百合樹の迷宮2
【リッキィ】
エトリアの迷宮を踏破した私達は噂を辿って新しい迷宮へと足を向けていた。
新しい迷宮に新しい街。新鮮な感覚に心躍らせながら少しずつ潜っていった。
いくら私達が熟練の冒険者だったとしても慢心していたら、この場所が恐ろしい
樹海だということを改めて思い知らされるだろう。
それを味わう時は大切なものを失う可能性が非常に高い。
そう私が感じた時は既に手遅れだったのだ。
「リッキィ危ない!」
ぶしゅっ!
魔物の集団と対峙して私が一匹の魔物に集中していた時に他の魔物が私めがけて
剣のような大きく鋭い爪を振りかざしてきたのをラクーナが体を張って受け止めた。
しかし、ラクーナの頑丈な鎧や盾をものともしないその鋭い爪が彼女の体を
深々と切り裂いた。
「ラクーナ!」
「リッキィ、ここは一旦引くぞ!」
目の前の惨状と状況のまずさにアーサーは逃げる準備とアリアドネの糸を持って
私に叫ぶように声をかけた。
私はラクーナの血が体全体にかかって震えるのをハイランダーが支えて
ラクーナを抱えながら全力でその場を逃走した。
魔物の気配を遠くに感じたアーサーは息を一つ吐いてからアリアドネの糸を使って
街へと帰還した。
エトリアの英雄と呼ばれてるとはいえ、少し隙を作った途端これである。
ラクーナの苦しそうな表情に血の気が引いて頭が真っ白になる私にサイモンが
優しい声で元気づけてくれた。
怪我をした冒険者を治療する施設に向かうまでは、まだ大丈夫だと安心していたから。
でも…ラクーナを見た医者は難しい顔をしながらサイモンと話しをしていると
サイモンも先ほどとは違う険しい顔をしていた。
「ラ、ラクーナは?」
「それがな…」
どうやら迷宮内でも珍しい毒をもった魔物だったらしく、その毒を解毒できる材料が
ないというのだ。下手をすると意識が戻らないかもしれないという。
「そんな・・・!」
「落ち着け、リッキィ。毒があるんだ、どこかにその毒を消せる材料があるはずだ」
「で、でも・・・」
「急ぐ必要はあるが、無理をしてはいけない・・・。とりあえず今日は宿で休もう」
「うん・・・」
とてもそんな気分ではないけれど、ひどく体が疲れていることもありサイモンの
言葉に頷いて私はふらふらした足取りで宿まで歩いていった。
『リッキィ、たまには一緒に寝ようか』
部屋に戻ると窓際に笑顔で私を迎えるラクーナの・・・幻が見えた。
最初から生活に慣れない私のことを自分のことのように親身になって私を支えてくれた
ラクーナがそこにいないことが未だに信じられない。
気を緩むと涙が溢れてしまいそうになる。
食事も喉が通らなかったし、私のことを気遣うみんなの気持ちもありがたいけれど。
今の私の中には絶望しかなかった。
私のせいだ、私が迂闊な行動をしたせいで一番大切な人がいなくなりそうになってる。
私のせいだ…。
昨日までラクーナが寝ていたベッドに頭をこすり付けるように座り込んで
声にならない嗚咽を出しながら深く深く泣いていた。
どれくらい時間が経ったかわからない頃、トントンとドアをノックする音が聞こえた
後、部屋の中に入ってきたのはハイランダーだった。
「・・・」
「どうかした?」
普段から無口でだけど考えてることを相手に伝えるのが上手い彼は崩れ落ちそうな
私の体を優しく抱えてベッドに横たわらせてくれた。
「・・・」
「え?」
彼の口からはラクーナの体に回った毒を消せる材料がわかると言ったのだ。
びっくりした私は何を言えばいいのかわからないでいると彼は私を立ち上がらせた後、
私を連れて外へと出た。
綺麗な満月と星が広がる深い夜の中、私を待っていたと思われるアーサーとサイモンが
笑顔で私を迎えていた。
「さっき酒場で聞いたんだが、同じような毒で苦しんでいたパーティーのメディックに
聞いたんだが、どうやら迷宮の中に毒を消せる効能の薬草があるらしい」
サイモンが真剣な眼差しで私を見つめながら説明をする。
「それがその薬草が姿を現すのは深夜の間らしい。ここんとこ昼間の探索しかしてない
我々には見つからないはずだ。夜しか採取できないなんて不思議だけどな」
「その情報信用していいの・・・?」
同じ冒険者だからって良い人だとは限らない、冒険者同士で騙し合う話もよく聞くし
私達だって少なからず経験はあるから。
「どっちにしろ我々のできることは確認に行くくらいしかない。他に治せる手段を
見つけられてないんだからな」
「大丈夫だ、リッキィ。何かあっても俺たちが何とかしてやるって」
みんないつも以上に普段通りにしているから私は焦っていた気持ちも少しずつ
落ち着かせていった。そうだ、この感覚が探索をする面で一番大事なのだ。
平静を失ったらこの樹海に取り殺されてしまうだろう。
「じゃあ、気をつけて行きましょう」
一度来た道だけど、深夜に歩いているとまた違った姿を見せてくる。
敵の気配に十分に注意を払いながら採取場に辿り着くとそこには。
「ちっ、あの時の敵がいやがるな・・・」
「っ・・・! ラクーナの仇・・・!」
「しっ」
採取場のど真ん中で寝ている魔物に私はカッとなって銃口を向けるとハイランダーが
私の前に手を伸ばして静かにするように、という仕草をする。
何をするのかと思いながら息を潜めると彼は一人足音を消しながら寝ている魔物へと
近寄っていく。起こさないように周囲を見渡すと手を伸ばす様子が見えた。
そしてそろそろと忍び足のまま私達の方へ帰ってきた。手にはそれなりの量の
綺麗な青色をした花があった。彼は満足した表情をして、魔物を起こさないように
私たちはその場を去っていった。
「ねぇ、どうして倒そうとしなかったの?」
「・・・」
サイモンとアーサーの後ろで私はハイランダーに疑問を持ったことを投げかけると
意外な反応が返ってきた。
下手に刺激して無駄に自分たちが傷つく必要はないだろうって。
そのことをラクーナだって望んじゃいないって。
「うっ・・・」
ラクーナの私を守る姿を思い出して泣きそうになるのを彼は私の頭を撫でながら
慰めてくれた。
これで直に良くなるだろうっていう言葉に安心して肩に入っていた力が抜けていった。
街に戻ってすぐ医者に薬草を持って相談をすると、珍しいものをみたような反応を示し
すぐにそれを使った解毒剤を調合しにいった。
「どうやら情報は本当のようだったな」
「あぁ、安心したぜ」
サイモンとアーサーは医者の言葉に安心してホッとした様子で空いている場所に
それぞれ座っていたけど、私はそのまま立って様子を伺っていた。
するとしばらくしてから戻ってきてラクーナに投薬をするから誰か様子を見るかと
言ったので私はすかさず手を挙げていた。
「私でいいですか」
「えぇ、構わないよ」
メディックでもない私に医者は笑顔で対応してくれたので特に問題はないようだ。
ラクーナが寝ているベッドに案内されてから解毒剤を入れた注射をラクーナの腕に
徐々に刺していって打った。
私の胸は張り裂けそうなくらいドキドキしていたが、打ってから少し時間が経つと
青ざめていた顔色がよくなっていった。それを見た医者は私に一声かけてその場から
離れていった。
「ラクーナ・・・」
暖かくなっていく彼女の手を愛おしく握りながら何度も・・・何度も彼女の名前を
私は口にしていた。
「リッキィ」
私はいつの間に寝ていたのか、近くから声が聞こえてきて顔を上げると
目の前に寝込んでいたはずのラクーナが笑顔で私の名前を呼んでいた。
その笑顔は私がずっと求めていた愛くるしい笑顔であった。
「ラクーナ・・・よかった・・・よかった・・・!」
「心配させたようでごめんなさいね」
涙を零しながらラクーナを見ていると、ラクーナは私の涙を指で拭ってから
頭を撫でてくれた。
「泣き虫なお嬢さんね」
「しょうがないでしょおぉ・・・」
「ふふっ」
一日くらいしか経っていないのにこのやり取りが随分久しぶりに感じていた。
それから私は治療薬ができるまでの話をラクーナにしていると少し驚いた様子で
その後にサイモンたちと同じように安堵の溜息をついていた。
「リッキィが無茶をしなくてよかったわ。リッキィが何かあったら今度は
私がどうにかなってしまいそう」
「まぁ、そうなると薬できないし」
「や、そういう意味じゃなくてね・・・」
顔を赤くしながらラクーナは頭を軽く掻くと。
「私の大事なリッキィが傷つくのは見たくなかったからさ・・・」
「ラクーナ・・・」
個室ではないけれど、その部屋に他の患者がいなかったせいか、その場の雰囲気が
よかったせいなのか、私はラクーナに吸い込まれるようにして口を重ねていた。
「ちゅっ・・・ちゅぱっ・・・」
口から声とキスの音が漏れているのが聞こえて興奮してくるのがわかる。
どれくらいの時間キスをしていたかわからないくらい夢中になっていて仲間に背後から
声をかけられるまで気付かなかった。
もちろんその後はキスしてるとこを見られて恥ずかしすぎて
暫く顔を上げられなかったけど、元気そうにしているラクーナの姿を見ると
幸せいっぱいになってそういう些細なことはどうでもよく思えるのだった。
「ということでさっそくスタミナつけに食べに飲みにいっくわよ~!」
「えぇ、病み上がりなのに!?」
宿屋でゆっくり休むのかと思いきや途中で酒場を見つけたラクーナは目を輝かせて
向いていた方向を変えて酒場に向けて歩き出していた。
私は慌ててラクーナに声をかけるとラクーナは私の腕を掴んでこう言った。
「気持ちもお腹もきっちり満たされないとね!ほらっリッキィもいくわよ~」
「もう~・・・!」
みんなも少し呆れながらもラクーナのその元気な様子を見て嬉しそうにしながら
みんなで酒場の中へ入っていった。
中には情報を提供してくれたギルドもいて、その人たちを交えてちょっとした
宴会を始めたのであった。こういう何気ない出会いからの付き合いも彼女を通して
好きになれたんだったと再確認した。
すっかり酔って宿に戻ったらラクーナは服を着替えてベッドの上に横になると
私に向けて手招きをしてきた。その時の表情が妙におっさんぽくて。
「リッキィ、愛してる」
「もうしょうがないパラディンね」
みんなの頼りになる聖騎士がこんな情けない姿をして甘えるのを見ていると・・・
ちょっと可愛く思えてくる。酔っ払って情けない姿を見せるのはみんなにもするけど
こうやって甘えてくることは私にしかしないからちょっとした優越感を味わえる。
「一緒に寝てあげるから、静かにしなさいよ。病み上がりなんだから」
「はーい」
ちょっと子供っぽいラクーナと一緒のベッドに入って目を瞑ると
ラクーナの温もりと匂いに安心したのか私はすぐに眠りに就いていた。
この温もりを手放さないように、私はもっと強くならないといけない。
前ほど気負いはなく、私にはみんながいて恋人のラクーナがいるんだから。
みんなと一緒に強くなっていこうとそう強く思ったのだった。
お終い
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久しぶりの二人の百合なお話。エトリアから離れて放浪するギルドのちょっとシリアスな内容です。時間があったらまたストーリーでもやろうかなとか思ったり。新世界樹Ⅱの二人も書いてみたいけど、なかなか構築できない、でもぜひ書きたい(〃^艸^〃)❤