No.794985

同調率99%の少女(3)

lumisさん

那珂たちは、隣の鎮守府との初の合同出撃任務に参加することになる。


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2015-08-09 00:38:57 投稿 / 全21ページ    総閲覧数:488   閲覧ユーザー数:487

=== 3 鎮守府の日々2 ===

 

--- 0 初の合同の出撃任務

 

 那珂にとって最初の出撃任務からしばらく経った後、鎮守府Aにとって初めて他の鎮守府との合同出撃が発生した。といっても対等な参加ではなく、あくまでその鎮守府の艦隊の支援という立ち位置だ。隣の担当海域の鎮守府との合同で、日本本土から少し離れた、どこの鎮守府の担当でもない海域に集結しているとされる深海凄艦の集団の撃破だ。この任務は西脇提督が隣の鎮守府に掛けあって実現した。

 

 

 艦娘の出撃任務の別のパターンは、大本営から発せられる内容による出撃任務である。

 この任務の場合、学生艦娘はその艦隊に職業艦娘が入っていないと、中規模以上の任務にはつけないようになっている。(この場合の職業艦娘は、部の顧問たる先生でなくともよい)

 その理由は、大本営からの任務の場合しばしば日本本土を離れた海域への本気の出撃になるからだ。学校側は、その出撃に関して責任をきちんと負えると証明できる立場の人間(この場合は職業艦娘)がいないことには生徒の身の安全を委任できないとしているためだ。

 なお、普通の艦娘はこの種の制限は一切ない。

 

 今回は東京都からの依頼ということで、中規模だが国からの依頼ではないため職業艦娘等の諸々の制限はなく、当初から考えていたメンバーで参加することができる。旗艦五月雨、時雨、夕立、村雨、五十鈴、そして那珂の6人だ。

 隣の鎮守府からは吹雪、深雪、白雪、天龍、龍田、そして羽黒の6人。鎮守府Aの面々は初めて見るわけではないが、新鮮で珍しいと感じる、重巡洋艦の艦娘がいた。(なおその羽黒担当者は五月雨達の黒崎先生とはまったくの別人である)

 

 提督は作戦の草案時点では旗艦を那珂にと提案したが、那珂はそれを断った。他の鎮守府との合同ということなら秘書艦であり鎮守府の別の顔である五月雨を売り込むべきで、自分を売り込むべきではないという態度を崩さなかったからだ。

 その代わり那珂は五月雨に、自身が考えうる限りのサポートをすると約束した。五月雨が旗艦として実際にどれくらい実力を発揮するか知る由もないが、聡明な彼女のことだ。焦ってパニクってドジやらかさなければ、そつなくこなしてくれるだろうとふんでいた。

 なお、提督からは現場での指揮全権は五月雨と那珂に分担で委任された。

 

 

 目的の海域付近までは海上自衛隊から1隻の護衛艦が用意され、そこに両鎮守府からの艦娘計12人(と整備士など数人)が乗り込んで行くことになる。

 

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 今回は合同任務であるため、鎮守府Aからの出撃ではなく、一旦海上自衛隊の基地へと集合する手はずになっている。那珂たちが所属する鎮守府Aから目的の海上自衛隊の基地までは車でスムーズに行けたとしても40~50分かかる。普通なら1時間は超える。午前8時少し前、鎮守府Aの工廠前に6人+提督、工廠長が集まっている。

 提督は大きめの車を借りてみんなを送っていこうと提案したが、那珂や夕立、村雨は突飛な提案をして提督を困らせる。その提案とは次の内容である。

 

「てーとくさんてーとくさん!せっかくあたしたち艦娘なんだし、海自の基地まで海を進んで行きたいなぁ~。」

 その提案に真っ先に乗ったのは、那珂と村雨であった。

「おぉ!夕立ちゃん。それいいねぇ~なんか本格的に艦娘してる気分になれるね~。」

「それいい~!私はゆうの提案に乗るわ~。」

 

 ノリノリな3人に対し、残りの3人、五月雨、五十鈴、時雨はテンションが低く乗り気でない。

 

「それ、どうなんでしょう。提督?」

 五月雨はチラリと提督を上目づかいで見上げる。旗艦である五月雨が心配する理由を提督は察している様子。

「あぁ。勝手に海自の港湾施設に艦娘が入って行くとめちゃくちゃ怒られる。というか、任務があるとはいえ無断入港は禁止。ヘタすると自衛隊と関係ない民間出身の提督の俺でも、首が飛ぶ。んで本業の会社にもめちゃ迷惑がかかる。」

 

「えーダメなの~?じゃあ近くまでならいいでしょ?それもダメっぽい?」

 それに反論したのは時雨だ。

「近くまでって。僕達艦娘が上陸してただで済む場所ってあのへん無い気がするよ……。」

 時雨も五月雨・提督と同様の心配をしていた。それは五十鈴もだった。

「任務前に海自の人に怒られるようなことはいやよ?おとなしく提督に送って行ってもらいましょうよ。」

 

 

 提案した3人(主に夕立)はブーブー文句を垂れるが、提督の一言でおとなしくなる。

「どうせ行くなら現地まで俺が送って行って見送ったほうが君たちも安心できるだろ?せっかくの初めての合同任務なんだ。提督の俺にも最初くらいは雰囲気だけでも参加させてくれよ。」

 

 夕立の頭を撫でながら言った。そしておとなしくなった3人を含め、提督は借りてきたトラックに全員を促す。

「さ、せっかくトラックも借りてきたんだし、艤装運び出して乗ってくれ。」

 

 

 6人は整備士に手伝ってもらい、各自の艤装をトラックの荷台に乗せ、自分たちは提督の運転する車に乗った。なお、トラックは工廠長が運転し、提督の車に続く。

 

 

--

 

 海上自衛隊の基地に到着した。門のところで提督は今回の合同任務の旨を伝え、艦娘制度上の深海凄艦対策施設の責任者および、艦娘責任者の証明証を見せ許可を無事もらい、基地内に入る。隊員の案内により車は護衛艦があるところギリギリまで進んでもいいことになった。まずはトラックだけ先に行かせ、提督の車は駐車場に置き、7人揃って護衛艦のところまで歩いて行った。

 

 隣の鎮守府の艦娘たちはすでに揃っており、都の職員や海上自衛隊の隊員と話をしている。そこにいるのは艦娘6人だけで、隣の鎮守府の提督の姿はない。

 提督は駆けて行き、到着した旨伝える。鎮守府Aの6人を預けるため五月雨たち6人を側に寄らせて紹介する。

「この度はうちの者たちを宜しくお願い致します。○○鎮守府の艦娘の皆様の活動のご迷惑にならないようしっかり注意をしておりますので、どうか宜しくお願い致します。」

 提督の丁寧な挨拶に、都の職員および同行する士官、護衛艦の艦長も挨拶を返す。

 

 鎮守府Aのメンバーの艤装も護衛艦にすでに積み終わり、出港間近となった。提督と、トラックを運転してきた工廠長が艦娘たちに一言ずつ言葉をかけ、彼女らを元気づける。

 

「じゃ、6人とも。行ってらっしゃい。俺らはここまでだから。あとは適時電話なりメールなり入れてくれれば。今日は俺ずっと鎮守府いるからさ。あ、そうだ。泊まりになるかもしれないから寝間着は持ったか?あと洗面用具も……」

 さながら、提督は心配症の父親っぽく、娘たちを見送る光景になっている。

「提督、少し離れるっていっても日本なんだからさぁ、そんなに心配しないでって。あと海の上じゃ電話通じないでしょ。通信くらいはさせてもらえるんじゃないの?」

 那珂がツッコミを入れると、提督はハハッと笑う。

 

「なんだかてーとくさん。パパっぽい~。パーパ!行ってきま~す!」

 夕立が冗談を言うと、他の艦娘らからアハハと笑いがこぼれた。夕立の冗談にノッて村雨と五月雨も提督に声をかけた。

「パパぁ!行ってきますぅ~」甘えた猫なで声で言う村雨。

「パ…お、お父さん!行ってきま……す……!」続いて五月雨は、ノったはいいがやはり恥ずかしさの方が前面にあるのか、照れ混じりに言った。

 この3人は違う反応こそすれど、ほぼ揃ってノッて来ることがしばしばなので提督には想像できた。わかってはいたが、提督は対応しきれずに照れまくりながらリアクションした。

「むず痒いし外でそういうこというのやめなさい。俺困っちゃう。」

 3人ともクスクスとさらに笑う。

 

 

 提督は気を取り直して6人に言葉を言い直す。

「ともかく、君たちの無事を信じてるから。思う存分活躍してきてくれ。」

 

「「「「「「はい。」」」」」

「それじゃ、暁の水平線に勝利を!」

「「「「「「暁の水平線に勝利を!」」」」」」

 

 鎮守府Aで出撃時に言われる旅の安全を祈る掛け声を提督が言うと、那珂たち6人も同じ言葉を同時に言い返した。そして6人は隣の鎮守府の艦娘の後に続いて乗り込んでいった。

 その場には提督と工廠長、数人の海上自衛隊の隊員が残るだけとなった。

 

--- 1 出港

 

 護衛艦の中では基本的にはそれぞれの鎮守府のメンバーで固まって過ごす。合同の任務のため作戦会議がある際は鎮守府Aからは旗艦五月雨と那珂が、相手からは旗艦天龍と龍田がその場に集まった。

 今回の任務はあくまで隣の鎮守府が主体なので、相手の天龍から作戦の説明があり、たまに補足として東京都の職員が口をはさむ程度であった。なお相手の龍田はまったく口を開かない。

 

 事前に東京都の調査により、深海凄艦が集結しているとされるポイントは大体絞りこまれていた。そのため単純にそこに向けて隣の鎮守府の艦隊6人(以後「隣艦隊」)で進撃、彼女らから離れて鎮守府Aのメンツがついてくるという作戦で行くという。順当にいって彼女らが深海凄艦を撃破すれば、鎮守府Aの一同が活躍する出番はなく終わる。

 

 

 相手の進め方を聞く。五月雨は那珂に耳打ちしアドバイスを求める。那珂がアドバイスしたとおり鎮守府Aの艦隊の作戦中の動き方を説明した。相手の出方を聞いて那珂が瞬時に思って五月雨に伝えたのは次の行動だった。

 

 隣艦隊から離れて追従する際、真後ろではなく、左右に3人ずつ分かれて従う。

 那珂の目的は、隣艦隊が撃破しそこねた深海凄艦を片方ずつで撃破、あるいは左右挟み撃ちで撃破するというものであった。もちろん那珂は相手の性格や様子を伺うため、目的の真意までは五月雨に言わせなかった。

 

 しかし相手側はあまり鎮守府Aのことには興味がない様子を見せる。隣艦隊の天龍は相当自信があるようで、自分らが全部撃破するから現場でのその他の行動は全部任せると言う。一方の龍田は那珂たちを見ようともしない。大人しい人なのか、天龍と同じく那珂たちに興味がないのか、その程度しか判別つかない。

 

 

 那珂や提督からあなた(君)は鎮守府の別の顔だから売り込んでおけと言われていた五月雨は、なんとか自分らを意識してもらおうと食い下がって自分たちの考えた作戦行動をもう一度説明しようとする。

 

「あの……!でも!もしそちらが撃ち漏らしたら大変ですし。こうすることで私達もやっと支援できますので!」

 

 

 だが彼女が発したこの一言が、相手の気に触れてしまった。

 隣艦隊の天龍は机をバン!と叩き、五月雨に対して威嚇するように怒りを込めて反論した。

 

「おい、あんたさ。あたしらが責任持って撃退するって言ってんだよ。それが信用出来ないってのかよ!?見たとこあんた中学生だろ? あたしは高校生、年上! それに艦娘としても練度たけーんだよ。

 経験少ねぇ駆逐艦が旗艦の鎮守府はこれだから……どーせ提督もたかが知れてるんだろうな。こっちこそあんたらを信頼できなくなるってんだ!そもそも支援ってのは……」

 さらに続けようとする天龍のスカートをクイッとひっぱり、龍田が何か耳打ちして止めた。荒ぶろうとしていた天龍がピタリと止まる。天龍はチッと舌打ちして苦々しい顔をするがもう度が過ぎる反論をする気はなかった。

 打ち合わせは終わりとして早々に部屋を出て行く天龍。無言で五月雨と那珂に謝罪の意味を込めたお辞儀をして静かに部屋を出て行く龍田。そんな二人を見届けた五月雨と那珂は数秒前まで作戦室だった、護衛艦のその部屋に取り残された。

 

 その直後、五月雨はぐすっと鼻をすすり涙声になって那珂の胸に飛び込んだ。これまで人に怒鳴られたことがなかった彼女にとっては、相手の気に触るような発言をしてしまったとはいえ、突然相手に怒鳴られてやり込められて相当ショックだった。

 

「よしよし。落ち着いてー。もう大丈夫だからね~。何もあんなに怒鳴ることないのにねー。」

 那珂は五月雨の頭を撫でて慰める。その心中では、天龍がちらりと言った「提督もたかが知れてる」の発言に怒りを覚えていたが、表面には出さなかった。

 

 

 

--

 

 作戦室だった部屋を出て鎮守府Aの他のメンバーが待機している部屋に戻ってきた二人は、作戦の全体と自分らのすべき行動を残りの4人に伝えて確認し合った。

 特に問題ないので全員賛成で内部の打ち合わせは終わった。なお、実行時の分隊のメンバーは次のようになった。

 

・左:五十鈴、五月雨、村雨

・右:那珂、時雨、夕立

 分離するタイミングは隣艦隊の6人が進んだ後、旗艦五月雨の判断に一任された。

 

 時雨はふと、五月雨の目尻が赤くなっていることに気づいた。

「ねぇさみ。目がちょっと赤いけど何かあったの?」

「え?うー、えーっとね。」

 

 五月雨が言おうかどうか迷っていると、那珂がフォローに入って代わりに説明した。

「ちょっとね。あたしのサポートが足りなくて、相手の天龍さんに怒鳴られちゃったんだ。五月雨ちゃん、びっくりしちゃったよね。ゴメンね~」

「そうなんだ。あの天龍さん見るからに怖そうだったもんね。さみ大丈夫?」

「……うん。もともと私の不注意だったんだし、でも那珂さんがいたからもう大丈夫!これもお仕事だもんね。」

 明らかに空元気のガッツポーズをする友人を見て時雨は思うところはあるが見守ることにした。

 

 あとで一部始終を那珂から聞いた五十鈴は、やはり仲間思いの部分があるのか、ひっそりと提督の悪口を言われたからなのか。だったらガンガン撃破しそこねてもらって、ぐうの音も出ないほど自分らがきっちり後始末してあとで嫌味を言ってやろうじゃないの、と言った。同じ気持だったのか、那珂もそれに賛成して首を縦に振った。

 

--- 2 作戦開始

 

 偵察機を飛ばして周辺の様子を確認しようと、那珂は開始直前の最終打ち合わせで提案した。しかし隣艦隊の天龍と龍田は持ってきていないし、そんなもの必要ないという。万が一の備蓄として東京都職員が持ってきていたので、那珂はそれを使わせてもらうことにした。

 

 

 艦娘が使用する艦載機の元になったドローンは、出始めた50~60年前には巨大なものであり、玩具だった。世界中の企業により改良が進み、軍事、政治運用が世界中で定着していった。そして20xx年では超小型の装置になっており、何か別のものに取り付けることでそれを即時にドローン化できるものが主流になっている。それをドローンナイズチップと呼ぶ。

 艦娘の使う艦載機、偵察機もそのドローン化装置、ドローンナイズチップにより、様々なものに取り付けてある程度自由に運用することができる。

 また、空母艦娘たちが使う艦載機と、それ以外の艦娘が使う艦載機は構成が異なっている。後者のほうが簡素な作りなのだ。

 

 

 今回那珂が東京都職員から借りた偵察機は、その装置を取り付けた、はたから見れば玩具同然の飛行機だ。調査用のためドローン化装置とカメラユニットがついているのが特徴だ。都の調査用のもののため、有効範囲は10kmほどしかない。高機能な物の場合は現代の無線通信規格が指し示す限界値の25kmという離れた場所にも飛ばせるようになっている。

 また、ドローン化装置は有効範囲の限界の4~5mにまで達したら、強制的に帰還するようになっている。それを超えると操作が効かなくなるための保護機能だ。

 那珂は艦娘の艦載機、偵察機の運用方法を教科書と提督から借りた本数冊を読んだだけでまだ使ったことはなかったが、だいたい理解していた。それを艦娘用のスマートウォッチで認証し、情報を同期したあとその偵察機を飛ばした。

 

 偵察機から届く映像を那珂のスマートウォッチにつないだ透過モニターごしに見る那珂自身と五月雨、そして天龍・龍田。10kmより4~5m手前までの範囲では深海凄艦の影は見当たらない。

 方向を変えて10kmギリギリまで再び飛ばす。それでも見えない。

 

 三度飛ばす。三度目の正直という言葉通り、那珂は違和感のある影を見つけた。護衛艦のある位置から3~4km行ったあたりだ。日中なのと接続している外部モニタは小型かつ透過しているので見づらいが、深海凄艦特有の光る目をどうにか確認できた。それも複数ある。

 

「ここから南南東の方角かなぁ。かなりの浅いところにいるのかな?浅瀬になっているのかも。」

 那珂が確認した状況に予想を交えて言うと、天龍が反応した。

「よっしゃ!ここまではっきり場所がわかったんならあたしたちが確実に仕留められるな。よし龍田。うちのやつらに出撃準備させようぜ。」

 確かに出撃の頃合いである。那珂もそれに賛成した。隣艦隊の天龍と龍田はメンバーのところに戻っていった。

 

「那珂さん。私達も準備したほうがいいですよね。」と五月雨は那珂に同意を求める。

 それに対して那珂はコクンと頷き、那珂たちも仲間のところへ戻ることにした。

 

 

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 隣艦隊の6人が護衛艦から身を乗り出して、海面へと降りていく様子を甲板で見届ける6人。艤装と同調を始めて海上に出た隣艦隊の6人はほどなくしてスピードに乗りあっというまに護衛艦から離れていく。大体100~110mくらい離れたタイミングで、那珂たちも艤装の同調を開始し護衛艦から降りて海上へと出て行った。

 

 何もない海上で那珂たちからは隣艦隊の6人はかろうじて黒い点で目視出来る程度。やや曇ってきている。

「なんだか雨降りそうですね。天気の悪い日の戦いって初めて……」

 と五月雨が心配を口にする。那珂や五十鈴たちもそれに頷いた。

 

 

 目的のポイントに隣艦隊の6人が到着した模様。深海凄艦が出てきたのか、戦闘が始まった様子が伺えた。敵の集団は駆逐艦級x3、軽巡級x2、重巡級x1と、隣艦隊の戦力と同種類(実際には様々な生物の寄せ集めなのであくまで想定される戦闘能力の種類による分類)だ。

 

 五月雨は全員に合図し、予定通り3人ずつの分隊に分かれることにした。

 自信家でプライドの高そうな隣艦隊の天龍のことである。もし支援と称して目的のポイントでの戦闘に加わりに行ったら怒る可能性がある。そうすることで隣艦隊の和を乱す可能性があるので、那珂は五月雨に気になったとしても絶対に前に出るなと忠告して分かれた。

 

 隣艦隊の戦闘開始から十数分経った。まだ終わっていない。そこで隣艦隊の天龍から通信が入った。自分たちの艦隊の羽黒が攻撃を受け、艤装が大破したという。戦線離脱させるために護衛として迎えに来て欲しいとのこと。

 通信を受けた旗艦である五月雨は那珂にもその通信を転送し、どちらの分隊が行くかを相談した。那珂は五月雨らに行ってくれとお願いとも取れる、実質的には指示を出して五月雨たちの方の分隊を隣艦隊の側に行かせた。

 

 五十鈴、五月雨、村雨は距離を詰めて隣艦隊の戦闘海域まで近づく。向こうからは吹雪に連れられて羽黒が近寄ってきた。隣艦隊の羽黒は聞くところによると、今回が初出撃で練度が一番低い艦娘とのこと。

 

「すみません鎮守府Aの五月雨さん、うちの羽黒の護衛よろしくお願いします。」

 そう一言お願いして、隣艦隊の吹雪は戦線に戻っていった。

 

 羽黒は艤装が大破し、同調率が著しく下がっていて海上で浮かぶのがやっとの状態だった。そのため五月雨と村雨は彼女を両脇から支えて浮かぶのを手伝う。

 艤装の同調が安定していれば装着者の腕力や耐久力が向上するので、100kg程度の重さの物であれば、二人がかりでなら問題なく支え持って海上を移動することができる。

 

 一人欠けた状態で隣艦隊がやりきれるかどうか、五月雨は五十鈴に不安をもらす。彼女らが吹雪から聞いた戦況だと、出撃前の嫌味ではないが後方支援でもっと近づいて援護しなければ多分厳しいだろうと五十鈴は想像した内容を語った。

 

 

 羽黒の護衛と護衛艦への連れ戻しは村雨一人が引き受けることになり、五十鈴と五月雨は那珂たちと分かれたポイントまで戻ってきた。那珂たちはあれから隣艦隊のとの距離をやや詰めている。

 五月雨は那珂たちに通信し羽黒を護衛艦まで連れ戻したことと戦況を伝えると、那珂は後方支援のためもう少しだけ距離を詰めようと持ちかけてきた。五十鈴と五月雨もそれに賛成して左右横幅を保ったまま隣艦隊に近づく5人。

 

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 近づいていったその時、隣艦隊の5人の後方、鎮守府Aの5人の前方から新たに4体の深海凄艦が海中から浮上してきた。それをまっさきに確認した五十鈴と五月雨。

 

「背後から深海凄艦!?隣の鎮守府の人たち気づいてないわ!行くわよ、五月雨!」

「はい!頑張ります!」

 五十鈴が五月雨に合図する。一方離れた位置にいる那珂たちも深海凄艦に気づき、時雨と夕立に合図をした。

「あいつらをやっつけるよ。二人とも、準備はいいかな?」

「はい!やれるだけやります!」

「はーい!ワクワクするね!」

 時雨と夕立は違う反応を見せるが、戦いに対する意欲は同じだ。

 

 まだ村雨が戻ってきてない五十鈴では戦力的に不利と判断し、那珂は自分らが隣艦隊と距離を詰めて新手の深海凄艦と隣艦隊の間に入るようにすると指示を出す。時雨と夕立はそれに頷き、3人は速度を上げて進む。

 那珂からその旨通信を受けた五月雨は了解し、五十鈴に話して深海凄艦の集団の真後ろに来るように針路を横に向けつつ移動することにした。そのうち後方から村雨が戻ってきたのを確認した五月雨と五十鈴は3人に戻ったところで、改めて速度を上げて深海凄艦、そして那珂たちとの距離を詰めていく。

 

 五月雨から通信を受けていた隣艦隊の天龍は、自分らの戦況が好転していないからそちらは任せるとし、新手の深海凄艦の撃破は鎮守府Aの6人の任務とするように指示を出していた。

 

 

 

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 新手の深海凄艦は重巡級x1, 軽巡級x3と、数は少ないが那珂たちにとってはやや重量的に上の相手である。いずれも各部位が巨大化しており魚やカニの奇形、砲の発射管のようなものが融合されている個体もいる。

 

 

 深海凄艦はちょっとやそっとの銃撃や爆発を怖がらないタイプが多い。そして巨体に似合わず異常に小回りが効く動きをするため、普通の護衛艦の射撃や軍艦からの砲雷撃では当たらない。そして同調をした上での砲雷撃しか効果は望めない。同じように小回りが効く艦娘の武装でやっと対応ができる。しかし護衛艦などの普通の砲撃よりも艦娘の扱う砲弾や魚雷は小さく(圧縮技術により同程度の威力になるとはいえ)威力は低いため、数人の艦娘でそれ以下の数の深海凄艦を撃破するのが常となっている。

 

 深海凄艦の行動パターンは大体が体当たりや体液を放出して艦娘の服や艤装を溶かしたり破壊してくる。鎮守府Aのメンツも隣艦隊の者たちもまだ遭遇したことはないが、激戦の海域では人型の個体もかなり前から確認されてきている。人型は、どこかから奪ってきたとされる銃や砲筒を持っている。見た目がただ人に近いというだけで、明確な理性はなく人語をしゃべらないので紛らわしい。見た目を気にして人型の個体への攻撃をためらう艦娘も多い。

 

 

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 新手の4体を挟み撃ちの形で囲んで距離を詰めていく6人。横から大きく回りこんでいたので那珂たちはすでに深海凄艦に気づかれていた。那珂たちめがけて4体の深海凄艦が泳いで突撃していく。それをまずは単装砲、連装砲で威嚇射撃するように打ち込む那珂、時雨、夕立。

 向かいから進んできた五月雨たちは威嚇射撃の邪魔にならないよう、スピードを落として一定の距離を保つ。

 

「個体の戦力的にあたしたちのほうが不利だから集中して各個撃破狙うよ、いい?」と那珂は時雨たちに指示を出した。

 五月雨たちに対しては通信で自分らの行動方針を伝えるのみ。

「……ということだから、そっちも無理しないで確実な撃破を狙ってね。五月雨ちゃんの判断に任せるよ?五十鈴ちゃんは彼女の判断を助けてあげてね。」

「わかったわ。任せて。」と五十鈴。

 

 4体の深海凄艦は那珂たちのほうに向いていて五月雨たちのほうにはまだ気づいてない。五月雨は自分たちはどう行動するか悩んだ。未だ少ないが重要な経験を思い出し落ち着いて考えた結果、五十鈴のアドバイスもあり、那珂たちと同様に各個撃破を狙うことにした。まずは軽巡級。五月雨たちも1体の軽巡級めがけて威嚇射撃を行ない注意を引きつけた。

 その間、那珂たちはすでに軽巡級と戦っていた。

 

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 軽巡級の1匹が夕立めがけて突進してくる。

 今まで戦った駆逐艦級とは体の大きさが異なっていたため夕立は一瞬腰が引きかけたが、相手をよく見てかわした。突進してきた軽巡級が通り過ぎたのを時雨と那珂は確認してその個体に少し近寄って互いの単装砲と連装砲で狙う。鋼鉄のように硬い鱗がカツンカツンと砲弾を弾く音を響かせる。普通に砲撃したのではほとんどダメージを与えられそうにない個体だ。

 

「夕立ちゃん、雷撃を低めにお願い!」

 那珂が指示を与える。

「低めってどういうことぉ?あたしよくわかってないっぽい~!」

「夕立ちゃんの装備してる魚雷発射管なら、足はちょっと濡れるかもだけど、しゃがんで発射管を海面ギリギリにして撃つの。こうすることでエネルギー弾の魚雷はほとんど海中に潜らずに進むから相手を狙いやすくなるはず。

 こういう撃ち方は夕立ちゃんや時雨ちゃん、村雨ちゃんしかできないからお願い!」

「わかった。やってみるー!」

 

 那珂の指示通り、夕立はふとももに装着している魚雷発射管を前方に向けつつしゃがむ。しゃがみすぎると艤装の浮力が効かない体勢になってしまうため片膝立ちが限界だ。立たせてるほうの足を伸ばして斜めになるようにし( /z のような体勢)、伸ばした方の足の魚雷発射管から魚雷を発射した。

 

 夕立が発射した魚雷は那珂のもくろみどおり、海面に非常に近い浅さの海中をさきほどの軽巡級めがけて進んだ。海中に深く沈むタイムラグがない分、スピードを出して軽巡級がそれに気づいてかわすよりも早く命中し大爆発を起こした。なお浅めで撃っていたため、爆発時におこる水しぶきは軽くて大量のしぶきが深海凄艦の方向に巻き起こっていた。

 その軽巡級のバラバラになった破片を確認すると、3人は那珂の周辺をうろうろしていた軽巡級にターゲットを切り替えた。

 

 五月雨たちも軽巡級の装甲に苦戦していた。しかし硬いところばかり思われた皮膚の隙間に柔らかい部分があるのを発見したのでそこを集中的に狙ってもだえ苦しませて弱らせたあと、五十鈴と村雨のW雷撃で無事に仕留めていた。

 

 一方で隣艦隊のほうの戦況は駆逐艦級は倒していたが、やはり相当硬い重巡級と軽巡級に苦戦していた。新手と彼女らが戦っている数合わせて、残り5体。重巡級x2, 軽巡級x3。

 

 

 そのとき、戦闘海域に雨が降り始めた。

 

--- 3 弱まる艦娘たち

 

 戦場の並びとしてはこうなっていた。(深海凄艦=敵)

 

前方:

 敵重巡級x1

 天龍(小破)、吹雪、深雪(小破)、

 白雪(中破)、龍田

 敵軽巡級x2

後方:

 那珂、時雨、夕立

 敵重巡級x1、敵軽巡級x1

 五十鈴、五月雨、村雨

 

 

「あ、雨だ……」と五月雨。

「ちょっとまずいわね。」と五十鈴も何かが気になった様子。

 

 一方の那珂たちも。

「雨かぁ。このまま長引くとまずいかもね。」と那珂。

「なんで?」

 とよくわかってない様子の夕立。それに対して那珂が説明をした。

 

「艦娘の艤装からは電磁バリアが出てるでしょ。それは雨みたいな継続して水がかかる状況だと効きが弱くなるってさ、提督から借りた本にあったから。」と那珂。

「そーだっけ?あたしよく覚えてないっぽい。」

「僕ら艦娘にとっては大事なんだからさ……ちゃんと覚えておこうよ。」

 曖昧な発言をする夕立に時雨が突っ込んだ。

 

 

 艦娘の艤装は、様々な攻撃をしかけてくる深海凄艦に対抗するために専用の最新型の電磁バリアが組み込まれている。2000年代も50~60年経つ頃には、かつて映画やアニメなどで登場したような完全な電磁バリアとはいかないものの、かなり近い形で現実のものとなっている。

 深海凄艦が放つ特殊な体液や砲弾のようなものは装着者の100cm~50cm以内に近づいた時点で高確率で破壊・消滅させて直接被弾する危険性をかなり減らせるようになっている(すべてではない)。深海凄艦の体当たりなど物理的な攻撃に対しては直接的な効果はなく防ぎきれないが、触れれば多少は弾いたり、電流でビリっとしびれさせてひるませる程度には有効である。

 

 艤装の電磁バリアの装置から放出される電流を安全に受信するチップを衣類に仕込み、その箇所を部分的な電磁バリアにさせられる仕組みも採用されている。

 そのため(一部の艦娘では制服が支給されているが)艦娘の着用する服は基本的には動きやすいもの、チップを取り付けられるだけの布地があるなら自由とされている。(戦闘中の衣類の破損を補償するため(特に学生艦娘)どういう服を着て出撃するかを事前に申請する必要がある)

 

 ただし艦娘の艤装の電磁バリアには弱点もある。水しぶきなど瞬間的に濡れる程度であればすぐに電磁バリアの機能は復活するが、雨天などの継続して濡れるシーンでは電磁バリアは受信するチップ等含めてショートするおそれがあるため自動的に無効化されるか、最小限の出力にまで落ちるようになっている。

 大体の艦娘は雨天時の防御能力の減退までは知らないという人がほとんどだが、勤勉な人物であればそこまで調べて艦娘をするので一部の艦娘たちはそれを踏まえて出撃任務等に挑んでいる。

 

 

 

 鎮守府Aの場合だと、那珂、五十鈴、五月雨、時雨の4人がそれに気づいていた。

 

 

「隣の鎮守府の人たち、もちろん知ってますよね……?」

 不安げに五月雨が言う。

「さあね。自信家の人があちらさんにはいるようだから私達が余計な口出ししなくていいんじゃないの。」

 五十鈴は冷たく言い放つ。

 

「隣の天龍さんたち、大丈夫かなぁ?」

 五十鈴とは違い、隣艦隊の心配をする那珂。

「一応通信して確認しておいたほうがいいのでは……?」

 時雨も心配になったので提案した。

 

 

 気になって那珂が天龍と龍田に通信してみると、天龍は息を飲むような様子をしたのが呼吸で読み取れたので、おそらく知らなかったか忘れていたことが伺えた。一方で龍田は知っているようだった。それから隣艦隊の状況を聞くと、小破2人、中破1人とのことだった。防御能力が弱まってしまっているこの状況は、隣艦隊にとってはかなりまずい状況なのは瞬時に理解できた。

 

 早く隣艦隊の支援に行ったほうがよいのはわかっていたが、那珂はひとまず自分たちに任された敵を倒すのが先だと判断し、五月雨にそう伝えた。

 

 

 五月雨から通信があり、どちらを撃破すべきかと那珂は聞かれたので那珂は五月雨を学ばせるためにあえて突き放すようなアドバイスをした。

「うーんとね。五月雨ちゃんたちとあたしたちと、深海凄艦の距離あるでしょ?目視でいいからさ、どっちがどういう位置関係か判断してターゲットにしてみよっか。」

 そういうと五月雨は少し考えたのち、軽巡級を狙うと言ってきた。

「わかった。じゃああたしたちは大きい方を引きつけて2匹の距離を離すようにするから、その間に速攻で撃破できるようにしてみてね~」

 

 五月雨たちが軽巡級を狙うというので、那珂たちは重巡級に射撃をして引きつけることにした。時雨、夕立とともに五月雨たちとは逆方向に行くようにポイントを慎重に絞って射撃する。弾薬の残量も気にしなければならないのであまり多く撃つことはできない。

 那珂たちは数発だけ重巡級の本体を狙ってみたが、やはりカツンカツン!と弾く音しか聞こえない。装甲である鱗だが甲羅だかソレが軽巡級以上に硬いのが見受けられた。

 

 射撃を行なっていると、突然重巡級が口を大きく開け、舌を筒のように丸めて何かを吐き出してきた。それは吐き出すというよりも、発射や砲撃したという表現がふさわしい行動であった。

 

 

ボフン!!!

 

「!!」「!!」「!!」

 

 

 重巡級の突然の行動に回避行動を忘れる那珂たち3人。狙われたのは……時雨だった。自分に向かって何かが飛来してくるのがわかった時雨。そのままでは真正面からその何かが当たる。その何かはよくわからないが艤装のバリアが弱まった今、素肌と距離が近くて薄い学校の制服にあたるとまずいと直感で時雨は感じ、とっさに背をむける。その何かに対して、背中の艤装を向ける形になった。

 

 時雨を助けようと移動しかけた那珂と夕立だったが距離的に二人とも間に合わない。夕立のほうが近いとはいえ、彼女も時雨に対して何かをしてあげられるほどの近さではなかった。が、夕立は時雨を突き飛ばすか最悪かばうために距離を詰めようと試みる。

 

 時雨が背を向けるのと、夕立が近づいたのはほぼ同時に行われた。

 そして当たる直前時雨がふと横に視線を送ると、かなり近くに夕立が近寄ってきていることに気づいた。

 

 

ズガアァァーーン!!!

 

 重巡級の筒上の舌から発射された何かは時雨の艤装に当たった瞬間爆発を起こした。その場には爆風が吹き荒れた。爆風で吹き飛ばされたのは直接当たった時雨だけでなく側まで接近していた夕立もで、二人とも海面に横たわるように着水する。

 

 直接被弾した時雨の艤装は表面の装甲が砕け散り、めくれ上がって内部構造もところどころ破壊されていた。艤装のコアと魚雷発射管の連動ができなくなっており全基使用不能、艤装の浮力を発生させる装置の一部も故障し、移動に支障はないが時雨は海面に浮かびにくくなってしまった。中破と判定されうる状態である。時雨本人は肉体に当たらないようにしたのが幸いしたのか、目立った外傷はなかった。背中から吹き飛ばされたときに衝撃で首を強めに曲げてしまったことによる軽いむち打ちと、強く海面に倒れた衝撃で軽い打ち身をした程度だった。

 

 一方夕立は爆風で吹き飛ばされ、なおかつはじけ飛んできた時雨の艤装の破片がスカート付近と片足の魚雷発射管にあたった。かろうじて残っていた電磁バリアで当たる速度は少しだけ落ちたがその衝撃で魚雷発射管は足から外れて無くなっていた。そしてスカートは破けてふとももがあらわになり、かすめた部分からは血がにじみ出ている。こちらは小破と判定されうる状態となった。

 

 夕立はすぐに起き上がって移動できたが、時雨は艤装の浮力が効くぎりぎりの体勢でしゃがんだまま立とうとしない。

「時雨!時雨ってば!大丈夫?ねぇ!」

 

 夕立が必死に呼びかけると反応はするが意識が朦朧としている様子。急いで那珂に大声で知らせる。通信するのを忘れるくらい夕立は慌てていた。

「那珂さん!どぉーしよぉ!!時雨が死んじゃうよぉー!!」

 

 爆風の影響を多少受けていた那珂だったが時雨が吹き飛ばされた位置まですぐに辿り着いた。

「時雨ちゃん、大丈夫?死んでない?」

「だいじょう……ぶです。ふたりとも、僕を勝手に殺さないで……ちょっと頭がふらふらするだけだから。」

 

 二人の状態を把握する那珂。夕立は1基の魚雷発射管が吹っ飛んでなくなっただけで健康状態も良さそう、まだ戦えそうだと把握したが、時雨は艤装は実質的には大破同様、本人の健康状態も思わしくなさそうで、戦闘続行は不可能と判断した。

 

「うーん……夕立ちゃん。時雨ちゃんを連れて護衛艦に戻ってくれるかな?」

「え、はい。それはいいけど、それじゃあ那珂さんは?」

「あたしは一人でも大丈夫。適当にあしらって五月雨ちゃんたちと一緒に残りを倒しておくよ~」

 さっさと行けといわんばかりに、手をひらひらさせて時雨を早く連れ帰るように夕立を促す。

 

 爆発音を向かい側で見聞きした五月雨から通信が入る。爆発から少し経ってから通信を入れたということは、その最中までは五月雨たちは軽巡級とのまさに戦闘まっただ中ということが伺えた。今は落ち着いたのだろうと那珂は推測した。

「ついさっきものすごい爆発音しましたけど、大丈夫ですか?」と五月雨。

 

「うん。時雨ちゃんが中破したの。敵の砲撃食らっちゃって。」

「え!?中破ですか!?だ、大丈夫なんですか……!?」

 一気に取り乱して五月雨が聞き返す。

「落ち着いて五月雨ちゃん。本人に外傷はないから。だけど意識がちょっとふらふらして危なそうだから護衛艦に引き返すように指示したよ。夕立ちゃんも小破してるから彼女に護衛してもらって一旦二人とも下がらせるから。ところでそっちの小型のやつはどーお?」

「問題ないわ。倒したから安心して二人を戻らせて頂戴。」

 返事をしたのは五十鈴だ。

 

 残った重巡級は那珂や五月雨たちの周りをぐるりと大きく回ろうとしている。そのため逆の方向から時雨と夕立を逃がすことにした。念のため隣艦隊の天龍にも通信する。自分らにも中破のやつがいるから下がらせたいが、素早い軽巡級に回りこまれてて逃がせそうにないとのこと。手が空く艦娘がいるなら自分らのほうの撃破を手伝って欲しいとお願いしてきた。

 彼女らはまだ、重巡級と軽巡級に苦戦しているのだ。軽巡級のほうは1匹倒していた。

 

--- 4 撤退戦

 

 那珂は五十鈴、五月雨、村雨とともに重巡級の注意をひきつけ、夕立と時雨を逃がすことに成功した。というよりも、重巡級の深海凄艦は時雨たちに興味を示さず、悠然と那珂たちの周囲を回るだけ。あれ以来攻撃を仕掛けてこない。これを好機に那珂たちは攻撃を仕掛けたかったが、装甲と思われる鱗や甲羅のようなものが硬すぎて単装砲・連装砲では歯が立たないのだ。無駄弾を撃つのはやめている。

 

「あんなアホみたいにでかい生き物がこっちに何も仕掛けてこずに周りをうろちょろするだけなんて、ほんっと気味悪いわね……」

 心底嫌そうに五十鈴が言う。

「あいつらが”今から攻撃するぞー”とか言ってくれればありがたいんだけどね~」

「那珂さん、あいつらがしゃべれるわけないじゃないですか~」

 ありえない冗談を言う那珂に村雨が突っ込んだ。

 

「あはは……」

その光景を見て乾いた笑いをする五月雨。

 

 

「ねぇ那珂。どうするのよあいつ。普通の砲撃じゃ全然傷つきやしないんだから、魚雷でやる?」と五十鈴。

「うーん、そうだねぇ~……」

 考えこむ那珂。

 

「……でも魚雷だと相当うまく狙わないと当たらないんじゃ……」

 不安を口にする五月雨。それに頷く村雨。

 

 4人にあまり悠長に考えていられる時間はない。雨が降りだして以降隣艦隊の5人もさらに戦況が思うように進んでいない。向こうの駆逐艦3人は龍田から防御能力の低下を聞いたのか、怖がって腰が引けてしまっている。3人をかばうように天龍と龍田が前に出て重巡級と軽巡級を射撃している。

 那珂たちを囲うように泳いでいる重巡級が隣艦隊と戦っている2匹に合流してしまうと彼女らがさらにピンチになってしまう。

 

 ふと、那珂は思った。バラバラに戦うくらいなら、いっそのこと深海凄艦3匹をまとめてしまえばどうかと。数が多ければ勝てるというわけでもないが、9対3なら攻撃の作戦を立てようがある。もちろん敵がまとまることで自分たちの一角となる誰かを集中攻撃されるおそれもある。雨が降っている今、自分たちはただ海上を進むだけの普通の女の子同然の防御能力しかないのだ。軽い体当たりを食らっただけでも致命傷になりかねない。

 

 こうも思った。自分らの使う艤装、鎮守府Aの艦娘たちに配備される艤装は特殊なものであると提督から聞いていた。事実、最初に五十鈴との演習時に感じた艤装との妙な一体感、そして(あとから提督から聞いてわかったが)艤装の本当の力の発揮。

 艤装の本当の力を発揮できれば、自分、いや鎮守府Aの4人なら一気に戦況をひっくり返せるのでは?と。

 

 しかしその本当の力とやらの出し方がわからない。どうやればできるかはっきり覚えてないし、提督からそのあたりのことをきちんと聞いていない。思いを巡らせていくうちに、最初に艤装の本当の力を発揮できたのは五月雨だと提督が言っていたことを那珂は思い出した。

 

「ねぇ五月雨ちゃん。あなたが最初に艤装の本当の力を発揮できたときはどういう気持ちだったか覚えてる?」

 那珂は五月雨に尋ねた。

「え?なんですか、突然?」

 いきなり尋ねられて目をパチクリさせて?な顔をする五月雨。そんな彼女に那珂は説明をしてさらに尋ねる。

 

「提督から聞いたんだけどあなたが最初だったんだよね?うちの鎮守府の艤装のあの力を発揮できたのって。その時どういうことを思ったのか、覚えてる範囲でいいの。思い出してみて。」

 そこまで説明込みで尋ねられてやっと五月雨は理解した。

「ええと……あのときはー……時雨ちゃんたちが危ない目にあいそうになったから、無我夢中で魚雷撃ったことだけしか覚えてないです。ごめんなさい。」

 

 

 それだけでは不確かだ。そう那珂は思った。が、ポイントがなんとなくつかめた。仲間を大切に思うことか。

 さっきの夕立ならば時雨をやられた悔しさで、雷撃させればもしかしたら重巡級を簡単に撃破できる状態だったのかもしれないと那珂は少し後悔した。今そんな強い思いを抱くには色んなものが足りない。

 状況が膠着する中、那珂は思いを巡らせる。艤装の本当の力を発揮させられるだけの強い思い。最初の自分の演習を思い出す。ワクワクドキドキして挑んだ五十鈴との演習。それと、五月雨が時雨たちを大切に思ってのとっさの行為。共通点はなさそうで、さらにあれこれ考えている時間が今はもったいないと判断し、一旦考えるのをやめた。

 

 那珂がそう考えている最中、五十鈴が那珂にどうするか催促してきた。

「ねぇ那珂ってば!ホントにどうするのよ!雨もそうだけど、私達の艤装の燃料もそろそろヤバイのよ。一旦引き返して体勢を整えたほうがいいと思うわ。」

 

 そう言われて那珂は自分のスマートウォッチで艤装の状態を確認する。弾薬=少、燃料=少、魚雷のエネルギー=十分、艤装の健康状態=正常、同調率=96.95%、バリア=Disabledという状態だ。

 

 五月雨も五十鈴に続いた。

「私も一旦引き返したほうがいいかなと思います。隣の鎮守府の人たちにもそう言いましょう?」

「でもあの人達は戦っている深海凄艦が邪魔で思うように逃げられないんでしょ?あの人達を支援しないと……」

 村雨が現状を見据えてそう指摘する。

 

 隣艦隊の5人が2匹の深海凄艦から逃げられない理由の一つに、不幸にも2匹がさきほど時雨がやられたような、何かを放出して砲撃してくるタイプの深海凄艦なのだった。まさに艦船同士の砲撃さながらの戦闘がこれまでに繰り広げられていたのだ。

 それから那珂たちのそばには、あれ以来攻撃しようともせず那珂達の近くをうろちょろしているだけの不気味な重巡級がいる。

 

「わかった。戻ろ。旗艦の五月雨ちゃんに従うよ。ただ……せめてもう一体は倒したいかな~。考えがあるの。」

 

--

 

 そう言って那珂が五月雨たちに説明したことは次の内容だった。

 自分らの周囲を回っている重巡級は様子を見つつ無視する。隣艦隊が戦っている深海凄艦にターゲット変更。隣艦隊が逃げられるように援護する。隣艦隊が無事に逃げはじめたら後追いで自分たちも帰る。帰還中、敵が追いかけてきたり距離を見計らって一斉に雷撃する。

 

 五月雨は旗艦として那珂の考えを受け入れ、その旨隣艦隊の天龍らに連絡する。天龍もそれに了解し、撤退の意をメンバーに伝えた。

 

 うろちょろしている重巡級は無視し、前方の戦闘海域に進むことにした那珂たち。ひとまずそれは成功した。重巡級は那珂たちが離れてもその場をウロウロしている。そして隣艦隊と彼女らが戦っている深海凄艦をはっきり目視できる距離まで近づいてきた。

 五月雨は天龍らに自分たちの威嚇射撃の方法を伝え、1匹でも引きつけられたらその隙に逆方向から逃げるよう提案した。それを聞き天龍たちは撤退の準備をし始める。

 

 

「狙うならあのちっこい方にしよう。弾薬多い娘誰?」那珂が尋ねた。

「私です。」

 皆各自のスマートウェアで確認して見せ合い、村雨が答えた。

「じゃあ村雨ちゃん、あたしが狙いつけて教えるから、そこめがけて単装砲何回か撃ちこんでね。あと念のために雷撃もしてもらうかもしれないから、心の準備だけしておいて。」

 那珂がそう伝えると村雨は頷き、二人は隣り合って横に並び、軽巡級に狙いを定めた。五十鈴と五月雨は両人の脇にいる。そうしてる間にも、軽巡級は天龍たちに付かず離れずで何かを発射して天龍を攻撃している。彼女らと軽巡級がはっきりと離れるのを待つ。

 

 

 軽巡級が方向転換して天龍らから離れたのを那珂は確認した。

 

「今だよ!村雨ちゃん!あいつの頭の左っかわ狙って!間違って当たっちゃってもいいから!」

 合図とともに村雨が軽巡級めがけて砲撃した。

 

 

ドン!ドン!

 

 

 当たっちゃってもいいからの言どおり、軽巡級の左側頭部と思われる部分に当たったがやはりカツン!と弾かれた。それに気を引かれた軽巡級は那珂たちのほうに向かって進みつつ、何かを発射してきた。引きつけるのには成功したのだ。

 その隙に五月雨は天龍たちに向けて手で合図をして逃げるよう促した。

 

 今回は事前の情報もあったため、発射された何かを4人は回避した。軽巡級はその後も連続で発射してきたが那珂たちはいずれもなんとかかわす。

 

 発射された何かをかわしつつ那珂は村雨に近寄り、村雨に次の攻撃を指示する。

「待って待って村雨ちゃん。あなたの雷撃であの軽巡級を倒すよ、いい?」

「えー!?また私ですか~?」

 少し怖がっていた村雨は不満を言うが、那珂はそれを聞かない。

「これから教えることはね。時雨ちゃん、夕立ちゃん、村雨ちゃんの艤装でしかできないの!私や五十鈴ちゃん、五月雨ちゃんの艤装では体勢や狙い的に厳しいのよ~だからもう少しだけ頑張って!」

 

 那珂は五十鈴と五月雨に通信し、少しの間射撃等しないよう伝える。そしてすかさず村雨に、さきほど夕立にさせたような体勢をするよう指示し、軽巡級を真正面に引きつけるように村雨の背後に立って自身の連装砲で注意をひきつけ始める。軽巡級がまた何かを発射してきたらすぐ避けられるようにしておき、軽巡級が近づくのを待つ。

 

 村雨が向いている方向、射程方向の直線上に軽巡級が入った。しかしすぐはずれ、蛇行しながら近づいてくるので何度も直線上に入ってくる。那珂は次に直線から外れた時が狙い目だと判断した。

 そして軽巡級が直線上からはずれ、再び村雨の真正面に入ろうとする手前で。

 

「村雨ちゃん、2本発射して!」

 那珂の合図を受けて、村雨は魚雷を2本発射した。1本は予備として撃たせた。狙い通りに魚雷は進み、村雨の直線上に入ってこようとした軽巡級に1本めが当たった。

 

 

ズドドォーーーン!!

 

 夕立に撃たせた時と同じく、海面にかなり近い浅さで真っすぐ進んだ魚雷は狙いつけやすく、今回も命中した。しかし当たりどころが甘かったのか、魚雷の爆発で軽巡級は宙を舞うように吹っ飛び2本目は空振り。吹っ飛んだことが幸いしてしまったのか、致命傷を与えるには至らなかった。

 

 空中に投げ出された軽巡級が着水すると、致命傷ではないにしろかなり苦しいのかもがくのみ。そのとき、動けないように見えていたため、五月雨は村雨の雷撃に喜び近寄ろうとする。

「真純ちゃーんやったねー!倒したねー!」

 

 

 慌てて那珂が五月雨を制止する。

「ちょっと待って五月雨ちゃん!近寄ったらダメ!そいつまだ動けるんだよ!」

 那珂たちの位置からは軽巡級がもがくのが見えていたが、五月雨はそれが見えていなかった。那珂が懸念した通り、軽巡級は海中に逃げて体勢を取り直そうと動き始めたところだった。

 

 そのさなか、結果的には当たらなかったが軽巡級は横たわった状態でありつつも五月雨めがけて何かを発射してきた。

 

ボフン!!

 

 

「きゃっ!」

 

 

 那珂の警告を受けずに近寄っていたら、命中して大怪我をしていたかもしれない。五月雨は注意を受けてそのまま進むのをやめており、すんでのところでその何かをかわしていた。とはいえバランスを崩して横から海面に倒れる形になっていたので海水を少し飲んでしまっていた。

 ちなみにおりからの雨により、制服はもちろんのことすでに下着までびしょ濡れだったので、今更身体がさらに濡れようがもはや気にするところではなかった。

 

 

--

 

 五月雨がなんとかかわしていたその光景にほっとしつつも、危なっかしい行動した五月雨への呆れとも心配ともとれる感情と、やはりあいつは狙ってきたかという軽い怒りが混じっていくのを那珂は感じていた。その瞬間は本人は気づいていなかったが、艤装がその怒りと心配という人を思う気持ちを検知して、動的性能変化が発生していた。

 

 砲撃は効かないとわかってはいたが、軽く頭にきていたため那珂は連装砲で砲撃する以外のことを考えていなかった。

 

 

ドゴゥ!!ドン!ドン!

 

 

その軽巡級めがけて砲撃したとき、普段よりも高出力で発射されたため那珂は気づいた。艤装の本当の力を発揮できたのだと。

 

 高出力で発射された那珂の連装砲の砲弾はカツン!とは弾かれず、ドン!という鈍い音の直後に軽い爆発を起して軽巡級に命中してダメージを与えることに成功した。

 同時に撃たれた2発めも同じように命中し、軽巡級の目を潰す。

 さらに連装砲を撃ちこむ。いずれも同じように軽巡級の鱗・甲羅のような装甲を突き破って身体に突き刺さるように当たり、内部で爆発を起こす。もはや軽巡級は動けない様子だった。

 

 それを確認すると、那珂は再び村雨に魚雷を低めに撃つよう指示を出した。トドメをさすのだと村雨は理解する。

 

 

「これでトドメよ!」

 撃破予告をしつつ先ほどの撃ち方通り魚雷を発射し……

 

 

ズドドオォーーーーン!!!

 

 

 那珂の狙いと、村雨の予告どおり魚雷は横わたって動けない軽巡級の身体の大部分を吹き飛ばすように炸裂し、爆発と波しぶきを起こした。

 

 改めて確認するまでもなく即死である。

 

 

--

 

 軽巡級を倒してしまった那珂と村雨のことを天龍は逃げつつ見た。というよりも那珂を見ていた。自分たちが連装砲で何度やっても弾かれてダメージを与えられなかったのに、鎮守府Aの那珂のはなぜ弾かれずに炸裂するように当てることができたのだ?そんな疑問を感じていた。何が違うのかと。

 

 旗艦はあのぽわんとした雰囲気の五月雨という艦娘だが、実質的にはあの那珂がリーダーだろうとも推測し捉えていた。仲間への的確な指示あってこそのあの撃破なのだろうと。那珂自身は変なテンションと明るさがあるのをこれまで垣間見ていたので、そんな雰囲気とは裏腹にどうもすごそうなやつだと。

 天龍はそんな鎮守府Aの那珂が気になり始めていた。

 

--

 

 軽巡級を倒し、残すところはあと重巡級2匹となった。しかし鎮守府Aの面々は重巡級の深海凄艦と対峙したことはなく、さすがの那珂でも艤装の本当の力をもってしても倒せるか不安であった。それに今は天候も各自の状態もよろしくない。

 

 那珂たちも無理せず、素早く撤退することにした。

 

「あたしたちも撤退しよ!五月雨ちゃん、みんなをまとめて!」と那珂。

「はい。みんな!私達も撤退します!縦一列の並びでお願いします!」

 

 隣艦隊の天龍たちに続き、那珂たちも護衛艦に至る海路を全速力で戻る。

 

 帰路につくさなか、その周辺には那珂たちの周囲をうろうろしていた不気味な重巡級のキュイーという鳴き声だけが雨の中かき消されかねない小ささで寂しげに響きわたっていた。

 

 

--- 5 仲直り

 

 護衛艦に戻った全員は被害状況を確認した。

 隣の鎮守府の艦隊は次の通り。

 旗艦天龍(小破)、龍田、吹雪(小破間近)、深雪(小破)、白雪(中破)、羽黒(大破)

 

 鎮守府Aの艦隊は次の通り。

 旗艦五月雨、五十鈴、時雨(中破~大破)、夕立(小破)、村雨、那珂

 

 

 護衛艦の臨時の会議室には天龍、龍田、五月雨、那珂、五十鈴が集まった。全員あらゆる艤装のパーツは帰還後のメンテのため外して身軽になっている。隣の鎮守府側としては短髪の少女がいる。角のような艤装の部位と眼帯型のスマートウェアを外しているため印象が異なるが、間違いなく最初に五月雨を恫喝したあの天龍である。

 龍田も独特な艤装、王冠型の部位を外しているため、装着者本人の印象がストレートに伝わってくる。背格好は天龍より低く、鎮守府Aの中学生のメンツで一番低身長の五月雨とほぼ同じだ。身長の低い高校生は普通にいるだろうから、自分らと同じ、天龍と近い年代の学生かもしれないと那珂と五十鈴は想像した。彼女に関してはそれくらいしか判別できない。

 

「被害状況はこの通りか。うちらで戦えるのはあたし、天龍と龍田の2人だ。他のやつらはビビっちまってダメだ。もう戦闘に参加させらんねぇ。」

「私達は、那珂、五十鈴、ます……村雨、そして私五月雨の4人です。」

 

「ちょうど6人か。」と天龍。

「大本営が取り決めた艦娘の艦隊の推奨構成人数ピッタリね。」

 教わったことを思い出すように五十鈴も言う。

 

 天龍は頭を掻きながら五月雨たちに近寄り、口を開いた。

「あのよー……なんつーか。あんたらの支援がなかったら死ぬかもしれない轟沈が待ってたわ。天候のことまで頭になかったしよ。助かったぜ。」

 五月雨たちからは怖そうに見えた彼女が、鎮守府Aの面々を見直したのか素直に謝ってきた。わずかに照れを見せるその様子を見た那珂と五十鈴は、天龍が間違いなく自分らと同じ学年だと再認識した。

「ちょうど6人だしよ、その6人で臨時で艦隊組まねぇか?あとはデカブツの2匹だけだろ?こっちには軽巡が4人もいるんだ。ま、なんとかなるだろ?」

 となりにいる龍田も黙ってコクリと頷いた。

 

 五月雨は那珂と五十鈴に視線を送り、どうしようかと目で訴えかけた。

「わたしは賛成よ。」

「じゃあ……はい! 私も賛成です。」

 五十鈴が賛成の意を示したので五月雨も賛成する。そして那珂も笑顔で天龍と龍田に向かって意を示した。

 

「うん、賛成かな!」

 

「改めてよろしくな。あたしは○○鎮守府、軽巡洋艦艦娘の天龍だ。○○鎮守府の今回の旗艦だ。」

 天龍が丁寧に挨拶をしたのでこれまで黙っていた龍田も挨拶をする。

「……同じく。私は……軽巡洋艦艦娘の……龍田です。」

 龍田はものすごくとろっとしたしゃべり方で、ぼそぼそと自己紹介したので那珂たちはあまりよく聞き取れなかったが、とりあえずよしとしておいた。

 

「私は鎮守府Aで秘書艦やってます駆逐艦、五月雨です。今回の旗艦です。よろしくお願いします!」

「同じく、鎮守府Aの軽巡洋艦、五十鈴よ。よろしく。」

「同じくー。鎮守府Aの軽巡那珂でーす!」

 

 残りの深海凄艦撃退に向けて、臨時で2つの鎮守府の艦娘たちによる艦隊が組まれた。

 

--

 

「ところでさ、臨時で組むのはいいんだけど旗艦誰がするの?」

 気になっていたことを五十鈴は全員に尋ねた。その場にいた全員が考えこむ。

 

 ふと天龍が提案した。

「あたしはそっちの那珂ってやつがいいと思う。さっきの戦場でチラリとしかみてねーけどよ、あんた実は結構頭切れるだろ?はっきりいってそっちの五月雨よりも旗艦に向いてると思うぞ?」

 ズバリ言われて五月雨はショックを受けたが、那珂のほうがすごいのは事実だったのでうつむきつつもゴメンナサイと小さな声で謝った。

 

「いやいや。別にあんた自身を責めてねぇよ。俺は冷静に見てそう思ったから言っただけだし。なぁ龍田?」

 同意を求められて龍田は頷いた。隣艦隊の天龍は歯に衣着せぬ言い方をする人物らしいと、那珂たちは理解する。

 

「でも、私も那珂さんが旗艦がいいと思います。私、人をまとめあげるのやっぱムリです……。」

「仕方ないわよ。五月雨は優しすぎるしのんびり屋だもの。それに本格的な戦闘の経験が私達にはまだまだ足りない。」

五十鈴が慰める。

 

「あのさー、あたし五月雨ちゃんや五十鈴ちゃんよりも艦娘のキャリア短いんだけどー、そこ忘れてないよね~?」

 そういやそうだった!と五十鈴と五月雨はハッと口に手を当てて気づいた。

 

 

 結局その場にいた4人の賛同を得たので、那珂は仕方ないなーなどと口元を緩ませて言いつつも旗艦をする意思を示した。

 こうして、臨時の艦隊が編成された。

 

 

 その日は雨が上がるまで待つことになった。その間各自艤装のメンテナンスを同行している技師に頼んだり、雨で濡れた衣服を乾かすなどして身の回りを整えたり、休憩を取った。

 

 雨があがったのは夜となった。

 

 

--- 6 反攻

 

 夕方頃、会議室には艦隊メンバーの6人が集まっていた。

「気象庁の発表によるとこのへんの雨はもうすぐ止むそうだ。雨がやんだら、即出撃するべきだとあたしは思うんだが、あんたらはどうよ?」

 天龍は那珂たちに提案した。

 

「もうすぐ夜ですよ。となると夜戦になってしまいます。」

 まだ夜間の戦闘を経験したことがない村雨が不安げに言う。同じく夜戦の経験がない五月雨も頷いた。

 

「いいじゃねーか夜戦。この中で夜戦を経験したことがあるのは?」

 そう天龍が尋ねる。自身も手をあげ、那珂たちの反応を伺う。他のメンバーでは那珂、五十鈴の二人が手を挙げた。

 

「3人か。まー、順当なところだな。でよ、旗艦さん。あんたは賛成?反対?どっちよ?」

「そうだねー。あまりこの場に長くいるのもまずいと思うからね~。この護衛艦が狙われちゃうかもしれないし。とすると……」

 那珂が言おうとしたその先の言葉は、五十鈴が補完した。

「早期決着ってことよね?上等上等!」

 五十鈴の方を見てコクコクと笑顔で頷く那珂。

 そんな五十鈴を見て天龍はどうやらフィーリングが合ったらしく、親しげに触れてきた。

 

「お、あんたも話がわかる口?いいねぇ~気に入ったぜ!」

「へ?あ、あぁ。どうも……」

 聞いていた態度からは全然違う様子だったので、五十鈴は意表を突かれた感じで気の抜けた返事しかできなかった。

 

 

--

 

 真っ暗でだだっ広い洋上での夜戦ということで、細かく作戦を立てても動けない可能性がある。洋上での夜戦となると、基本的には相手の位置が把握できていることが前提の、本物の艦同士で行うものである。それを、軍艦をもとにした艤装を装備しただけの人間と、大きさがマチマチの海の怪物が距離感もわからないのに行うのは、無謀にも等しい。

 以前那珂と五十鈴が経験した夜戦は内陸に近い海で行われたことと、深海凄艦の出てくる場所がかなり絞られていたからうまくいった。

 

 とはいえ今回那珂は日中、戦闘海域から護衛艦に戻る前にスマートウォッチでGPSの緯度経度を確認してメモしていた。そのため日中に重巡級がいたポイントをすぐに皆に知らせることができた。

 天龍からは、帰る途中なのによくそんなことに気がつくなと感心されて、エヘヘと照れ笑いを見せる那珂。

 

 位置の問題は解決可能とふんだ6人だが、本格的な夜戦となると今回は大洋のどまんなかであり、周りには明かりが一切ない環境である。外を確認する6人。ライトが必要だと判断した。

 

「く、暗いですね……ちょっと怖いなぁ……」

 五月雨は怖がる。そんな五月雨を五十鈴はフォローした。

「普通の人間は夜にこんな海のど真ん中にいたりしないからね。誰だって怖いわよ。」

 

「あたしはそうでもないよ。なんかね、ワクワクするんだぁ!」

「あたしもそうだ!なんか悪いことしに行くようで楽しみだぜ!」

 那珂に続いて天龍もノリノリでそんな発言をする。二人はアッハッハと笑い合う。

 そんな二人の様子を見て天龍の隣にいた龍田はハァ……と溜息を付くのみ。口数も表情も少なげな彼女から唯一読み取れる、呆れたという感情であった。

 

 五月雨と村雨はアハハと苦笑いをするのみ。

 五十鈴はそんな二人を見てこう思っていた。この二人、プライベートで友人同士だったら相当ウマが合ってただろうなぁと。

 

 ちょっとだらけそうになった雰囲気を那珂は作戦会議に引き戻す。

「それじゃあ、日中戦ったポイントまでの移動はこうしよ?あたしが探照灯を持って先頭を進むから、それ以外のみんなはスマートウォッチで時々バックライトを付けて確認しあうだけね。はぐれそうになったら必ず点灯させて素早く振ること。それが、誰かになにかがあったということを知らせる合図ね。」

 

 全員それに賛成した。

 

 

--

 

 夜7時過ぎ。都からの任務で特別な措置が図られていたので、学生艦娘でも7時以降も艦娘の仕事が許可された。その旨各鎮守府の提督にそれぞれの旗艦の艦娘から連絡をし、提督から各艦娘の家庭へと連絡が行った。夜の戦闘の仕事に不安になる親もいたが、東京都からの仕事ということと、海上自衛隊の護衛艦と隊員が付いているというハクがついていたのでしぶしぶながらも納得をしてもらえることとなった。

 

 

 甲板に出る6人。周囲には護衛艦の甲板照射灯の光だけが唯一確認できる人工的な光だ。それ以外は月明かりだけ。あと1時間ほどたてばさらに暗くなる。護衛艦から離れれば人の目だけではほとんど作業はできなくなる。

 

 わずかな光だけでも深海凄艦の注意を引いてしまう可能性があるため、那珂は護衛艦の艦長らに、甲板照射灯を護衛艦本来の警戒態勢に最低限必要となる一部を除いて、ほとんど全部消すようにお願いした。自分らから合図するまでは消してもらう。注意をひくのは自分たちの持つ光だけにしたいのだ。

 

 

「じゃああのポイントまで行くよ。みんな、準備はいいかな?」

「あぁ、いいぜ!」

「……(コクリ)」

「ええ、いいわ。行きましょう。」

「はい。了解ですぅ。」

「はい!頑張ります!」

 

 

 6人は艤装の同調を開始し、護衛艦から身を乗り出して海上へと降り立った。日中も静かだったが夜となるとさらに静けさが増す。約2名以外はなんとなく恐怖を抱いていた。

 

 夜の洋上では艦娘たちの海の上を波を切って進む音だけが響き渡っていた。みな無言で進む。

 

 ふと五月雨が口を開いた。

「やっぱり夜の海の真っ只中は怖いですね……」

 はぐれていないということを確認するかのように少し声を大きくして不安を語った。

「夜の外出楽しいけどなぁ~。五月雨ちゃんは学校の修学旅行とかでみんなで夜外に抜け出したことない?」

と那珂。

「ええと、まだ修学旅行に行ったことないんです。」

「けど今年行くんですよ、さみも私も時雨たちも~。」

 五月雨の代わりに村雨が答えた。

 

「そっかぁ~じゃあ楽しんできてね!夜の外出とか絶対楽しいよ~」

「といってもまだ先の話ですけどね。」

 耳にかかった髪を指でサッとかきわけながら五月雨はそう返した。

「あんた学校の生徒会長でしょ……学校違うとはいえ模範になるべき生徒がなに後輩たぶらかしてるのよ。」

 五月雨たちをサラリとそそのかそうとする那珂に五十鈴がツッコミを入れた。テヘペロの仕草をして茶化してごまかす那珂。

 

 

 夜の怖さを紛らわすために雑談をしながら目的のポイントまでの残りの海路を進む6人。

 するとある距離から、キュイーという鳴き声が聞こえてきた。それは6人全員の耳に入ってきた。

 

 

--- 7 激戦

 

 

 鳴き声が聞こえた瞬間、6人は立ち止まる。

 

「これ……なに?なんの音?ていうか声?」

 五十鈴が真っ先に疑問を口にした。

 先頭に立っている那珂が探照灯を角度を広めて当たりを照らす。那珂には聞き覚えがあった。

 

「みんな、陣形展開して警戒して!」

 那珂が真面目に全員に指示を与える。

 輪形陣になって周囲に気を張りながら進む6人。那珂は進む方向に探照灯を当てている。

 

 GPSで日中に確認したポイントまで辿り着いた。キュイーという鳴き声は、存在するであろうと推測された浅瀬のある当たりから聞こえてきた。キュイーという声にまじって、ゴプ……ゴプ……という濁った音も聞こえてくる。それらはすべて海中から聞こえてくるようだった。

 

「あそこか?あのあたりから聞こえてくるぞ。なんだ……?」

「都の職員の人に海底地図見せてもらったけど、GPSのあのあたりって洋上だけど確かにかなり水深が浅くなっているのよね。間違いなくあのあたりに何かあるわね。」

 さらに警戒する天龍と、推測する五十鈴。駆逐艦2人は軽巡の3人の後ろでゴクリと唾を飲んで身構えている。

 

 

 那珂が探照灯をわずかに動かしたその時、音が聞こえてきたあたりから何かが3つ、海面を波立てて浮き上がってきた。

 

 

ザバァ!!!

 

 それは、日中に遭遇した重巡級の2匹と、日中にはいなかった大型の深海凄艦だった。その姿は人間など一噛みで2~3人は"噛み砕け"そうな肥大化して口に収まりきらない歯と、巨大な双頭、皮膚から飛び出た管のようなものが6~7本ある奇形のサメのような存在。前者の2匹も那珂たちより大きく威圧感があったが、それらのさらに数倍は大型の深海凄艦。それでも重巡洋艦級と判定されうる個体である。

 

 

 暗いので目を凝らして見る6人だが、那珂が探照灯でひと通り照らしたので全員その姿を確認することができた。

「な、なにあれ……!?初めて見ますあんな大きな深海凄艦!」

「なんなのよあれ……」

 五月雨と村雨はあきらかに日中の重巡級より大きな姿の深海凄艦に驚いて腰が引けている。

 

 天龍はすぐに自身のスマートウェアで何かを確認し、口を開いた。

「……あれだ。あれが親玉だ。うちの提督からもらった指令データにある特徴そのまんまだ。2つ飛び出た頭。ホントに気味わりぃ姿のやつだ!」

 

 那珂は全員に素早く指示を出した。

「全員少し下がって雷撃の準備をして! 敵がどう動くかわからないから先手を打つよ!」

 

 那珂は村雨以外のメンバーを、(隣艦隊の天龍と龍田がいるため)通常の魚雷の射程距離分下がらせ、いつでも雷撃できる準備をさせた。自身は横に並ぶように村雨のそばに移動する。

 那珂の持つ探照灯にはまだ3匹がくっきりと照らされて姿を確認できている。那珂は合図を送った。

 

「村雨ちゃん以外は全員雷撃して!」

 那珂は村雨には魚雷を浅く沈ませる、相手に命中しやすい撃ち方をさせる予定だった。

 

 その合図とともに五十鈴、五月雨、天龍、龍田は自身の持つ魚雷発射管から魚雷を放った。通常の撃ち方のため、エネルギー弾形式の魚雷はある程度海中まで沈んだ後、縮みだしたのち急に速度を出してまっすぐ斜め上に浮上しながら泳いでいく。距離的に、ほぼ3匹の真下に当たるように近づいていき……

 

 

 

ズドドォーーーン!!!

 

 

 多重音になった魚雷の爆発音が響き渡った。すさまじい水柱が立ち、水しぶきが辺り一面に散っていき艦娘たちの顔や肌に当たる。

「やったか!?」

 天龍はそれを見て口に出した。

 しかしその場に横たわるように浮かんだのはサメの奇形型の重巡級の1匹の肉片だけで、あとの2匹の姿はなかった。

 

 

「ちっ、1匹だけかよ。あとのやつらはどこだ!?」

「潜って逃れたのかも。気をつけてみんな!」

 那珂の探照灯に照らされたその様子を見て天龍と五十鈴が警戒を強めて周囲を見渡す。

 

 慌てて那珂は探照灯を左右に動かして範囲を変えて照らすが、親玉の双頭の重巡級ともう一匹の重巡級の姿を完全に見失っていた。

 那珂の想定が正しければ、2匹の深海凄艦は那珂自身に向かってくるはずである。しかし海中を見ても深海凄艦の目は判別できずわからない。

 

 ふと那珂は探照灯を海中に向けて照らしてみた。艦娘という人が持つがゆえの行為であった。海面では反射して見えないが、少し離れている村雨の位置からだとごく浅い海中なら、その光でかろうじて確認できた。

 

「あ!1匹真下に来てま……」

 

 村雨が気づいて言葉を最後までいうがはやいか、1匹の深海凄艦が那珂と村雨の中央辺りから浮き上がって空中に身を出してきた。

 

 

ザッパァーーン!!!!

 

 

 隣り合って並んでいたとはいえ少し距離があったにもかかわらず、飛びだしてきた深海凄艦は十分に那珂と村雨に食らいつける大きさだった。双頭の重巡級だ。

 

 

 

 那珂は浮き上がった時にできた大波の流れに身を任せて後退したため、双頭の重巡級をなんなく回避できた。

 一方の村雨は一瞬回避が遅れ、片方の足の魚雷発射管をかすめるように触れてしまったためその魚雷発射管が弾き飛ばされて破壊されてしまった。村雨自身は避けたというよりもその衝撃で弾き飛ばされ、実質無事に後退できていた。

 

 突然のことにあっけにとられた他の4人。はっと気づいて五十鈴は那珂に近寄っていく。五月雨は若干混乱しているのか、とっさに双頭の重巡級に向けて単装砲で何回か砲撃する。

 

「あ……ああああぁ~~!」

 

ドゥ!ドゥ!!ドドン!!

 

 

 

 が、その直線上には五十鈴がいた。

 

バチン!バチン!

ドシュー……ボン!

 

 

 と、五十鈴のバリアが五月雨の砲弾を消し飛ばす音と火花が散った。数発のうち一発は、五十鈴を通りすぎて何かに命中して爆発していた。

 

「ちょ!?五月雨!私が前にいるのよ!撃たないでよ!!」

 バリアが砲弾を弾いたため被害はなかったが、自身の真後ろで電磁波による破裂音とバチバチと飛ぶ火花を見聞きして驚いた五十鈴が振り向いて五月雨に抗議した。

 

「あ!!すみません!ゴメンなさい!!」

 五月雨は謝って慌てて単装砲を下ろし、五十鈴に遅れて移動して那珂たちの方に向かう。

 

--

 

 その光景をところどころ起きた光で見ていた天龍と龍田は……。

「あーあ。何やってんだよあの五月雨ってやつは。夜なんだから気をつけろっての。」

 呆れてそう言いながら、那珂たちのほうに向かおうとする。

 

 

 その時、天龍と龍田の前にもう一匹の重巡級が突然海面に姿を表した。それは、彼女らが日中に対峙した重巡級だった。暗かったが月明かりで照らされたそのグロテスクな造形の一部を目の当たりにして、二人にははっきりわかった。

「あぁ、てめぇか……日中のデカブツ。」

 天龍は重巡級を睨みつけて更に続ける。

 

「日中はなかなか近寄れなくて思うように傷めつけることができなかったけどよ。こんだけ近くなら、あたしと龍田のマイホームだっつうの。」

「……それをいうならホームグラウンド。さらにいえば"間合い"というべき。」

「う、うるせぇ!そんなことはどうでもいいんだよ!」

 

 かっこ良く決めたつもりが、言い間違いと言葉の誤用で龍田から2回ツッコミが入って照れ混じりに怒る天龍。

 

「おーーい旗艦さんたちよ!そっちの獲物はあんたらに譲るぜ!」

 そう那珂に言い放ち、天龍と龍田はその重巡級と戦い始めた。夜だったので那珂たちからはほとんど見えなかったが、その声のすぐあとにザシュ!という何かを斬る音がしたので、天龍たちの戦いも始まったと気づいた。

 

 

--

 

 もう一匹の重巡級のことは天龍らに任せて那珂たちは双頭の重巡級をどうにか倒そうと模索する。

 那珂たちの位置は、次のようになっていた。

 

村  双頭の重巡級  

          那

       鈴

       五

 

 村雨が他の3人とやや離れている。村雨は自身の被害状況を3人に伝える。片足の魚雷発射管が取れてなくなってしまっていること、それ以外は無事だということ。

 那珂はそれを確認し、胸をなでおろした。そして、頭の別の部分ではさきほどの五月雨の何気ない砲撃の結果を思い出していた。

 

 五十鈴を誤射してしまったが、そのうち一発は、五十鈴ではなく別の何かに当った音が聞こえたのだ。那珂はとっさに想像を張り巡らせ、確証を得るために少しだけ双頭の重巡級の正面になるように移動し、当たったであろう部位を探すために探照灯を直に当てた。

 

 

 那珂はそれを見つけた。そしてすぐさま3人に伝える。

 

「みんな、あの2つ頭のでっかいヤツには、普通の砲撃が効くよ!あたしが照らし続けるから、みんなで撃ちまくって!」

「わかったわ!」

「はい!」

「わかりましたぁ!」

 

 那珂に近づこうとしていた五十鈴と五月雨は那珂から距離を置き、双頭の重巡級を半周取り囲むような位置取りをした。

 

村  双頭の重巡級  那

 

   鈴    五

 

 村雨は移動しなかったため、探照灯が当たった双頭の重巡級めがけていち早く単装砲で砲撃し始めた。続いて那珂、五十鈴、そして五月雨も砲撃を始めた。

 

ドンッ!!ドン!ドドン!!

ゴッ!!

ドカン!!

バーン!

 

 単純な爆発音に混じって、装甲らしき皮膚や鱗を弾き飛ばす音が聞こえる。4人の耳には確実にダメージを与えている音が聞こえてきた。

 

 何発か当たると双頭の重巡級は苦しみもがいている様子を見せ、そして砲撃から逃れるように移動を始める。図体がでかいので移動しても那珂の探照灯にすぐに当てられる。那珂たちの陣形を崩そうとするかのように一角である五月雨の方に向かってきた。

 

「わ!わ!どうしよ!?」

五月雨がどちらの方向に避けようか迷っていると、五十鈴が叫んだ。

「五月雨!私の方に逃げて来なさい!」

 

 その言葉を聞いて五月雨は五十鈴の方に進もうとした。移動し始めるのが遅かったので、双頭の重巡級の突進にかなり近い位置での回避となった。そのため双頭の重巡級が突進してきたときに出来た大波に足を取られ、日中と同様に身体の横から海面に倒れこむ形で身体の半身を濡らしてしまった。

 

「ふえぇ~ん。またびしょ濡れだよぉ……」

「それくらい我慢しなさいな。それよりもまたあいつを囲むように位置を取るわよ。そうでしょ!那珂!」

 

 最後に五十鈴は大声で那珂に確認を求めると、那珂は探照灯を縦に振って答える。頷いたという印だ。

 

 元々五月雨がいた位置からぐるりと大きく方向転換をして那珂の方にむかってくる双頭の重巡級。探照灯を照らすために那珂も合わせて方向転換をする。それに合わせて他3人も双頭の重巡級を狙える位置に移動した。

 

 

 

「さー、来なさいな~一番の見せ場なんだからさ~!」

 あたかも挑発するように那珂はひとりごとを言う。もちろん深海凄艦に聞こえたところで理解されないので挑発の意味は全くない。

 

 

 那珂に近づいてくる最中、双頭の重巡級は身体のいたるところに開いているすこしだけ管状のものが飛び出た穴から、一斉に体液らしき"何か"を発射してきた。それの第一波が着水した。那珂たちはいない、何もないポイントである。激しい水しぶきを立てて爆発を起こした。

 

「うわっとっとっと!あっぶなぁ~」

「きゃっ!」

 幸いにも4人とも当たらずにすんだが、その威力は肌で感じた。当たってしまえば艤装の電磁バリアでも防ぎ切れるかどうか怪しいとふむ。

 

 

 "何か"の発射の第2波が来た。今度は那珂達の位置にかなり近い場所に飛んできたのでそれぞれその場から移動して避ける。

 

 続いて第3波、第4波。あたり一面に"何か"の爆発で起きた水柱が立ちまくる。水柱という障害が夜間の視認性の悪さに拍車をかける。

 

「っ……!これじゃあせっかく砲撃が有効だってわかっても思うように攻撃できないわ。狙いにくっ……」

 "何か"の爆発と水柱を避けながら五十鈴が愚痴る。

 

 発射している間も双頭の重巡級は少しずつ移動していた。まったく狙えないわけではなかったが、水柱にあたると砲弾の速度が若干落ちるので、当然威力も落ちる。人の当然の反応として水柱を避けようとしてうまく狙えなくなる。直接本体をしっかり狙える状況でないとしっかりダメージは与えられそうにないことは明白であった。

 

 爆発と水柱を避けているためすでに当初の陣形は崩れている。しかしながら探照灯を持っている那珂を狙って近づいているであろうことだけは全員わかっているので、それだけが頼りだった。

 狙える位置に近寄ろうとするも、第5波、第6波が飛んできて4人の進路の邪魔をする。これがこのまましばらく続くのなら埒が明かないと4人は思っていた。

 

--

 

 しかし那珂だけは別のことも思っていた。発射してくる"何か"が体液のようなものだとすると、いくら巨大な生物であっても、連続で放出するのには限界があるはず。一度に大量の体液を放出しているから、そのうち弾切れならぬ体液切れを起こすはず、と。

 

 那珂の考えがあたっていたのか、最初のうちは短い間隔で発射していた"何か"は、第7波、第8波、第9波、第10波と連続で発射されていくうちに、その間隔が長くなってきていることがわかった。すかさず那珂は3人に指示を出す。

 

「みんな!少し距離を開けて魚雷を撃ちこんで!急げば次の攻撃が来るまでに間に合うと思うからぁー!」

 

 その意図はわからないが、那珂が言うことなら確かだろうと五十鈴たちは信頼した。そのためその指示が伝わってすぐ、3人とも普通の魚雷の撃ち方に必要な距離まで後退し、魚雷を撃つ準備をし始める。

 

「「「了解!」」」

 

 そして第11波となる複数の"何か"が発射された。それが3人のところまで届くかなり前、五十鈴たちは一斉に魚雷を双頭の重巡級めがけて発射していた。

 那珂は双頭の重巡級が動かないよう、あえて探照灯をその場で上下左右にぐるぐる動かして自分に注意を引きつけて、魚雷が到達すると思われるギリギリまでその場にとどまり、頃合いを見計らって急速に後退した。

 そして……

 

 

ズド!ズドドオォーーーーン!!!

 

 

 3人が発射した魚雷は双頭の重巡級に全弾命中した。尾ひれ、脇腹、片方の頭と、破裂により原型をとどめないほどえぐったり、尾ひれ付近に至っては完全に吹き飛ばしていた。

 

「やったぁ!気持ち良いくらいめいちゅー!みんな!あとすこしだよ~!」

 探照灯を持っていない方の腕でガッツポーズをして喜び叫ぶ那珂。

 

 しかしそのとき、すでに瀕死と思われたが、双頭の重巡級は最期の力を振り絞ったのか半分潜りかけていた半身をさらに沈ませ完全に海中に潜り、速度をあげて前方にいる那珂めがけて急浮上した。

 

ザバアァァア!!!

 

 

 海面に勢い良く飛び出したので、上にいた那珂はポーン!とボールを投げたかのように空中に放り出された。

 

「ひゃあああ!!!」

 

 

「那珂!!」

「那珂さん!!」

「那珂さん!!」

 

 

 3人が那珂の名を叫んだ。空中に投げ出された那珂は約2回転し、持っていた探照灯の照射がその回転に合わせて辺り一面に当たる。少し離れた位置で戦っていた天龍たちはその意外なところからの照射により、那珂の身に何かがあったことを察知した。

 

 空中に放り出された那珂を食らうべく破壊されていないほうの頭部で口を開けて真下で待ち構える双頭の重巡級。そのまま那珂が落ちれば、誰の目にも死亡という、最悪の事態が待っている……はずだった。

 

 

 しかし那珂よりも先に、双頭の重巡級めがけて落ちてきたものが2つあった。

 一つは想定されたよりも低速な魚雷(の元となるエネルギー弾)と、もう一つはその真上に続く海水の水滴である。那珂は探照灯をその時は真上に向けて持っていたため、他のメンバーは落とされたものを誰も確認できなかった。海水の水滴が魚雷のエネルギー弾に浸透し、急速に縮みだしてスピードを上げて落ちていく。

 

 そして双頭の重巡級は大きく開けたその口で、那珂ではなくその落ちてきた魚雷をまっさきに飲み込んだ。そして……

 

ゴアッ!!!

……バァァーーーン!!!

 

 

 那珂以外の3人が確認したのは、海中・海上で見るよりも大規模で激しい爆発と爆炎で、その直後飛び散った双頭の重巡級"だった"肉片。爆炎の光で辺りが一瞬照らされたことで全員が目の当たりにした。

 

 3人と、離れたところで戦っていた天龍たちは何が起きたかわからなかったが、五十鈴はすぐに察しがついた。那珂がまたあの奇抜な撃ち方をしたのだと。普通の艦娘ではまず思いつかない、やらない。それをやってのけるのは那珂だけ。

 五十鈴はやれやれという呆れを込めて口の端を上げて苦笑いをした。表情はそうだったが、心のなかでは彼女が決めた勝利によりにこやかな笑顔をしていた。

 

 

--- 8 勝利の帰還

 

 探照灯の光が海上に落ちてきた。那珂は双頭の重巡級だった破片の上に一旦着地し、その後よろけるように着水した。敵の撃破をわかっていたので、次に那珂が発した一言は、五十鈴が聞き覚えのある一言だった。

 

 

「いえ~い!那珂ちゃ~んスマイルぅー!」

 那珂はその場でくるりと回転してポーズを取った。夜間で誰からも見えてないそのポージングに対して、五十鈴が大声でツッコミを入れた。

 

「探照灯で自分を照らしなさいな!それじゃあせっかくの決めポーズも誰も見えないわよ!」

「アハハ、確かに!」

「那珂さぁ~ん! こっちきてもう一回ポーズしてくれないと~」

五月雨は心から笑い、村雨は五十鈴につづいてツッコミにノる。

 

 

 天龍たちはその少し前に重巡級を倒しており、那珂たちが勝利したのがはっきりわかると、那珂たち4人のもとに近寄っていった。

 

「よぉ、そっちも片付いたようだな。」

「えぇ、那珂が最後に決めてくれたわ。」

「探照灯が宙に舞ったと思ったら大爆発を起こしたって……あいつは一体なにをやったんだ?」

 

 天龍が五十鈴にそう質問をすると、離れたところで探照灯をくるくる回して五月雨と村雨の二人と一緒になってはしゃいでいる那珂を見て、こう言った。

「講習や教科書どおりにしか扱わない私たちじゃ、思い浮かばないような魚雷の撃ち方よ。ほんっとあの娘、いい発想してるし、いろんなものによく気づく人だわ。」

 ふぅん、となんとなく察しがついた天龍は納得したという表情をした。

 

「五十鈴ちゃん!天龍さん!」

五月雨たちと一しきり喜び合った那珂が五十鈴たちのいる場所に来た。

「おー、那珂さん。やったようだな。」

「うん!バッチリね~。」

 

 軽々しく勝利の言葉を述べているが、五十鈴はやや納得していない様子を見せる。

「ちょっと那珂!あんた、あのふっとばされるのも、前みたいな魚雷の撃ち方するのも、すべて狙ってやってたの? どうなのよ!? 下手したらあんた……あのまま食われてたかもしれない最悪の事態だったのよ!?」

 五十鈴はついつい激昂してしまった。そんな様子を見た那珂はやはり軽々しく五十鈴に説明する。

 

「まっさか~。狙ってやってたわけないじゃない!さすがのあたしも実は本気で焦ってたよ?」

手をブンブンと顔の前で振って否定する那珂。

「じゃあ……」

「魚雷をとっさに撃てたのも、水しぶきが近くを舞っていたのも、化学反応ぉ?してお口に飛び込んでいったのも、すべて偶然。今回は、ホントに運がよかっただけ。いや~参ったね~。」

 事実那珂は本気で焦り、恐怖を感じていたが、機転だけは聞かせるだけの冷静さがあった。

「偶然って……それでもその判断、すごすぎる。私じゃ……きっと出来ずに喰われて死んでたかもしれない。」

「はぇ~。すべて偶然で片付けちまう那珂さん、あんた只者じゃなさすぎるわ。こういうのなんつうんだっけ龍田?」

「…脱帽した。」天龍のすぐ後ろに佇んでいた龍田は一言で天龍に回答した。

「そうそれ!脱帽したわ。」

 

「も~三人共おおげさ~! でも死んでたかもしれないってのはホント、ありえたかもしれない。そんな心配させたのはゴメンね、五十鈴ちゃん。」

 身体を揺らしておどけながら口を動かしていたが、最後に五十鈴に真面目に謝った。

「べ、別に本当にあんたの心配してたわけじゃ……!」

 五十鈴はテレビドラマや漫画でよくある紋切り型の照れの仕草をして那珂に言葉をかけた。その真意では本気で心配していたという意味がこもっていたのに、那珂は気づいていた。

 

 

--

 

 その後、撃破証明のため天龍は自身の眼帯型のスマートウェアで双頭の重巡級だった肉片のうち、その形がわかるような部位を撮影した。

 一方の那珂たちは周囲に新手の深海凄艦が近づいていないかどうかを確認し、安全を確保して最後の一仕事をする天龍と龍田を警護した。

 

「終わったぜ。さ、帰ろう。那珂さんよ、指示を出してくれや。」

 天龍は背伸びをしながら那珂に催促する。

「うん。よーしみんな。敵倒したし、帰るよ!」

 

 各々その指示に返事をし、那珂を先頭としてその場から離脱、6人は護衛艦のもとへ帰路についた。那珂から連絡をもらって、甲板照射灯が全部つけられて目立っていた護衛艦がすぐに見えてくる。

 

 

 護衛艦に戻り、那珂と天龍は待機していた艦娘たちに勝利と事の顛末を伝えた。隣艦隊の艦娘たちも鎮守府Aの時雨と夕立も、まるで自分のことのように喜び、戦闘から帰ってきてヘトヘトな6人にねぎらいの言葉をかけた。

 そしてその場での報告会をもって、2つの鎮守府それぞれ所属の艦娘たちによる、臨時編成の艦隊は解散した。

 

 

 護衛艦はその海域から一旦離脱し、自衛隊隊員や艦娘のもろもろの作業のために再びしばらく停止したあと、本土へ向けて進みだした。艤装を外して普通の少女に戻った各々は休憩したり食事をとったり、旗艦を務めた艦娘らはそれぞれの鎮守府に向けての報告メールを作成する。そうこうしていると、時間はすでに0時を回っていた。日本本土まではまだあと2~3時間ほどかかる。

 

 

--- 9 幕間:深夜の少女たち

 

 

 鎮守府Aに向けての報告メールは、最初は五月雨が意気込んで作成していたが、そのうち船を漕ぎだしたので、隣にいた那珂は肩を叩いて彼女を現実に戻す。

 

「五月雨ちゃん、続きはあたしが作っておくからさ、あなたはもう寝ていいよ。」

「ふぇ……?あ、すみません……眠いではす……」

「ホラホラ。眠さが文章に出てるよ。あばばばっっっっhghghghとか素敵な文章が混じってるし~」

 五月雨がコックリコックリして適当に打ってしまった文章にクスリと笑いつつ指摘する那珂。

 寝ぼけていて言動が怪しくなっている五月雨を寝具に誘導し、那珂は彼女を寝かしつけた。

 

((くぅ~なんかかわいいなぁ~。妹いたら、こんなふうなのかな~))

 

 別種の何か趣向が芽生えそうな気持ちを感じ始めていた那珂はブルブルと頭を振り雑念を振り払って、五月雨から引き継いだ書き途中の報告メールの映るノートPCに向かった。

 

 

--

 

 一方別の部屋ですでに寝ていた五十鈴は、天龍に"叩き"起こされていた。

 

「ょぉ~ 五十鈴さんや起きてるか?」

気持よく寝入っていたところを叩き起こされてたため、五十鈴の顔には普段絶対他人には見せない素の怒り顔がにじみあがっていた。

 

「あ゛ん゛だねぇ……!起きてるかじゃなくて起こされたわよ゛!!」

 怒る五十鈴をサラリと流して天龍は続ける。

「まぁまぁ。あんたと那珂とで飲みたいんだよ。どうだ?」

「わたしたち未成年でしょ!? あなた何考えてるのよ!」

 当たり前のことを言い怒る五十鈴。

 

「実はあたしさ、二十歳超えてるんだぜ。」

「いやいや、聞いてるわよ。あんたも高校生だっていうじゃないの。」

「別にあたしたちは本当の兵士ってわけじゃないし、ここ学校じゃないんだからさぁ。ほら!少しくらいやろうぜ? 一度さ、勝利の祝い酒ってやってみたかったんだよ!」

 アルコール度数がものすごく低い、この時代の若者の間で流行っている、未成年でも飲めるジュースのようなお酒の銘柄の缶をチラリと五十鈴に見せる。さすがにガチで本当のお酒を飲みたいというような人物ではなさそうなのは、半分眠っている五十鈴の頭でも理解できた。五十鈴は眠い目をこすりながら色々突っ込もうと思ったが、頭が働かないし多分今のこの少女に何を言っても無駄だと悟った。流れに身を任せることにした。面倒だったので着がえず、持ってきて着ていたパジャマのまま。

 

「……わかったわよ。付き合えばいいんでしょ。じゃあ那珂のところに行きましょ。」

 

 部屋を出て、那珂のいる部屋に向かう五十鈴と天龍。

「ところであなたの側にいた龍田って娘は?どうしたのよ?」

「あー、あいつはあたしの従妹なんだ。中学生を誘うのはちょっとなぁ。」

 中学生も高校生も大して変わらねぇよとツッコミを入れようとしたが、五十鈴は諦めて適当に相槌を打つのみにした。

 

 

--

 

 報告メールを打ち終わり、ぐっと背筋を伸ばして背伸びをする那珂。その時ガチャっとドアが開いた。ドアの方を見ると、天龍と五十鈴が顔を表した。

 

 

「よ!那珂さん!起きてたか?」

「うん、ちょうどいま報告メール終わったところだよ。」

「そりゃあいい。実はこんなもの持ってきてるんだ。聞きゃあ3人とも同じ学年だっていうじゃない。同い年の女3人でちょっと飲もうぜ?」

 五十鈴に見せたように、ジュースのようなお酒の缶をチラチラ見せる天龍。

 

「あー、あたしそういうの飲んだことないんだけど、大丈夫かなぁ?」

「大丈夫大丈夫!さ、飲もうぜ。」

 そう言って缶を早速開けようとする天龍を那珂は一旦止める。

 

「待った待った。後ろに五月雨ちゃんたちが寝てるの。飲むんだったら誰も居ないところに行こ!」

 天龍と五十鈴はそれに頷き、そうっと今の部屋を出て行った。

 

--

 

 3人が来たのは甲板だった。護衛艦には少なからず海上自衛隊の隊員も乗り込んでいるため、見つからないように甲板に出て、人にみつからなそうな設備の陰まで来て座り込んだ。

 

 

プシュッ

 

 

「さー、あたしたちの大勝利に、かんぱい!」

「かんぱーーい!」

「……乾杯」

天龍が乾杯の音頭を取り、那珂と五十鈴がそれにノる。

 

「あら、これ結構イケるわね。私はこの味とアルコールの弱さなら好きかも。」

「あたしも前にダチとこれ飲んでさ、気に入ったから今回こっそり持ってきちまったんだ。」

 五十鈴は初めて飲むアルコール飲料を気に入った様子を見せ、天龍は持ってきた経緯を口にする。ただ、一人だけ違う様子を見せたのは那珂だ。

 

「うぎぃ……あたしは苦手だわこれ~。飲めないこともないけど……お酒ってこんな味なのぉ?」

「ハハッ。こんなの大人に言わせるとお酒に入らないんだと。」

「CMとかで見たことはあるけど……進んで飲みたいとは思わないなぁ。……あ、これ果肉?ちょっといいかも。」

「まぁせっかく開けたんたし、この1本みんなで飲みきろうぜ。」

 将来アルコールを飲む大人になるのに一抹の不安を覚える那珂だったが、ジュースみたいなお酒ということでまったく嫌でもなかったので、天龍の言うとおりせっかく開けて分け合った1本を飲み切ることにした。

 

 天龍と那珂、そして五十鈴は静かな海の潮風に当たりながらチビチビと飲み、それぞれの鎮守府のことや自身の学校のことなどを語り合う。

 

「へぇ~あんたらの鎮守府ってまだ出来て4ヶ月くらいしか経ってないのか。うちはできてから4~5年経つっていうぜ。」

「そちらって艦娘何人いるの?」

気になったことを那珂は聞いた。

「あんまそのあたりのこと提督や総務の人話してくれねーけど、大体60~70人はいるんじゃないか。鎮守府のいたるところで見るし、訓練も一緒にするし。さすがに全員は見たことねーや。そっちは?」

「うちはまだ9人よ。ここに来てる6人と、あとは鎮守府に待機してる3人。」

 天龍からの質問返しに答える五十鈴。

 

「天龍ちゃんのところって大きいんだね~。ね?仲良い艦娘って何人くらいいる?」

 那珂も天龍に質問をする。

「あ?うーん、龍田とあと駆逐艦の何人かくらいだな。ぶっちゃけ艦娘同士で仲良くするって、プライベートでも知ってない限りはしないのが普通らしいぜ? 駆逐艦のやつらも、あたしの行ってた中学のやつらで一応顔見知りだし。」

 

 五十鈴はさきほど天龍が何気なく言った龍田のことを聞いてみた。

「ねぇ、龍田さんってさっき従妹って言ってたけど、詳しく聞かせてくれない?」

「あ~。龍田もあたしが行ってた中学校の生徒で、今回の吹雪たちの同級生なんだ。けど一人だけ軽巡洋艦担当。さすがあたしの従妹だけあって素質あると思ってるよ。」

 

「へぇ~従姉妹同士で艦娘か~。なんか縁あるんじゃない?」

「さ~ね。あたしあまりそういうの気にしないんだけど、龍田とは普段から仲良くしてるし、一緒で良かったと思ってるよ。」

 

「ね?ね? 天龍ちゃんたちの本名教えて!」

 那珂は天龍たちともっと仲良くしようと思って何気なく聞いてみた。天龍は快くそれに答え、従妹の龍田の本名まで口にする。さらには吹雪たちの本名を言い出しかけたが、全員の本名を聞くのはプライバシーの問題もあるため、さすがの那珂もその先は丁重にことわりを入れて聞くのをやめておいた。

 

「ま~ガチで仲良いやつっつったらあたしは今回参加してるメンバーと、残りの吹雪型の担当になった中房の娘たちくらいだなぁ。他は……ま、仕事の付き合いってやつ? なんか大人っぽい発言じゃね、今の!?」

「アハハ!なんかそんな感じだよね~。」

天龍が最後におどけて発言すると、那珂はそれにノった。

 

 

「うちはそう考えると、全くの知らない者同士だけど、比較的みんな仲良くしてるわね。提督がそうしたがりな人なようだし。」

「それは言えてるかもね~。」

五十鈴の発言に那珂が相槌を打った。

 

「まー、9人じゃなぁ。そっちも早く人増えるといいな。」と天龍。

「増えてもあの提督が人回しきれるかどうか怪しいけどね……」

「あはは……それは言えてるかも~」

皮肉をいうように五十鈴が言う。那珂もノる。

 

「人少ないから今は秘書艦の五月雨ちゃんと、みんなでわけあって仕事したりしてるよね。」

 何気なく今の状況の一片を語る那珂。

「へ!?そっちの鎮守府じゃ秘書艦の艦娘以外にも鎮守府の仕事させてんのか!!?」

「だって人少ないもの。」

 那珂の答えたことを反芻するかのように同じ言葉を使って答える五十鈴。

「いやまあそりゃそうだろうけどさ、どんだけダメな提督なんだよ……」

 

 呆れるように言う天龍に、那珂と五十鈴は顔を見合わせ、同じようなことを言った。

 

「「あまり、よそにうちの提督のこと変に言われるのはちょっとね……」」

 

「あ……わりぃ。うちじゃあ平気で提督や大本営のことあれやこれや言ってるやつ多いし、そういう雰囲気あるからつい。鎮守府の運用って、提督の性格にすごく左右されるっていうしな。あんたらがかばうくらいだ。そっちの提督は良いやつなんだろうな。」

 

 

「良い人っていうか……なんだろうね、五十鈴ちゃん?」

 急に那珂から振られて焦りを隠せない五十鈴。

「へ!?あ、あぁ~え~っと……ってなんで私が答えなきゃいけないのよ! あなた答えなさいよ!」

「もー、五十鈴ちゃんは恥ずかしがり屋だなぁ~ ……ぼそっ(提督のことになると)」

「なんか言った?」

なんであんたが私の気持ち知ってるのよと焦りや憤りの混ざった睨みをギロリと那珂にぶつける五十鈴。カマかけて言ってみただけなのに当たりかぁ~と内心気づいた那珂。全然恐ろしくはないがわざと焦る仕草を見せておいた。

 

「あ、あはは~ ま~頼りなさげってのはあるけどね~。真面目だけど気さくで、あたしたちのことよく見てくれている人かなぁ。けど人さばいたりするの苦手そうだから、助けたくなっちゃう。生徒会長やってるあたしの経験が役に立てればな~って思って、提督や五月雨ちゃんのこと助けてあげようと思ってるの。結構好きで気に入っているんだ、今の立ち位置。」

「あんたは素直に話せて羨ましいわ……」

軽快に答える那珂を密かに羨ましがる五十鈴だった。

 

 

--

 

 五十鈴は艦娘自体のことを聞いてみた。

「ねぇ。そちらの鎮守府に五十鈴や那珂を担当してる人っているのかしら?」

「ん?えーっと……すまねぇ。あたし知らねぇや。さっきも言ったけど、プライベートでも知り合いじゃない限りはうちの鎮守府じゃあ、あまり仲良くしないし。訓練とかで五十鈴や那珂って人と一緒になったことないけど、60~70人もいりゃあ、多分いるんじゃないかな?そっちには天龍っているのか?」

「いえ。うちにはまだ天龍は来てないわ。」

 

「そっか。天龍ってさ、艤装面白いんだぜ? 眼帯型のスマートウェアと、センサーだか通信のアンテナがついた角みたいな機械と、剣が配られるんだ。眼帯や角はよくわかんねぇけどかっこいいからいいし、剣はさ、接近戦だぜ接近戦!あたし天龍になれてすっげぇ楽しいもん。」

 

「天龍ちゃん、なんだか戦うの楽しそ~。」那珂はクスクス笑みを漏らしながら言う。

「なんていうかゲーム感覚だなぁ。」

「ちょっと不謹慎な気もするわね……。」

 天龍は自身の感覚を述べる。その発言に生真面目な五十鈴は語気弱めに突っ込んだ。

 

「あたしはあんまそういうの気にしないからいいんだよ。」

 手を振りながらしゃべる天龍から返ってきたのは彼女の大雑把な性格を表す一言だった。

 

 

 そういえばと、那珂はあの戦場でどういう戦い方をしたのか天龍に聞いてみた。何かを斬る音は、天龍の艤装の付属品の剣によるものだったのかと。

「あぁ。接近戦だったら砲雷撃よりもあたしや龍田の武器のほうがはるかに強いぜ。あのでかいやつだってスパッと斬れるもん。」

 

「へぇ~。艦娘で接近戦かぁ。ちょっとおもしろそ~。」

 那珂は少し興味ありげに感想を口にした。

 

「でもそんなことより、あんたのほうが普通にすげーよ那珂。頭も切れるし、奇抜なことして勝てるしでおもしれぇわ。あたしホントは細かく作戦立てるの苦手でさ、ガンガン押したいタイプだから、あんたみたいな頭良さそうな人尊敬するわ!」

 

「いや~それほどでも~。生徒会やってるから人をさばくのは少しだけ得意で、それに艤装つけてるとものすんごく身軽になれるからやってるだけで、あたしなんかまだまだだよ~」

 

「謙遜謙遜! あんたのこと、うちの鎮守府や知り合いにも話しておくぜ。他の鎮守府に名や顔を売っておけばもっといろんなことできるようになるぜ?面白くなるぞ~!」

「うーん。それは嬉しいけどね。まー適当にやっておいて~」

 

((ホントなら最初は五月雨ちゃんの顔を先に売っておきたいんだけどなぁ……))

 お願いはしてみたが、若干困惑した表情を浮かべている那珂であった。

 

--

 

 那珂は天龍の学校のことについて聞いてみた。

「ね、天龍ちゃん。あなたの高校はどんな感じ?艦娘部は?」

「あたしの高校はふつーだぜふつー。偏差値もふつーで別に進学校ってわけでもないし。あと艦娘部はないよ。あたしは普通の艦娘としてうちの鎮守府に所属してるんだ。」

 那珂は自分の今置かれている状況を話した上で、天龍に自分の学校に艦娘部をつくろうと考えたことはなかったか尋ねた。

 

「あたしさ、学校で艦娘部つくろうと思ってるだけど、なかなか学校側がうんって言ってくれなくてさ~。提督もあたしのためにいろいろやってくれようとしてるんだけど、思うようにいかなくて……。他の学校ではどうかなって聞きたかったんだけど。」

 那珂の事情を聞いてうーんと考えこむ天龍。

「わりぃけど力になれそうにないなぁ。あたしは艦娘部作ろう入ろうとか、そもそもそのあたりのことまったく知らなかったし。うちの鎮守府もいろんな学校と提携してるらしくて、ごそっと一気に駆逐艦の艦娘たちが入ったことがあったらしいけど、少なくともうちの高校はなかったわ。」

 

 続いて五十鈴が尋ねる。

「ねぇ天龍さん、あなたはどうして艦娘になったの?」

 

「あたしはたまたま艦娘の特集やってた雑誌見て興味持ってさ、試しに受けに行ったら天龍の艤装の同調ってのに合格したのさ。ま、艦娘になろうなんて人それぞれだけど、みんなそんなもんじゃね?まぁ他の人がどうだこうだってあんま気にしないけどさ。少なくともあたしは天龍の艤装がすんげぇカッコ良かったから、見た目で選んだってタイプだよ。」

 言い終わると天龍は缶に口をつけてコクッと一口二口、紙コップに入った飲料を喉に通した。

 

 

「まぁ……ね。私もなんとなく興味があったってだけで、戦いたいとか世界を救いたいとかそんなことは考えてなかったわ。でも私は自分が同調に合格した五十鈴に、なんらかの縁があったと思いたいわ。150年前の第二次世界大戦で実在した軍艦五十鈴のこと調べて色々歴史知ることができたし。そういう興味の広がりやそれを通した出会いとか、心境の変化とか、そういう変化があったと思えるだけでも艦娘やってる意義はあると思うの。」

 真面目に自分の思いを語る五十鈴の言葉を真面目に聞く天龍と那珂。

 

「あたしもただ興味持ったってだけだから人のこと言えないけど~。五十鈴ちゃんの考える方向性、真面目だなぁ~。」

自身の真意のことは棚に上げて、那珂は五十鈴をからかった。

「あんただって結構真面目じゃないの!照れ隠しにおちゃらけとかよくやるわほんっと……。あんたの発想力っていうか色々できるっていうのもおかしすぎよ。それに聞いたわよ提督から。なんなのよ同調率98%で合格って。それもう人じゃなくてほとんど軽巡洋艦那珂ってことじゃないの。」

「あ……シーッ!シーッ!」

 那珂が珍しく人前で本気で慌てた様子を見せて内緒という仕草をする。

 

 しかし隣艦隊の天龍は、同調率について特に気にしていないのか、わかっていないのかその数値を聞いてもふぅんと適当な感心の言葉を漏らすだけ。その様子にほっと胸をなでおろす那珂だった。

 

 

 

--

 

「いつかそっちの鎮守府に遊びに行きたいな。今度案内してくれよ。」

 色々話をしあううちにすっかり仲良くなった天龍が那珂たちにそう話を持ちかけた。それに対して那珂も快く返事を返す。

「うん、いいよ。じゃああたしたちもそっちの鎮守府に招待してよ。他のとこがどんな運用されてるのか気になるし。」

「あぁいいぜ!そんときは他の娘たちも連れてきなよ。」

「……ふぁぁ~。私も行ってみてもいいわよぉ……演習でもなんでも……」

 五十鈴はもともと寝てたところを起こされたので、酔いの効果もあり眠気がぶり返してうつらうつらとしながら一応話にノる。そんな様子をみた天龍と那珂は顔をクスっと笑う。

 

「五十鈴ちゃん眠そ~」と那珂。

「わりぃ。さっきあたしが叩き起こしたからだわ。ゴメンな! 少しお酒入ったことだし、もう寝よっか?」

 五十鈴に謝った後、あくびをしながらストレッチするかのように身体を伸ばして天龍が言う。

 

「そーしよー。さすがにあたしも眠いよ。それに明日……っていうかもう今日だけど、早朝に鎮守府に帰らなきゃいけないし、寝とこ!」

 那珂が締めた後、三人はその場から立ち上がり甲板の一角を後にした。

 

 

 こうして軽巡洋艦兼高校生の少女3人の、洋上での密かな飲み会はお開きになった。それぞれの寝室に戻った3人は、出入口のところで一言お休みと挨拶を交わして別れた。

 護衛艦の中で彼女らに割り当てられた寝室は4人部屋で、那珂は五月雨・村雨・夕立と同じ部屋。五十鈴は時雨、隣の鎮守府の吹雪・白雪と一緒の部屋だった。天龍は龍田・深雪・羽黒とである。

 それぞれが部屋に戻ると、当然だが同宿者は深い眠りの真っ最中だった。酔いが回っていた3人は寝具に入ると、数分も経たないうちにスヤァ……と静かな寝息を立てて残り少ない眠りの世界に落ちていった。

 

 ただ一人、天龍の担当であった少女だけは寝る前に一つのことを頭で反芻しながらの眠りへの旅立ちとなった。

「同調率、98%か……。高ければ高いほど良いって提督が言ってたから、すんげぇ数値なんだろうな。帰ったら聞いてみるか……。」

 

 

 

 

 その後護衛艦が港に到着したのは午前3時過ぎ。任務終了のため退艦することになり、強制的に起こされた艦娘たちのうち、アルコールが入っていた3人は、少しだけ頭痛に悩まされてそれぞれの鎮守府への帰路についた。

 


 
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