マイスイートコレクション
悲劇は、油断しているところに突然襲ってくるものである。
一週間ぐずついた天気が続いた後の休日のことだ。
久々に空は晴れわたり、まさに洗濯日和であった。
この好天に、卓越した家事能力を有する音姉が大人しくしているはずがない。
くそ早い時間から階下で洗濯機を回す音が聞こえていたし、鼻歌を唄いながら俺の布団からカバーをひっぺがして持っていくし、おちおち寝てもいられなかった。
今日は物干し竿を洗濯物で埋め尽くすまで、やめるつもりはないだろう。
「弟くーん、起きて起きて!お布団干すよ!」
「・・・」
寝たふりで抵抗しようと思う間もなく掛け布団を没収されてしまい、俺は渋々起き出すほかなかった。
「こんないいお天気なのに、寝てるなんてもったいないでしょう?」
「いや、俺は別に天気は関係ないし。それに今日は休み・・・」
「はいはい。冷蔵庫に朝ごはん入ってるからね~」
これも一種の『聞く耳持ちませんモード』だよな・・・。
音姉が用意してくれた朝食のベーコンエッグを食べながら、何故か胸騒ぎが止まらなかった。
「うん、うまい・・・」
何だか悪い予感がした。
「・・・」
大事なことを忘れているような気がする。
「音姉の手作りプリンかぁ。まったりとコクがあって・・・」
頭の中で警鐘が鳴り響いていた。
「お。このオニオンスープは絶品だぞ・・・。あ、いかん!!!」
思い出した。
敷布団とマットの間には俺のスイートな第三期コレクションが・・・
あれを音姉に発見されたら最後、惨劇の休日になってしまうことは火を見るより明らかだ。
しかも、今日の音姉はエネルギー充填120%のハイテンションではないか。
俺は全力で階段を駆け上がり、部屋に飛び込んだ。
「・・・」
俺は悟った。
桜内義之、これで最期だ。
ベッドの上に、マイスイートコレクションが1冊づつ平置きに陳列されていた。
その脇には笑顔のまま仁王立ちの音姉の姿。
今回から隠し場所を変えたのが裏目に出るとは。
「どうしたのかな、弟くん。そんなに慌てて」
俺はさぞかし間抜けな顔をしていただろう。首筋を冷や汗が伝う。
「お返事は?」
「は、はいっ?」くそっ、声が裏返ってしまった。
「今日は、お姉ちゃんとゆ~~~~っくり話をしようね」
「いや、天気がいいのに家にこもっているのはもったいないというか、その」
「お姉ちゃんとゆ~~~~っくり話をしようね」
音姉がゴゴゴと燃えている。
「はい・・・」もう覚悟を決めるほかなさそうだった。
「兄さん、時間があったらちょっとお買い物に・・・」
由夢が入ってきた。
ただならぬ雰囲気に、言葉を途中で飲み込んで固まっている。
「か、買い物か。お、お、俺でよければ喜んで・・・」
由夢、よく来てくれた。
「ごめんね、由夢ちゃん。弟くんは忙しいんだって」
こっちを睨んだまま優しい声を出さないでくれ。怖すぎる。
「・・・・」
状況を察知した由夢の俺を見る視線は、哀れみのそれに変わっていた。
「・・・・兄さん、学習能力ないの?」
音姉にエロ本を見つかったのは、これで三度目だ。
俺のスイートコレクションは見つかる度に灰にされてしまっている。
「さて・・・と」
音姉はマットの上に並べた俺のスイートコレクションをおもむろに見渡した。
「前にお説教してから半年しか経っていないのに、すっかり復活してるよね、弟くん?」
「お姉さま、落ち着きましょうっ! まずは話し合いをっ!」俺は叫んだ。
「弟くんこそ、何をそんなに焦っているのかな~?」
音姉の冷たい一瞥が突き刺さる。
「どれどれ。『爆乳娘あかねの誘惑』」
「ふぅん、Iカップですって。弟くんって、こんなメロンみたいな胸が好きなんだ~?」
「いや、そそそそれはたまたまモデルさんの胸の発育が良すぎたと思われましてですね・・・」
「『姉妹どんぶり爛れた関係』。あら~、また胸の大きなモデルさんね~?」
「そろって好き者の姉と妹に夜な夜な責められて腰が抜けそう・・・。弟くんったら、私と由夢ちゃんのことも、そういういやらし~い目で見ていたのかしら?」
「め、滅相もございません!ただの一度とてそのような不純な目で見たことなど・・・」
ちらと由夢を振り返ると、顔に『哀れな兄さん』と書いてあった。
「『新人ナース恥辱の股縄』・・・。あらあら~?ずいぶんマニアックなジャンルに手を出したのね~?」
「そそそそれは・・・世間には様々な趣味の方がおられるという現実をふまえた、言わば社会勉強の一環としてですね・・・」
「『少女の過ち生えるまで待てない』・・・。今はこの手のものはご法度だと思うけど?弟くん、もしかして捕まりたいのかな~?」
「・・・・いや、モデルは当然18歳以上なわけでございまして、先ほど僕(しもべ)が申しましたように多種多様な趣味の形態のひとつということで、しかしそれは言ってみれば・・・」
音姉はぽいとエロ本を投げ出すと、ため息をついて残りのコレクションを見回した。まだ数冊残っている。
「お姉ちゃん、いちいち手に取るのも嫌になってきたかな?ね、由夢ちゃん?」
「や、男なんてそういうものだと思ってますから」
由夢はこの手のモノに比較的寛容だ。
頼むから、音姉も少しは由夢を見習ってくれ。
男ってのはそういうものなんだ・・・。
「じゃ、兄さん頑張ってください」
由夢は薄情にも兄を見捨てて出て行ってしまった。お前だけが心の支えだったのに。
この俺にどう頑張れというのだ。
「・・・」
音姉のこめかみがピクピク震えている。
俺は雷が落ちる前に、さっと正座した。
「ふぅん?さすがに三度目ともなると、要領を心得ているようね?」
「あ、ありがたきお褒めの言葉、光栄でございますっ」
「お洗濯物が乾くまで、た~っぷり時間があるんだから」
洗濯物が乾くまでって・・・マジですか。
「あの、お姉さま、仏の顔も三度までと言うではありませんか。ここはひとつ、寛容の心を持って・・・」
「弟くん」
「は、はい?」
「それは誤用でしょ。三度までなら許してもらえるなんて意味じゃないことくらい、とーぜん知ってるよね?」
「は?ははははっ、もちろんですともっ!」
俺は訳も分からずひれ伏した。
「え、ええと、二度あることは三度あるとも申しますし・・・」
「弟くん」
「はい?」
「それって、今の弟くんの立場で使えば『ほとぼりが冷めたらまたやるぞ』って意味になるんだけど、分かって使ってる?」
「へ?も、もちろん軽い冗談でございますともっ!やだなあ、はははははっ」
俺は再びひれ伏した。
相手は本校で成績トップクラスの音姉だ。
しゃべればしゃべるだけ墓穴を掘ってしまう。
「全く・・・あなたという人は、何度言えば分るんですかッ!!!」ついに雷が落ちた。
「ひぃぃっ」
そして2時間が経過した。
正座したままの足は、しびれを通り越して感覚がなくなってしまった。
まだ嵐は止みそうもない。
外はこんな良い天気だというのに・・・。
音姉の説教は、理論的に正攻法で攻めてくるタイプだ。
同じことを何度もグチグチ繰り返すことがない。
だから、俺は小さくなって嵐が過ぎ去るまで耐えるしかないのだ。
口答えしようものなら、火に油を注ぐ結果しか生まないことは経験上分っている。
それにしても、よく言葉が次から次へと出てくるものだ。
音姉、絶好調だよ。
でもね、男っていうのはそういうものなんだ。
駄目と言われて、はいそうですかと聞けるものじゃないんだ。諦めてくれ。
俺は心の中でつぶやいた。
「弟くん、何か納得行かない点でも?また最初から説明して欲しい?」
「とととととんでもございません、お姉さま!!」
俺は心底ビビって叫んだ。
それだけは勘弁してください。
その時、俺の頭にあるひらめきが浮かんだ。
CLAN○ADという名作古典アニメで、ヒロインのオヤジさんがよく用いる戦法だ。
あれを使えないだろうか。
俺の見るところ、音姉には効果がありそうな気がする。
かなり恥ずかしいけど、やってみるか・・・
このまま休日がふいになるくらいなら・・・
よし、やってみよう・・・
「弟くん!!!ちゃんと聞いてるのッ!!??」
俺は頭から湯気を立てている音姉に向かって、大きく息を吸い込んだ。
そして、窓ガラスが震えるほどの声で叫んだ。
「おとめさん、好きだぁぁぁぁぁぁッ!!!」
音姉はお説教ポーズのまま、ピキーンと固まって動かなくなった。
「・・・」
「・・・」
予想を上回る効果だった。
これだけ茫然とした人間の表情を見る機会はそう多くないだろう。
この隙に逃げ出せそうだったけど、しびれて感覚のなくなった足が動かない。
俺は正座したまま音姉と対峙する形になった。
嘘は言ってないからな、と目に力を込める。
「・・・」
1分ほど経過したはずだが、音姉は動かない。
息をしているのか心配になってきた。
肝試しの時みたいに、立ったまま気絶している可能性もある。
俺、思いっきり叫んだからなぁ。
「あの、お姉さま?」
俺は音姉の目の前でひらひらと手を振ってみた。
頭はそのままで、目だけが俺の手の動きについてくる。
「もしもし、生きてますか~?」
そんなにショックだったんだろうか。
何だか悪いことをしてしまったような気がしてきた。
「あ・・・」
やっと音姉がこちらに顔を向けてくれた。
「・・・そ、そんなこと言ってこの場を切り抜けようとしたって駄目なんだから」
蚊の鳴くような声だった。
音姉は腰が抜けたようにすとんとベッドに腰を下ろすと、何か考えている様子で沈黙してしまった。
偶然だけど、対音姉秘密兵器を手に入れたぞ・・・
義之は『音姫を黙らせる』を習得した!
しかし『音姫マスター』への道はなお遠い・・・なんちって。
「あの・・・わたくしめもベッドに腰掛けてよろしいでしょうか?もう、足の感覚がなくなって久しいのですが」
試しに言ってみたが、音姉は正面を向いたまま黙っていた。
了解を得たものと解釈して、ずりずりと這うようにしてベッドに上がる。
血が通い始めた足先がふわっと温かくなり、次いで猛烈なしびれと刺すような痛みが襲ってきた。
「ほぉぉぉぉ・・・」
誰かにつん、と足先をつつかれようものなら、悲鳴を上げてのたうち回るに違いない。
正座の後は、この感覚がたまらないんだ・・・
「弟くん・・・一つ聞いていいかな」
やがて、音姉の静かな声が聞こえた。
「は、はいっ!何でございましょうか!」
俺はあわてて姿勢を正した。
ここで対応を間違えたら、また振り出しに戻ってしまう。
「私、もう怒ってないから。・・・普通にしていいよ?」
「そ、そう?」
横目で音姉を見ると、目を伏せて何か迷っているようだった。
「さっきの言葉なんだけど・・・。本心かな?それとも私のお説教から逃れるための作戦?」
「・・・」
「本当のこと言ってくれるかな。どっちだとしても怒らないから」
音姉は、ちらと俺の方を見てすぐに視線を戻した。
どうしてそんな泣きそうな顔をするんだ?
「・・・」
音姉を悲しませるのはよくない。
「両方」
俺は正直に答えた。
説教から逃れたかったのも事実だし、音姉に対する気持ちにも偽りはない。
「音姉・・・」
「・・・弟くんはずるいよ」
「そう・・・かな。でも嘘は言ってないよ」
「『二度といなくなったりしないから、音姉にはずっと笑顔でいて欲しい』・・・その気持ちは少しも変わっていない」
「当たり前だよ・・・。またいなくなったりしたら、一生笑ってあげないんだから」
音姉はそう言って、気が抜けたみたいにため息をついた。
「ふう、うまく逃げられちゃったかな」
「そんなことないって、本気、本気」
「もう同じ作戦は通用しないんだからね」
音姉の声は弱々しかった。
「しかし、たかがエロ本でこんな騒動になるかなー」
居間に降りて音姉と二人でホットミルクをすすりながら、つい本音が出てしまった。
「たかが、じゃないよ」 音姉は口を尖らせた。
「女の子はね、『私じゃ駄目なのかな』って不安になっちゃうんだよ?」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ。モデルさんはみんなスタイルいいでしょ、胸だってすごく大きいし」
「あのさ、自分とモデルさんを同列に置くところが、根本的に間違っているんだって」
「うん?」
「だから、音姉は恋人、モデルさんはあくまでモデルさん。好きな人でも何でもないじゃないか」
「弟くん、分ってないなあ」
「何が」
「『私を見て欲しい』んだよ。ま、超鈍感な弟くん相手じゃ言うだけ無駄かな」
「う~ん・・・」
分るような分らないような。
「あはは、女ってやつはわかんねえ、とか思ってる?」
「・・・まあね。俺からも言わせてもらえば、男はスケベなものだと諦めてくれ、ってところかな」
「男は、じゃなくて弟くんは、でしょ」
「・・・何とでも言ってくれ」
音姉は「まだちょっとドキドキしてる」と胸を押さえていた。
「あれ・・・」
戻ってきた由夢が唖然としていた。
なごんでいる俺と音姉の姿を、ありえない物でも見たような顔で見比べている。
「由夢ちゃんお帰り、ホットミルク飲むでしょ?」
「あ、うん・・・」
音姉がいそいそと台所に向かう。
「に、兄さん・・・一体どうやって?」
まな板の上の鯉状態だった俺が、こうしてピンピンしているのが信じられないらしい。
しかも、音姉の機嫌が直っているのだから尚更だ。
「ふっ・・・俺だってやるときはやるんだよ」
「・・・」
由夢の数年ぶりの尊敬のまなざしがこそばゆい。
「由夢ちゃん、悪いけど弟くんの部屋のアレ、また燃やしておいてくれるかな」
ホットミルクを差し出しながら音姉が言った。
「あちち・・・うん、いいよ」
「・・・やっぱり、そうなるんですか。そうですか」
俺はがっくり肩を落とした。
「弟くん?何か不満でも?」
音姉に耳を引っ張られた。
「め、滅相もない!!あんな物、さっさと燃やしてしまいましょう!!はははははっ」
顔で笑って心で泣く俺。
「うん、よろしい」
こうして俺のスイートな第三期コレクションは灰になったのだった。
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D.C.2の二次創作です
キャスト:義之、音姫、由夢
ジャンル:コメディ