その日は、突然やってきた。平和だった村にもたらされた、最悪の悲劇。
元々、その家族は疎まれていた。竜族しかいなかった村に、人族を招き入れたからである。竜族と人族の間に生まれた子供は、そんなことを知る由もなかった。ただ、周りの同胞と決定的に違う、ということだけはわかっていた。皆は、自分たちのように、二つの角を持ってはいなかった。その代わり、皆は鱗の皮膚を持っていたが、自分たちは手足のみにしかなかった。皆は何も言ってはこなかったが、視線は訴えていた。自分たちは異質である、と。
村が外部の人族に探知されたのは、兄が生まれてから四年経った頃だった。招き入れられた人族―トキヤは王都の軍人だった。竜族を虐げるやり方に疑問を覚え、軍から逃げ出した脱走兵だったのだ。それを知ってなお、竜族―マリアは招き入れた。いつかはこうなる日が来ることを知りながら、同胞にも子供にも黙っていた。
「…まずい、マリア。ここがバレた。」
たくさんの知らない気配を感じ、不安に思った。父は怖い顔をしているし、母も悲しそうな顔をしていた。弟だけは、それに気付いていなかった。
「いつかはこうなるとわかっていました。私の命で皆を守れるのならば、私は本望です。ですが…この子たちには生きていてほしい、そう思っています。」
「そうだな。この子たちだけでも。」
なにか、嫌な予感がした。そう思って母の目を見れば、母の心が読めてしまった。
「いいですか、あなたたちは地下でじっとしていなさい。上が静かになるまで出てきてはなりませんよ?」
「…うん。」
知らない気配はすぐそこまで来ていて、残された時間は少ないことがわかった。事態がよくわかっていない弟を連れ、地下倉庫へと入った。すこしすると、知らない気配が増えたのを感じた。
「(母様は、わかってたんだ…いつか父様を追ってニンゲンが来ることを。そのいつかが、今なんだ)」
真っ暗な地下倉庫に、弟はじっとしていた。地上でなにが行われているか、本能的に感じ取ってしまったのかもしれない。暗闇で見えないが、音と気配でわかってしまった。
「(…消えた。母様と父様が…)」
たくさんの足音がなくなった頃、地下から出て行った。そこで見たのは、頭と体がバラバラにされた両親の姿だった。
「………」
この時、ニンゲンがとても憎く思えた。ニンゲンとは、こういうものだと、そう思ってしまった。同時に、そんなニンゲンを信じた母が、そんな種族である父が、許せそうになかった――
そこから先は、よく覚えていなかった。疎まれながら育てられ、ニンゲンとして生きていくしかなかった。気付けば、ニンゲンの形を取ってから五年が過ぎていた。その瞬間は、唐突に訪れた。
「貴様を我ら統治神に反抗する邪神とする!」
なんて身勝手なんだ。確かに神を恨んだこともあった。だが、反抗した覚えはなかった。それでも有無を言わせないのが神というもので、自分も邪とはいえその神となってしまった。
「邪神クレマドよ。我らは貴様に消滅を求める。」
「…断る。お前らが消えればいいんだ。」
明確な殺意を持って統治神を見れば、簡単に命を“破壊”することができた。その“力”は並大抵の神々を凌駕し、もはや誰も勝ることができなかった。統治神たちが命をかけて封じてなおそれだけの威力を持つその邪神は、一生消えることのない呪いを受け、終わることのない生を受けた。それは、“力”そのものとなり、生死の概念を超越した存在となることと同義だった。
「クレマド…そんな名前だったような気もするな…」
邪神は、自分の事がよくわかっていなかった。名前など意味を持たず、あってないようなものだった。久しぶりに聞いた「クレマド」という響きは、忌々しい過去を彷彿とさせ好きになれなかった。
「なんて名前だっけ…まあいいか」
神殺しとなり、邪神となり、“力”そのものとなった今、なにもかもどうでも良くなった。今までの人格とはまったく違う人格となるに、さして時間はかからなかった――
「師匠?どうしたんすか?」
「…いや、なんでもない。」
隣に座るハーフの青年に声をかけられ、思案を止める。何故こんなことを思い出したのかわからなかったが、今は過去にこだわっている時ではなかった。
「なんか嫌な事思い出したんすか?」
「なんでまた」
「いつになく怖い顔してたから、つい…。すいません、もう訊かないっす。」
「ここはワケありしか来ないからね、新人君。」
そんな会話を聞きながら、こんな日常も悪くないと邪神は思っていた――
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ブログに載せたやつです。
主人公格であるレニアの過去についてです。わりと長いです。