No.771266

白の猴王 Act.4 遥かなる邂逅

待ってない人にもお待たせw 第四段出来ました とうとう表紙が使い回しにw

 「仲間割れ、今語られる竜人博物学者の野望、そしてベテラン女ハンターの過去
物語はクライマックスへの助走を始めた!そしてポロリも!」

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2015-04-15 14:44:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:449   閲覧ユーザー数:449

 

 一行が麓のベースキャンプに辿り着いた時には微かな残照も夜の蒼に消え、来た時と同じように黒い森が4人を覆っていた。

 ドーラは転がっている丸太の上に腰を下ろし、レマーナンは回収した標本箱を草の上に重ねる。チョコはキャンプ奥にある焚き火跡へと歩み、座っていたドーラはそれを見て慌てて火熾しを手伝いに向った。

 狩が成功したならば帰りのキャンプでは安堵も混じって快活な冗談が飛び交ってもおかしくはない筈だが、まるで重い空気がのしかかっているのは下位のドドブランゴ1頭という徒労に近い成果だけではなく、ここまでの道中のいきさつの所為でもある。

ネーヴェ・ヴァーリンとの邂逅を避けるべくエリア2から男達が上ってきたルートを使って戻ってきたのだが、この先どうするかについて道中ずっと話し合いを続けてききて、結局結論が纏まらなかった。

 

「どちらにしろ俺は戻らなきゃならねえ」

メンバーの中でただ一人クロドヤは座る事もなく3人に向かって宣言した。

「この狩場に例の白いラージャンがいることは確かなんだ。だったら俺はギルドに報告の義務がある」

「おいおい、今から村に戻るのか」

鼻の頭に煤をつけたドーラが顔を上げる。

「一息入れて行ったらどうだ、せめて何か喰うとかさ」

 狩場とは違い、キャンプでは火を使って暖かいものを摂れる、風呂は無理だが飲み物や簡易な料理。特に雪山で行動した後は体がそれを欲している筈だった。

ホットドリンクで対抗はしていてもモンスターを追って一日中風雪に晒されれば寒気は澱のように体の底に溜まってくる。

そんな寒さには器を抱え込み、息を吹きつけながら飲み込む一杯の白湯が何よりのご馳走になるのだ。

「いやいやこいつが本来の”ギルドナイト”としての”仕事”だからな」

クロドヤは手荷物をまとめながら、ギルドナイトと仕事に力を入れてドーラに答える。

「まぁ少しは歩くが、着いて直ぐ集会所の竜人女に話せば今日中には本部に報告が届くだろう、おっと支給品が届いてるみてえだ」

覗き込んだ支給ボックスの中に目的のものを見つけたクロドヤは相変わらず遅えなと笑いながらも手を伸ばして拳大の紙包みを一つ取り上げた。

「本当なら狩り以外の目的で持ち出しちゃいけねえんだが、報告も狩りと同じくらい大事な”ギルドナイトの仕事”だからな」

気にしすぎかどうか分からないが口調がくどい。

「俺の分だけもらっていくぜ」

 手に取った携帯食料、紙包みの中には凄まじく甘ったるいゼリーのような物が詰まっていて、食べるときは剥く様に紙をはがしてそのまま飲み込む。

回復量も腹持ちもこんがり肉にはまるで及ばないが、肉のように噛むことなく嚥下するだけで気軽に栄養補給が出来る利点からハンターには重宝していた。

歩きながら摂れば疲労もある程度は抑えられるだろう。

「明日だ、村に戻ればギルドの関係者から御達しがあるはずだ。尤もそいつを伝えるのは新たに派遣された誰かだがな」

 

「怖いですか、ネーヴェ・ヴァーリンが?」

 ふいに棘を含んだレマーナンの言葉がクロドヤの背中に投げつけられ、小男の背筋が伸びる。

「俺がか?」そのままゆっくりと長身の竜人へ振り向き、二人は睨みあった。

「おいおいおい」

 ドーラは二人の間に割って入る。自分の沸点は低い癖に他人同士の揉め事が見過ごせないという、考えようによっては傍迷惑な性質をしている。

「勿論だ」

殴りかかるかと思われたが、クロドヤの口から素直な言葉がでた。

「怖くて怖くてたまらねぇ、良いか? こいつはラオシャオロン、シェンガオロンと同だ。伝聞だが街一つ壊滅させたモンスター相手だぞ、田舎ハンター共が束になった所でどうにもならねえ。ギルド本部に出張ってもらわなきゃならねえ話なんだよ」

「待ってくれよ」

険悪に成った二人の間に立ったドーラがクロドヤのほうを向いた。

「やっぱりギルド本部が出てくるとなると」

「おそらくだがここらは立ち入り禁止になる、討伐するか、そいつがどこかへ行ってしまわねえ限り解除はねえ」

予想した最悪の結末にドーラは息を吸い込む。

その後ろがぱっと明るくなり、振り向くとチョコの手元で炎が立ち上がっていた。

「レマーナンはどうしたら良いと思う?」

燃え上がった焚き火に太目の枝をくべてながら、振り向きもせずにチョコは竜人に尋ねる。

「散々言いました。確証がない、調査を続けるべきだと」

 竜人は吐き出すように言うと座って標本箱をあけ、中から何かの草を取り出すと焚き火の光を頼りに改めて観察を始めた。

モノクル=単眼鏡を目にはめ込んで次々と標本を見ているのだが、人に比べて感情の起伏が少ない種族であるにも係らず、彼が苛付いているのが仕草でわかった。

レマーナンは慣れた仕事に没頭することで高ぶった感情を鎮めようとしているに違いない。

その硬い背中にドーラが呟いた。

「けど…おれ達が狩ったドドブランゴは確かにラージャンの動きをしていたんだ」

「それこそあなた方の見当違いかもしれない」

「んだぁ?!」

そっけない反応にドーラの感情はグンと跳ね上がる。

竜人の博物学者は溜息をついた後でモノクルを外し、人間の大女を見上げた。

「だから物証がないんですよ。たとえあなた方の証言が本当で、若いドドブランゴがラージャンの動作をしていたとしても、それが即ネーヴェ・ヴァーリンの存在を証明していることにはならない」

「討伐したドドブランゴの素材が証拠だろうが!」

「あれはただの牙獣素材です」

「あ」

そうだ、いくら奇妙な動きをしていようと狩ってしまえばそれは下位のドドブランゴ素材に過ぎない。

そんなものを持って村に帰ってもまさか笑われはしないが、ドドブランゴがいた以上の証明にはならない。

「レマーナンの望みは?」

チョコの言葉に竜人は自明だといわんばかりに手を広げた。

「直接的な物証を手に入れる事です、体毛、牙の欠片、或いは牙獣の涙、ネーヴェ・バーリンの存在を証明する何でも良い。それがなければギルドを説得できない」

「そんな事はねえ」

耐え切れずにクロドヤが声を放つ。

「俺はそこの大姉ちゃんとサペリアの証言を信じる。何よりサペリアがそう判断したとなればギルドは必ず動くだろうよ」

「証言がただの証言である限りは100%の信頼を置かないのが学者として、又ハンターの端くれとしての私の判断です」

確かに、ドーラも怪しいと実感したのは狩ったドドブランゴの素材を手に入れてからだった。

「危険を未然に防ぐのもギルドの使命だ。こういう時は万が一を見越して動くモンだ。じゃねえと瓦礫の中に転がった人間の死体が証拠に成るかも知れねえんだ」

その通りだよ、とドーラは相槌を打つ。

「情報を得ないまま迂闊に動けばそれこそ無駄な犠牲が大きくなる可能性を孕んでいる。今はモンスターへの見極めに時間をかけるべきです」

そうだよなあ、狩りでも相手の弱点を知ってると難易度は下がるからなぁとドーラは頷いて納得する。

 …こう言っては何だが、彼女はかなり騙されやすいタイプだと思う。

「クロドヤを行かせてやってくれ」

埃をはたいてチョコが立ち上がった。炎は安定し、薪がはぜる音が闇に混じる。

「だって姐さん… 」

「今は住人達の安全が第一だろ」

「でも」

このまま行かせれば村は消える。キリアの墓で誓った想いなど儚く融け消えてしまう。レマーナンの溜息が聞こえた。

「ただし、だ」

両手を広げてチョコは言葉を継ぐ。

「あたし達はここに残って証拠集めを続ける。報告からギルドが危険と判断して避難命令を出すまで僅かでも時間がかかるだろう。その間にあたし等は情報を集められるだけ集めるんだ。時と場合によっては」

「どうするんですか」

「狩る」

レマーナンの問いに、徒っぽいというには凄みのある、が不敵と表現するには軽い笑顔でチョコは答えた。

 

「かまわないな?」

チョコの問いにクロドヤは頷く。

「勿論だ、まだギルドから避難命令は出てないし、サペリアがやってくれるなら新たに調査隊を編成する手間が省けるし、狩ってくれるならこっちは大助かりだ」

冗談めかした声にチョコはじゃあそうさせてもらう、と笑顔で返し、つられてクロドヤも笑いかけた。が、ふいに真顔になり、かつての己の師匠を見上げた。

女の笑顔は何も語っていない。が、教え子として狩りに随行していった種々の記憶、とんでもない類の思い出がクロドヤの脳裏に蘇る。

「くれぐれも無理は… あんたに言う話じゃねえか」

まるで溢れ出る悪夢を忘れようとでもするように頭を大きく振りながら小柄なギルドナイトは己の使命を果たすべく闇に消えた。

 

「姐さん、今の話…」

チョコは大きく伸びを一つしてドーラを見上げる。

「汗流しに行かない?」

「は?」

ドーラには年上の女ハンターが何を言い出したのか分からなかった。

「あせって… 」

「ほら、エリア1に大きな川が流れていたじゃない。あそこで水でも浴びようかなってさ」

「何言ってんだ」

慌てて手を振る。全く冗談じゃない。

「危険すぎるって。朝言ったろう、あそこはモンスターのテリトリーだし、それに水が冷たくて、浴びたら間違いなく風邪引いちまうから」

ドーラの言う通りで、エリア1に滔々と流れる大河の源は一帯に伸びる氷河だ。透明度の高い水は足を踏み入れるのも躊躇させる程の冷たさをしている。

「だからといって乙女が汗の匂いを染みこませたまま寝床に潜り込むわけには行かないじゃなーい」

気軽に言っているが、狩りの最中であれば汗を流すどころか、砂を纏い、泥にまみれて眠りを貪る事は当たり前だった。

 キャンプの寝床も防具を着込んだまま束の間の仮眠を取るのが大概で、雨に濡れでもしなければ体を拭くことさえ滅多にはない。

「いや、だけどさ」

「喰う出す寝る、は出来る時にしておくのがハンターの基本、プラス乙女は身奇麗にってね」

乙女…?

訝るドーラを気にせず三十路の自称乙女は竜人にも声をかける。

「殿方はどうなさいます?、あたし等と一緒に浴びに行きます?」

突然声を振られてレマーナンは首を振った。

「とんでもない、第一私は標本の整理がありますから… ひょっとして私も汗臭いですか?」

手を伸ばし、伸びた銀髪を嗅いで見る

「ドーラほらぁ、竜人族さんは人間族の女は汗臭いってさ」

チョコに言葉の端を捉えられたレマーナンは慌てて立ち上がった。

「いえいえいえ!決してそんなつもりで言ったんじゃ。チョコさん」

「悪い悪いw。しかし不思議だねぇ、種族が違うのに男と女である事は変わらないなんてねぇ」

「種族は違っても二つの性を持ち、お互いの性が惹かれあって子を成して、その子を共に育むことは同じですからね」

調査の願いが適ったレマーナンは穏やかな目をしている。

「でもドーラさんが言うとおり危険ではありませんか?」

「モンスターも用心深いからね。仲間がやれれて早々山を降りる真似はしない、まぁカンだけどさ」

「ほら行くよっ」

屈託のない笑顔で先に進むチョコを慌ててドーラが追った。

 

さて、ポロリである

 

「くああああああああ!」

長年付き合ってきたキャラだが、冷たい水に触れて上げるのが悲鳴ではなく雄たけびなのが悲しい。

「全く、縮むよなぁw」

いち早く河へ入ったチョコが水中から姿を現し、塗れた髪をかきあげて笑った。

「そんなもの付いてないから」

付き合いで来る羽目になったが、夜に雪山エリアの川で水浴など普通は災難だろう。

えええええい!

気合一発

ドーラはチョコにならい、思い切って水に全身を沈めてみる。

月並みな言葉だが水が冷たい。刺す様な、とまでは行かないが、油断すると心臓麻痺を起こしそうな冷水に仰け反るように立ち上がると、今度は風が濡れた肌から容赦なく体温を奪って行く。

全身が総毛立ち、今にも歯が鳴り出しそう、いや鳴ってる鳴ってる。

たまらずドーラは河から走り、震える手で岸辺に脱いだ服の中からホットドリンク=支給品にあったを探り出しとしゃがみ込んだまま一飲みした。

「う゛う゛う゛う゛」

寒さは少しは増しに成った、少しは。

 前に解説した通りホットドリンクは体の新陳代謝を大きく引き上げる作用がありそれは必然的に体温の上昇を伴う為に寒さに対して効果があるのだが云々… とにかく、寒中の水浴びに使うのは無駄遣い以外の何物でもない。

「いいケツしてんなぁw」

しゃがみ込んだ姿勢のままドーラは振り返り、信じ難い物を見る目でチョコを見る。

ガノトトスも戻るのを躊躇するレベルの冷たい河でなぜ素裸で笑っていられるのだろう。

寒いのは苦手だと言ってた筈だが、まるでそんな風には見えない。

それともチョコの中では寒いのと冷たいのは感覚が違うのだろうか。

「そのでかいオッパイはちゃんと使ってるかぁw」

再びのんきな声。

娘がふざけておっさんの口調を真似ているのではなく、素で下ネタを口に出す。

前にも書いたが、歳を取って恥じらいが磨り減るとはこのことを差すのだろうか。

これ以上陸にいては何を言われるかたまったものではない。

ドーラは早々に、だがいやいや河へ戻った。

 

 臍の下辺りまで水に浸かったチョコは探るように自分の胸を手で拭っている。

彼女の手の中で豊かな乳房が別のものであるかのように転がされていた。

「これもさぁ、昔は元気に上向いてたんだけどねえ」

 そう嘆くが、ドーラにはチョコの肌が張りを失ったようには思えない。さすがに若い娘の水を弾くようなとは行かないが、大人であるが故に凹凸のメリハリが付いた、程よく引き締まった体をしている。

何よりもさらけ出した肢体、肌には傷跡がない、いや目立つほどのと言い直すべきなのか、満月にあたりは青く照らされているにも拘らず、腕や足にそれらしいものはなかった。

 ドーラは自分の全身を眺め回してみる。メロン大というより最早小ぶりなスイカ並みに発達した乳房に負けないボリュームの筋肉。

あちこちが毛深いのは昔からだが、歳を経て更に濃くなった気がする。

それよりも女として気になるのは傷だ。ドーラの太い腕や足には大小長さも様々な傷痕が色を変えて刻み付いていた。おそらく背中にも幾つか、深いものは触れれば傷を記したモンスターの面影が疼きとなって蘇ってくる。 近接武器を扱うというのは格闘すると言う事だからどうしたって接触が多くなる。立ち回りが上手ければそうでもないが、通り名が不屈のドーラと言うだけに防具の硬さに寄りかかった力押しの田舎闘法が彼女の身上だ。

せめてもの慰めは殆どが体の正面、向こう傷である事か。どちらにしろいつか伴侶が出来たとしても自慢できる身体とは思えなかった。

 

 勿論近接武器の使い手でも防御が出来ない太刀やハンマーを使う者は力押しの手法が取れないので必然的に手傷を負うことが少なくなりチョコのように

「ああ、そういえば」

「ん?なに」

「そういえばキリアとも水浴びした事を思い出してさ、ここじゃなくてもっと暖かい所だけどね」

ドーラは答えながら肌に張り付いた髪を払って縛り上げる。手馴れた仕草は女だなと感心せざるを得ない。

「へえ」

「密林と言う所、大きな湖の辺から砂地が伸びて地続きになった島があってさ。そこで泳いだんだ」

そう言ってドーラは大きな胸の谷間からネックレスのペンダントに加工されたタグとコインを引っ張り出してチョコに見せた。

「これはキリアの形見だ」

四角いタグにはドーラ自身の名前とHRが記してある。そして隣の白銅製のコイン、ギルドが主宰する訓練クエストで貰える奴に似ているが、彫り込まれた文字や模様は繊細で、通常のコインよりも上質な作りなのが見て取れた。

「竜騎士養成所の褒章コインだよ。へえ、あいつまだ持ってたんだ」

チョコは懐かしそうな声を上げて鈍い光を見せるコインを手にとって眺めた。

「お守りかい?」

「というより今も一緒に狩りをしたくてさ」

ドーラは天を見上げた。

「あいつとは二人で何回かクエストに行ったよ。あの時もそう」

 

 青い空、そこには樹や藪が鬱蒼と茂る陸と、細い砂浜を介して海と見まがうばかりの圧倒的な湖面の広がりがあった。

大きな洞となった洞窟や湿地、羽虫がモンスター化したランゴスタがいたる所で飛び回る、正に密林の名に恥じないフィールドが連続している世界。

 湖面から爽やかな風が吹く岸辺とは違い、草の茂る陸地ではひどい湿度に汗は乾く事もなく全身を流れ伝い、体温は防具に覆われて発散されずにハンターを蒸らす。

「依頼されてどこかから渡り付いたコンガの群れを狩ったときかな、何しろクソ暑い中を走り回るし、あいつ等何かっていうと臭い屁をかまして来るじゃない。空気まで匂いが黄色く染み付いた中で狩をして、くっさいし暑いし、で、仕事が終わった後に迎えが来るまで二人してすっぽんぽんになって泳いだ」

チョコは笑う。

そういえばあの時も誘いをかけたのはキリアのほうだったなとドーラは思い出す。

ひょっとしてキリアの水浴び癖の元は師匠であるチョコから受け継いだのかもしれない。

「不思議な体質で、あいつ日に焼けないの。どんなに日光を受けても少し赤くなるだけで数日たつと元に戻るんだよ。それで目は蒼、髪はブルネットだろ、真っ白な肢体が日差しに眩しいって言うか、やっぱり街っ子は違うと思ったなぁ」

「そうだなぁ、黙ってにっこり座ってるだけなら傍系の皇女でも通りそうな外見はしてたな」

「そうそう、ただ座ってるだけなら」

「動いた瞬間に淑女の鍍金が剥がれる」「それも音を立てて」

二人は声を上げて笑う。お互いの想い出は違うけれど、二人の中で同じ人間が時を越えて存在し、言葉を介して共鳴している。笑いあう間には一個の人間が生きた証が確かにあった。

「でさ」とドーラは言葉を繋ぐ。

 「あいつ綺麗な体してたけど、大きな刺青があってさ、聞いたら男を取り合って撃たれた跡を誤魔化してるんだっていうんだよ」

ちょうどこの辺り、とドーラは右手で自分の乳房の上辺り、左手はその裏の背中辺りを押さえた。

思い出す、キリアの、長身だが細くしなやかな裸身にそこだけバラの花のような流水のような渦巻き模様が蒼く施されていた。

- もう大変だったんだから、幸い手当が良くてぎりぎり助かったんだけど、あン時はマジで黄泉の向こう岸が見えたわw -

確かに、良く見ると刺青の蒼の中で小指の先から大きいものはコイン大の痣が数十残り、引き攣れた皮膚はとりあえずとでも言うように粗く縫い合わされているのが分かった。

刺青の位置からすると撃たれた、というより至近距離で撃ち抜かれたのだろうが、これで死ななかったのはよくよくの奇跡だろうと思う。

- まーた撃たれたのが散弾だったから全部は取りきれなくて、体に残った奴が雨降ったりすると疼いたりして、そういうの、年寄り臭くていやだよねえ-

あの時キリアは屈託のない顔で笑っていた。

「あいつ、向こうで絶対文句言ってる、自分こそ姐さんと一緒に狩りに行きたかったのにってね」

本当に、もしキリアがクロドヤの代わりにクエストに加わっていたら今もどれだけ楽しかっただろうか。

斬風と称された太刀筋、あの腕前が目の前で展開してくれたら明日もどれだけ心強かっただろうか。

「さぁ、どうだろうねぇ」

水面を見つめていたチョコは静かに呟くと再び水を潜り、今度はやや離れたところで水しぶきを上げて勢い良く姿を現した。

「あのさあ」

「何?」

「寒くない?」

「おれ、ここに来る前に言ったよねぇ」

笑顔のままコメカミが引きつる、と言う表現がこれほど合うシーンはない。

 

 だが汗を洗い流すとやはり気持ちがいい、乾いた布で肌や髪に残った水を十分に拭い、服と防具を纏うとホットドリンクの威力(無駄遣い!)で寒さは気にならなくなり、今度は汗の匂いが消えた肌のさらさらとした心地よさが体を包む。

クエスト最中の水浴びも悪くない、とドーラは思った。ただしもっと暖かい所限定だ。

 キャンプに戻ると、レマーナンは先に食事を済ませていて、残りでよければと雪割り草のスープを勧めてくれたので、器を移した二人はそこへ手持ちのこんがり肉の一部を割き入れて再び火に掛けた。

 ごく簡単な、沸かした湯の中に採れた蜂蜜を溶かしただけの飲み物だが、喉から胃に入り、甘みと暖かさが染み渡ると思わず溜息が出る。

暖かい飲み物と食事は自分達が火を扱える種族の有り難味を思い知らされる。

 出来上がった肉入りの即席スープは肉に焦げ目が意外な風味付けとなり、スプーン代わりに使う携帯用の細く焼き締めたパンにも味が染み付いて、狩先とは思えない豊かな夕飯となった。

「喰いすぎると明日に障るぞ」「おれは体がでかいんだから足りないくらいだって」「無駄に大きなオッパイこれ以上育ててどうする」「ちゃーんと使ってもらうんだよ」

肉を奪い合いながらの軽口。

酒もほしいところだが、二日酔いや酩酊状態なんかで狩り場に出るのは自殺願望以外の何物でもないので、酒を持参するハンターは滅多に居ない。

 

 食事を終え、簡単に明日の段取りを済ますと、残った僅かな時間をそれぞれが武具の整備や準備に費やす。

準備は入念に越したことはない。焚き火の周りで銘々が、チョコは丸めた予備の弦、洋弓で言うストリングにほつれ、傷がないことを目と指の感触で確かめ、ドーラはブリュンヒルデの刃先に指を延ばして刃こぼれを見る。

博物学者のレマーナンもさすがに今は標本の分類は止め、ハンターとしての本分である狩りの準備、自分の得物を砥石にかけていた。

 

「レマーナンはどんな研究をしていたんだ」

 静かな中で不意にチョコが口を開いた。

どういう意味ですか、と尋ねる竜人にいや、変な話じゃなくてさとチョコは首を傾けた。

「昼間、ブランゴにタグ付けはしないのかって話をしていただろう。あたしは古竜研究所ってのはクシャルダオラとかヤマツカミとか派手なモンスターが主体かと思っていたら随分様子が違うと思ってさ」

ギルドと同じく研究所も手広くやっているんですよとレマーナンは笑った。

「私達の研究所は元々古竜研究所から派生していますからやはりテオ・テスカトルやアカムトルの調査の方が主体となりますが、私自身はドスバギィなどの群生種出没型モンスターのフィールド調査が本業です」

「又、随分と地味な調査対象を選んだんだな」

「大型モンスターと呼ばれる生物は大きく分けると二種類ありまして、一つはリオレウスのような生まれつきのもの、もう一つは所謂ドス系と呼ばれる群内で基準を超えた大きさの個体が発生するタイプです。通称はボス化と呼ばれますが、個体のリーダーと呼ぶにしては大きすぎる。生殖に差し支える程どころか、もはや別の生き物といってもいい場合すらある。私はこれをモンスター化因子の顕在化と考えています。原因は病的な内分泌系の変化か、環境による刺激か不明ですが、何かが引き金になって小型モンスターが大型へと変化する。一方、リオレウスやリオレイアを始めとする大型モンスターは始めから因子が顕在化していると考えられます。顕在化した中で種のライフサイクルが完成している。そして、我々竜人種にもそれらな群生出没型と良く似たモンスター因子が内在している」

「ほう」

言葉にあまりにも馴染みがなさ過ぎて何を話しているかドーラにはさっぱり分からないが、チョコは相槌を打って見せた。

「ヒトと比較して長い寿命、時に巨大化を伴う成人の体格差。おそらく、この世界に生息する大方の生物にモンスター因子があって生態に様々な作用を及ぼしていて、大きな輪の中に私達竜人種も含まれるのでしょう」

「人間だけが仲間はずれって訳?」

「そういうわけではありませんよ」

チョコの混ぜ返しにレマーナンは苦笑する。

「いやいや、あいつ等大抵あたし等の顔見ただけで怒って向かって来るし、人間の存在そのものにムカついているかもしれないなw」

「それは我々にも同じですw」

「けれど地味な研究が身上の博物学者が何でこの調査に参加したのさ」

改めての問いに竜人の博物学者の瞳がチョコを向いた。

「上司の命令だから、といえばそれまでですが、調査を続けていくと面白い事に思い至りました」

その口角が上に曲がっている。まるで秘密を見つけた子供が人に話すか話すまいか迷っているような、そんな悪戯っぽい笑顔だ。

「面白い事?」

「所謂古竜と大型モンスターの関係です。食物連鎖で捕食する生物はその餌となる生物よりも数が少ない。その個体数のイメージを図で表すと階層を上がる順に面積が小さくなる、所謂ピラミッド状になります」

こう、とレマーナンは指で中空に三角を描き、その上辺を丸くなぞって見せる。

「この位置、食物連鎖ピラミッドの高い位置に大型モンスターがいて頂点は古竜が占めていると考えられています。弱いものは強いものの餌となる。が、その上下関係に一つだけ例外がありますよね」

「ラージャンとキリン …か」

「そう、牙獣種に振り分けられているラージャンは上位であるはずの古竜、キリンも餌として常食している」

「古竜と大型モンスターの違いは謎の数だけじゃないのか、生態が知られれば古竜観測所によってどこかの種、或いは新種として記録されていくようになるんじゃ」

「いえいえ、そんなに単純なくくりではないのです。例えば生態だけでなく寿命一つとっても大型モンスターと古竜には圧倒的な、隔絶したと言い換えてもいい差がある。古竜の中では小さなキリンでさえそうです。ところがラージャンはそれを乗り越えている」

それでです、と竜人は小さく咳払いをする。

「まだ仮設ともいえない憶測や思い付きの段階ですが、ラージャンは古竜へと変化する途中にあるのではないかと私は想定しています。ラージャンは古竜種であるキリンを常食することによって体内に古竜因子を取り入れているんじゃないかと。取り入れた古竜因子が親から子に伝わり、いつの日かモンスターから古竜への跳躍的な変化を起こす。私自身はそれをモンスターの古竜化と密かに定義しています。もしかしたら白いラージャン、ネーヴェ・ヴァーリンは新しい段階、古竜種に属している、或いは属し掛けているのかもしれない。私はそれを自分の目で確かめたいのです」

「それがあんたの動機か」

「チョコさんの方こそ、何故白いラージャンを追っているのですか」

 

「何って、まぁ面白そ「南の騒乱に」

声をかぶせたレマーナンの瞳はチョコを直視している。

その口が再び開いた。

「南の、ネーヴェ・ヴァーリン討伐に参加していましたね」

「姐さん…! 」

意外な言葉に驚くドーラ。

「やっぱりばれちゃうかあ」

チョコは頭をかく。

「モンスターに対する推測が確信に満ちていましたから、伝聞だけではああも言い切れるものではありません」

レマーナンは静かに断言した。

チョコが姿勢を直した。

「まぁ始めは破格の募集につられて参加したのさ。妙なクエストだって。そうしたらばったり兄貴の猟団の幹部に会ったんだ。中で馴染みの奴に聞いたら家の猟団はほぼ丸ごと参入していたらしくて。戦争みたいな騒ぎになってあたしも久しぶりにいくつかある討伐隊の一つを指揮するハメになった」

「で、見たのか、姐さん。その白いラージャンを」

勢い込むドーラにチョコは肩をすくめた。

「チラッとな、何しろこっちも攻めてくるラージャンに必死だったから、情報は入るが他のところまで構っている余裕はなかった」

地面に目を落とす。

「久しぶりといえば、キリアと同期の教え子にも会ったんだ。ランス使いでそこそこのハンターになっていたんだが、その白いのと渡り合った挙句、深手を負って命を失った。あいつだけじゃない、あの騒ぎでほんとに多くのハンターや兵士が死んだんだ」

チョコがそういいながら自らの胸の谷間から探り出したのは鋳物で出来た小さなプレート。細いプレートにはナンバーが刻印されている。

「死んだランス使いの子から託されたんだ。キリアに渡してくれって。この子もキリアと同期でねぇ」

「なるほど、動機は敵討ちですか」

レマーナンの推測にチョコは微笑んで小さく首を振る。

「そうじゃないさ、けれど周りから見るとそう思うだろうね。ギルドじゃ私怨を動機にした狩猟は禁止されているから、騒動にあたしが参加していて、そこで死んだハンターに元教え子がいるってばれでもしたら討伐に参加できなくなるからね。聞かれたら噂でってことにしてる」

「姐さんもやっぱり、死んだ仲間と一緒に狩りがしたいと思うのかい?」

「まさかw」

ドーラの質問に笑いながらチョコはそのプレートを再び胸の中に押し込んだ。

「仲間が死ぬたびにそいつのプレートを首にぶら下げていたら重さで首が上がんなくなってしまう。今回は特別。でも、とうとうクロドヤだけになってしまったなぁ」

「ではどんな動機です?」

レマーナンの再びの問いかけに彼女は暫く首を傾けていた。それは考えているというより言葉を捜していると言った風だ。

ややあってチョコは立ち上がる。

「結局、あたしは根っからのハンターなんだろうな」

言われて竜人は不思議な顔をしたが、ドーラにはチョコの言葉が分かる気がした。

腕前に開きはあるが、ドーラもまたハンターなのだろう。

「白いラージャンを知っていると言っても今聞いた通り直接立ち会った経験じゃないから、明日は期待しないでくれ」

 

月は中天に上がり、風が冷気を孕むようになった。 

明日も直ぐに熾せる様、灰の中に火を埋めて3人はテントに入る。

頭以外の防具はそのまま身に着けて寝床に横たわる。が、昼間の疲れがあるにも拘らず、ドーラの脳裏には様々な想いが去来して直ぐには眠れそうになかった。

言うまでもなく白いラージャンと村の将来、そしてキリアの事。

こういう時は無理に寝ようとすると神経が高ぶって逆効果なので、目を閉じたまま何も考えないようにする。

眠ろうと努力するのではなく、まぁ儲けものくらいでいると、気が楽になって意外に眠りに落ちることができる。

 

 河でキリアのことを話した所為か、唐突にキリアとの思い出、何年か前、柄にもなく集会所にめかしこんで行った時の光景が脳裏に浮かんできた。

あの夜、モンスターじゃなくたまには男でも狩に行きましょうよとキリアに騙されて(?)似合いもしないメルホアX装備に身を包んで集会所へ出かけたのだ。

だが見上げるような大女二人が花や蝶に似せた装備で黙々と酒を飲んでいる姿は異様なオーラでも放っているのか、別に放っていなくても十分異様なので誰も声をかけない。

晒し者になっているような気恥ずかしさで酒が進み、本当に声をかけられた時はなんと言う事でしょう。二人ともかなり酩酊していた。

 

「ねえねえ君達、良かったら今度一緒に素材集めでも…うっ」

 この奇特な若いハンターは集会所は狩りの仲介をする所であり、決してナンパする所ではないと言う事実を脳裏に刻んだ事だろう。

「ああ゙?! 何だ手前ぇはぁ」

最初に男に顔を向けたのはドーラの方だ。椅子に胡坐をかき、下から睨みつけた赤ら顔は罰ゲームで女装したおっさんである。

「ああれえぇ?なぁにぃ? ひょっとひてあらひらの事ひゃひょってるのぉ♪」

(訳=あれ、何?、ひょっとしてあたし等のこと誘ってるの♪)

隣でとろんとした目のキリアが嬉しそうに魔女のような高い声を上げた。

逆にドーラは低い声で唸る。 

「聞きてぇ事があんならさっさと…」

「ドーラァ、違うわよナンパよナンパぁw、いっひょに素材集めとか言ってたひぃ♪」 

「…素材ってお前ぇ、…こいつの××××××とかをか」 

「やぁだ、ひょれはキノコじゃないわよぉw。そりゃあ目の前にあったらドキドキするけどさぁぁぁ」 

「wwww、厳選キノコだといんだけどよぉ、まぁだ青キノコじゃねえのかぁ?」

「あwwおwwてww」

”二人だけが”盛り上がった挙句大失敗に終わった逆ナンパを思い出してドーラの口元がほころんだ。

 

 そしてキリアの事になるとどうしても2年前の事を、あのティガレックスとの邂逅を思い出さずにはいられない。

あの日、同じこの雪山でたった一人、息を切らし、雪に足元を取られながら、ドーラはキリアを殺した筈の年老いた轟竜=ティガレックスを追っていた。

村長であるオバァの昔話

 もう随分前になる、あの轟竜は毎年冬になると雪山をねぐらに来てたんもんだ。村の財産でもあるガウシカやポポを好きに食らう。ギルドに依頼しても知恵があるのか、G級のハンターがチームで討伐に来ると一向に姿を現さない。

いなくなると又現れては好き勝手をする。結局、雪山はあいつがいなくなったと判るまで立ち入り禁止にするしかなかったよ。

オバァは村からも望める雪山の稜線を眺めながら呟いた。

「久しくこないから死んだと思っていたけど、生きてたんだねぇ」

 

- あいつは足を引き摺っていた、尻尾もなく、爪も牙も折れたあいつに殆ど体力は残っていない -

目を血走らせてドーラは歩く。が、傍から見れば消耗しているのはドーラのほうだったろう。

防具は傷だらけ、ホットドリンクはとうに尽き、回復薬も体力をつける食料ももうない。

 喉が渇く、凍てつく空気を吸い込んで肺が泣き、吐息には血の匂い。打ち身と傷で体は悲鳴を上げている。

 かろうじて体に引っかかっているといった風の防具を纏い、随分と刃こぼれした大剣を後ろに引き摺って、よろめき、顎を上げて喘ぎながらもドーラは轟竜を追うのをやめない。

あと一振り、あと一振りを当てられれば奴は倒れる。

 

 クエスト前に交わしたおばぁとの約束、必ず生きて帰る、も脳裏から消えていた。

おばぁに否定はして見せたが、これがキリアのあだ討ちだと言う事も。

倒す。

唯一つの妄執だけがドーラの足を前に進めていた。

 

 エリア8へ、山頂へ。

飛び去った影と微かなペイントボールの匂いを追ってエリアに足を踏み入れた彼女の瞳に映ったのはぼろぼろの羽を伸ばしたティガレックスの後ろ姿。

「…! おい、何だよ。ふざけんなてめぇ!」

意外な展開に驚いたドーラは何があっても決して離さなかった大剣を放り出してび立っていくモンスターへ駆けだす。が想いに足が付いていかず、雪原へ無様に倒れこんだ。そこで自分が容易に走れない程体力を消耗していた事に驚く。

「戻れこの野郎!! ここに来い!」

顔をあげ、声を嗄らして叫ぶが、次第に小さくなって行く影は振り向く事すらなかった。

「ここまで遣り合って勝手に逃げんじゃねえ卑怯者!」

食いしばった歯の間から唸り声を吐きながら半身を起こす。

が、空にはもう何もない。

 狩りは終わった。

 

「畜生!畜生畜生!」

一人取り残され、雪の中に跪いて、何度も何度も雪原を殴りつけるドーラの視界が突然熱く潤んだ。

キリアの死を聞いたときから、いくら泣こうとしても流れなかった涙が堰を切ったように両目から溢れ、滴り落ちて下の雪に染みこむ。

その、流れ出る意外な暖かさに死地から還った安堵がわき上がって来るのを覚えながら、知らず、ドーラはキリアに何度も詫び続けていた。

敵を討てなかったことではなく、狩りに夢中になり、一時でもその存在を忘れた事を。

「お前、やっぱりハンターだなぁ」

見上げると傍らで赤いレウス装備に身を包んだ長身の女ハンターが笑っていた。

「へぇ? キリア…? 」

「何だよもう、きったねえ顔だなw」

「お前、あれ?確か死んだんじゃ」

「ンだよそれはw」

金髪のハンターはいつかのように笑いながらドーラを小突く。

 

 

 

 闇の中で目が覚めた。

風が強いのか、外から樹の枝がこすれる音が聞こえてくる。

「そろそろ時間だ」

体をゆすったのはチョコだ。

 

 

 


 
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