18.怒りの鈴と、歪みの始まり
「…………どうした、隼人?」
次の日、なぜか目の下にクマを作った隼人に聞いてみると、力の無い笑みで返された。
「…………シグ」
「どうした?」
「…………女って、好きな人の事になると怖いね」
「…………………」
本当に何があったんだ……?明らかに衰弱してやがる。
「三人とも、おはよー。ねぇ、転校生の噂聞いた?」
「転校生?今の時期に?」
そう聞いたのは一夏だ。
確かに、もう少し時がたったならともかく、今のくらいの時期なら入学とほとんど大差ない。
「そうそう、なんでも中国の代表候補生なんだって」
「ふーん」
「あら、わたくしの存在を今さらながらに危ぶんで転入かしら」
我がクラスの代表候補生ことセシリアが、話を聞いて近づいてきた。なんとなく敵意に似ている気配が伝わっている。
「このクラスに転入してくるわけではないのだろう?騒ぐことのものでもあるまい」
続いて箒の登場。織斑兄弟の所にはすぐにこの二人が集まる。昨日も箒は一夏の傍にいたし、セシリアはパーティにはいたものの、隼人の姿を探してずっとキョロキョロしていたし。
ん?箒、ついさっきまで自分の席にいたはずでは………気にしたら負けだな。たぶん。
「そうなのか?まだどこに来るかわからないんじゃないのか?」
「……ううん、兄さん、その転入生は二組に行くんだよ」
「ん?そうなのか?」
「へぇ、どんなやつなんだろうな」
「む……気になるのか?」
「ん?ああ、少しは」
「ふん……」
箒の機嫌が悪くなる。そして一夏が箒の様子を見て首を傾げる。
変わらない夫婦漫才を見ながら、グッタリしたままの隼人に小さく声をかける。
「………で、お前はその転入生になにかされたのか?」
「(ピクッ)…………なんでそう思ったの?」
「転入生の話題が出た時点で鳥肌が立っていたら、嫌でも気づくわ……」
「アハハハ………まぁ、大したことではないよ」
乾いた笑いが隼人の口から洩れる。
適当に隼人の背中を擦りながら、俺も小さく欠伸をする。
最近は何かと徹夜する日々が多い。簪と一緒にISに関する知識や武器についての情報を教え合い、簪がデータを入力して理屈で通じないところは魔法や「特殊技」を使ってなんとかする。という作業を延々とやっているからだ。
俺は元より、簪も今までに無いくらい良い速度でISが作れているからか、一緒に深夜まで頑張っているのだ。ついでに、昨日ふと思いついたものを作ろうとして、今の所一睡もしていない。ベットに飛び込んだらそのまま寝られる自信がある。
とはいえ、簪も寝不足のせいか、頬を赤らめながら俺の事をチラチラ見ているし……今度説得して休日でも作ろうかな………。
「織斑くん、がんばってねー」
「フリーパスのためぬもね!」
「今のところ専用機を持っているクラスは一組と四組だけだから、余裕だよ」
「………四組?それって――――」
「―――――その情報、古いよ」
なんか気になることを言っていたので聞こうとしたら、教室の扉の方から聞こえてきた知らない声。
「二組も専用気持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」
体は小柄だが、それを感じさせない自信にあふれた声。
突然の来客に全員が戸惑う中、一夏だけが皆とは違う反応を見せた。
「鈴?……お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生。
フッと挑発気味に小さく笑い、その場にいる全員を睨みつけるように鋭く見ている。
「何格好つけているんだ?すげぇ似合わないぞ」
「んなっ……!なんてことを言うのよ、アンタは!」
「鈴…………なんで今ここにいるの?」
「うるさいわね、隼人!アンタが昨日言っていたことを確認するためでしょうが!」
「………馬鹿なことを」
「何か言った⁉」
「おい」
「何よ!何か文句でも――――」
バシンッ‼
強気で言い返そうとした凰の頭に黒い物質、もとい出席簿が頭を直撃した。
当然、その後ろには鬼教師。
「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」
「ち、千冬さん……」
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入口を塞ぐな。邪魔だ」
「す、すみません………」
すげぇ。さっきまで自信満々だった鈴の表情が一瞬にして固まってやがる。
だが、鈴はまだ言い足りないのか、一夏を強く睨んだ。
「また後で来るからね!逃げないでよ、一夏!
――――――…………………‼」
「………(ゾクッ)!?」
ダッシュで帰る前に、何故か俺に殺気込みで睨まれた。………まて、俺はあの人と話したことすらないぞ。何故睨まれた?
そして、例によって一夏たちに親しい女子が登場したのでセシリアと箒を筆頭に質問攻め。箒は浮気(?)調査で、セシリアも隼人と親しそうな雰囲気を見たから似たような感じなのだろう。
どうでもいいが、彼女達には織斑教師が見えていないのだろうか?
バシンッ、バシンッ、バシンッ、バシンッ!
「席に就け、馬鹿ども」
高速かつ凄まじい出席簿アタックの餌食になる女子たち。
……俺? 鈴の後ろに鬼教師が見えた時点で席に戻りましたけど?
余談だが、あの転入生のせいで箒とセシリアが何度か出席簿の餌食になった。……そして、その怒りは一夏に向けられるんだろうな、きっと。合掌。
「ふわ~………」
時間は飛んで昼。一夏達とは食事を食べずに、ここ最近通っている場所に向かう。
とはいえ眠い。眠すぎる。
このちょうどいい気温が徹夜の頭を程よく刺激してくる。
「……“―――紅蓮に光る赤き光明よ。そのちか”ふあぁぁぁぁ………」
眠気覚ましに魔法をやろうとすれば欠伸で止められた。
……ほんと、今日は速く寝るか。
「あ…………」
「よ、簪。相変わらず速いな」
小動物のように簪が小さく首を横に振る。その可愛らしい仕草が心を和ませる。
「そういえば、どれくらい完成したんだ?」
「………もうほとんど。あとは各部分の微調整だけ」
「ってことは、今度テストもしてみるか。一度実戦もして武器のデータも取っておいた方がいいしな」
「でも………相手がいない」
「俺がいるだろ?」
「…………!……いいの?」
「当たり前だ。俺だって助かっているんだし、それくらいは喜んでやるさ」
「でも………生身、だよね?」
「もちろん。あ~、でも………手加減なんかしたら遠慮なくぶっ飛ばすからな?」
「……テストだから、本気はダメ」
「それじゃあ、攻撃は全部凸ピンで」
「……!?」
驚いたような顔で見る簪の頭を優しくなでる。それを簪は嫌そうにするわけでもなく、大人しく撫でられる。
最初の時と比べて、お互いに大分話すようになった。……といっても、IS関連の事が主なのだが、それでも親しくなったのは確かだ。
「………シグくんの方は?」
「俺も半分くらいは完成したかな。クラス代表戦……には間に合わないけど、その少し後には完成するはずだ」
「速いね……」
「一応、こういう物づくりには慣れているんでね。それに、簪も十分速いさ」
データを打ち込んでいくときのスピード。一度……「たぶれっと」?とか言う物に使わせてもらったが、それを何個も操る技術なんて中々できない。
大まかなところを“特殊技”を使って楽をしている分、簪のように一からやれる自信は正直ない。
「(フラッ)――――っ?」
「……?大丈夫?」
「………っ。……寝不足だ、心配するな」
さすがに……ほぼ毎日徹夜で、少し無理しすぎたか。今日は少し早く切り上げ(クイックイッ)……ん?
「………休まないと、ダメ」
簪が俺の腕の袖を引っ張り、真剣な目で見たままそう言った。
「いや、大丈夫だって簪。今日は少し早く寝るから」
「――――休んで‼‼」
「(ビクッ!)は、はい!……って、え?か、簪?」
グイ~~ッと簪に扉の方まで押され、バタンッ!と、そのまま扉を閉められた。
「…………………………」
思わず呆然とする。
……心配、してくれているんだよな。
「………とりあえず、寝るか……」
昼休憩も長くはないが……このままサボれば、良い時間になるだろう。たしか、織斑教師の担当する授業は無いはずだし。
大きく欠伸をしながら、部屋……には戻らず、別の場所に行く。今くらいの天気なら、屋上の方が気持ちいいんだよな~。
「…………………」
シグ君が欠伸をしながらどこかに向かった。
生徒会長である、更識楯無はそれを見つけたけれど、シグを追う気になれなかった。
「…………簪ちゃんと、関わっていた?」
いつから?私が簪ちゃんを頼もうとした、ずっと前から?
でも、なんで簪ちゃんと関わっていたの?本音が言った……?……いえ、それなら一言私に言うはずなのに。
なら―――――自然と会って、それで仲良くなった?
……なんで、シグ君は私と簪ちゃんを仲良くさせようとした事を拒んだの?
――――――私と、簪ちゃんを仲良くさせたくなかった……?
次々と楯無の頭の中に疑問が思い浮かぶ。
普段なら「なーんだ、さっすがシグ君♪」と、流せるはずなのに、楯無は何かに取りつかれたかのように考えることを止めなかった。
頭の中で、『何かが』ささやいた
ズルイ。
ズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイ
頭の中で繰り返される、嫉妬に似た、強い怒り。
ワタシハ、ナカヨク デキナカッタノニ。
ワタシノ バショヲ、トッタ?
ワタシト ナカヨクサセナイヨウニ シテイタ?
憎しみの感情が、理不尽の怒りが、シグに向けられる。
その怒りは、ただ叱ったり嫌がらせをするだけでは収まらないほどの殺意に変わっていく。
「………仕事、しなきゃ」
フラッと楯無はおぼつかない足で来た道を戻っていく。
今は、ダメだ。
もうすぐクラス代表戦がある。それに向けて、生徒会も仕事をしないといけない。
だから、それまでは。
――――――それが終わったら。
作られた世界が、楯無の感情を操作していた。
――――部外者である、シグを殺すために。仲の良い、楯無を使おうとしていた。
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