No.794578

かげぬい小話2

第11回 #かげぬい版深夜の真剣創作60分一本勝負 お題:和
にて創作。

2015-08-07 00:23:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:999   閲覧ユーザー数:993

 まだ午前中だというのに、時間を追う毎にジリジリと暑さが強まる。今年の夏は、きっと本気で自分達を殺しにかかってるの違いない。多くの者がそう考えるであろう炎天下で、陽炎は霞と段ボール箱を抱えて工廠へと向かっていた。二人とも額に玉の汗を浮かべ、やたら重くてかさばる段ボール箱に辟易しながら、無言で歩いていた。頭が煮えたぎりそうなこの暑さに文句を言い出したら、悪口雑言のオンパレードになることは火を見るより明らかであり、下手をすれば、それがお互いに向けられる危険性をも持っている。そうなれば、不快な思いをするのは当人達である。予防策として口数を減らしているのである。

 陽炎の視界の端に駆逐艦寮が目に入った。途端、陽炎の頭に、今朝の不知火の顔が浮かんだ。

「そういえば、今朝、珍しく不知火が朝食を作ってくれたのよね」

「良かったじゃない。って珍しいこともあるものね」

 霞が正直に驚いてみせる。普段は食堂に赴いて食事を常とする陽炎と不知火のことはよく心得ている。今までにもいくらかは、イレギュラーな食事があったことは記憶しているが、不知火が自発的に料理をするというのは記憶に無かった。

「そうなのよ。しかも、どんなものが出てくるかと思ったら、普通に和食のメニューでさ。味も、格別とは言わないまでも、普通においしかったのよね」

「何? 自慢したいの?」

「いや、そういうんじゃなくて、どういう風の吹き回しなのかな、と」

 陽炎は彼女の考えをストレートに口にする。もちろん、その後におどけた調子で、自慢したいのかって言われたら自慢したいに決まってるじゃない!、と追加しておくことを忘れない。

 霞が一瞬眉をひそめた。それは陽炎の惚気を指弾するわけでもなく、ただ純粋に不知火の行動を訝しんでいるようである。霞とて不知火との付き合いは長い。だが、彼女がどうしてそのようなことをしようと思ったのか、全く見当がつかない、といった面持ちだ。

「少なくとも、大雨が降る気配はなさそうね」

「そうねぇ。ちょっと期待したんだけどなぁ。雹とか大雪とか」

「さすがに気候に影響を与える程のことじゃないってわけね。ただの気まぐれ?」

 霞は考えるのをやめたらしい。そも考えたところで答えが出るとは到底思えないのは確かである。

 帰ったら本人に訊けばいいだろう、という答えには、陽炎も行き着いた。ただし、不知火が正直に心内を吐露してくれるのかは不明であるが。

「ま、とにかく。この荷物をさっさと届けないと、こっちがひからびるわ」

「うん、全くもって賛成」

 二人は、うんざりした表情で空を見上げた。

 

 

「ただいま……」

「お帰りなさい。大変でしたね」

 陽炎がようやく寮の自室に帰り着くと、不知火は冷房のかかった室内で、いつものようにベッドに横になって本を開いていた。陽炎がベッド脇に勢いよく腰を落とすと、ベッドから這い出してくる。タオルを陽炎の頭にふわりと被せてから、冷蔵庫の麦茶をグラスになみなみと注ぎ、わずかに塩をぱらりとふってから、陽炎に差し出す。

「ひどい汗ですね」

「ちょっと歩いただけでこれだからね」

 陽炎は麦茶を勢いよくのどに流し込んで、満足げにぷはーっと息を吐いてから歓声をあげる。

「麦茶最高!」

「当然です」

「ところでさ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「何でしょうか? スリーサイズはご存知ですよね」

 不知火は、陽炎の隣に腰を下ろすと、ゴムで髪をくくる。いつも通りの髪型にしてから、陽炎に顔を向けた。

「そんなことじゃなくて……。今朝のことよ」

「寝言を言ってましたか?」

「それはまぁ、言ってたけど。って、はぐらかさないの。今朝の朝食のことよ。どういう風の吹き回しだったのかって」

「槍に降られてはたまりませんか?」

 不知火は軽口を叩いて、ニッと微笑んだ。どうやら本人もイレギュラーな行動という自覚はあるらしい。

「そりゃあね。不知火の手料理なんて数えるぐらいしか食べたこと無かったし」

「そうですね。理由は、まあ、いくつかあります」

 不知火は左の掌に右手の人差し指でメモをする仕草をした。

「まずは、艤装メンテで退屈をしていることですね」

「時間が余ってるから、料理してみようって?」

「そういうことです。陽炎が訓練に赴くのに、不知火はやることがありませんから」

「私も今日は午後だけだけど」

「それはたまたまです」

 不知火はまた、掌にメモを取る仕草をした。

「二つ目の理由は、陽炎がほうれん草みたいだな、と思ったからですね」

「は? 意味わかんない……んだけど」

「ほうれん草は、おいしいですけど、若干くせがあります」

「歯がしぶしぶするわね」

「そうです。陽炎に似ていませんか?」

「いや、そう……なの?」

「そう思いました」

 よくわからない、と陽炎が口に出す前に、不知火は顔を近づけて、陽炎の目をじっと見つめてきた。

「な、なに?」

「今朝のほうれん草、おいしかったですか?」

「う、うん。味は良かった」

「それはよかったです」

 不知火はそれだけ言うと、すっくと立ち上がって部屋を出て行ってしまった。

「えっと? ほうれん草が私に、じゃない。私がほうれん草みたいだから、ほうれん草を食べさせようと思ったてこと?」

 陽炎は狐に摘まれた様な顔をしたまま、しばらく座っていた。

 

 

「それは何とも面白い話ですね」

「何か、理由聞いたら。余計わけわかんなくなったわ」

 工廠で艤装の確認中の浜風が、陽炎の話を聞いて手を止めた。これから訓練だから、のんびりしている暇はないが、顎先に手を添えたまま、暫く佇んでいる。

「ほうれん草ですか……」

「何か思い当たる?」

「ちょっと頭に引っかかりましたが、いや、さすがに不知火の頭の中を察するのは無理ですね」

「そうよね。思考の仕方が私達とは違う気がするしね」

 陽炎の言葉に、浜風は苦笑した。どうやら、陽炎の意見に異論があるようだ。

「それはどうかと思います」

「え? 似てる? 不知火と私?」

「思考はともかく、行動は似ていると思います。芯の方で」

「今日は皆よくわからないことを言うのね……何なの?」

「さてさて」

 浜風は、先ほどとは打って変わり、心からの微笑みを見せた。

「私、今の陽炎を見て、さっき頭に引っかかったことが正解じゃないかな、と思います」

「え? どうゆうこと?」

「陽炎がほうれん草なんですよね?」

「そういうことらしいけど」

「ということは、不知火が出した料理は、おひたしでも、胡麻よごしでもなく、白和えでしょう。裏ごしした豆腐で和えた」

 浜風の言葉に、陽炎は目を大きくして、頷いた。

「うそ、どうしてわかったの? 確かにそんな感じだった」

「ほうれん草が陽炎なんですよね?」

 浜風が繰り返した。そして、白和えです、と続ける。

「え、まさか、白和えの「しら」を不知火の「しら」で、かけてる、とか……?」

「だと思いますよ」

「は……?」

 あぜんとした陽炎を横目に、装備の装着を終えた浜風は、先に出ます、と言って外へ出る。慌てて陽炎も追いかける。

「いや、まさか、そんな駄洒落なんて。そんなことのためにわざわざ朝食を作る?」

「陽炎は、ちょっと面白そうだと考えたら、作りませんか?」

「いや、まぁ、作る、かも……」

 陽炎がしどろもどろする様を見て、浜風は笑顔のまま港内のスロープから水面に躍り出た。

「陽炎。思いというもの、それとその表現方法は、人それぞれですよ。ほうれん草に豆腐を和えたように、いつもあなたの傍らにいるという不知火なりの意思表示だったら、陽炎はどうします?」

「いや、もしそうならありがたいけど……」

「では、帰ったら訊いてみましょう。不知火は割と視野狭窄に陥りますからね。あり得なくはないと思いますよ。ああ、的を射ていたのなら、相談料として間宮券を一枚いただきます」

 浜風の言葉に、陽炎は乾いた笑い声で、あははは、と応えた。

 


 
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