劉備たちが成都城を後にしようとする前、各々顔見知りも多いということで、門前ながらしばし談笑のひと時を過ごしていた。
劉備「呂布さん、張遼さん、下邳では曹操さんの策にまんまと引っかかってしまって、ひどいことをしてごめんなさい」
劉備は呂布と張遼に対して深々と頭を下げて謝意を示した。
一軍を率いるものが軽々と頭を下げるものではないのだが、これが劉備という人物の人となりであり、その本心であった。
呂布「・・・昔のことは、もう気にしない」
セキト「わんわんっ!」
張遼「まぁ、下邳では手ぇ出さへんかったみたいやし、大目に見たるわ」
そして、当時ならまだしも、今となっては、劉備が曹操軍の軍師、荀彧の仕掛けた、
『二虎競食の計』にかかったと知っていることであったので、二人とも特段恨み言を
(―――この場に陳宮がいたら嫌味の一言二言は言いそうなものだが―――)言うことはなかった。
劉備「本当に、ありがとう、みんな。陳宮さんと高順さんにも今度改めて、関羽ちゃんと張飛ちゃんも一緒に謝りに来るね」
そのような二人の反応に、劉備は再度深々と頭を下げながら感謝の言葉を口にするのであった。
黄忠「桔梗、焔耶ちゃん、久しぶりね。張任殿や法正殿は息災にしているかしら?」
厳顔「あぁ、法正は今漢中に出向しているが元気にやっておる。張任は相変わらずだよ。身を固めていないのも含めてな」
黄忠は穏やかに微笑みながら、かつての同僚たちの様子を尋ね、厳顔は苦笑しながら元気にやっている旨を伝えた。
魏延「だが、紫苑はなんだかアレだな・・・少し焼けたのか?」
魏延が指摘するように、黄忠の肌は以前の様な雪のような白いものから、うっすら小麦色になるほどになっていた。
厳顔「ふむ、言われてみれば少しばかり焼けておるな。お主、年甲斐もなく何をやっておるのだ?」
魏延に言われ、改めて黄忠の体をまじまじと見た厳顔は、太陽の下、
薄着で子供のようにはしゃぎまわる黄忠の姿を想像し、げんなりした様子で尋ねた。
黄忠「違うわよ。別に璃々と遊んでいてこうなったわけではないわ。少し仕事で南の方に行っていて、その時にこうなったのよ」
そのような心外極まりない厳顔の想像など分かりようもないことだが、少なくとも失礼な想像をされているのはわかり、
黄忠は強く否定しながら仕事によるものだとはっきり宣言した。
黄忠「・・・・・・ところで、劉璋様のこと、残念だったわね・・・まだ見つかっていないのでしょう?」
すると、打って変わって、黄忠は表情を曇らせ、恐らく一番気にしているであろうことを、
言葉を選ぶように恐る恐るといった様子で尋ねた。
厳顔「いや・・・そのことなのだが・・・まぁ、立ち話でするような内容でもないし、詳しくは後日改めてしようと思うが・・・」
黄忠「??」
しかし、劉璋のことについて、黄忠が思っているようなことは起こっておらず、
むしろ大きな勘違いをしていることを厳顔は知っているだけに、どう言ったものかと言葉を濁してしまう。
もちろん、一から十まで知っていることを話せばよいのだが、とても立ち話で済むような軽い内容でないだけに、
また、たとえかつては心を許した同僚であっても、今となっては一応他国の人間であるので、
そう易々と自国のことについて深く話すのも良くないのでなかなか難しいところではある。
厳顔「ただ言えることは、劉璋様は劉焉様が亡くなられてからも、その核は何らお変わりなかったということだ。恐らく今この瞬間もな。
いや、むしろ幼き頃より格段に頭がキレすぎて、わしらは誰も劉璋様の真意に気づけなかったと言うべきか・・・」
しかし、それでも何も言わずすべてを隠して誤解をさせたままにしておくのは、黄忠も劉璋も救われないし、
自身の心のどこかに棘のような後悔が残りそうな予感がしたので、厳顔は必要最小限のことをそれとなく伝えた。
黄忠「・・・・・・そう・・・けど、今はその言葉を聞けただけで十分だわ」
そして、黄忠にとってはそれだけの情報で十分だったようで、目を閉じ、厳顔の言葉を頭の中でゆっくりと咀嚼しながら頷いた。
しかし、その表情は安堵とも取れるし、後悔ともとれる微妙なものであった。
劉璋が存命であることか、あるいは、劉璋が自身が思っていたように、
劉焉の死後変わってしまったなどということはなかったということに対しての安堵か。
それとも、最後まで劉璋を信じることができず逃げ出してしまった自身に対する後悔の念か。
魏延「まぁ、混乱していた益州も、今は天の御遣いが治めることで、見ての通りそこそこ安定してきている。あのアホガキが曲りなりに
守ろうとした国は、ちゃんと御遣いが守っている」
そのような黄忠の様子を見た魏延は、思うところがあったのか、頭の後ろに手を回し、気楽な様子で成都の安定ぶりをアピールした。
恐らく魏延は黄忠の心中のその真意までは理解できていなかっただろうが、魏延なりに黄忠のことを思っての発言だったのであろう。
黄忠「あらあら、そういえば、桔梗も焔耶ちゃんも今は御遣い様に仕えているのでしょう?御遣い様はとても素敵な方だったけど、二人
とも御遣い様と深い関係になっているのかしら?」
そのような魏延の気持ちを読み取った黄忠は、すぐにニコニコとした表情で微笑むと、場を和ませるためにガールズトークを展開させた。
魏延「なっ!?何をふざけたことを言っているんだ!」
突然の不意打ちに魏延はあからさまに動揺しながら否定して見せるが、
厳顔「なんだ、間違ってはいないだろうに」
厳顔は大人の余裕であっさりと認めた。
魏延「桔梗様ぁ~」
そのように、3人はわずかの時間、かつて仲間同士だった時のように気安く語り合うのであった。
諸葛亮「雛里ちゃん・・・」
鳳統「朱里ちゃん・・・」
ヒシッ。
諸葛亮と鳳統はお互い一瞬見つめ合った後、ほぼ同時に控えめながらも熱い抱擁を交わし合った。
諸葛亮「久しぶりだねー!会いたかったよ雛里ちゃん!」
鳳統「私もだよ朱里ちゃん!」
諸葛亮も鳳統も、久しぶりの再会を心から喜んでいるのか、先ほどの会談でのよそよそしさなど見る影もなく喜び合っていた。
そのあたり、公私を混同させない気概が窺えた。
諸葛亮「ちゃんと御遣い様のところに仕官できたんだね!心配してたんだよ、元気にしてた?」
鳳統「うん、最初、迷子になっちゃって、悪い人に絡まれちゃったんだけど、たまたま居合わせた御遣い様が助けてくれたの」
諸葛亮「わー、運命的な出会いだね!」
鳳統「あわわ~」
諸葛亮は鳳統が無事北郷のところに仕官できたことというよりかは、
無事北郷のところにたどり着けたことに安堵しているようであったが、鳳統が恥ずかしそうに北郷との出会いを説明すると、
諸葛亮はうっとりとした様子でうらやましがるものだから、鳳統は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
鳳統「朱里ちゃんも、劉備さんのところに仕官できたんだね」
そして、鳳統は早く自分の話題を回避するため、すぐに自身の仕官についての話題を変えた。
諸葛亮「うん、劉備様、三回もウチを尋ねに来てくださったんだよ?やっぱり、私の思った通りの人だったし」
そのような鳳統の思いを分かっている諸葛亮は、特に話題を元に戻すなどという無粋なことはせず、素直にそのまま話を続けた。
鳳統「そういえば、元直ちゃんは?一緒じゃないの?」
諸葛亮「え、えーと・・・うん、ちょっと事情があって・・・劉備様のところにはちゃんと仕官してるよ」
鳳統「・・・??」
しかし、鳳統が水鏡という同じ師を持つ徐庶のことについて言及すると、諸葛亮にしては珍しく、
どこか答えにくそうに口をもごもごさせながら曖昧な返事をするものだから、鳳統は不思議そうな表情を浮かべた。
するとその時、鳳統はとある人物のことが視界に入り、思わずそちらを注視してしまった。
その人物は、この中で唯一、北郷軍と直接面識がない人物。
趙雲である。
趙雲はなぜか魏延の方をジーッと見つめ、時折ニヤニヤしながらうんうんとしたり顔で頷いているようで、怪しいことこの上なかった。
鳳統「あの、もしかして、私とどこかで会いませんでしたか?」
しかし、鳳統は趙雲が変装して間者として成都に潜入していた際に出会っており、その人物と趙雲が同一人物ではないかと尋ねてみるが、
趙雲「はて、私は知らないが、他人の空似では?」
鳳統「あわわ・・・?」
趙雲は本当に何も知らない風に答えるものだから、鳳統はさらに頭に?を浮かべるのであった。
【豫州、潁川郡、許県】
長安より東は曹操領になるため、一層の注意が必要であったが、そこは高順先導の元、関所という関所を見事に潜り抜け、
あるいは道なき山を強行し、途中馬を調達しながら痛む体にムチ打ち、およそ900kmもの距離を移動し、
曹操軍の本拠である許に入った頃には、張郃の襲撃を受け北郷がさらわれてからすでに7日が経過しようとしていた。
ちなみに、途中天水や長安を通る都合、当然涼州勢にも会うことになってしまったのだが、
事が事だけに、事態を説明するということはしなかった。
高順「見渡すばかりの人人人・・・しかも賑わっているときましたか・・・」
陳宮「民の繁栄は国の潤い、つまりは国力を意味しますです。やはり曹操軍は大きいですな」
許に入った陳宮たちは、成都とは比べ物にならないほどの大勢の民衆を目にし、
国の繁栄ぶりに脱帽し、改めて曹操軍という巨大な勢力を認識していた。
衛兵1「軍師様、町人に話を聞いたところ、どうやら本日、広場で何やら催し物があるらしいです」
陳宮「なるほど、ただ賑わっていたのではなく、催し物目当てに人々が集まっていたのですな」
高順「ですが、今日は別に何か特別な日でもないでしょうし、旅芸人でも来ているのでしょうか・・・」
しかし、衛兵の報告に、高順が首をひねっていたその時、情報を探っていたもう一人の衛兵が血相を変えて走ってきた。
衛兵2「軍師様!将軍様!大変です!!」
陳宮「コラー、あまり大きな声を出すなです。目立ちますぞ」
高順「いったいどうしたというのですか?」
衛兵2「すいません、ですが本当に大変なことに・・・口で説明するよりも、実際ご覧になった方が早いです!」
目立ってはいけないと分かっていても大きな声を出さずにはいられなかったと主張する衛兵。
その衛兵に誘われてたどり着いたのは何か催し物があるという広場。
すでにそこは許の入り口付近など目ではないほどの大勢の民衆でひしめき合っていた。
高順「これはまた凄い数ですね・・・もしかしたら、許以外の曹操領の民衆もいくらか集まっているのかもしれません」
陳宮「しかし、このうだるような暑さの中よくもまあこれだけの人が・・・よほど物珍・・・・・・・・・」
そこまで口にして陳宮ははたと言葉を失った。
その刹那頭をよぎったとあるイメージが陳宮から言葉を奪い、
体中から暑さからくるものとは別の嫌な汗がにじみ出てくるのを感じていた。
衛兵2「感心している場合ではありません!これをご覧ください!」
陳宮「――――――ッ!!」
高順「こ、これは―――っ!!」
焦った様子で指さす衛兵の脂先を辿っていくと、そこにあったのは一つの高札のようなもの。
恐らくこれから広場で催されるものの内容が書かれているのだろうが、それが目に入った瞬間、陳宮と高順は目を見開き絶句した。
書いてあることが読めてもその意味が、内容が、意図するところが頭の中に入ってこない。
いや、正確には理解しようとすることを無意識のうちに拒絶していると言った方が正しか。
陳宮「さ、最悪・・・ですな・・・」
高順「ですが・・・こんな・・・こんなことが・・・」
陳宮と高順は言葉を詰まらせながら、自身の見間違いであるはずと、何度も何度も高札を読み直した。
しかし、当然内容が変わることはない。
『偽天塗地 蒼天有二天、而有天唯一、巴蜀有偽天、何是捨置乎』
高札に書かれているのは、四文字のタイトルと、五×四文字で構成される詩である。
衛兵1「偽天塗地・・・?すいません、百姓上がりで学がないもので・・・これはいったいどういう意味なのですか?」
陳宮や高順、衛兵2が顔を青ざめている横で、高札に書かれた詩が読めない衛兵1は、眉根を寄せながら困り顔で意味を問うた。
高順「偽天地に塗ゆ・・・蒼天に二天有り、而して天は唯一つ有るのみ。巴蜀に偽天有り、何ぞ是を捨て置かんや・・・と読みます」
衛兵1「偽りの天が地に塗れる?どういうことですか?」
陳宮「天とは文字通りの天の意味意外に天帝、帝のことをも指すです。つまり、二天のうち、1つは許に坐す帝、もう一つ、巴蜀の偽天は
天の御遣い、一刀殿のことで間違いないでしょうな。要するに『偽天地に塗ゆ』とは一刀殿が地に塗れる、倒れるということなのです」
青ざめたままの表情で高順が読み上げたその内容を、未だ理解できず再度尋ねた衛兵に対して、
陳宮が下唇を噛みきらんばかりに強く噛みしめながら、悲痛な表情で詳しい解説を加えた。
衛兵1「し、しかし、お館様は一度も帝などと名乗ったことはないではありませんか!」
陳宮「直接帝と名乗らなくても、天の遣いを名乗り、人々から乱世を収める英雄と崇められている現状が、帝を名乗ることに等しい、と
言いたいのでしょうな」
衛兵の反論に、しかし陳宮は不本意ながらも高札の詩が意図するところについて表情を痛切に歪ませながら淡々と述べていく。
衛兵2「そして、お館様を捨て置けないということは・・・」
高順「一刀様が危ないということです・・・!!」
しかし、高札の内容が北郷の窮地を示すものであるという認識を皆で持ったその時、
広場の方から聞こえていたざわめきが一段と大きくなった。
高順「何か始まったようですね」
陳宮「しかし、このように人だらけですと前にも行けないですし、何が起こっているのか全然見えませんぞ」
大勢の民衆で埋め尽くされた広場の奥に、その催しの中心があると思われたが、
陳宮や高順の背丈が小さいということもあり、いったい何が行われているのかを見ることが出来そうになかった。
高順「ひとまず、私があの木に登って様子を窺います」
すると、高順は手早く近くにあった木をさっと登り、高所からあたりの様子を窺った。
そして、
高順「ぁ・・・・・・・・・」
高順の目に飛び込んできたのは、高札を読んだ時に真っ先に思い描いてしまった最悪の光景に近いものであった。
広場の中央には舞台が設けられており、そこには三人の人物が確認できた。
そのうちの二人は曹操軍の兵士らしき人物であり、軽微な鎧兜に身を包んでおり、
細長い両手持ちの剣を地面に突き立てながら、残る一人の両脇に立っている。
そして、中央にいる人物は、身ぐるみを全て剥がされ、顔は布のようなものでぐるぐる巻きにされ、
両手と首は枷で拘束され、両足には鉄球をつけられている。
あの罪人らしき人物が、偽天・北郷一刀であることは、疑いようもなかった。
公開処刑。
一瞬にして高順の頭の中を埋め付くしたのはその四文字。
高順「ひどい・・・!」
民衆のざわめきが一段と大きくなったのは、これから処刑される罪人が舞台という名の処刑場に登場したからであった。
陳宮「なな、いったい何が起こっているのですか!?」
高順の並々ならぬ様子に陳宮が状況の説明を求めるが、高順の耳には届いていないようで、
口元を戦慄かせながらただひたすら一点を見つめていた。
陳宮「く、聞こえていないですな・・・やむを得ないです、少し目立つですが、お前、ちょっと肩を借りるです!」
衛兵2「は?・・・ふぁ!?」
高順の無反応に埒が明かなくなった陳宮は、多少目立つもこれだけの大勢の人がひしめき合っているのなら、
一人二人くらい、見えないからと大胆な行動に出ても良いだろうと、同じく前が見えず、
背伸びをして何とか見ようとしていた衛兵の気の抜けた声を無視して背中をよじ登り、肩の上に仁王立ちした。
そして、
陳宮「ッ―――――――――!!??」
陳宮は衛兵の肩の上に立ったまま再度絶句した。
高札を見る直前、陳宮が思い至った最悪の展開が、今まさに現実として起きてしまっているのである。
さらに、罪人たる偽天が壇上に上げられたことで、民衆たちが次々に罵声を浴びせかけた。
民衆1「何が天の御遣いだ!」
民衆2「我らが天帝を愚弄するな!」
民衆3「この嘘つき野郎!恥を知れ!」
民衆4「今すぐ殺せ!八つ裂きにしろ!」
そして、次第に民衆たちの罵倒はエスカレートしていき、石ころや野菜屑、馬糞などといった物が次々と投げ込まれていく。
高順「や、やめてください・・・」
陳宮「おのれ・・・!」
そのような主君の凄惨な光景を目の当たりにし、高順と陳宮は頭の中の思考という思考全てがまとまりを失い、
ただ無意識に言葉をつぶやいていた。
そうしているうちにも、偽天は避けることもできず、その裸体は石ころで傷つけられ、野菜屑や馬糞で汚れていく。
高順「やめてください!!!」
そして、高順はついに我慢できず、木から飛び降り、潜入中の身であることも忘れ、
今まさにやや大き目の石礫を投げ込もうとしていた民衆に掴み掛った。
民衆5「何だお前!?」
高順「やめてください!!!」
突然背後から少女に掴み掛られた民衆は驚きの声を上げるが、高順はお構いなしにやめるよう訴えかける。
陳宮「おのれ、それ以上我が主を辱めることは許しませんぞ!!」
さらに、陳宮も気が付いたら衛兵の肩から飛び降り、わざわざ持ってきたのだろうか、
大量の肥やしの詰まった桶から一掴みしようとしている民衆に飛び掛かった。
民衆6「いでっ、何しやがる!?」
陳宮「もしその汚物を投げようものなら、貴様を顔面からその汚物の中に叩き込んでやるです!!」
こちらも突然背後から少女に掴み掛られた民衆は、キレ気味に威圧しながら振り払おうとするが、
陳宮は怯むことなく民衆の腕にしがみ続ける。
しかし、突然の高順と陳宮の大胆な行動に対して止めることも加勢することもできずオロオロしている衛兵をよそに、
そのように高順と陳宮が民衆にささやかな抵抗を見せていたその時、民衆の罵声がいきなり歓声に変わった。
高順「そんな・・・」
陳宮「まさか・・・!」
罵声から完成という民衆の変化に、高順と陳宮は最悪の事態を思い浮かべながら、
それぞれ民衆に掴み掛った状態で恐る恐る処刑台の方に目をやった。
幸い、辛うじて民衆の隙間から見えた処刑場には、未だ存命である罪人の姿が確認できた。
しかし、そこにはさっきまでいなかった二人の人物が立っていた。
一人は、ブロンドの髪を髑髏を模した髪留めで縦ロールのツインテイルに結い、紫紺を基調にした服に紫のミニスカートをはいた少女。
その碧眼には他の者を圧倒する絶対的な何かが宿る少女の名前は曹操。
中原一帯を支配下に置く、覇道を行く者である。
そして、曹操の傍近くに控えるもう一人は、腰まで伸びる黒のロングヘアをオールバックにしてその綺麗な額を大っぴらにし、
緋色の狼の如き鋭い眼光は右目だけ残り、左目は蝶を模した眼帯で覆われている。
紅を基調にしたチャイナドレスに身を包み、幅広の大刀を手にしたその女性の名前は夏候惇。
言わずと知れた魏武の大剣である。
つまり、民衆たちが歓声を上げたのは、自国の君主と、その右腕の将軍が登場したからに他ならなかった。
民衆6「曹操様だ!危ねぇ、もう少しで曹操様に当たる所だった。すまねぇ嬢ちゃん、ありがとよ」
陳宮「曹操・・・!」
民衆5「夏候惇様!曹操様に引け劣らぬ堂々とした佇まい、お美しい・・・」
高順「夏候元譲・・・!」
高順と陳宮に掴み掛られていた民衆も、曹操と夏候惇の登場に歓声を上げ、
高順たちが自分たちを止めにかかったのは、曹操たちに被害が及ぶのを防いでくれたものと勘違いして礼を述べていた。
一方、曹操と夏候惇の姿を視認した陳宮と高順は、今すぐでも掴み掛りたかったのだが、
民衆が密集している広場では前に進むことは出来ず、また、さすがに民衆の頭の上を渡るといった大胆な行動までは憚られ、
歯を食いしばり、恨めしそうにその名前をつぶやいた。
しかし、ただ指をくわえて眺めているわけにもいかないため、
なんとか処刑台に近づく方法はないものかと陳宮と高順が頭をひねっているその時、曹操が民衆の歓声を手で制し、演説を始めた。
曹操「聞きなさい、我が愛すべき許の民たちよ!この罪人は、恐れ多くも巴蜀にて天の遣いなどという狂夫の戯言が如き有名無実の名を
名乗り、我らが天帝をないがしろにした!蒼天に坐す天帝はただ一人だけである!」
民衆7「何て奴なの!」
民衆8「トチ狂ってやがるぜ!」
曹操の演説の合間に、民衆たちは口ぐちに罪人に対してヤジを飛ばしていく。
曹操「さらには、乱世を収めるなどと民衆を惑わし、涼州の蛮族らと結託し、兵を挙げて我らから長安を奪った!いずれは我らが天帝の
坐すここ許に攻め込み、天帝を退け新たな天帝となり替わろうとしているのは明白である!果たしてこのような不埒千万の輩を見逃して
よいものだろうか!?」
民衆9「見逃して良いわけがないわ!」
民衆10「おぉ、恐ろしや・・・」
民衆11「何が乱世を収めるだ、この偽善者野郎!」
民衆12「ブチ殺せー!」
曹操の問いかけに、老若男女問わず民衆たちは答え、嬉々として罪人に対して罵声を浴びせかける。
曹操「我はこれを捨て置くことを善しとしない!この輩のやっていることは、かつての黄巾賊のそれと同等のことであり、太平から最も
かけ離れていることである!これより執り行われる刑は、我らが安寧を守るため、そして何より、我らが天帝に忠義の意を示さんため、
天帝に代わり、この曹孟徳が裁きを与えるものである!!」
曹操の最後の宣言とともに演説が終わると、民衆の大歓声が広場全体を覆いつくし、自然と曹操コールが巻き起こった。
陳宮「曹操の奴、自分のことは棚に上げて言いたい放題・・・!」
高順「いけません・・・このままでは本当に一刀様が・・・!」
話の流れから、徐々に最期の時を迎えつつある場の雰囲気に一層の焦りを感じ、
処刑場に近づこうとするが、やはり密集した民衆が邪魔で一向に前に進むことができない。
かくなる上は、この場で騒ぎを起こすことで民衆をどかせるか、あるはそもそも処刑自体を一時中断に追い込むかとも考えたが、
民衆たちの狂気とも言える興奮と熱狂ぶりに、ある程度の騒ぎを起こしたところで効果は薄いと諦める。
そして、
曹操「刑を執行せよ」
曹操の躊躇ない無慈悲な言葉が告げられた。
曹操の命に従い、罪人の両脇に控えていた兵士の一人が一歩前に進み出、
細長い両手持ちの剣を罪人の首にあてがい、ゆっくりと振りがぶる。
陳宮「ま、待つです!」
全ての時が不思議とスローモーションで流れる。
そのような不思議な感覚。
高順「間に合ってください・・・!」
もはや迷う暇などないと高順は民衆の頭に飛び乗ると、処刑台目掛けて跳ぼうと膝に力を込める。
陳宮「一刀ど――――――!」
高順「お願――――――!」
ザクッ・・ボチャッ・・ゴロゴロ・・
陳宮・高順「「――――――――――――ッッ!!!!」」
騒がしいこの広場にもかかわらず、その無機質な音だけは、なぜかはっきり陳宮と高順の耳に届いていた。
さきほどまでスローモーションで動いていた時は、処刑人が剣を振り下ろすときになり、
急に通常の時の流れを取り戻したかのごとく鋭く振り下ろされ、罪人の首を胴から斬り離した。
支えを失った枷は両腕と共にぶらりと垂れ、布にくるまれた罪人の首は、
胴から大量に吹き出す鮮血の池に転がり、その布を気味が悪いほどの鮮やかな赤で染め抜いた。
この場の誰もがそのような光景を目の当たりにしたように思えた。
が、しかし・・・
と、今回ばかりは逆接の言葉が続く奇跡は起こらなかった。
【第七十五回 第五章A:御遣処刑編④・偽天塗地 終】
あとがき
第七十五回終了しましたがいかがだったでしょうか?
さて、いろいろと関係の深い劉備軍の面々と北郷軍だったわけですが、
やはり非公式の場となるとその素の顔が出てくるもので、みんな好き放題話しています。
一方それどころではない陳宮sideですが、漢文などは本当に学生の時以来でして、
正しい並びになっているかは定かではありませんが、そこは雰囲気ということで大目に見ていただきたく 汗
それでは、また次回お会いしましょう!
陳宮たちが重症の中、長距離を一週間で走破し、曹操領の各関所をスルーして許に侵入した方法については触れない方向で 汗
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みなさんどうもお久しぶりです!初めましてな方はどうも初めまして!
今回は偽天塗地。偽りの天は、ただ地に塗れるのみ、、、
それでは我が拙稿の極み、とくと御覧あれ・・・
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