No.787516

IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜

襲撃! IS学園最後の日!?

2015-07-04 23:08:11 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1317   閲覧ユーザー数:1247

 

IS学園地下特別区画。学園の機密の多くを保護するこの施設の最奥で、織斑千冬は佇んでいた。

 

千冬の横の金属製のデスクの上には、束の姿を投影したデバイスが置かれている。

 

《……………話しちゃったね》

 

「ああ」

 

《背負わせちゃったね。箒ちゃんや、いっくんに》

 

「あの二人だけじゃない。あの場にいた全員にだ」

 

ISの真実を語り終え、一夏たちを地上へしたため、特別区画には千冬と束だけが残っている。

 

デバイスの制限は全て解除され、瑛斗、一夏、箒のいずれかが持ち続ける必要もなくなっていた。

 

《それと、えっくんにも話さないといけないね》

 

「いい予行演習になっただろう? いい機会だ。一夏や桐野やお前の妹以外にも、せめてあの場にいた小娘どもとくらいは口を利いてやれ」

 

《え〜……》

 

「えー、ではない。あいつらは私たちに残された最後の希望だ。お前も少しは歩み寄りをしてみせろ」

 

《むぅ、ちーちゃんが言うなら仕方ない。考えておくよ》

 

束はヒラヒラと手を振った。

 

「まったく、お前というやつは。そんなナリになっても相変わらずだな」

 

《それが束さんだよ。それだけは変わらないし、変えられないし、変えたくない》

 

「ああ、そうだよ。お前はそういうやつだ」

 

《えへへ…照れるなぁ……》

 

「ふっ……褒めとらんわ」

 

短く笑い合う二人。友情を超えた、けれど暖かく優しい想いがそこにあった。

 

「…なあ、束。全てが終わったら、一緒に飲みに行かないか?」

 

《え? ちーちゃん何それ? フラグ?》

 

「バカ。そんなんじゃない。考えてみれば、お前と酒を飲んだ覚えがないと思っただけだ」

 

《あー、そう言えばそだね。うんっ。行こう行こう。お店は任せるよ》

 

「おう。いい店を知っている」

 

《……なおさら、負けられないね》

 

束の声色が変わる。研ぎ澄まされた刃物のように真剣なものだ。

 

「私たちにできることはもう少ない。だが、それならそのできることを精いっぱいやるだけだ」

 

《私たちの全力全開、ってわけだね》

 

「そうだ。さあ、取り掛かるぞ」

 

デバイスを持ち上げ、千冬は今いるフロアのさらに奥へ続く扉を開けた。

 

《ついに動かすんだね。私たちの切り札を》

 

「時間はかかるがな」

 

薄暗い室内。その中央には、数十ののケーブルに繋がれた『石像』が置かれていた。

 

IS《暮桜》。

 

千冬を世界一の座へ導き、そして、千冬を守るために、自身の全てを自らの手で封印した騎士。

 

「待たせたな。また、お前の力を借りるぞ」

 

指先が暮桜に触れ、冷たい 『石』のような感触と、奥底にある燃えるような『意志』が混在するそれに、千冬は優しく語りかけた。

 

《始めようか……》

 

千冬は頷き、束のデバイスを暮桜にかざす。デバイスからコードが伸びて、暮桜のコネクタに接続された。画面に、とあるプログラムの作動コードが表示される。

 

それに反応するかのように淡い発光を始める石像。

 

(決戦の時は近い、か)

 

千冬は短い思考を巡らせてから、意識を目の前の暮桜へ集中させる。

 

トクン…トクン…と、まるで鼓動のような、一定の周期で小さな音が伝わってくる。

 

「……………………」

 

千冬は目を閉じたまま、口の端を少しだけ上げた。

 

「………わかった。お前の言う通りだな」

 

頷く。

 

直後に暮桜を光源として、焼きつくようなまばゆい光が薄暗かった部屋を照らしだす。

 

「行こう。あいつなら、きっと━━━━」

 

光が爆ぜる。

 

次の瞬間、千冬が消えた。

 

織斑千冬というその人の形が、忽然と、突として、この空間から姿消失した。

 

淡い発光を続ける石像と、画面に何も映し出さないデバイスだけを残して、室内に静寂の支配が戻った。

 

 

箒との決闘のおかげで、俺の《G-soul》はエネルギー切れを起こしていた。

 

それを知ったのは出発の前だったので、俺は移動に俺の持つもう一つのIS、《セフィロト》を使うことになった。

 

ISを使った移動の理由は、クラウンが指定した時間に間に合うにはそうするしかなかったからだ。

 

記憶を頼りに空を飛んでしばらく。そして森を二分する小道の入り口に降り立ち、展開を解除して細い道を歩くと、蔦が生い茂った大きな古い建物が見えてくる。

 

桐野第一研究所。

 

そう名付けられた森閑としている廃墟から、引き込まれそうな重力を感じる。何度見ても、いい気分はしない。

 

そして、その建物の門の前に立つ、金色の髪に黒いスーツの男の後ろ姿に俺は見覚えがあった。

 

「クラウン!」

 

その名前を叫ぶと、金髪の男、クラウン・リーパーは首をもたげた。

 

「………やあ、よく来たね。待ってたよ」

 

全身を俺に向けたクラウンの目は、ぐにゃりと不気味に歪んでいた。

 

「時間ぴったりだ。感心感心」

 

「わざわざこんな場所に呼び出した理由を言え!」

 

「おいおい、いきなりずいぶんとご挨拶じゃないか? 敵意剥き出し? この前はあんなに心を開いてくれてたのに」

 

「お前があんなことをしなけりゃ、もう少しマシな対応してるぞ」

 

「お、アレ見てくれたんだ。どうだった?」

 

おどけた口調に俺は奥歯を噛み締めた。

 

「ふざけるな! ダリル先輩はどうなった! 無事なんだろうな!?」

 

「おや、知り合いだった? 安心しなよ。ちゃんと生きてるから」

 

そうとだけ答えて、クラウンは大仰に肩をすくめる。バカにして……!

 

「IOSってなんだ! お前は、一体何を考えてる! 洗いざらい話してもらうぞ!」

 

「まあまあ、そう熱くならないで。奥で話そう。こんな門前で話されちゃあ、建物の主人に迷惑だろう」

 

俺の問いかけに答えないで、クラウンは歩き出す。

 

「ま、待て!」

 

俺も当然追いかけた。ここまで来て、撒かれるなんてのは御免だ。

 

「君も知ってるだろう? この建物はあくまで研究施設。生活する場は別にある。行ったことあるかい?」

 

「…………………」

 

「その様子じゃ、ないね。こっちだ」

 

建物の横。錆びついて、もはや扉の役目を果たしていない鉄の扉を開けて、赤や黄色の葉が混じる森の中に通った地面が踏み固められただけの未舗装の道を進む。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

沈黙。向こうはどうか知らないが、俺はクラウンの出方をうかがっていた。

 

「…………………フフッ」

 

すると、前を歩くクラウンが唐突に笑った。

 

「君は、随分と優しい男だね」

 

「は?」

 

「俺を見た瞬間、問答無用で攻撃することだってできたはずだ。なのに、そうはしなかった」

 

試すような物言いに、俺は手を固く握り締めた。こいつのペースに飲まれちゃいけない。

 

「勘違いするな。俺はお前と戦いに来たんじゃない」

 

「そうかい。それはありがたいね」

 

「というか、どうしてお前にこんなに土地勘がある」

 

「それはもうすぐ知ることになるさ。まずは、あれをごらんよ」

 

クラウンの言葉に合わせたみたいなタイミングで森が途切れて、開けた草原が現れた。

 

「…………!」

 

視線の先に、屋敷があった。

 

三階建てで、真っ白な屋敷。大きな大きな、白い家。

 

ずき、と頭の奥が脈動する。記憶の奥底の思い出が、泉のように湧き上がった。

 

 

あの玄関の横に落書きをしたんだ。

 

父さんがそれを見て笑ってくれるのが嬉しくて。何度も、何度も。

 

家の庭先を走り回って、俺を追いかける父さんの友達が息を切らすのが可笑しかった。

 

そして、疲れて眠くなったら、母さんのところへ行って、頭を撫でてもらいながら眠って…………

 

 

「あ…………」

 

目から、熱い水が流れて落ちた。

 

確信した。

 

ここは、俺の家だ。

 

「……帰って……きた……………」

 

一歩、二歩、俺は足を動かす。

 

正面玄関のあの扉を開ければ、中には、きっと……きっと━━━━!

 

「しっかりしなよ」

 

肩に誰かの手が乗った。

 

クラウンの手だ。

 

「もう一度、よく見てごらん」

 

クラウンから屋敷に目を戻す。

 

「!?」

 

屋敷は、廃墟に変わっていた。

 

いや、それは廃墟と呼ぶのも難しい。

 

屋敷があったはずの場所には、炭のように黒く焼け焦げた骨組みが数本、裸の地面に刺さっているだけだった。

 

「消えた……?」

 

どうしてだ? 今まで目の前にあったのに!

 

「ここにあった屋敷は、20年前に焼失している」

 

「しょう……しつ……?」

 

「幻視したんだね。過去を。君が記憶の奥底に閉じ込められていた、過ぎ去った時間を」

 

みるみる俺は正気を取り戻していった。

 

(俺が閉じ込められた……過去………?)

 

あの光景は、俺がイメージしたもの? あそこまで鮮烈で、鮮明な光景が、幻だった?

 

漠然と、漠然と不安が広がっていく。まるで、強い力で水の中にゆっくりと引き込まれていくみたいに。

 

「ち……違うっ! 俺はもう過去を振り切った! 今は………『今』を生きる俺だ!!」

 

遮るように荒げた俺の声を、クラウンは嘲笑する。

 

「強情だなぁ。今更取り繕う必要もないのに」

 

クラウンは足を動かして俺の横に立った。

 

「この場所は、《亡国機業》と呼ばれる秘密結社が始まった場所だ」

 

「亡国機業……」

 

「世界を裏側から良くしていこうと志を共にした人間たちの集まり。その総帥は、君の父親だ。けどそれは変わった。20年前、エグナルド・ガート…彼が反乱を起こした。友を裏切り、君の両親を殺し、乗っ取った。組織の在り方を歪めたんだ。そして……………自分も死んだ」

 

「………………………」

 

「まあ、彼が死んだのはつい最近だけどね」

 

クラウンが今言ったことは、チヨリちゃんからあの夏の日に聞いたものと全く同じだった。

 

「お前は……一体…………」

 

一体何者なのか。俺はすでにクラウン・リーパーという男がわからなくなっていた。

 

「さて、君は俺に聞きたいことがあるんだろう? 本題に入る前に聞いてあげるよ。ほら、涙を拭きなよ」

 

目だけを俺に向けたクラウンを、じっと睨み返し、俺は目の端に残っていた涙をゴシゴシと拭う。

 

「………IOSってなんなんだよ」

 

「IOSは俺が開発した最高のマシンさ。性能もあの映像の通り、ISとだって互角に戦える」

 

互角っていうのは、ダリル先輩がいた基地の襲撃のことを言っているようだ。

 

「いつの間にあんなものを作った。エレクリットの技術開発局でやったことなら、エリナさんだって知ってたはずだ」

 

「IOSの開発にエレクリットは関係ない。虚界炸劃(エンプティ・スフィリアム)の極秘工廠で全てやっているんだ」

 

極秘工廠? そんなものが持てるほど規模は大きいのか?

 

「お前は本気なのか? 本気で、世界を相手どるつもりだってのか?」

 

「言うに及ばず、だよ」

 

目の前で即答した男の、白色に近い金色の髪が揺れる。

 

「この世界は歪んでいるんだ。あるべき姿から逸脱している。行き過ぎた力があるがゆえさ。だから、正さなくちゃいけないんだよ」

 

子どもに言い聞かせるような、もしくは小馬鹿にするような、神経を逆撫でしてくる声音。

 

「さて、君の質問タイムは終わりだ。今度は俺の番だよ」

 

「………『手紙』は、読んだかい?」

 

「手紙?」

 

なんのことだ? 俺宛の手紙なんて、こいつからは送られて━━━━

 

「……っ!?」

 

心臓がどくんと跳ね上がった。

 

頭の中で、図式が出来上がっていく。

 

クラウンは亡国機業の真意を知っていた。

 

俺の父親のことから何まですべてだ。

 

なら、こいつが言う『手紙』とは……!

 

(こいつはまさか……『クレッシェンド』のマスターさんがくれたあの手紙のことを言ってるのか!?)

 

「な、なんで……なんでそんなことまで知ってる!?」

 

後ずさった俺を逃さないように伸びた両手が、俺の肩を掴んで放さない。

 

「あるんだろ? エグナルドの裏切りを知った君の父親が、君に送った手紙がさぁ!」

 

(こいつ、どこまで……!?)

 

額から冷たい汗が流れた。

 

俺の中の全てが、警鐘を鳴らしている!

 

この男は危険だ!

 

「は、放せっ!」

 

「放すよ。君が答えてくれたらね。で、どうなの? 読んだの? 読んでないの?」

 

ずい、と顔を寄せてくる男の瞳孔は、どす黒く澱みきっていた。

 

「それを教えてくれるだけでいい。それだけでいいんだ……」

 

(これが……人間の目なのか…!?)

 

この目……これじゃあまるで化け物と対峙しているみたいじゃないか!

 

鼓動が早くなる。

 

胃の奥から何かがこみ上げるような嫌な感じもする。油断すると、えづいてしまいそうだ。

 

「て、手紙はっ━━━━」

 

俺は、口の中の唾を飲み込んで、懸命に言葉を絞り出した。

 

「手紙は……………読んで、ない」

 

風が吹く。

 

「…………………」

 

クラウンは意外そうな顔をしていた。

 

そうして、固まること数秒。

 

「……プッ…ククッ」

 

クラウンが堰を切ったように笑い出した。

 

「ククッ、クハ、ハハハ……ハハハハッ! そうか……! ハハハッ!」

 

クラウンは俺を軽く突き放して、引き裂くような笑い声を上げた。

 

「そうかそうか! そうかそうかそうか! 読んでないんだぁ! アッハハハははハッ!! ハァハはハはハハッ!!」

 

空を割るように響き渡る狂笑。その姿に俺は戦慄し、見ていることしかできない。

 

「ハハハハハ! ありがとう瑛斗くん!」

 

その男の目は、俺を写して嗤っていた。

 

「いや、本当にありがとう! ハハハ! おかげでもう何の迷いもなくなったよ! これで━━━━!」

 

シン、とクラウンの声音が静かなものに変わった。

 

「これで安心して、このクソみたいな世界を滅ぼすことができるよ」

 

「世界を滅ぼす………!?」

 

続けてクラウンは映画でしか聞かないような言葉を吐いた。

 

「世界をあるべき姿に戻すだって? 冗談! 戻すまでもないよ。こんな世界は消えて然るべきさ!」

 

「そ、そんなことができると思ってるのか!?」

 

「できるとも! 俺には、それだけの力があるんだ……!! そのためのIOSだ! そのための虚界炸劃だ!」

 

「正気、なのか………!」

 

「さあ、話は終わりだ。君は学園に戻るといい」

 

「ふざけるな! 世界を滅ぼすなんて言われて、おとなしく引き下がれるかよ!」

 

俺はクラウンから数歩離れて叫んだ。

 

「何をしようとしてるのかは知らないが、これ以上俺の周りの人を傷つけさせは━━━━」

 

「傷つけさせはしないって?」

 

クラウンが、侮蔑するような目で俺を見た。

 

「ハン、そんなに傷つけられたくないなら、思いっきり傷つけさせてもらうよ。君がここにいるなら、もう君の周り……IS学園は大変なことになってるだろうからね」

 

「ど……どういう意味だ!」

 

「今頃、俺の部下がIS学園で大暴れしてるよ」

 

「なに!?」

 

「アハハハッ! 宣戦布告を真に受けてない愚かな連中への意思表示さ! これほどまでのプロパガンダもないだろう!? どうして君をここに呼んだかって? そんなの学園から君を遠ざけるために決まってるじゃないか! 君のいないIS学園の戦力なんて、たかが知れてるんだよ!」

 

「バカはお前だ! 俺一人いないくらいで揺らぐようなIS学園じゃない! 織斑先生だっているんだ!」

 

そう言った俺の鼓膜をクラウンのゲラゲラと狂暴な笑い声が震わせる。

 

「君は本当に愉しませてくれるねえ! 織斑千冬? 世界最強? あんなのはもうただの『人間』さ! 『彼ら』を拒絶し拒絶された、哀れな『人間』なんだから!」

 

「な、なんだ…? 何を言ってる!?」

 

言葉の意味がわからない。

 

「篠ノ之束だってもう手遅れだ! 彼女の意識ははすでに『彼ら』取り込まれている! もう君たちの希望は潰えてるんだよなぁ、これが!」

 

『彼ら』だと? 織斑先生と篠ノ之博士が、なんだって?

 

「ところで……君はいつまでそうしているつもりだい?」

 

クラウンは顔に歪んだ笑顔を貼り付けたまま、言い放った。

 

「言ったろう? 俺の部下は優秀だ。早く戻らないと、誰か死んじゃうかもよ?」

 

「………………!!」

 

悪寒が体を包み込み、総毛立つ。

 

嘘なんかじゃない。

 

今、本当にIS学園は━━━━!

 

「…………セフィロトッ!」

 

首のチョーカーが一度激しく輝いて、俺の身体が黒い装甲に包まれる。

 

《セフィロト》が唸るような駆動音を立てた。

 

(急いでIS学園に戻らないと……!)

 

「間に合うといいねぇ!」

 

クラウンが叫ぶ。

 

「!」

 

「君が着く頃には、もう全部終わっているかもよ! さあ、急いだ急いだ!!」

 

この男の言葉を気にしてる場合じゃない。

 

「クラウン………!」

 

でも、俺は堪えることができなかった。

 

「リィィィパァァァッ!!」

 

セフィロトのブレードを高く振り上げ━━━━!

 

ゴッ!!

 

クラウンが立つ数十センチ横に叩きつけた。

 

そうすることしか、できなかった。

 

「…………やっぱり、優しいな」

 

「くそっ!!」

 

嗤ったクラウンの顔を目に焼き付けて、俺は地面を蹴って空を駆けた。

 

(みんな、無事でいてくれよ…!)

 

燃えるような焦燥感を抱きながら。

 

 

場所を戻し、IS学園。

 

千冬と束からISの真実を伝えられた専用機持ちたちは、校庭の広場に集っていた。

 

決して明るくない少女たちの面持ち。それは、突きつけられた真実をなんとか受け入れようとしている表情だった。

 

芝生の上に仰向けで寝転んでいた鈴は、ゆっくりと右腕をあげた。

 

「………アタシたち、なんにも知らないでISを使ってたのね」

 

腕輪になっている自身のIS《甲龍》を見ながら、独り言のようにぽつりと言葉を漏らした。

 

「仕方ないですよ。こんなこと、誰にも想像できません」

 

隣に座っていた蘭がつとめて優しく言った。

 

「織斑先生と篠ノ之博士には感服しますわ。たった二人だけで戦い続けていたんですもの」

 

セシリアが言うと、ラウラは苦虫を噛み潰すような渋面を広げた。

 

「教官……なんと水臭い。もっと早く話していてくれていれば私が………!」

 

膝に手を打ち付けたラウラ。その表情には悔恨が見て取れる。

 

一夏や箒もラウラと同じ気持ちだった。

 

「千冬姉はドイツにいた時にも、戦ってたんだよな……」

 

「私は姉さんのことを本当に何も知らなかった。全てが事実ならば、私は、私は今まで何をしていたのだ…!」

 

姉たちだけが戦っていた。それも自分たちの知らないところで。そのことが歯がゆく、そして悔しかった。

 

「なんだか、やりきれないね。お姉ちゃんと篠ノ之博士が必死に頑張ってたのに、世界はISのコアの奪い合いをしてたなんて」

 

私の言えた義理じゃないか、とマドカは自嘲的に笑う。

 

「でも……私たちに何ができたんすかね」

 

そこに、普段から思ったことをはっきり言うフォルテが、この場にいる全員が少なからず抱いていた気持ちを代弁した。

 

「知ってたら、織斑先生と篠ノ之博士のお手伝いができたんすかね」

 

「それは…………」

 

一夏は言葉を詰まらせた。

 

フォルテの言うとおりだ。全てを知っていたとして、千冬と束のために、自分に何ができただろうか……。

 

「…私も、フォルテ先輩と同意見。私たちでは、明らかに無力すぎる」

 

「梢ちゃん………」

 

重たい空気が漂う。

 

シャルロットはずっと思考にふけって遠くを見ている楯無に目を向けた。

 

「楯無さんは、知ってたんですか?」

 

シャルロットの問いかけに楯無は首を横に振って否定する。

 

「このことに関しては何も。おねーさんも驚いてるわ。瑛斗くんがこれを知ったら、なんて言うかしらね…」

 

「瑛斗…………」

 

簪は、クラウンに会いに行った瑛斗のことを思い、自分の髪と同じ色をした蒼天を見上げた。

 

(…………?)

 

と、妙なものが目に留まった。

 

(あれ……なんだろう………)

 

最初は鳥かと思った。しかし、鳥にしては翼が短い。そして何より、鳥よりも格段に速い。

 

(飛行機かな……?)

 

目を凝らす。点でしかなかった何かが、だんだん鮮明に見えてくる。

 

「っ!?」

 

「簪ちゃん?」

 

おもむろに立ち上がった簪に、視線が集中する。

 

「みんな……見て………」

 

簪が指差した空を見上げる。

 

「なんですの?」

 

スナイピングを得意とするセシリアは高高度にあるそれを凝視した。

 

「人かしら? あの高さにいるとなると、ISを……?」

 

ISを展開させた何者かは、セシリアの言葉を待たずに、秋の陽射しを反射させながらまっすぐこちらへ落ちてくる。PICを切った自由落下だった。

 

「こ、こっちに来ますわ!」

 

他者を圧倒する禍々しくも神々しい、上から押し潰してくるようなプレッシャー。

 

簪と楯無は、前に一度体験したことのあるこの感覚で、何が来たのかを瞬時に理解していた。

 

「お姉ちゃん……あれって……!」

 

「ええ。あの時の━━━━!」

 

ドォォォン! と巨大な落下音が大気を震わせる。一夏たちは巻き上げられた風に乗った土煙から顔を守った。

 

一夏達の数メートル先に立ち込める粉塵。

 

その粉塵の中で、濃い影がゆらりと揺れる。

 

「な……なんすか!?」

 

「襲撃……!?」

 

「そんな! 今お姉ちゃんたちは…!!」

 

粉塵が風に消え、布がバサバサと風に踊る音が聞こえた。

 

「……………………」

 

神掌島で楯無が倒したエミーリヤ・アバルキンを回収した、顔を赤黒い襤褸で隠す異形の女。

 

名前さえ知らないが、更識の姉妹はこの女の危険性を理解していた。

 

「みんな気をつけて!」

 

「あの人は、強い……!」

 

その言葉に身構える一同。同時に学園全域にけたたましい警報が鳴り響いた。

 

「え、な、なに? 警報!?」

 

「またこの前みたいなことが起きるの!?」

 

「落ち着いて! 先生たちの指示に従うの!」

 

専用機を持たない一般生徒たちが、一夏たちと女の周囲を避けながら校舎内へ退避していく。

 

校舎の窓が防御シャッターに塞がれ、瞬く間に簡易的な要塞へと変容を遂げた。

 

「そこまでです!」

 

すると、上空から鋭い声が響き、それに続いてIS部隊が現れた。

 

学園の非常事態にISを使って対処することが許された戦闘担当の教師たちである。

 

その中には、真耶の姿もあった。

 

「みなさん! フォーメーション『シータ』です!」

 

『了解!!』

 

女を中心に置いた円陣形。アサルトライフルやマシンガン、大型シールドを構える教師たちが、瞬く間に女を取り囲んだ。

 

「警告します。あなたは違法な手段でこの学園に侵入してきました。即刻の退去を命じます。抵抗するようであれば、こちらは武力を行使してあなたを拘束します!」

 

しかし、これほどの数のISを前にしても、女に動じる様子はない。ゆっくりとローブの中から右腕を上げる。右腕部の装甲は、女の顔と同じように襤褸がきつく巻きついていた。

 

「そのような『まがい物』では、相手になりませんよ」

 

女が呼び出したのは、白と黒の螺旋模様が特徴的な槍だった。

 

どよめきが起こる中、真耶がアサルトライフルを握る手に力を込め直しながら言葉を紡いだ。

 

「……もう一度だけ警告します。あなたがそれ以上動けば、それはIS学園への攻撃行為と━━━━」

 

「愚問ですね。そのために来たというのがわかりませんか?」

 

槍が天に掲げられる。

 

螺旋の黒色部分から、等間隔に敷き詰められた砲口が露わになった。

 

「させませんっ!」

 

「遅い」

 

引き金が引かれるより速く、砲口から白色の光線が尾を引くようにして四方八方へ放たれる。

 

光線は押し寄せた教師部隊のISの装甲に直撃した。

 

しかし、爆発は起きない。光線は、染み込んでいくように装甲の中へ侵入していった。

 

「な、なにが……?」

 

「構うことないわ! 早く奴を━━━━」

 

が、すぐに教師たちの纏うISに異変が起こった。

 

「うっ………!?」

 

「き、機体がっ?」

 

「動かない!? どうして!?」

 

教師たちが使う《打鉄》と《ラファール・リバイヴ》が各部をスパークさせ、その鋼の四肢がピクリともしなくなる。

 

空中に浮遊させていた機体は、PICの機能停止によって地面に落下した。

 

しかし、異変はそれだけにとどまらない。

 

「………消えなさい」

 

女の一言を引き金にして、ISの装甲が、風に吹かれる乾いた砂のように光の粒子になって消えていく。

 

「そんな!?」

 

「一体何をしたの!?」

 

エネルギー切れを起こして待機状態となったのではない。

 

それは、完全な消滅であった。

 

あとには、驚愕するISスーツ姿の教師たちだけが残される。

 

一瞬にして形勢は逆転。いくらIS学園の教師と言えど、丸腰でISを取り押えることなど不可能だ。

 

「…テストは上々……。彼も満足するでしょう」

 

槍を収納した女の双眸が、真耶を捉える。

 

(やられる……!?)

 

真耶は首元に冷たい刃をあてられたような感覚を覚えた。

 

「山田先生っ!!」

 

一夏の叫びが聞こえたが、真耶は女から発せられる異様としか言えない気迫に足が竦んでしまう。

 

「あ……あ…………」

 

悲鳴も出ないほどの恐怖が、真耶を飲み込んでいた。

 

「まずは、あなたから………」

 

ゆらり、と女の手が真耶へ伸びる。

 

指先が触れそうになった瞬間、女が吹き飛んだ。

 

「オォォォォラァァァッ!!」

 

タイガーストライプの派手なカラーリングの装甲を持つ、《ファング・クエイク》。

 

アメリカ代表にして現在IS学園用務員のイーリスが女を真耶から引き剥がしたのだ。

 

「イーリス・コーリング……!」

 

「よおグルグル女! お前とは戦いたかったんだ!」

 

無防備になった教師たちから離れるように、女を連れて飛翔するイーリス。

 

「みんな、ISを展開して!」

 

このタイミングを逃さず、楯無の指示を叫んだ。

 

「あいつが何をしたかわからないけど、今動けるのは私たちとイーリスさんだけよ! 戦闘に備えて!」

 

「は、はい!」

 

一夏たちはその指示に従って各々のISを展開し、教師たちの前に立った。

 

「お……おり……むらく………」

 

カタカタと小刻みに震える真耶に、一夏は背中越しに言葉を投げる。

 

「山田先生、あとは俺たちが引き受けます。早く他の先生たちと校舎の中に」

 

「で、でも……!」

 

「俺たちがなんとかします。してみせます。だから、中の生徒たちをお願いします」

 

「………ごめんなさい…」

 

別の教師の助けを借りて立ち上がった真耶を含め、教師たちは校舎内へ退避する。

 

その間も、イーリスは女と戦い続けていた。

 

「一人で乗り込んでくるたぁ大したもんだ! よっぽど自信があるのか? それともただのバカなのか?」

 

「どちらかと言えば……前者です」

 

「そいつぁいいっ!!」

 

イーリスの握るIS用大型ナイフが飛び、女は瞬時に作動させた《ビームソード》を横一文字に振ってそのナイフを叩き落とした。

 

「その程度で……!」

 

「取れると思っちゃいねえ!!」

 

イーリスは両手に新たに呼び出したナイフを脚部のアタッチメントに接続。文字通り、鋭い足技を女へ仕掛けた。

 

イーリスの鮮やかだが力強い蹴りを、女は紙一重で躱していく。

 

「もういっちょ追加だ!」

 

さらにイーリスはナイフを両手に構えた。計四本のナイフが女に襲いかかる。

 

「オラオラオラオラァッ!!」

 

高機動戦闘に長けたファングの特長と自身のポテンシャルを活かした連続攻撃。

 

さすがに捌ききれず、女のISを覆うローブに切れ込みが増えていく。

 

「なるほど……。国家代表が用心棒というわけですか」

 

「用心棒じゃねえ! 用務員だ!」

 

「そうですか。では、認識を改めさせてもらいます」

 

パリンッ!

 

四本のナイフがほぼ同時に砕け散った。舞い踊るナイフの破片の向こうで、女は振りきったビームソードを突きの型で構えている。

 

「っと!」

 

イーリスは空へ飛んで追撃を逃れ、女を見下ろした。

 

睨み合い。互いに隙を見い出そうとする二人の間では、目には見えない刃と刃のぶつかり合いが続いていた。

 

「……てめえ、何しに来やがった」

 

「今になってそれを聞きますか?」

 

「答えなスカタン! 気まぐれに寄ったってわけじゃねえんだろ?」

 

「………そうですね。何をしに来たかと言われれば……………」

 

女はローブの中から左腕を伸ばし、呼び出した《ビームガン》のグリップを握る。

 

その銃口の先に、不幸にも逃げ遅れていた女子生徒、相川清香が立っていた。

 

「ひ……!?」

 

校舎に向かう途中、戦場の只中に飛び込んでしまったことに気づいた清香は異様な光景に足を止めてしまったのだ。

 

「何やってんだ! ここは危な━━━━」

 

刹那、イーリスは女が何をしようとしたのか直感した。

 

(まさか……………!)

 

「こういうことです」

 

エネルギーが収束していく。

 

「や、やろぉっ!!」

 

発射タイミングとほぼ同時に清香へと飛んだイーリス。

 

(間に合わねえか……!!)

 

最悪の結末を予感し、冷たい汗が流れ落ちる。

 

しかし、女が放った光軸は、清香には当たらず、ただ地面を蒸散させるだけに終わった。

 

「………そう言えば、彼女もいたのでしたね」

 

オゾン臭が風に溶ける。女の視線の先には紫に統一された装甲色のISが、PICによって浮遊している。エリナの《ファング・クエイク》であった。

 

警報を聞いて外へ出ていたエリナが、間一髪のところで清香を救出したのである。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

「は…はひ………」

 

腕の中に抱いていた清香の無事を確かめ、安堵の笑みを作ってみせる。

 

「エリーか!」

 

「イーリ! この子を校舎に入れたらすぐに戻るわ! それまで持ち堪えて!」

 

「バカ野郎!! お前は引っ込んでろ!」

 

援護の申し出をイーリスは突っぱねた。

 

「何言ってるの! 一人でなんて無茶よ!」

 

「お前に無茶される方がよっぽどイヤなんだってのがわかんねえのか!?」

 

「イーリス……!?」

 

「……お前は、ガキどもを守ってやってくれ」

 

エリナに背を向け、女と対峙するイーリス。その背中は頼もしかった。

 

しかし、それの同じくらい危なっかしくもある。

 

(イーリ、あなた…………)

 

清香を抱く手の力が強くなる。清香は状況が把握できずに目を白黒させるばかりだ。

 

「……………わかったわ。気をつけて」

 

エリナはそんな清香とともに校舎の方向へと飛んでいった。

 

「理解できませんね。彼女も戦力に入れれば、僅かでも勝算があったのでは?」

 

離脱したエリナを一瞥して、女はイーリスに少し冗談めかした言葉を吐いた。

 

「ヘッ…ぬかせ。お前の相手はアタシだけで十分だ」

 

ファングのスラスターが基部からパージされ、そう豪語したイーリスの右腕の装甲と一体となる。

 

「これで終わりだ。てめえには、いろいろ話を聞かせてもらうぜ」

 

「決め技ですか。では、それに応えましょう」

 

女はビームソードを収め、空拳を構えた。

 

「行くぜ……! 《ブラスティング・ナックル》!!」

 

ゴッ!!

 

イーリスの十八番、《ブラスティング・ナックル》が女のボディへ叩き込まれる。

 

(入った………!)

 

残り全てのスラスターの出力を上乗せした鉄拳に、手応えを確信するイーリス。

 

「…………………」

 

だが、その拳は女の左手に受け止められていた。

 

「なに……!?」

 

全力で打ち出した拳が左手一本に止められ、その上押しても引いてもビクともしない。

 

「あなたの……」

 

「!」

 

「あなたの優しさ、そして強さは認めましょう。ですが、真理には至っていない」

 

「真理だと?」

 

「ゆえに………」

 

ゴガッ!!

 

イーリスの身体とファングの装甲に、女の拳が叩き込まれる。

 

「ぐはっ……!?」

 

「あなたの拳は、決して私には届かない」

 

ガンッ! ガギンッ!ガガガガッ!!

 

「うぐぁっ!!」

 

速く、そして重たい拳に装甲が打ち砕かれる。

 

「沈みなさい」

 

ズガンッ!!

 

掌打が顎に叩き込まれ、視界が一瞬暗転した。

 

「がっ………!!」

 

「さようなら。イーリス・コーリング」

 

止めの回し蹴りが決まり、声も出せずにアスファルトの地面を削りながらイーリスは地面に転がった。

 

「ちく……しょお………!」

 

頭から血を流し、仰向けに倒れたまま、イーリスの意識は混濁の渦に沈んだ。

 

女は動かなくなったイーリスを見る。しかし感傷に浸る様子はない。

 

「……………さて、次ですね」

 

女はまたビームソードを作動させた。左右合わせて今度は二本だ。

 

女の視線の先に、色彩豊かなISが並び立つ。一夏たち専用機持ちの代表候補生だ。

 

「全員用意はいいわね! あいつを抑え込むわよ!」

 

楯無の一声に、少女たちは武器を構える。

 

「例の子どもたち………少しは楽しめそうですね」

 

「シャルロットちゃん、瑛斗くんは?」

 

「ダメです。通信ができません!」

 

「あいつが何かしたと考えるべきだな…。仕掛けるっ!!」

 

先陣を切ったラウラがレールカノンの安全装置を解除して、砲弾を撃ち放つ。

 

しかし女のISは砲弾が発射されるより早く空へ飛び上がっていた。

 

「うりゃあああっ!!」

 

「!」

 

怒号一発。空には双天牙月を振り上げた鈴が待ち構えていた。

 

「はあっ!」

 

「ふっ!」

 

鍛えられた鋼と光の剣がぶつかりあい、両者の間に火花が散る。一撃の重さに、女は一気に地面に押し戻された。

 

「お久しぶりですね。凰鈴音さん」

 

「よくもアタシを攫ってくれたわね! あの時の恨み、ここで晴らすわ!!」

 

「あれも仕事でした。ご理解ください」

 

「何が仕事よ! もう怒った…! 絶対許さない!」

 

悪びれもせず淡々と言ってのけた女に鈴は憤激し双天牙月を激しく、荒ぶる龍のように振るう。

 

「ギッタギタにしてやるんだからっ!!」

 

「…………なんとも、二流のセリフですね」

 

「な、なんですって!?」

 

「そうやって感情に流されるようでは、勝てる戦いにも勝てませんよ」

 

不意に、鈴の手から牙月が消えた。

 

なんと、女は鈴が硬く握っていた牙月を吹き飛ばしたのだ。

 

牙月が宙に飛び、鈴は得物を無くしてしまう。

 

「……ッ!」

 

だが、その程度で鈴の怒りの炎が消えるはずがない。

 

「《龍砲》っ!!」

 

衝撃砲。空間を圧縮して放たれる一撃必殺の不可視の砲撃。

 

(ぶっ飛ばしてやる!)

 

発射指示を送る。

 

女が吹き飛ぶさまを予見したが、そうはならなかった。

 

衝撃砲を搭載した両肩のユニットを、女が振るっていた二本のビームソードが刺し貫いていたからだ。

 

「な………!?」

 

「………………」

 

すぐに女は後ろに飛んで鈴から離れる。その流れるような一連の挙動は、わずか三秒ほどの出来事だった。

 

「うそ━━━━きゃあっ!?」

 

ズッガァァァァンッ!!

 

肩のユニットが発射直前に攻撃にされたことで、圧縮された空間が行き場をなくして爆裂する。

 

拡散された衝撃を一身に受け、《甲龍》の装甲が砕け散った。

 

「鈴!!」

 

一夏が鈴の名を叫ぶ。衝撃の中心となった場所では鈴がうずくまっていた。甲龍は待機状態へ戻っている。

 

「まずは一人…」

 

無傷の女がぼそりと呟いたのが一夏の耳に届く。まるで獲物を狩る猛禽のような女の目に、一夏は背筋に氷を押し付けられたような寒気を感じた。

 

「よくも鈴さんをっ!!」

 

「…倒す……!」

 

一夏の横を二つの影が駆け抜けた。蘭と梢である。

 

二人は互いにそれぞれのISの装甲を融合させた《フォルヴァ・フォルニアス・トヴェーリウス》を駆り、腕部装甲のバーニアをフル稼働させて立体的な機動で女に接近。電撃剣の挟撃を狙った。

 

だが、女はその攻撃を予測して跳躍する。

 

「「!?」」

 

攻撃は空振りに終わり、蘭と梢は空へ飛んだ女を目で追った。

 

「どちらも未熟ですね。機体と操縦技術のレベルに、操縦者が追いついていない」

 

そう言って女が構えたのは、使っていたビームガンと同型のビームガンだった。

 

「次は、これを使いましょう」

 

梢は心臓を鷲掴みされたような嫌な予感を感じ、横にいる蘭を見た。

 

「…蘭! 逃げてっ!」

 

「梢ちゃん………!?」

 

気付いた時には、もはや手遅れ。

 

二人の間に飛び込んだ女が、両のビームガンから飛び出した高威力ビームが二人を飲み込んだ。

 

「これで三人……」

 

光の激流が過ぎ去った後、焼けただれた装甲が無残な姿を見せる。絶対防御が発動していたが、二人の身体にも相当なダメージがあった。

 

鈴に続いて、蘭と梢も倒れた。

 

「つ、強い…!」

 

「鈴さんたちをこんなあっさりと……!」

 

「だがここで怯んでなどいられん!」

 

プラズマ手刀を発動させたラウラが女へ迫る。

 

「ラウラっ!? 一人じゃ無理だよ!」

 

シャルロットもその後に続く。

 

「楯無さん! 俺たちも!」

 

「ええ! 簪ちゃんはミサイルで援護! マドカちゃんとセシリアちゃんはビットをあいつに集中させて! 一夏くん、箒ちゃん、フォルテちゃんは付いてきて! ラウラちゃんたちをフォローするわよ!」

 

「わかりました! やるぞ箒! フォルテ先輩!」

 

「承知した!」

 

「了解っす!」

 

白式のウイングスラスターを唸らせて、一夏は前方に飛んだ楯無の後に続いた。箒とフォルテは左右に散開する。

 

「ターゲット、ロック……!」

 

打鉄弐式の最大武装《山嵐》が開放され、独立稼動型誘導ミサイルが一斉に発射された。

 

「セシリア!」

 

「はい!」

 

続いてマドカとセシリアがそれぞれの使用するビットを飛ばす。

 

小さい、しかし高い攻撃力が群れなして殺到した。

 

「………………」

 

ふわり、と足を地面から離した女が驚異的な初速でその場を離脱。

 

「逃がさないよっ!!」

 

「追える…!」

 

ホーミングミサイルとブレードビットが女に追いすがる。

 

「もらいましてよ?」

 

「!」

 

前方には回り込んでいたセシリアのBTビットと、実弾を内蔵したバレット・ビットが浮遊していた。

 

「ティアーズッ!!」

 

前から、弾丸とレーザーの集中砲火。後ろから、ミサイルとブレードビット。

 

「チッ……」

 

舌を打った女が、動きを止めた。観念したのか。否、カウンターだ。

 

「行きなさい……。双方掃射(ツイン・ブラスト)…!」

 

両腕を上げ、ビームガンのトリガーを引き絞った。

 

二条の光束は迫り来るビットとミサイルをなぎ払う。

 

「おおおおおっ!!」

 

左右がダメならば、上。眼帯を外し、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を露わにしたラウラは女の死角になっていた真上からプラズマ手刀を振り下ろした。

 

「的確な判断ですね。ですが、ゆえにその動きは読める」

 

女の振り上げた脚がラウラに叩き込まれる。

 

「ぐはっ……!」

 

ラウラを踏みつけるようにして、空中で縦に一回転。

 

「ラウラはやらせない!」

 

近接用ブレード《ブレッド・スライサー》構えたシャルロットが女に肉薄する。

 

「無駄ですよ」

 

女はその間もビームの発射は止めていなかった。

 

動かされた左腕のビームガンがその銃口をシャルロットへ向け、大型のビームソードとも言える光の束がシャルロットを襲った。

 

「うあっ!」

 

「後ろに控えてる彼女たちは、潰しておきましょうか」

 

「!?」

 

シャルロットの目の前から女が消える。いや、超高速でマドカに接近していた。

 

「そう簡単にっ!」

 

迎撃態勢になったマドカは、持てる全てのブレードビットを自身の周囲で滞空させた。

 

「やれると思わないで!」

 

攻撃指令。クリアーレッドの刃たちが一斉に暴れだす。

 

「練度が高いですね。持ち前のセンスでしょうか」

 

マドカのビット捌きを賞賛しつつも、その攻撃は当たらない。ローブに掠りさえしない。

 

「それならっ!」

 

マドカはセシリアのもの同型のライフル、《スターダストmkⅡ》を手にして、女に照準を合わせる。

 

「ですが、所詮あなたは『偽物』です」

 

一気に距離を詰め、発射寸前だったライフルに、女は右腕をねじ込んだ。

 

「っ!?」

 

弾け飛ぶパーツ。数瞬遅れて、ライフルは爆発した。

 

至近距離で起こる爆煙。

 

「ビットを……!」

 

「させません」

 

マドカの肩口に、黒煙から伸びた鋼鉄の手刀が叩き込まれる。ミシ…と重たい音が体の内側からするのを聞きながら、マドカは地面へ墜落した。

 

「マドカさん! ……よくも!」

 

激したセシリアがBTビットとバレットビットを操り、女を包囲した。

 

「これだけの数を使えば!!」

 

「甘い」

 

女の両手に再びビームガンが握られて、その両方の銃口からエネルギーが迸る。

 

それだけではない。

 

「……………………」

 

女はトリガーを引いたまま身体を回転させ始めた。

 

360度全体を包囲していたBT&バレット・ビットのそのほとんどが蹴散らされた。

 

(あんなパワーのビームをあれほど長時間……一体どんなジェネレーターを使っていますの!?)

 

震いおののくセシリア。

 

「セシリア! 上だ!」

 

「えっ!?」

 

見上げた時には遅い。セシリアを見据えた女が、ビームソードを投擲。《ブルー・ティアーズ》の右脚部装甲を刺し貫いた。

 

小爆発が起こり、バランスを崩すセシリア。

 

その隙は、致命的だった。

 

高速連射された光弾がセシリアと、セシリアの《ブルー・ティアーズ》を蹂躙する。

 

「きゃあああああああ!!」

 

破砕された青い装甲とともに堕ちていくセシリア。セシリアとすれ違う形で、下から大量のミサイルが女へ向かって飛来した。

 

「………………」

 

空高く上昇して、ミサイルを誘導。一定の距離まで上がったところで急停止。

 

「銃身が持つかどうか……」

 

二挺のビームガンのバレルが伸縮、接続ブロックユニットが変形し、平行連結した。

 

「……一点掃射(メガ・ブラスト)!」

 

ッッッゴオォォォォォォォ!!

 

トリガーが引かれ、これまでと比べ物にならない程の威力の光線が発射される。

 

迫るミサイル群を蒸散させ、地表へ向けて降るエネルギーの巨塊。

 

「………………!」

 

その射線上に、ラウラがいた。

 

(回避が間に合わない━━━━!?)

 

「ラウラァァァッ!!」

 

「シャルロット!?」

 

シャルロットが《ラファール・リバイヴ・カスタムⅡ》の左腕装甲のシールドで極太のビーム砲撃を受け止める。

 

「お、重い……! なんて威力なの…!」

 

「よせシャルロット! お前までやられるぞ!?」

 

「ラウラを見捨てるなんて、できないよ!」

 

実体シールドからエネルギーが放出され、一回り大きいエネルギーシールドが前面に展開する。

 

「防ぎきってみせる!」

 

女は、橙色のISが懸命に攻撃を防ぐのを見て、襤褸の下の口をつり上げた。

 

最大出力(フル・ブラスト)……!」

 

その言葉を端にして、光の激流がさらに勢いを増した。

 

「ま、まだ上がるの……っ!?」

 

実体シールドが表面から焼けただれて、エネルギーシールドに亀裂が走っていく。

 

防御障壁は瞬く間に貫通され、凄まじい熱と衝撃がシャルロットとラウラを襲った。

 

「きゃああっ!」

 

「うわあああっ!!」

 

輝きの奔流に飲み込まれるシャルロットとラウラ。

 

破壊光の後に残った巨大なクレーター。二人は、そこに倒れ伏していた。

 

「フォルテ先輩!」

 

「くらえっ!」

 

両肩にマウントしたバズーカから火球が吐き出される。

 

「あからさまな陽動。本命は彼ですね」

 

対して女は火球をまったく意に介さずにフォルテへ向かって前進した。

 

当然火球は女と正面衝突する形になる。だが、女は着弾の前にビームソードでそれを両断してみせた。

 

「んなっ!?」

 

目を剥いたフォルテをビームソードが一閃。

 

「あぐっ……!」

 

鋭い痛みに身体をこわばらせたフォルテにさらに追い討ちをかけるようにキックを見舞う。

 

「もらったあああああっ!!」

 

「…………………」

 

ガンッ!!

 

裏拳で一夏の顔面を打ち据える。

 

「がはっ……!」

 

のけぞったところに回し蹴りを鳩尾にぶち込むと、一夏は白式とともに瓦礫の山へと突っ込んだ。

 

「少し浅いか……」

 

今の手応えでは、一夏はすぐに立ち上がることだろう。

 

ならば、その前に残りを片付ける。

 

そう判断を下した女は、箒と楯無に狙いを定めた。

 

「強い……。強すぎるわよ……!」

 

楯無に戦慄が走る。

 

これまでにない、規格外の敵。

 

悪い冗談に思えてくるようなその強さ。

 

表情が見えないこともあり、機械じみた不気味さも感じられる。

 

「でも……ここで退くわけにはいかないの!!」

 

アクア・ナノマシンが空を走り、女へ向けて飛んでいく。

 

「エミーリヤ・アバルキンを退けた、更識の十七代当主……」

 

水の龍が女へ殺到。アクア・ナノマシンが後ろへ飛ぶ女を追い立てる。

 

「!」

 

女は自分の後ろに気配を感じた。

 

「囮……! 小癪な!」

 

身を捻ってビームソードを振り抜く。

 

箒の身体が腰から両断され、上半身と下半身が分離した。

 

「…………?」

 

女は眉をひそめた。切り裂いた感触が軽すぎる。まるで、紙でも切ったかのよう…………。

 

切断された箒の目が女に向けられ、笑顔を浮かべる。

 

「残念。ハズレよ?」

 

『楯無』の声がした。

 

「アクア・ナノマシン………!」

 

ナノマシンで構成された水の塊が膨張。連続爆発を起こす。

 

「箒ちゃん!」

 

「であああああああっ!!」

 

ザンッ!!!!

 

本物の箒の渾身の斬撃が女を捉えた。

 

「やった!」

 

快哉を叫ぶ箒。だか楯無はそうもいかなかった。

 

「まだよ! 戻ってきて、箒ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

すぐに離脱し、楯無の横に立ち戻る箒。

 

「ふ…ふふ………」

 

煙の中から、IS学園への襲撃者が姿を晒す。

 

「なかなかどうして……!」

 

シュル……と顔を隠す襤褸が緩み、女の顔がわずかに見えるようになった。

 

「なかなかどうして………楽しませてくれるではありませんか……!」

 

艶やかな長い髪。

 

火傷をしてるわけでもない、ハリのある白い肌。

 

「やっぱり、一撃では仕留められないか……」

 

楯無はエミーリヤとの戦いで邂逅したこの女について、ある疑問を感じていた。

 

なぜ顔を隠すのか?

 

怪我をしているのを隠すためか。しかし、現状からそのような様子は見受けられない。

 

ならば、答えはひとつ。

 

『正体』を知られないようにするために、女は顔を隠していたのだ。

 

事実、楯無にはその顔に既視感があった。

 

(あの顔………どこかで………?)

 

「少し、侮っていたようですね」

 

女から凡庸ならざる闘気が溢れ、楯無と箒はビリビリと肌を斬りつけるような風を感じた。

 

「楯無さん、奴のことを詮索するのはこれが終わってからにしたほうがよさそうですよ」

 

「ええ、そうみたいね」

 

並び立つ箒と楯無。対峙する女。

 

「……………………」

 

女が消えた。

 

「き、消えた!?」

 

「どこにっ!?」

 

今さっきまで目の前にいたはずの女が一瞬で視界からいなくなる。

 

「まさか、簪ちゃんの方に!?」

 

目を下に落とす。が、簪は健在だ。

 

瞬刻、楯無は下からの衝撃に身体を揺さぶられた。

 

「うぐ……!?」

 

箒の驚いた顔がスホーモーションのように見える。

 

攻撃を受けた。だが、女の姿は以前つけることができない。

 

(見えない!? 目で…追えない!?)

 

ハイパーセンサーで強化された超感覚をもってしても捉えることのできないスピード。

 

右、左、また右。白い影が見えた瞬間に、楯無の身体はダメージを受けていく。

 

「れ……レイディ!」

 

アクア・ナノマシンを周囲集中させて、防御を固める。

 

「その程度で私を止めることはできません」

 

「!!」

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

爆発的な加速を上乗せした機体が、アクア・ナノマシンを突き破って楯無を襲う。

 

「私から一本取ったこと、光栄に思いなさい」

 

女のハイキックが、楯無のボディに命中。

 

「そん、な……………っ!」

 

「楯無さん!!」

 

箒が叫ぶ。

 

「あなたもですよ。博士の妹君」

 

また、一瞬。

 

一瞬で、女が箒の眼前に現れた。

 

「けっ、絢爛ぶと━━━━!」

 

ゴバァァァァァッ!!

 

赤色のビームがゼロ距離で直撃。

 

「ぐあああああっ!!」

 

紅椿の装甲とエネルギーが削られ、箒は凄まじい衝撃に一瞬で意識を手放した。

 

「お姉ちゃん……! 箒……!!」

 

瞬く間に倒された二人。

 

「そんな……みんな………やられた…!?」

 

逃げ出したくなるのを必死に堪えていて簪を、女は更なる目標に定めた。

 

「そのミサイルは、厄介でしたよ」

 

「…………う、打鉄弐式!!」

 

山嵐のミサイルを撃ち放ちながら、簪は女との間合いを取ろう浮遊する。

 

(瑛斗はきっと来る。来てくれる。それまで、持ち堪えなくちゃ……!)

 

「鬼ごっこをする気はありませんが……仕方ない」

 

女は地面を蹴り、簪を追いかける。

 

簪は、我が目を疑った。

 

(弐式の最高速度について来る……!?)

 

打鉄弐式はスラスターとブースターを増設した機動性の高い機体。その全力の稼動に追従するのは、楯無でさえ至難の技である。

 

だが、後ろから来る襲撃者は、ぐんぐんと距離を縮めてくるではないか。

 

(化け物……!?)

 

女のその姿をこの世の存在とは思えなくなった簪は恐怖に身を震わせた。

 

「いや……来ないでっ! 来ないでぇっ!」

 

打鉄弐式の背部に装備される二門のレールガン《春雷》が連続発射される。

 

ドドドドドドドドッ!!

 

ミサイルとレールガンの雨あられによって、空中にもうもうとした煙が上がった。

 

その煙の中を突き破り、襲撃者は現れる。

 

「捕まえましたよ?」

 

「…………ひ……!」

 

ボロを巻いた女のISの右腕に掴まれ、打鉄弐式の脚部装甲が嫌な音ともにひしゃげる。

 

打鉄弐式を内部のフレームから鷲掴みにした右腕が、大きく振りかぶって振り下ろされた。

 

ズガアアアンッ!!

 

簪と打鉄弐式が激突した学園の校舎に、大きな陥没痕が作られる。

 

「あ…う…………」

 

弐式の絶対防御に守られながらも、衝撃と轟音に苛まれた簪の身体は重力に従ってゆっくり校舎から剥がれ、人間一人分の音とともに地面に転がった。

 

「………………」

 

女が地へ降り立つと、瓦礫の山の中から頭を押さえた一夏が出てきた。

 

一夏は女の姿を確認して、混濁していた意識を判然とさせた。

 

「み、みんなは? 箒……楯無さんっ!?」

 

「これで残りは、あなた一人です」

 

「………!?」

 

その目に射すくめられた一夏は、冷たい汗が背中に噴き出してISスーツの中が気持ちの悪い湿気に満たされるのを感じた。

 

「あなたは一体……!?」

 

「さあ、あなたがこの学園の最後の砦ですよ? 白い騎士の力、私に見せてください」

 

「白い……騎士…?」

 

疑問を抱く暇もなく、ビームソードを振るう女が詰め寄った。

 

「ぐっ…………!」

 

咄嗟に雪片弐型を前に出し、受け止める。

 

「あなたは、一体何の目的でこんなことを!」

 

一夏がスパークの奥から問いかける。女は淡々とした口調で答えた。

 

「仕事です。私の上司からここを襲うよう命を受けました」

 

「上司…? まさかっ、クラウン・リーパー!?」

 

「……………」

 

女は沈黙を肯定に使った。

 

「どうして!? クラウン・リーパーがIS学園を狙うんだ!?」

 

「彼はISを……ISを是とするこの世界を忌むべきものと考えています」

 

「じゃあ、あなたはなんだ!? あなただってISを使ってるじゃないか!」

 

「私には関係ありません。報酬をもらい、仕事をする。それだけです」

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

怒りの叫びが大気を震わせ、白式が第二形態《雪羅》へと変貌を遂げる。

 

白式のワンオフ・アビリティー《零落白夜》が発動し、白色の光剣が顕現した。

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

裂帛の叫び声が、瞬時加速による空気の爆発音ともに女へ突進する。

 

「いっけええええええ!」

 

「………この程度ですか」

 

振り下ろされた雪片。しかし、その刃が届く前に女は懐に飛び込んだ。

 

「なにっ!?」

 

「白い騎士の力……期待はずれですね」

 

雪片を弾き上げ、無防備となった一夏の身体をビームソードで袈裟斬りにした。

 

「うがああああっ!!」

 

激痛に絶叫する一夏。歯を食いしばって倒れるのを堪える。

 

「まだ………まだぁっ!!」

 

右腕に備わる荷電粒子砲が、青白い帯電を起こす。

 

「ほう、面白い武器ですね」

 

「こいつでぇぇぇぇっ!」

 

「しかし━━━━エネルギーが心許ないのでは?」

 

白式の装甲が一瞬で第一形態に戻る。

 

(白式……!?)

 

「それが、あなたの限界です。白い騎士は、まだあなたを認めていない」

 

ビームソードが振り下ろされ、白式の装甲が切り裂かれた。

 

「く……そ……………ぉ………!」

 

先ほどよりも強い、叫ぶことすらできない激痛に膝を折り、一夏は戦闘不能に陥った。

 

硝煙の匂いが漂う中で、たった一人残った女。

 

「あらかた片付きましたね。筋のいいのもいましたが、あっけないものです…」

 

周囲に倒れる少年少女たちに対してわずかに失望の念を抱くかのような物言いをする。

 

その背後で、ギギギ……と何か重たいものが蠢く音がした。

 

「………………まだ、動けましたか」

 

「なめ……るな……!」

 

ラウラだ。

 

悲鳴を上げている身体と機体に鞭を打ち、レールカノンを女に向けている。

 

「あの攻撃を受けてまだ動けるとは。ご友人の盾のおかげですかね。しかし………」

 

ザンッ! とレールカノンが無慈悲な斬撃に両断され、爆発する。

 

「く…!」

 

爆発の衝撃にレーゲンは待機状態へ戻り、地面に叩きつけられたラウラは苦痛に顔を歪めた。

 

「………………」

 

女の腕が伸び、ラウラの細い首を掴んで持ち上げた。

 

「ぐっ、う……!」

 

足が地面から離れたラウラは、ジタバタともがくことしかできない。

 

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)……。そんなものも、ありましたね」

 

女は静かに左手でラウラの首を握り続けたまま、右の拳を固めた。

 

「………痛みは、一瞬です」

ゴッ!!

 

「っ………!?」

 

ラウラの腹部に、鋼鉄の拳がめり込んだ。臓腑を持ち上がり、吐き気が喉元までこみ上げてきた。

 

(勝て…ない……)

 

敗北感に浸されたラウラの視界が、黒に覆われ始める。

 

(瑛斗……………すま、な…………)

 

ラウラの意識は、混沌とした冷たい闇の中へと沈んでいった。

 

残存戦力の撃破を認め、女は左手を開く。

 

ドサ…と、小さな身体が地面に投げ捨てられた。

 

「……………………」

 

一応の索敵。だが、目に映る凄惨な光景の中に、動くものは何も無い。

 

「……さて、中の彼女たちを引きずり出しますか━━━━」

 

動き出そうとした女のISのセンサーに反応があった。

 

「……………!」

 

来た。

 

ついに、来た。

 

自身が最も求めた相手が、今、上空にいる。

 

「……………待ち兼ねたわよ」

 

そうひとりごちた一秒後、天地を鳴動させる咆哮が轟いた。

 

 

後書き

 

お待たせしました! 本編更新です。

 

もうワンシーン書きたかったのですが、区切れが悪くなりそうだったので、次回に回すことにします。

 

さて、今回はIS学園に謎の女が襲撃してきました。強いです。めっさ強いです。ヒロインズ相手に無双です。

 

当初は千冬も戦いに参戦させるつもりでしたが、それでは話が片付いてしまうのでやめました。

 

しかし、戦闘シーンが話の半分以上になってしまったのはアレですね。疲れます(笑)。

 

ラジオISGは今回はお休みです。

 

ですが質問の方は絶賛受付中なので、どんどん送ってきてください!

 

次回は例の女と、瑛斗の一騎打ちです。瑛斗は勝てるのでしょうか。

 

次回もお楽しみに!

 

 
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