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真恋姫無双幻夢伝 第六章6話『Who the hell is she?』

一体、どういう戦略になるのか……

2015-02-12 18:04:34 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1799   閲覧ユーザー数:1696

   真恋姫無双 幻夢伝 第六章 6話 『Who the hell is she?』

 

 

 今日の長江は小雨が降り、無数の水紋が川面に浮かんでは消えている。最近は急に暑くなってばててきたことを考えると有り難い天気だったが、その分湿気が増えて、本日も華琳はうちわで暇なく風を送っていた。

 彼女もへばっていると見えて、目の前のアキラに愚痴をこぼす。

 

「はあ、早く洛陽に帰りたいわね」

「そんなこと言っても、まだかかりそうだぞ。この前の“実験”でよく分かっただろう」

「それなんだけどね」

 

 華琳はパチンと指を鳴らす。そのすぐ後、季衣と流琉がそれぞれ手紙らしきものを携えて、繋がっている隣の陣幕からこちらに入ってきた。

 

「はい!兄ちゃん!」

「ありがとう」

 

 まず季衣が持ってきた手紙を受け取り、代わりに彼女の頭をくしゃくしゃと撫でる。季衣はえへへと言いながら顔を喜色で染めた。そして撫で終わるときちんと華琳の隣へと立った。

 アキラが開いた手紙には、船の技法が書かれていた。

 

「呉の水軍技法か」

「さすがといったところね。ここまで理論的に運用されているとは思わなかったわ」

「この手紙の送り主は?」

「龐統よ。前にも話したでしょ。彼女が呉の陣営を調査してこれを寄こしてきたの。その手紙の真ん中あたりを読んで」

 

 示された箇所を読むと、大型船の運用についての記載があった。

 

「ほう、鎖を使って連結させるのか」

「この前の海戦では多くの兵士が船酔いを起こして、戦いどころじゃなかったそうよ。その方法を使えば、兵士の体調を改善できるかもしれない。しかも突撃による隊列の分断も防ぐことが出来るわ。一石二鳥よ」

「分かった。早速、職人たちに鎖を作らせる」

「それともう1つ吉報があるの」

 

 今度は流琉が手紙を渡しに来て、アキラが礼を述べた。

 

「はいよ、ありがと」

「えーと、兄さま?」

 

 流琉は物足りない表情を浮かべる。アキラはその表情を理解して微笑むと、季衣と同じように頭を撫でてやった。彼女は満面の笑みをこぼして、その表情のまま跳ねるようにして華琳の隣に立った。

 次の手紙は、こちらに寝返りたいという呉の武将からの密通だった。

 

「闞沢に呂範……そうそうたる面々じゃないか!」

「いずれも黄蓋旗下の武将よ。この前の海戦の結果、黄蓋は周瑜に指揮権を剥奪されたことは聞いているわよね。その仕打ちに不満を持ったから、こちらに付きたいと言っているわ」

「黄蓋自身は寝返らないのか?」

「彼女は呉に忠誠を尽くしているから、説得も難しいそうよ。彼らが寝返る際には、彼女を捕えて無理やり仲間にすると、この手紙には書いているわ」

「吉報だな。それが“本当だったら”の話だが」

「龐統に確認させているところよ。すぐに分かるはず」

「彼女をそんなに信用していいのか?」

 

 彼の疑問に、華琳は一回頷いたが次のように反論した。

 

「彼女はね、孔明に勝ちたいそうよ」

「勝ちたい?」

「ええ、女学院で配られる問題では無く、実際に兵を動かして勝負をつけたいと言っていたわ。好敵手と言ったところかしら。それを言う目に嘘はなかったわ」

「華琳の人を見る目は間違いない。それなら信じるよ」

 

 話が終わり、アキラは「さてと」と言って立ち上がった。帰るつもりらしい。

 

「もう少しゆっくりしていきなさいよ。お茶を入れるわよ」

「いや、実は近所の爺さんと釣りの約束をしていてさ。もう行かなきゃならない」

「こんな雨でも?」

「雨の方が釣れるらしい」

 

 呆れた、と言わんばかりにため息をつく華琳。その隣では季衣と流琉が物欲しそうな視線を送っていた。彼はまた微笑む。

 

「季衣、流琉。一緒に行くか?」

「いいの!?」

「で、でも……」

 

 流琉がちらりと華琳の顔を見た。華琳はクスリと笑って許可を出す。

 

「いいわよ。今日はのんびりしてきなさい」

「「やった!」」

「鎧を脱いで笠をかぶってきな。ここで待っているから」

 

 はーいと元気よく返事をして、2人は走り去ってゆく。その姿をアキラは目を細めて見ていた。華琳が歩いて近づき、彼にその表情の理由を尋ねる。

 

「どうしたの?」

「昔はさ、案外ワガママばっか言っていたんだ。それがちゃんと仕事するようになっているし、俺に甘え過ぎたりしない。成長したものだな」

「私が教育したのだもの。当然よ」

「そっか、ありがとう」

 

と、アキラは感謝を述べる。すると、華琳は自分の頭をアキラの方に傾けた。

 

「うん?どうしたんだ?」

「……なんでもないわよ」

 

 急に不機嫌になった彼女は大股で歩き去って行った。ぽつねんと残された彼は、まだ気が付いていない。

 

 

 

 

 

 

 一方でこちらの主人公は、寂しそうに星と並んで歩いていた。彼らは呉が主催した食事会を終えて、自陣に帰る途中である。雨上がりの夜風は心地よいはずなのに、一刀は気分が晴れなかった。

 彼は愚痴をこぼす。

 

「どうしたら役に立てるのかな」

「朱里と頭脳で競っても勝ち目はありますまい。ああいうのは朱里に任せたら良いのです」

「でもなあ……」

「適材適所。他の所で頑張られたらよろしい。主は私たちに欠かせない人物です。それをお忘れなく」

 

 一刀はハァと盛大にため息をつく。落ち込む自分も、それを慰められている自分も情けない。

 先ほどの食事会では、呉の武将の注目は朱里に集まっていた。様々な軍略や政治、故事などを蓮華や冥琳たちと楽しげに話しており、その内容が分からない一刀には入る余地が無かった。さらにその後の作戦会議に朱里は呼ばれても自分は呼ばれることなく、結局は朱里のおまけとしか見られていない。表現しようがないほどの悔しさともどかしさを感じた一日であった。

 彼はアキラに言われた言葉を思い出す。

 

『北郷一刀。理想を語りたければ勝ってからにしろ。夢を見過ぎて現実でこけるなよ』

 

 咄嗟に言い返すことが出来なかった。反論できるだけの実力も自信も無かった。夢を一生懸命に語っても、アキラにあっさりと地面に倒されて殺されかけた。現実の力が伴っていない。貂蝉が最初に言っていた“救世主”には到底及ばない。

 もう愛紗を身代わりにするようなことは絶対にしたくない。

 

(もっと力が欲しい。頼られて、そしてみんなを守れる力が!)

 

 唇をかみしめる一刀の隣では、星は別のことが気がかりであった。

 

「主よ。先ほどの食事会の空気はどう感じられましたか」

「どう、とは?」

「正直なところ、悪くありませんでしたか?」

 

 彼は思い返してみた。先ほどまでは自分の不甲斐無さだけを感じていたが、言われてみると確かにそうだ。

 

「険悪、と言わないまでも、確かにピリピリしていたな」

「一部の武将たちは孫権様には挨拶しても、その隣の周瑜殿には挨拶しませんでした。お2人とも指摘することはありませんでしたが」

「それに孫権さんと周瑜さんも直接会話していなかった。朱里を通じて話題を共有しているようだったな」

 

 星は目を丸くして彼を見た。そして微笑む。こういう観察力こそが彼の長所であるのに、彼は気が付かずにいる。もう少し自信を持っても良いと思うのだが。

 ともあれこの食事会の光景は不安材料であるに違いない。

 

「呉の不和は戦局に大きな影響を及ぼします。ご注意なされよ」

「分かった」

 

 その時、彼らの右側の視界に人影を見た。周囲を警戒しながら、明かりが灯る近くの陣幕に入って行く。星の目が光る。

 

「怪しいですな」

「……見てみるか」

 

 2人は足音を立てないようにゆっくりと陣幕に近づく。中から複数人の声が聞こえてくる。

 

「準備…………した……は決行………………」

「……りまし……黄蓋………………しく………………い」

「曹操…………を信……いる…………う……」

「手紙…………ら考える……上手く…………るよう………このまま……ましょう」

「……に船に……………………ました。これで……………………ます」

「…………いようにお願い…………口外も………………」

 

 上手く聞き取れない。しかしこれ以上近づいたら影が出来て気付かれてしまう。

 

「主よ、いかがしますか?」

「気になる単語は出てきたけど、入っていいものか。どうしようか……」

「待った、静かに!出てきます!隠れて!」

 

 咄嗟に物陰に隠れる。会合が終わったらしく、次々と武将たちが出てきた。その中には、彼らになじみのある顔も発見した。

 

「あれは、龐統殿!」

「なんでここに?」

 

 一刀たちの陣地で保護されているはずの彼女が、呉の陣内にいること自体がおかしい。星は自分の槍を構える。

 

「捕えますか?」

 

 ところが星が振り向いた先には一刀の姿は無く、彼はすでに雛里に歩み寄ってしまっていた。

 

「やぁ、龐統さん」

「えっ、か、一刀さん!?」

 

 急いで飛び出して一刀を庇おうとした星を、彼は大丈夫だと言うばかりに手をかざして押しとどめる。彼女はしぶしぶ彼の後ろに立った。

 

「一緒に帰ろう」

「……はい…」

 

 雨で湿った地面を3人が歩く。靴底が重たく感じる中を、時々水たまりを避けて進む。彼らに会話は無い。

 一刀たちの陣営の前まで来た頃、ようやく一刀が質問した。

 

「龐統さん。君は一体、何者なんだい?」

 

 風が彼らの間を通る。雛里はその重い口を開いた。

 

「あの、一刀さん」

「なに?」

「私を信じてくれますか?」

 

 雛里が一刀を見つめる。彼は彼女のその大きな瞳を覗き込むと、大きくしっかりと頷いた。

 

「信じるよ」

 

 彼らは並んで帰る。不安と緊張感に包まれた戦場の夜の空に、雲間から星が1つ顔を出した。

 

 

 

 

 


 
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