No.792511

九番目の熾天使・外伝 ~短編⑲~

竜神丸さん

幻想郷の番犬 前編

2015-07-27 16:22:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1365   閲覧ユーザー数:762

それは、かなり昔の話…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某次元世界、某国…

 

 

 

 

 

「うげ!? ご、ぉ…」

 

「悪く思うなよ。これも正当防衛だ」

 

国同士の戦争によって戦場と化していた、とある見通しの良い荒野。そこには戦争を行っていた筈の兵士達が無数に倒れており、兵士達が乗り込んでいたと思われる戦車や装甲車が無惨に破壊されていた。たった今、僅かに息があった兵士にトドメを刺した一人の青年が、右手に付いた返り血を払っているところだった。

 

(今ので、ここらの兵士は一通り全滅させたか……いや)

 

立ち去ろうとした青年は一旦立ち止まり、懐から取り出したビームライフルを発射する。

 

-ドシュンッ!!-

 

「うっ!?」

 

レンガで出来たボロボロの建物……その内部に隠れて青年の様子を見ていた兵士が、その光線に心臓を貫かれて呆気なく倒れ伏した。青年は隠れていた兵士が倒れたのを確認し、ビームライフルを懐にしまう。

 

「…今度こそ、これで全員か」

 

青年は小さく息を吐いてから、今度こそ荒野を立ち去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紺色の着物を身に纏った青年の名前は、東風谷裕也(こちやゆうや)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷出身にして、生まれるべくしてこの世に生まれた超新星である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~い裕也♪ 今日もお疲れ様」

 

「心の篭ってない労いをどうも、紫さんよ」

 

街の灯台から、海を眺めている裕也の前に現れた“スキマ”という空間の裂け目……そこから顔を見せた金髪の女性らしい姿をした大妖怪―――“八雲紫(やくもゆかり)”が笑顔で告げる労いの言葉に、裕也は呆れたような表情をしながら溜め息をつく。まるで始めから、労いの言葉など期待もしていないかのような口調で。

 

「もう、そんな事言わないで。これでも結構心配してるのよ? あなたがここ最近、無理して各世界の戦士達と戦おうとしてる事くらい私でも分かるわ。あまり早苗やリッカちゃんを心配させちゃ駄目じゃない」

 

「言われなくても分かってるさ……が、強くならなきゃいけないのも確かだ。俺が生まれ育った幻想郷……そこにある全てを守り通せるくらいには強くなっておきたいんだよ。万が一、幻想郷を脅かすような存在が幻想郷に現れた時の為にも、な…」

 

「幻想郷の全てを守り通す、ねぇ……まるで番犬みたいね。でもね裕也。世界というのは、あなたが思っている以上に凄く広い物よ? いくら少しずつ強くなっていってるからって、決して油断はしないように」

 

「何だ、ヤケに気遣ってくれんのな。普段はこういうのは面倒臭がる癖に、アンタらしくないぜ?」

 

「人の忠告くらい素直に聞き入れておきなさい。それとも、余計なお世話だったかしら?」

 

「いや、肝に銘じておくよ。ありがとな、紫」

 

「…どういたしまして」

 

「「裕也さ~ん!」」

 

二人の会話がキリの良いタイミングで途切れた直後、裕也の下に二人の人物が走って来た。

 

白と青の巫女服に、蛙と白蛇の髪飾りが特徴的な緑髪の少女―――“東風谷早苗(こちやさなえ)”。その名字を見れば分かる通り、裕也とは既に恋人同士で、将来を誓い合っている仲である。

 

白と青の学生服に、左後頭部の髪を黒いリボンで結んだ金髪の少女―――“リッカ・グリーンウッド”。名字は違っているものの、彼女もまた裕也と恋している、早苗と同列の嫁と言える人物だ。

 

食事の買い出しを終えた二人―――特にリッカは、愛する恋人である裕也に向かってタックルとも言えるような形で飛びかかり、裕也は「うごぅ!?」と苦しげな悲鳴を上げつつも彼女をしっかり抱き留めた。

 

「ふ、二人共……その強烈な抱きつきタックルはやめてくれ…!!」

 

「もう、駄目じゃないですかリッカさん! いくら裕也さんが好きだからって、やって良い事と悪い事の判断はつけて下さい!」

 

「はわわ!? ご、ごめんなさい裕也さん!! 先程の買い出しで、ちょうどバーゲンセールをやっていたものですから、あまりにテンションが上がっちゃってつい…」

 

「ははは……おう、買い出しありがとな。二人共」

 

「「…はい♪」」

 

腹を押さえつつもにこやかな笑顔を見せる裕也に、早苗とリッカの表情も自然と笑顔に変わる。その時、裕也はある事に気付く。

 

(あれ、そういえば紫がいない……まぁ良いか)

 

紫の姿が消えた理由が、砂糖を吐きたくなるような甘い空気を自分達が作っているからなど、今の裕也には知る由もなかった。そもそも八雲紫という妖怪が普段から神出鬼没な存在であるのを知っている裕也からすれば、別に紫がいつ姿を消そうが、大して気にするような事でないのも確かであろう。

 

(誰が立ち塞がろうと関係ない。俺は俺が守りたい物の為に戦う、そして強くなってみせる…)

 

「さて、ちゃっちゃと夕食の準備でもしようかね。今日はちょうど気温も良いし、何よりこの大海原を見ながらの食事も良いものだぞ」

 

「では、私は鍋の準備をします! リッカさん、手伝って下さい!」

 

「分かりました~♪」

 

裕也は紫から忠告された事を取り敢えず頭の隅に置き、今は早苗やリッカと共に野外での夕食の準備を進める事にしたのだった。この日の天気はちょうど晴れ。ゴミの一つも落ちていない海と、星で輝く夜空をバックに、三人は美味しい鍋物を堪能するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな三人から、少し離れた位置の森にて…

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ。あの三人のラブラブっぷりは、流石の私も勘弁して欲しいくらいだわ」

 

「た、確かに…」

 

案の定、紫は裕也達の作り上げた甘い空気を前に堪えていたようだ。彼女は自身の式神である、九尾の狐のような姿が特徴的な金髪ショートボブの女性―――“八雲藍(やくもらん)”に淹れて貰ったコーヒーを口に含む。そんな紫の言葉に同意している辺り、藍から見ても裕也達の熱愛ぷりは度を越しているようだ。

 

「しかし、本当によろしいのでしょうか? もっと分かりやすい助言をした方が…」

 

「藍、それじゃ裕也達の為にならないのはあなただって分かってる筈よ? ああいうのは自分で経験して、自分で学んでいって貰わなくちゃ」

 

「で、ですが…」

 

「まぁでも、あなたの気持ちも分からなくもないわよ、藍。東風谷裕也……あの子は幻想郷の長い歴史において、稀に見ない才能を秘めた超新星……故に私達は、あの子の成長を見届ける事はすれど、下手な手助けをするようなマネは許されない…」

 

「紫様…」

 

「難しいものね。こういうのを“可愛い子には旅をさせよ”…と言うんだったかしら? 子供を育てる母親の気持ちが何となく分かった気がするわ」

 

口に含んだコーヒーの苦みを味わう紫と、その様子を黙ってみている藍。そんな彼女達の下に強い風が吹き、紫の金色に輝く髪が優雅に靡く。それから数秒が経過し、コーヒーを味わっていた紫が再度口を開く。

 

「ところで、さっきから気になっていたのだけれど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこに隠れてるあなたは何者かしら? 姿を見せなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――何だ、やっぱ気付かれてたんだな。アサシンの身からすると自信なくすな」

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

鷹のように鋭い目付きに変わった紫が告げた後、二人の前に突如姿を現した一人の男。男の気配を全く感じ取れずにいた藍は驚くと同時に警戒を強め、紫は無表情ながらも強大な殺気を男に向けて放つが、対峙している男は恐怖するどころか、飄々とした態度と表情を崩さなかった。

 

「あ~あ、せっかくの調査任務がこれで台無しだな。一体何て報告すれば良いのやら…」

 

「調査任務だと? 貴様、我々を監視して何を企んでいる?」

 

「あぁいや、アンタ等もそうだけどよ。俺が一番調査したかったのは他でもない、あの東風谷裕也だよ」

 

「!! 貴様、裕也殿に手出しはさせんぞ!!」

 

「よしなさい藍」

 

「な…ですが!!」

 

「よしなさいと言ってるのよ。大人しく下がりなさい」

 

「ッ……く!!」

 

紫の命令には逆らえず、藍は悔しげに歯軋りしつつ後方へと下がる。紫のこの判断はある意味で正しかったと言えるだろう。紫は問題なく気付けた男の気配に、藍は男が姿を現すまで接近に気付けなかったのだ。ここまで気配を消す事が上手い男と対峙すれば、下手をすれば男の方に軍配が上がっていたかも知れないのだから。

 

「…それで、あなたの目的は一体何なのかしら? さっきの台詞からして、何かの組織に属しているのは間違いなさそうだけれど…」

 

「あぁ~どうすっかなぁ~……素直に話して良いのやら、今は隠した方が良いのやら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「問題ない。後は私に任せたまえ、okaka」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…ッ!?」」

 

「あ、団長」

 

男―――okakaの隣に、トレンチコートを纏ったシルクハットの男―――クライシスが姿を現した。音も無くいきなり姿を現したクライシスを前に、只ならぬ恐怖を感じた紫と藍は瞬時に後方へと下がり、クライシスとokakaから大きく距離を離す。

 

「…あなた、何者かしら」

 

「私かね? 私はクライシス。OTAKU旅団の団長を務めさせて貰っている」

 

「!? OTAKU旅団ですって…!!」

 

「え、そんな簡単にバラすんですか団長…?」

 

OTAKU旅団。その名を聞いた途端、紫の表情が更に強張り、そしてクライシスがいとも簡単に自分の正体を明かした事にokakaは思わず突っ込みを入れる。

 

「紫様、奴等は一体…」

 

「…さい」

 

「え?」

 

「すぐに逃げなさい藍!! ここから今すぐ!!」

 

「ゆ、紫様…!?」

 

紫はこれまでにないくらい焦った表情をしているのに気付き、藍は驚きを隠せなかった。今まで常に余裕の態度を崩さずにいた主人が、頬に汗を流しつつ声を荒げて自分に命令してきている。明らかに異常な事態だと理解した藍は戸惑いつつも、紫の命令に従いその場からすぐに駆け出し姿を消す。

 

「む、何もそこまで怖がる事は無いだろうに」

 

(じゃあその無駄にヤバい殺気どうにかしてくれよ…!!)

 

なんて事は口が裂けても言えない為、okakaは諦めて突っ込みを控える事にした。そんな彼の心情など露知らないクライシスに対し、紫は警戒を緩めず問いかける。

 

「…まだ聞けてない事を聞かせて貰うわ。あなた達の目的は何? あなた達OTAKU旅団が、裕也に一体何の用があるのかしら?」

 

「答えは至ってシンプルだ。可能であれば、私は彼を旅団にスカウトしようと思っている」

 

「な…!?」

 

「その為に、彼に調査任務をさせていたのだ。まぁ君のような大物が相手では、流石のokakaでも簡単に気付かれるだろうとは思っていたがね」

 

(ちょ、何気に酷ぇ!?)

 

さりげなく毒を吐かれたokakaが驚く中、クライシスは紫に告げる。

 

「我々はとある目的の為に、戦力になり得る者達を旅団に引き入れなければならない。どうだね? 出来る事なら君も仲間に引き入れたいところなのだが、流石に君の場合は、無闇やたらに幻想郷から離れる訳にもいかないのだろう? スキマ妖怪、八雲紫」

 

手を差し伸べるクライシスに対し、紫は…

 

「…下らないわ」

 

冷徹な目をしながら、ハッキリそう言ってみせた。

 

「ッ…!?」

 

「ほう、これは…」

 

直後、クライシスとokakaの真上に網目状のレーザーが張り巡らされる。張り巡らしたのは他でもない、二人の目の前にいる八雲紫だ。

 

「何の為に仲間を集めているのかまでは、私の知る由じゃないわ。それに、私が言えたような義理じゃないかも知れないけれど、敢えて言わせて貰うわ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「OTAKU旅団、あなた達が信用出来ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-ドガガガガガガガガァンッ!!!-

 

網目状のレーザーと共に、紫が生成した無数の光弾が一斉にクライシスとokakaの二人に降り注ぎ、大爆発を引き起こす。土煙が舞い上がる中でも紫は警戒を怠らず、少しずつ晴れていく土煙をしっかりと見据えていたが…

 

「…掠り傷すら負ってないのは些か屈辱ね」

 

クライシスとokakaは両者共に無傷で、掠り傷すら負ってはいなかった。クライシスは何事も無かったかのように手に持っていた杖をクルクル回転させており、それに対してokakaは突然の弾幕に驚いて若干の冷や汗を掻いているようだった。

 

「あぁ~ビックリした…」

 

「ふむ、そう噛みつかれては話も出来まいに」

 

「あなた達と話す事なんて何も無いわ。大人しく立ち去りなさい」

 

「断ると言ったら?」

 

「こうするまでよ」

 

すると周囲の空間に無数のスキマが発生し、スキマからも無数の光弾が飛び出して来た。クライシスは慌てず回転させていた杖を周囲に振るい、光弾を全て風圧だけで掻き消した。

 

「なっ!?」

 

「さて……okakaよ。引き続き、東風谷裕也の監視を続けたまえ」

 

「うい、了解ですよっと」

 

「ッ…待ちなさい!!」

 

監視役の仕事を任されたokakaがその場から移動するのを、紫は巨大なレーザーで妨害しようとする。しかしそこに割って入ったクライシスが杖を振るうと、紫のスキマと似たような空間の裂け目が発生し、レーザーを丸ごと飲み込んでしまった。

 

「ここでは何だ、場所を変えようじゃないか」

 

「何を…ッ!?」

 

クライシスが指を鳴らした瞬間、二人のいる場所が静かで暗い森から、吹雪の吹き荒れる巨大な雪山へと変化する。紫は突然周囲の景色が変わった事に驚きつつも、スキマから取り出した傘をその場で開き、雪が自身の頭に被るのを防ぐ。

 

「随分と移動するわね」

 

「ここは無人世界でな。派手に暴れてもさして被害は無い…………さぁ、続けようじゃないか」

 

「ッ……結界『生と死の境界』!!」

 

紫の周囲に蝶々のような形状をした蝶弾の他、米弾、大弾、楔弾などカラフルな光弾が無数に出現。それらが一斉にクライシスに襲い掛かり、クライシスは自分に当たりそうな光弾だけを杖で弾き、残りの光弾は持ち前の反射神経で回避し、構えた杖の先端に魔力エネルギーを集中させる。

 

「大人しく往ねよ、OTAKU旅団!!」

 

「やれやれ、もっと穏和に話し合う事は出来ないものか…」

 

 

 

 

 

 

幻想郷の大妖怪、八雲紫。

 

 

 

 

 

 

OTAKU旅団団長、クライシス。

 

 

 

 

 

 

二大強豪の戦いは、その無人世界の地形を大きく変えてしまう程に強大な物となっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、そんな事態が発生している事など知りもしない裕也達は、その後も引き続き旅を続けていた。

 

ある時はいつものように悪党を倒し、ある時は三人でその世界での探索を楽しみ、またある時はその世界に住む住人達と一緒に楽しく過ごすなど、彼等の破天荒な旅は面白おかしく続いていったのだが…

 

 

 

 

 

 

「…まさかの盛大な雨とはな」

 

「さ、流石に想定してませんでしたね…」

 

「うぅ、上がっていたテンションがどんどん下がっていきます…」

 

某次元世界、アスガルズの森。まさか土砂降りの雨が降ってくるとは想定していなかったのか、三人はテンションが下がりつつも、森の中央に生えている巨大樹の下で雨宿りをしていた。

 

「傘を差していてもこの濡れっぷりとは、傘が傘としての機能を果たしてないな」

 

「本当ですね。私達もかなり濡れてしまいました……裕也さん、何処見てるんですか?」

 

「んな、み、見てないぞ!? 若干服が透けて気合いの入った下着が見えたりなんかしてな―――」

 

「んもう、何堂々と見ちゃってるんですか? 裕也さんのエッチ♪」

 

「ごぶぅっ!?」

 

雨で盛大に濡れてしまった事で、早苗とリッカは着ている服が透けて、その下に身に着けている下着が丸見えの状態だった。裕也が慌てて自白染みた弁解をするも、リッカは怒るどころか嬉しそうに顔を赤らめて裕也の顔面にビンタをかます。それとは反対に、早苗は顔を赤らめて恥ずかしそうに両腕で胸元を隠す。

 

「はぅぅ……裕也さんのエッチ…」

 

「…ッ!!」

 

モジモジしながら呟いた早苗の発言に、裕也も顔を赤くして別方向へと視線を逸らす。十人中十人が振り返るであろう美人二人にそういった事を言われてしまえば、裕也まで恥ずかしがってしまうのも無理は無いだろう。というかモテない男子が見れば、裕也に嫉妬の目を向ける事は間違いない。

 

「…ん?」

 

早苗とリッカを見ないように視線を逸らしていた裕也は、何かに気付いて立ち上がった。

 

「裕也さん?」

 

「何か音が聞こえる……たぶん、誰かが戦っているな」

 

「敵でしょうか?」

 

「分からん。二人はここにいてくれ、俺が少し様子を見て来る」

 

早苗とリッカを巨大樹の下に待機させ、裕也は雨に濡れながらも猛スピードで森の中を駆け抜けていく。彼の場合は普通に空を飛んで行けば早く到着出来るのだが、たまには自分の足で走る事も修行の一つという考えから、彼は空を飛んで移動する事を良しとしなかった。そして、彼が辿り着いた先では…

 

「!? 何だコイツ等…?」

 

盗賊と思われる格好をした男達が、周囲のあちこちに倒れている光景が存在していた。彼等の武器と思われる剣がへし折られていたり、ナイフが地面に刺さっていたりと異様な状態に裕也は首を傾げたが…

 

「く、ぅぅ…」

 

「!」

 

その中で、一人だけ盗賊達とは全く違う格好をしている者がいた。

 

「…女の子?」

 

羽織っている茶色のマントと、その下には緑色の葉っぱで出来たビキニ。緑髪のポニーテールと右頬の一本傷が特徴的なその少女は、うつ伏せに倒れた状態のまま、一本の矢が刺さっている左足を苦しそうに押さえていた。この少女が、周りの盗賊達を倒したのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、裕也は少女に声をかける事にした。

 

「お~い、大丈夫か~?」

 

「!」

 

裕也の存在に気付いた少女は、彼をキッと睨みながら左足に刺さっていた矢を強引に抜き、右太腿に付けていたナイフを抜いて裕也に素早い動きで襲い掛かった。突然の攻撃に驚いた裕也は、慌てて少女の攻撃を回避する。

 

「ぬぉっと!? おいおい落ち着け、俺は敵じゃない!!」

 

「盗賊め!! アンタ達なんかに、この森を荒らさせるものか!!」

 

「別にそんな事をするつもりは無い!! 良いからそのナイフを降ろせって!!」

 

「うるさい、指図するな!!」

 

「いやだから……ちょ、意外と攻撃が速いなお前さん!?」

 

裕也の事を盗賊と勘違いしているのか、少女はナイフを降ろそうとはしない。どう誤解を解くべきか悩む裕也だったが、その直後に少女は突然その場に蹲った。

 

「う、ぁ…」

 

「!? おい!!」

 

少女は結局その場に倒れ、意識を失ってしまった。裕也は急いで少女の下に駆け寄り、彼女の血が流れている左足に手を当てる。

 

(さっきの矢、毒が塗ってあったのか……早苗とリッカに診て貰うのが一番か…?)

 

裕也は少女をお姫様抱っこの要領で抱きかかえ、早苗とリッカが待っているであろう巨大樹まで急いで戻ろうとしたのだが、ここで裕也は気付いた。

 

『『『……』』』

 

裕也と少女の周囲に、いつの間にか数体ほど、羽を生やした人間の姿をした妖精達が集まっていた。何事かと思う裕也だったが、妖精達は裕也に対して特に敵意を抱いている様子は無く、むしろ意識を失っている少女を見て心配そうな表情をしていた。

 

「…お前達、この子が心配か?」

 

『『『……』』』

 

言葉は発せないのか、妖精達はとにかく頷いてみせた。それを見た裕也は「そっか」と笑みを浮かべる。

 

「心配なら付いて来な。俺の仲間が、この子を治療してくれる」

 

『『『…!』』』

 

妖精達の表情が変わった事から、裕也の伝えたい事は伝わったのだろう。裕也は少女を抱きかかえてから、早苗とリッカが待っているであろう巨大樹まで高速で駆け抜けていき、妖精達もその後に続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!!」

 

その数時間後、緑髪の少女は目を覚ました。バッとその場から起き上がった彼女は、自分の身体にマントが布団のようにかけられていた事と、自分のいる場所が巨大樹の下である事、そして先程まで矢の刺さっていた左足に包帯が巻かれている事を順番に理解していく。

 

「あ、起きましたか?」

 

「ッ…!!」

 

「あ、まだ動いちゃ駄目です! 手当てしたばかりですから!」

 

「? …あ」

 

起き上がった少女の下に、早苗とリッカが歩み寄って来た。少女は思わず警戒して戦闘態勢に入ろうとしたが、早苗の告げた台詞から、自分の左足の傷は彼女達によって手当てされている事に気付き、少女は警戒しつつも地面に座り直した。

 

「良かったです、無事に起きてくれて。傷口から毒が入って、手当てが結構大変でしたから」

 

「…手当てを頼んだ覚えは無いよ」

 

「えぇ、確かに私達は頼まれていません。でも…」

 

「コイツ等が、お前の事を心配してたんだよ」

 

「え…?」

 

裕也の言葉と共に、それぞれ裕也達の頭に乗っていた妖精達が飛び立ち、少女の傍まで飛んで移動する。妖精達は少女が無事に起きた事で、嬉しそうな表情を見せていた。

 

「流石に、その子達まで心配させる訳にはいかないだろう? だから早苗達に礼を言っときな。お前の傷を治療したのは早苗とリッカだから」

 

「……」

 

少女は嬉しそうに飛び回る妖精達を見てから、早苗とリッカの方へと振り返る。

 

「…あ、ありがとう…」

 

「「どういたしまして♪」」

 

早苗とリッカが笑顔でそう告げた後、少女は裕也の方にも振り返り、頭を下げた。

 

「えっと……あなたも、ありがとう」

 

「ん?」

 

「あなたが見つけてくれなかったら、私は死んでいたかも知れない……だから、ありがとう」

 

「あぁ、そんな事か。別に気にしなくて良いぜ。俺が勝手にやった事だし」

 

「え…でも、それじゃ私が納得出来ない…」

 

「そう言われてもなぁ……あ。だったらさ、名前を教えてくれ」

 

「名前…?」

 

「あぁ。俺は東風谷裕也、裕也で良いぞ。んで、こっちは早苗とリッカ」

 

「東風谷早苗です。早苗で良いですよ」

 

「リッカ・グリーンウッド。私もリッカで良いですよ♪」

 

「さ、こっちは自己紹介をしたぞ。お前の名前は?」

 

「……」

 

少女は少し戸惑った表情を見せるも、楽しそうに飛び回っている妖精達の様子を見て、裕也達の事を信用するに値すると判断したのだろう。数秒が経過してから、少女はようやく口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はガルム……よろしくね。裕也、早苗、リッカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北欧神話に登場する番犬と、同じ名前を持った少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後にその少女の名前を自分が名乗る事になろうなど……この時点ではまだ、裕也は知る由も無かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be continued…

 


 
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