No.766412

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第六十八話

ムカミさん

第六十八話の投稿です。


しばらく拠点回らしい拠点回は無いかな、と思います。

2015-03-23 10:44:16 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4730   閲覧ユーザー数:3616

 

『近頃、周辺諸侯の動きに怪しいものがあるわ。一刀、体が治ったのなら武官としての仕事に専念してちょうだい』

 

一刀が華琳に直接そう言われたのは、華佗を送り出した翌日のことだった。

 

元よりそうするつもりだったとは言え、華琳がわざわざ声を掛けてくるとは、それだけ情勢が逼迫しているのかも知れない。

 

その辺りの詳しいところは桂花が知っているのだが、この分だと黒衣隊の隊長としての立場からも一度聞きに行った方が良さそうだと思われた。

 

だが、ひとまずは長年の間組み続けたルーティンをこなしつつ、体の細かい調子を見計らうことに決めた。

 

早朝の起床、ランニング、基礎トレーニングと問題無く進めていく。

 

が、初めに違和感を覚えたのはそれらに続く瞑想の時であった。

 

「…………?」

 

体の芯を何かが駆け抜けたような感覚。

 

それを感じたと同時、いつもの如く一刀の足元に丸くなっていたセキトが顔を上げ、不思議そうに一刀を見上げてきていた。

 

今のは何だったのか、と考えるも、それ以上その感覚は訪れず、セキトもすぐに顔を元に位置に戻す。

 

試しに拳を作って開いてを数度繰り返してみるも、特に変な感じは無いときた。

 

知らずの内に集中を乱してしまっただけか。そう考えて一刀は再び瞑想へと戻った。

 

 

 

朝食を挟んで午前中は火輪隊の訓練となっている。

 

この日の訓練内容は十文字及び近接戦闘訓練。

 

一刀は主に指示を出し、指導をし、兵達に訓練をつけていく。

 

先程覚えた違和感も忘れ、こちらこそは本当に問題無く、昼前には訓練を終えていた。

 

その後、昼食を挟んで鍛錬の時間。

 

梅と凪、そして斗詩と猪々子を一刀と菖蒲が見るという構成。

 

例によって例の如く、1対1あるいは1対2での仕合形式による鍛錬が始まった。

 

「よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

一刀が初めに相手取るのは凪と梅の2人同時であった。

 

元気よく挨拶をしてから、2人は出来る限り呼吸を合わせて一刀から有効打を取ろうとする。

 

2人一組で考えると攻撃役と防御役がはっきりしているのだが、これを相手取るのが中々難しい。

 

凪は手甲や脚甲による攻撃を主体とした近接型なのだが、大陸全体を見ても珍しい氣の使い手。

 

各攻撃の威力増加のみならず、油断すれば中距離からの攻撃も飛ばしてくる。

 

そのスタイルから攻撃一辺倒かと思いきや、梅と組んでいることを最大限に活かして少しでも危ないと感じればすぐに距離を取っていた。

 

一刀も本気で殺りにいっているわけでは無いために、凪に対してそこまで酷いフェイントは掛けていない。

 

そのため、ここまでのところ凪の特殊なヒット・アンド・アウェイは見事に嵌っていたのである。

 

そうなると必然、一刀の攻撃を一身に受けるのは梅。

 

一刀に教えられた基本に忠実に、どんな攻撃にも心を乱さず一つ一つ丁寧に捌いていく。

 

ずっと一刀や恋と組んでいた、というより組まされていただけあって、今となってはちょっとやそっとでは崩せない堅さがある。

 

そして隙を見出せばすかさず飛んでくるカウンター。

 

攻撃を仕掛ける側からすれば実にやりにくい相手となっていた。

 

激しい金属音を撒き散らし、3人は互いにくるくると立ち位置を入れ替えながら切り結ぶ。

 

何度目かの凪と梅の攻防入れ替えを機に、一刀も一度距離を取った。

 

「今日は動きがいいな、凪、梅。王道ながらも連携に穴も見えないし、剣や拳足に迷いが無い。

 

 今日の2人なら春蘭にも勝てるかも知れないぞ?」

 

「ありがとうございます、一刀殿。ですが、春蘭様に、というのはさすがに大袈裟かと……」

 

「一刀様に褒めて頂けたのはとても嬉しいです!ただ、一刀様もまだ本気を出されてはいないですし、確かな評価はその後でお願いします!」

 

一刀の褒め言葉に喜びはするものの、2人ともが自身を過大評価はしない。

 

かと言って自信を持っていないわけでも無い。それは梅の言葉にも表れていた。

 

2人の言葉を聞き、一刀はニヤリと笑む。

 

「そうだな、確かにその通りだ。よし、それじゃあ、より実戦に心持ちを近づけて続けようか」

 

『はいっ!』

 

会話を打ち切り、再び構える。

 

ここからはより際どいフェイントも混ぜていこう。そう考えると同時、一刀は自分から先に踏み出す。

 

攻められたら梅が防御。凪と梅の側はそのスタンスを崩さない。

 

きっちりと梅が攻撃を捌いて凪へのバトンを渡す。

 

一刀は凪が出てくるのに合わせて下がり、その猛攻に備える。

 

一瞬後、凪が飛び込んできた勢いをそのままに攻撃を開始。

 

ここまでは先程までと同じ展開だった。だが、一刀は仕合を再開する前に決めていた。まずは凪から叩こう、と。

 

そして、その時は今が良い、と考えた。

 

一刀はこれまでの数度と同じように凪の攻撃を捌きつつ様子を見る。

 

そして、凪の一際気合の篭った中段蹴りに的を絞った。

 

一刀はその攻撃をそれまでよりも前で受け止める。それは凪にとって今までとは違う手応えを感じさせただろう。

 

凪の攻撃のヒットに合わせて一刀はわざと少しだけ体勢を崩す。

 

すると、見事に凪は引っ掛かってしまった。

 

ここを好機と見た凪は、中途半端な距離にも関わらず猛虎蹴撃の構えを取る。それが凪にとっての命取りとなった。

 

「っ!?いけません、凪さんっ!」

 

梅がギリギリで一刀の意図に気付き、凪に警告を飛ばす。

 

が、時既に遅し。一刀はここ一番と見て強く地面を蹴ることで体勢の立て直しと接近を同時に試みようとしていた。

 

凪の、しまった、といった顔がはっきりと一刀の目に映る。

 

残念だったな、と心中で呟きつつ、凪を沈めようとして地を蹴りつけ――――接近の域を遥かに超え、一刀は自身でも予想外なことに、凪の背後にまで突き抜けていた。

 

「なっ!?」

 

凪の表情が一層驚愕に染まる。

 

「……えっ?」

 

しかし、それは一刀も同じだった。

 

慌てて振り向いた凪の目に映ったのは、今の出来事に困惑した様子の一刀の姿。

 

あまりにも異様な光景に凪は仕合の途中であることも忘れて拳を解いてしまっていた。

 

「あの……一刀殿。今のは一体?」

 

「…………すまないが、俺にも分からない。もしかしたら、これが華佗の言っていた奥義の影響とやらなのかも知れないが……」

 

続く言葉はどうしてか口には出せない。

 

一刀が感じたこと。それはある意味単純で、しかしそれ故に理解不能なことだった。

 

一瞬ながら、一刀の膂力が爆発的に増大した。それが一刀の感じたこと。

 

あの瞬間の一刀の踏み込みは恋や春蘭、菖蒲を始めとする各勢力トップクラスの武将が見せる驚異的な速度と距離を発揮していた。

 

当然、彼女達に膂力で劣る一刀にはそれが出来ようはずもない。

 

にも関わらず、それがはっきりと出来ていた。

 

ただ、もう一度やれと言われても、再現出来ないだろうことも分かっていた。

 

「す……すごいです、一刀様っ!今の一刀様の動き、まるで恋様みたいでした!」

 

こちらも同じく呆然としていた梅が我に返ると、直ぐ様一刀にそう声を掛けてくる。

 

一刀はそんな梅に苦笑を返すことしか出来なかった。

 

「傍から見てもそう感じたのか。これはもう疑う余地もほとんど無いみたいだが、それでも納得は出来ないな……」

 

以前として悩み続ける一刀に、凪が何事かを思い出すように考え込みながら推論を述べた。

 

「もしかすると……建業にて一刀殿が死の間際まで追いやられたことが原因なのでは?

 

 一刀殿がまだ眠らせていた闘争本能が目覚めたのではないかと思うのですが」

 

「俺はどこぞの異星人かよ……いや、それは無いだろう。死にかけている時の本能が云々と言うのは確かに聞いたことがある。

 

 だけど、それはその瞬間だけで、その後も続くようなものじゃないんだ。

 

 それに死にかけた場合は総じてその後暫くは寝込むことになる。そうなってしまうと、戦闘技術や況してや膂力なんて落ちるばかりで上がるはずが無いよ」

 

「ですが、私が真に氣の扱いを収得出来た時はそうだったのですが?

 

 あの時は鍛錬中に失態を犯してあわや、という状況でした。突然頭の中にそれまでの鍛錬風景が流れてきて、それで閃くことが出来たんです」

 

「それ、走馬灯じゃないか……?いや、何にしてもその時に凪の身に何も起こらなくて良かったよ……

 

 それに、その時の凪の”氣”と今の俺の”膂力”じゃあ問題が全然違うものだ。その理論は今回には当て嵌められないよ」

 

さらっと出された凪の壮絶な過去の経験に呆れとも感嘆ともつかない溜め息を吐いてしまう一刀。

 

それでも指摘することは忘れない。

 

「一刀様に元からそれだけの力があったのでは?」

 

「それも無いだろう。もう何年もずっと戦闘を繰り返しているんだ、今までずっと自分の力を見誤ってた、なんてことはさすがに、な」

 

梅の推論も今ひとつピンと来るものでは無い。

 

しかし、それ以上誰にも良い推論が浮かばず、3人してうんうん唸ることとなった。

 

そこにこちら側の異常に気がついた菖蒲達がやってくる。

 

「どうかされたのですか、一刀さん?」

 

「アニキが悩んでるなんてなんか意外だな~。明日は槍でも降るんじゃね?」

 

「文ちゃん!っもう!あ、でも確かに珍しい気はします。何かあったのですか?」

 

「ああ、それが――――」

 

一刀は改めて菖蒲達に先程の仕合中の流れを説明する。

 

それを聞き、共に悩むようになったのは菖蒲一人であった。

 

「それは……確かに、一刀さんがご自分の力を見誤り続けていたとは考え難いですね……」

 

「死の淵に立ったからといって、そこで成長する可能性があるのは精神的な領域のものになるはずだしな」

 

「膂力が突然、ということが不可解ですね……」

 

再確認しつつ悩み続ける一刀と菖蒲の様子に対し、首を傾げたのが斗詩と猪々子だった。

 

「なんでアニキ達は悩んでんだ?当たり前のことだろ?」

 

「当たり前?」

 

「あの……私も文ちゃんと同じ意見なのですが。一刀さんは恋さんと同じくらいの武を持っていらっしゃるのでは無いのですか?」

 

どうにも2人との間に認識の齟齬が発生している。

 

そう感じていたが、そこまで話が進んでからようやく一刀は思い出した。

 

「ああ、そうか。そう言えば2人は知らないのだったな」

 

「あ……すいません、私もすっかり失念していました」

 

「えっと……?」

 

困惑する斗詩に、一刀はかつて菖蒲を対象にして示したように腕相撲を仕掛け、それを実例にして己の膂力について説明する。

 

そうとは思わなかった斗詩と猪々子は目を丸くして驚く。

 

「と、とでも信じられません……」

 

「あれ?それじゃあ何でアニキはあんなに強いんだ?」

 

当然のようにその疑問が飛び出し、それに対する答えもいつも通りのもの。

 

「それは俺が膂力ではなく技術をもって戦っているからだ。この大陸には存在していない各種の技術。それが俺の生命線なわけだ」

 

「それが天の知識……私の炎天もその一部、なんですよね?」

 

「ん……まあそうだな。ただ、張飛の蛇矛も似た形を持っているし、あれ自体はこの大陸にとってそれほど新しいとは言えないかもしれないが」

 

少し話が逸れ掛けたところで猪々子が突然何かに気付いたように叫んだ。

 

「なあなあ!つまりアニキはその天の技術があったから恋と渡り合えてるって言ったよな?

 

 だったらさ、そこに恋みたいな膂力が加われば最強じゃねえの?!」

 

猪々子はいかにも、素晴らしい発見であるかのようにはしゃぐ。だが、それに対して一刀や菖蒲、そして斗詩もが渋い顔を示した。

 

「そんな簡単に事は運ばないんだよ、猪々子。むしろ、今回の原因が不明のまま頻発するようなら、俺は今までより格段に弱くなってしまうとも言えるんだ」

 

「へ?なんで?」

 

「それは一刀さんの武の形態に原因があるんです、猪々子さん。

 

 先程一刀さん自身も仰っていましたが、一刀さんは技術をもって高い武を体現しておられます。それには極めて精緻な身体操作を要するとのことで。

 

 もしそれが突発的な膂力の増加で崩れてしまうことを考えると、技術そのものが使えなくなる可能性がある、ということなんです」

 

「え?そうなのか、アニキ?」

 

「ああ、菖蒲の言う通りだ。加えて言えば、鍛錬中にも危険が増える。

 

 場合によってはただの鍛錬で洒落にならない怪我をどちらかが負うような事態にもなり兼ねない」

 

「文ちゃんは力押しばっかりだから想像しにくいかもしれないけど、七乃さんだと少しは想像し易いんじゃないかな?

 

 あんまりしたことが無いけど、もし七乃さんが武器の制御を誤ったら、って考えてみて?」

 

「ん~……おぉ、そりゃあ怖いぜ」

 

袁家の繋がりでどこかで鍛錬を共にしたことがあるのだろう、そこに想像を働かせて猪々子も納得したようだった。

 

全員の認識が一致したところで、一刀は話を戻す。

 

「とにかく、理由が分からないことには俺はそうそう仕合形式の鍛錬には参加出来そうにないな。いや、攻撃を自重すればいいのか……?

 

 取り敢えず、原因が分かるまでは俺は防御とちょっとした体術に徹底することにするよ」

 

「そうですね……出来るだけ早く一刀さんの不調の原因が分かればいいのですが……」

 

「だなぁ。今の情勢も考えると、このままの状態が長く続くのは思わしくないし。

 

 っと、大分中断しちゃったな。そろそろ鍛錬を再開しよう。時間は有限だ、勿体無い」

 

「そう、ですね。一刀さん、くれぐれもご無理はなさないでくださいね?」

 

「ああ、十分承知しているよ。ありがとう、菖蒲」

 

一刀の提案に頷いて再び離れていくその間際、菖蒲は一刀に念押しをする。

 

一刀もそれに諾を返し、凪と梅に変更した鍛錬内容を伝えて再開となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!…………ふっ!…………違うな……」

 

夜、残照どころか街から灯りという灯りが消え失せた闇の中、月の光を頼りに調練場にて特訓に励む者が一人。一刀である。

 

ここに来てからというもの、ずっと昼間の事象を再現しようとしていたのだが、未だその切っ掛けすら掴めていなかった。

 

これだけやって全く再現性が無いともなると、あれは気のせいだったのかとさえ思ってしまう。

 

だが、梅と凪もあの時の一刀の異常な膂力を目撃している。

 

本人を含めた3人が同時に錯覚を覚えるなぞ、その方がまず考えられない。

 

「……せめてもう一度だけ。それが出来ればきっと……」

 

現状、明日にでも武官には出陣が命じられてもおかしくは無い。

 

それ故にさしもの一刀も焦ってしまっているのであった。そして、その焦りが一刀から余裕を奪っており。

 

「お~お~、なんやえらい苦戦しとんなぁ。どないしたん、一刀?」

 

「っ!……なんだ、霞か」

 

背後から現れた霞に全く気付かず、思わず身構えてしまっていた。

 

「お?これまた珍しいもん見てもうたんとちゃう?今ちょっとビビったやろ?」

 

「言い訳も出来ないな。ちょっと自分では分からないくらい余裕を無くしていたみたいだ」

 

素直にそう答えた一刀に、霞は驚いた顔を見せる。

 

が、その表情も一刀から話を聞くとがらりと様相を一変させた。

 

「確かにそら、ちと問題やな。一刀でも焦ってまうんは分かるで」

 

「だろ?そんなわけで時間も無いし、こうやって原因を探っていたんだがな……」

 

その先に続く言葉は口にせずとも伝わっただろう。それだけ一刀の様子が雄弁に語っていたのである。

 

沈黙が落ちるかと思いきや、だったら、と霞がとある提案をする。

 

「それ、凪っちとの仕合中に起こったんやろ?やったら、今ここでウチと仕合すればええねん!」

 

「いや、だからそれは危険なんだって。技の途中で突然制御出来なくなったら、どうなるか予想も付かないんだから」

 

「それも含めて言っとるんやで?ウチを誰やと思てんねん。人呼んで”神速”の張遼やで!恋にも速度だけは絶対に負けへん自信があるわ!

 

 たとえ一刀がちょいと制御失っても、ウチやったらササッと避けたんで!」

 

自身の実力を微塵も疑っていないような、そんな顔で申し出をされた。

 

その勢いに押されて一刀も、霞ならば大丈夫か、と考え始める。

 

ただ、それでも承認する前に一つだけ確認を取ることにした。

 

「霞の申し出はありがたい。だけど、今は見ての通り完全に灯りが無い状態だ。

 

 あるのは月明かりだけ。霞はそんな状況での戦闘に経験はあるのか?」

 

「ちょいとだけやけどな。華雄のやつと夜襲を想定してやってみたことはあんで」

 

「それなら大丈夫かもな……分かった。すまないが、相手を頼めるか、霞?」

 

「当ったり前やで!ウチも一刀と仕合出来るんやったらそれで万々歳やしな!」

 

一も二も無い即答。それが一刀にとってとても有り難かった。

 

「ありがとう。だが、本当に気をつけてくれ。それと、やばいと思ったらその時点で仕合は中断するけど、それでいいかな?」

 

「おう、それでええで。ほな、早速始めよ始めよ♪」

 

 

 

仕合をするにあたり、互いにある程度の距離を取って向き合う。

 

開始の合図をどうしたものかと考えたが、結局音に委ねることにした。

 

「霞、今からこの小石を2人の中間付近目掛けて放り投げる。それが落ちた音を開始の合図としよう」

 

「よっしゃ、分かった!いつでもええで……」

 

はっきりとは見えずとも、霞の雰囲気が豹変したことを肌で感じる。

 

一刀もまたグッと下腹に力を入れて気合を入れ直した。

 

そして、手に持った小石を高く放り上げ――――コツン、と小さな音を立てて落下した。

 

瞬間、霞が闇の中、猛突進を仕掛けてくる。

 

暗所戦闘でも変わることの無い霞の積極性は、しかしきっちりと一刀の想定通りだった。

 

月明かり程度の明るさにもとうに目が慣れていたおかげもあって、一撃一撃丁寧に捌き続ける。

 

霞は彼女自身も言っていたように、攻撃の速度と回転が速い。

 

従って素早い判断と最小限に近い防御行動が必須であり、魏の全武将中2番目に神経を使う相手であった。

 

ちなみに1番は言わずもがな、恋である。何せ、彼女の攻撃は一撃でもまともに受ければその時点で仕合が決してしまうのだから。

 

ともあれ、軽快な金属音を調練場に響かせて2人は得物をぶつけ合う。

 

この暗がりにおいてどの程度フェイントが有効か判然としないものの、それが主武器となっている一刀は当然のように隙を見て仕掛けていく。

 

霞の目がいいのか、はたまた視界の悪さからより視覚情報を優先しているのか、意外なことに昼間よりも霞の掛かりが良い。

 

だが、さすがにあれだけの啖呵を切るだけあって、霞はフェイントに掛かりながらも一つとして有効打を許さなかった。

 

そうこうしている内に流れが少々悪くなったと感じた一刀が、少し距離を取って間を置こうとする。

 

しかし、させじと霞はピッタリと張り付いてきていた。

 

一刀の行動から霞は攻め時と見てさらに攻撃のギアを上げる。

 

「くっ……」

 

「ほれほれ!ドンドン行くで~!」

 

勢いに乗った攻撃をずんずんと仕掛けてくるこれは霞の必勝パターン。

 

持ち込まれると逃げ出すのは非常に困難な代物であった。

 

「ほっ!よっ!とうっ!」

 

「はっ!ふっ!……つあっ!」

 

留まることを知らぬ霞の連撃にどうにか食らいつく。

 

しかし、残念ながらこの日の霞は絶好調の様子。

 

耐えて耐えて隙を見出そうにも、その隙がほとんど生じないような状態であった。

 

「なんや、一刀~?そろそろ限界ちゃうん?」

 

「はっ、まだまだ余裕があるが?」

 

「ほぉ~、そうかい、なっ!」

 

「ふっ!……っ!?」

 

口では余裕を装ってみても疲労の蓄積した身体は騙すことが出来なかった。

 

霞から隙を見出すことが出来ぬまま、遂に一刀は僅かながらも体勢を崩されてしまう。

 

当然それを見逃す霞では無い。

 

「もろたで~っ!!」

 

嬉々として渾身の一撃を叩き込もうとする。

 

(これは……無理か。ならばっ……!)

 

己の状態を加味し、受け流しは不可能だと瞬時に判断。

 

一か八かではあるが、弾きに掛かることに決めた。

 

力負けを防ぐために出来る限り打点を前にしようと、乾坤一擲、全力で地を蹴りつける。

 

「はあぁっ!!」

 

気合と共に刀を振り、霞の戟と真っ向から切り結ぶ形となった。

 

互いの得物がほぼ中心でぶつかり合う。

 

(遅かったか……仕方な――)

 

「なっ……?」

 

「うおぅっ?!」

 

一刀が霞に押し切られることを覚悟した瞬間、予兆もなく互いの得物は弾かれ合った。

 

霞にとってもここで弾かれるのは予想外だったのだろう、今度は彼女の方から距離を取り、一刀に話しかけてきた。

 

「っとと……お~、まさか一刀にあんな形で押し負けるなんて思わんかったで。ちょいとビックリしたわ~」

 

「いや、違う……俺があの形から霞に競り勝てるはずが無いんだ。これは……」

 

「ってーと、今のんが凪っちとの仕合で起こったとかいう現象なんか?

 

 確かに一刀の力とは思えんほど強かったなぁ。でも春蘭とか菖蒲程や無いみたいやで?」

 

軽く頷きながら感心したように霞が言う。

 

一方で一刀は依然として晴れない表情を浮かべていた。

 

「あの時とは少し違うんだ……凪との時は前進の膂力が上昇した感じだった。が、今回はどう見ても腕力だけ。

 

 しかも、今回は実際に霞の戟を弾くまで自覚すら出来ていなかった……

 

 事象の発生だけじゃなくその自覚までもがランダム――無作為なんだとすれば、いよいよもって最悪の状況だ」

 

「ん~……ウチが思うに、今のんはそこまで強うなっとらんかったから自覚無かっただけちゃうのん?

 

 さっき聞いたんに比べたら、やけどな」

 

「む……そういう可能性もあるのか。だけど、それでも危険なことには変わりないんだよなぁ。

 

 結局、発生条件が分からないまま、更に悪い情報が一つ増えただけか」

 

これからどうするべきか、など考えるまでもなく一刀は結論を出していた。

 

それをこの場でまず霞に伝える。

 

「すまない、霞。やっぱりこれ以上こうやって仕合の中で探るのは危険そうだ。

 

 自覚が無いままの現象がある、と分かっただけでもよかったよ。大事が起こる前で。ありがとう」

 

「ま、しゃあないか。けど、一刀。またこうやって探るんやったらウチ呼んでな。

 

 一刀と仕合出来るんやったら多少の危険なんてなんぼのもんや、ってな」

 

「ああ、そうだな。その時が来たら、頼ませてもらうよ」

 

既に夜も遅い。明日の仕事に支障を来してはならないと、この会話を締めに一刀は調練場の片付けに入る。

 

霞も手伝ってくれようとはしたが、さすがに一仕合付き合ってもらった程度で片付けまで手伝わせるのは一刀の気が引けたために先に帰ってもらっていた。

 

テキパキと短時間で作業を終え、調練場を後にする一刀。

 

「ふぅ……なんだか厄介なことになっちゃったなぁ……」

 

今日一日の余りの出来事の連発に、思わず独り言が漏れ出てしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日からも一刀は時間が出来る度に事象の解明に躍起になった。

 

早朝の個人鍛錬から己の内側に目を向け、その変化を敏感に察知しようと試みる。

 

が、初日の凪との仕合で起こったような事象はどうしても起こらない。

 

時折、霞との仕合で起こったような事象は起こるものの、どうにも弱まっている感が否めなかった。

 

だが、だからと言って楽観視は出来ない。

 

例えほぼ事象が起こらなくなったとしても、解明への動きは決して止めまい、と心に刻んでいた。

 

 

 

それでも遅々として進まぬそれに転機が訪れたのは、長期戦になるかと覚悟し始めた4日目のことだった。

 

早朝のメニューの最後、坐禅による瞑想を行っていた時のこと。

 

「一刀殿~~っ!!」

 

遠くから大声を上げながら凪が駆けて来る。

 

ただ単に一刀を呼びに来たというわけでも無さそうな様子。

 

凪はそのまま一刀の前まで駆け寄ると伝達事項を口にする。

 

「一刀殿っ!華琳様から召集が――っ!」

 

「……ん?どうしたんだ、凪?」

 

途中で口を噤んだ凪に訝しむように尋ねる。

 

が、凪は軽く誤魔化して伝達事項の続きを述べた。

 

「い、いえ……華琳様から召集の命です。緊急の軍議を開く、とのことで」

 

「そうか。分かった、すぐに行こう」

 

坐禅を解いて一刀は立ち上がる。

 

そして凪とともに許昌へと向かって歩き出そうとしたところで、凪が一刀に伺いを立てた。

 

「あ、一刀殿。軍議の後、少しお時間よろしいでしょうか?」

 

「軍議の内容にも依るだろうが……どうかしたのか?」

 

「…………もしかするとですが、一刀殿に起こっている事象の原因が分かったかも知れません」

 

「……最優先で聞くことにしよう」

 

「はい。お願いします」

 

意外な内容に反応が一瞬遅れる。しかし、それは影を落としかけていた一刀の道に光を差す言葉なのだった。

 


 
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