No.805883

WakeUp,Girls!~ラフカットジュエル~26

ほぼ1年ぶりの更新になってしまいましたが、こんな拙い二次小説でも楽しみにしていてくれる方がいらっしゃるようなので最後まで書くつもりです。丁度?劇場版も公開されていますしね。自分はまだ見ていないのですが、これが書き終わったら続編として劇場版の方も書こうかな~なんて思ってはいます。なるべく早く更新していくつもりです。どうぞお付き合い下さい

2015-10-02 21:24:27 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:732   閲覧ユーザー数:732

 

 決勝を翌週に控えた週末土曜日、いつものように早坂は仙台にやってきた。新曲のお披露目は彼のOKが出ないために未だ行われずにいる。今日が本番前最後のレッスンであり本番前に行われるライブは明日が最終になるため、このままでは新曲の使用を止めるか、あるいはぶっつけ本番となってしまう。

 仮に新曲を止めるとしたならば『極上スマイル』が使えなくなった今、どの曲で決勝に挑むのか。あるいはぶっつけ本番で挑むとして勝算はあるのか。どちらにしても厳しい未来しか見えない。

「アンタ、一体どうするつもりなのよ?」

 レッスン前のスタジオで、丹下社長が早坂にそう尋ねた。彼女としてみれば早坂にウェイクアップガールズを全権委任している手前あれこれ口は出せないが、期限ギリギリの今なお彼が動こうとしないので気が気ではない。

「本番前のレッスンは今日で終わり、ライブは明日で最後なのよ? このままじゃぶっつけ本番になっちゃうじゃないのよ。ホントにどうする気なのよ?」

 丹下の心配は至極まともなものだ。予選よりもレベルが格段に高くなると予想される決勝にぶっつけ本番で挑んで良い結果を残せるとはとても思えない。

「どうもこうもないさ。僕が狙っているのはあくまで優勝だ。そのために新曲を書いたんだから、そのレベルに達していないなら挑んでも意味は無いだろう?」

 そのセリフを聞いて丹下は驚きのあまり目を剥いた。棄権させるという意味にしか聞こえなかったからだ。

「アンタまさか……棄権させるつもりじゃないわよね?」

 丹下は真剣な眼差しで早坂を見つめながらそう尋ねた。そんなことをさせるわけにはいかない。彼女たちの今までの頑張りを総て無にするかのような真似は絶対させるわけにいかない。もし早坂がそう考えているなら自分が全力で翻意させなければいけないと思った。

「せっかく覚えた曲をI-1に渡して後戻りできなくした上で更に難しい曲に挑ませて、それがレベルに達しなかったから、優勝できそうにないから棄権させるなんてさすがに黙ってられないわよ? いくらあのコたちのことを総て任せてるからって、やって良いことと悪いことがあるの」

 睨み付けるように自分を見つめる丹下社長をしばらく眺めていた早坂は、やがてクスクスと笑い始めた。

「冗談だよ。棄権なんてさせるわけないだろう? だからそんなに怖い顔をして睨まないでくれよ」

 冗談だという早坂の言葉を聞いて、丹下はホッと安心したと同時に若干の怒りがこみ上げてきた。

「悪い冗談は止めなさいよ。アンタの冗談は笑えないんだから」

 丹下は腕組みをし、怒った口調で鼻息荒くそう言った。

「それで、実際どうなのよ? アンタの眼から見て、やっぱりダメなの?」

 その問いに早坂はすんなりと答えた。

「ダメなんかじゃないさ。ボクがOKしないのはあくまでも優勝を狙うレベルに達していないと思うからであって、もう別にお客さんの前で披露しても問題ないレベルではあるんだよ。正直言ってそれだけでも大したものだけどね。なにしろあの曲はボクの超本気、メガマックス本気で書いた曲だ。当然それだけレベルが高くて難しいわけさ。それをこの短期間でここまでマスターしたんだから、本来ならば今の段階で褒めてやりたいところなんだけど……」

 早坂はそこで言葉を止め、レッスン前の準備に余念の無い少女たちを見やった。

「厳しいわね。もうちょっと採点甘くしてやって自信をつけさせてあげればいいのに」

「そんなことをしたって意味はないだろう? 目標は優勝なんだから厳しくて当たり前なんだよ」

 親心みたいなものね、と丹下は思った。ライオンは我が子を千尋の谷に落とすという諺があるが、彼女たちに期待をし実力を認めているからこそ早坂は厳しく接する。それは正しいことだろう。しかし……

「それにしても、ホントに新曲が必要だったんですか? 俺は今でも疑問なんですけど、『極上スマイル』で充分優勝は狙えると思えたんですけど、なんであの曲をI-1に渡しちゃったんですか?」

 松田が横から話に加わってきた。同様のことを思っていた丹下は相槌を打った。『極上スマイル』をより練り上げて完成度を高めて決勝に挑む方法だって良かったはずなのに、なぜ早坂はさらに困難な方法を選択したのか? 本人が詳しくは語らないのであえて聞かなかったが、それは彼女も知りたい部分だった。

「ボクもそう思っていたさ。あの曲を書いた時はね」

「書いた時は?」

 丹下と松田は首を傾げた。

「お恥ずかしい話だけど、要するに今から思い返せばボクも地方アイドルのレベルを見誤っていたってことさ。書いた時には『極上スマイル』で充分優勝を狙えると思っていたけど、それから地方アイドルのことを今まで以上に詳しくチェックしているうちに、知れば知るほどボクの考えていた以上に地方アイドルのレベルが高いことに気がついたってわけ。別に舐めていたわけじゃないけど、曲が出来た後に自分の考えの甘さに気がついたんだよ。これじゃダメだってね。I-1に勝つためには、まずそんなレベルの高い地方の猛者たちを倒さなければならない。『極上スマイル』ではボク自身がその自信を持てなかったのさ。だからボクは『7 Girls War』を新たに書いた。それこそ全身全霊を賭けて全力でね。総てはアイドルの祭典で優勝するため。そしてその先にあるものを掴むため。そういうことさ。あっ、もちろんあのコたちならやってくれるだろうと期待していた上でのことだよ」

 なるほど、そういうことかと丹下も松田も納得した。彼は少女たちがもう後戻りできないように『極上スマイル』をI-1に渡して使えなくしてしまった。総てはアイドルの祭典で優勝するためにやったことだったわけだ。彼女たちなら自分の期待に応えてくれると考えた上で。

 『7 Girls War』を持ってきた時に早坂はI-1クラブに勝つために新曲を書いたと言い、今その詳しい経緯が明らかにされた。早坂は本当の本気でI-1に勝つつもりで動いているのだ。最初に聞いた時は半信半疑だったが、どうやら信じるしかなさそうだなと2人は思った。

「でも言ってることはわかりますけど、実際もう日にちがないわけじゃないですか。マジでどうするんですか? ぶっつけ本番でいくつもりですか?」

 松田がそう尋ねると早坂は「まさか」と言いながら両腕を広げて首を振った。

「どっちにしても今日OKは出すつもりだよ。そして明日のライブで『7 Girls War』をお披露目するさ。ぶっつけで優勝できるわけはないし、七瀬佳乃は初センターだ。本番のために彼女に一度はセンターとしてステージに立っておいてもらわなきゃならないからね。個人的には優勝の確信が持てないまま本番に向かうのは悔しいけど、そこは時間切れってことで目を瞑るしかないかな。まあもちろん今日ボクが納得できるだけのものを見せてくれれば何の問題もないんだけどね。あ、言っとくけど最後まで緊張感を持たせておきたいから、今日の最終チェックが終わるまで彼女たちにはそれはナイショだよ?」

 その言葉を聞いて丹下はようやく安堵した。なにしろこの男は、自分の本心どころか肝心な部分さえも黙って勝手に進めてしまう。全権委任している手前口出ししにくいとはいえ社長として丹下も閉口している点だ。

「さて、泣いても笑ってもくすぐったくても、今日が本番前最後のレッスンってわけだ。さあそれじゃあ新曲の最終チェックと行こうか。始めてくれ」

 準備を終えた少女たちを前にして、彼は厳しい表情でそう言った。全員の顔に緊張が走った。早坂の後ろには丹下社長と松田とレッスンスタジオのトレーナーが心配そうな顔で立っていた。今日のレッスンを終えての最終チェック。ここで早坂のOKを貰えなければ棄権するか古い歌で挑むしかない。それは優勝の可能性がゼロになるに等しい。なんとしてでも早坂に認めてもらわなくては……少女たちの瞳には悲壮感すら漂っていた。

 イントロが始まると早坂の視線と表情が一瞬にして厳しさと鋭さを増した。指先の細かな動き一つ一つにまで彼のチェックが入る。少女たちは早坂の厳しいプレッシャーを感じながら必死に歌い踊り続けた。時間が長いような短いような不思議な感覚だった。一心不乱な少女たちを、早坂はただ黙って見つめていた。丹下と松田は祈るような気持ちで少女たちを見つめていた。

 

 曲を終え最後のキメポーズを決めた少女たちは、まだ息を切らせた状態のまま早坂の前に整列した。合格点をもらえそうな手応えは全員感じていた。早坂は1人1人の顔を順番にじっくりと見つめ、やがて口を開いた。

「2点、3点、3点、4点」

 それが何の点数かはわからないが、高い点数ではないことだけは少女たちにも理解できた。

「ちょっと早坂さん! ここは良い点付けて自信つけさせるところでしょう!?」

 少女たちの微妙な表情にいち早く気づいた松田がすかさずそうフォローを入れた。しかし隣りにいる丹下は正反対の言葉を口にした。

「いいえ。ここはガチ勝負のところよ」

「いや、でも社長、ここまで来てそんな厳しくしなくてもいいんじゃないですか? もう時間も無いんだし気分良く本番に臨んだ方がいいじゃないですか」

「何言ってるのよ。勝負は最後まで気を抜いたらダメなの。最後の最後までガチで行かなきゃ勝てるものも勝てないわよ?」

 丹下と松田の会話を聞きながら、少女たちは早坂に視線を移し彼の言葉を待った。

「歌2点、ダンス3点、チームワーク3点、体力4点、トータル12点」

 早坂は点数の内訳を告げた。40点満点で12点かぁ、と少女たちはあらためて落胆した。こんな点数ではとても本番に挑めない。この瞬間優勝の可能性が無くなった、そんな気持ちが表情にあからさまに浮んでいた。だが次に早坂の口から出た言葉は思いもかけないセリフだった。

「ギリッギリ、合格かな」

「えっ?」

 少女たちの表情は落胆から戸惑いへと一瞬のうちに変化した。

「どうしてですか? だって40点満点で12点なんですよね?」

 佳乃が思わずそう問いかけると早坂はニッコリ笑ってこう言った。

「ああ、これ各項目5点満点だからトータル20点満点ね」

「ええ? 20点満点?」

 少女たちは顔を見合わせた。

「ちなみに4点、ボク生まれて初めて出しました。パチパチィ」

 早坂は笑顔のままそう言って自らの手を打ったが、その表情と口調は本音を言っているようにも言っていないようにも、どちらにも受け取れた。

「体力が4点って……それ喜んでいいの?」

 菜々美が複雑そうな顔でそう言った。もともとアイドル志望ではなく光塚歌劇団志望の彼女にとって、歌もダンスも微妙だが体力だけは合格点という評価が素直に喜べるものであるはずがない。しかしそれは他のメンバーたちも同じだ。体力は重要だが、体力だけのアイドルなど誰も欲してはいないだろう。

 そんな彼女たちの気持ちを知ってか知らずか、早坂はすました顔で言葉を続けた。

「まあ、ほんの数ヶ月でゴツゴツのキミらお芋ちゃんたちが熱々のパルマンティエか冷え冷えのビシソワーズぐらいにはなったんじゃない?」

「……すいません、言ってる意味がわからないんですけど」

 早坂はフランス料理に例えて遠まわしに褒めたのだったが、それを少女たちが理解できるはずもなかった。

「って言うか、そんなに私たちって芋っぽい?」

 夏夜がそう文句を言った。10代の少女を芋に例えるのは、例えられた方としては嬉しいはずがない。それなりにアイドルとして活動してきたのにいつまでも芋扱いはイヤだなと、それは全員が内心思っている。

 早坂は夏夜の質問にこう答えた。

「芋だってバカにするもんじゃないよ。今言ったパルマンティエというフランス料理は、フランス人にとっては国民食とも言われているんだ。それぐらい大人から子供まで幅広い世代に、それこそ誰からも愛される料理なんだよ」

 そう言われても、だから何なのか。少女たちには早坂が何を言いたいのか理解できなかった。

「わかるかい? 一般的に人を評価する場合に芋というとマイナスのイメージがあるけれど、そんな芋だって料理の仕方1つで誰からも愛される存在になれるんだってことさ。もちろん人間の場合は本人の努力も必要になるけれど、キミたちも芋なりに誰からも愛されるアイドルを目指せばいいんだよ」

 何となく早坂が何を言いたいのか掴めてきた少女たちは、真剣な表情で話を聞いた。

「芋なら芋でいいんだ。それを認めた上で誰からも愛される存在になればいい。どうすればそうなれるか考えればいい。生まれつきのアイドルなんていやしない。この世界の人間は誰もが自分たちの魅力、自分たちの武器を見つけて磨いて勝負していくんだ。今はその武器が体力だけかもしれないけど、キミたちにはまだまだこれから十分に時間があるんだ。もっと成長するための努力をこれからもずっと続けていけばいい。そうじゃないか?」

 少女たちはコクリと頷いた。早坂は少し間を置いて、さらに話を続けた。

「ま、ボクなりの点数を付けてはみたけどね、本当はそんな点数なんか関係ないんだ」

 また何を言っているのかわからなくなった少女たちは互いの顔を見合わせた。

「じゃあボクから質問だ。決勝で一番大切なことは何だと思う? はい、リーダー!」

「ええっ!? 私?」

 いきなり名指しで質問を降られた佳乃は答えに窮した。大切なことはたくさんあるけれど、一番大切なことと言われると答えに困る。どれが一番なのか彼女には咄嗟に判断できなかった。

「自分たちの力を総て出し尽くすこと……ですか?」

 考えた末に彼女は、恐る恐るそう答えた。

「うん、それも大切だね。でも一番じゃない。じゃあ次、未夕! キミはどう思う?」

 佳乃と同じく考え込んだ未夕は、しばらくしてからこう答えた。

「自分がステージを楽しむこと……とか?」

「それもよく言われるけど、やっぱり一番じゃあないな。真夢、キミならわかるんじゃないか? I-1に居た時、キミはセンターで何を考えてステージに立っていた?」

 真夢もやはり答えに困ったが、彼女は昔の自分を思い出してこう答えた。

「私は……自分たちがお客さんに届けたいものをちゃんと伝えたい、会場のお客さん全員に伝えたい、伝わって欲しいって思ってましたけど……」

 だがこの答えも早坂の言う正解ではないようだった。

「それもとても大切だけどね。でも一番ではないな」

 ではいったい正解は何なのか? 顔にアリアリとはてなマークを浮かべる少女たちの顔を、早坂はゆっくりと見回した。

「そもそもアイドルの存在価値って何だかわかるかい? よくアイドルに元気や勇気を与えられるたとか言うだろう? キミらアイドルの存在価値はね、お客さんを楽しませること。ステージを見に来たお客さんの総てを楽しませること。来て良かったと心から思わせることなんだ。元気を与えるのも勇気を与えるのも、それはそのステージが楽しかったからさ。つまらない、楽しくないステージでそんなものをお客さんが得られるわけないだろう? だからキミたちが一番に考えなければいけないのは、絶対に忘れてはいけないのは、どうすればお客さんが心の底から楽しめるかということなんだ。それがエンターテインメントとしてのアイドルなのさ」

「でも、さっき未夕が言ったように自分が楽しめないとお客さんも楽しめないと私も思うんですけど、それは間違いだってことですか?」

 リーダーの佳乃がそう早坂に問いかけた。早坂はゆっくり首を左右に振ってから諭すような口調で質問に答えた。

「間違いなんかじゃないさ。佳乃の答えも未夕の答えも真夢の答えも、聞かなかったけれど夏夜と菜々美と実波と藍里が頭の中で考えていたであろう答えもみんな大切なことだよ。でもそれらは全部、お客さんを楽しませるためにはどうすればいいかという目的を達成するための方法なんだ。楽しんでもらうためには自分も楽しむ、楽しんでもらうために全力を尽くす、楽しんでもらうために自分の想いを伝えたい、という風にね」

 ようやく少女たちにも早坂の話が理解ができた。自分達がアイドルとしてまず真っ先に考えなければいけないことはお客さんを楽しませること、それを絶対に忘れてはいけない、それを忘れたらファンは絶対に支持してくれないという戒めだったのだと。

「もうこの段階でジタバタしたところで結果は何も変わらない。キミたちが考えることは一つだけ。あの広いI-1アリーナで、一番前にいるお客さんから一番後ろのお客さん、二階席三階席にいるキミたちのことが豆粒ぐらいにしか見えないお客さんまでをどれだけ楽しませられるか、だ。そういう意味では合格点なんて無いんだ。ホントはね。だってお客さんは毎回違うわけだろう? 今日のお客さんを満足させられれば今日は合格点だろう。でも同じことを明日やって明日のお客さんが満足できなければ合格点とはいえない。そういうことさ」

 いつの間にか少女たちだけでなく丹下と松田も早坂の話にすっかり聞き入ってしまっていた。

(やっぱり世界的な音楽プロデューサーと評されるだけのことはあるわね。説得力が違うわ。同じことを私が話しても彼女たちを納得させられるかどうか……)

 丹下社長は内心でそう思っていた。変人だけれど、やはりこの男の力を借りて正解だったと思っていた。早坂の話はなおも続いた。

「この世界はね、どれだけ努力を重ねても100点なんて存在しない。満点なんて無いんだ。でも存在しないからといって追い求めることを止めたらそこで終わってしまう。まるで蜃気楼のような、本当は存在しない満点をずっと追い求め続けていく。それがこの世界、アイドルってものなんだよ」

 誰も一言も発しなかった。真剣な表情で話を聞いていた。彼女たちの目は早坂の顔だけを見つめていた。早坂に批判的な夏夜ですらがそうだった。

「長くなるから最後にもう1つだけ。以前藍里が、ボクに絶対認めてもらえるようになってみせるって言ったことがあったけど、キミたちが本当に認めてもらう相手はボクじゃない。お客さんなんだ。これから仕事をしていけば様々な人と出会うだろう。番組のプロデューサーやディレクター、テレビ局やレコード会社のお偉いさんとかね。でも、キミたちが認めてもらうのはそういった人たちにじゃない。あくまでもお客さんになんだ。そこを絶対に勘違いしちゃいけないよ」

 そう言われて藍里はハッと思い出した。確かにWUGを辞めようとして佳乃に説得され戻った時に彼女は早坂に向かってそう言った。でもそれは間違っていた。今までの話で藍里にもそれは理解できた。彼女は自然と大きく明確な声で「はいっ!」と返事をしていた。他のメンバーが藍里に続いて返事をした。

 藍里以外の6人も今日のレッスンで早坂に認めてもらうことばかり考えていた。しかしそれは早坂自身によって否定された。藍里以外の6人もまた考え違いをしていた。そのことに気づくことができた。

「本番はボクも会場のどこかで見るつもりだ。キミたちがお客さんをどれだけ楽しませることができるか、この目でしっかり見届けさせてもらうよ」

「はいっ! ありがとうございました」

「ありがとうございました!!!!!!」

 挨拶を終えレッスンは終わった。早坂は「じゃあ、せいぜい頑張って」と言ってスタジオを出て行った。その背中越しに少女たちの挨拶の声が再び飛んできた。丹下社長と松田も早坂の後を追うようにスタジオを出て行った。

「ねえ、さっきさ、早坂さん私たちのこと下の名前で呼んでなかった?」

 早坂がいなくなったのを見届けてから実波がそう言った。

「そうだっけ?」

 真夢は気がつかなかった様子だった。

「呼んでたね。アタシも気づいたよ」

 そう言ったのは夏夜だった。菜々美も藍里も未夕も気づいていて、気づかなかったのは真夢と佳乃の2人だった。

「今まで下の名前で呼ばれたことあったっけ?」

「フルネームで呼ばれたことはあるけど……」

「いつも私たちのことはお芋ちゃんとかお芋ちゃんたちって呼んでたよね。あとは光塚とか民謡娘とかメイドちゃんとか……名前で呼ばれた記憶自体ないかも」

「どういう心境の変化なのかなぁ?」

「それはアレじゃないですか? 私たちの魅力に気づいてしまってメロメロになった……とか」

「アンタねぇ……メロメロって、いつの時代の言葉よ」

 些細な変化だが、それは認められた証なのか。いずれにせよ早坂の中で何かが変わったことは間違いない。それも間違いなく良い方向に。にこやかに談笑しながら少女たちは、その胸の内にそれぞれの想いを秘めながら不思議な高揚感を感じていた。

「ねえ、アンタ。実際のところどうだったのよ」

 スタジオを出てしばらくしてから丹下はそう早坂に尋ねた。レッスン前に今日はどちらにしてもOKを出すつもりだと彼は言いその言葉通り少女たちに合格点を出したわけだが、本当の意味で合格だったのかそうではなかったのか丹下にとっては気になるところだ。、

「どうって、何がだい?」

 丹下が何を言いたいのかわかった上で早坂はそうとぼけた。

「とぼけるんじゃないわよ。最初から今日はOKを出すつもりだって言ってたけど、実際どうだったのよ? やっぱりアンタの中では合格点に達しなかったわけ?」

「知りたいかい?」

「そりゃあアタシは社長だもの。知りたいに決まってるでしょ?」

「ふふん。教えてあげなーい」

 早坂はそう言って話をはぐらかして誤魔化し、本音を語ることを避けた。

「ちょっと、何よそれ! 教えなさいよ」

 丹下は何度か食い下がったが、早坂は「だーめ」と言って話そうとはしなかった。丹下は不服だったが早坂が話さない以上どうしようもない。

「まあまあ。ボクの中で合格点に達したかどうかなんてどうでもいいじゃないか。彼女たちに話したろう? 実際は点数なんてどうでもいいんだよ。極端な話、ボクが満点だと言ったところでお客さんにとっては0点だったら意味ないじゃないか。逆にボクが0点だと言っても、お客さんにとって満点だったらそれでいいんだから」

「それはまあ、そうだけど……でもアンタの合格を得られたのかどうかで期待感も違ってくるじゃない。私は社長としてアンタの本当の評価を聞きたいのよ」

「仕方ないなあ。まぁそうだね、1つだけ言えることは……面白くなってきた……かな」

「面白くなってきた?」

「そう。アイドルの祭典、ひょっとしたら本当にひょっとするかもしれないよ」

 ニヤリと笑いながら言ったその一言で丹下は確信した。早坂は本当の本音で彼女たちに合格点を出したのだ。ギリギリ合格点だとは言っていたが、確かに合格を出したのだ。そして優勝も有り得るかもしれないとまで評価している。ひょっとしたら本当にひょっとするかもしれない。この言葉が何よりの証拠だ。

「それは楽しみね。さすが天才音楽プロデューサー。アンタに賭けて良かったわ」

「正直短期間でここまで成長するとは思ってなかったけどね。あのお芋ちゃんたちには良い意味でボクの中の常識を覆させられたよ。これだから面白いよね。原石ってヤツはさ」

 丹下はここで前から聞きたかったことを思い切って聞いてしまおうと思った。それは今後どうするのかということだ。

「ねえ、もしあのコたちがアイドルの祭典で優勝したら、アンタは引き続きプロデュースしてくれるの?」

 早坂は「うーん」と言いながら少し考え込んだ。

「さあねぇ。そんな先の、しかも仮定の話には答えられないな。あのお芋ちゃんたちよりもっと魅力的なコ達が現れるかもしれないしね」

「あのコたちは私が見い出したアイドル、ウェイクアップガールズよ? 誰よりも魅力に溢れるコたちなんだから、あのコたちより魅力的なコなんて……そんなのいるわけないじゃない!」

「さあねぇ、どうだかねぇ……」

 否定的なことを口にしながら、早坂のその表情は明らかに本音は逆であることを示していた。

 

 
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