No.764800

物語の始まりに

piyoさん

ファンタジーでの剣の打ち合いの場面を書きたかった。

2015-03-16 05:09:28 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:252   閲覧ユーザー数:245

 
 

明かりもないまま、街道はずれのけもの道を駆け抜ける。

周囲は木々に囲まれ、辛うじて見える前方の背中だけを追う。

吹きつける風の中、懐かしい匂いをスートは感じていた。

不意に、幼い記憶がよみがえる。

子供のころに見つけた森の中の泉、そこで遊んだ友達。

同じ村の子供達、それから大切に思っていた妹の事。

胸に揺れる稚拙なペンダントを強く、優しく握りしめる。

今は亡きスゥべリの為に、自分がしてやれる事…。

感傷を振り払い、前方を見据える。

右手が小さく挙げられた。停止の合図、同じように後方へ伝える。

遠目に小さな明かりが見えた、おそらくあれが目標だろう。

「よし、揃っているな。手早くやるぞ。ベルド、ヒッケル、ファム、

 先行しろ。それから、スート」

「はい、なにか?」

「俺の緑の発光石をやる、シェスナが苦戦するようなら砕け。

 それから、まず間違いなく探知される。それでも、ある程度踏みとどまって

 風で火を回してもらわなければ、厳しいだろうな」

「…解りました。

 シェスナをサポートしながら、刺客を排除。

 作戦が終わるまで守りきって、撤退時には追っ手を引き受ければいいんですね?」

「その通りだ。なりふり構っていられない事になりそうだからな。

 撤退時にはベルドも付ける、そっちの指揮はお前が執れ。

 周辺の地理に一番明るいのはお前だ、安全な道を選んで退けよ」

「はい、了解です」

「出来るだけ敵は引き付ける、シェスナを任せたぞ」

発光石を受け取り、素早く森のなかへ消える隊長を見送った。

「シェスナ、ちょっといいか?」

「はい、どうぞ」

「風で火を運ぶ時、効率重視で遠慮なく運んでくれ。

 抵抗されても、それを押しのけるくらいに思いっきりな」

「わかりました」

「隊長は探知されるだろうと言っていた。

 どうせばれるなら、やりたい様にやって構わない。

 探知された後の事は俺に任せろ、いいな?」

「はい、了解です。あの、スートさん」

「どうした?」

「もしもの時は、私の発光石を持っていてください」

「あぁ…。わかったけど、なにかあるのか?」

「きっと、スートさんの助けになりますから」

よくわからないまま頷いて見せる。

そのままスートとシェスナは、隠れる様に茂みの中に潜り込んだ。

シェスナは静かに、緑の発光石に祈りを込める。

暫しの静寂の後、風が木々を荒々しく撫で始めた。

まるで剣先が眼前をかすめる様に、強く鋭く鳴り響く。

スートが祈りを込めたところで、これほどの風は起こせない。

シェスナは緑の発光石との適性を見込まれて、この作戦の要を任されている。

茂みから顔を出し辺りを窺うと、前方が赤く染まり始めた。

突風と思えるほどの勢いで、絶え間なく風がうなり続けている。

「スートさん、…おそらく見つかりました」

絞り出すような声に、シェスナを振り返る。

「まだ、いけそうか?」

額に汗を浮かべながら、一心に祈り続けるシェスナ。

眉間に刻まれている皺が、かかる重圧の強さを物語る。

人ひとり飛ばせる程の風を、村一つ入る広範囲に渡って起こし続ける。

それも、抵抗する力に抗いながら。

いったいどれ程の負担を受け続けているのか、スートには安い想像しかできない。

「いけます。付け入る隙を与えなければ、風はこちらの味方です。それよりも…」

「あぁ、俺の出番だな。任せておけ」

隊長から預かった発光石を、祈りを込めながら掌で砕く。

これでシェスナと周囲の風はより親和性を増すはずだ。

「これは隊長の奢りだ」

「…ありがとうございます」

シェスナの表情が、僅かに緩んだのを見届ける。

茂みを抜け出し、前方を伺える場所に身を伏せる。

ここからでも、うねるような炎が木造の建物を飲み込むのが見えた。

人影が二つ、まっすぐこちらに駆けてくる。

はっきりこちらの居場所をつかんでいるのだろう。

辺りを警戒している様子もない。慌てているのか、余裕があるのか。

シェスナが派手にやったのなら、おそらくは前者だ。

相手には悪いが、この隙に付け入らない手はない。

男達は風に煽られながら、懸命に足運ぶ。

風を両の手で抑えるその姿は、無防備にも等しい。

先頭の男が脇を通るのに合わせて、スートは足に直剣を叩き込む。

そのまま振りかぶり、後続の男の首の根元に剣撃を叩きつけた。

スートは一度伏せ、周囲を素早く見渡す。

新手が無いのを確認し、足を抑え悶える男に止めを刺す。

とりあえず追っ手を差し向けた程度の対処だとしたら、

指揮系統にかなりの混乱を与えられたという事だろう。

今だ風がうなり続けている。

前方を警戒するスートのすぐ後方で声がかけられた。

「スート!撤退だ!」

「ベルド!いつの間に…」

「この風だ、耳が使えん。回り込まれると一気に囲まれるぞ」

「確かにな。そっちの首尾は?」

「上々だ、隊長が先に俺達から退けと。まだ火の中にいるが、そろそろ抜け出す頃だろう。

 敵の混乱は大きいと見えるが、数が多い。急ぐぞ」

「わかった、シェスナ!」

茂みの中に声をかけるが、返事はない。

慌てて茂みの中を覗き込む。

木に寄りかかりこうべを垂れたシェスナの力なく握られた掌の中で、

発光石だけが力強く緑光を放っていた。

「シェスナ!もういい、良くやった。撤退するぞ」

肩をゆすってみるが、反応が返ってこない。

呼吸はある。力を使いすぎて昏倒したのだろうか。

とにかく、シェスナは抱えていくしかなさそうだ。

「おい、どうしたんだ?」

シェスナの装備を急いで外していく。

「ベルド、お前も装備を外せ。荷物は俺が持つ、お前はシェスナをおぶって走れ」

ふと、シェスナの掌から発光石が零れ落ちる。

スートはそれを、自身の腰のポーチにしまい込んだ。

スートが先導して、しばらく駆け通した。

風のうなりは止んでいるが、発光石は未だに光を放ち続けている。

「スート…」

「分かっている」

暫く前から、後方からの気配を感じていた。徐々に、追いつかれている。

暗い森の中、痕跡を追いながら追跡するにしても、

距離を詰めることなど可能なのだろうか。

スートは2度、3度と方向を変え、脳裏の地図を辿る。

少し森の開けた、小さな湖に辿り着く。

「ここから先はほとんど一本道だ。ベルド、いってくれ」

スートは手早く余計な装備を解いていく。

「やるのか?、ならおれも…」

「いや、シェスナの安全が優先だ。俺が残る」

「バカを言え、お前だけ置いていけるかよ!」

「バカはお前だ、振り切れそうもないなら抑えるしかない。

 俺たちと違って、シェスナの代えはきかないからな。

 …シェスナを運んでいるのはお前。当然の答えだ。」

「お前…、きたねぇぞ!最初っからそのつも…」

「この場の指揮は俺に任されている!さっさと退け!」

ベルドは言葉を噛み殺し、シェスナをおぶったまま器用に剣を差し出す。

「……。無茶はするなよ、直ぐに戻ってくる」

スートが頷き剣を受け取ると、ベルドは駈け出して行った。

追っ手はおそらく3人。

あれほどの風を起こせる適正者を深追い出来る程ならば、

その力量に自信のある者達だろう。

余計な装備を地面に下し、直剣を手に取り静かに待つ。

前方の茂みの中から、人影が3つゆっくりと歩み出す。

そのまま二人が、止まることなく距離を詰めてくる。

徐々にお互いの距離を離しながら、左右に開く。

正面には一人。それぞれの動きに迷いがなかった。手馴れている。

直剣を固く握りしめ、狙いを澄ます。

スートに呼応するかのようにシェスナの発光石が一層光を増し、風が静かに回り始める。

瞬間、スートは右手に飛び出した。

渾身の力で駆け、小さな所作で突きを繰り出す。

自分でも驚くほど、体が軽く動いた。

風が一度、強く吹き抜ける。剣を構えた男の動きが、一間遅れる。

受けようと突き出された剣を抜き、右手の男の胸に深々と刺さった。

そのまま剣を捨て、ベルドの直剣を抜き払う。

自分の体を取り巻くように、不思議な風が吹いている。

手にしている直剣が、まるで小枝の様に軽い。

左手の男が駈け出す。

淡い赤色光の後、スートに向けて火球が三つ放たれる。

当たらない、何故かそれが解った。

スートはまっすぐ、男を迎え撃つ。風が少し、強さを増した。

火球はぶれる様に軌道を変え、スートを捉える事無く通り過ぎた。

男は臆することなく突っ込んでくる。

正面から振り下ろされる剣は、やはり風の流れに阻まれ挙措が遅れた。

遅れて振り下ろしたスートの直剣が、男の体を袈裟懸けに切り倒す。

そのまま、残りの一人と対峙する。

相手は動くことなく、青く輝く発光石を頭上に掲げた。

突如として泉の中に、幾つもの水柱が立ち上る。

青色光は強さを増し、呼応するように伸び上がった水柱がスートの頭上に降りかかる。

一つ、2つと難無く躱す。しかし、相手との距離を詰められない。

三つ躱した所で、徐々に体が重さを取り戻している事に気が付く。

地面に突き立つ水柱を風が捕えているようだ。

躱す度に取り巻く風が弱くなり、六つ目を躱すとスートを取り巻いていた周囲の風が止んでしまった。

続く水柱の追撃を飛び退って躱す、すでに動きの余裕が奪われている。

体勢を立て直すと同時、とっさに剣を構えた。

風に捕われていない水柱から、拳大の水の飛礫が飛び出す。

剣だけでは受け止められず、鈍い衝撃が体を貫く。

一呼吸の後、打ち出された剣を辛うじて受け止める。

風を封じられ、機先を奪われ、それでも剣撃を受けられたのは偶然だった。

体勢を整える事もままならず、じりじりと押し込まれる。

月明かりと青緑色の光に照らされて、相手の顔がうかび上がる。

鍔を押し合い、視線を交わす。同時、お互い息をのむ。

「スート…」

「…ルヴィア」

幼い頃の記憶。楽しそうに笑うスート、ルヴィア、村の子供達。そして、妹のスゥベリ。

しかし、お互いに寸分の力も抜かない。

「…剣を、納められない?」

「それは…、無理な相談だな」

「私を、殺したいの?」

「お前があの国の民だと言うのなら、そうなる」

「皆がそうするから、貴方もそうするの?流されるままに」

「違うな、これは俺の意志だ」

「嘘、ありえない。スゥが許さないもの」

「…。許されない事はない。これはスゥとの約束だ」

「…貴方の一方的な約束じゃなくて?」

「だとしても、俺の答えは変わらない」

「やっぱり、流されているだけじゃない。

 間違えているって、気付かないの?」

「詭弁だな、お前も俺を殺したいんだろ?」

「思い込みの激しいところ、変わってないみたいね」

「何がだ。お前も…」

「私は殺したいんじゃない。殺さずにいて、あげてるの!」

ルヴィアが一層強く踏み込み、飛び退る。

押し返そうとした所で、スートは一瞬体制を崩す。

気が付いたその瞬間、水柱に押しつぶされていた。

呻きが水泡に変わり、水柱の中に漂う。

水柱の中で水が激しくうねり、体中を押さえつける。

逃れようともがくが、腕さえまともに上がらない。

そのまま息が切れるまで、水の中で縛り続けられた。

スートは息を吹き返す、目の前には突き付けられた剣先。

「自分の馬鹿さ加減に気が付いた?」

ルヴィアは静かにスートを見つめる。

「なぜ生かしておくのか、って?…だから貴方は馬鹿なのよ。

 自分勝手に決めつけて、スゥの想いにも気が付かない」

「そのスゥを殺した奴らが、それを口にするのかよ!

 お前もあの国の人間なんだろ!」

「半分はその通り。でもね、もう半分は貴方と同じよ。

 私の中には相反する国同士の血が流れているの」

ルヴィアの瞳は揺るがない。

怒りもなく、哀れみもなく、静かな光でスートを見つめる。

「…何が、言いたい?」

「私はね、どちらの国の歯車にもかみ合わなかった。

 どちらについても、私は半分殺されてしまうのよ。

 殺し合って、壊し合って、奪い合って。

 そんなものが国の前提にあるから、私の生きる場所なんて無かった。

 スゥはね、その事をちゃんと分かっていたわ。

 あの子はいつも、なんて言っていた?

 無為に殺し合うことを受け入れた貴方を、笑って見送ったの?」

「……」

「だから貴方は馬鹿なのよ、本当の答えが傍にあったって言うのに。

 偽りに唆されて、思い込んで。挙句にこんな所で、のたれ死ぬの…」

「…もう、わかった。…俺の話はもういい」

いつも傍にいたスゥべリ。

彼女の言葉はいつも優しかった。

その言葉が目の前の現実から離れているほど、遠くに感じ、

スートが成長する度に、現状を知る度に、少しづつ分かっているふりをしていた気がする。

スートは力なく、夜空を仰ぐ。

「それで、…お前はどうしたいんだ?」

ルヴィアは剣を鞘に納め、スートに手を差し伸べた。

涼やかな意思を湛えたルヴィアの瞳が、まっすぐにスートを見つめる。

「人々の心を縛るしがらみを打ち壊して、

 無為に殺し合う事のない国に暮らしたい。

 それが私の、スゥの答えよ」

スートは一度目を閉じる。

一息で肺に溜まった空気を吐き出す。

二つの国を相手に、たった二人で何ができるというのだろうか?

馬鹿げた話だ、無意味な決意だ。そんなこと、できるはずが…。

眼を開ける。ルヴィアの瞳は、臆することなくスートを貫く。

「……。馬鹿なのは、お互い様だな」

それでも、スゥベリの為に生きていたい。

仇を討つためではなく、彼女の望むものがあるというのなら…。

 

そしてスートは、ルヴィアの手を取った。

 
 

 
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