部屋の中はむせかえりそうになるほどの熱気と淫靡な雰囲気で溢れている。寝台の上には三人の美女が生まれたままの姿で絡み合っていた。
一人は愛らしいと以外表現できないような金髪の美少女。名は曹孟徳、大国魏の覇王である。常人ならば閨の中では多少なりと気が抜けてしまう、しかも行為の終わった後となればなおさらだ。しかし、彼女の双眸はそのような気配も見せず全てを見透かしてしまう様な気さえ起こさせる。
二人目は左目に眼帯をした凛々しい美女。名は夏候元譲、魏武の大剣と畏怖される魏の将軍である。しかし、現在彼女はやや顔を赤く染めながら、それでいて安心し尽くした童女のように曹操に身体を寄せながら眠りについていた。
三人目は麗人と表現するのが最もしっくりくるだろう。名は夏候妙才、姉に夏候元譲を持つ魏の将軍である。弓の名手で武でも姉に引けを取らない。今は二人の姉妹の体液で濡れてしまったであろう彼女らの主人、曹操の体を清潔な手拭いで拭いていた。
この二人の姉妹は魏王曹操の従妹に当たり、幼いころから共に育ってきた気心の知れた仲である。
女性同士の性行為に当惑するかもしれないがこの時代ではさして珍しいものではない。
「ねぇ、秋蘭」
秋蘭とは夏候妙才の真名である。
「華琳様、いかがなさいました?」
秋蘭は顔だけを曹操の方に向けた。彼女の手は少しでも早く主人の体を綺麗にしようと動かされたままだ。
「最近は大変でしょう?」
「大変とはどういうことですか?仕事の方はいつも通りにこなしていますが」
秋蘭は何のことかわからないといった表情で答えた。
「仕事のことじゃないわ。私が言いたかったのは閨でのことよ」
「いいえ。大変などとは滅相もありません。私は華琳様と閨を共にすることができるだけで幸せです」
秋蘭は真剣にそう答える。彼女の眼に曇りはなく主人のことを真摯に見つめていた。
「はぁ、秋蘭は私のこととなると急に察しが悪くなるわね。言い直すわ。最近は私と一刀の二人を閨で相手にしなければいけないからそれが大変じゃないかって聞いたのよ。もしそうなら一刀には少し自重してもらわないといけないしね」
皮肉を込めたように言って、意地悪く微笑んだ。
「…それは」
秋蘭は一刀の名が出た瞬間に少し顔を歪めて、華琳の質問に対しても口ごもってしまった。
「どうしたのハッキリ言いなさい。別に怒ったりしないから。相手はあの魏の種馬の異名を持つ一刀のことだものしかたないといえばしかたないけれど」
溜息を吐きながら先を促す。
「いえ…私と姉者はあの時以来、一刀と閨を共にしていません」
「はぁ!?信じられないわ!あの一刀が」
滅多なことでは驚いたりしない華琳が跳ねるように上体を起こし、眼を見開き秋蘭の方を見た。
「はい。私自身も信じられませんが本当です」
普段通りの表情をしようとしているのだろうが秋蘭の顔は俯きがちで影が差していた。
曲がりなりにも自分が体を許した、おそらく最初で最後になるであろう男と一度しか閨を共にしていない。閨を共にした状況が状況だったとは言え、秋蘭も一人の女であることには変わりない。
男性に身体を委ねる。それは今まで女性としか閨を共にしたことがなかった秋蘭にはよほど勇気がいったことだろう。それぐらい一刀に心を許し、華琳ほどとまでは言わないが惹かれていたことに変わりはないのだから。
「機会がなかった…そんなことはありえないわね。一刀なら意識していても無意識的であってもそういう状況にならない筈がないわ」
華琳は思案するように眼を瞑る。
「……」
秋蘭はその様子をじっと見ていただけだった。
「どうにも解せないわね。そういえば一刀はほかの娘とは閨を共にしているのかしら?」
「直接見たわけではありませんが2~3日前に北郷隊の三人が私のところに来まして「今晩の予定は?」など「どのようにして閨の相手を満足させるんですか?」聞いてきましたから、おそらく」
「私の可愛い春蘭と秋蘭を蔑にするなんてどういう了見かしら?もしくだらない理由だったら頸を刎ねることにするわ」
「そ、それは…」
「あら、秋蘭あなたはこのままでいいとでも言うつもり?」
「……」
「貴女たちは私が丹精込めて大事に育て上げたのよ。それを蔑にすることは私に対する侮蔑することと同義よ。主君に対する反抗は死罪、そうでしょう?」
華琳は背筋が凍ってしまいそうになるような冷たい笑みを浮かべた。むろん彼女の眼はまったく笑ってはいなかった。
「……かりんさまぁ~…ぐぅ…」
剣呑な雰囲気の中、突然部屋に響いたのは春蘭の寝言と穏やかな寝息だった。春蘭は幸せそうな寝顔のままさらに華琳の方に身を寄せた。
そんな秋蘭の姿を見て華琳と周蘭は少し笑みをこぼした。同時に部屋の雰囲気も柔らかいものへと変わる。
「ふっ、姉者らしいというか」
「そうね。だから春蘭は見ていて飽きないわ。それはそうと一刀のことこのままでいいの?」
「私と姉者は華琳様に忠誠を誓う者であれば男などに気を取られている暇などありません。であれば私がすべきは華琳様の御為に尽力するそれだけです」
「本当にそれでいいのね?夏候妙才」
華琳はわざと真名でなく秋蘭の公の名で尋ねた。
「……」
秋蘭は黙り込むしかなかった。彼女自身もわかっていないのだ自分の本心が。ただここでその問いに頸を縦に振ることはできなかった。
「ふふっ、可愛いわね。いいでしょう、明日一刀に私から話をしてみるわ」
秋蘭は主人の言葉に何も言わずに頭を下げた。
「明日もやるべきことは山ほどあるわ。もう寝ることにしましょう。秋蘭、もういいからあなたもここにきて横になりなさい」
華琳は春蘭の寝ている所とは逆のあいた場所をポンポンと叩いてそう促した。
「はい、それでは失礼します」
そして夜は更けていった。
翌日、華琳は一刀を自らの執務室に呼び出していた。もちろん昨日の閨でのことを聞くためだ。
「それで華琳どうしたんだよ急に呼び出したりして。俺なんか怒られるようなことしたか?」
「さぁどうかしらね、なにか心当たりでもあるのかしら?」
「う~ん、最近は怒られるほど大きな失敗はしてないと思うんだけど」
「そうかしら?それはそうとこの前の報告見たわ。順調に街での犯罪発生率が下がっているみたいね」
「??あ、あぁ凪も真桜も沙和も頑張ってくれてるからな」
急な話の転換に戸惑いながらも警邏隊のことを褒められ一刀の口が緩んだ。
「それはそうとあなたの種馬っぷりはよ~く聞いてるわ。そこのところどうなのかしら?」
「やめてくれよその種馬っての。それじゃ俺がただの女好きの節操なしみたいじゃないか」
一刀は少し溜息を吐きながら答えた。
「あら違うのかしら?」
「うっ…俺は閨を共にする時はちゃんと合意してもらってからしてるよ。強引に迫ったりは絶対にしない。これだけは言える、俺は相手の女の子が好きでその女の子も俺のことを好きだって言ってくれる。これ以外の場合は絶対に手を出さない」
「……それじゃ春蘭と秋蘭のことは別に好きでもなんでもない、そう言いたいの?」
「っ!?……」
一刀は黙り込んでなにも答えなかった。
「聞いたわ。あなたがあの時以来、春蘭と秋蘭と閨を共にしてないってね」
「……」
「なにが気に入らないというの?私のお手付きだから?あの娘たちは私が大事に育て上げた大切な2人よ。何が気に入らないと言うのかしら?」
華琳は少々語気を荒くして一刀を問い詰める。
「……」
「黙ってちゃ何もわからないでしょう。早く答えなさい、命令よ。もし私が納得するような理由じゃなかったら即刻あなたの頸を刎ねてあげるわ」
華琳は傍らに置いてあった『絶』を持ち、刃の部分を一刀の首筋に当てた。
「……だろ」
「聞こえないわ」
一刀は唇を噛みしめた。その口の端からは血が滲んでいた。
「嫌いなわけないだろ!!」
「!?」
華琳はいきなりの一刀の大声に驚いた。その拍子で『絶』持つ手がぶれて刃が喉の皮膚に触れて一筋赤い血が流れた。
「いきなり怒鳴ってごめん…。俺が春蘭と秋蘭のことを嫌いだとか気に入らないとか、そんなことあるわけないじゃないか。それはこれからどれだけ時間が経っても変わらないし、変えるつもりもない。絶対に……」
「それじゃあどうして」
「もうすぐ警邏に行く時間だから俺はもう行くよ」
一刀は華琳の言葉を遮るようにして執務室の扉の方に歩いていった。
部屋を出る直前、一刀は一言「ゴメン」と華琳にぎりぎり聞こえるくらいの声で言った。
いちおう昨日の閨でのことは姉者にも話してある。くれぐれも他言しないように釘は刺しておいた。
この廊下を曲がれば執務室に着く所まで来たとき曲がった先から誰かが歩いて来る足音が聞こえた。
「ん?秋蘭、この時間に誰か華琳様の執務室に来る予定などあったか?私は記憶していないのだが」
「昨日言っていただろう?華琳様が北郷を呼び出して話をすると」
「む、そうだったか?北郷のやつ華琳様に迷惑などかけてはいないだろうな?」
「それは大丈夫だろう。いくら種馬の北郷といえどもおいそれと華琳様に手は出さないさ。もしそうだとしても華琳様の不興を買ったら北郷の首と胴がおさらばするだけだろうさ」
「そうだな!秋蘭の言う通りだ!」
足音は二人して話しながら笑っている間にすぐそばまで近づいていた。
「なんか物騒な話してるな」
「な!?聞いていたのか!?」
二人は驚いたように一刀の方を見た。
「あ、あぁ春蘭の声はよく響くからな」
「むぅ、そうだったのか…」
「自覚してなかったのかよ」
春蘭は少ししゅんとしてしまった。それと入れ替わるように秋蘭が声をかけてきた。
「それで北郷、今日はどういう用件で華琳様に呼び出されたのだ?」
「そ、それは…。さ、最近警邏隊の仕事の成果が上がってきたからそれで褒められたんだ。これから警邏だから凪と真桜と沙和を褒めてやらないと」
「…そうか。いや、なんだか憂鬱そうな顔をしていたからな」
「そうか?自分じゃわからなかった。でも心配いらないよ。じゃあ俺は仕事があるからこれで」
一刀はそう言って春蘭と秋蘭が来た方に歩いていった。
「姉者」
「ん?どうした秋蘭」
「早く華琳様の所にいくぞ」
「そういえば北郷はどうしたのだ?」
「もう行ってしまったよ。これから警邏の仕事があるらしい」
「まったくあいつは何も言わずに行ってしまうとは」
「はぁ北郷はちゃんともう仕事に行くと言っていたぞ。姉者が聞いていなかっただけだ」
「そうか…」
「ほぅ姉者はなにか声をかけて欲しかったのか?」
秋蘭はニヤニヤしながら春蘭に言った。
「なななな、なにを言っている!そ、そんなことあるわけないではないか」
「ふふ、そうだな」
「そうだ!早く華琳様のところ行くぞ!」
春蘭は早足で執務室の方に歩いて行く。その背中を追いかけるように秋蘭も続いた。
華琳の執務室の扉の前についた春蘭と秋蘭は扉を叩き、入室した。
「ずいぶん早かったのね。一刀はさっきまでこの部屋にいたのよ」
華琳は椅子に腰を下ろした体勢で机の上の書簡を見ながら二人に言った。
「さきほどそこの廊下で会いました」
「あら、そうだったの?それで一刀はなにか言ってた?」
「特に何も。警邏隊のことで褒められたとしか」
「そう、他に変わった様子はなかった?」
「なぜかいつもより暗い感じがしました。姉者は何か気付いたことはあるか?」
「そうだな、なんだか辛そうな感じがしたな。なにか悩んでいるような」
「…」
「…」
「ん?秋蘭、私がなにかおかしなことを言ったか?」
「いや、姉者は北郷のことをよく見ているなと思って感心していたところだ」
「はぁ!?べ、別に私はあんな奴のことなどどうも思っていない!」
「あらあら、秋蘭はなにも春蘭が一刀をどう思っているかなんて聞いてなかったみたいだけど?」
華琳は意地悪そうに笑いながら春蘭に言う。
「か、華琳さまぁ~」
「まさか姉者がこれほど北郷のことを」
秋蘭の言葉を遮るようにして春蘭が叫ぶ。
「私は別に北郷のことなど好きでも何でもない!!」
「姉者、私は姉者が北郷のことを好きなどとは一言も言ってはいないのだが」
「~~~~~~~~!?」
春蘭は顔を真っ赤にして口をパクパクしている。
「やっぱり春蘭は可愛いわね。ねぇ秋蘭?」
「同感です」
「春蘭で遊ぶのもこれくらいにしてさっき一刀と話をした内容を教えることにしましょう」
「「……」」
春蘭と秋蘭は黙って華琳の言葉に耳を傾ける。華琳は先ほどあったことの次第を話した。
一刀が華琳に怒鳴ったことを話したところで二人は無言で武器を取り出し一刀の所の駆けだそうとしたのだが華琳が引き止めて事なきをえた。
「一刀はあなた達二人のことを嫌いになったとかそういうことは絶対ない。これからもずっと嫌いになるなんてありえないと言っていたわ」
「そうなのか…」
「ではなぜ一刀は?」
「そこまではわからなかったわ。ただすごく悲しそうな顔をしていたわ」
「「「……」」」
三人の間に沈黙が落ちた。
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この話は偽√が詰まったときに適当に書いていただけの作品です。なのであまり期待しない方がよろしいかと。
以前、外伝として投稿すると言っていたので一応投稿することにします。
この作品はまだ完成していないし、自分が本当に書きたいのは偽√の話なので続きを投稿できるかわかりません。もし需要があるようでしたらこちらの話が比較的短いのでこちらを先に優先します。
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