真恋姫無双 幻夢伝 小ネタ14 『天下三分の計』
山々の間から染み出てくる風に、人々が凍える時期となった。晩秋の蜀。朝は厚い霧に覆われ、それが晴れると天を突き刺すような痛々しい山がそびえる。わずかに広がる平野には、収穫を終えた灰色の田畑が広がっている。もうすぐ長い冬がやってくる。それを思うと、人々の心は一層寒くなるのだ。
しかし、この成都の空気は違った。町行く人々の心は幾分か高揚し、商売のかけ声も心なしか大きい。
数日前、一刀たちが入城した。彼らの統治者が変わったのだ。
「お館様、劉璋の移送を完了しましたぞ」
一刀の執務室に桔梗が入ってきた。
「ありがとう……桔梗は平気だった?」
と、一刀は気を使った。彼に懐柔されて寝返ったとはいえ、旧主を目の前にすると贖罪の念が湧いてきたのではないだろうか。
ところが、彼女は吐き捨てるように言った。
「あんな男、どうでもよいわい。ワシの顔を見るなり、小便をちびりおったわ。あやつに仕えていたこと自体が、ワシの恥じゃ」
巴郡の太守として民を守っていた彼女にとって、自らの華美な生活のために民を苦しめる主君の姿は、耐えがたいものであったに違いない。それでも、その語気の強さに、一刀は「そ、そうか」と言ってたじろいだ。
その時、疲れた表情の桃香が現れた。後ろからは鈴々、朱里、雛里、そして焔耶が付いてきている。
「ご主人様、やっと終わりましたよ。はあ~、疲れた」
「蜀の皆さんは忠誠を誓ってくれました。桃香さまの説得のおかげですね!」
「美以たちも仲間になったのだ。また遊べるぞ!」
彼女たちの登場に、一刀はほっと胸を撫で下ろす。不機嫌そうに顔をしかめていた桔梗も、彼女たちに笑顔を向けた。
一刀は彼女たちと話すために近づこうとした。その行く手を焔耶が遮る。
「こらっ!桃香さまに近寄るな、この色情魔!」
と言うと、彼女は一刀を睨みつける。桃香に一目ぼれして投降してきた彼女にとって、彼は敵以外のなにものでもない。ガルルルと唸って威嚇する。
そんな彼女に、桔梗はゴンッと拳骨を入れてやった。
「主君に向かって、なんたる口のきき方じゃ」
「いってえ!ワ、ワタシの主は桃香さまだけだ!」
もう一発食らわそうとした桔梗を、一刀が宥める。
「まあまあ、俺は気にしないから。でも、これで残すは漢中だけだ」
「はい。漢中さえ落とせば」
「天下三分の計の…完成です!」
朱里と雛里が微笑む。一大勢力となった彼女たちは、とうとう魏や呉に対抗しうる勢力となった。長い流浪の時期を経験していた一刀たちにとって、この状況に感動すら感じていた。
ところが、一同の気分を壊すように、星が部屋に飛び込んで言い放った。
「いや、大きな問題が1つある!」
部屋にいた全員が星を見た。彼女は大きな声で言った。
「主に愛される順番だ!」
「はあ?!」
と、いち早く反応した一刀が言った。他の者は、個人差はあるものの、一様に頬を赤くしている。
「なに言っているんだよ、星!」
「主よ。これは深刻な問題だ」
彼女は真剣な顔をして主張し続ける。
「ここまで武将たちを取り込んだ結果、主の寵愛を受ける者も増えた。この部屋にいる者は焔耶以外全員だ!それを考えると、どうしても主に抱いてもらう頻度が少なくなる。皆が平等に扱われるには、その順番を決めないといけない」
「はわわ!だ、抱かれる、ですか!」
「そうだ!主はこれから漢中にいる馬超たちも籠絡しようとしている。彼女たちまで主のとりことなれば、私たちはますます主の子種にありつけない」
「こ、こだね!あわわ!」
星の露骨な表現に、朱里と雛里はよけいに恥ずかしがる。しかしその隣で、深刻な表情をしていた者がいた。
「うーん、たしかにそうだよね。みんな仲良くしないといけないとおもうなあ」
「桃香!星に乗せられたらダメだ!」
一刀が叫んだのと同時に、星の口角が上がった。
「ここで1つ提案がある!いくら主といえども、同じ属性の女性を連続で抱くのは飽きてしまわれるだろう。一週間を属性ごとに分けたい」
「ゾクセイってなんなのだ?」
「言い換えると、魅力だ。たとえば…」
星は素早く朱里と雛里の後ろに回ると、2人の胸を揉んだ。
「この未発達な幼女のごとき身体つき!」
「ちょ、ちょっと止めてください!」
「あわわ!」
そして、と言って星は、今度は桃香の身体をまさぐった。
「この程よく成長したぴちぴちの身体つき!」
「あはは!くすぐったいよ、星ちゃん」
「そして!」
と言って、星が桔梗に近づこうとした。が、断念して遠くから指さす。
「あの経験たっぷりの豊満な身体つき!」
「……まあ、そうじゃのう」
そして星は宣言する。
「この3種類の属性ごとに、主を独占できる日を定めたらいいのではないだろうか?!」
「なるほど。さすが星ちゃん!」
「なるほど、じゃなーい!」
一刀が星を押さえようとしたが、彼女はするすると簡単にかわしていく。その傍らで、朱里が小さく手を上げた。
「あの、星さん?」
「なにかな」
「そうやって1週間を3で分けますと、1日余っちゃうけど……」
星は芝居がかった身振りで、大げさに頭を押さえた。
「ああ!しまった。私としたことが……こうなっては仕方がない。この1日は」
星が目を輝かせて一刀を見た。
「主に決めてもらうしか、なさそうですな」
はめられた!そう気が付いた時には、彼は三方から睨まれていた。
「ご主人様!可愛がってくれますか?」
「ご主人様……」
「お兄ちゃんは鈴々の身体にメロメロなのだ!ゼッタイに鈴々たちを選ぶのだ」
朱里、雛里、鈴々の幼女系部隊が右側から一刀を見つめる。
「ご主人様、わ、わたしに遠慮しないで…」
「桃香様、そんなことを言ってはなりません!もっと自信を持たれよ」
桃香と星が正面から見つめる。星のニヤニヤした表情に、一刀はイラッとした。
「ワシ1人か。さすがに分が悪いのう」
左からは桔梗が熟女を代表して立っていた。
焔耶が軽蔑の眼差しとともに呟いた。
「この見境無しの好色漢め」
「ちがうからな!…いや、ちがわないけど……この騒動は、星が勝手にやったんだ!」
そこへ紫苑が部屋の扉を開けた。
「あら?皆さん、どうなされたのですか?」
「おお!ちょうど良いところに来た。紫苑もこちらに加われ。大戦が始まるぞ」
「あらあら?」
当惑する紫苑の後ろから駆けてくる者が1人。
「お母さん!今日は買い物、いっしょに行こうよ!」
鈴々はパッと顔を輝かせると、彼女を呼んだ。
「璃々もこっちに来るのだ!お兄ちゃんといっしょに寝るのだ」
「いっしょにおひるねできるの?」
「ばっか!意味が違う!」
一刀が訂正した時には、もう遅かった。彼の後ろには、プルプルと体を震わす焔耶がいた。
彼女は一刀を睨みつけて、正義の鉄槌を下そうとする。
「こ、こんな小さい子供にも手を出したのか!この、ドヘンタイがー!!」
「待て、待ってくれ!あ、愛紗、たすけてー!」
一撃を食らう直前、一刀は今は荊州に向かっている調停役の彼女の名を叫んだという。
彼らがどこかに消えた後、部屋を訪ねてくる者がいた。
「おーい、北郷。書類が出来上がったぞ……って、あれ?どこに行ったんだ?誰もいないし。おーい、みんな、どこにいったんだよー。おーい…」
声をかけてもらえず、忘れ去られた白蓮が、ウロウロと彼の姿を探し続けていた。ちゃんと彼女にも順番が回ってくることを、願うばかりである。
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今度は蜀の話です。
筆者も彼女のことをすっかり忘れていました。ごめんなさい。