(七)
宴が盛り上がっていく中、一人の兵士が駆け込んできた。
「申し上げます!五胡の大軍が国境付近に現れました!」
盛り上がっていた宴が一瞬にして冷めていく。
「なんでこないな時にくるんや?」
呆れるように霞は言う。
「仕方ないですよ。向こうはこちらの都合で動いているわけではないのですから」
慌てているようにはまったく見えない風。
酔いが醒めていく中で華琳は声を高々に言った。
「すぐに出陣の準備に取り掛かりなさい。先陣は霞と秋蘭、貴女達に任せるわ」
「ほいさ。ほな先に行っとくわ」
「わかりました」
華琳の命令を受けて霞と秋蘭は素早く出て行く。
「稟、風。すぐに主戦場になる場所を策定しなさい」
「「はい」」
慌てることなく的確な指示を与える華琳を雪蓮は冷静な目で見守っていた。
「凪達は霞の後詰として出陣を」
「「「はっ(はいなの)(あいさ)」」」
凪、沙和、真桜も準備に取り掛かる。
瞬く間に宴の席は静寂が支配していく。
「あなた達には私と共に本隊を率いてもらうわ」
残った雪蓮と一刀にそう伝える。
「それはいいけど、こんな夜に遅くに兵が揃うのか?」
一刀にとってはもっともな心配だが、華琳からすれば無用な心配だった。
「あなた達に敗れたからといって腑抜けになるほど私は弱くないわよ?」
不敵な笑みを浮かべる華琳。
平和な世の中でも華琳は常に兵を鍛えていた。
それは五胡対策を主にしたものだが、呉蜀が平和に慣れすぎて政を疎かにするようなことがあれば、それを糾弾するための武力としていた。
「それよりも一刀。あなたの名前を借りるわよ」
「俺の名前?別にいいけど何をするんだ?」
「あなたの名前があれば兵の士気が上がるのよ。それに利用させてもらうの」
自分達を有利にするためには何でも使う。
かつては敵だった天の御遣いが自分達の味方としている。
そうすることで絶対数における兵力差の劣勢を少しでも補おうという狙いがあった。
「それよりも準備を早く済ませるわよ」
「ああ」
華琳に促されて一刀と雪蓮は彼女と共に部屋を出て行った。
一刻後。
すでに準備が整った魏軍およそ二万が一糸乱れず、彼らの王の指示を待っており、それに先立って一万の兵を率いて霞と秋蘭が出発していた。
「凄い……」
城壁の上から見渡すその風景に思わずそう言ってしまう一刀。
ここまで訓練の行き届いた軍は三国の中では間違いなく一番だった。
自分達がこの魏軍に勝てたのは偶然の産物ではないだろうかと一刀が思うほどだった。
「他の要所の守りもあるから今動かせるのはこれだけよ」
「思ったより少ないわね」
雪蓮の指摘に稟が答えた。
「三国の戦がなくなり、故郷に戻りたい者も多くいましたからその者達は除隊させました。それに大軍をいつまでも維持していれば呉や蜀に余計な警戒心を与えかねません」
外敵に対応できるだけの兵力さえあればいい。
また今回は十万の兵を西方一帯に配置しているが今手元に集められたのはその五分の一。
これでどうにもならなければ他の二国に援軍を求めれば済むことだと付け加えた。
「信頼されているのね」
「そう思わせたのはあなた達でしょう?」
ひどくおかしそうに笑みを浮かべながら華琳は雪蓮に言う。
「民を守り幸せにさせるのは力が全てだと思っていたけれど、負けて分かったことがあったわ」
「それは?」
「他人を信じること。バカバカしいと思ったけど今になってそれもいいかもしれないって思っているのよ」
圧倒的な戦力。
優秀な家臣団。
それらがあっても勝てなかった華琳はなぜ自分が天下統一を果たす事ができなかったか、三国共存後に考えた。
そして漠然とだが自分が言ったことにたどり着いた。
雪蓮と桃香はお互いを信じあい、強大な華琳と打ち破った。
「だから今は貴女や一刀を信頼しているわ」
もしこれで負けるのであれば自分の取った行動は間違いだったとし、元の自分に戻せばいいだけだと華琳は思っていた。
「申し上げます」
そこへ一人の兵士がやってきた。
「荊州に居られます荀彧様よりの報告で山越が呉に対して侵攻を始めた模様です」
「山越が?」
自分達の国でも騒乱が起こっていることに動揺する一刀だが、雪蓮は特に驚くわけでもなく平然としていた。
さらにそこへ幽州方面からも五胡の別働隊が侵攻してきたという知らせが入ってきた。
「どうやら今回は五胡も本気で潰しにかかるつもりね」
冷静に言ったのは華琳ではなく雪蓮だった。
前回の敗北から二年近く時間が流れている中で、五胡も利用できるものは何でも利用することを思いついたようだった。
「幽州には公孫賛が率いるの白馬義従を桃香に頼んで向かわせていたから問題ないわ」
雪蓮の正確な読みに同調する華琳もすでに手を打っていた。
「呉も大丈夫よ」
「で、でも蓮華達が危ないんじゃあないのか?」
負ける事はないだろうが、それでも不安がないわけではない。
ましてや得体の知れぬ異民族相手ならばなおさら不安になる。
「大丈夫よ。それに蓮華には王としての務めを自力で果たさせないとダメよ」
いつまでも自分を頼るのではなく王としての蓮華の成長を楽しみにしている雪蓮。
呉には冥琳や祭をはじめとする優秀で信頼できる仲間もいる。
多少の苦戦はするだろうが、蓮華達に任せておけば何も問題ないといった感じに一刀も不安に思いながらも納得した。
「それよりも問題なのはこっちね」
報告によれば五胡の軍は少なくとも五十万を超えていた。
対する魏軍は各地に兵力を分散しているために、先発した霞と秋蘭の一万と長安の守備隊を除く二万だけで対処しなければならなかった。
「蜀軍も動いているのか?」
「ええ。すでに五万のうち二万が動いているわ」
それを合わせても五万。
十倍の差があるため、苦戦は免れない。
だが華琳の表情は絶望とは無縁だった。
「聞け、我が兵士達よ!五胡は愚かにも数を頼りに我らに戦いをしかけてきた。少なくとも五十万の軍をすでに国境付近に集結させている」
さすがに五十万という数字に驚いたのかざわめく魏軍の兵士達。
「うろたえるな。ここで五胡の勢力を完全に叩けばもはや立ち直ることはありえない。よって全力でこれを迎え撃つ」
篭城などせず自分から攻勢に出ると言う華琳。
「幸いにもここに天の御遣いがいる。彼の者が我らに勝利をもたらしてくれる!」
華琳の言葉を聞いてさっきとは違うざわめきが起きた。
そして、
「「「「「おおおおおおおおっ!」」」」」
「「「「「あの天の御遣い様が味方なら勝てるぞ!」」」」」
二万の歓声が夜の長安に木霊する。
「さすがは天の御遣いね。その名を示しただけでここまで士気が上がるのは憎たらしいわね」
とても冗談のようには聞こえない華琳の言葉に一刀は苦笑いをするしかなかった。
「よってこれより我々は出陣する!」
「「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」」
五十万という数に怯えるものは最早いなかった。
天の御遣いが付いている自分達が負けるはずがない。
そういった自信が兵士達に伝染していった。
長安を出て十日。
冀城に到着した華琳率いる魏軍二万。
そこには先発した霞と秋蘭の他に蜀軍がいた。
「久しぶりね、馬超」
笑みを浮かべる華琳に対して睨みつけてくる馬超。
「安心しなさい。貴女の母上は今も洛陽で療養しているわ」
「……」
馬超は一礼をして背中を向けて自分の陣に戻っていった。
着いて早々、険悪な空気が流れていた中で雪蓮と一刀は何事だろうと顔を見合わせた。
そんな二人に華琳は苦笑いを浮かべる。
「昔の事よ」
そう言われても何のことか分からない二人だがそれ以上何も言わなかった。
「それよりも状況を教えなさい」
まるで何もなかったかのように霞と秋蘭から報告を受ける華琳。
すでに国境を越えて涼州の西半分を侵略されて守備隊も全滅。
「しかし一つ不審なことが」
「どうしたの秋蘭?」
「ハッ。これまでの五胡とはどこか違うように思えるのです」
秋蘭の言いたいことはこうだった。
前回までの五胡ならば数による力攻めをするだけだったが、今回に限っては妙に用兵を用いているように感じられた。
的確にこちらの弱点をついてきており、成すすべなく残兵をまとめてここにくるのが精一杯だったと。
「確かにそれは変ね」
数だけではなく用兵まで扱う五胡。
「しかしそうなるとここも危ないわね」
もし秋蘭の言うとおりであれば華琳達が冀城に来たことを知れば必ずやってくるはずだった。
「でもここを落とされたらまずいんでしょう?」
「そうね。どうしたらいいかしら?」
今までのやり方で勝てる保障が崩れ去り始めていることを感じる華琳と雪蓮。
そこへ凪達が駆け込んできた。
「か、華琳様、一大事です!」
「どうしたの?」
「ご、五胡の大軍がこちらに向かって来ます!」
「早いわね」
落ち着いているように見える華琳だが頬に汗が流れる。
「とりあえず全軍を城の前に集めなさい」
「「「「ハッ!」」」」
そう言って秋蘭達は指示を出すためにそれぞれの持ち場に向かう。
「稟、ここの食糧はどれぐらいもつか調べなさい」
「か、華琳様、まさかここに篭るおつもりですか?」
さほど大きくない冀城に篭っても五十万の大軍に囲まれればどうすることもできない。
蜀からの援軍を待つとしてもそれまで耐えられるかどうかも不明だった。
「念のためよ。それよりも早くしなさい」
「は、はい……」
稟は慌てて食糧を調べに行った。
彼女と入れ替わりに風がのんびりと歩いてきた。
「どうだった?」
「なかなか珍しいものを見てしまいましたね」
のんびりとした口調で風は報告を続ける。
「五胡の軍の中に『姜』という旗印がありましたね。どう見ても五胡の者ではないですよ」
「それってどういうことなんだ?」
一刀が風に問う。
「お兄さんに分かりやすく言うと五胡の中に風達と同じ匂いのする人がいるということですよ」
「同じ匂い?」
一刀はさらに顔をしかめる。
「同じ漢人ってこと?」
「そうなりますね」
特に変なことを言ったというようには見えない風。
「でも、それじゃあなんでそいつが五胡を率いているんだ?」
まったくもって説明がつかないだけに一刀の疑問は当然だったが、それを華琳はあっさりと切り捨てた。
「別に血が混ざってもおかしくないわよ。特にこの辺りはね」
異民族との交わりが深い涼州ではその血を受け継ぐ者が多くいた。
そしてその中から五胡に行き、三国に牙をむけることもないとは言い切れなかった。
「とりあえず、その者が五胡を動かしているのならば油断できないわね」
「そうですね。あと一つ気になることがあるんですよ」
「何かしら?」
「う~ん、できればお兄さんにだけお話したいのですが」
「俺?」
一体何のことなのだろうかと一刀は雪蓮と華琳を見るが二人も分からないといった感じだった。
「いいわ。雪蓮、兵の様子を見に行きましょう」
「そうね。一刀、変なことしたらダメよ♪」
それだけを言い残って二人は去っていった。
風はそれを何度も確認をして一刀の目の前に立った。
「それで俺にだけってなんだ?」
あの二人には聞かれたくないことでもあるのだろうかと思いつつ、風を見ているといつの間にか瞼を閉じて寝ていた。
「寝るな!」
「おお。あまりにも真面目に考えすぎたせいで思わず眠ってしまいそうでした」
どこまでもマイペースな風に呆れる一刀。
「で、何?」
「実はお兄さんにお願いがあるのですよ」
「お願い?」
(まさか側室にしてくれって言わないだろうな?)
「おお。それも魅力的ですね」
一刀の思考を正確に読み取って風はのんびりと言う。
「それは次回にして、実はその五胡にいる『姜』の姓を持つ人を救って欲しいのですよ」
「どういうこと?」
まだ要点が分からない一刀に風はゆっくりと説明をしていく。
今回の五胡の侵攻というのは実は予定されていたことだった。
密偵を放って情報収集をするのは軍師として当たり前の事であり、そこからもたらされた情報を元に自分達が有利になるようにする。
だが、それを何者かによって逆手に取られたという。
「そのことを華琳は?」
「たぶん知らないと思いますよ」
あの華琳ですらそれを知らないのにどうして風が知っているのか。
その疑問にも風は答えた。
「そう差し向けたのは風なのですよ」
「な、なんだって!?」
それではまるで裏切り行為ではないかと一刀は思った。
「危険を承知でしているのですよ。それもこれもその『姜』の姓を持つ人を救うためなのです」
そこまでして救う人物ならばどうして一刀の力が必要なのか。
「お兄さんが天の御遣いだからですよ」
つまり天の御遣いとしての自分の力が必要。
そこまで理解した一刀は問う。
「理由を教えてもらえるかな?」
「その人の母親を誤って死なせてしまったのですよ」
「死なせた?」
そこで初めて風の表情が暗くなった。
「華琳様と馬超さんとの戦いに巻き込まれたというところなのです」
「華琳と馬超さん?」
それを聞いて一刀は最初に華琳に会った馬超の様子がおかしいことに繋がった。
「そしてそれを恨み五胡に行ったのです」
「だから恨みを晴らさすために風が手引きしたのか?」
「その人を救いたいのですよ」
風は一刀の手をそっと握った。
「華琳様は元々、馬超さんのお母上である馬騰さんとは仲が良いのですよ。その証拠に今は洛陽で療養しているのです」
だがその馬騰が風の提案で華琳との関係をさらに深めるためにとに呼ばれて洛陽に行ったことが全ての誤解の始まりだった。
しばらく華琳の所で過ごすという文を馬超のいる涼州に送ったが、それが途中で何者かによって内容を書き換えられた。
『母は今、曹操によって監禁させられている』
その内容に激怒した馬超はすぐさま兵を集めて攻め込もうとした。
華琳と馬騰は慌てて軍を率いて馬超の元に向かったが、その時にはすでに戦が始まっていた。
自分の娘の意味不明な挙兵の理由を知るために華琳と共に説得に当たった馬騰に何者かが矢を放ち、胸に刺さり重症を負った。
飛んできた場所を馬超は配下に攻撃させると、娘を連れ手に弓を持っていた女性がいたため、問答無用で刺し殺した。
だが後で調べるとそれは弓を放り投げた者がいて、その弓を偶然手にした女性が犯人にされた事が分かった。
そんなことよりも馬超は母に傷を負わせたのは華琳のせいだと言い張り、華琳は誤解だと言っても聞くことはなかった。
仕方ないと思った華琳は馬騰の傷の手当てをするために引き返した。
それを馬騰が望んだからだった。
そしてその殺された女性の娘は馬超が殺したと深く恨み、今攻めてきている『姜』の旗印を風になびかせている者だという。
「つまり誤解から恨みまで繋がっていると?」
話を聞いた一刀はその複雑な内容に頭をかいた。
「でも、一つ分からないんだけど」
「何ですか?」
「どうして風がその人のことを知っているんだ?」
今の話を聞く限り、まるで真実を自分だけが知っているような感じだった。
「その人のお母上に風はよくしてもらったのですよ」
どこか寂しそうな表情をする風。
「風が稟ちゃんや星ちゃんと出会う前にお世話になったのです」
その恩人が殺されたことに風は人知れず悲しんだ。
だからこそ五胡に行き、恨みを晴らすために攻め込んできている者を救うためにわざと手引きしている。
「風はあの人の娘さんの悲しみを救いたいのです。でも風にはそんな力はありません」
「だから天の御遣いを利用するわけ?」
それは嫌味ではなく、それしか選択がないことを示していた。
「乱世を終わらせたお兄さんになら出来るかもしれない。そう思ったのです。無茶苦茶なことをいっていると思いますが、風にはお兄さんしかいないのです」
握られた手に力が入る。
「あの子を助けてもらえるのであれば風はどうなってもいいのです」
まるで自分が全ての罪を背負うと言わんばかりに風の表情は悲壮感が漂う。
「わかった」
そんな風に一刀は力強く答える。
「どこまで出来るか分からないけれど、俺が出来ることはしてみるよ」
「お兄さん?」
「絶対に助けてあげる。そして全ての問題も解決させるよ」
空いている手で風の頭を撫でる。
「確かに母親を殺された恨みは消えないだろうけど、だからといって多くの人に同じ気持ちにさせるわけにはいかない。きちんと話し合わせればいいんだ」
「お兄さん……」
「それで少しでもその人の心が救われるのならば救ってあげたい」
風は力なく一刀に身体を預けた。
そして両手で背を抱きしめて小さくこう言った。
「ありがとうです、お兄さん……」
必死になって声を殺して泣く風だった。
(座談)
水無月:いよいよ五胡との戦です。
雪蓮 :何だか曰く付きの戦ね。
水無月:ちなみに馬騰さんを奪還するために再び挙兵を翠がしたので華琳さんは仕方なく涼州討伐を起こったという感じにしています。風が語った内容はその涼州征伐前の出来事なのでご注意ください。
雪蓮 :少し複雑ね?
水無月:というよりかこうしないと今回のお話が出来なかったので(^^;)
華琳 :それもどうかと思うわよ?
水無月:とりあえずは次回、もう一人のオリジナルキャラが登場します~。今回のお話の重要人物ですのでお楽しみに。
雪蓮 :しばらくはシリアスな話なのかしら?
水無月:う~~~~~ん、たぶんそうなりますね。そして四話予定が伸びるオチに!
華琳 :・・・・・・・はぁ。(ダメだわ、コイツ)
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突如攻め込んできた五胡。
そこには風だけが知る秘密がありました。
そしてそれを一刀に語るお話です。