No.786929

そして、君を選んだ(脚本)

二ノ宮さん

4人の大学生、それぞれの想いが行き交う恋愛物語。

【あらすじ】
あるカップルの彼氏に、留学が決まる。
彼女は日本から彼を応援するが、留学生活の余りの忙しさから、彼氏と疎遠になり始めてしまう。

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2015-07-01 19:31:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:391   閲覧ユーザー数:391

 

【登場人物】

野上優太(20) 大学生。ケイの彼氏。

       カナダ名門校へ留学が決まる。

 

小原ケイ(20) 大学生。優太の彼女。

 

三木健人(20) 大学生。金髪。

 

ローレン・スミス(19) オーストラリア出身の留学生。

 

友子(20)   大学生。ケイの親友。

 

山中誠治(20) 大学生。優太の親友。

 

 

 

【本文】

○電話口

ケイ「…っぐす」

優太「ケイちゃん…泣いてるのか…?」

ケイ「あのね…」

優太「ん?」

少しの間の沈黙あって。

ケイ「私…ユウちゃんに言わなきゃいけないこと…あるんだ」

優太「え…?」

 

○タイトル「そして、君を選んだ」

 

○4月春 大学の掲示板前

大学内、桜が咲いている。

桜の下には掲示板が連なる。

掲示板の前に立っている男。

野上優太(20)

優太「あ…」 

持っていた数枚の紙を落とす。

そんな優太を見ながら後ろを通り過ぎる大学生たち。

 

○大学前の並木道 

門に向け疾走してくる女子大生、小原ケイ(20) 突然叫びだす。

ケイ「ううわああああああ!」

それに気づいて、門の横にあるベンチから立ち上がる優太。

優太「ケイちゃん!」

ケイ「ゆうちゃあああん!」

ジャンプして優太に飛びつき、ハグ。

ケイ「んんんんんん!」

優太「ケ、ケイちゃん…ウッ…苦しいよ…」

ケイ、感動で既に泣きそう。

ケイ「ゆうちゃん…!」

優太「…うん」

ケイを降ろし、鞄から一枚の紙を取り出して見せる。

『2011年度、カナダ:ブリティッシュ・コロンビア大学交換留学枠 合格者:野上優太』

優太「やっと受かったよ…。俺、ケイちゃんがいたから頑張ってこれた…ありがとう」

ケイ「お…おめでとおおおお!」

泣きながら抱きつくケイ。

もらい泣きしながら抱きしめ返す優太。

何だこのバカップル…と怪訝そうな顔で眺めながら通り過ぎる大学生たち。

 

○大衆居酒屋(夜)

一同「かんぱあああぁぁい!」

キンッ!とジョッキ同士がぶつかる。

その数、4つ。

優太・ケイ・友子(20)・誠治(20)

誠治「いやぁ~でも、ホントすげえよ優太。あの枠、年によっては派遣者出ないくらいの難関なんだろ?」

優太「ふふ、ありがと」

誠治「学費から生活費まで、国と大学が全部出すっていうし、日本代表だよお前!」

優太「でも、テスト結果は逐一大学に報告されるし、点数悪ければ支援も打ち切られるんだぜ? プレッシャーだよ」

誠治「だとしても!受かったのはすげえよ!」

ケイ「も~ばかだな~! ゆうちゃんが受かるのは当たり前なの!だって、入学した時からずっとこの枠目指して頑張ってきてたんだから!」

友子「うん、そうだよね~。行き当たりばったりのケイちゃんとは、大違いだわ~」

ケイ「ちょっと~!私のことはいいでしょ!」

一同「ハハハハ」

誠治「それにしても、めげずに昔からよく努力してたよな~。俺は今でも覚えてるぜ、英語の最初の自己紹介で『絶対に交換留学枠に受かるのが俺の大学生活の目標です』って、大真面目に言って引かれてんの」

苦笑いをする優太。

一同「ハハハハ」

友子「でも、優太はホントなんというか、柔らかくなったよね~」

優太「なんだよ、柔らかくなったって」

友子「誠治が言うように、一年の頃は超堅苦しくて真面目だったじゃん。紹介された時は、何でこんなのとケイちゃんが友達なの?って思ったよ」

優太「オイオイ、酷いな(笑う)」

誠治「酷くねーよ!お前当初、誰彼かまわず喧嘩ふっかけてたじゃねーか」

優太「いや、あれは喧嘩じゃなくて、議論出来る友達を探してただけでさ…」

誠治「良く言うよ!ボランティア部の俺に、『ボランティアなんて偽善だ。そこに何の精神がある』とか言ってきたのはどちらさんでしたか?」

ケイ「まぁまぁ!それがキッカケで論争になって、仲良くなったんだから、いいじゃん!」

誠治「っふ、まあ~ね~!」 

誠治、前に座る優太の肩を無理やり組む。 

優太「いてっ!」

友子「そんな心を、揉んで!揉んで!ほぐしたケイは偉いよ!」

下品に笑いしながら、いやらしい手つきをする友子。

ケイ「コラ!手つき手つき!」

立ち上がって指さすケイ。

ケイ「ま、そんな私達も、もうすぐ1年半です。どうもありがとうございます」

優太「ありがとうございます」 

誠治「あ、そういやそうだったな。おめでと!」

友子「おめでとう!ホント、よく続いてるよ」

拍手する二人。

誠治「でも、これからは初の遠距離恋愛だもんな~…大変だぜ~…?」

ケイ「大丈夫だもん~。私達、毎日ネット通話もするし」

友子「でもさ~時差もあるんでしょ~? 何時間?」

優太「カナダが16時間遅れてる」

友子「ってことは、今こっちが21時だから、向こうは…朝の5時…。うわー予想以上にヤバイなそれ…」

誠治「おまけに向こうはパツキン・ボインのねーちゃん達だろ? ケイちゃん居ない寂しさから、つい…なんてことも…」

優太「ねえよ! 大体、勉強しに行くんだから、そんな余裕すらねぇって」

ケイ「私、毎晩、ゆうちゃんに朝7時のモーニングコールしてあげるからね~」

優太「ああ。ケイちゃん、ありがとな」

ケイ「うん!」

友子・誠治「ヒュー!」

友子「見せつけてくれるじゃんよー!」

誠治「そのまま結婚まで夜のハイウェイをぶっ飛ばすのか~!?」

優太「お前らうっさい!」

優太除く一同「ハハハハハ!!!」

 

○繁華街(夜)

居酒屋の帰り道。 

並んで歩くケイ・優太。

ケイ「でも、大丈夫かな…」 

優太「何がだよ」

ケイ「今まで、ゆうちゃんが受かることばっか考えてて、受かった後のこと、あんまり考えてなかったけど、二人も言ってたみたいに、実際、大変なことなんだよね…」

前の方で、へべれけになりながら肩を組んでギャーギャー騒いでいる二人。

優太「はあ…」

溜め息を聴いて、優太を見上げるケイ。

優太「大丈夫だよ。お前まで何言ってんだ」

ケイのお腹のあたりを拳でポンと叩く。

優太「モーニングコール、してくれるんだろ?」

ケイ「うん…(笑う)」

手を繋いで、二人に付いていく。

友子「あ~! 手エ繋いでる~!」

誠治「いいなぁ~!」

優太「お前らはさっさと前歩け、酔っ払いめ!」

誠治「酔ってないも~ん、酔ってるって言う人が酔ってるんですもーん」

優太「あ~もう、分かったから、しっ!っし!」

友子「ケイちゃ~ん、アンタの彼氏が虐める~」

ケイ「も~酔っ払いすぎだよ二人とも~!」

一同「ハハハハハ」

 

○カナダ 9月下旬 寮:優太の部屋(シングル)

ケータイのバイブが鳴る。

その画面、9月21日、7時。ピッ。

ケイ「おっはよ~!」

優太「うん、おはよう」

ケイ「あれ~?もしかして、もう起きてた?」

優太「あ、言わなかったけ? 今日が、留学生説明会なんだ」

ケイ「そっか。始まるんだね」

優太「うん。緊張するけどな…。ついに、始まる」

 

○教室

20人ほどの学生達が座る。

緊張からキョロキョロしてる優太。

ガタン、と隣の椅子を引く音。

ローレン「こんにちは。隣いい?」

優太「え?ああ!どうぞ」

驚きながら、急いで姿勢を正す優太。

ローレン「…貴方、日本人?」

優太「そうだけど」

ローレン「よしっ…当たった」

優太「…え?」

ローレン「私はローレン。ローレン・スミス。オーストラリア人よ」

フレンドリーに握手を求めるローレン。

慣れない手つきで握手し返す優太。

優太「お、おう。俺はノガミ・ユウタ、日本人だよ。君は分かってたみたいだけど」

ローレン「ふふっ」

優太「どうして分かったんだ?」

ローレン「私にしたら簡単なのよ。日本人は、ファッションが韓国人ほど奇抜じゃなく、中国人ほどダサくはない。で、英語の発音が下手。ふふふ」

優太「なんだよ…悪かったな」

ムスっとする優太。

優太「そんな君は、英語しか喋れないんだろう、どうせ」

ローレン「あら残念。私はスペイン語もフランス語もペラペラ~」

優太「はあ…。なんなんだ…。君は喧嘩を売りにきたのか…?」

ローレン「ごめんごめん!そんなつもりじゃなかったのよホント!でも、貴方も中々言うじゃないの!」

優太「…っふ、ありがと」

緊張が解けるように笑いあう二人。

ローレン「私、何度も日本に旅行したことあるの。キョウトにも一度行ったわ」

優太「そうなんだ。俺も中学生の時に一回行ったよ」

ローレン「あら、じゃあ私と一緒じゃない。なーんだ」

優太「ガッカリ? でも、君だってエアーズ・・ロックには全然行かないだろ?」

ローレン「それはー…確かに…。ふふ、一本取ったわね、優太」

優太「ふっ。お、先生来たみたいだ」

先生歩いて教壇の前へ。

みんなのおしゃべりが収まり、視線が集中すると、良く通る声で話し出す。

先生「みなさん! 改めまして、UBCへようこそ!」

学生一同「フウウウウウウウウ!」

机をドンドン叩く学生達。

先生「ここは交換留学生、経済学部の為の説明会です。間違いはないですね?」

みんな、嬉しそうに頷く。

先生「宜しい。それでは、これから1年間、貴方達がこの大学でどう過ごすのか、お話していきましょう」

ニッコリと笑う先生

 

○日本 学食

電話を取るケイ。

優太「グッイブニン、ケイちゃん~」

ケイ「グッイブニ~ン!元気そうだね!初日どうだった~?」

優太「いや~為になったよ」

ケイ「どんな話されたの~?」

優太「学校の設備とか、寮の決まりとか、授業のシステムとか」

ケイ「へ~!」

優太「今日オーストラリアからの留学生で、一人友達が出来たんだよ!ローレンって子で」

ケイ「え?」

ケイ、一瞬止まって。

ケイ「…の子?」

優太「え?」

ケイ「女の子?」

優太「? ああ…日本にも来たことあるらしくて、結構話しやすいんだ」

ケイ「そうなんだ」

優太「俺の英語、伝わるか不安だったんだけど、ちゃんと会話出来て、ジョークも言いあえてさぁ!正直、かなり安心したよ」

ケイ「っふ…そっか、良かったね!」

無理しているようなケイ。

優太「うん。仲良くなれたしな。でさ、その後先生が、異文化でのカルチャーショックについて話してくれたんだけど…」

ケイ「うん。うん。じゃ、また明日ね。うん。ゆうちゃん、おやすみ」

ッピ。電話を切る。

心なしか、うなだれているケイ。

 

○カナダ 教室 週末 

先生「…というように、現在のケインズ経済学を深く学ぶ為には、その大前提として、マルクス経済学を学ぶ必要があるのである…。はい、本日は以上。みんな良い週末を」

片づけを始める学生達に追い打ちをかける先生。

先生「今週の分のテストは、日曜の夜までにウェブ上で受けること~忘れるなよ~」

ローレン「お疲れさま優太。お昼食べましょ」

優太「おう」

 

○学食 

優太はパスタ。

ローレンは顔半分くらいあるハンバーガーを豪快に食べている。

優太「なぁローレン、日曜夜までのテストって、どんなんだと思う?」

ローレン「んー?身近な例から問題が30問くらい出て、それを30分で解くの」

優太、パスタを食べる手を止める。

優太「…やけに詳しいじゃないか」

ローレン「うん。だって、全科目、もうやったから」

優太「!? リーディング150ページ、問題集30ページ全部やってから!?」

ローレン「当たり前じゃない」

優太「ちょ、マジかよ…」

焦った笑顔を浮かべる優太。

ローレン「うん。効率良く毎日やんないと、土日に自分の勉強出来なくなるし」

優太「…はあ?自分の勉強?」

ローレン、大きな口で、ハンバーガーをムシャムシャ食べながら喋る。

ローレン「会社経営について…簿記の勉強と…基礎的な法務の勉強が…あるの」

優太「な、何でそんなに…」

ハンバーガーを飲み込んで、ケロっとした顔で言う。

ローレン「何でって、自分の会社を作る為よ」

優太「え、それって起業ってこと!?」

ローレン「それ以外に何があるのよ」

少し不穏な顔つきなる優太。

優太「いや、ローレン、起業なんてやめた方がいいんじゃないのか…? 若くてモノを知らない訳だし、失敗して莫大な借金でも抱え込んだらどうすんだ? 君は女性だし、結婚とかもあるだろうし…。それにさ、ローレンほど優秀なら、どんな会社にでも入れるだろ?」

ローレン「貴方…私が田舎に住んでた時の中学の先生にそっくりだわ」

優太「え?」

ローレン、うんざりした表情。

ローレン「あのね、私にはやりたいことが山ほどあるの。でも、私の持っている人生の時間は限られている。その大切な時間を、他人の為になんて切り売りしてらんないの。だから、私は会社に入ってる暇なんてない。私がやりたいことは、私が掴み取る! 誰かが与えてくれるのを待つつもりなんてないわ。それに」

少し間を置いて、今度は静かに語りだすように喋る。

ローレン「その過程で失敗するかもしれないから、今わたしは勉強して、知識を身に着けてるの。それが未来の私を守ってくれるかもしれないから、私は高い学費を払ってる。貴方がどうかは知らないけど、それが私の人生観なの」

優太、圧倒されて、両手がスプーンとフォークを掴んだまま、皿の上で止まっている。

軽蔑したように冷たく言うローレン。

ローレン「ねえ、優太は何のために留学しに来たの?」

優太「…え?」

ローレン「ま、これは別の機会にでも。また来週。精々課題頑張ってね」

一足先に盆を持って去るローレン。

取り残される優太。

 

○教室

一人で授業を受けている優太。

先ほどの授業とは違い、複雑なグラフや数式が、黒板に並ぶ。

先生「つまり、購買力平価説によれば、長期的には実物変数の影響が無効であるとすると、二国間の貨幣供給量によって…」

優太「全然わかんねぇ…(呟く)」

優太N「ここまで複雑な数式、扱ったことないぞ…口頭で説明された英語が分かったところで、中身が…」

 

○優太の部屋(夜)

机のライトを付けて、分厚いテキストで勉強する優太。ブツブツ言っている。

優太「ッハア…」

机から顔を上げる。

優太「25ページ…これでやっと六分の一…? 数学の勉強しなきゃ解けない問題もあるなら、もっと時間かかるか…?」

ぼーっとする優太。

 

○カナダ 学食

看板にチョークで、10/6 Monday Menuと書いてある。

グループで騒ぎながら食べている集団の後ろに、一人で座る優太。

ケータイを見つめている。

画面には授業ごと、週末テストの結果。

一つ目は、11/30

二つ目は、6/30

三つ目は、8/30

優太「…テスト結果は逐一大学に報告されるし、点数悪ければ支援も打ち切られる…」

絶望的な表情。

 

○優太の部屋

勉強している優太。

いつかの昼のフラッシュバック。

ローレン「全科目、もうやったから」

ローレン「私がやりたいことは、私が掴み取る! 誰かが与えてくれるのを待つつもりなんてないわ」

ローレン「ねえ、優太は何のために留学しに来たの?」

優太「あー…クソッ…」

シャーペンを机の上に放り投げ、後ろにあるベッドにどさっと横になる。

天井のライトの眩しさから、手を翳す。

ヴーヴー!携帯が鳴る。

ケイ「グッイブニーン」

優太「グッイブニンー…」

ケイ「あれ?何かゆうちゃん元気ない?」

優太「いや…課題が全然終わんなくてさ」

ケイ「課題ってどんくらい出てんの?」

優太「3つ授業取ってるから、一週間にリーディングで150ページ…それとワークと…テスト」

ケイ「なにそれ…」

優太「数学でわかんないところが幾つもあるし…。予想はしてたけど、実際やるとなると…本当キツイよ、これは…」

ケイ「そっかぁ…でも、ゆうちゃん英語出来るし、すぐに慣れるよ、きっと!」

優太「あぁ、そうだよな…うん、慣れたい。いや、慣れなきゃな…」

ケイ「うん」

優太「…なぁ、ケイちゃん」

ケイ「なあに~?」

優太「…将来の夢とかって、ある…?」

ケイ「え…?ちょ、どうしたのいきなり?」

少しの間の沈黙

優太「ハハ、いや、ごめん。やっぱ何でもないわ。気にしないで」

ケイ「えー…? 何でもないって…。ユウちゃん何かあったでしょ?」

優太「いや、ちょっと疲れてるだけだよ。 ごめん」

ケイ「えー…」

優太「心配かけてごめん」

ケイ「まあ、そう言うなら、いいけど…」

優太「ありがとな」

ケイ「…うん。じゃあ、今日はそろそろ寝るね」

優太「ああ、おやすみ」

ケイ「うん、おやすみ」

ピッ

優太「っはぁ…」

枕に顔を押し付ける優太。

ぼんやりとしたフラッシュッバック。

優太を抱き締める誰か。

?「じゃあ応援するから…!」

そのまま眠りに落ちる。

 

○日本 ケイ 部屋

扉に沿って立ったまま、ケータイを見つめるケイ。不安げな表情。

 

○小さな部屋

若いTA(授業補佐)の部屋に質問しに行っている優太。

その表情、分からなくて苦悶したりしている。

 

○図書館

勉強するユウタ。

机の上、テキストが1冊増えている。

 

○教室

授業後に教授に質問をする優太。

教授、首を振ったり、黒板に書き込んだりしている。

 

○図書館

勉強するユウタ。

イラついているのか、貧乏ゆすり。

テキストが更に1冊増えている。

 

○日本 学食

心配そうに優太に電話するケイ。

しかし、優太出ない。

 

○カナダ 学食

優太、ローレンに頭を下げる。

驚くローレンだが、テストについて優太の質問に答え、真面目な顔でそれぞれ解説する。

必死にノートに書いていく優太。

 

○カフェ

おしゃれなカフェ。

ケイ、友子と食事をしている。

楽しそうに喋っている二人だが、ふいにケイの表情が暗くなる。

大丈夫?と心配する友子だが、笑って誤魔化しているケイ。

 

○図書館

勉強する優太。

テキストが更に1冊増えている。

悔しそうに歯を食いしばり、数式をノートに書いている。

リュックの網に入ったケータイ、画面は暗い(電源OFF)

 

○日本 ケイの部屋

目を覚ますパジャマのケイ。

時計:土曜 10時。

もそっと起き上がって、ケータイを手に取ると、その画面にメール通知。

長文で優太の『電話出れなくてごめん』から始める言い訳。

最後に、『課題が終わりそうになくて…今日明日は電話じゃなくて、メールで…。ごめん』と書いてある。

ドサっと横になるケイ。

ぶすくれた顔。

ケイ「はぁー…12時からバイト、行かなくちゃ…めんどくさい…」

ガチャっと扉を開けて入ってくる母。

ケイ母「ケ~イ!もう10時だよ、いつまで寝てんの! 早く起きてごはん食べて!バイトあんでしょ!」

ケイ「起きてるし!分かってるよ! もおおおお!」

布団をかぶるケイ。

 

○寿司屋「みもり」

ケイ「確認させて頂きます。特製盛り合わせ寿司4つ、カニみそサラダ2つ、生3つ、ウーロン茶1つ。以上でよろしいでしょうか?」

客1「はーい。大丈夫でーす」

ケイ「失礼します」

客2「お姉ちゃん、こっちにアガリ4つお願い~!」

ケイ「はーい!少々お待ちください!」

厨房に入っていくケイ。

バイト仲間の女の子「あ!ごめんケイちゃん! 先にこれ6番さんに持ってて!」

ケイ「あ、はい!」

忙しく、お盆を受け取るケイ。

ホールと厨房を隔てるのれんで、さっと他の人を避けて出る。

しかし、寿司を店内奥のテーブルに置いてから、戻ろうとする途中、今度は板さんに声をかけられる。

板さん「ケイちゃん、これ4番さんにお願い」

ケイ「はい!」

持っていくケイ。その帰りで、さっきの客2のテーブルから声をかけられる。

客2「お姉ちゃん、さっき頼んだアガリ、まだ?」

ケイ「すいません!今すぐお持ちします!」

急いで厨房に戻って、お茶を淹れ、戻ってくるケイ。

ケイ「お待たせしました~アガリ5丁です」

客2「はーい。ありがと」

厨房にまた戻り…ふう~…と息を吐くケイ。額の汗を拭う。

バイト仲間のおばさん「ケイちゃん!2番さんの飲み物出来てるよ!早く持ってって!」

ケイ「あ、はい!」

おぼん二つを手に持つ。

片手に生2つと、もう片手に生1つとウーロン茶を載せている。

ケイ「出ま~す!」

のれんの前で声を出して瞬間、足元が濡れているのに気付かず、滑ってバランスを崩す。

ケイ「…あ…!」

生ビールがゆっくりと傾いて、客の方に倒れる。

バシャ! キャー!

悲鳴が聞こえる。

 

○帰路(夜)

人通りが少ない住宅街を自転車で走るケイ。

 

○ケイの家 リビング(夜)

テーブルの上の照明だけがついている。

椅子に座って俯くケイ。

鞄から、みもりの寿司を取り出す。

ビニールの音がリビングに小さく、カシャカシャ…と響く。

プラスチックの容器を開け、寿司を素手でとり、醤油もつけず、食べる。

ケイ「っぐす…」

沈黙。

ケータイをポケットから取り出す。

ケイ(文)「バイト先で初めて失敗して、お客さんにビールかけちゃった。店長はいいって言ってくれたけど、辛い」

送信ボタンを押すが、返事はない。

ケータイの世界時計で、カナダの時間を見ると、朝の5時。

ケイ「ユウちゃん…会いたいよ…(呟く)」

一人泣くケイ。

 

○カナダ 優太の部屋 

ピピピピピ(時計のアラーム)朝7時。

ケータイを見て、ぼけっとした顔が、ハッとした表情に変わる。

世界時計を確認する。日本24時。

優太「まだ起きてるか…?」

メールを出し、ベッドの端に座って返信を待つが、一向に来ない。

 

○図書館

勉強しているが、落ちつかないようにケータイを取り出す。時間は15時。

ケイからメールの通知。

ケイ(文)「おはよう」

あっという顔になり、一生懸命メールを打ち込む優太。

優太(文)「おはよう! 大丈夫か?」

暫くして、返信。

ケイ(文)「うん。今は割と…。今日は電話、出来るかな」

スケジュール帳を確認する優太。

優太(文)「これから少しなら…」

ケイ(文)「今から授業ある…」

フラッシュバック。

テスト結果の画面。

続いて、

ローレン「ねえ、優太は何のために留学しに来たの?」

険しい表情になる優太。

優太(文)「その後だと俺も授業と勉強会あるし、中間テスト近いから、厳しいかも…」

ケイ(文)「分かった…勉強頑張ってね」

優太(文)「ありがとう」

机に向き直る優太。

優太N「早く結果出さなきゃ…。自分のことさえ、ままならないのに…」

 

○日本 講義室 10月下旬

一人で列真ん中あたりに座って、ノートを取っているケイ。

先生「マルサスは以上のように、当時のイギリスにおける人口問題を非常に深刻に捉えており…」

左の方に座っている金髪の男子、三木健人(20)が、ノートを取りながら、ふとケイのことを見る。

視線が止まる。健人の視線をなんとなく感じてか、ケイが左を向く。

目が合う。男の方、小さく礼をする。不思議そうに礼を返し、前に向き直るケイ。

それを見届けて、嬉しそうな男。

先生「論敵であったリカードはそれに対する論理的反駁を繰り広げたが…」

時間飛び、生徒たちが帰っていく。

ノートや筆記具を鞄に入れているケイ。

その元に、笑顔で歩みよってくる先ほどの男。

健人「こんちは(笑う)」

ケイ「はぁ…こんにちは。何か用でしょうか」

健人「あのさ、君って全部の授業出てる?」

ケイ「出てますけど…」

健人「よかった!俺、風邪で最初の方授業休んだことあって、この授業に友達いないから誰からもノート借りられないし、困ってたんだ。君、良かったら貸してくれない?」

ケイ「そういうことなら…良いですけど」

健人「ありがとう!君、名前は?」

ケイ「小原ケイです。経済学部の3年の。」

健人「なんだタメじゃ~ん!俺は文学部3年の三木健人」

ケイ「はあ…」

健人「ねえねえ、ケイちゃんて呼んでいい?」

ケイ「貴方、結構慣れ慣れしいですね…。名前に関しては、別にいいけど…」

健人「うわ!ケイちゃん結構ストレートなんだね!因みに、俺のことは、ミッキーとか、健人って呼んでいいよ!」

ケイ「…三木君ね」

健人「っちぇー…。あ、この後って、時間あったりする?早速、ノートコピーさせてほしいんだけどさ」

ケイ「ない訳じゃないけど…」

健人「けど?」

ケイ「コピーに私がついていく必要もないと思うから、ノートだけ渡す」

健人「いやいや!せっかくノート貸してくれるんだもん!学食で何か奢るよ!」

ケイ「学食って…。あのね、言っとくけど、私一応、彼氏いるので」

それに対して、不敵に笑って、ボソっと呟く健人。

健人「エンゼルビッグパフェ…」

ケイ「!」

健人「女子なら誰もが憧れるあの特大パフェを、奢ってみようかなーとか思ったりしたんだけどなー。いやならしょうがないなー」

悔しそうな顔のケイ。

それを見て、更にニヤニヤする健人。

健人「それとも、こんな見ず知らずの男と少し話したくらいでどうこうなるような恋愛関係なの?」

ムッとして言い返すケイ。

ケイ「そんなことないし!分かったから、さっさとコピーしに行こ!」

 

○図書館 コピー機の前(夕)

健人「ケイちゃんの彼氏ってどんな人なの?」

ケイ「えー?真面目で、頭良くて、今カナダに留学してる」

健人の後ろ姿がピクッと反応する。

健人「もしかして、UBC…?」

ケイ「そう…(驚いて)良くわかったね。まあとにかく、あの難関に受かっちゃうようなスゴイ奴なの、ユウちゃんは」

健人「そうか…」

ケイ「?」

出てきた紙をトントンとする。

健人「終わったよ。学食行こうか」

 

○キャンパス内(夕) 

健人「じゃ、その彼氏は今、カナダで課題に忙殺されてるまっ最中なんだ~」

ケイ「え?うん…。でも、三木君、課題のこと、何で分かるの?」

健人「そりゃあ分るよ。(笑う)だって、去年の派遣生、俺だもん」

ケイ「え…?」

思わず立ち止まるケイ、健人との間に2メートルくらいの距離があく。

ケイ「で、でも、あの枠、超難関で!英語の要求スコアも凄い高いのに!三木君は2年生で受かったってことなの!?」

健人「俺帰国子女だし」

ケイ「え!? でも、成績だって凄く高くないといけないし…」

健人「失礼な子だなー…。あのさ、そんなに俺、不真面目に見える?」

ケイ「まぁ…ぶっちゃけ? 単位とか落としまくって留年するタイプかと…」

健人「ひでえな(笑う) まあ、そこまでストレートに言われると、逆にスッキリするけどさ」

ケイ「あの、成績は…」

ドヤ顔になるケント。

健人「平均評定3.8。つまり、SとA以外取ったことない。因みに奨学金も給付で貰ってる」

ケイ「ぎゃー! こんな人…ほっとけばよかった…」

健人「ちなみに、ケイちゃんは成績どんくらいなの?」

ケイ「うっさい!」

健人「ハハハハ!」

今度は真面目な顔で声を低くして言う健人。

健人「でも、実際大変なんじゃないの?」

ケイ「何が? 勉強? まだバカにしたいの?」

健人「違うよ」

ケイ「じゃあ何よ」

健人「すれ違いとか…ばっかでしょ?」

思わず黙るケイ。

 

○学食(夕) 

ケイの前には大きくて豪華なパフェが置いてあるが、手を付けてはいない。

ケイ「…何でそういうことまでわかったの…?」

健人「そりゃあ、俺も留学してたし、人間関係で苦しむことくらいあったからだよ」

ケイ「どんな風に…?」

健人「えー…?自分の弱みを見せるようで、ちょっと話すのは気が引けるなー」

ケイ「なら!!」

立ち上がって、机をバン!と叩くケイ。

健人「うわ!?」

ケイ「私も…自分のこと話すから、教えて欲しい…」

しぼんでいくようにシュンとして、座るケイ。

健人「ハア…分かったよ…」

自嘲気味に、目を逸らして話し出す。

健人「…留学してた頃、付き合ってた人がいてさ」

ケイ「…その人は…同い年?」

健人「いや。3個上で、社会人1年目。だからこそ、てんやわんやだった訳」

ケイ「どういう…」

健人「学生から社会人っていう変化っつーか…。俺も留学で課題に苦労してたけど、彼女は俺よりもずっと大変だったみたいでさ」

ケイ「…うん」

健人「俺は彼女をサポートしたかったけど、新社会人の生活と、海外の生活は全くと言って言い程合わさることが無かった。だって、会社から帰ってきた彼女が、疲れて眠ろうとするときに、俺は起きるんだもん。そうでしょ?」

ケイ「…うん」

健人「そうやってすれ違っていく内に、どんどん精神的な距離まで広がっていって…」

ケイ「それで…?」

健人「最後は『アンタなんかいらない』とか酷いこと言われてフラれたよ…」

二人の間に気まずい沈黙が流れる。

ケイ「あの…話してくれてありがとう」

健人「ん…」

ケイ「私達も、こっちが夜で、向こうが朝7時の時に、必ず電話しようって約束したんだけど…」

健人「けど…?」

ケイ「時間も合わない上に、ユウちゃん課題で忙しいみたいで…私の方にも問題あったりして…。 渡ってまだ少ししか経ってないのに、電話殆どしなくなって、最近はメールも減って行ってて…」

また段々俯いていくケイ。

テーブルの下で、スカートの膝部分を握りしめる

健人「きっと、新しい環境に慣れようとする時、人間は自分以外のことが見えなくなってしまうんだと思う。頭の中が明日のことで一杯になって、どちらかが気遣っても、無碍にも無視することだってある」

ケイ「うん…」

健人「あとは、距離でしょ?」

ケイ「はは…。三木くん、エスパーみたいだよ」

健人「ハア…。あのさ、エスパーでもなんでもないだろ。俺も経験したことだ。自分が辛い時、相手が辛い時、どうやったって会えない。連絡も通じない。まるで、恋人がどこかに掻き消えてしまったかのように感じてしまう」

ケイ「…三木君、詩人みたいでもあるね」

痛々しい笑顔で無理に微笑むケイ。

その表情を見て、こちらも悲しくなるように目を逸らすケント。

健人「茶化さないでくれよ…」

泣くのを堪えているケイ。

健人「…ケイちゃん、辛いんだろ」

ケイ「ん…」

うなづくと、泣き出すケイ。

ポケットからハンカチを取り出して、渡す健人。

泣き終わるのを見届けて、何とか場の雰囲気を変えようと、明るいトーンで喋り出す。

健人「あのさ、こんな時の為のストレス解消法があるんだけどさ、知ってる?」

ケイ「…なに?」

健人「答えは…目の前にあるものをがむしゃらに食べることだよ」

ケイ「え…?」

目の前に巨大パフェ。

健人「ほら、アイスがもう溶け始めちゃってるぞ。早く食べなよ!」

ケイ「うん…」

ゆっくりと、アイスを口に運ぶケイ。

ケイ「おいしい…」

健人「ああ」

少しずつ食べるスピードを速めるケイ。また、涙目になってくる。

その姿を、頬杖をつきながら、優しい顔で見守る健人。

 

○学食前の入り口 外(夕) 

ケイ「あの!ありがとう!ちょっと元気出た…。初対面なのに、何か見苦しいところ見せちゃって、ごめんね」

健人「全然いいよ。見苦しくなんてなかったし。それにこっちこそ、カッコつけて色々語っちゃって、何か恥ずかしいな、ハハ」

ケイ「ううん。三木君、文学部だもんね」

健人「ハハハ…ナイスフォロー…」

苦笑する健人。

健人「何はともあれ、元気出たなら良かった。ノートもコピー出来たし」

ケイ「うん」

健人「これも何かの縁だし、仲良く出来たら嬉しい…かな。俺、同志みたいな人に会えたの、実は初めてなんだよ」

ケイ「私も!嬉しかったよ」

照れる健人。

健人「ケイちゃんってさ…やっぱりストレートだよね。何か…いつも通りに振る舞えないっていうかさ…」

ケイ「え?」

健人「いや、気にしないで! あ、俺、こっちだから、それじゃね!」

ケイ「あ!ハンカチ!洗って返すから!」

健人「うん~!来週の授業ん時に返してくれればいいから~!またね~!」

ケイ「うん!またね!」

嬉しそうに手を振り続けるケイ。

 

「1か月後」

 

○カナダ 11月秋 大学内の並木道

赤や黄色に紅葉した木々。

秋の風情を感じ取れる。

着込んで、道行く大学生たち。

 

○講義棟内 廊下

分厚い教科書を小脇に抱えて、俯き気味に歩いている優太。

出国前と比べると、かなり髪が伸びてボサボサ。

廊下に人だかりが出来ている。

何かあったのか…?と覗いてみると、その先にローレンと教授が大きな声で怒鳴り合っている。

優太「!」

学生A「何?何かあったの?」

優太の横に女学生がやって来て、その友達に話しかける。

学生B「あ、ああ…何か留学生がビジネスのクラスに潜ってたらしくて…。つまみ出された子が怒って口論になってるみたい…」

ローレン「ですから!ロバート教授の紹介が貴方にあったはずで!」

教授「知らんな!奴がどうあろうと、そんな連絡は奴から受け取らんことにしている」

ローレン「だ、だとしても!聞きたいという想いに応えるのが広く門戸を開いた大学の役割でもあるのではないのですか!」

教授「確かに、教授にもそういう考えの奴がいることは認めよう!だがね、それだと正当に学費を払っている学生に示しがつかないというのが私の考えだ!」

ローレン「私の大学も、正当に学費を払っているはずです!だから履修登録は許されています!」

教授「ふん!だとしても履修を最終的に許可するのは私の役割だ!君の母国の大学と、ロバートは関係ない」

ローレン「そんな…!」

教授「帰りたまえ」

ローレン「……」

唇を噛み締めるローレン。

教授、背を向けて、去る。

教授「全く…ロバートめ…。これだから監獄島出身の連中はごろつきで気に食わんのだ…(ボソボソと)」

ローレン「!!」

目を見開いて一気に顔を上げるローレン。怒りの形相。肩を怒らせ、大股で教授に再度近づく。

ローレン「アンタ…今なんて…!!」

しかし、やってきた警備員二人がローレンを捕まえる。

ローレン「離せ!待てこのレイシストが!」

教授「フンッ…」

ローレンを蔑むような表情で一瞥してから、去る教授。

ローレン、群衆の中に心配そうに見つめる優太を見つけて、目を逸らす。

ローレン「自分で歩く!逃げないわよ!」

腕を振りほどくローレン。

 

○キャンパス内:森林(夕)

木に寄りかかって、野生のリスや鹿に餌をあげているローレン。

ローレン「…っぐす」

悔しそうに顔をしかめて、泣いている。そこに現れる優太。

優太「よっ」

ローレン「!?」

ハッと気づいたように、さっと後ろを向いて、涙を拭く。

鹿が逃げるかと思いきや、優太にすり寄っていく。振り返るローレン。

ローレン「何で…」

優太「ここが自分だけの場所だと思った?」

ローレン「……」

鹿の頭や首元を撫でている優太。

優太「俺も色んなことが嫌になった時、たまにここに来て、こいつらに餌あげてたんだ。前に先客がいると思ったらローレンだったから、もしかしたら、ここかな…って」

ローレン「…その子達…」

優太「ん?」

ローレン「何で私より優太に懐いてるのよ…」

優太「……人徳?(笑う)」

ギロっと睨むローレン。

ローレン「何よ…喧嘩売りに来たの?」

優太「はは、ゴメンゴメン」

ローレンの近くまで鹿を連れて歩いて、その隣に座る。ローレンは居心地悪そうに立ったまま木に寄りかかっている。

優太「ローレンも、あんな風に感情を露にするんだな」

ローレン「……」

優太「やっぱり、熱いな。あんな風に大の男と口喧嘩出来る女の子なんて、日本じゃ中々いないよ」

ローレン「…熱いとかじゃなくて、私はただ正当な権利を主張したまでよ。クソッ…あの欧米史上主義者め…」

優太「欧米至上主義者…?」

ローレン「オーストラリアはアジア寄りで、欧米じゃないから下と思ってるの。…後は歴史上の立ち位置とか…」

優太「へえ~。なんでまた」

ローレン「…昔、オーストラリアは重度の犯罪者の為の刑務所島として機能していた歴史があるの。だから、それを未だに持ち出して、差別する奴がいるのよ」

優太「あ~なるほど~」

ローレン「何よ」

優太「いや、日本もアジアの癖に欧米顔してって、馬鹿にしてる人たちは昔から今に至るまで、沢山いるからさ」

ローレン「…そう」

優太「ローレンはさ、欧米人の中のオーストラリア人でありたいの?」

ローレン「違うわよ!そんなの結局人種差別と変わんないじゃない!私はただ、誰かが一生懸命作り出した享受されるべき権利が、一人のバカのクソ思想の為に、踏みにじられることが許せないだけ!」

優太「ふふ。そっか…」

ローレン「何かおかしい?」

ムスっとするローレン。

優太「いや、そんなに力強い君でも泣くんだなって思って」

ローレン「…!」

カーっと真っ赤になるローレン。

優太「あの…さ、悔しいんだけど…そんなローレンを、正直、俺は尊敬してるんだよ」

ローレン「え?」

優太「…俺とは違って、将来のことを滅茶苦茶真剣に考えて生きててさ。頭も良くて、自分がおかしいと思ったことにはしっかりと立ち向かう…。確かに、今日みたく失敗することもあるのかもしれないけど…なんていうかな…。そんな君は、立派だと思う」

ローレン「!」

優太「だから、そんなローレンみたいになりたいんだ俺も」

沈黙。

優太、シカの動きを見ている。

すると、堪えた声で泣き出すローレン。

ローレン「……っぐ…うっ…」

優太「え…?」

ローレン「うっ…っぐす…」

優太、立ち上がって困惑しつつも、ローレンの頭を優しく撫でる。

優太「どうしたんだよ…ローレン…」

ローレン、堪えきれず、優太を抱きしめる。

優太「!」

表情を見られないよう顔を強く押し当て、黙って泣くローレン。

優太「……」

ローレン「うっ…うえ…」

ローレンの頭を撫で続ける優太。

 

○同森林

翌日。

鹿と戯れている優太。

髪を切ったのか、渡航時のようにさっぱりしている。

そこに、ひょこっと現れるローレン。

優太「ローレン!」

ローレン「お、おはよ…あの…昨日は…」

優太「丁度よかった!見せたいものがあるんだ」

ローレン「え…?なに?」

ケータイを取りだし、見せる優太。

その画面、テストの結果。

30/30

28/30

29/30

ローレン「!」

優太「…少しは君に近づいたかな?」

ローレン「これ…凄い!優太、おめでとう!(笑う)近づいたどころか、並んだよ!」

優太「やった!ありがとう!(笑う)」

握手を交わす二人。

ローレン「本当に…並んだね…」

優太「ああ(笑う)」

握手の手を解き、優太を見つめる。

ローレン「…昨日…さ、嬉しかったんだ」

優太「え…?」

ローレン「私、親とも折り合い悪いし、高飛車だから、こっち来てから僻みこそあっても、あんまり支えとか無くて…だから、誰に何て否定されても、異国で一人頑張っていくんだって自分を追い込んできた…」

優太「…うん」

ローレン「でも、優太はそんな私を目標みたいに見てくれてた。お前はそれで良いんだって、肯定し続けてくれてた」

優太「……」

ローレン「だから、そういうのに気づけて、私、凄く嬉しかったんだ」

優太「…そんな良い風に解釈されて、何ていうか…恐縮だな(笑う)」

ローレン「うん(笑う)ねえ優太…あの答え、もしかして見つかったのかな…?」

優太「え?」

ローレン「優太は…何の為に留学しに来たの?」

風が吹く。

優太「…俺さ、嫌いだった自分を認めたいって為だけに、この留学枠への合格目指してたんだ」

ローレン「え?」

優太「でも、来てみて気づいたんだよ。自分を認めるどころか、ここはただのスタートラインだったって…。だから、明確な夢とか目標すら、俺にはまだ遠い」

ローレン「そう…」

優太「でも」

ローレン「うん」

優太「ここでこうやって自分の限界を超え続けられたなら、夢を見つけた時、自分を認められるような、ぶっとんだ成果が出せる気がしてるんだよ」

ローレン「……」

優太「だからさ、そんな風に生きてるローレンに会えて、俺、本当に良かったって思ってるんだぜ(笑う)」

 

○講義室(夕)

教授「ここにおける重要な概念というものは、生産物がその生産者の手元に残らないということであり…」

優太、真剣な顔でノートを取っている。そんな優太を横目で見つめるローレン。

フラッシュバック。

優太「ローレンに会えて、本当に良かったって…」

そして、優太の胸に頭を押し付けているローレン。頭を撫でられている。

ローレン「!」

赤面して向き直るが、集中出来ず、教授が喋っているのにペンが動かない。

 

○廊下(夜)

講義後、学生達が行きかう喧噪の中、トイレの前でケータイにメールを打ち込んでいる優太。その画面。

優太(文)「ケイちゃん、俺、やっと結果出せたよ。少しだけだけど、自分を認められるようになってきた気がする…。で、今夜、久しぶりに電話どうかな? メールもあんま出来てないし…最近授業とか、バイトとか、友達とか、どうしてるのかなって」

 

○日本 大学図書館

バイブに気づき、メールを見るケイの後ろ姿。

髪型が変化している。

その画面に先ほどの文面。

メールを返す。

 

○カナダ 廊下(夜)

目を見開いて、固まっている優太。

ケイ(文)「電話は大丈夫。ねぇ、私達って付き合ってる必要あるのかな?」

 

○日本 大学図書館

笑顔で現れる健人。

健人「おはよ、ケイちゃん!」

 

○カナダ 廊下(夜)

優太、険しい顔で画面を見つめる。

そこにトイレから出てくるローレン。

優太気づいていない。

ローレン、優太の表情とケータイを見て、息が詰まるような表情をするが、勤めて明るい声で話しかける。

ローレン「ゴメン!お待たせ」

優太「あ、ああ…。行こうか」

 

○日本 大学図書館

健人「待った?」

ケイ「ううん。じゃあ、中間の対策、始めよっか、『健人』」

 

○カナダ 学食(夜)

時計:夜7時。

人がまばらな学食。

ローレン・優太ともに、ハンバーガーを食べている。

優太「なあ、今日の君、何か落ち着かなくないか?」

ローレン「え?そ、そう?」

優太「ああ」

ローレン「いや、あれよ。優太も成長したなぁって…」

優太「何それ(笑う)テストのこと?」

ローレン「…色々」

優太「はは!ローレンに面と向かって褒められるとか、ちょっと気持ち悪いな(笑う)」

ローレン「ちょ、ひどいわね!なら、もう二度と褒めない!」

優太「ごめんごめん!」

ローレン「もう…」

優太の表情をチラチラ見るローレン。

ローレン「あの…さ…」

優太「ん?」

ローレン「もし、良かったらなんだけど…」

優太「うん」

ローレン「この後、二人で飲みに行かない?」

優太「え…?」

ローレン「何か、今日の優太…元気ないみたいだし…。いつかのお礼に一杯奢りたかったし」

優太、険しい顔で、ハンバーガーを皿に置き、それを見つめる。

優太「…気づいてたのか」

ローレン「うん」

少し黙ってから。

優太「ごめん…。その気持ちは有難いけど…遠慮しとくよ」

ローレン「え…?」

優太「彼女との約束で、一応、異性と二人で飲むのは避けようってことにしてるから」

沈黙。

食べ終えた学生達が賑やかに談笑しながら、横を通り過ぎる。

ローレン「…彼女がいるっていうのは、そんな気がしてた」

優太「そう…」

ローレン「ケータイ見る時の優太、私といるときには見たことがないくらい悲しい顔をするから…」

優太、それを聞いて、先ほどの文面がフラッシュバック。

ケイ(文)「電話は大丈夫。ねぇ、私達って付き合ってる必要あるのかな?」

苦虫を噛み潰したような表情をして黙っている。

ローレン「彼女と上手くいってないんでしょ?」

優太「……」

ローレン「断るなら教えて」

優太「…最近はずっと…まともに連絡取ってなかった…」

ローレン「…電話は?」

優太「してない」

ローレン「でも、それって、付き合ってるって言えるのかな…?」

優太「言えないのかもしれない」

ローレン「だったら!!」

優太「だったら?」

ローレンを睨んで、冷たく言う優太。

ローレン「……」

ローレン、俯いてしまう。

優太「悪い…」

ローレン「ううん…」

優太「もしかしたら…俺が彼女を支えてこなかったこの数か月の間…他の誰かが彼女を支えてたのかもしれない…」

ローレン「……うん」

優太「付き合ってる意味、あるのかって言われたよ…。ハハハ、殆ど別れたいって意味じゃないのか、これ…」

ローレン「……。ねぇ…何でそんなに彼女に執着するの?」

優太「聞きたいのか?本当に…」

頷くローレン。

優太「…ベタな言い方かもしれない。でも、俺は…彼女に救われたんだ」

ローレン「どういうこと…?」

優太「簡単に言えば…辛い時期に傍に居て、励ましてくれた、ただそれだけのことなんだけど」

ローレン「……」

ローレン、優太の胸で泣いた時のことをフラッシュバック。

優太「でも、それだけのことをし続けるって実は凄いことだったんだ」

ローレン「うん…」

優太「だから…今がどんな状態であれ、彼女を裏切るようなことは、したくないんだ…」

沈黙。

ローレン「……分かった」

食べかけのハンバーガーの載った盆を持って立ち上がり、去るローレン。

 

○大学図書館

健人「つまり、当時はその論理的な説明からリカードが正しいと思われ、マルサスはその地位を低く見られてたんだけど、1930年ごろの恐慌が頻発する世の中になってからは、むしろマルサスの方が正しかっただろう、という流れになったんだ」

ケイ「ふむふむ、なるほど。時代が追いついたんだね」

健人「そゆこと!」

ノートに補足を書き入れているケイ。

ケイ「ね、健人って、勉強するの好きだよね」

健人「え?うん…。勉強というか、読書かな?」

ケイ「じゃあ、どんな時、読書が楽しいって思うの?」

健人「…どしたの?いきなり」

ケイ「いいから」

健人「えー…そうだなー…。やっぱり、本の世界を理解できた時、かな…」

ケイ「どういうこと?」

健人「あの…さ、今でこそ、俺はこんなんだけど、外国にいた小さい頃は、凄い人見知りの虐められっ子だったんだよ」

ケイ「え!?信じらんない!」

健人「うん(笑う)でも、本は当然、俺のことを英語が下手だとか、絶対に馬鹿にしなかった。むしろ想像の世界も含め、『世界はこんなに面白いんだよ、感じてごらん!』とか『俺はこう思うよ!分かる?』って言い続けてくれた」

ケイ「うんうん(興奮気味)」

健人「だから、俺も一生懸命、理解しようと頑張った。そうすると、自分も本と同じ世界が見える様になる瞬間がある!」

ケイ「分かる分かる!」

健人「そうするとさ、世界が違って見えるようになったりするの。そういう経験ある?」

ケイ「例えば~…もしかしたら、あの葉っぱの裏に、小人が…とか?」

健人「そうそう!(笑う)」

健人・ケイ「ふふふ」

健人「だから…その」

健人、机の上で手を組んで親指同士を弄び、そこに視線を落とす。

しかし、顔を上げて、はっきりと言う。

健人「俺はそういうことを続けたくて、大学院に行こうとしてるんだ」

ケイ「え!大学院!?」

健人「親とか親戚とかは、その…文学の大学院なんて行ったら、それこそ就職先が無くなるから止めろ!って言うんだけどね…」

ケイ「そうなんだ…」

健人「でも、俺は自分の好きな作家達の世界をもっと知りたいし、色々な人に伝えたい。だから、研究者になりたい。変かな…?」

ケイ「変じゃないよ」

健人「…本当?」

ケイ「そういう風に思えることって凄く素敵だと思うし、健人にはそう成れる能力もあると思う」

健人「ケイちゃん…」

ケイ「それにさ!健人のしたくないことして健人が傷ついても、誰も代ってあげられないもん!健人の人生の責任は、健人にしか取れないんだよ!」

健人「俺の人生の責任は…俺にしか取れない…」

ケイ「うん!」

健人「…そうだね。その通りだよ。何かちょっと、楽になった気がする」

ケイ「ふふ!良かった!」

健人「俺、友達に自分の夢言うの…実は初めてだったんだ…」

ケイ「え?」

健人「でも、その相手がケイちゃんで…良かった!(笑う)」

ケイ「うん!どういたしまして!(笑う)」

 

○カナダ ローレンの部屋(夜)

机に突っ伏している。

ローレン「…っぐす…。私より先に彼女がいるんだ…。私じゃ遅すぎるんだ…(呟く)」

怒ったような顔でパソコンを開き、SNSで優太を検索し、そこからケイのページへ飛んで、キーボートを叩き始める。

 

○日本 大学校舎内:廊下

ケータイのバイブに気づき、ポケットから取り出すケイ。

SNSから英文。

ローレン(文)「こんにちは。優太の友人のローレン・スミスと言います。単刀直入に言います。貴方のしていることを私は非難する。彼は今でも貴方を想っています。なのに、貴方はハッキリしない態度を取って、彼を傷つけている。そんな姿、私は見たくない。付き合い続けるにしろ、別れるにしろ、ちゃんと彼と向き合って!」

ケイ「何よ…これ…」

苛立たし気に呟くケイ。

 

○カナダ 優太の部屋(夜)

ケータイのバイブ。

画面にはケイからのメール。

ローレンのメールのスクリーンショットが送られてきている。

ケイ(文)「こういうことするんだ」

驚いて、すぐにケイに電話をかける優太。ケイ出る。

優太「ケイちゃん…!久しぶり…」

ケイ「…何の用?」

優太「ごめん、メールのことだけど…あれ、俺知らなくて…」

ケイ「ふぅん。彼女が勝手にやったんだ」

優太「えと…何ていうかな…きっと彼女にも悪意があったわけじゃなくて!」

ケイ「…この子とはどういう関係なの?」

優太「どういうって…ローレンは友達っていうか…こっちでの俺の目標っていうか…」

ケイ「ふうん…」

優太「何疑ってんだよ…」

ケイ「…疑われてもおかしくない状況にあるとは思わないの?」

優太「ど、どういうことだよ」

ケイ「…ッ!どういうって…!ユウちゃん、全然連絡して来ないじゃん!」

優太「そ、それは!本当勉強が忙しくて…」

ケイ「だとしても!一日5分も割けないような有名人じゃないでしょ!?」

優太「そうだけど!…結果出るまで浮かれてる場合じゃないって思ったっていうか…。それに、ケイちゃんだって勉強のこと、応援してきてくれたじゃん!」

ケイ「そうだけど!そうだけど…限度ってものがあるよ!」

優太「それは…これからは!」

ケイ「これから!? 私はこれまでの話をしてるんだよ!?」

優太「う…。でも、本当ヤバくなったら相談しようと思ってたっていうか…」

ケイ「はあ!? 傷ついたときだけ私を頼ろうってこと!? 私そんな都合のいい女じゃない!」

優太「そ、それは…!けど!…ケイちゃんがいたから…!」

ケイ「もういい!私の気持ちなんて…やっぱりユウちゃんは全然考えてなかったんだ…!」

優太「待てよ!話聞けって!」

ケイ「もういい。もういいから」

優太「おい、ケイちゃ…」

電話が切れる。

×   ×    ×    ×

暗い部屋、机の電気だけが点いている。

机の上に、ケイとの写真を広げて、ぼーっと眺めている優太。

優太N「ケイちゃんに言われて、ドキッとした自分がいた…。俺は彼女の気持ちに寄りかかって、放っておいても大丈夫だろって…。いざとなったら支えてくれるだろうって…甘えてたのかもしれない…」

 

○日本 学食(夕)

ティラミスを食べている健人とケイ。

健人「なるほどね…」

俯いて神経質になっているケイを見て。

健人「でも…ケイちゃんさ、凄いビックリしたでしょ?怖くなかった…?いきなり英語でこんな文章来てさ」

ケイ「う、うん…。ちょっと。知らない人からだったし…英語だし…何事かと思った…」

健人「そうだよね…。まぁさ、それにしても優太さん、人間関係とか、上手くやってるみたいじゃない。こんなに心配してくれる人が出来るって、日本に置き換えても、中々ないことだよね」

ケイ「……」

健人「あのさ、ケイちゃん」

ケイ「…ん。なに?」

健人「この後…飲み行かない?」

ケイ「え?」

ポカーンという顔をするケイ。

だが、すぐに、事態を理解したように、考える表情。

ケイ「でも…それは…」

健人「どうするにしてもさ、一回吐き出さないことには、前に進めないよ」

ケイ、暫くケータイの英語の文面を見てから。

ケイ「…うん」

健人「ホ、ホント…?よっしゃ!そうと決まれば、どんなの食べたい? 居酒屋?イタリアン? それとも一品もので、オムライスとか、お好み焼きとか? 俺、ケイちゃんと行ってみかったお店、沢山あるんだ!」

ケイ「ちょ、ちょっと! ティラミス、まだ食べ終わってないよ!」

健人「いいよいいよ!俺が奢るから、許して。今は凄く嬉しくて早く行きたい気分なんだ!」

手を引っ張られながら苦笑するケイ。

 

○カナダ 優太の部屋(夜)

アルバムを作っている優太。

 

○日本 繁華街(夜)

酔っぱらってるケイを肩を組んで支えながら歩く健人。

健人「いや~ケイちゃん、結構飲むんだね~!俺、ちょっとビックリしちゃったよ」

ケイ「当たり前でしょ~!このご時世、女子も酒強くなきゃ、やってらんないですよ、もぅ~!」

暫く、歩く二人。

健人「…ねぇ、ケイちゃん」

ケイ「う~ん?」

健人、真剣な顔でケイの顔を見つめる。

健人「このまま俺の部屋、来ない?」

ケイ「!? …それは…」

 

○道(夜)

ケイ「あの…健人…」

街頭の下で、ケイが立ち止まり、肩に回された手を解く。

ケイ「ごめんね…。やっぱり…もう少し考えさせて欲しいの」

健人「……」

ケイ「私、こういうことになるにしても、なあなあはやっぱり嫌だから」

健人「でも…」

ケイ「聞いて」

健人「……」

ケイ「ちゃんと、決断するから。もうちょっと待って」

健人「…分かった」

ケイ「…ありがとう、健人」

健人に背を向け、去ろうとするケイ。

健人「でもさ、ケイちゃん、もう終電ないよ?」

ケイ「!?」

慌ててケータイの時計を確認するケイ。

しまった!という表情をして、頭を抱える。それを見て、吹き出す健人。

健人「はぁ…ホントはこんなことするつもりはなかったんだけどな…」

大通りの方に歩いていき、タクシーを呼びとめて、お金を渡している。

ケイ「え! 何してんの!」

健人「何するも何も、これ以外手段ないでしょ」

ケイ「お金…!私が出すから!」

健人「いいから。貰った奨学金ってのは、こういう時こそ使うもんなの」

無理やりケイを押し込む健人。

健人「それに…」

ケイ「ちょっと!」

健人「一日の終わりくらい…カッコつけさせてよっ」

ドアを閉める健人。

健人「決断、楽しみにしてるから!」

タクシーが走り出す。

 

○タクシー車中(夜)

物思いに耽るケイ。

顔は窓の外に向いていて、光線のような光が顔に反射している。

ケイN「健人といる時間は…楽しい。それって、ゆうちゃんが居ないからそう感じるのかな…。それとも…」

 

○カナダ 優太の部屋(夜)

時計:21時

勉強しながら、終わった課題に×を付け、ノートなどを片づける。

ケータイを確認する。

送信ボックスにいくつものメール。

しかし、返信はない。

諦めて、アルバム作りの一式を広げる。

 

○日本 百貨店の中

女性だらけの雑貨店に入る健人。

物色している。

 

○カナダ 優太の部屋(夜)

時計:朝4時

まだアルバムを作っている。

 

○駅前の広場

待っている友子のところに、ケイがやってくる。

友子「うーっす、ケイちゃん」

ケイ「ごめん友子!待たせて」

友子「いいよ、いこっか」

 

○カフェ

ご飯を食べながら、談笑している友子とケイ。

ケイ「ところで、相談って何?友子が私に相談なんて、珍しいよね」

友子「あ~…相談だけどね、ごめん、嘘」

ケイ「え?」

友子「相談したいのは、むしろアンタなんじゃないの?」

ケイ「ちょっと…(笑う)何の話してんのか分かんないよ」

友子「ゆうちゃんのことだよ」

ケイ「!」

友子「単刀直入に聞くけど、あんた、ゆうちゃんと別れるつもりなの?」

ケイ「…そんなつもりは…」

友子「じゃあ、男友達が殆どいないあんたが、何で男と二人で仲良く学食やら外で飯食ったりしてるの?」

ケイ「!…なんで」

友子「体育会の女子ネットワークって奴は凄くてね。色々な情報が耳に入るんだ」

ケイ「健人は…別に…」

友子「嵌めるみたになってごめんね。でも、浮気がダメだ~!とか、責めるつもりな訳じゃないの。…むしろ、ケイちゃんが優太と別れて、その健人君と付き合うと決めても、アタシは良いと思ってる」

ケイ「え?」

友子「お節介かもしんないけど、親友として、アンタが困ってんなら、少しでも手助けがしたいだけなの、アタシは」

ケイ「友子…」

 

○カナダ 教室

試験を受けている優太。

疲れで、問題用紙の文字がかすむ。

明らかにやつれてきている。

 

○優太の部屋(夜)

時計:24時

PCでテストを解く優太。

終えてから、ケイに電話をかけてみるが、出ない。

諦めて、アルバム道具一式を広げる。

かなり出来てきている。

 

○日本 学食(夕)

ケイ「…え?」

ケイの手に健人からのプレゼント。

小鳥をモチーフにして、オレンジや黄色のビーズがはめ込まれたイヤリング。

健人「お礼。前、話…聞いてくれたから…。どう…?」

ケイ「…かわいい」

健人「良かったぁ…。ケイちゃんをイメージ出来るものを選んだつもりなんだ」

ケイ「…いいの?」

健人「うん!」

ケイ「ありがとう…」

健人「どういたしまして!(笑う)」

 

○カナダ 優太の部屋(夜)

PCで、アルバムの配送状況を確認している優太。

ケータイを確認するが、やはり音沙汰ない。

諦めて、部屋の電気を消す。

 

○ケイの家(夜)

門を開けて、家の中に入るケイ。

居間に鞄を一旦置いて、そのまま自分の暗い部屋に入る。

電気を点けず、立ったままのケイ。

フラッシュバック。

ケイ「ちゃんと、決断するから」

その後、健人の笑顔が続く。

真剣な表情で、部屋の扉を閉めるケイ。

 

○カナダ 優太の部屋(早朝)

ヴーヴーヴーとケータイが鳴る音で起きる優太。ケータイを手に取り画面を見ると、ケイからの電話。

布団を跳ね飛ばして飛び起き、慌てて電話に出る。

優太「ケイちゃん!?」

ケイ「ユウちゃん…」

優太「この間は!」

ケイ「…っぐす」

優太「! …ケイちゃん…泣いてるのか…?」

ケイ「あのね…」

優太「ん?」

少しの間の沈黙あって。

ケイ「私…ユウちゃんに言わなきゃいけないこと…あるんだ」

優太「え…?」

 

○日本 大学

紅葉する並木道。

いつか優太が座っていたベンチに、健人が座って本を読んでいる。

ケイ「健人っ」

本から顔を上げて微笑む健人。

健人「ケイちゃん…」

 

○キャンパス内

校舎の間を歩く二人。

ケイ「私達が初めて一緒に歩いたのも、この道だったよね」

健人「うん」

ケイ「あのパフェ、美味しかった」

健人「それ以上に、でかかったね」

ケイ「うん」

笑う二人。

立ち止まる。

健人、緊張で頬を紅潮させて言う。

健人「それじゃあ…聞かせて欲しい。ケイちゃんの決断を」

ケイ「うん」

風が吹いて、ケイの髪が揺れる。

深々と頭を下げるケイ。

ケイ「ごめんなさい」

健人「え…?」

 

○ケイの家の中(夜)

昨日。

部屋に戻ってから(優太に電話する前)

部屋の電気を点ける。

ベッドの上に小包が置いてあることに気づくケイ。

届け元を見ると、英語。

ギョッとして後ずさるケイだが、よく見ると、名前にはYuta Nogamiと書いてある。

ケイ「ユウちゃん…から…?」

小包を開けるケイ

ハッとして、瞳を震わせるケイ。

『2年記念! おめでとう!』

そう表紙に書かれたアルバムを手に取ると、中には、二人の思い出の写真達。

お花見で誠治・友子とお弁当を食べる4人。

夏祭りに来ている浴衣・甚平の4人。

芝生の上で寝転ぶ二人。

アルバムを捲っていく。

 

○(回想)春、教室

語学のクラス。

ワイワイとしている皆、30人くらい。

落ち着かなそうに、周りをチラチラとみているケイ。

自分が座った最前列の長机の右端に、一人で座っている優太を見る。

本を読んでいる優太。

真剣なその横顔に見とれるケイ。

3人のガタイの良い男たち(アメフト部の女子マネ勧誘)が近づいて来て、ケイに話しかける。

煩そうにイラついて、目だけで左を見る優太。

苦笑して、両手を顔の前で振ったりしているケイ。

チラシを握らせて去る三人。

ケイN「私はしたいことも、魅力もない人間だった。だから、合わせて、ノリ良く振る舞わなきゃ仲間外れにされる。そうなったら本当に何も無くなる。それが怖くて…」

溜め息を吐くケイ。

何事か、鬱陶しそうに言う優太。

その言葉に動揺しつつ、怒るケイ。

無視して本を読んでいる優太。

悔しそうなケイ。

そこに先生が来て、学生を座らせ、左から自己紹介を促す。

ケイも立ち上がって、焦りながら自己紹介。後ろのアメフト部連中が、小原さ~んなどと言いつつ、ふざけて大きな拍手をする。

次、優太が立ち上がる。

ハッキリと留学宣言をしゃべる。

言い終わるとすぐに背を向けて座り、また本を開く。

みんな、少し困惑しているように、遅れてまばらな拍手。

優太の横顔を口を半分開けて見つめるケイ。

ケイN「だから、他人がどうあろうと、きっと彼にとって大切な何かに、ただまっすぐに向かおうとするその姿に、憧れずには、居られなかった」

 

○駅構内の本屋(夜)

帰路。通りかかったケイ。

棚に置いてある『断る力』(勝間和代)を見つけて、足を止める。

 

○語学の教室

座っているケイのところに勧誘の続きにやってくるアメフト3人組。

教室に入ってくる優太。

ケイを見て、足を止める。

ケイ、緊張した顔で何かを言い、頭を下げている。

男たち、困惑したように手を広げて説得。首を振って取り合わないケイ。

そこに先生が入ってきて、3人とも大人しく自分達の席へ戻っていく。

右端に座る優太。

コンコンと机を叩く音に左を向く優太。

涙目で『断る力』を見せて、頭を下げるケイ。

若干引く優太だが、少し不満げに祝いの言葉を呟く。嬉しそうなケイ。

ケイN「気付けば私は、心の中で何度も何度も、彼にありがとうを言っていた」

 

○学食

友子が誠治をケイに紹介している。

帰り際、入口近くで一人、本を読む優太を見つけるケイ。

その本のタイトルをさり気無くチェックする。

「若き数学者のアメリカ」藤原正彦

 

○語学の教室

机を4人ずつに分けて、グループワーク。ケイ、優太、学生1、学生2。

ケイが真剣な顔で何かを言うと、学生1が得意げに適当な反論を言う。

笑いながら、その反論をプリントに書き込もうとする学生2。

手を出して、それを制止し、イラついた顔で学生1に異を唱える優太。

ムッとしてる学生1と、ダルそうな顔の学生2。苦笑しているケイ。

 

○電車内(朝)

立って本を読んでいるケイ。

途中の駅で入ってくる優太。

二人、目が合う。

お辞儀するケイの手元、藤原正彦の本。

本を指指して、あ、という顔の優太。

プシューと扉が閉まる。

隣同士座っている二人。

顔を合わせず、少し紅潮しながら話す二人。

ケイN「そうやって少しずつ近づいては」

 

○大学

雨。

傘を閉じながら、図書館に入るケイ。

ケータイを見て、本を探すが、ない。

 

○語学の教室

先に座っている優太。

濡れた傘を持って、遅れて入ってくるケイ。優太に挨拶する。

横からスっと本を差し出す優太。

その本、ケイが探していたもの。

嬉しそうなケイ。

ケイN「こそばゆい喜びが私の中に、広がっていった」

 

○大学学食

誠治と友子に、優太を紹介するケイ。

ケイN「勿論、彼のその性格は難アリで」

 

○大学図書館

机を挟んで向かい合って、怒鳴り合う誠治と優太。

 

○電車内(夜)

座っているケイ。

立ってつり革を掴んでいる優太。

ケイが優太に怒っている。

目を逸らして、ふてくされて聞いている優太。

それを見て、優太の太ももを拳で殴るケイ。痛がる優太。

 

○学食

目を逸らしてぶっきらぼうに謝る優太。

驚いている誠治だが、頭を掻きながら、謝る。

満足げに握手させるケイ。

 

○井之頭公園

花見をする4人。

酔った誠治と優太がアルプス一万尺をやって爆笑している。

楽しそうな優太を見て嬉しそうなケイ。

ケイN「でもそれも、子供の成長を見ているようで、微笑ましくもあった」

 

○河川敷(夜)

浴衣、甚平で、花火を見ている4人。

さっと居なくなる誠治と友子。

それに気づいて、あ!という顔をするケイ。手でグッドラック!と友子。

向き直るケイ。優太の顔に花火の光が反射している。

優太「ありがとうな、小原」

ケイ「あ、え?何が?」

優太「お前のお蔭で、俺の大学生活は思ってたよりずっと…ずっと楽しい」

ケイ「はは、照れるよ…」

優太「ふふ。勉強しかしない灰色の4年になるかと思ってたのにな~…」

ケイ「私もある意味そうだよ(笑う)野上君と会わなかったら、私多分、漫然としたくもないことして4年間過ごしてたと思う…」

優太「何だよ…。照れるじゃん」

ケイ「ふふ、おかえし(笑う)」

打ち上げ花火の美しさに、それぞれ見とれている二人。

ケイ「ねえ」

優太「何?」

ケイ「付き合って」

優太「え?」

ケイ「え?」

目を合わせる二人。

ケイ「あれ?今私なんて!」

ケイ、自分で言って、自分が言ったことに驚いて真っ赤になっている。

優太、それを見て、ぼーっとしていたが、笑う。

優太「…うん」

ケイ「へ…?」

優太「宜しく。えと…ケイ?ちゃん…」

木の影からぐっと拳を握り、嬉しそうに見ている誠治と友子。

ケイ「うん…。ゆう…ちゃん」

 

○公園 秋

芝生の上に寝転んで、くすぐりあって爆笑している。

笑い疲れて、空を眺める二人。

 

○大学 掲示板前 春

留学枠の合格を見る優太。

番号は無い。

 

○ケイの部屋

俯いている優太。

優太「俺…駄目なんだ…。ケイちゃんが思ってるような凄い奴じゃない…」

ケイ「何言ってるの~…大丈夫だよ~…」

泣き出す優太。

優太の背中を撫でているケイ。

優太「留学目指してるのだって…第一志望落ちてこの大学来たことから目を背けたかっただけなんだ…。ただの逃げなんだ…。ケイちゃんは頑張る俺を尊敬してきてくれたのかもしんないけど…本当は大それた理由なんてなかったんだよ…」

背中をさするのを止めるケイ。

優太「だから、俺なんか…ケイちゃんに見捨てられても、仕方ないんだ…!」

ケイ「ばかっ!」

突然、優太にビンタするケイ。

優太「いてっ…何すんだよ!」

涙目になっているケイ。

ケイ「私は…私の意思で優太といるって決めたんだよ!?」

優太「はあ!?」

ケイ「どんな理由からでも、真っ直ぐな優太を見て、私もそうなりたくて、そうして来たの!だから私は良くわからない部活にも入らないで、いま優太といるの!それを私が選んできたの!」

目を丸くして驚いている優太。

ケイ「だから!勝手に好きな理由を決めて、勝手に諦めないで!」

優太「ケイちゃん…」

またビンタするケイ。

ケイ「留学の動機なんてどうでも良い!変わりたいならそれで良い!どうなの!?」

優太「!?…じ…自分を認めたい!」

ケイ「なら、また来年頑張ればいいじゃん!今諦めたら、この後もっと苦しいんだよ!?」

ハッとする優太。

泣き出すケイ。

ケイ「頑張るの…?もうやめちゃうの…?」

優太「…頑張る…。頑張る!」

優太を抱き締めるケイ。

ケイ「じゃあ応援するから…!」

感動して、また泣き出す優太。

優太「ケイちゃん…ありがとう…」

 

○(回想終わり)ケイの部屋(夜)

ペタリと座り込んで、肩を震わせる。

フラッシュバック。

ケイ「私の気持ちなんて…ユウちゃんは全然考えてないんだ…!」

ケイ「ユウちゃん…。ごめん…。ごめんね…」

袖で涙をゴシゴシ拭く。

またフラッシュバック。

電話ごし。

優太「本当キツいよ…」

合格直後。学校前。

優太「俺、ケイちゃんがいたから頑張ってこれた…ありがとう」

ケイN「私に見えないだけで、彼は今も私を信じて努力を続けてた…そして、変わらず、想ってくれてた。それを私は…!」

決意をした表情で唇を噛み締めて立ち上がり、一気に走って部屋を出る。

ケイN「あの英語のメールを見た時に、きっと本当は分かってた…!だから部屋にも行けなかった…! 健人にも…私は…!何てことを…!」

ドタバタとリビングまで行き、鞄を取って、部屋まで戻るケイ。

 

○大学 学食の階段前

頭を下げているケイ。

健人、その姿を見て、目を瞑る。

健人「……そっか。何かが二人の間にあったんだね」

頭を上げるケイ。

ケイ「…うん」

 

○電話口(夜)

優太「え…?」

ケイ「あの…」

優太「…うん」

沈黙。

ケイ「ゆうちゃん、今までごめんなさい!」

電話を持って、頭を下げるケイ。

優太「え?」

ケイ「私…自分で言っておいて、ユウちゃんの気持ち、全然考えてなかった…」

優太「いや!こちらこそ…ごめん…。勝手に大丈夫だろうって思って…ケイちゃんの気持ちに胡坐かいて…」

ケイ「ううん!ううん!あ!それより、アルバム!どうもありがとう!あの…なんていうか…大好きです!」

優太「はは…何だよケイちゃん…」

涙声になっていく優太。

優太「伝わってよかった…俺も…。ごめん」

ケイ「ゆうちゃん…ありがとう…。私達、無理しないで、最初からこうやって支え合えば良かったんだね…」

優太「ああ…そうだね」

優太・ケイ「ふ…ふふ」

鼻をすすりながら、笑い合う二人。

 

○大学 学食の階段前

健人「…分かった」

ケイ「あと、これ…」

小さな包みを健人に渡す。

中を見ると、イヤリング。

ケイ「…ごめん…やっぱり私、これ…」

健人「…うん」

去ろうとする健人。

ケイ「あの…! …ありがとう」

健人「…こちらこそ」

無理して微笑む健人。

 

○カナダ 教室

頭を下げているローレン。

大丈夫だよ、となだめる優太。

 

○健人の部屋

勉強する健人。

ふぅ…と一息ついて、視線を窓の外へ移し、風に揺れる木や花を見つめる。

突然、ひょこっと顔を表す小人(想像)

あ…と口を半開きにして、机の上でくしゃくしゃになった包み(中にイヤリング)を暫く見つめ、微笑む。

健人「こちらこそ…ありがとう」

机上には大学院対策の本が並んでいる。

 

○電話口(夜)

ケイ「あのね…」

優太「…うん?」

ケイ「買ったんだ…」

優太「え、何を…?」

ケイ「…クリスマス、航空券」

優太「っぷ…。ははは、極端過ぎるだろ、ケイちゃん(笑う)」

 

(おしまい)

 

 
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