「ねぇ?もう泳がないの?」
「…ちょっと休ませてくれ…」
砂浜に立てたパラソルの下。長い髪から水滴を滴らせながら覗き込んでくる彼女に、デッキチェアに寝転んだまま答える。ゼェゼェと吐く息がまるで収まらない。
「まだ一時間も泳いでないじゃない?」
「その通りだけど密度濃過ぎ…水泳部かってレベルだぞこれ…」
そもそもが雪蓮の体力についていける筈が無いのはわかるけど、流石元々水の国育ちの人々は格が違い過ぎる。
「夜はあんなに元気なのにねぇ」
「…………そこも異議申し立てたい」
正直、いつも雪蓮は夜も余力を残してるような気がする。なんて言うか、主導権を譲られているような気を使われているような。
「あら、どういう意味?」
「元気って意味じゃ夜だって雪蓮の方が上な気がする」
「無茶言わないでよ、毎晩あんな感じだったら私壊れちゃうわよ」
「本当かね…なんにしろちょっと休憩。今入ったらマジで溺れる」
「ふふっ、じゃあしょうがないわね、私も休憩にするわ。水飲む?」
「飲む」
水筒を受け取り、口いっぱいに含んでから飲み干して再び仰向けに寝転ぶ。
「…静かねェ」
「…そうだな」
波の無い湖面。蝉の居ない森林に囲まれたこの浜に、珍しく二人きりだからか。
並べたデッキチェアに座って湖を見つめる雪蓮は、モデルにしか見えない。というか。
「黙ってりゃ女神だよな…」
「ん?何?」
疲れすぎてたのか、思った事がポロッと口からこぼれてしまった。
「…あ、いや、…黙ってりゃ美人なのになって」
「嘘、違う!今絶対女神って言った!女神って言ったわよね!?」
「聞いてたんなら聞き返すなよ!?」
「そこを敢えて照れながらもう一回言うべきよ!」
「新手の羞恥プレイ!?」
雪蓮はこういうとこ決して逃してくれない。聞き逃すとか、聞き逃した振りして内心照れてくれるとかすりゃ可愛いのに。
「ほらぁお姉さんにもう一回言いなさいよー、ちゃんと目を見て」
「いはいひはい!ほっへはふねるな!」
「ヤダ、言わないとずっとこのまま。顔の形変わるまで。一刀の顔が下膨れになったら蓮華悲しむでしょうねー。亞莎泣いちゃうかもねー?」
「ははっは!ははっは!ひうはら!ひうはら!」
「わかればよろしい」
亞莎が泣く前に俺が泣きを入れました。
頬っぺたを一揉みして顔の輪郭を戻して(?)から、既に至近距離にあった雪蓮の顔を引き寄せて肩に乗せ、耳元で囁く。
「…雪蓮は俺の女神だ。綺麗なだけじゃなくて、表立ってはふざける事多くてそう見せないけど俺にも蓮華にも他の人にもスゲェ気ぃ使ってくれて、マジ女神。出会い方違ってたら、本当に二人で小さな酒屋とかやって幸せに暮らしてたかも。いや、今も幸せだけどさ。まあその、うん、女神に愛されて、俺幸せなんだよ」
こっぱずかしいのを堪えて、雪蓮の頭を撫でる。そういえば彼女には胸元に顔を埋めさせられて俺が撫でられる事は多かったけど逆にこうするのはあまり覚えが無い。
「………」
「………雪蓮?」
体を離し、上から見つめる雪蓮の表情の真摯さに息を呑む。て言うか今の体勢床ドンってやつだこれ。
「……あは、危な。一刀がおかしな事言うから私までおかしくなっちゃいそうだったじゃない」
「たまには…いいんじゃないか」
声がかすれたような気がする。口元だけで笑っている彼女に、凄艶という言葉が脳裏に浮かぶ。
「…………一刀」
「ん…?」
それは一瞬。
いや、永遠のような、一瞬。
雪蓮が切なそうな、もどかしそうな表情を浮かべて俺の右腕を強く握った姿。
それを見た時に、『拉致られる』、と妙な確信を感じた。
これだけ愛されてるなら、それも悪くない。
何故かそこまで思い至ると、見上げた彼女の表情がにいっと緩んだ。
「やあねぇもう、流石口から生まれた三国一の種馬よねー。あら、腰から生まれたんだっけ」
「…そこは今更勘弁してくれよ。折角今好い事言ったのに」
「ダメダメ。今私本気で一刀攫って呉の山の果てまで逃げようかって思っちゃったじゃない」
言いながら長い人差し指で俺の唇を封じる雪蓮からは、さっきまでの危うい雰囲気が緩んでいる。
というかビンゴだったのか。…ビンゴだったのか?
「さ、泳ぎましょ」
「まだ早くないか?」
「早くなーい」
言いながら彼女が唐突に両手を後ろに回してカチャリと金具が外れる音がすると、豊か過ぎる双丘がぶるんという擬音と共に目の前に露わになる。
「ちょっと待て何だ!?」
「私が一刀捕まえて攫っちゃう代わりに、一刀が私を捕まえるのよ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべると外した水着の上を投げ捨てて、湖へ一目散に駆けて行く雪蓮。
慌てて飛び起きて後を追いながら、どうしてそうなると心で叫ぶ。
「いやいやいや誰か見たらどうすんだよ!つかここの周りって封鎖してたっけ!?」
「さあねぇ?どうだって一刀が手で隠してくれればいいじゃなーい♪ほーら下も脱いじゃうわよー!」
「ま、待て!俺、手は二本!」
「待ったないもーん♪」
裸の女神がしなやかに水中に消え、数秒後に水面から笑顔を見せる。
どうやら俺のわがままな女神は今一泳ぎを御所望らしい。
その笑顔に向かって、疲れた体の全力で俺も飛び込んで行った。
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「やぁん♪捕まっちゃったぁ♪」
「ゼェゼェ……女神の手加減に感謝する…」
「疲れたでしょ?この小島に上がって休みましょ」
「いやだから、雪蓮の体隠せないぞ…」
「大丈夫よ、ここの岩陰ならほとんどどこからも見えないし。それに、ほら…背中から一刀が覆いかぶさって隠してくれれば、見えないでしょ?」
「女神の御褒美があると思わなけりゃここまで頑張って泳げなかった。…悪い雪蓮、正直余裕無い」
「……っ……あはっ、一刀…まだまだぁ…、元気じゃないっ、んんっ」
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「ねえ陽(太史慈)。…ごめんなさいね、そんなに驚かせるつもりは無かったの。ううん、気にしないで。ところでちょっと教えて欲しい事があるんだけどいいかしら?貴女、雪蓮姉様の護衛を冥琳から頼まれていたと思うんだけど姉様どこに居るか知らない?…そう。しょうがないわね、雪蓮姉様は護衛がつくのいつも嫌がるから離れてたんでしょうし撒かれちゃったのね。ところでもう一つ教えて欲しい事があるんだけど、ええ大した事じゃないの。…その双眼鏡で今何を見てたの?それと『俺の分残しておいてくれるかなぁ』って何が残ってるのかしら?…ううん私怒ってなんてないの、貴女姉様と親友だし懐柔されて直接都に帰らないでここの別荘で一泊寄り道見逃す事に なってたりとか疑ってないのよ、仕事が終わらなくて一刀に付いて来れなかった私が悪いんだものっ、水着だって折角持ってきたのにお尻が入らなくて着れなかったしっ、思春だってどうしちゃったのかしらって思ってたのにあれはあれで幸せそうだし陽だってバニーの服であざと可愛く一刀と仲良くなっちゃってるし地元に帰ったら帰ったで菫(張昭)が一刀離してくれないからお嫁さんらしいところ見せられないし最近白蓮が優しい眼差しで仲良くしようぜって言うから飲みに行ったりしてたらなんか居心地いいなとか思ってたら彼女は彼女でちゃっかり二人で海とか出かけちゃってるし一刀は構ってくれないし!うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
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今年飯坂様がお描きになった雪蓮の、hujisai版水着回で御座います。
文章だったらポロリはありなのか、書いてから五秒ほど悩みました。
なお、蓮(ry