青年クリエは冬時の朝に特有のひんやりとした空気の中目を覚ました。
初めて感じるその空気は彼にとって心地よく感じた。周りを見るとこの部屋の主がいない。そこでカーテンを開けて外を見た。すると黙々と素振りをする部屋の主「ブライアン」が見える。自分を見る視線を感じたブライアンは言う
「良いからまだ寝ていろ。頼むから二人いる感じを出さないでくれよ」そう言って彼はピシャっとカーテンを閉じた――。
正午に近づき徐々に活気付いていくフロンティアの大通り。
それとは対称的にどんよりと肩を落として歩く二人の男。その一人馬頭長身の男ブライアンがこう呟く。
「…だから言ったろ。二人居る気配を出すなって」その言葉にもう一人の人間(ここではイルマ族と呼ばれている)の青年のクリエは応える。
「…すまない、意外な答えに戸惑ってしまって」
フロンティアで初めての夜を過ごしたクリエは再び起きて直ぐに前日に聞いた「占い」の行方――。
『アーティファクト』とは魔法の力で動く機械の事である。それを作成する『アーティシャン』はこの街では欠かすことの出来ない職業ではあるが同時に謎の多い職業でもあった。
特定のギルドに属さない『アーティシャン』はそれぞれの技術を秘匿する傾向にある。彼らの中には家族にすら正体を明かさない者もいるのだ。
故に『アーティシャン』のなり方は誰も知らない。
掴んだ筈の未来への道が閉ざされたのを知ったクリエは思わず驚いた声を上げる。
その声が大家の耳に入った為、一人部屋の「契約」に違反したと見なされ、二人は長屋を追い出されてしまった。
「なあ、これからどうする?」申し訳なさを感じつつクリエはおそるおそる尋ねる。
「そうだな、とりあえず…」ブライアンは少し考えている様子で上を向いた後に首を振ってこう言った。
「メシにしよう」
「な、何を呑気な事言ってるんだよ!」と楽観的なブライアンの態度に慌てた様子で答えたクリエだったが彼のお腹も鳴り出す。
ブライアンが笑いながらこう言う。
「な。俺が正しいだろ?」
二人が入った店は二階建てのかなりの広さがある食堂だった。
正面に壁のない開放的な一階の部屋は店舗用のスペースなのだろう。まだ昼食には早い為か客の入りは疎らだ。
外の様子を見るために入口側の席に腰かけた二人の元に店主らしき人物が近づく。
店主は猫頭を持つ「マオ族」の女性だった。彼女は二人に水を差し出す。
「いらっしゃい!注文は決まったかい?」ハキハキときっぷの良い感じで話しかける。
彼女の口調に清々しさを感じながらブライアンが答える。
「そうだな…。オススメはあるかい?」
「オススメかい?ウチの名物は特製『マオまんま』って事になってるよ!」
「じゃあそれをもらおうか。…所でそいつはうまいのかい?」挑戦的なブライアンの質問に臆する事なく彼女は得意気な表情で切り返す
「うまいかだって?当たり前だよ!なんたって『マオはグルメのナンバーワン』なんだからね!」
出された料理「マオまんま」はひたひたに注がれたスープに漬かったごはんである。
クリエはまずどんぶりの中身に目を向けた。スープに漬かったお米は長粒単粒二種類の稲で構成されており、具材は細かく砕いた豆腐と挽き肉というシンプルな物であった。見た目は決していいものではない。
匂いを嗅いでみると香ばしい魚介と鶏ガラの出汁の香りにコショウのスパイシーな香りが合わさって爽やかな気分にさせてくれる。
おそるおそる口に含んでみると魚介と鶏ガラとコショウの風味に加えて匂いでは捉えきれなかった海藻の塩気と旨味が広がっていく。実にあっさりとした味だ。
その旨味に浸るべく彼は何度か咀嚼をした。するとどうであろう。噛めば噛むほどに具材の挽き肉の肉汁が広がり、単粒米の甘みが引き立っていく。長粒米の持つはっきりとした食感は心地よい歯応えを演出してくれる。
その味に感動を覚えながら次は掻き込んでみる。濃厚な味は楽しめないもののスープのあっさりとした味付けと滑らかな印象を与える豆腐を始めとした具材の喉越しが別の意味で楽しませてくれる。
マオまんま…味わって良し掻き込んで良しの一粒で二度美味しい実にレベルの高いごはんだった。
クリエもブライアンもそれぞれの楽しみ方で夢中に食べている。そして食べ終わった所でそれぞれに対して同時に言い放つ。
「ごちそうさんでした!!」そう言いながら同時に頭を下げた二人はようやく事態の重大さに気付きしばしの間固まったままでいた。
――互いが自分の分も奢ってくれるものだと思い込んでいたのである。
互いに顔を上げたら負けと言わんばかりに顔を伏せたまま重苦しい時が続く。そして顔を伏せた体制のままブライアンが尋ねる。
「お、お前金を持ってないのか・・?」その質問に対してクリエが無言で指さす先には「現金払いでお願いします!」と書かれた張り紙があった。
「お、お前もお金を持ってないの・・?」そう尋ねるクリエにブライアンが堂々と答える。
「お、おれは『宵越しの銭は持たない主義』なんだ」お互いに狼狽え合うなか突如背後から殺気が襲うのを感じた。
「へえ…。アタシの店で無銭飲食しようとするなんていい度胸じゃないか…」明らかに怒っている様子だ。
二人ともおろおろと店主の方を見ていると店の奥の方から煙が上がって来た。それに気付いた店主は「いいかい!そこを動くんじゃないよ!」と告げて店の奥に入っていく。
しばらく待っても店主が戻って来ないのでクリエが厨房を覗く。中には困り顔でコンロのノブをカチカチと回す店主がいた。
「い、一体いかがいたしましたのですか!?」緊張のあまり使いなれない、ぎこちない敬語でクリエが尋ねる。勝手に厨房に入った事より変な話し方に引っ掛かりつつ、店主が答える。
「どうしたもこうしたもないよ。このオンボロが壊れて火が着かなくなっちまったのさ」そう言う店主はため息をついた。
煙の立ち込める厨房をクリエはしばらく眺めていた。そして不意にこう切り出す。
「工具を借りても‥いいかな」工具を受け取ると分解を始めた。手際の良さに店主は感心した様子で作業を見守っていた。
「直りそうかい?」
「見たことない機械だけど構造は何となく分かる。多分直るさ」話しながらも手は止めない。そうして分解した後汚れていた部分を綺麗にし、切れかけていた配線を繋ぎ直す。後は再び組み直すだけという所で突然手を止めて困った表情でコンロを眺めていた。
「どうかしたのかい?」
「ああ、何とか火は着く様になったとは思うんだけど部品の一つがすり減ってて…。恐らく火元になる部品だから代えないといけないみたいなんだ」
そう言うとクリエはまた考え込みだした。その時後ろからクリエの様子が心配になって厨房に入ったブライアンの首が伸びる。
「ほう…これは『火炎石』だな。こいつはちょっとやそっとじゃ手に入らないぞ」
その話を聞いて店主はにやりとして話し出す。
「『火炎石』なら確実に手に入れる方法があるじゃないか。丁度いい、お前さん達『アグニの洞窟』に行って採って来なよ」
話を聞くなりブライアンが慌てて話し出す。
「ま、待てよ!あの洞窟は…」
「アンタ腕は立つんだろ?じやあ問題ないさね」
「い、いやしかしだな…」
洞窟を行きを渋るブライアンを店主が挑発する
「へー、逃げるのかい?そんな筈はないよね。そんな事したら『大地の貴族』の名が廃るからねぇ…」売り言葉に買い言葉。ブライアンが思わず声を荒げる。
「ば、馬鹿を言ってるんじゃねえ!バトゥの人間に『逃げる』なんて言葉はねえ!」そう言ってからブライアンはハッとする。
もう手遅れだ。店主が勝ち誇った顔でこう告げる。
「そう言った以上はやってもらうよ。大丈夫、お前さんならできるさ」
気休めを言うなよ。そう思いながらブライアンは小さく舌打ちした。
町外れにある小高い丘に入口がある洞窟。そこにブライアンとクリエの二人は立っていた。
外から見える洞窟内は通常の洞窟とは異なり暗闇ではなく煌々と燃える炎の様な光に満ちていた。その光景に圧倒されたクリエには初めて立つ「大地」の感触の優しさに浸る余裕などなかった。
洞窟内は大きく開かれた空間にくねくねと折れ曲がる長い道が続いていた。道の下にはマグマがたぎっている。時折噴き出す火柱に注意しながら二人は進む。
その道中クリエが話しかける。
「確かにこれは難儀だな」その言葉にブライアンが応える。
「バーカ、問題はそこじゃないんだよ」そういったやり取りをしながらも二人は進んで行く。
道を進んだ先にはそれまでとはうってかわって火炎の気配を感じさせないだだっ広い空間だった。空間の真ん中に立ちブライアンは目を閉じる。少しの間を置いてブライアンが声を出す。
「なるほど、ここら辺は『マナ』で溢れてる様だ。なら『火炎石』も採れるかもな。」そう告げるブライアンにクリエが尋ねる。
「『マナ』って何なのさ?」
「簡単に説明は出来ないが要はお前が知りたがっている『魔法』の源だ…。これだけ『マナ』で満たされてるなら『火炎石』もあるかもな。面倒な事になる前に見つけるぞ」
ブライアンは足もとに落ちている石の中から適当な形の物を拾い上げ、洞窟の壁を削り始めた。その様子に倣ってクリエも道中拾った木の棒と石を組み合わせて即席のピッケルを作り、壁を掘り進めていく。
黙々と作業を進める二人にゆっくりと不穏な影が近づいてくる。
影の主は二人に向かって獣じみた雄叫びを上げる。
叫び声に驚いて振り返った二人が見た物は赤い肌の筋骨隆々とした体格の老人だった。2メートルを超える巨体のブライアンといい勝負だ。
「チッ…。『魔人』とはまた厄介なのが出てきたな」そう言いながらブライアンが身構える。
「ここでの発掘はならん!即刻立ち去るがよい!」魔人と呼ばれた老人の怒号が洞窟内に響く。その様子を呆然と見守るクリエをよそにブライアンが応える。
「そういう訳にはいかないねえ!『火炎石』を持ち帰るのが俺の仕事だし、第一バトゥの辞書に『退く』って言葉はない!」
「ほう…。じゃあちょっとばっかり痛い目をみてもらおうかのぅ。若いの」老人も身構える。
戦いの開始を感じたブライアンは腰に下げていた剣を放り投げる。その様子を見た老人は怪訝な表情で尋ねる。
「…それは一体なんの真似じゃ?」
「ハンデだ。丸腰の相手に武器を使うのはフェアじゃないからな…」
「ほう…。街の人間は面白い事を言うのう」
お互いに腰を落とし戦闘態勢を整える。張り詰めた空気が漂う。
緊張の瞬間が続いた後、双方が同時に正拳突きを繰り出した。
ぶつかり合う拳と拳。その衝撃に空気がびりびりと震える。
拳を合わせたまましばらく押し合っていたが、拮抗したまま埒が開かないとばかりに互いに距離を取る。そしてまたもや同時に蹴りを繰り出した。これもまた勝負を決するには至らなかった。
久しぶりに味わう互角の勝負。その興奮でブライアンは手足に走る痛みにすら心地よさを覚えていた。
「お主、『丸腰の相手に剣は使えない』と言ったな?」老人が口を開く。
「?」
「お主の剣が見たくなったわ。ほれ、これでどうじゃ?」そういうと老人は虚空から仄かに赤く輝く結晶を作りだした。その形状は片刃の剣の様だった。
「『魔法剣』か…。面白い!」そう言いながらブライアンは後ろに飛び、落ちている剣を拾うと同時に切りかかる。無駄の無い、流れる様な動きだ。
老人は剣撃を冷静にかわす。対象を捉えきれずにバランスが崩れそうになるのをブライアンは力任せに抑え、そのまま切り上げた。
今度はかわせないとばかりに剣を受ける老人。ブライアンが続けて切りかかる。
それを冷静に受ける老人。力で押し切ろうとするブライアンとそれに負けじと押し返そうとする老人はしばらくの間鍔迫り合いを続けていた。
不意に後退する老人。荒々しい息を上げながら不敵な笑みを浮かべる。
「なかなかやる様じゃの。じゃあコイツはどうかな!」
そう言いながら剣を振るう。すると剣は徐々に棒状になり、間合いを伸ばしていく。
そして結晶で出来た棒はブライアンの脚を捉える。予想外の攻撃を受けた彼はバランスを崩し尻もちをついてしまう。
「卑怯だぞ!じーさん!」
「卑怯?残念ながらそれは街の人間の感情じゃのう。という訳でそろそろ終いにしようかの」
そう言いながらじりじりと近づいてくる老人をブライアンはそのままの体勢で待ち受ける。体勢を立て直そうとした所を撃ち込まれる事が分かっていたからである。
友人の危機に初めて我に返ったクリエは何かできないかと辺りを見渡す。その目つきは必死であった。
するとブライアンが手を付いている付近になにやら赤く光る靄が見える。前日の占いで見たものと同じものだ。そこに何かある。そう確信した彼はブライアンに声をかける。
「ブライ!そこにある赤い光の所を調べてみて!」その言葉を聞いて老人が歩を止める。
「何を言ってるんだよ!」ブライアンは事情を呑み込めない様子である。その様にクリエはいらいらした様子で叫ぶ。
「そこだよ!そこ!お前には『視えない』のか!?」その言葉に事情を察したブライアンは目を閉じて耳を澄ます。そして何かを悟った様子で手元にあった岩盤を叩き割り、その奥に手を入れた。そして何かを掴んだ彼はニヤッとしながら掴んだ物を老人に投げつけた。
投げつけられたものをとっさに結晶でできた棒で老人が受ける。すると結晶の棒は光を放ちながら虚空に消えていった。
そのやり取りの後老人は初めてクリエに目を向けこう言う。
「ほう‥。お主マナを『視る』事ができるのかのう」
「『視る』どころかこいつには『安定』の性質があるらしいぜ」少し誇らしげにブライアンが答える。
「お主!なぜ最初にそれを言わなかった!?それなら話は早かったのに!」
「どういう事だ?」
「ここは岩盤が不安定でのう。ちょっとした振動で崩落したりするんじゃ。今回も誰かさんが力任せに掘ってくれたおかげで昼寝中のワシの顔面に岩が降ってきたわ!」そう言ってブライアンの方をジーっと見る。ブライアンはバツの悪い表情で答える。
「じゃあ、入り口にもそう書いておけよ!」
「済まぬのう。街の人間の『文字』とやらには興味がないもんでのう」
「なんて勝手な奴だ!この爺は!これだから『魔人』って奴は!」と言いそうな気持ちを堪えつつブライアンはこう切り出す。
「…それじゃあコイツに
「そんなのはお安い御用じゃ。こうしてこうしてこうじゃ」そういうと彼の掌に突如炎が浮かび上がって、その炎が収束してこぶし大の結晶が出来た。
その光景をただ驚いた表情で見守るクリエの様子に気付いたブライアンが口を開く。
「なあ、こいつはついこの間まで『マナ』の事なんか知らなかったんだ。だからもう少し優しく――赤ん坊に言い聞かせるように説明してやってくれないか?」
「それは悪かったのう。じゃあ少年よ。まずは『マナ』を感じるんじゃ。そこにあると信じれば必ず見えてくるはずじゃ」
言われるがままに「そこに確かにある」と自己暗示をかけながら辺りを見る。すると空間の中に所々占いで見たものと同じような赤く光る靄が見えた。
「見えた!これが『マナ』なんだね!」と興奮した様子でクリエが言う。
「それは『マナ溜り』と言って厳密には違う物なんだがのう‥。ここにはマナで溢れているというのに感じないとは街の人間は難儀じゃのう」そう言いながら老人は言葉を続ける。
「マナ溜りを見つけたならその塊に手を添え結晶のイメージを念じるんじゃ。『マナ』とは人の意志に反応する性質があるでの」
言われるがままにクリエは『マナ溜り』に念を送る。なかなか効果は現れないがそれでもあきらめずに続けていると徐々に赤黒い石が表れていく。石が表れてもなお集中を続けるクリエであったが、石がこぶし大に来た所で突如石が落ちる。集中力が切れてしまったのだ。
それと同時に体中からドッと汗が噴き出す。
「なんてこった。石一つ作るのにこんなに精神を削られるなんて」不安げなクリエに老人が答える。
「最初はそんなもんじゃ。だが慣れれば息をするように『火炎石』所か『炎昌石』も出来るぞい!それどころか『安定』の性質があればこんなこともできる」そう言って老人は『火炎石』を作り、液状にしてさらに『火炎石』に戻すという芸当をした。
「まあここまで出来なくても無理はないが・・。折角だから練習して行かんかの?」
その言葉に従ってクリエは結晶化の練習を始める。
修行の時間もあって店に戻ったのは完全に日が落ちた後だった。
時間がかかってしまった二人に店主がかけた言葉は「時間がかかってるんで心配したよ!」という意外なものであった。
着くなり早速コンロの修理に取り掛かる。
分解して『火炎石』が入るべきスペースにどうせなら‥と修行で作った『炎昌石』をはめるクリエ。その様子に驚いたブライアンは
「おい!ちょっと待て!」と釘を刺すが聞き入れなかった。
そしてコンロのノブを回す。すると大きな火柱が上がりクリエの前髪を焼く。その様子を見て店主が声を出す。
「ば、馬鹿!『料理は火力が命』って言っても限度があるよ!」その言葉にシュンとなるクリエ。少し間を置いた後で店主が話し出す。
「まあ、コンロを修理してくれたからねえ。とりあえずはありがとうよ!」そして言葉を続ける。
「どうせあんた達その様子じゃ泊る所もないんだろ?じゃあ、うちに泊って行きな!」
そう言うと店主は二階に二人を連れて行く。
「小さいのはアタシの弟の部屋を使ってくれ。デカいのは居間で寝てくれよ。あ、うちは客商売だからね。毎日一階のある風呂に入ってもらうよ!」
更に言葉を続ける。
「家賃はとりあえずあんた達に収入が出てから取るから今日の所は心配しなくていいよ!」
その言葉に安堵するクリエ。確かな生活の基盤を手に入れたことで改めて思う。「ここから僕の『生活』は始まるんだ」と。
Tweet |
|
|
1
|
1
|
追加するフォルダを選択
「F」‥フロンティアな世界観の日常を描いた作品です。
今回はちょっとバトル要素とかあったりします。『マナ』に関してはブログで詳しく・・
エピソードリスト→ http://www.tinami.com/mycollection/21884