深夜0時。
仕事で働いている者以外は、その大半が眠りに就いているであろう時間帯にて、必死に街中を捜索して回っている者達がいた。
「ロラン、居場所は掴めたか!?」
≪くそ、駄目だ…! 奴め、AMFを使ってサーチ魔法から上手く逃れてやがる…!!≫
「そのままサーチを続けてくれ、俺は街中を探して回る!!」
≪分かった、無理はするなよ!!≫
ロランとの通信を切り、一哉はビルからビルへと猛スピードで飛び移っていく。それなりに広い街であるこの海鳴市で人間一人を探し出すのは、魔導師である彼等にとっても至難の業だった。
(たく、一体何処にいるんだ……アリス!!)
「―――ん?」
そんなビルからビルへ飛び移っていく一哉を、下から見上げている人物がいた。カンナだ。ベンチに座って三段アイスを美味しそうに食べていた彼女は、一瞬で姿が見えなくなった一哉を見て面白そうに笑みを浮かべ、そんな彼女に合流していた覆面の大男―――ボルスが首を傾げる。
「カンナ隊長、どうかしましたか?」
「あぁ……今現在、何やら面白そうな事態がこの海鳴市で発生している事が分かってな」
「は、はぁ……ところでカンナ隊長、例の傭兵さんの到着はまだなのでしょうか? 合流時間になってからもうだいぶ時間を過ぎていますが…」
「ほぉ、おかしな事を言うな。既にこの場に来ているではないか」
「へ? では、一体何処に…」
「ここだ」
「ブフゥーッ!?」
カンナは自分が座っているベンチの後方……そこで頭にたんこぶを作ったまま倒れていた男性を彼女は片手で強引に目の前に引っ張り出した。あまりに雑過ぎる男性の扱いに、ボルスは被っている覆面の口元の隙間から、ストローを通じて飲んでいたジュースをまるで噴水のように噴き出してしまった。
「ゲホ、ゴホ……え、ずっとそこにいたんですか!?」
「あぁ。ここへ来る前にバッタリ出くわしたものでな。力ずくで連れて来た」
「…はっ!?」
その時、気絶していた男性がその場からバッと起き上がり、周囲をキョロキョロ見渡し始めた。そしてカンナの姿を見た途端、男性は「げっ」と嫌そうな表情になる。
「む、何だ? 不満そうな顔をしているが」
「当たり前だ!! 合流するなら普通に会えば良いものを、出会い頭に人を殴って気絶させる奴が一体何処にいるというんだ!!」
「おいおい、人聞きの悪い事を言ってくれるなよ? 私はあくまでちゃっちゃと場所を移動した方が良いだろうなと思って、荷物を運び終えただけだ」
「人の事を荷物呼ばわりしおったぞコイツ!? だから私はこんな奴と一緒の任務なんて嫌だったんだ!! 人を人として扱わない言動が毎回毎回ナチュラル過ぎるんだよ!!」
「ふふふ、そんなに褒めても何も出んぞ?」
「今言った台詞の何処が褒め言葉に聞こえたのか、三十字以上四十字以内で説明して頂きたい!!」
「だが断る」
「即答!?」
(…あの人も苦労してるんだなぁ)
カンナと男性の言い合いを見ていたボルスが静かにジュースを飲む中、男性は気を取り直してから改めてカンナと向き合う。
「全く……今回は私が所属する傭兵団のリーダーからの命令で、アンタ達の任務に同行する事になった。今回の任務についての内容はどうなっている?」
「今回の任務か? ボルス、説明してやれ。私は先に向かわせて貰う」
「あ、はい……って隊長ー!? 一人で何処に良く気ですかー!?」
「だからどんだけフリーダムなんだよアンタって奴はー!?」
ボルスと男性を放置したまま、カンナは転移魔法を使いその場から一瞬でいなくなってしまった。置いてけぼりにされたボルスと男性に、中途半端な強さの風がヒューと吹きかける。
「…お互い苦労しているようだな、ボルス殿」
「ですねぇ……ミロシュ・バーフォードさん」
傭兵稼業を営んでいる男性―――ミロシュ・バーフォードは、ボルスと共に小さく溜め息をつく。悲しい事に、そんな二人に慰めの言葉をかけてくれる人物はこの場には誰一人存在していなかったのだった。
「―――ぅ、ん…?」
場所は変わり、某工場跡地。数十分前から意識が飛んでいたアリスはようやく意識を取り戻し、閉じていた瞼が少しずつ開いていく。
「…ッ!?」
そんな彼女の視界に映っていたのは、一糸纏わぬ姿のまま虚ろな目をしている少女。そして鼻から嗅ぎ取れたイカ臭い匂いに、アリスは目を見開いてバッと起き上がる。
「な、何これ…」
目の前の少女一人だけじゃない。アリスの視界に映っていたのは、一糸纏わぬ姿をした少年少女のような灰色の石像らしき物が、順番に並べられている光景だった。異常過ぎる光景を目の前に、アリスは座った体勢のまま後ろに後ずさる。
「おや、お目覚めですか」
そこへ聞こえて来るは、近くの木箱の上に座っているモディの声。表情は紳士のような雰囲気だが、その表情の裏に潜む悪意はアリスでも容易に感じ取れた。
「あ、あんた、一体何してるのよ…」
「あぁ、これですか? 単純に私のコレクション作りですよ」
「は……コレクション作り…?」
「そう」
モディは立ち上がり、全裸姿で倒れている少女の下まで歩み寄って行く。
「私は幼い子供が大好きでして。私が所属する部隊の“頭”からの命令で、よく子供をアジトまで連れて来るように言われているのですが……正直に言えば私も、連れて来た子供を見ていると……何と言うか、少しばかり興奮しちゃいましてねぇ? ついつい摘み食いをしたくなってしまうんですよ……こんな風にねぇ」
「ぁ……ぁ…」
紳士のような笑顔を浮かべているモディが、虚ろな目をした少女の頬をベロリと舐め上げる。それを目の前で見せられたアリスは顔が青ざめ、背筋に悪寒を感じ取る。
「おかげで、今回せっかく連れて来た子供達は全員摘み食いしてしまいましてねぇ? しかし私が一度摘み食いをしてしまった以上、その子供はもう“頭”に献上する事は不可能。“頭”が綺麗な状態の子供を好む以上、また一から子供を集め直さなくちゃいけないのが私の悪い癖なんですよ……あぁちなみに、一度摘み食いして駄目になった子供はどうなるかと言うと」
モディが指を鳴らした瞬間、モディの後方で停車していた無人のミキサー車が動き出し、全長が3m近くはある人型ロボットへと変形。背中の円筒状の容器がパカッと開いた後、ロボットの右手から伸びた細く長いアームが少女の右足を掴み、そのまま持ち上げていく。
「これから作り上げるのですよ。私専用の“人形”を」
持ち上げられた少女が、ロボットが背負う容器に頭から入れられる。少女の頭が容器の中のコンクリートに浸かった後、そのままどんどんコンクリートの中に沈められていく。
「な、何してるの!? やめなさいよ!!」
「いえいえ、やめるなんてとんでもない…」
こ の 私 が 満 足 す る 為 の 人 形 だ ぞ ?
「ッ……ぁ、あ…」
コイツには何を言っても無駄だ。人としての何かが欠如している。モディの笑顔を見てそれを理解した途端、アリスの心は完全にモディに対する恐怖に支配される。そのモディに下顎をクイッと上げられ、アリスは「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
「お前もいずれ、私が摘み食いする予定だからな。精々残りの時間は、私専用の人形作りを楽しく見て過ごすが良いさ」
「い、いや……いやぁ!!」
「な……逃げるなよ、小娘の分際でよぉっ!!!」
「あぐ…!?」
モディを突き飛ばして逃げようとするアリスだったが、後ろからモディに頭を掴まれて地面に押さえつけられて逃走は失敗。先程までの紳士な口調は何処へやら、乱暴な本性を露わにしたモディはアリスの顔面を力ずくで地面に押さえつける。
「ッ…痛、ぃ…!!」
「はん、俺から逃げられると思うなよ……お前だってもうすぐ、あの小娘のようになるんだ!!」
「!?」
モディが指差す先を見て、アリスは戦慄する。
先程まで生きていた少女が、コンクリ浸けにされた事で完全に人形と化してしまっていたのだ。
ミキサー車から変形したロボットが、人形に変わり果てた少女をゆっくり地面に置き、他の人形と化した子供達のように並べていく。アリスは恐怖でこれ以上ないくらいに顔が青ざめる中、逆にモディは楽しそうに下卑た笑みを浮かべてから、背中に生やした四本のアームでアリスの手足を拘束し、動きを完全に封じ込める。
「さて、せっかく私のコレクションに加えるんだ」
「ひぃ…!?」
モディの両手が、アリスの着ているシャツを掴み…
「…少しくらい、私に味わわせて貰おうかぁっ!!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
そのまま左右に引き裂いて、アリスの下着が露わにされてしまった。引き裂かれたシャツの破片が地面に落ちていく中、モディは更に興奮した様子でアリスの頬を手でいやらしく触り始める。
「あぁ、良いぞ…!! 俺はそうやって泣き喚く子供の悲鳴が大好きなんだぁ……もっと鳴いてくれよぉ、この俺が満たされる為にぃ…!!」
「嫌ぁ、やめてぇっ!! 誰か助けてぇっ!!」
「無駄だぁ、ここは人の出入りが無いからなぁ…!! おまけにAMFを使ってるんだ、魔導師だろうとこの場所には辿り着けまい!!」
「嫌ぁ……お願い、やめて…!! やめて下さい…ッ…!!」
恐怖のあまり涙を流し、敬語まで使い始めたアリス。そんな彼女の表情こそ、モディにとって一番大好物な表情でしかなかった。
「そうそう、その顔だぁっ!! 良い、もっと見せてくれよぉ……犯される恐怖に染まりに染まり切った、可愛い可愛い泣き顔をよぉっ!!!」
モディの右手が、今度はアリスの履いているスカートを掴もうとする。恐怖のあまり、今のアリスにはただ恐怖で泣き出す事しか出来なかった。
(嫌だ……誰か助けて……助けてよ…!! お父さん……お母さん……ロランさん…)
今思い浮かぶのは、両親やロランの顔、そして…
今まで散々嫌っていた筈の、一哉の顔…
(助けて…)
藁に縋るように、アリスはただ叫び出す。
「…助けて、一哉ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
-ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!-
「ッ!?」
その直後だった。
建物の壁が大きく爆発し、その爆発で出来た壁の穴から一人の少年が姿を現した。それを見たモディは驚愕して思わずアリスを捕まえていたアームを収納し、アリスが地面に倒れ込む。
「ば、馬鹿な…何故この場所が分かった…!?」
「お前がAMFを使っていたおかげさ」
同じく、壁の穴から侵入して来たロランが説明する。
「お前の事だ。どうせまたAMFを使って、この街の何処かに上手く身を隠してるんじゃないかと思ってな。そう予想して、俺は敢えて自分の魔力を粒子状にして、この街全体にバラ撒いたのさ。後はもう、粒子状に広まった魔力の感知出来ない場所を特定すれば良いだけだ」
「ッ…AMFの効果を、逆手に取ったという訳か……これだから貴様等みたいな魔導師は―――」
-バギャアッ!!-
「がふぁあっ!?」
台詞を言い終えるより前に、モディの身体がドラム缶の山の中へと突っ込み、ドラム缶の山が崩れ落ちる。モディを殴り飛ばした張本人である少年―――一哉は倒れていたアリスに駆け寄り、優しく彼女を抱き起こす。
「かず、や…ッ…」
「随分と待たせてしまった。すまない、アリス」
「ッ……ぅ…ぁ、あ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
我慢の限界に到達したのか、アリスは一哉の胸元に顔を埋めたまま大声で泣き始めた。一哉は何も言わず、ただ泣き続けるアリスの頭を優しく撫でる。そんな中、ドラム缶の山に突っ込んだモディが飛び出して来た。
「貴様等ァッ!! よくもこの俺の快楽を邪魔してくれたなァ!! 楽に死ねると思うなよォッ!!!」
「!? 一哉、アリスちゃん!!」
モディが怒鳴り散らすと同時に、タクシーから瞬時に変形したゴリラ型ロボットが、一哉とアリスに向かって殴りかかろうとする。ロランが二人の名前を叫んだその時…
「それはこっちの台詞だ、ゴミクズ野郎が」
ゴリラ型ロボットが、一瞬にして真っ二つに切断された。
「!? な、何だと…!?」
真っ二つに斬られたゴリラ型ロボットが崩れ去る中、一哉はアリスを抱きかかえながら立ち上がり、そこにロランも駆け寄る。
「ロラン、アリスを頼む」
「…あぁ、分かった」
ロランは手に持っていた毛布でアリスの半裸姿を隠し、彼女を連れて後方に下がる。一哉は改めてモディと真正面から対峙し、右手に握っていた太刀の刃先をモディに向ける。
「…ゲスの分際で、よくもアリスを穢そうとしたな」
告げる言葉は静かながらも、アリスを連れて下がったロランには感じ取れた。
一哉の言葉に秘められた、これ以上に無いくらいの怒りを。
「―――五体満足では絶対に済まさんぞ……モディ・ブレッセン!!!!!」
「―――上等だァッ!! 返り討ちにしてやるよォッ!!!!!」
戦いの火蓋は、切って落とされた。
To be continued…
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彼女が彼に惚れたワケ その3