秋菜「着いたな。姉者、ここから中の様子は伺えますか?」
許昌を出て2日目の夜、私達はようやく洛陽付近にある丘へとやって来た。
バイクで移動とは言え、慎重に大回りしてここまで来たのだ。
誰かに遭遇する事はなかったが、多少時間を掛け過ぎた感もある。
ちなみにこの前日、お父様達は既に虎牢関を突破し、洛陽を目と鼻の先に捉えてから休息を取っているとの事。流石である
咲希「余裕だな。ちょっと待ってろ」
ここからだと、洛陽付近を一望できる。
洛陽からこの丘までの距離も、1kmあるかないかだ。余裕で私の索敵圏内だな
私は共感覚をオンにし、闇夜に紛れている洛陽の人間の気配を察知した。
ラッキーだったな。将軍も兵も、全員配置されている
正確な数はわからないが、洛陽の南側、つまりは虎牢関方面の平原には約5万人以上からなる大軍が控えていた。
かなり横に広がった陣形を取っているな。
お父様の部隊は3万人弱だから、恐らく包囲する為の布陣にしているのだろう
前衛は、確認出来る範囲で言えば、鈴々さん、思春さん、斗詩さん、麗羽さん、それに恐らく梁山泊の人間が一人、将軍としてまとめているな。
妥当な配置だろう。
だが、少し気になるのは、愛紗さんと春蘭さんの姿が見えない事。
恐らくだが伏兵としてどこかに配置されている
中衛は紫苑さん…ということは、弓兵部隊がいる事になる。
完全なるサポート役となっているな
後衛に華琳さん、蓮華さん、桃香さんが配置されている。
各王が堂々とああして構えていると、なかなか壮観ではあるな
最後衛には各国の軍師、風さん、冥琳さん、朱里さん、雛里さんが控えている。
今さらだが、三国でも最高峰と言われている軍師が揃い踏みだと、この一戦、それだけで苦戦しそうだな。まぁ、お父様なら余裕だろうが
蓮鏡「聞いた限りじゃ、勝てる気がしないわね」
凪紗「そうですね。各国のトップが揃い踏みですから」
恐らく誰に聞いても、こんな布陣とは戦いたくはないと答えるだろう。
それに対して嬉々として戦おうとするお母様達は、やはり頭がおかしいのかもしれない
秋菜「洛陽内の様子はどうですか?」
秋菜に促され、今度は洛陽内に意識を向けてみる
街にいる人間の多くは恐らくヤク中の人間だろう。さっきから視える感情の色がコロコロ変わっている。
それと、軍人もチラホラいるな。その軍人が、三国の人間なのか、それとも梁山泊なのか。そこまでの判断は流石に出来ない
次に視たのが城の中。恐らくラスボスが踏ん反り返っている場所になる。
ラスボスとは常に、城の一番上に居るもの、という私の中のイメージに従い、まずはそこを知覚する事にしてみた
咲希「…ッ!?」
知覚した瞬間、嫌でもその気配に気付いた。
恐らく玉座の間であろう一帯が、巨大な氣の塊に覆われていた。
その禍々しい灰色の氣の中に、それとは反するように清らかな白い氣の持ち主がいた。
なんだこいつは?本当に人間なのか?
強さで言えば、恋姉さんや華雄さん以上の人間。多分、二人掛かりでも怪しいレベルの人間だ。
おまけに魔力持ち、それも月姉さん以上の化け物。その魔力が全身に巡っていた。
そして、さらに私を驚かしたのは、私が徐福を知覚した瞬間、徐福が間違いなくこちらを見た事。そして見た瞬間、一瞬だけ歓喜の感情が混じった事。
あいつは…私に気付いた。
だが、気付いただけで動く気配がない。それどころか、間違いなく私に向けて、口元に指を当てた。黙っててやると言わんばかりに…
あれが徐福か。ふざけているほど人間離れしているな。そして、間違いなく遊んでやがる
咲希「悪い。見つかった」
悠香「うぇぇ!?なんで!?」
悠香の驚く声に同意する様に、他三人の目も見開かれていた
咲希「あぁ。だが、どういう訳かそれを報告する素振りもない」
一応今も監視しているが、やはり動く気配はない。
それどころか、私を見ていろと言わんばかりに踏ん反り返っている。
氣の流れも、魔力の流れも変わる事はない。本当に何もしない気だ
蓮鏡「舐められてる?」
咲希「あぁ。間違いなくな」
凪紗「我々相手にいい度胸ですね」
悠香「そうだねー。そんな奴が咲希姉にぶっ飛ばされると思うと、ちょっと愉快だけどね」
悠香の言う通りだ。相手は確かに化け物だろう。それは認めてやる。
だが、私は武力だけで言えば、その更に上の化け物だという自覚がある。負けはない
秋菜「徐福の事はわかった。じゃあ次は、人質の所在についてお願いします」
徐福のあまりの存在感に忘れかけていたが、本来ならこの救出任務が私達の主な仕事なのだ。優先順位で言えば、そちらの方が上だ
私は城内の索敵をより細かくしてみる。
すると、二箇所ほど人が固まっている空間があった。
一つは地上の、城内でも外れの方にある空間。
もう一つは城内の中心に近い付近の地下だ
咲希「候補が二つある。一つは…氣の大きさからして子ども。この氣は確か、鈴々さんの子か?」
まずは地上の方を見てみる。そこには子どもの、鈴々さんに似た氣の持ち主がいた。
確か星彩とか言ったな。なるほど、だから鈴々さんの氣が乱れて、怒りに満ちていたのか。
自分の子どもを取られて冷静で居られる人間なんて、そうそういないだろうからな
悠香「子どもを人質に取るなんて最低だね」
悠香にしては珍しく、静かに怒りを露わにしていた。
幼稚園でも働いている悠香にしてみれば、許せない事なのだろう
咲希「なら、地下の方には……いたいた。猪々子さんだ。それと桜さん、京さん、高順さん、翠さんも居るな。それと…あぁ、この人が月姉さんの言ってた梁山泊の宋江ってやつか」
それぞれ微妙に離れているところを見ると、独房にぶち込まれているのだろう。
負傷しているだろう猪々子さんと高順さんの氣が少し小さいが、死ぬ程ではない。
桜さんと京さんに至っては無傷で、翠さんもほぼ全快に近いな。
この事は後で月姉さんにも報告しないとな
さて、宋江に関してだが。
能力で言えば恋姉さんや華雄さんレベル、だけど二人には勝てないだろうという感じだ。
愛紗さんや春蘭さんレベルよりは強いかもしれないが。
所々体にある氣が乱れている事から、傷があって完治していないのだろう。
状況から見て、徐福にやられたに違いない
ん?待て。北郷さんはどこだ?こんな事態の引き金的存在がいない?
地上にいた星彩の側には居なかったが…
咲希「一体どこに……っと、へぇ、あれは…」
地下のさらに詳しい情報を集め、北郷さんを探そうとすると、北郷さんのものではない、見慣れた氣を察知した。
その氣が、色が、なんとも複雑そうだった
猪々子視点
この地下牢に来て、どれほどの時間が経ったのだろう。
陽の光を感じられないこの空間だと、日にちの感覚がおかしくなってくる。
今が昼なのか夜なのか、随分と曖昧になって来た。
なんか、おかしくなっちまいそうだ
猪々子「お嬢はこんなところに一カ月もぶち込まれていたんですよね」
劉協「そうであるな。しかも、今より状況は悪いぞ。我一人で、食事も満足にとれなかったからな」
18年前と言えば、お嬢はまだ子どもだ。
そんな子どもが、満足に食事も貰えずこんな空間に居たと思うと、ゾッとするな。
お嬢の精神半端ねぇな
ガラガラ
猪々子「お、帰ってきたかな」
鉄の格子が開かれる音が聞こえる。ここしばらくでは随分と耳慣れた音。
つまりは、アニキがどこかに連れ去られて、帰ってきた音だ
猪々子「アニキおかえりー。アニキ、いつもどこに連れてかれて……お前…」
アニキだと思い、声を掛けて音のする方へ向くと、そこにはアニキではない女性の姿があった
友紀……いや、王異…
友紀「久しぶりですね、猪々子さん。気分はどうですか?」
王異は感情の抑揚が感じられない静かな声で言った。それに対しても、腹が立った
猪々子「最低だよ。テメェみたいな裏切り者を見てさらにな!」
友紀「えぇ。そうでしょうね」
チッ!何澄ました顔してやがる!
猪々子「テメェがこんなところに何の用だ?テメェの面なんざ見たくねぇからさっさと失せろ」
友紀「私もあなたに用はありません。なので、放っておいてください」
猪々子「んだと!?」
王異はあたいになんか目もくれず、とある牢屋の鍵を開け、中に入っていった
あそこは確か、翠がいた…まずい!
猪々子「翠!起きろ!」
あたいは叫んだ。
その瞬間、徐福から受けた傷が痛んだが、そんなものは気にせずに叫んだ
翠「あぁ?なん…お前…ガフッ!」
翠が気付いた時には既に遅く、翠は友紀に蹴り飛ばされていた
猪々子「王異!やめろ!」
そんなあたいの声は届かないのか、王異は悶絶する翠を蹴り続けていた
友紀「まったく…許せないなぁ。なんでお前がまだ生きてんだ?あぁ!?」
猪々子「王異やめろ!それ以上やってみろ!あたいはテメェを許さねぇぞ!」
話には聞いていたが、目の前でこうして王異が容赦無く翠を蹴り続けているところを見ると、認めざるを得ない。
それまであたいは、友紀ならいつか、許してくれるんじゃねぇかって期待していた。
だって、あんなに仲良く飯食ったり、飲んだりしてたんだ。
一回くらいのケンカなら仕方ねぇと思ってた。
一回やり合えば、それで済むと思っていたからだ
だけど友紀は、王異は翠を本気で憎んでいる。本気で殺そうとしている。
こいつの怒りは、あたいの想像以上だった!
翠「ガハッ!ゴホッ!ゲホッ!」
友紀「チッ!安心しな。痛めつけはするが、お前達は殺さねぇよ。恐らく明日の明朝、【晋】がここを攻めてくる。お前達を助けにな。それを迎撃すんのが、三国の人間だ。どうだ?笑えるだろ?お前らみてぇなクズ助けるために、何万って人間が死に、お前らの大切な人間が殺し合うんだ!なぁ、今どんな気分だよ?お前らの勝手で人が死んでいくってどんな気分だ?そいつらにも家族や大切がいたのに、お前らはそれを考えたのかよ!?答えろ!」
友紀は咳き込む翠を蹴り続け、最後に大振りの蹴りを一発入れてようやく止めた
友紀の言葉が、きっとこの場のみんなの心に刺さる。
この場の誰もが、平和を願いながらも、その間逆とも取れる戦争をして来たのだから。
群雄割拠の時代、誰もが自らの理想の為に戦ってきた。
あたいはもちろん、麗羽様や桃香、華琳に蓮華も、より良い世界の為に戦い続けた。
だけど、全員が全員、そんな崇高な理想を抱いていた訳ではない。
ただ私服を肥やす為の奴、殺したいだけの奴ってのもいる。
それに付き合わされるのは、兵士なのだ。
生活の為、あるいは誰か大切なものの為に戦わざるを得ない彼らは、上の命令には絶対だった
それが当たり前の時代。
もちろん、兵士の事を考えた事はあるが、深くはなかったかもしれない。
あたいらも兵士達も、命は平等なのに…
翠「グッ…あたしは…」
友紀「ねぇよなぁ!?じゃなきゃ、私の姉が死ぬ訳ねぇもんなぁ!私より優秀な姉がよぉ!?」
王異は再び思い切り踏んづけた。まるで聞く耳を持とうとはしなかった
劉協「!?」
友紀「明日、三国と【晋】がぶつかる。お前達の為にだ。だが、例え【晋】が打ち勝ったとしても、お前達は助からない。その前にお前達は処刑される手筈になっているからな。明日の…早くて午前に、鬼が迎えに来るだろうよ。それまでは、せいぜいこうなった事を後悔して、震えながら過ごせ。じゃあな」
そう言って王異は荒々しく扉を閉め、出て行ってしまった。
後に残されたのは、いまだ咳き込み続ける翠だけだ
猪々子「翠、無事か?」
翠「ゲホッ…あぁ、まぁな。治りかけてた傷が開いたくらいだ…」
とりあえずは無事らしい。
だけど、流石に声に覇気がない。ここの脱出を考えてたけど、厳しくなりそうだ
猪々子「チッ!あいつ、絶対許さねぇ」
王異…次会ったら、あたいが倍にして返して…
劉協「なぁ、猪々子」
あたいが王異に報復をすると決めた時、お嬢があたいに声をかけてきた。
その声音がなんとも、困惑しているようだった
劉協「先程の奴は、本当に敵なのか?」
徐福視点
不老不死の体を手に入れて、ずいぶんと時が過ぎていったが、これ程に心踊る日が来たのは、何十年振りであろう?
五胡を上手く扇動し三国とぶつけさせ、巧みに人身掌握をして洛陽を乗っ取り、人質を盾にして目の前で戦を起こさせたり…
そして先程、おおよそ人とは思えん禍々しい氣を放つ女子を見つけた
洛陽から一里も離れていない丘に、五人程の強者の氣を感じ取った
その中でも一際目立つのが、何らかの力でこの洛陽一帯の空間把握、情報収集をしていた女
まさか、人間のまま、あの域に達した者がいようとは思わなかった
いや、最早あやつは、人間ではないのかもしれん
そう、例えるなら鬼
戦う事に特化した、人の姿をした怪物
それ程までにあやつは異質
世界の理すら力でねじ伏せてしまう勢いにある程
こんなものがこの世界に居たと思うと、悦びを隠しきれない
やはり、こんな事をやって良かった
あの鬼に会えるだけで、この事をやった意味が出てきた
そしてそれは、この先にも可能性がある事を示唆する
世界はまだまだ、余の知らない事で溢れておる!
徐福「まこと、これじゃから人は良い」
恐らく、五人は隠密で救出作戦に来ているのだろうが、見つけた事は見逃してやろう
あの鬼、余があちらに気付いた事に気付いておる
じゃから、そんなにも禍々しい殺気を放つのじゃろう?
期待しておるぞ、鬼よ
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