No.803301

「PLANET JOURNEY」

蓮城美月さん

それぞれの子どもたち(二代目こばやしーず)中心の物語。
ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。
B6判 / 082P / \100
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2015-09-20 18:51:33 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:594   閲覧ユーザー数:594

◆CONTENT◆

 

未来のカタチ

2nd Season

to be happy

My Wish…

Little Valentine

ぼくたちのプロローグ

 

2nd Season

 

 

Part‐1 年中行事?

小林家の朝は、吹雪の怒声で始まる。

「こら、翔吾! 早く起きなさい、遅刻するわよ!」

三軒先の家まで聞こえそうな大声だ。だがそれでも、布団の中に潜っている敵は起きる気配を見せない。業を煮やした吹雪は、強行作戦に打って出る。身を覆う布団を思い切り引きはがした。

「いつまで寝てるつもり。さっさと起きなさい!」

布団を取られて、少年はようやく起き上がる。小林翔吾、九歳。元気な野球少年だが、寝起きが著しく悪い。多忙な吹雪の朝の仕事において、これが最大の難関だった。息子を起こす作業に比べたら、朝食の支度も洗濯もさほど労力ではない。

「なにするんだよ、母さん」

安眠を妨げられた翔吾が不満そうに呟く。仁王立ちの吹雪は、枕元にある目覚まし時計を寝ぼけ眼の息子に押しつけた。

「今、何時だと思ってるの!」

「…うわ! やべえ!」

目を見開いて現在時刻を認識した翔吾は、眠気を一気に振り払った。

「もっと早く起こせよ、吹雪」

慌ててパジャマを脱ぎ捨てながら、翔吾は吹雪に文句を言う。

「何度呼んでも起きなかったのはアンタでしょ。それに、親を呼び捨てにするんじゃないの!」

生意気な口を利く息子の頭を軽く叩くと、吹雪はため息をついた。毎朝毎度、疲れる作業だ。

(ホント、だれに似たんだか…)

吹雪は自分の子どもの頃を思い出した。自分はこんなに寝起きは悪くなかった。むしろ早起きだった。ということは、息子の寝起きの悪さは父親に似ているのだと、心の中で思った。

 

「朝から元気だね、お母さん」

その頃、階下のキッチンでは少女が朝食を食卓に並べていた。小林栞、七歳。兄と違って早起きで、毎日朝食の支度を手伝っているしっかり者だ。学校でもその器量のよさは発揮され、委員長としてクラスを仕切っている。男子にも恐れられている勝気な少女だった。

「…寝起きが悪いからな、翔吾は」

バツの悪そうな健吾が、二階を見上げながら呟く。自分もあの年頃は、翔吾と同様寝起きが悪かったので、息子のことをとやかく言えない。

「はい、お父さん。お味噌汁」

「ああ、ありがとう」

吹雪が翔吾を起こしに行っている間、栞は食卓を完璧に整えていた。家族全員の朝食が整然と並べられている。この娘は間違いなく母親に似たのだと、健吾は思った。

 

階段を駆け下りてきた翔吾が食卓に現れると、場は一気に騒がしくなる。

「翔吾、先に顔を洗いなさい!」

翔吾は吹雪の言葉など筒抜けのように冷蔵庫へ直進する。そして扉を開けたまま、牛乳をガブ飲みしていた。

「あ! 翔吾、アンタはまた!」

「ちょっとくらい、いいだろ」

吹雪と翔吾の会話が飛び交う。その騒々しさにも、残りの二人は至ってマイペースだった。翔吾が朝食を食べ終える頃には、健吾と栞は玄関を出る寸前になっていた。

「あ、健吾。今日は帰るの、何時頃?」

玄関先まで送りにきた吹雪が、珍しく帰宅時間を確認する。

「さあ…。いつもどおりだと思うけど」

答える健吾の隣で靴を履く栞が、今日が何の日だったか思い出す。

(お父さん、忘れてるんだ…)

「ふうん……」

健吾の味気ない返事に、吹雪は面白くなさそうな顔。

「なにかあるのか?」

「ううん。聞いてみただけ」

訝しそうな様子に笑ってごまかした。落胆を表に出さないように努力しながら。そもそも健吾に期待するほうが間違っていたのだと、自分に言い聞かせる。健吾が憶えていたのは、最初の三年間までだった。それ以降は帰宅したあと豪勢な夕食を見て、理由を訊く始末。吹雪が不機嫌そうに教えると、しまったという表情で謝る。それがここ数年繰り返されてきた光景だった。

(ダメだな、お父さん)

両親のやりとりを眺めながら、栞は内心で呟いた。

「お兄ちゃん。先に行くからね」

そろそろ家を出る時間なので、まだ準備のできていない兄に向かって叫ぶ。

「ちょっと待てよ、栞」

家の中から翔吾の声が聞こえたが、栞は気に留めずに歩き出した。

「いってきます」

栞が家を元気よく飛び出すと、健吾も時計を見て家を出る。

「いってらっしゃい」

「あ…ああ。いってきます」

吹雪の微妙な笑みに、健吾は頭を悩ませていた。今日、特別な予定でもあったかなと思案する。そんな夫を、吹雪は諦め半分で見送った。

(まあ、わかってたけどね…)

そういうことに関して鈍い健吾だ。今年も教えられるまで、すっかり忘れているだろうと吹雪は思った。けれど、せっかくの記念日なのだから、いつもどおりお祝いはしようと前向きに考える。今夜は腕を振るって豪華な料理を作ろう。だって今日は十回目の記念日だから。

 

「お父さん」

家から少し歩いた路上で、栞はあとから来た健吾に声をかけた。

「どうした?」

「今日、何の日か憶えてる?」

「えっ?」

唐突な娘の質問に、健吾は難しい顔をして考え込む。

「耳貸して、お父さん」

まるで思い浮かばない様子の健吾に、栞は呆れた表情。これは家庭円満のためにも、助け舟を出しておかなければと思った。

「今日は――――でしょう?」

「あ!」

背の高い健吾をしゃがませて、栞は一言耳打ちする。娘に教えられて初めて、そのことを思い出した。

「忘れちゃダメだよ、お父さん」

「ごめん。でも、教えてくれて助かったよ」

健吾は大事なことを教えてくれた娘の頭を撫でる。吹雪が帰宅時間を聞いたのも、それが理由だったのだと納得した。

「今日は早く帰ってきてね。お母さん、ごちそう作って待ってるだろうから」

「そうするよ。ありがとな、栞」

「じゃあ今度の休み、遊園地に連れて行ってくれる?」

さすがしっかり者の娘なだけあって、ちゃっかり見返りを要求してくる。健吾は苦笑しながら、応諾した。

「約束だからね!」

「ああ」

「じゃあ、いってきます」

嬉しそうな笑顔で駆け出した娘の後ろ姿を見送ると、健吾も早足で仕事に向かった。

 

――――今日は記念日。とっておきのごちそうでお祝いしよう。

今日までの感謝と、未来に続く日々への祝福を。明日からもよろしくね。

小林家は、今日も平和です。

 

 

Part‐2 パパは主婦?

キッチンから朝食を準備する音が聞こえる。いつものように小気味いい音が…。

「パパ、どうしたの? 朝ごはんは?」

微妙に不協和音と化しているその音を不審に思っていると、燕が落ち着かない様子でリビングを歩き回っていた。いつもならエプロン姿で朝ごはんを作っている父親に、少女は首を傾げる。

小林奏(かな)、七歳。燕とあげはの一人娘。外見はあげはに似て美少女だが、中身も一部を除いてはあげは似という、ある意味恐ろしい少女だ。学校では控えめでおとなしい少女と思われているが、実は猫をかぶっている。容姿がいいので男子に人気はあるが、実は男子全員に点数をつけてランク付けをしているのだ。今のところ、クラスに奏の合格点を与えられる男の子はいなかった。

幼なじみの翔吾と光輝はいい線をいっているのだが、翔吾は野球バカだし、光輝は胡散臭いので合格点には一歩及ばない。奏にとって一番重要なことは、男は家事万能でなければいけないという鉄則だった。母親譲りで不器用な奏は、家事一切が苦手だ。なので、理想の男性は燕のように家事のエキスパート的な男の人なのだ。

「それが…今日はわたしが作るって急に言い出して…」

奏の問いかけに、燕は困惑気味に答えた。

「…大丈夫なの? ママに任せて」

不安な面持ちで奏が言う。奏も、あげはの料理の腕は嫌というほど知っている。

「手伝おうかって言っても、聞き入れてくれなくて…」

心配顔で燕が呟く。新婚当初は毎朝キッチンに立っていたあげはだが、いつの間にか燕が作るのが当然と化していた。妻としても母親としても、このままではいけないと一念発起したらしい。

「時間、間に合うかな?」

あげはが奮闘しているキッチンに視線を送る。燕も気がかりな様子で時計を見た。

「パパ。明日はいつもどおりパパが作ってね」

呆れ半分で奏がそう言ったとき、キッチンから派手な音が響いた。

「だ…大丈夫ですか?」

燕と奏が顔を見合わせ、慌ててキッチンに駆け込んだ。あげはが泣きそうな顔で立ち尽くしている。現場はかなり悲惨な状態だ。みそ汁は鍋からあふれ、フライパンには丸焦げの卵焼き。まな板の上に散らばる野菜と思しきものの数々。調味料は散乱し、床にはボウルや鍋が転がっている。

「怪我はないですか?」

落ち込むあげはを宥めキッチンを片付けた燕は、なんとか簡単な朝食を作り上げた。

「ママ。ママは、料理ができなくてもママなんだからね」

奏が意気消沈のあげはを励ます。今朝の騒動のせいで、燕も奏も遅刻寸前で学校に滑り込んだ。

 

大半があげは似の奏だが、一点だけ燕の血を濃く受け継いだ部分があった。それは――――。

「パパ。今から歌番組見るんだから、チャンネル変えないで!」

「ワタシだって見たい番組があるんですよ!」

奏は、某アイドルグループの熱狂的なファンだった。夜になると必ず、燕とテレビのチャンネル争いを繰り広げている。燕は言うまでもなく、いまだにアイドルおたくである。二人の次元の低い争いを、あげはが呆れ顔で眺めていた。

(付き合っていられないわ…)

 

こちらの小林家は、それでも毎日平和です。

 

 

Part‐3 罠師、再来?

「ラッシー、散歩に行くよ」

少年の朝は愛犬の散歩から始まる。小林光輝、八歳。千尋の一人息子だ。外見も内面も千尋によく似ている男の子だった。日課であるラッシーの散歩は欠かしたことがない。

ラッシーは光輝が幼い頃、家に来たコリー犬だ。散歩を終えて家に帰ると、母親がおかえりと声をかける。光輝が食卓につくと、千尋はそこで新聞を読んでいた。

(…もう風邪、治ったんだ)

光輝は千尋の様子を伺った。ここ数日、千尋は季節外れの風邪にかかっていたが、どうやら治ったらしい。風邪を引いている間の父親が変だと気づいたのは何歳の頃だったか。熱があっても顔に出ないので、見た目には分かりにくい。だが明らかに行動がおかしいので、光輝は戸惑ったものだった。千尋は光輝とラッシーを真顔で間違え、とにかく言動が異常なのだ。

その話を千尋の友人に聞かせると、揃って苦笑した。まだ治ってないんだと、笑いを必死にこらえていた。風邪引きの千尋には近寄らないことだと忠告されたが、同じ家に住んでいるのだから、それは無理な注文だ。

だけど、例外もあったりする。風邪の最中、正常に戻っているときもあるのだ。その特効薬と言うのが光輝の母親だった。彼女が現れると、どんなに言動がおかしくても千尋は一瞬で元に戻っている。その発見をしたとき、光輝は思わず笑い出してしまった。

(お父さんって………)

とても興味深い人だと、光輝は千尋を評した。

 

父親に似て美形な光輝は、勉強もスポーツも無難にこなす。学校では女子の注目の的、人の視線を自然に集めてしまう存在だった。優秀さを鼻にかけることはなく、クラスの中でも頼りにされている。多少裏表はあるが、親しい人以外にそれを気づかれることはない。目的を達成するために最も効率的な手段を講じ、この年齢から将来設計を描いている…末恐ろしい子どもだった。

光輝の当面の目的は、パソコンを手に入れることだ。母親に打診すると「お父さんがいいって言ったらね」と答えたので、千尋を懐柔する策に思考を働かせていた。なにかいい手はないかと思案していると、先日幼なじみの奏の家で耳にした話を思い出した。これは使えるかも…と巧妙な作戦を練ってから、千尋に話を持ちかけた。

休日の夕刻。母親は夕食の買い物に出かけていて不在。千尋はリビングでコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。その傍らには、ラッシーが気持ちよさそうに眠っている。

「お父さん。僕、この間奏ちゃんの家で面白い話を聞いたよ」

千尋の斜め向かいに座って、光輝は切り出した。

「なにを?」

「お父さんの高校時代の罠の履歴。たくさん教えてくれたんだ」

無邪気を装う光輝の台詞を聞いて、千尋は口に運んでいたコーヒーにむせてしまった。

「…だれに聞いたんだ? そんなこと」

「奏ちゃんのお母さんだよ。いっぱい話してくれたんだ」

考えれば当然だった。千尋の不利になることを吹聴するのは、あげはしかいない。千尋は複雑な表情で頭を抱えた。父親の権威などに頓着しないつもりだったが、実はそうではなかったらしい。

「手間暇かけて、よくあんなことやってたわねって言ってたよ」

「………それ、お母さんに話したか?」

千尋は息子に質問した。最大の不安はその点だったから。

「ううん。まだ言ってないよ」

「そうか」

ほっと安堵の息をもらす千尋。

「言っちゃいけない? すごく面白い話ばかりなのに」

光輝は想定したシナリオどおりに話を運んでゆく。

「そんなこと聞かされても、つまらないだろう」

「そうかな。お母さんも、お父さんの高校の頃の話、聞きたいと思うけどな」

遠まわしな表現では納得してくれない息子に、千尋は考え込んだ。

「…頼むから、お母さんには黙っててくれないか?」

意図した台詞を引き出した光輝は、心の中で会心の笑みを浮かべた。

「黙っていてもいいけど…僕、欲しいものがあるんだ。出資してくれない? お父さん」

含み笑いの要求に、千尋は言葉を失った。

(…だれに似たんだ?)

大きな疲労感が千尋を襲う。どうやら息子は自分以上に曲者のようだ。これでは将来が思いやられると、ため息をもらした。新しい罠師誕生の瞬間だった。

 

夕食時、父子の様子は明暗分かれていた。光輝は上機嫌な笑顔、千尋は対照的に疲れた表情。

「お母さん。お父さんがね、パソコン買ってくれるって」

肩を落とす千尋を尻目に、光輝は母親に報告する。彼女は意外そうな顔で、千尋を見た。視線で事実関係を訊ねている。千尋が力なく頷くと、彼女には大体の事情が呑み込めたようだ。

「よかったわね、光輝」

この場ではそれ以上言わず、彼女は光輝に微笑んだ。

 

そんな光輝がただ一人侮れない人、それは母親だった。その夜、光輝の部屋に現れて、あることをささやいた。

「光輝。あまり、お父さんをいじめちゃだめよ?」

図星を指されて、光輝は言葉に詰まった。母は優しく頭を撫でて、おやすみと部屋を出て行く。彼女の勘の鋭さにはいつも驚かされる。光輝が唯一、嘘のつけない相手だった。彼女に隠し事をしてもすぐに見抜かれる。

(さすが、あのお父さんが選んだだけのことはあるな…)

漠然と思いながら、光輝は母に感心していた。そして、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

罠師がすくすくと成長中ですが、こちらの小林家もそれなりに平和です。

 

ぼくたちのプロローグ

 

――――子どもの頃に見た景色を、ぼくたちはいつまで憶えていられるだろう。

なにもかも新鮮でまぶしく見えていた、たくさんの時間たち。

いつかぼくたちが大人になっても、ずっとずっと忘れないでいたいと、

心から…願って――――

 

「じゃあ、買い物に行って来るから。アンタたち、ちゃんと勉強してるのよ」

吹雪の忠告に、子どもたちは口を揃えて返事をした。

「はーい」

素直に答えた四人を、それでも疑わしそうに見てから吹雪は階段を下りていく。

「疑り深いな、母さんは」

吹雪の足音が遠ざかってから、翔吾はため息混じりに呟いた。

「それだけ信用がないってことだろ」

光輝が涼しい表情で言う。

「だよね。お兄ちゃん、喋ってばかりで、全然進んでないんだもん」

栞が呆れたように兄を見た。

「勉強に関しては厳しいよね。翔吾クンと栞ちゃんのお母さん」

奏が自分の家と比較しながら話す。窓からそよ風が流れていく、とある夏の日。小林家の二階の子ども部屋で、四人は顔を揃えていた。

夏休みに入って十日あまり。彼らは毎日を宿題に追われながら過ごしている。宿題なんて後半に一気に片付けると翔吾は言ったのだが、その言葉がいかにあてにならないかを身をもって知っている吹雪は、あっさりとその提案を却下した。どうせ夏休みの大半を遊ぶだけ遊び倒して、九月直前になってから手伝ってと泣きついてくるのだ。

去年と同じ轍は踏まないと決めた吹雪は、夏休み初日から子どもたちの勉強会を開き、宿題をさせている。おかげで毎年八月末まで手つかずの翔吾の宿題も、粗方片付きつつある。だが、当の本人はたまったものではない。平日の午前中から机の上で勉強ばかりしていると息が詰まる。外に出て野球ができず、鬱憤が溜まっていた。

「早く思い切り遊びたいな」

「そう思うなら、この宿題を早く終わらせることだな。せっかく、おまえのお母さんやオレが教えてるんだから」

問題集から顔を上げ、両肩をほぐす翔吾。そのぼやきに、光輝は淡々と告げる。四人揃っての勉強会。子どもたちだけでは進捗が遅いだろうと、解けない箇所は吹雪が教えてくれていた。吹雪が忙しいときは、光輝が自分の宿題の手を止めてアドバイスしている。

「うるさい、光輝。大体、どうして四年生のおまえに、五年生のオレの問題が解けるんだよ」

一学年上の翔吾は、自分がうなる問題を容易に解いてしまう光輝が面白くない。

「勉強は、人より先に進んでおく分には無駄にならないからね」

爽やかな笑顔を浮かべる光輝に、女の子二人は感嘆の声。

「すごい、光輝クン」

「お兄ちゃんも少しは見習えば?」

奏と栞が口々に言う横で、翔吾は「カッコつけやがって」とむくれていた。

「わたしは宿題終わらせたら、パパとママがどこかへ連れて行ってくれるから。頑張ってるんだ」

「いいな、奏ちゃん。ウチはそんなこと言ってくれないよ」

「父さんと母さんに頼んでみるか、栞」

「それならちゃんと宿題終わらせてよ、お兄ちゃん。四人の中で一番遅いんだから」

「これくらい、すぐに終わらせてやるよ」

いつの間にかケンカになりつつある兄妹。話の論点がずれたことに気づき、本題に戻る。

「光輝。おまえの家は、どっか行く予定あるのか?」

「僕は一週間、北海道って決まってるよ」

「いいな、北海道」

「わたしも行ってみたいよ」

「お母さんの叔母さんがペンションを経営しているから、その手伝いだよ。遊べるのは半分だけ」

羨ましがる栞と奏に、光輝は丸ごとバカンスではない実情を打ち明けた。

「でも、そういう大きなお出かけじゃなくて、近くでできる…探険みたいなこともしてみたいな」

「奏ちゃん、それ面白そう。光輝クン、お兄ちゃん、いいと思わない? 大人に内緒で、四人だけで出かけるの」

奏の発案に、栞が元気よく同意する。

「楽しそうだね」

「でも、オレたちだけでどこに行くんだよ。金もないのに」

常識的な発言をした翔吾に、光輝は肩をすくめた。

「バカだな、翔吾。お金を使わずに済む範囲で、だけど子どもだけでは行けそうもない場所。そういう場所を目指して行動することに意味があるんだ。ただ型にはめられた毎日を味気なく過ごすのではなく、自分で考えて行動することに価値がある。好奇心さえ失くしてしまいそうなこんな時代だからこそ、自己を確立するための手段として、自分たちだけでどこまでやれるかを、大人にわかってもらうんだ。自立のための第一歩だよ」

「また難しいこと言いやがって。結局答えになってないだろ。どこに行くのか考えてるのかよ」

理屈を並べ立てる光輝に業を煮やし、挑発気味の翔吾。

「もちろんだよ。僕たちの家から離れ、そこへ行く意義もある場所」

「どこなの?」

「教えて、光輝クン」

自信満々に語る光輝に、栞と奏は目を輝かせる。

「――――向日葵高校」

「パパの職場だ。昔、ママも通ってたところ」

「父さんと母さんの出身校でもあるよな?」

「そうだったね」

「加えて、ウチの父親と大和。彼らの思い出の場所だよ」

それぞれの両親が時を過ごした場所に、子どもたちは興味を抱く。

「でも、そこまでの行き方が…。わたし、ママと何度か行ったことあるけど憶えてないよ」

「大丈夫だよ。僕が道順、憶えてるから」

前に一度、向日葵高校の近くを訪れたことのある光輝は確証を持った口調。

「じゃあ、決まりだな」

「みんな絶対、大人に気づかれないようにしようね」

「お兄ちゃんは特に気をつけてよ。嘘をついたら、すぐ顔に出るんだから」

妹の警告に、兄は返す言葉がない。意思が揃ったところで、光輝は笑みを浮かべながら言った。

「僕たちの冒険、だね」

 

「翔吾クン、栞ちゃん。こっち!」

道を走ってくる二人に、奏は手をあげた。集合場所となったバス停に、翔吾と栞が息を切らせながら駆け込む。計画実行当日。子どもたちは口裏を合わせ、家を出ることに成功していた。

「遅くなってごめんね。お兄ちゃんがもたついて」

謝る栞に、翔吾は頬を膨らませる。

「そんなことより、ほら。バスが来たよ」

兄妹で揉めそうなところへ、光輝の冷静な声が割って入った。途端に、秘密の探険への期待が高まり、胸をワクワクさせる。四人は揃ってバスに乗り込んだ。

今日のお出かけの名目にした、自由研究のテーマを探すこともしておかなくてはいけない。二番目のバス停で降り、博物館を足早にめぐる。そして、これからが本日の趣旨だ。散策しながら向日葵高校へ向かう。ただ行くだけではなく、周囲のあらゆるものを観察しながら。

初めて通る道を好奇心で進んでゆく。翔吾がどうしてもと言い張るので先頭に翔吾、女の子二人が続き、一番後ろの光輝が道を指示していた。

「翔吾。その角、右」

「わかってるよ」

「お兄ちゃん、よく道を間違うから心配」

「あ、ウチのママも、大人なのによく迷子になるんだよ」

話に花を咲かせていると、四人はいつしか向日葵高校にたどり着いていた。

「――――ここだ」

翔吾が呟くと、彼らはその風景を心に刻む。正面に校舎が並んで建ち、向こうには体育館とグラウンド。自分たちの親が過ごした思い出の場所。それを前にして、感慨深く見入っていた。

「せっかく来たんだから、中に入ってみようぜ」

「だれかに見つかったらどうするの」

「今日、ウチのパパ来てるよ。見つかったら大変」

翔吾の提案に、栞と奏は及び腰。

「見つからなきゃ平気だって」

「夏休みで人も少ないし、見つかったら逃げればいいんじゃない?」

光輝が賛成に回ったことで、栞と奏も向日葵高校潜入に同意した。

 

彼らは校舎内を探険していく。職員室に数人の教師がいるだけで、あまり人は見当たらない。それでも四人は、まるで探偵のような挙動で廊下を移動していった。

「あ、この教室」

栞がある教室の前で立ち止まる。三人も足を止め、クラスの表札を見上げた。

「2‐A」

光輝が扉を開けると、整然と机が並んでいる。ここが、彼らの親たちのはじまりの場所なのだ。それぞれおもむろに席につく。

「わたし、この席」

「オレはここ」

「じゃあ、僕は…」

光輝は一人、教壇に上がった。

「光輝。おまえ、ずるいぞ!」

「みんな席に座ってるんだから、僕が担任だよ」

抗議する翔吾を、光輝はまったく相手にしない。

「出席をとります。小林翔吾」

「…おう」

「返事は『はい』だよ? 小林君」

ふて腐れた態度の翔吾に、光輝は笑みを浮かべて指導する。

「わかったよ。はい、来てます」

仕方なく答える翔吾。

「小林奏」

「はーい」

「小林栞」

「はい」

2‐Aの生徒気分を存分に味わうと、彼らはまた探険を続けた。音楽室に生物室など、さまざまな教室を見てまわる。大抵は鍵が閉められていたが、窓から様子を伺って想像を膨らませた。

窓が開いていたので、図書室にこっそり忍び込む。たくさんの種類の本を興味深そうに見上げる四人。光輝は本棚をまわっていき、翔吾はスポーツジャンルの棚の前で座り込み、奏は家庭科関係の書棚を眺め、栞は数学の本をめくっていた。

奥めいた、人があまり立ち入らないような棚を見ていた光輝は、その片隅にあった、埃だらけの古びた本に目が留まる。妙に気になって、その本に手を伸ばそうとした。

「光輝。そろそろ行くぞ」

翔吾の声で我に返る。

「あ…ああ」

その本を振り返りながら、光輝は三人のところへ急いだ。

 

「すごい数の向日葵」

中庭に出た四人を、向日葵畑が迎えた。彼らの背丈より大きな向日葵に圧倒されてしまう。

「ホントだね。奏ちゃん」

「ウチの庭にも咲いてるけど、ここまで大きくないな」

「ここは、太陽の光がたくさん当たるからだよ」

「――――そのとおりですよ」

光輝の台詞に続けて声が聞こえ、四人は飛び上がるほど驚いた。

「だ、だれ?」

怯えながら訊ねると、向日葵の太い茎の間から出てくる人影がある。作業着と麦わら帽子、首に巻いたタオルで汗を拭いている初老のおじさんだ。

「おや。キミたちは、ウチの生徒になるにはまだ早いようですが」

どう見ても小学生の彼らを見て、怪訝そうに訊く。

「あ…オレたち」

「わたしたち…」

「あの、その……」

三人が返答に困惑する中、光輝が堂々とした口調で釈明した。

「僕たち、夏休みの自由研究で『自分たちの住んでいる街を知ろう』っていうテーマを企画しているんです。街のどこになにがあるか調べて、生活マップを作ろうと思って。だから、この高校がどんなところなのかも詳しく知りたくて…。学校の人に無断に立ち入ってごめんなさい」

反省の表情で告げる。その口八丁に、三人は感心しながらも必死で首を縦に振った。

「なるほど、そうだったんですか。そういうことなら、自由に見ていってかまいませんよ」

おじさんの優しい笑顔に、彼らは安堵の息をもらす。

「おじさんは、向日葵の中でなにをしていたの?」

向日葵の間から顔を出した用務員に、栞は質問した。

「雑草を抜いていたんですよ。花木は水をやって草を刈り、しっかり手入れをしないと枯れてしまいますからね」

「この向日葵、毎年咲いてるの?」

「そうですよ。毎年、みんな元気に咲いてくれます」

「じゃあ、オレたちがこの高校に入る頃にも咲いてる?」

「キミたちは、将来この高校へ?」

問いかけた翔吾だが、口に出すと改めて自分の意思が明確になったらしい。

「オレ、絶対に向日葵高校に入る」

「わたしも」

「奏も頑張ってここに来たいな」

「僕もその予定」

各自、次々に決意を口にすると、用務員の口元もほころんだ。

「それは楽しみですね。この向日葵も、きっとキミたちを待ってますよ」

 

向日葵高校ではしゃぎ過ぎたせいか、彼らが校門を出た頃には陽が傾いていた。

「予定より遅くなっちゃったね」

「仕方ないだろ。みんな、探険に夢中になっていたんだから」

「早く帰らないと、お母さんに怒られるよ」

「じゃあ、近道を通って帰ろう」

そうして彼らは帰路についたのだが。

「あれ? この道、さっきも通ったよ」

「ホントだ」

徐々に薄暗くなりつつある道に、四人は困った様子で佇む。

「オイ、光輝。おまえ、道わかってるって言ったくせに、迷ってるじゃないか」

「…おかしいな。たしかこの方向だと思ったのに」

翔吾が声を荒げるが、他に対処のしようもなく、彼らは迷子になってしまった。

 

「あ、小林先生」

仕事を終え、職員室から出てきた燕に用務員が声をかける。

「校長先生」

「わたしはもう校長じゃありませんよ。ただの用務員」

「ああ、すみません。どうしてもまだ慣れないもので」

この春に校長職を退き、現在は用務員として向日葵高校を守っている前校長。長年の習慣はすぐには消えず、燕はつい校長先生と呼んでしまう。

「それで、ワタシになにか?」

「実は今日、夏休みの自由研究で四人の小学生が校内を見学に来ていたんですよ。みんなどこかで見たことがあるような気がしていたんですが、女の子の一人が、小林先生のお嬢さんに似ていたような気がして…」

前校長は中庭で会った四人の顔を脳裏に浮かべた。知っている気がする子どもたち。それがだれなのかはっきり思い出せなかったが、ここで燕と会って閃いた。燕は娘の写真を持ち歩いていて、何度か見せてもらったことがある。四人の中の一人は、その子ではないかと考えが過ぎった。

「まさか。ウチの娘は小学三年生ですよ。自宅からここまで、子どもだけで来れるはず…」

燕は口では否定しながらも、嫌な予感に襲われていた。たしかに子どもたちだけで来れるとは思えない。しかし、あの四人が揃った場合、なにを仕出かすか分からないのもまた事実だった。

「い…一応、家に確認してみます」

冷や汗をかきながら、燕は慌てて職員室へ戻っていった。

 

その頃小林家では、夕暮れを過ぎても帰ってこない子どもたちを心配して、親が集まっていた。当初はどこかで遊んでいるのだと思ったが、それにしても遅すぎる。公園などにも姿が見えないので、両親たちが連絡を取り合った。

すると燕からの電話で、彼らが向日葵高校に行っていたことが判明する。健吾の家に集合して、子どもたちを捜索することになった。おそらく帰る途中で迷子になっているのだろう。

「どうして、向日葵高校へ行こうなんて思ったりしたのかしら」

吹雪が首を傾げながら呟くと、千尋が推測を口にする。

「よくオレたちの話に出てくるから、実際に見てみたくなったんだと思うよ」

「でも、行き方も憶えてもいないだろうに、どうやって…」

彼らはまだ小学生で、一度近くを通りかかったことがあるだけの場所へ、どうしてたどり着けたのか、大人には疑問だった。

「――――光輝。あの子が先導したんだと思います。あの子、一度行った場所の道順は、必ず的確に憶えているから」

彼女が控えめに発言すると、千尋は想像以上の息子の記憶力にため息をもらす。

「とにかく、手分けして捜さないと」

重くなりかけた空気を打ち破るように、あげはが言った。そして、みんなで手分けして子どもたちを捜しに行く。吹雪が家に残り、連絡役を務めた。

 

「ねえ。わたし、もう歩けない」

暗くなっていく道行きを四人は並んで歩く。道に迷い、歩き疲れた奏が嘆きの声を上げた。

「わたしも…。どうしよう、お兄ちゃん」

「そんなこと言ったって、帰らなきゃいけないんだから我慢しろ。オレだって疲れてるんだよ」

栞が泣き言を言うと、翔吾も珍しく弱音をもらす。

「ごめん。僕がどこかで道を間違えたんだ」

自分のせいでこんな状況に陥ってしまったことを謝る光輝。やがて、周囲は闇に包まれていく。月や星が空に光り、街灯もあるけれど、迷子になった子どもたちの目には、漆黒の闇に見えた。

「光輝クンのせいじゃないよ」

「ううん。僕のせいだよ。だって…僕、本当は――――」

慰める栞に、光輝はぎこちなく話し出したとき。

「おい。今、なにか聞こえなかったか」

翔吾が遠くから聞こえた声に気づく。そう言われて、他の三人も同様に耳を澄ませた。

「…クン、奏ちゃん、栞ちゃん!」

だれかが自分たちを呼んでいる。

「パパだ!」

父親の声に気づいた奏が、元気を取り戻し叫んだ。四人はほぼ同時に、燕の声が聞こえた方向へ走り出す。気力も体力も喪失していた先刻までが嘘のように。必死に自分たちを捜す燕の姿を見つけると、彼らは一直線に駆けていった。

 

――――こうして、ぼくたちの冒険は終わった。

 

「翔吾、栞。アンタたちね!」

家に帰った彼らは、両親からさんざん叱られた。翔吾と栞は、いきなり吹雪から怒号を浴びせられる。猛烈に怒る吹雪に、二人は身を縮めて謝るだけ。

「ごめん、母さん」

「心配かけてごめんなさい」

あまりにも落ち込んでしまった子どもたちに、健吾が間に入る。

「おい、もういいだろ。おまえたちも、充分反省したな?」

「うん」

「はい」

「好奇心が旺盛なのは悪いことじゃないけど、度を越さないようにしてくれ。おまえたちが無事に見つかるまで、オレたちがどんなに心配したか、それだけはわかってくれ。いいな?」

健吾が二人の頭を撫でると、緊張の糸が切れたように父親に飛びついた。強がっていても、本心はずっと不安だった。翔吾も栞も、その温かさに安心する。そんな子どもたちを見て、吹雪は仕方ないわねという面持ちで健吾と顔を見合わせた。

 

「奏!」

「奏ちゃん!」

両親から同時に呼ばれて、奏はバツの悪い表情で謝る。

「ごめんなさい。パパ、ママ」

「まったく。ワタシはまるで気がつきませんでしたよ、ウチの学校に来ていたなんて」

「奏。アンタはわたしに似て美少女なんだから、なにかあったらどうするの」

あげはは昔、その容姿から怖い思いもしてきた。娘にはそんな思いをさせたくないし、守るのが親の役目だとも思う。まだ母親としては未熟だろうけど、子どもを守るくらいはできなければ…と誓っていた。

「もうこんなこと、しないから…」

しきりに反省の色を見せる奏。その様子に、燕とあげはは安堵の息をもらした。

「…でも、無事でよかったですよ」

「こんな心配をかけるのは、今回限りにしてよ。奏」

 

「おまえが、すべての計画を立てたんだな?」

千尋が訊くと、光輝はまっすぐ頷いた。決して目をそらさずに、自分のしたことの責任の重さを充分すぎるほど感じている。それを聞いた彼女は、無言のまま息子の頬を殴った。

瞬間、驚いて母親を見ると、顔色が蒼白で今にも倒れてしまいそう。それでも気丈に、厳しい瞳を向けている。なにも言い返せなくなった光輝はうなだれた。そんな息子に、彼女は膝をついて目線を合わせる。そして両手が伸びたかと思うと、その身体を抱きしめた。

しっかり抱きしめられて、光輝は窮屈感を持ったが、母親の身体が震えていたことに気づいて、そのまま身を任せる。どれだけ神経をすり減らして自分のことを心配していたのか、身に沁みるほど伝わってきた。

「…ごめんなさい」

消え入りそうな声で呟いた。そして、自分が考えていたことを恥ずかしく思う。自分がこんなことをした理由、本当は――――。

「光輝。あまり自分を過信するなよ。万が一、なにかあったらどうする?」

「………うん」

千尋が語りかけると、光輝は素直に頷いた。

「おまえがこういうことをした理由…オレたちが見抜かないとでも思ってるのか。言いたいことや聞きたいことがあるなら、まわりくどいことをしないで、はっきりオレたちに言え」

俯いたままの息子の頭を撫で、千尋は優しい声で諭した。

 

――――いつか大人になったぼくたちは、この日を懐かしく思うときが来るだろう。

幼く、好奇心を抱き、なにも怖くないと思えていた少年時代。

大人になっていくごとに薄れていくとしても、この日だけはずっと憶えていたいんだ。

心の片隅に、輝ける時代の証として。ずっと…ずっと――――。

 


 
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