◆CONTENT◆
たましいの場所
父性の芽生え?
ひとちがい
とばっちりの産物
ライバル
些細な疑問
教育方針
選択問題
選んだ理由
選ばれた理由
愛される理由
領域侵犯
父性の芽生え?
仲間たちが地球の運命を賭けて戦ったセルゲームから数ヶ月が経過した。当時は生後半年だったトランクスも、すくすくと成長して部屋の中を元気に這い回る毎日。
「ほら、トランクス。こっちまでおいで」
のどかな昼下がり、リビングにはトランクスを遊ばせているブルマの姿があった。幼児用のサークルは以前トランクスが壊してしまったので、今は部屋全体が遊び場だ。這って動くスピードも速く、ちょっとした隙に行方が分からなくなるため、動き回っているときは目が離せない。
お気に入りのおもちゃを持って声をかけると、トランクスは一直線に進む。そこへ扉が開き、ベジータがリビングに入ってきた。タオルを肩に、ミネラルウォーターを片手にソファへ座った。
やってきた父親をトランクスは見つめる。しかし同時に、祖父母と違って遊び相手ではないことも知っているのか、すぐに関心は薄れ、自力で離れた場所にあるおもちゃを取りに行った。
一日ごとに動く距離が伸び、目に見える成長を喜ぶブルマ。そんな母と子の様子を遠巻きに眺めるベジータ。かみ合ってないように見えても、たしかにひとつの家族の形がそこにあった。
目に見えている表面的なものだけがすべてじゃない。一見しただけでは分からないもの、表れないものが存在することもあるのだ。平穏なこの時間を普遍的にはどんな単語で表現するのか、この時点では、三人のうちのだれもそれを知ってはいなかった。
トランクスがおもちゃで遊んでいると、内線の電話が鳴り出した。電話口へ向かったブルマが受話器を上げる。相手は身内だと分かっているので「なにか用?」と軽い口調での応答。
「昨日の部品? あれなら研究室の棚に置いてあるでしょう。右から三列目の……そうじゃなくて、向こう側の棚よ。父さん」
探し物をしているブリーフ博士がブルマに場所を訊ねているのだが、相互に認識のずれが生じているらしく、言葉だけの説明では通じないようだ。
「わかった。今からそっちに行くから」
電話では伝わらないため、ブルマは直接出向くことにした。受話器を置くなり一歩踏み出したものの、そこにいる存在を思い出して振り返る。
「すぐに戻るから、おとなしく待っててね」
「………人をガキ扱いするな」
その場に居合わせたベジータはムッとした顔で呟く。
「あんたじゃないわよ。トランクスに言ったの」
ブルマから大いなる勘違いを指摘され、返す文句もなく背を向けた。当のトランクスはそんな会話など知る由もなく、父親と母親を交互に眺めている。
「一人でも、おとなしく遊んでて」
我が子に言い残すと、ブルマはリビングを出て行った。そしてそこには、父親と息子の二人だけが残される。積極的な関与をしたことがない父親と、奇妙な喃語を反復するだけの乳児。
初めて体験する状況に、お互いが微妙な空気を感じていた。他の家族ならば会話も成立するが、この二人には不成立。そもそも、言葉を理解しない赤ん坊にベジータが話しかけるはずもない。
(どうせ、すぐに戻るだろう)
未体験の現状だが、長い時間のことでもない。ブルマが用事を済ませれば戻ってくる、それまでのことだ。そう思ったベジータは息子の様子を伺う。上機嫌で遊び始めたので、安心して目をそらした。下手にかまった場合、遊び相手になってもらえると思われても困る。
目の前の子どもの父親ではあるけれど、親としての責任も義務も知らない。ただ自分の女が子どもを産んだのは事実で、それに関しては認めるけれど、それ以上の責務は負わず、進んで関わろうとはしなかった。地球の常識や概念を強制される御免だし、サイヤ人の親子関係は至極希薄で、結局のところ、ベジータは親子というものがどういうものか知らなかったのだ。
人造人間との戦いの折、未来からやってきた息子とは一緒に修行をして、親子関係らしいものを築きつつあった。しかし、現実世界のトランクスはまだ乳児。言語が通じる相手ではない。
ベジータは雑誌を開き、ページの合間から観察してみた。おもちゃに飽きたようで、今度は一人で床に転がっている。あんなことが楽しいのか疑問だが、息子はコロコロと転がっていた。
(なにが面白いんだ? ガキの考えることはわからん)
訝しそうに傍観していた視線を、トランクスは鋭く感知して動きを止める。つぶらな瞳が父親に向けられ、ベジータは慌てて雑誌で顔を隠した。地球人とのハーフでも、サイヤ人の本能は受け継がれている。他者の気配に敏感なのは生まれつき、戦闘民族である証だった。
相手にしなければ、こちらに関心を示すことはないだろう。知らないふりを決め込んだベジータだが、気にならないわけでもない。しばらくして顔を上げる。雑誌をずらしながら、トランクスがいた場所を見た。その空間には見当たらず、行き先を追って視線だけを部屋中に動かす。
どこにも姿が見えない。どこへ行ったのかと首を傾げたとき、トレーニングウェアの裾が引っ張られた。反射的にそちらを見れば、いつの間に接近したのか、息子が足元にいる。思わず後退しそうになるが、一歳にもならない子どもを相手にその態度は、あまりに滑稽すぎる。
ベジータは見なかったことにして、存在を丸ごと無視した。ガキなんて生き物は相手をするものにまとわりつくのだから、放っておけばすぐに関心が移るだろう。そう思って知らん顔をしていたが、トランクスは諦めなかった。執拗に裾を引っ張り続け、ベジータの反応を待っていた。
「しつこいガキだな。てめえ一人で勝手に遊んでろ」
業を煮やしたベジータが不機嫌に言い捨てる。トランクスに対して、直接話しかけたのはこのときが初めてだった。父親から向けられた言葉にトランクスは目を瞬いた。言葉の意味は通じていないが、リアクションがあったことだけは通じる。それで相手をしてもらえると思ったらしく、父親の片足をよじ登り始めた。どうやら困った事態だ。舌打ちしたベジータは大声を上げる。
「おい、その辺にいるんだろう。このガキをなんとかしろ!」
いつもブルマの母親が近くにいるのだが、今日に限ってはその気配が感じられない。リビングのあるこの階には、他にだれもいなかった。渋い表情を浮かべるベジータのことなど意に介さず、トランクスは縦横無尽。父親の筋肉質の身体をまるでジャングルジムのように動き回る。
「……いい加減にしろよ、このガキ」
我慢も限界にきたベジータは、息子の首根っこを掴んだ。目の前に持ってきて睨みつけるが、まったく怯む様子もない。かつて自分が一睨みすれば、大抵の敵は震え上がった。それなのに、どうしてこのガキは怖がらないのか不思議でならない。自分の父親だから危害を加えられることはないと感覚で理解しているのか、それとも、こんなやりとりも遊びの一環と思われているのか。
ベジータが気難しい表情で考えこんでいると、頬に変な感触がした。我に返ると、空に浮いたままのトランクスが両手を伸ばしている。まだ小さなふたつの手が、ベジータの両頬を掴んでいた。
「なにしやがる!?」
手を離すと、トランクスはベジータの膝の上に落ちる。その程度のことでは泣きも痛がりもしないため、むしろ楽しそうに笑っていた。
「このクソガキ。まだ大きいほうが愛想があったぞ」
未来からやってきた青年の息子を思い出し、思わず口走る。そしてお返しとばかりに、乳児の頬に手を伸ばした。三本の指で掴めば、やわらかい肌は餅のように伸びる。
トランクスは自分がおかしな顔にさせられていることも分からず、目を見開いていた。そして嬉しそうな嬌声を上げる。乳児にとって、こんな戯れ合いは遊びでしかない。そんなこととは露知らず、ベジータは「なに笑ってやがる」と不服そうに呟いた。
「あら、ベジータちゃんたら」
「意外と仲良くやってるじゃないか」
カプセルコーポレーションの一室では、主夫妻と娘が揃っている。目の前に並べられたモニター画面を見ながら、感想を述べた。
画面には、現在リビングで繰り広げられている光景が映る。あのリビングには、あらかじめ隠しカメラが設置してあった。何のためかといえば、まさにこの状況を見たいがためである。
「なによ、あれ。ベジータったら、トランクスは仔猫じゃないのよ。仮にも自分の息子に対して、もうちょっとマシな扱い方できないのかしら」
我が子への扱いにブルマは文句を言うが、それでもリビングへ戻ろうとはしなかった。
いつになってもトランクスと正面から向き合おうとしないベジータに対し、無理にでもそういう機会を作ってしまおうという、今回の作戦。その様子を是非とも見たいという好奇心から決行された一家による策略は、見事に成功した。そして、父子の交流が目の前で実現したのだ。
「余計な心配はいらなかったようだな」
「そうね。ちゃんと応対しているみたい」
ブリーフ博士と妻は、その様子に目を細める。
「『ちゃんと』っていうの? あれ」
ブルマは首を傾げながら、それでも息子の相手をしている男を見直した。
「親子で楽しそうに遊んでるじゃないか」
「ウフフ。トランクスちゃんったら嬉しそうね」
両親の目に映る印象と、ブルマの受けた印象は若干のずれがある。
「…っていうか」
ブルマはモニター内の光景を眺めながら、告げた。
「ベジータがトランクスに遊ばれてるんじゃないの?」
教育方針
地球がセルの脅威から平和を取り戻して半年が過ぎようとしていた。西の都のカプセルコーポレーションでも、穏やかな日々が流れている。宿敵の死で目的を喪失した男はここにいることを選択し、トランクスは毎日すくすくと成長していた。
日々の鍛錬を欠かさないベジータは、今日も重力室でトレーニングに汗を流す。昼になって体内時計が正確に空腹を訴えれば、階下へ向かった。ダイニングルームに足を踏み入れると、ブルマはトランクスをあやしている最中。
「おい、メシは」
「あ、ベジータ。いいところに」
今日は両親が出かけているため、食事を用意するのは彼女の役割だった。自分の食べるものはあるのか訊こうとした男を遮って、一方的に話を進める。
「ねえ、見て。トランクスったら」
完全にこちらの話を聞いていない。こんなときはなにを言っても無駄だと承知しているので、ベジータは無抵抗に息子を見た。
「ほら、トランクス。さっきの、もう一度言ってみて」
少し前から言葉を喋るようになっていたトランクス。最近になって、初めてちゃんとした単語を口にした。その言葉が他を差し置いて「まんま」だったことは、さすがに笑うしかなかった。食欲旺盛なサイヤ人の血だ。そのトランクスが、それ以外の言葉も発するようになったらしい。
「…お、かあ…しゃん」
放たれた単語に、彼女はよくできましたとばかりに息子を抱きしめる。
「可愛いでしょ?」
我が子の成長を感じ、ブルマは満面の笑みを浮かべた。腕の中の息子をベジータに向け、当たり前に同意を求めるものの、素直に頷くような男ではない。フンと鼻で笑いながら顔を背ける。
「どこがだ」
「さっきは『じいじ』『ばあば』と言ったのよ。ちゃんと教えれば、すぐ『おじいちゃん』『おばあちゃん』と呼べるわ。とうさんたちが帰ってきたら教えてあげないと」
「それより、オレのメシは…」
ガキが言葉を話したくらいで、なにを大仰にしているのか。内心で思いながらも、それを口に出すことはしなかった。
ここに暮らす平凡な日々にあって、一日ごとに成長していく息子の存在。それを目の当たりにしていると、少なくとも悪い気はしない。同じことの繰り返しに思える毎日でも、まるで同じじゃないことを教えてくれる。女と息子がそばにいる日常を、当然だと受け容れている自分がいた。
そんな心裡など露知らず、彼女はトランクスに向かって話しかけている。昼食のことを訊いた男の声は届いていない。ベジータを指差し、「あれはだあれ?」と息子に訊ねた。
トランクスが父親譲りの眼差しでベジータを凝視する。純粋な瞳で見つめられ、男は反射的に怯んだ。たかが一歳を過ぎたくらいのガキ相手に…とも思うが、あの眼がなにを思いながら自分を瞳孔に映しているのかと考えると、複雑な胸中にならざるを得ない。曲がりなりにも、自分はあれの父親だ。ベジータが密かに葛藤している中、トランクスは口を開く。
「……べじーた」
暫時の静寂。男と彼女は、挙動も思考も停止していた。当の本人はといえば、平然とそう呼んだ相手を眺めている。空白の沈黙を破ったのは、耐え切れなくなったブルマからもれた笑いだった。直後、精神が凍りついていたベジータも正気を取り戻す。
彼女は辛うじてトランクスを椅子に座らせたあと、お腹を抱えて爆笑した。ブルマが普段から呼んでいた呼称を覚えていたせいで、ベジータを名前で呼んでしまったらしい。笑いが止まらない彼女に対し、男の額には青筋が浮かぶ。
「笑うな!」
「だって…お、おかしすぎるんだもん」
怒気を隠そうともしないベジータに、ブルマは涙目で机を叩いた。プライドの高い王子様が、一歳弱の息子から呼び捨てにされるなんて。これが笑わずにいられようか。いられるはずない。
この状況を引き起こしたトランクスはといえば、キョトンとした表情で爆笑する母親と、怒りに顔を引きつらせた父親を眺めている。
「おまえがちゃんと教えておかないから、こういうことになるんだろうが。ガキの教育ぐらい、母親ならまともにやってみせろ。どうしてこのオレが、歯も生え揃ってないようなガキに…」
苦々しい顔でぼやくベジータに、ブルマは笑いをこらえながら問いかけた。
「なんて?」
「なにがだ?」
「だから、なんて教えればいいの? あんたのこと」
改めて問われると、すぐに明確な答えを返せない。そういう普通のことに慣れていない男には、あっさり言えないこともある。
「そのガキが…トランクスがオレのガキなら、あるだろう? それに適した呼び方が」
渋い口調で告げながら、ベジータは未来からやってきた息子を思い出す。十七歳になっていた未来の息子は、自分のことを『父さん』と呼んでいた。呼び捨てにしたこのガキに比べると、あれのほうがまだ可愛げがある。この生意気なガキには、しっかりした教育が必要のようだ。
「じゃあ『パパ』にする? それとも『父上』とか?」
ベジータが気難しい顔で考え込む中、ブルマは半笑いで候補を挙げた。完全に遊ばれているのを実感した男は、仕方なく「普通でいい」と呟く。
「普通って?」
「おまえが呼ばれている呼称の対義語でいいと言ったんだ」
捨て鉢になって言い放つと、歩いて食卓の椅子に座り込んだ。こんな話でいつまでも遊ばれるのは御免だ。
「さっさとメシを出せ」
キッチンから料理の匂いはするので、あとはこちらに運んでくるだけらしい。不愉快な空気を脱するため、怒気をあからさまに促す。
「はいはい、わかったわよ。ホント、食べることしか能がないんだから」
ブルマは息子を幼児用の椅子に座らせた。
「ちょっと待ってて、トランクス。すぐにお昼ごはんを用意するからね。それと、あれは『おとうさん』っていうのよ」
男を指しながら言い聞かせる。トランクスが理解したのかどうか不明だが、とりあえず「あー」と返事をしていた。
やがて料理が食卓に並び、眉間に皺を寄せたままベジータは食事に手を伸ばすが、自分と息子を交互に見てはもれるブルマの笑いが癇に障る。どうしても、あの衝撃が頭から離れないらしい。
「……おい。いい加減、その笑いをどうにかしろ」
不機嫌なまま食事をしたくはない。こんな状態ではメシがまずくなる。
「だって」
これでも抑えている彼女としては、どうしようもなかった。男と息子の顔を見ていると、自然に笑いが起こってくるのだ。そんなブルマに、ベジータの腹立ちは収まらない。
「なら、止めてやろうか?」
最後の皿を食卓に置いた彼女は、怪訝な顔で男を見る。
「どうやって?」
このときブルマは、ベジータが腕を伸ばせば届く距離にいた。彼女は次の瞬間、実力行使でその笑いを止められる。力任せに引き寄せられ、唇を塞がれた。
このとき、二人の姿をじっと見つめていた存在がそこにいたのだが、どちらもそのことに気づかない。無垢な双眸を向けるトランクスが、小さく言葉を呟いたことにも。息子の存在を忘れた短い時間、両親はその単語を聞き逃す羽目になった。
のちに、自分への呼称が「おとうさん」から「パパ」に変わったとき、ベジータはこの件を回想し、呼び捨てよりはましだと容認する。ブラが生まれたときには、トランクスが「パパ」と呼んでいたため、娘は何の問題もなく「パパ」という呼称を自然に覚えることとなった。
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ベジータ×ブルマ、セル編後のエピソード。
ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。
B6判 / 094P / \200
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