◆CONTENT◆
ボクの妹
名前の由来
父親のスタンス
Papa told me
愛情の種類と比較
我が家のルール
父親のスタンス
「あんたって、ブラには甘いわよね」
目の前の光景に笑いながら、ブルマが告げる。
「甘いだと?」
まったくそんな自覚もなかったベジータは、自分の膝枕で眠る娘へ視線を向けた。それも眠っているブラが起きないよう、細心の注意を払った所作で。
「そうよ。現に今甘やかしてるじゃない。この光景、トランクスが見たら泣くわよ。そんなこと、オレには一度もしてくれなかったのに…って」
「あいつは男だ。男と女では、扱いも育て方も違って当然だ」
指摘しても平然と公言するベジータに、無自覚なのだと感知したブルマ。そうと知ればますます面白い。この姿を、かつての宿敵に見せたいところだ。誇り高き戦闘民族サイヤ人の王子だった男が、戦うことがすべてだった男が、今は娘を甘やかす『ただの父親』になっている。
「男は戦うために強くなる必要がある。厳しいくらいがちょうどいい。大体、あいつは甘やかすとすぐつけあがるだろう」
「そこはあんたに似たのよ」
「いや、おまえだ」
どちらの遺伝かという論争になったら、夫婦は互いに譲らない。優れた点は己の遺伝子だと言い張り、欠点は相手譲りだと責任を転嫁する。
「まあ、その話は置いといて」
討論になったら簡単には終わらないため、ブルマは話を切り替えた。元の話がうやむやになっては意味がない。
「最初の頃は、こんなに甘やかしてなかったでしょ? ブラのこと」
「……憶えてない」
「いつからだっけ。表立って、愛娘を甘やかすようになったのは」
揶揄するような口ぶりに、ベジータは「知るか」とそっぽを向く。ブルマがあえて『表立って』と言ったのには理由がある。当人はだれにもばれていないと思っているが、人がいないときを見計らって、ブラの寝顔をこっそり眺めていることをブルマは知っていた。家族が居合わせないタイミングを待っていたかのようにブラを見つめ、怖々と頬や髪を触ったりしていた。
他の家族がいるときやブラ本人が起きている場合、そんな態度は見せない。あくまでも、今までどおりの硬派な父親を気取っていた。ベジータとしては、ずっとその姿勢を貫くつもりでいたようだが、予想外の人物からの指摘で、現在のような態度に変化することになる。
子どもの成長は目まぐるしい。毎日の生活の中でさまざまなことを学んでいく。家族が声をかける頻度が高いこともあって、ブラが言葉を覚えるのも早かった。日常飛び交う会話を理解し、自らの意思表示もできるようになったある日のこと、ブラはベジータに向かってこう言った。
「パパ。ブラのこと、きらい?」
「――――っ!?」
そのときのベジータの顔を思い出すと、ブルマは今でも笑いが止まらなくなる。あんな表情、長年一緒にいても見たことがない。
「…きらいなの?」
目に入れても痛くない愛娘から涙目で問われ、ベジータは激しく狼狽した。
「なっ、なにを…?」
その質問の意味が理解できないため、軽く混乱状態だ。
「ブラは、パパもママもおにいちゃんもだいすきだけど…」
ブラが今にも泣き出しそうな顔で話を続ける。
「パパは、ブラをすきじゃないの?」
「そんなわけあるか!」
あまりの衝撃に思わず怒鳴り返してしまい、直後我に返るベジータ。その剣幕に、ブラの表情はますます曇っていく。こんな未知の出来事、どう対応すればいいのか。自分の人生経験にはない状況に、ベジータの思考はこんがらがるばかり。
「じゃあ、なんで?」
純粋無垢な眼差しが、強さでは宇宙で三本の指に入る男を金縛りにした。
「なんで、ブラにさわるとき…いつもビクッてするの?」
控えめに問うその内容は、繊細な子どもにとっては重要な問題。固まって答えを返せそうもないベジータを傍目に、ブルマは肩をすくめる。ここは妻の出番でしょう。落ち込んで沈黙する夫を助けられるのは自分だけだ。
「あのね、ブラ。パパがすごく強いことは知ってるわよね?」
膝を折り、娘と同じ視線の高さで穏やかな声色を使って語りかけた。
「…うん。『うちゅう』でいちばんつよいんでしょ?」
ブルマは曖昧に「まあね」と頷く。そこは親として、我が子への愛情が言わせたのか、はたまた誇大表現が悪い癖の長男が吹き込んだのか。不明だが、大事なのはそんなことじゃない。
「だからとっても力持ちで、そこらのビルだって指先一本で壊せちゃうの」
事実に近いたとえで表現するブルマに、ブラはつぶらな瞳を大きく瞬いた。
「それだけ力が強いと、小さいブラに触れるとき、ブラが痛いんじゃないか、壊れちゃうんじゃないかって。不安になって心配だから、ビクビクしちゃうのよ。自分が触ってブラが怪我でもしたらどうしようって。パパはブラが大事すぎて、触るのが怖いの。わかる?」
幼い子どもにも伝わるよう、言葉を選びながら説明する。その話でブラが理解してくれたかどうかは分からないけれど、自分の小さな手のひらを見たあと、父親へ視線を向けた。虚脱状態からは自我を取り戻していたベジータだが、娘から注がれるまっすぐな双眸に芳しくない顔色。
(大丈夫って言ったのに、信じないからよ)
ブルマは胸中で呟き、ブラが生まれた直後のやり取りを回想する。
「抱いてみないの?」
ブルマの隣で眠る娘を、無言のまま凝視している夫に声をかける。トランクスを産んだときは西の都にすらいなかったベジータだが、今回は病院内にいてくれたため、ブルマは心強かった。
病室に戻ったあと、他の家族が席を外した。他人の目がなければ素直になるのではないかと、今のベジータにはそう思える。生後数時間の娘を、ずっと観察していた。トランクスのときは、生まれて一週間後の対面だった。自分の遺伝子を受け継いだ我が子の存在に、なにを思うのだろう。
二人の間に誕生した第二子は女の子で、外見は母親似だった。髪と瞳の色は長男と同じくブルマの血が濃いらしい。それ以外の目に見える特徴も、父親を彷彿とさせる部分は見当たらない。
トランクスの場合、明らかに鋭い眼差しが親子の証明になっていたが、なにもかも母親に似た女の子のため、共通点を探すのは難しい。まさか疑ってるんじゃないでしょうね、とブルマが考えたとき、ベジータは神妙な顔で口を開いた。
「大丈夫なんだろうな?」
「なにが?」
質問の意図が掴めず首を傾げたブルマに、ぎこちない動作で娘を指差す。
「その、泣いたり…壊れたり、しないか?」
ブルマは夫の指先が示すものと台詞を結びつけ、問いの意味合いを察した。生まれたばかりの小さな子ども。手のひらは紅葉の葉くらいの大きさだ。そんな脆そうな物体を、自分が触っても平気なのか。自分が触れたら壊れそうな気がして戸惑っているのだ。
こういうことでこの男がうろたえるなんて…。意外性を感じながらも、それがとても人間らしい感情だと思えて、あたたかな安堵に似た心地を抱いたブルマは穏やかに微笑む。
「大丈夫よ」
きっぱり断言されて、ベジータは妻を見つめた。
「あんたの娘なんだから、そんなにヤワじゃないわ」
その言葉によって、おずおずと娘を抱き上げたベジータの姿が、ブルマの脳裏に浮かんだ。あのときちゃんと言ったのに、ブラ本人に気づかれるほど過敏な反応をするなんて。まったく仕方のない父親だ。フォローするのが妻の役目とはいえ、多少呆れる。
「もし嫌いだったら、そんなことしないわよね。嫌いなものを大事になんてしないもの。じゃあ、どういうことかわかる?」
「きらいじゃない?」
母親の優しい誘導に、娘は素直に応えていく。
「よくできました。それじゃあ『嫌い』の反対は?」
「すき」
ブラの目から曇りが消え去り、明るいきらめきが戻ってきた。
「それがわかったら、あとは自分でパパに訊きなさい」
手を貸すのはここまでだ。あとは本人が言うべきこと。ブルマは娘の傍らから立ち上がると、棒立ち状態の夫に近づき、その背中を押した。「ほら」と促され、ベジータは娘の前へ。
純真な瞳に映っているだろう己を想像すれば、過去に犯した罪の深さを思い知る。遠く過ぎ去った罪をなかったことにはできない、だけど――――これからの生き方で贖うことはできる。大切なものが、彼のそばにあり続ける限り。
「パパ」
ブラが父親を見上げる。ためらいがちに目線を合わせ、しゃがみこむベジータ。
「…なんだ」
「パパは、ブラのこと…すき?」
かつて殺戮者だった時代には踏み潰してきたもの、知ることもなかった感情。それが今、目の前に形を伴って存在している。自分が愛する者、そして自分を愛してくれる者がいて。それを自分は守っていくのだ、この先もずっと。
心の深部で改めてそう刻んだベジータは、ゆっくり娘の頭に手を置いた。壊れ物を扱うようではなく、大事なものを慈しむように。そして目をそらさず、問いの答えを返した。
それ以降、ベジータがブラに触れるときの挙動不審さは消えた。娘と心を割って話したことが、揺るがない確信を与えたらしい。直後にベジータが知らなかった事実を見せつけられたことも、一因かもしれないが。
夫の過保護なまでの心配は、娘の真の力を知らないためと理解した妻は、ベジータにある光景を披露する。ブルマがブラに空き缶を渡し「パパにも見せてあげて」と言うと、小さな手があっという間に缶を握り潰した。見た目はブルマそっくりだが、ベジータのパワーをしっかり受け継いでいるのだ。それを目撃したベジータが絶句したのは言うまでもない。
とにかくあれからだ。ベジータがブラに甘くなったのは。またおかしな態度をとって、嫌いだと誤解させないために、大事にしていることを分かりやすく証明するために、甘やかしている。
「トランクスとは、扱いが天地の差じゃない?」
「男なら、手荒に扱っても平気だろう」
「そういえば、猫みたいに首根っこ掴んで運んできたこともあったわね」
「…知らん」
ブルマが記憶から引き上げてきた事実に、ベジータは顔を背けてうそぶいた。息子が幼少だった当時は、まだ自身の心に解消しきれない問題が鎮座していて、妻子と向かい合う時間が現在よりも少なかった。
「まあ、別次元とはいえ成長している姿を見てるから、安心感があったのかも。あんなしっかりした男になるんだったら大丈夫って」
ブルマの言葉に、別の世界で生きる青年の姿が思い浮かぶ。二度と会うことのない、もう一人のトランクス。こちらとあちらは次元が違うため、同一人物でも同じ人間ではない。育った環境に大きな差があり、世界もまるで違う。
「元気でやってるかしら」
日常の中で思い出すことも少なくなっているけれど、二人にとっては、こちらのトランクスとブラ同様に大事な存在だ。
「心配ないだろう、あいつなら。未来のおまえが育てたガキだぞ」
「そうね」
ベジータの台詞に納得し、ブルマは頷いた。こちらのトランクスは、外見は向こうのトランクスに似つつあるが、内面はまったく違うものに成長している。両親揃った環境で平和な世界に暮らしていれば、そういう人格が形成されるのか。
「でもブラは、どんな風に育つのか未知数よ。楽しみというか心配というか」
親になって分かる親の気持ち。子どもに対する想いの深さも。ブルマは放任主義の両親のおかげで自由気ままに育ったが、ブラはどうなるのか想像もつかない。
「まあ、あたしに似て美人に育つのだけは間違いないけど」
「……………」
「なによ。文句があるなら口で言えば?」
明らかに不服を訴えていた表情に、ブルマは抗議する。
「見てなさい。成長したら世界中の男を虜にしちゃうわよ。あっという間に結婚して、この家を出て行っちゃうに決まってる。そのときになって後悔しても遅いんだから」
「フン」
ブルマが声を荒げても、ベジータの膝で眠るブラは起きる気配もない。
「あんた、ブラがお嫁に行くとき泣いたりしないでよ?」
「だれが!」
ありえない未来予想図に、そこは猛烈に否定した。
「わからないわよ、あんたみたいなタイプは。将来、ブラが彼氏を家に連れてきたら、『絶対嫁にやらん!』とか問答無用で反対しそう」
具体的な例を挙げられ、ベジータは苦々しい面持ちで閉口した。
「あのね、ベジータ。子どもはいつか離れていくものよ。羽ばたいていくのを邪魔するのは親っていわないわ。でも心配しなくて大丈夫」
「なにがだ?」
笑顔のブルマは、自信たっぷりに答えた。
「あたしは一生そばにいてあげるから、淋しくなんかないでしょう?」
Papa told me
穏やかな休日の午後、ブラは両親と一緒にデパートへやってきた。ここは西の都で最も広い販売面積を誇る老舗百貨店。夏休み最後の週末とあって、店内は多くの家族連れでにぎわっている。三歳のブラは人波に呑まれないよう、しっかり母親と手をつないでいた。
「バーゲンセールでもないのに…。なんだ、この人間の数は」
苦々しい表情のベジータが、この混雑に呆れながら呟く。
「仕方ないでしょ。今さら帰るとか言わないでよ」
ブルマが大仰に肩をすくめ、夫の気が変わらないよう釘を刺した。
「こんなことなら、トランクスも引っ張ってくるんだったな」
人でごった返すフロアに心底嫌気がさしたけれど、娘の手前帰るわけにもいかない。今になって夏休みの課題を思い出したため同行できなかった長男を、無理やりにでも連れて来れば、まだ気が晴れただろうとベジータは思った。
「ママ。お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんは『学校の宿題』で忙しいから、おうちで留守番」
「ふうん」
兄の不在を残念がる妹に、ブルマはその頭を撫でる。
「お土産においしいもの、買って帰ろうか」
そう促せば、ブラは「うん!」と大きく頷く。
買い物をしながらフロアを回り、最後に地下の食料品売り場へ向かった。両親はブラの歩調に合わせてゆっくり歩いてくれるが、普段よりも行き交う人の数が多いため、だんだんとその歩みが遅くなる。買い物に意識が傾いているブルマは、娘の異変を察することができず。
困ったように周囲を見回したブラの視界に、ふとある光景が映った。同じ年頃の子どもが父親に抱っこされている。現在の自分では見上げても目に入らない風景が見えているというだけで、その表情は嬉々としていて、濁りない笑顔を浮かべていた。
団子に結んだブラの髪が唐突に向きを変える。ベジータを見上げて考え込んだ。自分もあの子と同じように抱っこしてもらえるだろうか。「パパ、抱っこして」と言ってもいいのだろうか。
ブラの記憶の範囲では、こういう場所で父親が抱き上げてくれたことはない。それに普段、手をつなぐのは母親ばかりだから、甘えてもいいのか不安だった。
どうしたらいいのか分からず、ブラはベジータの前に立ち止まる。急に進路を塞がれ、ベジータは怪訝な表情で娘を見た。それでも言葉が出てこない。唇を引き結ぶと、両腕で父親の足を掴む。ブラの小さな両手を広げても、ベジータの足の後ろまでは回らない。
「…なんだ?」
行動の意味を問いかけても沈黙の娘に困り、ベジータは妻に視線を向けた。子どもがなにを考えているのか分かろうとしたところで、尋常ではない幼少時代を送った人間には難解な問題だ。
「ブラ、どうしたの? 疲れちゃった?」
ブルマが伺うように訊く。ブラはぎこちなく頷いた。
「そっか、今日はいつもより人が多いもんね」
少し休もうと考えたブルマは、娘の行動の意味がそれだけではないような気がして、ブラの視線の先を追ってみた。そこには、父親に抱かれている親子連れの姿。
(そういうことか)
ブルマは娘の意図を察し、胸中で納得する。そして、どうすればいいのか分からないでいる夫に「察してあげなさいよ」とささやき、件の親子連れを指差した。それを見てようやく、娘がなにを求めているのか理解したベジータは嘆息し、次の瞬間、たくましい両手で愛娘を抱きかかえた。
「してほしいことはちゃんと口で言え。これくらいのことなら、いつでもしてやる」
自分からはどうしても言い出せなかった娘の心情を理解したベジータは、ぶっきらぼうな口調で言う。その言葉に嬉しさを隠せなくなったブラは、父親の首に抱きつき、ブルマは、微笑ましくその光景を見つめていた。
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ベジータ×ブルマ、ブラ誕生後のエピソード。
ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。
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