですが……」

 

「どうして? 失敗して負けたら終わりだから責任の重さは同じだよ。というか、負けたら敗戦の責任は全て私だからそっちのほうが重い。墨俣は失敗してもそこまで問題にはならないからね。成功する可能性は私が考えている限りでは大して変わらない。

 

私としては、成功すれば私たちだけの手柄になり、犠牲者が減り、竹中半兵衛を仲間にできる可能性が上がる墨俣を先にやりたい」

 

「竹中半兵衛を仲間に!?」

 

「織田戦で最大の功労者にも関わらずそれほど優遇されているわけではないらしいし、先代が好きだから仕方なく仕えているだけみたいなんだ。向こうで殺すなら私の仲間に入るか聞いてから殺したいなあ、って。優秀なのは間違いないだろうし、今は私とひよの二人で考えているのが三人になればそのほうが楽だよね。だから。戦争で真正面からぶつかって、敗残兵として捕らえたのを降伏して味方にするのは難しい」

 

拒否されたら殺すのか、その二択に多少の恐怖を覚えたものの、確かにそのほうが楽だとは思った。その分、自分のやることが減る可能性もあったが、この人物ならばそれも何とかしてくれるだろうという期待のほうが木下秀吉には大きかった。

 

「はい! なら墨俣からやりましょう! 私の親友に、蜂須賀正勝。真名は転子という野武士の棟梁がいます。その子なら受けてくれるかもしれません。確実に上手くいく保証はないですけど、他の人よりは可能性が高いと思います。」

 

「なるほど。なら今から行こうか」

 

「今からですか!?」

 

「まだ日が陰ったわけでもないし、向こうが嫌だって言ったら日を合わせればいいだけだよ。その予約くらいは入れておかないとね。贈り物はあざといからやめておこう。馬で行ってそんなに遠くて時間かかるところなら準備して明日にするけど、どう?」

 

電話やメールで連絡を取り、予定を合わせてから行くのが章人の常識ではあるが、そんなものは存在しないので自分で行くしかないということである。もちろん部下である木下秀吉に一人で行かせる方法もあるが、それよりは自分も同行したほうが相手の信頼を得やすいだろうと判断したのだ。

 

「たしかにころちゃんはそういうのあんまり好きな人じゃないのでそのほうがいいと思います。馬なら問題なくいける距離です。ただ、私は侍ではないので馬には乗れないんですけど、歩いて行きますから大丈夫です」

 

「ああ、そうだったね。なら私の後ろに乗るか私の許可で馬に乗るかどちらかだね。どちらでもいいよ」

 

「え!?」

 

「時間かかるし。私の許可があるときだけ乗るようにすれば問題ないよ。嫌なら後ろに乗って」

 

武士、と一括りに言っても、当然ながら身分の違いが存在する。馬に乗れるのは“侍”という特権身分に限られていた。最下層から始め、ようやく桶狭間で少しの勲功をあげただけの木下秀吉にとって、馬に乗れる侍は夢のまた夢なのである。もちろん、一度も乗ったことがなかった。

 

「乗ったことがないので本当にいいのなら後ろに乗せてください……」

 

「もちろん構わないよ。道案内よろしくね」

 

帰蝶お手製のおにぎりを食べさせられるわ、隊長で雲の上の存在である章人の馬に、後ろでつかまって乗ることになるわ、今日はとんでもない日だと心底思った。私はなにか悪いことをしたのだろうかと。願わくば罰など当たりませんようにと木下秀吉は天に願った。


 
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