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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第七十八話

ムカミさん

第七十八話の投稿です。


洛陽編・その弐。

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2015-06-26 00:24:29 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:4092   閲覧ユーザー数:3329

「おっ。お~い、兄ちゃん!見えたぜ~!許昌だ!」

 

露天商の一団を率いる男が馬車の中に向かって声を掛ける。

 

「そうですか。すいません、ありがとうございました」

 

馬車の中から間をおかずにそう答えたのは、再び巾までつけて庶民に扮した一刀であった。

 

側にはちゃんと月、詠、恋もいる。

 

「いやいや、気にすんな。こういったことも俺たちの仕事の一つと言えるしな。

 

 しかし、なんだ。兄ちゃん達、大陸中を旅しているんだったな?」

 

「ええ。色々と見て回り、見分を深めようと思っておりまして」

 

「兄ちゃんはともかく、そっちの女の子三人には、ちと厳しくは無いのかい?」

 

確かに気遣ってくれていることが声の調子から分かる。

 

その想いに心中で感謝しつつ、用意していた答えを返す。

 

「彼女達は文官志望なんですよ。精神力は強いですし、頭も良いです。

 

 僕らの旅も、彼女達のため、みたいなものですよ」

 

「へ~ぇ、そうなんかい。んなら、一つ助言してやろう。

 

 俺も行商で色んなとこ回ってるが、ここの君主様はいいぞ~。

 

 目新しい制度があるし、軍は強いし、何より治安がいい。そして本当に民の為になる施策を行ってくださる。

 

 加えてあの御遣い様もいらっしゃるときたもんだ!

 

 東の方にもいい所はあったんだが、一番お勧めするのはやっぱりここだね」

 

「ほう、それはそれは。

 

 ありがとうございます、参考にさせていただきます」

 

「おう!ま、誰に仕えるかなんて、結局は合う合わないの問題があるんだろうけどよ」

 

行商の合間に多種多様な人を街々へと送っていったことがある経験から来るのだろうか。

 

露天商の言葉にはやけに実感が籠っていた。

 

ともあれ、彼は本当に大陸中を行商で回っているらしい。

 

そんな彼に手放しで許昌を褒められたとあって、嬉しい気持ちはあって当然のことだった。

 

顔に出してしまわないように注意してはいたのだが。

 

 

 

「そいじゃぁな~!ここなら大丈夫だとは思うが、気ぃ付けていけよ~!」

 

一刀たちは許昌の門前で頼んで下ろしてもらった。

 

街中へと去っていく商人に礼を述べてから、一刀たちも要件を済ませるために城へと向かおうとする。と。

 

「……ん?あれ?」

 

「どうした、詠?」

 

「いえ……あれって、もしかして……」

 

「ん?……へ?春蘭?何で?」

 

春蘭の姿を門のすぐ内側に見つけることが出来た。

 

ただ、問題は今の時刻。

 

早朝や日の入り前ならばともかく、今は太陽がほぼ中天に輝いている時間である。

 

当然、仕事があるはずであり、春蘭も例外にはならないはずなのだ。

 

そうやって頭上に疑問符を浮かべていると、こちらを見つけた春蘭が大声で呼びかけた来た。

 

「お、おお~!偶然だな~、一刀!

 

 いや~。私はたまたまここを通りかかっただけなんだが。今帰ったのか?」

 

あれ、おかしいな、と一刀は心中でだが、拳で両目を擦る。

 

そして再び春蘭を見たのだが。逆に気のせいでは無い、と感じてしまった。

 

(春蘭に、忠犬の尻尾が見えるようだ……それも、ブンブン振り回している……)

 

以前、一刀は凪を犬の様な面があるな、と感じたことがある。

 

が、今の春蘭はそれ以上に見えたのだった。

 

取り敢えず、今は感じたことを表面には出さず、優先すべきことを為すべく、一刀は春蘭の側まで来てからこう声を掛けた。

 

「ただいま、春蘭。早速で悪いが、華琳達に……いや、皆に報告がある。

 

 軍議を開くから春蘭も来てくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁああぁ?!あんた、馬鹿じゃないの?!っていうか、正気?!

 

 自分が何を言っているか分かってるのかしら?

 

 ほんっと、馬っ鹿じゃないのっ?!」

 

桂花の罵声が軍議室に轟き渡る。

 

その矛先は一刀に向けられていた。

 

否、一刀だけでは無い。

 

一刀の隣にて同じ主張を示す詠や月、恋も桂花の罵声の対象であった。

 

軍議が始まって早々の出来事であったが、誰もそれを咎めようとはしない。

 

むしろ、桂花に同意するような眼差しまでもがチラホラと見えるほどであった。

 

さすがの春蘭、秋蘭ですらも、これには絶句している様子である。

 

「この行動が何を意味するかくらいは俺も分かっている。だが今行動を起こさねば――」

 

「一刀殿、それは分かっているとは言えません。論外です。

 

 仮にも”天”の名を冠する貴方が、最もしてはならない行為でありましょうに……」

 

冷やかな視線と切って捨てるような口調の稟は、それだけでも威圧感で気圧されそうになる。

 

が、こんなところで怯んでいる場合では無い。

 

こうなることは帰りの道中で既にシミュレーション済みなのだ。

 

予想以上に当たりが強かろうが、そうする他ないのだ。

 

「いいから、聞いてくれ。

 

 桂花、稟。それに他の皆にもよく聞いてほしい。今回の調査で判明したことだ。

 

 始めに断っておくが、ほとんどは俺と詠の推測の話となる。が、ほぼ間違い無いと考えてくれていいだろう」

 

その前置きに対しても何か言いたそうな顔をした者がいたが、敢えて気付かぬ振りでやり過ごして、一刀は洛陽での出来事を説明する。

 

詠や月も、特に街の様子に関しての報告に補足を出しつつ、報告は劉弁、李儒との会話へと移った。

 

そこで、劉弁があっさりと報告の内容に登場してきたことに驚いた顔を示す者が出てくる。

 

まさか、前皇帝の口から何かを直接言われたのか、と居住まいを正す者も。

 

そうして少し議場の雰囲気が変化する中、一刀の説明は続く。

 

一刀は二人との会話で出た会話内容の内、必要と判断した部分をなるべく一言一句逃さず伝えていく。

 

語尾のような細かい部分こそ完全再現では無いものの、使われた単語、ニュアンスはそのまま報告していった。

 

やがて報告が終わると、議場には二通りの反応が残る。

 

一つは会話からは何も得られていないではないか、と落胆を示す者たち。

 

そしてもう一つは、一刀たち同様、会話の仕方に引っ掛かりを覚えた者たちであった。

 

「ちょっとお待ちなさいな!

 

 いくらあなたでも、これは聞き捨てなりませんわよ、一刀さん!?」

 

誰もがどう反応しようか迷い、あるいは誰がどんな反応を示すか伺っている中、先陣を切って声を張り上げたのは麗羽であった。

 

一刀がそちらへ顔を向ける間も、麗羽は自身の論を述べ続ける。

 

「確かに私は負けを認め、華琳さんに下りましたわ。

 

 ですが、だからといって陛下に向かって刃を向けるなど、断じて許容出来るものではありませんでしてよ!」

 

三公を輩出した名門たる袁家の名を誇りにしているだけあって、皇帝を敬う気持ちは本物の様子。

 

そうであるならばなぜ、率先して大陸を掻き乱すような真似を始めたのかは分からないのだが。

 

ともかくも、麗羽は本気で一刀に抗議してきている。

 

ならばこそ当然、一刀も真摯にそれに応える。

 

「麗羽、これは別に協達に刃を向けると言っているわけでは無いんだ。

 

 むしろその逆。協達を洛陽から救い出す。

 

 それが、今やらねばならない事だからだ」

 

「全くもって意味が解りませんわ!

 

 大体、劉弁様と話された内容というものにも特には――――」

 

「待ちなさい、麗羽」

 

尚も一刀に言い募ろうとする麗羽の言葉を、華琳の制止が押し留めた。

 

麗羽の抵抗を軽く目線で抑え込んでから、今度は華琳が一刀に対して質問を飛ばすこととなる。

 

「一刀、一つだけ聞くわ。

 

 貴方、まだ報告していないことがあるのではないかしら?」

 

「と、言うと?」

 

「先ほどの会話、貴方らしくもなく、要約どころか簡単に纏めることすらしていなかったわね。

 

 それをしなかったということは、会話内容は全て私達も知っておく必要があった。

 

 考えるに、劉弁様たちはその流れ、或いは言葉の中に情報を隠して伝えたかった。そういうことではないのかしら?」

 

「さすが華琳。そう、その通りだ――と俺たちは考えている。

 

 理由なんて大したものじゃない。会話における単語の選択が少しおかしい様に感じたから、ただそれだけだ。

 

 だが俺も詠もそう感じ、月と詠が持つ以前からの洛陽、禁軍に引き継いだ軍の情報を照らして考えた結果、一つの結論を導き出した。

 

 それを今から話す。皆も、それを聞いてから改めて判断してほしい」

 

素直に華琳に感心を示した後、一刀は洛陽を出てから詠と話し合った内容を話し始めた。

 

「初めに違和感を覚えたのは李儒が使った単語の選択だった。

 

 協が来られないことを、わざわざ”部屋から出ることが叶わない”と表現した。

 

 普段からそういった表現を使っている娘なのかも知れないが、詠に聞く限りはそうではないらしい。

 

 だったら、これは意図的にそう表現したのだと考えられる」

 

納得を示す顔、ポカンとしている顔など、様々な表情が軍議室に入り乱れ始める。

 

その中に一刀の話を途切れさせようとする者は一人としていなかった。

 

仮にそれがいたとしても、一刀は意にも介さず話し続けたのだろうが。

 

尚も一刀は説明を続ける。

 

「次の違和感はその直後のことだ。

 

 ”彼女達が”持ってくる案件が”承認だけでも難しい”と李儒は言った。

 

 これは言い回しのことだが、わざわざ”彼女達”と表現するのは何故なのか。

 

 承認だけ、というのも引っ掛かった。今、協は案件の立案から施行までに一切関わらないことは無いと聞く。

 

 その”彼女達”とやらが敢えて関わらせていないのか、それとも関わらせる気がさらさらないのか。

 

 そもそも、政治的な案件は李儒が管轄しているはずなんだ。だからこそ、そこが違和感となる」

 

説明が進むに連れて、軍師を中心に段々と険しい顔が増えていく。

 

一刀達と同じ結論に達したと考えるのが妥当だろう。

 

「三つ目は弁の言葉だ。

 

 弁はわざわざ役者不足という言葉を使った。

 

 普段から言葉使いも丁寧な弁だが、わざわざ堅苦しい言い方をするほどでは無い。本来ならば、代わりにはなれない、とでも言っていただろう。

 

 それに、弁の執務能力は協に劣らない。むしろ、協が頼るほどだ、協より高いのかも知れない。

 

 だと言うのに、弁は協には代われないと言う。

 

 策その他の承認ともなれば協でなければならないだろうが、承認程度の仕事にそこまで大変なことはまず無い。

 

 となると、それ以外の何等かの役割で、協は動けないということになるが、それならば弁にも手助けは出来るはず。

 

 それはつまり、部屋にいるのが協でなければならない、何等かの理由が存在することの示唆。そう考える。

 

 ここまでの違和感からの推測三つで、とある一つの仮説が立てられる」

 

一刀の言葉に頷く者が多数出る。

 

多少なり頭の回る者は大概気が付いた様子だ。

 

表情から気が付いていないらしいのは、春蘭、季衣、麗羽、猪々子くらいのもの。

 

最後まで説明してもまだ理解出来ないようなら、もう少し噛み砕いて説明するか、とこっそり決めて、一刀は続ける。

 

「そして。弁は対話の最後に、俺に向かってこう言った。

 

 大陸中の民を救ってくれ、と。自分たちはそれを応援しているから、と。

 

 その話し振りは、まるで自分たちにはもう無理だと言っているようだった」

 

そこで一刀は僅かに目を伏せ、協と弁を思う。

 

二秒ほどの短い時間そうしてから、一刀は再び強い意志を込めた瞳で一同を見回す。

 

「俺と詠の推測、その結論を言おう。

 

 恐らく、協――皇帝陛下は軟禁されている。或いは人質のようなものかも知れない。

 

 協と弁、つまり現皇帝と前皇帝をそれぞれ軟禁しておき、表向きは通常通りに政務をこなさせる。

 

 そして、無茶苦茶な策を、互いの命を引き合いに出して受諾させれば、手を汚さず、表向きは何も変わらず、自らに都合の良い体制の出来上がり、ってわけだ。

 

 もちろん、これは何度も言うように、俺と詠の予測だ。どこかに不備があると思うなら、遠慮なく言ってくれ」

 

一部を除いて動揺は起こらない。反論も起こらない。

 

むしろ、その先を早く促すような視線が突き刺さるほどだった。

 

「李儒を除き、協や弁と比較的簡単に顔を合わせることの出来る人物。それでいて力に明かせてこのようなことが可能な人物は誰か。

 

 そこを考え、詠と俺の情報を照らし合わせた結果、下手人と思われるのは、李傕と郭汜の二人だ。

 

 残念なことに、この二人は月の元部下であり、洛陽に残して来た軍の残りの武官統括の地位を与えられていた。

 

 洛陽の税が上がっている、という報告を覚えているか?

 

 あれはこの二人が強制的に施行し、じわじわと搾取していったものと思われる。

 

 もしかすると、始めの内は本当に仕方なくだったのかも知れない。

 

 どちらにせよ、”権力”と”金”という魔力に二人が惑わされ、愚行に及んだことは事実だ。

 

 断じて許されることでは無い。それは皆も同じ意見だと信じている」

 

間髪入れず、一斉に同意が示される。

 

が、だからと言って一刀の作戦をそのまま実行に移すことには反対の意を持つ者もあった。

 

その代表として桂花がここで意見を発する。

 

「一刀、あんたの言うこと、そして陛下がとんでもないことになっておられることは理解出来たわ。

 

 それでも、今すぐ洛陽に軍を向けることは、魏軍筆頭軍師として賛同できないわ」

 

「……理由を教えてくれ。協たちが囚われている今の状況は、非常に危険だ。

 

 今でこそ体裁として協の皇帝の地位を活かしているが、もし魔が差しでもすれば、あっさりと殺されてしまうこともありうるんだ」

 

「なるほど、確かに陛下の御身は今まさに危険に晒されているのかも知れないわね。

 

 けれど、それをしてしまえば折角魏がこれまで築き上げていた印象を全て崩し、その上で最悪へと瞬時に反転してしまうでしょう。

 

 あんた自身も言ったことだけど、表向き、洛陽は平穏そのものなの。そこをいきなり攻めてみなさい?

 

 果たして民はどう思うかしら?大陸の民を敵に回して、今後どうしようと言うの?」

 

一刀は暗に時間が無いと訴える。

 

が、桂花も頑なに否定の立場を崩さない。

 

何より、魏国としての評判、そしてその今後をもってこう切り返されては、一刀にも反論は出来なかった。

 

一刀にとって協と弁は確かに大切な友。しかし、それ以上に大切な春蘭、秋蘭が望む覇国・魏の存亡。

 

一刀も人の子。どうしてもその優劣には傾きが生じてしまうのだ。

 

桂花の反論に合い、どうすべきかと悩む一刀。

 

そこに別なる場所から上がった話によって、展望が見えてくることとなった。

 

「ねえ、桂花。

 

 つまり貴女が言いたいのはこういうことかしら?

 

 魏国としての評を落とさず、それでいて陛下を助け出すことが出来ればよい、と」

 

「え……?あ、は、はい、そうです、その通りです。ですがそれには時間が……」

 

突然華琳に確認を取られ、一瞬詰まる桂花。

 

すぐに再起動して肯定を示すも、またその先の言葉に詰まってしまった。

 

そのような方法、簡単には実現させることが出来ない。

 

いくつかは思いつくにしても、どれもこれも事前の十分な準備が必要なものばかりであったのだ。

 

ところが、それを知ってか知らずか、華琳は不敵な笑みを湛えたまま頷く。

 

「なるほど、ね。

 

 けれど、桂花であれば時間を掛ければ完全な策にすることは出来そうね。

 

 ただ、それだと一刀が困る。そうなのでしょう?」

 

再びの華琳の問い掛けに桂花も一刀もほとんど同時に頷く。

 

それを見て、華琳は益々笑みを深めた。

 

「なんだ、簡単なことじゃない。

 

 要は、なるべく短い時間で準備を整え、陛下をお助けすればいいだけのことよ」

 

その笑みの意味を、言葉の内容を、一刀たちは理解できない。

 

それが出来れば苦労はしない、と声を張り上げそうになりすらもした。

 

そしてそれは、周囲の者も大概が同様だった。ただ一人を除いて。

 

「役に立つこともあるだろうと思って、用意させておいて正解だったというわけね。

 

 まあ、一刀には少しだけ申し訳ないのだけれど」

 

意味有り気な呟き。そして一刀への流し目。

 

華琳が作り出した空気に皆が引き込まれる。

 

自然、華琳の一挙手一投足、一言一句、その全てに皆の注目が集まっていた。

 

「零、どうかしら?

 

 例の部隊、もう使えそう?」

 

そんな空気の中で話を向けられたのは魏国内において名実ともに桂花に次ぐ軍師となった司馬懿こと、零。

 

流れから既に予想済みであったらしいその問い掛けに、タイムラグ無しで零は答える。

 

「問題ありません、華琳様。

 

 少々人員が広がりきっておりませんが、本格的に始動していないことを考え合わせると十分過ぎるほどかと」

 

「そう。では、零。その部隊、今回の件に使うことが出来ないかしら?

 

 私の考えでは、それで条件を満たすことが出来そうなのだけれど?」

 

「可能でしょう。少々強引な形になるかと思われますが、少なくとも体裁を保つには十分な成果が得られるものと思われます」

 

華琳と零が何の話をしているのか、桂花ですら関知していない様子だった。

 

当然、一刀も、その他の者も、誰も分からない。

 

一同が同様に頭上に疑問符を浮かべる中、話し合いが一段落ついたらしい華琳が先ほどから浮かべ続けていた笑みの理由、『例の部隊』とやらに話を移した。

 

「一刀。貴方が麗羽の軍を負かした時、その兵達の処遇をどうしたか、覚えているわよね?

 

 軍に残した者を除いて、の話よ」

 

「ああ。強制徴兵によって参加していた者も多かったから、希望する者は兵役を取り下げ、郷へと帰らせたな」

 

「そう、貴方はそう言い、事実そうしようとしたわね。

 

 けれどね、一刀。申し訳ないのだけれど、実はその者達の一部を、とある部隊として使っているのよ」

 

華琳の言葉に一刀は若干顔を顰めることとなった。

 

元々一刀がそういったことをしたのは、先の会話にもあった通り、自らの意志でなく兵とされてしまった者を救うためであった。

 

それを確かに実行したつもりでいたにも関わらず、華琳は裏でその通りにはしていなかったと言うのである。

 

が、一刀の表情の変化を読み取った零が横合いから補足情報を出してきた。

 

「一刀、これは言っておくわ。

 

 私も華琳様も、その部隊を作り上げるにあたって、決して強制はしていない。

 

 ただ、帰ったとしてもそのままでは働き口が望めなかったりといった一部の者に話を持ち掛けたのよ。

 

 故郷には戻れないけれども、危険性は少なく、魏から給料も出す役目を負う気はないか、とね」

 

「…………分からん。どういうことなんだ?

 

 一体、どんな部隊を作った?訓練なんかも行っていないだろう?」

 

一刀は初め、華琳達の方でも秘密裡に黒衣隊のようなものを作り上げたのかと考えた。

 

が、それならばそもそも対象がおかしいことになる。

 

単純に草の者を増やす目的にしても、わざわざ”部隊”とつける必要性は無い。

 

何より、裏で動く部隊というものに危険性が少ないという点が一刀にはしっくりこない。

 

結局、一刀は答えに辿り着くことが出来ず、ギブアップを宣言する。

 

それを聞いて、華琳は口端を吊り上げ、一言だけ呟く様に口にした。

 

「情報操作専門部隊」

 

「情報……操作、ですか?」

 

「えぇ、そうよ」

 

桂花の鸚鵡返しに笑みをもって華琳は頷く。

 

それに異を唱えたのは一刀だった。

 

「それは言うほど簡単なことでは無いぞ、華琳。

 

 余程訓練でも積まない限り、自然を装った情報操作は為し得ない。

 

 下手にそっちに手を出せば、最悪こちらの思惑が事前に全て露呈してしまいかねないぞ?」

 

「でしょうね。それは以前、零にも言われたから知っているわ」

 

「だったら、何故――――」

 

「完全な情報の偽装工作を施すのでは無いわ。

 

 抗い難い庶民の力、市井に揺蕩う噂を用いた、大まかなものよ。

 

 これまでもいくつかの事例で分かっているとは思うけれど、民が自発的に聞き及んでいる情報に沿った行動ならば、私達も非常に動きやすく、民も受け入れやすいわ。

 

 だからこそ、今後の魏国の覇道のためにも、それが民に受け入れられる下地作りをこの部隊でしていくの。

 

 そういった意味では、情報操作というよりも印象操作、といった方が正しいかも知れないわね」

 

なるほど、と思う。

 

確かに、庶民間にある特定の噂が広まれば、余程現実離れしていたり、噂の対象をよく知っていたりしない限りは、それが”事実”となってしまうだろう。

 

それは月が洛陽を追われた、かの事件から見ても分かるように、時として強力な武器となる。

 

そんな噂を自在に操れるとしたら、それはそれは強いものになるだろう。だが。

 

「それでも、だ。例え噂一つにしても、その起点となるのは難しい。

 

 噂なんてものは、それこそ庶民同士の何気ない会話の中から生まれてくるものなんだからな」

 

尚も難色を示す一刀の言に、答えたのは零だった。

 

「それは言い換えれば、庶民をそのまま起点として用いれば問題無いということでしょう、一刀?

 

 私が華琳様に提言した策は、そういったものよ」

 

「そういったもの、って……いや、まさか……」

 

「そのまさか、よ。暴虐を振るう君主、袁紹の支配する土地から逃げ出してきた。

 

 そういった体で大陸の各地に散らしたの。

 

 彼らに平時にやってもらうことは一つ。その街なり邑なりの一員としてしっかり働くこと。

 

 彼らにやってもらいたいことは、仕事を与えられた時にそれとなく会話の中に流したい情報を含ませること。

 

 麗羽の暴走はどうも広く大陸に伝わっていたみたいだから、彼ら自身にも少し事情を持たせたら、比較的暖かく各地で迎えられたみたいよ」

 

思わずため息が一刀の口を突いて出る。そこには呆れではなく、感嘆の色が含まれていた。

 

当時の状況を上手く利用したものだ、と一刀はそう感じていた。

 

恐らく持たせた情報とは強制徴兵のことだろう。

 

同じ庶民の心情として、全く異なる地から逃げ来た者だとしても、それが理由であれば迎え入れたくもなると思う。

 

何故なら、”強制”で死地に送り込まれるなど、誰一人として良しとしないに決まっているからだ。

 

「なるほど……下地は既に出来上がっているってことなんだな。

 

 だが、それでもまだ問題があるぞ。ちょっとした訓練すら無しで、彼らに自然な噂話が作り上げられるのか?」

 

「そこは、ね。まだ何とも言えないわ。

 

 彼らも元は庶民、噂話の一つや二つ、花を咲かせたこともあるでしょう。

 

 そういったところからそつなくこなしてくれれば良し、それでなくても、相手も訓練を受けた諜報員でも無し、余程でない限りは特に問題無いはずと見ているわ」

 

「…………それもそうか」

 

自分から質問をしておいて何なのだが、一刀は零の回答途中で自身でも気が付いた。

 

一刀はこの件について思い違いをしていた。

 

黒衣隊という、なまじ情報を専門とする部隊を率いているが故に、華琳達が今話題に上げている部隊も、相手取るのは敵の諜報員等を想定していた。

 

だが、華琳の言葉を思い出してみれば、むしろそういった場面の方が少ないだろう。

 

謂わば、サクラを仕込んでの大陸規模でのヤラセをしていこうとしているだけなのだ。

 

言い方は悪いが、そう考えればその”サクラ”には確かに危険性は少ないだろう。

 

何せ、普段はただの庶民でしかないのだ。

 

任務を与える際に魏から派遣する伝令要因との接触を気取られなければ何も問題は無い。

 

これが完全に形になれば、後は”ヤラセ”が思惑通りに進むよう、魏の戦力をひたすら強化すれば良い。

 

妙な策のようでいて、存外正攻法の良策と言えるのだった。

 

一刀の表情から察したのだろう、華琳は満足そうに頷いてから一同を見回して問い掛けた。

 

「皆はどうかしら?

 

 この策を用いることに異議がある娘はいる?」

 

この問い掛けに手を挙げる者は一人もいない。

 

情報関係に強い桂花も詠も、一刀と零、華琳のやり取りから納得を示していた。

 

「……いないみたいね。ならば、これでいきましょう。

 

 零、準備にどのくらいかかりそうかしら?」

 

「噂を作り、ある程度まで浸透させるのに一月は見ておくべきかと。

 

 行動を起こす前に浸透度合いを確認するのでしたら、更に一月欲しいところです」

 

「二月……それは少しまずいのではないかしら?」

 

チラと視線を向けられ、一刀は首を縦に振る。

 

それを見て、華琳は少し俯いて顎に手を当て、何事かを思考してから結論を出した。

 

「今回は迅速を旨としましょう。

 

 拙速とも取れるけれど、『兵は拙速を聞くも、未だ巧久しきを睹ざるなり』とも言われているものね。

 

 零、今すぐ準備に取り掛かりなさい。

 

 それから桂花と詠は一月後に出す部隊の選出、他の者は今はいつも通りに仕事に励みなさい。以上よ」

 

『はっ!!』

 

軍議が解散となり、各々が振られた仕事に向けて動き出す。

 

その中に混じり、一刀はホッと胸を撫で下ろしていた。

 

それは詠も、そして月も同様。

 

事が事だけに、いくら大義と理論武装があっても成立しない可能性も多分にあったためである。

 

何にしても、これで作戦は決まった。

 

(もう少しだけ……今は耐えてくれ、協、弁。必ず、すぐに助けに行く)

 

心中で洛陽に向けてそう誓い、一刀もまた軍議室を後にするのであった。

 


 
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