No.758530

これまでも、これからも

くれはさん

睦月結婚もの第X話。今よりも、少しだけ先のお話。

2月14日。……それは、女の子にとって特別な日。
そして――

2015-02-15 01:00:55 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1160   閲覧ユーザー数:1153

必要な材料は、遠征や本土からの支援で得た既製品のチョコレートやお砂糖、生クリーム。

道具は、ボウルやお鍋、へら。

そこに、アレンジで色々な材料を混ぜたり。

 

何を入れるかは、その子次第。

……誰に送るかも、その子次第。

 

そんな、甘さいっぱいの特別な日。

 

 

 

 

 

 

ここは、リンガ泊地、鎮守府。

海より来る異形の存在、『深海棲艦』に対抗するべく作られた前線基地。

 

……ただし。

今日は、かしましい声と、甘いあまいチョコレートの匂いが香る場所。

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいっ、提督!睦月からのチョコ、差し上げます♪……えへへっ。どうぞです!」

「ん。ありがとね、睦月。……じゃあ私も、はい」

 

 

――執務室。

明け方の陽が窓から差し込み、室内を明るく照らす。

そんな場所で、私達はチョコレートの渡し合いをしていた。

 

 

2月14日。本土的には、バレンタインデー。

親しい人、愛する人に、愛の形としてチョコレートを渡す日。

……まあ、チョコじゃなくて他の形の場合もあるけど。

 

そして、本土から遠く離れた場所――このリンガ泊地でも。

その習慣は、勿論有効なわけで。……だって、ここにいるのはみんな日本人(?)だし。

うん、艦娘の子達も一応。

 

そんな訳で、今日はチョコレートの渡し合いの日、みたいになっている。

去年もそうだったわねー……まあ、翌日も別ので大騒ぎだったけど。

 

 

睦月の手には、私のチョコ。私の手には、睦月のチョコ。

そんな、互いが互いのものを持っている感覚が何だかこそばゆくて、顔が熱くなって。

……正面で顔を赤くしている睦月ともども、少し、恥ずかしさを覚えている。

 

 

 

……と、5分ほどそんなことをしていると、

 

 

「は・ぁ・い♪如月の気持ちを込めたチョコレート……最後まで食べて、ね♪」

 

 

 

そんな声と共に。――ドン、と、テーブルに何かが置かれる。

緑色の、バケツのような風体をした……中に茶褐色のチョコレートがたっぷりと入った何かが。

……いや、バケツのような何か、じゃなくて。バケツそのものよね。

 

「ご免なさい、司令官。睦月ちゃんと二人の時間、邪魔しちゃって。

 でも、私のも受け取ってくれると嬉しいかしら?……二人分、ね?」

 

そう言いながら、私達の間に割って入った如月は。

申し訳なさそうな顔をしながら……睦月の事が好きだから、恐らく本当に申し訳ないんだと思うけど、

その『チョコレート』を、私と睦月に差し出した。

 

 

「……バケツプリンは聞いたことあるけど、バケツチョコは初めてだわ」

 

如月の持つチョコの『容れ物』――通称、修復バケツ――は、

艦娘の身体を治す乳液ボトル、艤装の応急修理時に用いる艤装用の修復剤ボトル、

その2本を纏めて管理する為の便宜上の入れ物……そんな用途で用いられている。

 

「あら、司令官は私の気持ち、嬉しくないのかしら……。残念」

 

私の反応を見て。如月は、少し気落ちしたような顔になる。

……いや、顔だけよね。気落ちしてるのは。目は笑ってるし。

 

「頂くわよ。嬉しくない訳ないでしょ?……ちょっとは加減して欲しかったけど」

 

軽く溜め息を吐いてから、私はそう如月に答えた。……まあ、この返しまで予測してると思うけど。

350mlサイズのボトルが二つ入って尚余裕のある、そんなサイズのバケツ。

それだけの量のチョコレートとなれば、まあ……。

 

「……ニキビが心配だわ」

 

 

ニキビ。……そう、ニキビ。肌の表面にできものが出来るあれ。

そんなニキビは、チョコレートによっても引き起こされることがあると聞いたことがある。

……うん、じゃあこの如月の大量のチョコを食べたらどうなるのかしら、ね……。

 

睦月や如月よりだいぶ女らしさが劣っているとはいえ、一応私も女ではある。

肌荒れを気にしない訳はない。……と、そんな風に考えている私に、

 

「ふふっ、そこは大丈夫。甘さは控えめにして、ニキビへの対処は出来る限りしてるわ。

 大事な大事な、司令官のお肌ですもの。……それに、もし出来ちゃっても……ね、睦月ちゃん?」

「……そ、その時は睦月がお肌の治療、頑張るのです!如月ちゃんに教えてもらって!」

 

如月は微笑み、睦月は少しだけ恥ずかしそうにしながら……そう、呟いた。

チョコレートの何が、どうニキビに影響するのかは私にはわからないけど……

まあ、うちの鎮守府の参謀、かつ医療・美容知識も結構ある如月が言うなら、そう……なのよね。

 

 

 

 

……それにしても。

バレンタインデーに大量にチョコをもらう事を見越して、

それでニキビができるなら睦月に治療させよう、なんて。

そこまで織り込み済みな訳ね……ほんと、うちの義妹は抜け目ないわ。

 

***

***

 

 

その後。

 

 

 

「司令官、これ……あ、あげます。甘いです。

 ……お返しは、気にしなくていい……です」

「しれいかぁーん!卯月から、チョコあげるぴょーん!

 ……ぅ?あー、これは嘘じゃないぴょん!」

 

と、弥生と卯月にチョコを渡されたり。

 

 

 

「ボクのチョコ、受け取ってよね、司令官!」

「はいっ、しれぇかん!文月も、チョコあげるぅ」

「えー、バレンタインん……?めんどくせぇー。一応チョコあるけどさぁ、食べる?」

 

皐月と文月にチョコを渡されたり、文月に促されながら望月にチョコを渡されたり。

 

 

 

「ヘーイ、提督ゥ!BurningLove!なチョコレート持ってきたヨー!」

「いや、それどんなチョコなの金剛ちゃん……あ、提督。私の分も。はいっ、あげるね!」

 

金剛と瑞鳳にもチョコを貰ったり。

 

 

 

「あら、提督……。私、羽黒ちゃんと共同して、ちょこけぇきを作ってみたんです。如何でしょう……?」

「扶桑さんの艦橋を元に、チョコケーキを作ってみたんです。

 ……ちょっと、大きくなり過ぎちゃいましたけど。晩御飯の後のデザートに、皆でどうかな、と思って」

 

巨大で威容を誇る、何かこう……ものすごい大きなチョコケーキの作成に居合わせたり。

 

 

 

 

 

「あの、響ちゃん……私のチョコ、どうですか?」

「……うん、美味しいよ。いいと思う。榛名はお菓子を作るのも上手だね」

「は、はいっ!!やった、響ちゃんに喜んでもらえました……っ!」

「……??何だか良く分からないけれど。

 私も、榛名にチョコを渡さないとだね。受け取ってくれるかな?」

 

 

(……榛名、もうちょっと頑張りなさいよ!押しが足らないわよ!もっと響を押すのよ!)

(あ、暁ちゃん……覗き見は良くないのです……。あ、比叡さんもチョコ、いかがですか?)

(ああ、電ちゃん有難う御座います。それにしてもこう、歯痒いですねー……我が妹ながら。

 もっと金剛お姉さまみたいに押しが強ければ……こう、気合を入れて!)

 

榛名と響が渡し合いをしているのを見たり、……それを陰から覗いている約3名を見たり。

 

 

 

 

 

 

「同室ですし、青葉普段からお世話になってますから!はいっ、チョコどうぞ、祥鳳さん!」

「はい、ありがとうございます。……って、これは……何でしょう?何か、独特な形をしているような……」

「『カメラ型チョコ最中』です!……あ、中身はアイスなのでお早めにどうぞ!氷室借りて作りました!」

 

 

「……同室だから、一応はそのよしみでチョコあげるけど。勘違いはしないでよね、イムヤ」

「大井とは普段から喧嘩してばっかりなんだから、勘違いする訳なんてないでしょ。……はい、私のも。

 あら、この魚雷チョコ……う、私のより先端の丸みが綺麗……」

「くっ、スクリュー部分の作りこみで負けたわ……っ。中々いい魚雷チョコとじゃない。

 ……来年は負けないわよ、イムヤ」

「……私も負けないから、大井。楽しみに待っててよね」

 

同室の子同士で、チョコを渡し合っているのを見たり。

 

 

 

 

……そんな風に。歩いてはチョコを貰い、チョコを返し。

そして、チョコを渡し合う姿を見たりしたのだった。

 

 

 

***

***

 

 

 

……そして、夜も更けて。

 

「……今日は、何かすごい量のチョコもらった気がするわ」

 

鎮守府の廊下を、私達――私と睦月、如月は、執務室に向かって歩きながら。

ぽそりと、そう呟く。

 

出撃前にチョコを貰い、帰還と再出撃の合間にチョコを貰い、今日出撃がなかった子にもチョコを貰い。

……気が付けば、睦月と如月の分も合わせて相当な量になっていた。

これは、ほんとにニキビと……睦月の治療、覚悟しなくちゃかしら。いや、後者は嬉しいけど。

 

……私と睦月と如月、それぞれ同じくらいの量のチョコを皆から貰ってたけど、

まあ、それも睦月と如月並みには私が信頼されてるってこと、よね。うん。ちょっと自信ついた。

 

 

 

……と。

 

「ん……?」

 

 

右側から何だかむずがゆい視線を感じ、その方向を見る。

そこには――多分そうだと、予想していたことではあったけど。

横を歩いていた睦月が、じいっと私の腕を見つめていた。……いや、正確には違う。

 

私も、睦月の視線を追い。腕に巻いた『それ』――時計を一瞥して、頷く。

 

「……うん、そうね。もうすぐ、だもんね」

「うん。……えへへ、睦月ちょっと緊張するのです」

 

……私達にとって、特別な意味を持つ時間。

それが、少しずつ近付いていると感じる。

 

 

「あら、ひょっとして如月はお邪魔かしら?それじゃあ、お邪魔虫さんは退散しようかしら♪」

 

そんな、私と睦月のやり取りを見て。

睦月の反対、私の左側を歩いていた如月は、微笑を見せながら、そう言った。

……うわあ。

 

「如月、わかってて言ってるでしょ……」

 

この子は、私と睦月に関しては気分を盛り上げるためにそれくらいのことはする子だし。

……まったく、余計に強く意識しちゃうじゃない。

 

 

 

 

と、そんなことを思っていると。

不意に――くい、と。服の裾を引っ張られる様な感覚を覚えた。

その方向に、振り返ってみれば……

 

「えっへへぇー」

 

……文月が、笑顔を浮かべながら。本当に服の裾を引っ張っていた。

その文月の後ろをよく見れば――通路の陰から、皐月と三日月の姿も見える。……何かしら、ね?

 

「ん、なに?文月」

「あのねあのね、しれぇかん。実はね――」

 

 

 

……と、そこまで文月が言いかけたところで。

 

「文月ちゃん?司令官と睦月ちゃんの邪魔をしちゃ、ダ・メ・よ?

 ――それじゃあね、睦月ちゃん、司令官。『ふたりきり』で、ごゆっくり♪」

「……へ?ほわぁっ、如月ちゃん腕引っ張っちゃやーだぁー!」

 

如月が、文月の腕を掴んで。……そのまま、引っ張って連れて行ってしまった。

あの子があんなに妹に強引にするの、あまり見た事ないし気になる……けど。

 

 

「……ん」

 

 

……如月が、気を効かせてくれた、と思う事にする。

如月は、私達が何を意識しているか――気づいているんだから。

 

 

 

 

 

「……それじゃ、行きましょうか」

「うんっ!」

 

 

***

 

 

――この場から去っていき、姿の見えなくなった睦月ちゃんと司令官を見送り。

うん。……そろそろいいかしら、ね。と、一つ頷く。

 

「もー、せっかく睦月ちゃんとしれぇかんの事お祝いしようとしたのに。なんで如月ちゃん止めるのー?」

 

うん。文月ちゃんは、私が止めた、という事は分かってくれているみたい。

邪魔をした、とは思われていないみたいだもの。そこは、いい子だと思う。

……でも、止めた理由までは分かってくれてないのはちょっと惜しいところかしら。

 

 

「ご免なさいね、文月ちゃん。文月ちゃんがしたい事、私は分かってるわ。

 でも、それはダメなことなの。『今は』、ね?」

 

落ち着いた声で、私はそう文月ちゃんに語りかける。

少し乱暴なことをしてしまった事を申し訳ないと、そう思いながら。

 

文月ちゃんが、したい事。それは、間違いなく明日の事なのだと思う。

その『明日』について……私はもちろん、文月ちゃん達がそれのために何を準備していたかは知っている。

……でも、それは『今は』ダメなのよね。

 

 

「ええー……?でもでも、しれぇかんと睦月ちゃんの結婚式はみんなでお祝いしたよ?」

「あのね、文月ちゃん。……あと、皐月ちゃんと三日月ちゃんも」

「え、ボクも?」

「私も、ですか……?」

 

文月ちゃんについてきた二人の名前を、私は呼ぶ。

……多分、長月ちゃんも協力しているのだとは思うけど、恐らく首謀者はこの3人かしら、ね。

 

そんな3人を前に、私は口を開く。……ゆっくりと、諭すように。

 

「結婚式は、みんなでお祝いするもの。だから、私達もお祝いしていいの。でもね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――結婚記念日は、結婚した二人のものなの。

 だから、私達が一番にお祝いしちゃダメなのよ?」

 

***

***

 

 

 

――執務室に、かちり、かちり、と音が響く。

規則的に、かちり、と鳴り……その度に、時間が進んでいくのを感じる。

 

それは、部屋に備え付けられた時計が……一秒、次の一秒、と時間を刻んでいく音。

明日までの残り時間を、一秒ごとに追い、それを私達に教える音。

 

 

そんな執務室の中に。――私と睦月は、向かい合う様にして立っていた。

『一年前』も、こんな風にしていたな……と、そう、思い返す様に。

 

 

――かちり。

 

 

「ね、睦月」

「うん」

「この一年、どうだった?」

 

 

――かちり。

 

 

「睦月は、すっごく楽しかったのです。……て、提督は?」

「私も、楽しかった。……結婚する前より、ずっと」

「そっか。提督も……同じ、なんだ」

 

 

――かちり。かちり。

 

 

「うん。……で、私への不満はある?あるなら言って。来年は直すから」

「うーん…………提督、張り切り過ぎちゃったり、自分で何とかしよう、って思ってるのが気になるかも。

 あと、その、えっと……む、睦月にもっと強引な感じでもいいんだよっ!?」

「いや、何言ってるのよ……」

 

顔を赤くしながら、そう言った後。睦月は俯き、黙ってしまう。

……いや、うん、恥ずかしくなるなら言わなければいいのに。というか私も恥ずかしい。

強引な感じって言われても、その、ね?

 

……ただ、言われたことは何となくわかる。以前に如月にも注意されたことでもあるし。

私は、睦月ちゃんとその周りの関係に配慮しすぎで。

睦月ちゃんは司令官のお嫁さんなんだから、もっと独占してもいいのよ――と。

 

 

――かちり。

 

 

……配慮してる、に、独占、か。

なかなか私達の関係の作りかたって難しいわね……と、自分たちの関係を振り返りながら、思う。

 

 

 

――かちり。かちり。

 

 

出会った時から、『提督と艦娘』――『上司と部下』とは違う関係……

『戦友』と、そんな表現が合うだろうか。

そんな関係だった私達は、結婚の意味合いも、生活も。

そして、これから迎えるこの『特別な日』も、きっと、他の提督と艦娘とは違う意味合いなんだろう。

そんなことを考えて、微かに笑い声が零れる。

 

……と。

ふふっ、と、私のものじゃない声が被り――笑い声が、私一人で発したものだけでない事に気付く。

睦月が何を考えてそうなったかは分からない……けれど、睦月も私と同時に笑ったのだ。

そのことにおかしみを感じて、また笑い声が漏れ――それもまた被る。

 

「……いや、タイミング良すぎじゃない?」

「提督もだよ?」

 

……それもそうね。

 

 

 

 

――かちり。

 

――かちり。かちり。

 

 

睦月と目を合わせて、頷いて。それを思う。

後、もう少しだ、って。ちょっとだけ緊張して、けれど微笑みながら。

 

 

 

 

 

 

――かち、り、と。なった秒針の音を打ち消す様に。

一際、大きな音が響く。

 

 

 

「それじゃ、睦月。――これからも、よろしくね」

「うんっ」

 

微笑ながら答え、そして、

 

「――――」

 

提督、じゃなくて。――私の名前を、睦月は呼んだ。

ああもう、そんな仕込みもしようって考えてるなんて……ものすごくやられた気分だわ。

さすが、私のかわいいかわいい嫁。

 

 

 

 

 

 

――2月、15日。

バレンタインデーから一日遅れの、その日は。

 

 

私と睦月の、結婚記念日――。


 
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