『秋子さん。秋子さん。聞こえますか?』
『こ、小波さん!?あぁ……本当に小波さんなんですね?』
句伝無量越しに、秋子の安堵した声が小波に伝わる。
――
――――
小波は翠・思春と連れ立って、長尾家、お守りを持ってると思われる秋子への接触を試みるため、春日山城下を目指した。
と言っても人目につくのは具合が悪いので、以前剣丞たちが侵入に使用した、春日山城裏手の崖付近に来ていた。
城に詰めているにしても、秋子の屋敷にいるにしても、ここならば句伝無量の有効圏内だ。
呼びかけたところ、すぐに反応があったというわけだ。
――――
――
『はい。ただいま、剣丞さまを中心に各地の皆さまを救出して回っております。つきましては、現在の越後、長尾家の状況をお教え願いたいのですが…』
『分かりました。あまり良い状況とは言えませんが…』
と、秋子は声を落とした。
――――――
――――
――
越後消失直後に、空と愛菜が何者かによって誘拐されてしまった。
それから早十日以上経ったこの日、主だった将が上段の間に集まり、今後についての会議を行っている時だった。
「皆さまがお探しのお嬢様方は、こちらでしょうか?」
上段の間の入り口に突然、居士風の男が現れた。
男がパチンと指を鳴らすと、本能寺のときのように、中空に空と愛菜が映し出された。
「空っ!!」「愛菜っ!!」
それぞれの義母が悲鳴をあげる。
外傷は無いようだが、両手足を縛られ、身を横たえているその姿は痛々しい。
どうやら気を失っているようだ。
「ちょっとアンタ!うちの大事な二人に何したっすか!!」
「……返答次第じゃ、殺す」
長尾家きっての武闘派が殺気立つ。
「落ち着いて下さい。お二人には眠ってもらっているだけです。とても大事な『質』ですから」
そんな気にも中てられず、不敵に笑う男。
「……何が望み?」
努めて平静を装いながら、美空が男を見据える。
その視線には、雑兵ならば失禁ものの殺気が籠められているが、
「さすがは軍神と名高きエチゴの龍、ですね。話が早くて助かります」
暖簾に腕押し。柳に風。
男は涼しげにニヤリと笑った。
「こちらの要求は二つ」
右手の人差し指と中指を立てる。
「一つ、長尾家の人間が国から出ることを禁ずる。そしてもう一つ、とある国の姫君をお預かり頂きたい」
まるで不可解な要求だった。
養女とはいえ、長尾家の娘を誘拐する危険を冒してまで要求するようなことでもないように思える。
硬い表情を崩さずに、美空が口を開く。
「…それで?その二つを履行したら、二人は戻ってくるわけ?」
「えぇ、もちろんです。そうですね……ひと月もしたらお返し致しましょう。私の名にかけてお約束します」
「御大将…」
秋子が不安げな目をする。
かつては国のために愛菜を切り捨てようと言った秋子だったが、養子とはいえ、再びこの手に抱いた我が子を手放したくない。
だからと言って、質を盾に取られて要求を飲むなど、あってはならぬことだ。
綯い交ぜの不安に瞳が揺れる。
そんな秋子に、分かっている、とばかりに頷く美空。
「…分かったわ。その条件、呑みましょう」
「ほぅ…?」
男は眼鏡を直しながら、一瞬眉を顰める。
「まぁ、いいでしょう。では…」
再び、パチン、と指を鳴らすと、畳の上に一人の少女が微かな光と共に現れた。
縄で縛られた上に猿轡を噛まされながらも、芋虫のように身体を捩じらせ、んーんー!と必死の抵抗を見せている。
「…これが、姫?」
想像していたのと違う『姫』に少々面を食らう美空。
「えぇ、とある国の姫君です。くれぐれも丁重に。そして、逃げられないようにお願いします。ご覧の通り、少々お転婆なところがありますので」
では、と言葉を残し、男は霞のように掻き消えた。
…………
……
「御大将…」
「分かってるわよ秋子。二人を護るためにはこうするしかなかったの。甘いと言われようと、これが私のやり方よ」
「はい…」
「それに、ひと月経たなくても、二人を助けちゃえばいい訳でしょ?」
ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる美空。
「し、しかし…我々が越後を出ることは禁じられましたし、下手人が越後国外に居たとしたら…」
「大丈夫よ。ね、『織田家』の使者の雛ちゃん?」
「え?」
シュッと風を切って現れる雛。
会議に遅れて合流予定だったのだが、ただならぬ様子だったので、天井裏に隠れていたのだ。
「禁止されたのは『長尾家の人間』だもの。約束違反ではないわよね?」
「それは、そうですけど…」
「やってくれるわよねぇ?雛ぁ~?」
「……はい」
龍に睨まれた雛は、首を縦に振らざるを得なかった。
「それで御大将~?これ、どうするっすか?」
未だにんーんーと唸っている姫の隣にしゃがみこんで、それを眺めている柘榴。
姫の目つきからは、こちらを敵対視しているのが分かる。
何故か、特に秋子と柘榴に向けられる視線には、殺気のようなものまで籠もっている。
「う~ん…そうね。少し話でも聞いてみましょうか。松葉」
「分かった」
松葉が猿轡を解く。
「…ぷはぁっ!ちょっと!もっと早く外しなさいよね!?息苦しかったじゃないのよ!!」
手足を縛られているにもかかわらず、ぴょんぴょんと海老のように跳ねながら、ものすごい剣幕でまくし立てる姫。
頭の両側で輪っかになるように縛られた桃色の髪も、同じように跳ねる。
「うわ…お転婆とかそういうもんじゃないっすね。姫って言うから双葉さまみたいのを想像してたっすよ」
「姫も色々。御大将も、長尾の姫」
「ぷーっす!松葉、それ最高っす!御大将、似た姫がいて良かったっすね~」
「…柘榴、松葉。あんたら、あとで覚えときなさいよ…」
腹を抱える柘榴と、眼鏡を光らせ薄ら笑いを浮かべる松葉を一睨みすると、コホンと咳払いをして、改めて姫へと向き直る。
「さて、成り行きであなたを預かることになったわけだけど、自己紹介くらいしておきましょうか。
私は越後国主、並びに関東管領を務める、長尾景虎よ。よろしく」
「ナガオカゲトラ?それがあなたの名前なの?ふ~ん……変な名前ね」
「なっ……!?」
目を細め、小馬鹿にしたような目線を送る姫。
囚われの身でありながら据わったこの肝は、確かに姫の貫禄ありだ。
「……ま、まぁいいわ。で?あなたの変じゃない名前を教えてくれるかしら?ついでに、どこの国の姫なのかも教えてくれると助かるわねぇ~?」
丁々発止。
柘榴が似た者同士、と言ったのも間違ってはいなかったようだ。
「ふんっ!誰が敵なんかに情報を渡すもんですかー!」
あっかんべー、と舌を突き出される美空。
「な……別に私たちはあの変な男の味方じゃないわよ!それにアンタ、私に向かってなんて言い草…」
「…御大将」
真っ赤になる美空を松葉が押し止める。
「松葉に任せて」
そう言うと松葉は姫の前に、ゆっくりと進み出る。
松葉が発する無言の圧力に、少し怖気づく姫。
「な、なによ!例え武器で脅されたって、わたしは何も喋らないわよ!」
「……別に、松葉は知りたくもない。あなたを見るだけで、あなたの国が大した事ないって、分かるから」
「なっ……」
間
「なんですってーー!!?この弓腰姫、孫尚香さまを捕まえて、なんて言い草!何て言い草なの!
しかも孫呉のことまで馬鹿にするなんて、許せない……絶対に許せないわっ!!」
「…いぇ~い」
くるりと美空たちのほうに向き直り、無感動に指を立てる松葉。
「松葉ちゃん、こんな駆け引きが出来るようになったなんて……成長したわね」
秋子がさめざめと袖で涙を拭う。
「たいしたことじゃない。御大将と似てる感じだったから」
「…んまぁ理由はどうあれ、お手柄よ、松葉。さて、改めてお話しましょうか?変な名前の、ソンショーコーさん?」
「な、なんでシャオの名前を……あっ!?」
ようやく先ほどの過ちに気が付いた少女。
「シャオ?ソンショーコーが姓でシャオが名前なのかしら?」
新たに出てきた名前のような単語に、美空は首を捻る。
「ちょっと!勝手にシャオの真名を呼ばないでくれる!?私の名前は姓は孫、名は尚香よ!」
真名を呼ばれなくないと言うことがあるんだろうか?と不思議そうに顔を見合わせる越後勢。
とりあえず、嫌がっていることをするのも何なので、話を進める。
「なら、尚香でいいかしら?まず改めて言っておくけど、私たちはあの眼鏡の男の仲間ではないわ。私たちも人質をとられて従っているだけよ」
「え?」
「その上で聞くわね。あなたは何者?あの男は何者なの?」
「………………」
むぅ、と美空を見つめる孫尚香。
やましい事はないと、美空も見つめ返す。
それが伝わったのか、
「…分かったわ、話すわよ」
孫尚香はゆっくりと口を開いた。
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どうも、DTKです。
お目に留めて頂き、またご愛読頂き、ありがとうございますm(_ _)m
恋姫†無双と戦国†恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI、54本目です。
化け物探しの話が終わりまして、再び明命の過去です。
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