No.793158

人形戦争奇譚 第一話

気がつけば、浜辺に独り流れ着いていた。
誰もいない島、壊れた機械の少女。
謎が謎呼ぶ近未来SF。&申し訳程度のアクション。
少し奇妙なボーイミーツガールをあなたに。
↓こっちのサイトでは5話目まで更新中です。一刻も早く続きが気になる方はこちらまで~

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2015-07-30 22:46:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:677   閲覧ユーザー数:677

 光が、彼女に流れ込む。

「目覚めてくれ……頼む」

 コンソールをたたく手を止めて、僕は懇願するように呟いた。

 幾多の動力パイプで繋がれた彼女の身体に、ほんのりと赤みが差す。鈍く光る銀色の髪が根元から鮮やかな漆黒に染まり、濡れたように艶めき始める。

 そして、彼女は静かに目を開いた。

「嗚呼……おはよう」

 声が震えていた。

 表情の読めない、硝子玉のような瞳が僕を見つめる。

「おはよう、ございます。データの破損を確認。初期情報を入力してください」

 久方ぶりに聞いた他人の声。僕の背筋が、痺れるように震えた。きっとそれは歓喜だろう。たとえ機械であっても、自分以外の誰かが居る、というよろこび。

「君の……君の名前はクオンだ。僕はヒビキ、児玉響」

「認証完了。マスター、ご命令を」

 無機質な声だった。オウムが喋っているような、感情の籠もらない声。だけど僕には、それだけで十分過ぎて。

「命令は、そうだな……話し相手になって欲しい」

 潤んだ眼差しを彼女に向けた。砂漠でオアシスを見つけたときのように、ささくれた心が満ち足りていく。

 理由はわからないけれど、この町からは人間が消失していた。

 

φ

 

 気がつくと、僕は見知らぬ砂浜に横たわっていた。塩を撒いたように真っ白な砂浜。

「痛っ、……どこだ、ここ?」

 全身が、のし棒で引き伸ばされたようにずきずきと痛んだ。うつ伏せの格好から肘をついて、上半身を持ち上げる。目線が上がって、ほんの少し視界が広くなる。

 正面には砂浜から道路へ続く、石造りの小さな階段が一つ。右手には海岸林が、左手には木製の埠頭が、海岸線から突き出していた。

 すぐさまその異変に気づく。

「人が……居ない。まだ昼間のはずだろ?」

 太陽はいまだ、空の天辺に居座っているし、埠頭には船も泊まっている。

 だけど、人が居ない。いや、人どころか猫一匹、カモメさえも飛んでいなかった。

 波の音しか聞こえてこない。不気味な静寂が辺りに漂っていた。

 立ち上がる。道は一本しかなかった。恐らくは、島の中心へと続く唯一の道。

 引きずるように足を動かす。細かな砂にざくりざくりと足跡を刻む。

 砂浜を抜けると、幾らも歩かないうちに、舗装された道に出た。

「ニライ……カナイ?」

 路傍の案内板には、この島の名と、簡単な地図が書かれていた。地図によればここは、全長二キロもない小さな島らしい。島の中心に大きな建造物があること以外は、どこも他と 変わらない人口三百人ほどの人工島だ。

「これは……体育館? ……島の中心にあるとは思えないし」

 地図の文字は、潮風に洗われたせいか読み取ることが出来なかった。ひょっとすれば、この島の行政機関かも知れない。

 行ってみるしかない。なんにせよ、今の僕には情報が少なすぎた。

 

φ

 

 無人の町を歩く。唯の一人ともすれ違わない。冷たい風が、僕を掠めて吹き抜けた。

「この町は、一体どうなってるんだ?」

 ――ボルボルボルボル

 遠くから、車のエンジン音が聞こえた。

「なんだ、ちゃんと人が居るじゃないか」

 音が近づく。無人運転の清掃車が、僕を無視して通り過ぎた。

「……なんだ」

 よく見れば清掃ロボットが、町のあちこちで忙しなく働いている。町にゴミ一つ落ちていない辺り、相当な数のロボットが配備されているのだろう。

 脱力しながらも、町の中心を目指す。遠く離れて行くエンジン音と、引きずるような自分の足音が僕の足取りを危うくした。

 

φ

 

 それは、引っくり返したザルを思わせた。蜘蛛の巣に似た幾何学的な鋼鉄の骨子が、剥き出しのまま被せられている。前衛的なデザインなのか、何かの事故なのか、頂点には大穴が開いていた。その異形の建造物が一体何のために造られた物なのか、僕には皆目見当がつかなかったけれど、足は既に、ぽっかり開いた口の中へと引き寄せられていた。

 

φ

 

 建物の中にも、人は居なかった。恐らくは自動ドアがはめ込まれていたであろうステンレスの門をくぐる。無人の廃墟には塵一つ落ちていなかった。推測でしかないが、町で見た清掃ロボットが、定期的に掃除しているのだろう。しかし、その完璧な仕事が、余計にこの場所を空虚なものにしている。そんな気がした。ひび割れた柱や、蛍光管の外れた照明には、目には見えない哀愁がつもり、空っぽの椅子は、目に映る以上に古ぼけて見えた。

 実を言えば、その機械音には建物の中に入ったときから気がついていた。電車のように一定のリズムを刻みながら、何かが流れていく音。

「……なるほどね」

 扉を開いた僕が見たのは、体育館ほどの部屋一面に敷き詰められたベルトコンベアの群れだった。コンベアの上には、ここに来るまでに何度となくすれ違った清掃ロボットが乗せられている。それらは、体表に幾筋もの傷があり、酷いものだと腕がもげているものまであった。

 ロボットが流れ作業で修理されていく。レンチやドリルを取りつけられたロボットアームがコンベアへ伸び、部屋の中に、金属が削られる高音が響いていた。

 奥へ向かって歩くと、また新しい発見があった。僕はそのときまで、ここが清掃ロボットの修理工場だと思っていた。しかし、今僕の目の前では、明らかに銃器の一部と思しき部品が流れている。視線を巡らせば、冷蔵庫のような家電、車か何かのエンジンまでがラインに乗っていた。

 どうやらここは、機械を修理するための工場らしい。それも、かなり高性能な。

「これだけの機械が動いているのに、人が一人も居ないなんて」

 予めプログラムされているとしても、機械が自ら能動的に動くなんてあり得ないことだ。

「とにかく、人を探さないと―」

 孤独に急き立てられ駆け出そうとした、その一歩目。

 ぐにゃり、と。踏み出した足に、気味の悪い感触が伝った。束の間、沈み込みそうになる軟らかさと、次の瞬間にはしなやかにそれを弾く確かな感触。それは、僕もよく知る、肉の感触。

 僕の足元に、人が倒れていた。

「――ひっ」

 息が詰まる。人間だ人間が倒れている。血の気の引いた白い肌。仰向けに倒れている。見開かれた瞳。ひび割れた唇。切れた首から覗く金属の動力パイプ。

「……金属? って、なんだロボットか」

 思わず顔を覆った手の隙間から、銀色の動力パイプがしっかり見えていた。

「しかもこれ、ヴァルキリーじゃないか」

 耳に取りつけられているのは、ピアスを模した小型の無線機、額に刻まれたO―九一〇という数字は彼女の型番だろう。よくよく見れば、身につけている服も、軽金属装甲のようだ。

 切れ長で、サファイアのように青い瞳。血管まで透けそうなほど白い肌。髪の毛は銀。しかし、しなやかに輝く鋼色は、降り注ぐ光を反射して鮮やかに艶めいていた。人間と見まごうばかりの、いや人間にしか見えない、だからこそ人間とは間違いようのない強烈な違和感。本能が、理性に牙を突き立てる。人間ではない、人間そっくりな人形が、だらしなく四肢を放りだして、転がっていた。

 その名は、自律式人型戦術兵器ヴァルキリー。人を殺すことに特化した、敵方の美しい兵器だった。

「首どころか、お腹まで亀裂が入ってる。核攻撃にも耐えられるはずなのに……」

 ここで何かが起きた。それはいよいよ確信となって、僕の心にのしかかった。

 ヴァルキリーは、こと市街戦においては一騎当千。一個小隊で、百万人規模の都市を制圧できると聞く。元より、人の形をしているのは、主に人の住む地域を制圧することが目的だからだ。

「でも、人は消えてる」

 ヴァルキリーに人を消失させるような機能はない。彼女達は、死体と瓦礫の山を築くことしかできない。

「へくすっ」

 くしゃみが出た。

「さむっ、なん……で……あぁ」

 見上げる。そこにあるはずの天井が、ドーナツの穴のようにすっぽりと抜け落ちていた。見れば、ザルの基盤となっていた鉄骨も玉ねぎの皮のようにべろりとはげている。

「そりゃあ、な」

 寒いわけだ。床に転がったヴァルキリーを見る。彼女は人殺しの兵器、僕たちの敵だ。しかし、打ち捨てられた彼女の呆然とした表情に、僕は小さな哀れみを覚えた。見開かれた感情のこもらない瞳をそっと閉ざしてやる。

「ぐ……ぐぐ、ぐっ」

 人の形をしていても、ヴァルキリーは全身金属の機械だ。僕より小柄でも、全身金属のヴァルキリーは、僕一人分以上の重量がある。

 それでも、男の意地と根性で何とか彼女を持ち上げて、手近な台の上に横たえる。

「……ふぅ」

 心の底から息をつく。台はコンベアから独立しているようだった。ステンレス製のこの台がベッドとして置かれたものでないことは明確だが、床の上に捨て置かれているよりはマシだろう。

 彼女を安置した僕は、単身工場の捜索を再開した。

 

φ

 

「この部屋でラストか」

 工場の最奥、地下三階まであるその最下層にその部屋はあった。何の変哲もない木製の扉には、『中央制御室』という素っ気ないプレートが掛けられている。

 結局、工場の仲に人間を見つけることはできなかった。しかし工場の設備は全てつつがなく作動している。無人工場という奴だろう。

「これだけの規模の工場を……とんでもなく優秀なコンピュータが制御してるんだろうな」

 そして今から開ける扉の中に、それがある。そう思うと、自然と顔が引き締まった。

 ノブを、回す。

「……え?」

 ちょこん、と。古ぼけたコンピュータが一台、そこにはあった。ぱっと見、三世代は昔の物に見える。埃が見当たらない辺り、綺麗に掃除されてはいるようだ。しかし、手のひら二つ分もあるモニターに、旧世代の象徴とも言うべきキーボードとマウスがくっついている。腕時計サイズの小型コンピュータが主流な今、お世辞にも高性能を期待出来る外見ではなかった。処理速度も、遅いと断じてしまっても良いだろう。それが、六畳ほどの小さな部屋の支配者だと誇示するような体で、僕の真正面に居座っていた。作業用のデスクと一体化しているらしい。デスクの前にはご丁寧にも椅子が据えられていた。

「なんだこれ?」

 呆気にとられるとはこのことだった。この巨大な工場を動かすには、あまりにお粗末な頭脳だ。恐らく、普段はここに常時誰かが居て、このコンピュータに命令を下しているのだろう。

 微かな機械音。冷却用のファンが回る音と、ジリジリと鳴る演算の音。このコンピュータは生きていて、今も工場に命令を下し続けている証明だった。

 椅子に腰を下ろし、沈黙を守るモニターと対峙した。手を伸ばす。コンソールに触れるだけでモニターの電源が入り、ログインするためのパスワードも特に必要なかった。誰かがログインしたまま、ログアウトすることを忘れて放置されたような、個人の私物だとしても杜撰なセキュリティだ。

 コンピュータへのアクセス履歴は、一週間前の午後二時で止まっていた。つまり、少なくとも一週間は工場は無人のまま活動していたということだ。

 工場の管理プログラムを呼び出す。工場は三つの生産ラインを稼動させていた。一つは町で大勢見た、清掃ロボットの修繕ライン。一つは軽機関銃をはじめとした、武器の生産ライン。そしてもう一つは、状況に応じて修理する対象を変える予備ライン。

 どうやらここは本当に、ありとあらゆる機械を直すことが出来る万能工場のようだった。

 広い広い海に護られたこの島には、おおよそ相応しいとは思えない設備。外注の仕事がなければ、明らかに経営不能な設備だ。

 ――ピッ

 思考を遮る電子音。鳴ると同時に、画面が切り替わった。

[全島、清掃完了。清掃ロボットラインを、武器製造ラインに切り替えます]

 画面には、そんな文字が踊っていた。

「清掃? ……あぁ、町で見たロボットのことか。……ん?」

 気づく。そこにある矛盾に気づいてしまう。

「今、どうやって町が綺麗になったと判断した?」

 清掃ロボットから、情報が送られてきたのだろうか。しかし、その情報を統合し判断を下すことは、個々のロボットには不可能だ。

 追い立てられるように指を動かす。疑問よりも不安が先立つ。それは半ば確信に近い。

[全島管理システム『アマミク』を起動します]

 幾つもの項目が並んだシステムの初期画面は、そんな言葉と共に開いた。

 日付、天気、気温。この島の基礎情報がまず目につく。人口密度、生命反応、衛生度。どこか実験場のような数値が並んでいた。人口密度も、生命反応も数値は一を指している。僕のことだ。

「管理されているのか? この島は、完璧に。こんなちっぽけな機械に……」

 我が目を疑った。恐らくレーダーか何かで島の状態を掌握し、コンピュータそのものが、独自の判断で工場、ひいては島全体を管理しているのだろう。

 どうやらこのザルの形をしたドームは、文字通り島の中心であり、中枢のようだった。

 プログラムをいじることは出来なかった。一定以上のアクセス権限が必要らしい。

 これ以上ここに居る意味がなくなる。僕は静かに部屋から出た。生存者一名という絶望を手にして。

 

φ

 

 帰り道、また機械がひしめく工場部分に訪れた。確かになるほど、ついさっきまでコンベアを流れていた清掃ロボット達は、そっくりそのままマシンガンやガスマスクなどにとって変わられている。

 彼女は、僕がここを離れたときと同じように静かに眠っていた。フリルのように何重にも重ねられた、軽合金のスカート。見る角度によって七色に色を変える、不思議な光沢を持った胸部装甲。胸に空いた大穴は、いつの間にか修復されていた。

 自動修復? いや、そうではなかった。

 ロボットアームが、忙しく動いている姿が目に入る。彼女を寝かせたステンレスの台座は、どうやら彼らの作業台だったらしい。

 工場内に設置された端末装置にアクセスする。今しがた修理を終えたのか、彼女の修繕記録がバックログの先頭にあった。ログを呼び出す。

[エネルギー切れ]

 あり得ない話だった。彼女達の中には、独自の小型発電炉が積まれている。一度燃料を入れれば、半永久的に活動できる代物が、だ。それが、こんなにもあっさりガス欠になるなんて。そもそも、ヴァルキリーがあそこまで壊されていたことが異常だというのに。

 何か大変なことが起きてるんじゃないか?

 端末を操作して、この建物のメインコンピュータにアクセスを試みるが、当然のようにセキュリティシステムに刎ねられる。中枢部からアクセスしても干渉できなかったのだから、当たり前と言えば当たり前の話だが、思わずコンソールに拳を叩きつけていた。

 何もできないまま工場を後にする。太陽は少し仰角を落としたもののまだまだ健在で、背中に滲んだ汗が、僕の苛立ちを少し助長した。

 

 

続く。


 
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