デーキスは気づいた時、目の前にさっきまで自分たちがいた劇場の廃墟が見えた。起き上がろうとするが、全身に激痛が走ったことで、デーキスは何が起こったのか思い出した。
劇場から投げ出されるように、外へと飛び出した自分とウォルターは、そのまま地面に叩きつけられたのだ。地面といってもそこは土ではなく、コンクリートや鉄の残骸で出来ている。その上に投げ出されたために衝撃で意識が飛び、また全身傷だらけとなって立ち上がるのも困難だった。ウォルターはデーキスから離れた場所に倒れている。僅かにうめき声が聞こえる
「ガンパウダーにゼラチン、ダイナマイト付きの光線銃……」
背後から陽気な歌声が聞こえる。振り向いた先にはスタークウェザーが、どこから拾ってきたのか、鉄パイプを持って立っていた。
「驚いたでしょ。ボクの超能力は『爆破光線』を発射できるんだよ。指先からピカっと撃てるんだけど、鏡とかに当てると『反射』して方向が変わるんだよ。色々試したからね……」
鉄パイプを軽く振り回しながら、独り言のようにスタークウェザーは話し続ける。
「そこで、ボクは熱や衝撃で発火する化学薬品を材料に、あるものを作ってみたんだ。それはボクの爆破光線を当てると、光線を反射しつつ発火する『火薬ジェル』! 君についてきた時、劇場内の色んな所に塗りつけたから使いきっちゃったよ」
デーキスは思いついた。逃げる時にチラッと見つけた光る物。あれは、スタークウェザーが仕掛けていた火薬ジェルだったのだ。
「でも、出口の通路に仕掛けておいて正解だったね。まだ一瞬燃え上がる程度だけど、もっと改良しなきゃ……」
スタークウェザーが一歩、デーキスに近づく。はっと気づいたデーキスは急いで逃げようとする。
「それ、ドカーン!」
スタークウェザーが叫ぶ。デーキスは反射的に両手で身を守ると、右手に鈍い痛みが走った。
「ぎゃああ!」
デーキスは右手を押さえてのた打ち回った。スタークウェザーの超能力で腕が吹っ飛ばされたと思ったが、右手はちゃんと残っていた。ただ、痛みを感じる所が不気味に変色していた。スタークウェザーの持っていた鉄パイプで殴られたのだ。
「あっはっはっは! ぎゃあだって、超能力を使うとでも思ったの? 騙されちゃって!」
自分をあざ笑うスタークウェザーを見て、デーキスは理解した。最初に超能力の爆破光線を当てようとした事、先ほどの鉄パイプで殴った事、スタークウェザーは間違いなく『マトモ』ではない存在だ。
デーキスは恐怖を感じた。あの太陽都市から逃げた時、治安維持部隊に連行された時と同じ性質の物だ。死という事実が身近に迫る恐怖。
「これだけ追い込まれても、結局セーヴァの超能力は使わなかったね君。いや、使えなかったのかな?」
スタークウェザーは鉄パイプを捨てると片手でデーキスの首を掴み、もう一方の手の指先をデーキスの顔に向けた。
「ボクは昔から、自分で壊した物の破片が、元々何処のパーツか考えながら戻すのが好きなんだ。君の吹っ飛んだ顔のパーツは、何処のものになるんだろうね。鼻かな? 唇かな?」
「いやだ……」
デーキスの毛が一斉に逆立つ。デーキスの中で渦巻く恐怖が外へと溢れ出す。
「いやだあああああ!」
デーキスの叫び声とともに閃光が走る。一瞬遅れてデーキスの周囲を稲妻が渦のように覆う。耳をつんざく轟音とともに、その激しい雷の奔流がスタークウェザーを貫く。
デーキスが気が付いた時には、目の前にいたスタークウェザーが、身体から煙を上げて倒れていた。
「デーキス……おい、デーキス……!」
声の主は、先程まで倒れていたウォルターだった。ふらふらとおぼつかない足取りで、デーキスの方まで歩いてくる。
「お前の能力、凄いな! 『電撃』でスタークウェザーのやつ、ぶっ倒れやがったぜ!」
ウォルターに言われ、デーキスはやっと何が起こったのかを理解した。どうやら、デーキスには『高圧電流を流す』超能力が使えるようだ。都市の治安部隊の時も、隊員は感電して気絶したのだ。
「よし、早く逃げようぜ。全身傷だらけだ。早く手当がしたい」
「ちょっと待って……」
デーキスは恐る恐るスタークウェザーに近づいた。スタークェザーはぴくりとも動かない。もしかしたら、デーキスの超能力で死んでしまったのかもしれない。
「おい、そんな奴なんかほっとけよ。そいつは死んで当然のイカレ野郎だぞ?」
そうは言っても、デーキスは自分が人を殺したとは信じたくなかった。自分は人を殺すような悪い人間でも、魂の汚れたセーヴァでもないと思いたかったからだ。
スタークウェザーの顔を覗き込む。毛先が焦げてるくらいで、思ったよりも綺麗だった。屈んで胸の辺りで耳をそばだてる。心臓の動く音らしき物が聞こえ、デーキスはほっと胸をなでおろした。
「良かった。まだ生きてるみたい」
「分かったらとっとと行くぞ。また追いかけられたら堪んないからな……」
デーキスが立ち上がろうとしたその時、スタークウェザーの腕が強い力で首を締め上げた。
スタークウェザーが目を開き、デーキスの首を締め上げながらゆっくりと上体を起こす。
「これが君の能力か。凄い痺れたよ」
デーキスは必死で腕を外そうとするが、外れまいとより強く首に指が食い込んでいく。
「デーキス!」
ウォルターが駆け寄ろうとするが、スタークウェザーに睨みつけられ足を止める。下手に動けば、先に自分が狙われてしまうと感じたからだ。
「水がほしいな。喉の奥が痛い。それに眼の奥がチリチリする」
デーキスは超能力で再びスタークウェザーを気絶させようと思ったが、首を絞められたせいで頭に酸素が行かず、意識が遠のいていく。
「でも、頭は妙にスッキリしてる。不思議だなあ……」
スタークウェザーが空いている方の腕を上げ、指先をデーキスの顔に向ける。
「今なら複雑なパズルも解けそうだ。君の全身を使った、高難易度な奴をね……それじゃあ、ばいばい」
スタークウェザーの声が遠くに聞こえる。既にデーキスは両腕を力なく下ろし、抵抗する力もなかった。自分が死ぬことが他人ごとのように感じられた。
しかし、一向にスタークウェザーは超能力を使う様子がない。このまま首を閉めて殺すつもりなのか、それとも死ぬ直前で時間が引き伸ばされているのか、デーキスには時間が止まったかのようだ。
ふと、僅かに息苦しさが弱まった。
「スタークウェザー、早く彼から手を離せ!」
聞き覚えのある声が聞こえた。突然首を締め上げる力が弱まり、反射的にデーキスは深く息を吸い、酸素が供給され意識がはっきりしていく。デーキスの方を見ていたスタークウェザーの顔が、今では別の方を見ていた。
「あれ、何で君たちがここにいるの? 腕が痛いから早く離してよ」
スタークウェザーの腕はまだデーキスの首を掴んでいたが、もう一方のデーキスに指先を向けていた腕は、不自然に上を向いていた。まるで、透明人間に締め上げられているようだ。
「先に君が手を離すんだ! それまではこの手を緩めるつもりはないぞ!」
スタークウェザーと話している声の主は、アラナルドだった。右手で空中を握るように構えているのは、彼の能力である『念動力』で、スタークウェザーの腕を締めあげているからだ。
そして、アラナルドの隣にはもう一人、デーキスに見覚えのある人物がいた。超能力者セーヴァたちのリーダー、フライシュハッカーだ。
「スタークウェザー、命令だ。彼から手を離せ」
フライシュハッカーの命令を聞くと、スタークウェザーはあっさりと腕を離した。拘束から解放され、デーキスはやっと自由に呼吸できるようになった。
「大丈夫かい、デーキス? 間に合ってよかったよ。ずいぶん傷ついてるけど立てるかい?」
アラナルドが駆け寄り、デーキスに肩を貸す。
「スタークウェザーの姿が見えなかったから、彼と一緒に探していたんだ。そうしたら、雷の落ちたような音が聞こえてきたから、やって来てみれば君たちを見つけることができたんだ」
アラナルドがそう言って、フライシュハッカーの方を見た。フライシュハッカーは黙ってスタークウェザーを睨みつけている。デーキスは彼をこんな近くで見たのはほぼ初めてだが、どこか違和感がする。フライシュハッカーとは別の意味で、あまり自分と同じ『人間』だと思えなかった。
「見てよリーダー、彼に超能力の使い方を教えてあげようとしたら、こんなひどい目に合わされちゃったよ」
「黙れスタークウェザー、お前はやり過ぎだ。暫くは僕の近くから離れるな」
それだけ言うと、フライシュハッカーは振り向いて歩き出した。
「じゃあね、えーと……デーキス君。またしばらくしたら遊ぼうね」
スタークウェザーはそう言うと、ふらつきながらフライシュハッカーの後をついて行った。
「ちっ、こんなんじゃあ何も解決してないじゃねーか。フライシュハッカーの奴、どうしてあいつなんか野放しにしてるんだ」
気づくと何時来たのかウォルターがすぐ隣にいた。
「おい、アラナルド、来るならもっと早く来いよ。お陰で死にかけたじゃねーか」
「君は別に大した事ないじゃないか。死にかけたのはデーキスの方だよ」
口喧嘩を始める二人の声を聞いて、デーキスはやっと助かったことを実感した。
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