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真恋姫無双幻夢伝 第六章3話『霧中の決闘』

赤壁の戦い、孔明の十万本の矢を獲得するシーンです。

2015-02-06 17:27:57 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1772   閲覧ユーザー数:1652

   真恋姫無双 幻夢伝 第六章 3話 『霧中の決闘』

 

 

 初夏を迎えた江南でも霧が発生することがある。多くの場合、霧は空気中の水蒸気が気温の低下で冷やされることで生じる。一方でこの付近では、まだ冷たい長江の水によって霧が生み出される。

 この朝は特に濃い霧が、視界を覆っていた。

 

「嫌な霧ね」

「はい」

 

 華琳の傍にいた桂花が頷く。まだ空が白み始めたばかりで、駆け抜ける風を肌寒く感じる。

 

「華琳さま、お部屋に戻られた方が」

「いいのよ。もう起きてしまったし、気持ちよさそうに寝ている春蘭の邪魔はしたくないわ」

 

 昨晩もお楽しみだったようで、と自分の主君の性欲の強さに感心すると同時に、春蘭に対して嫉妬する気持ちが湧き上がる。もっとも自身も可愛がられているし、昨晩は彼女の番であったことは間違いないので、文句を言えた義理ではないが。

 

「それに」

 

 華琳は霧の向こうを見やる。

 

「こういう日は危ないわ。これだけの兵力差があると、相手は奇をてらった攻撃を仕掛けてきやすいものよ。奇襲にはぴったりの状況…」

 

と心配する彼女の元に、一人の兵士が駆け寄ってきた。彼は跪いて報告する。

 

「報告!敵の船影らしきものが見えり!」

「ほらね」

 

 華琳は桂花の方を見ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 川岸に建てられた柵まで走ってきた秋蘭は、意外な人物を発見した。

 

「早いな。というよりも、なぜここにいるのかの方が不思議だが」

 

 川を凝視していた華雄が声をかけてきた彼女の方を向く。曹操軍側の陣にいるのは、確かに不思議なことではあった。

 

「ああ、夏侯淵か。目覚めの散歩のついでに応援に来ただけだ。邪魔だったか?」

 

 秋蘭は柵の近くにいる兵士を見ると、その中に汝南の兵士も混じっていることに気が付いた。血の気が多い彼女には、この長い滞陣の気晴らしが欲しかったのだろうか。秋蘭は、華雄が彼女の得た情報通りの単純さであることに、心の内でくすくすと笑った。

 

「いや、援軍かたじけない。それで状況はどうだ?」

「ちらほらと船影は見えるが、霧が濃すぎて敵の数ははっきりしない。だが、この大軍に仕掛けてくるのだから、相当数はいると見るべきだろう」

「なるほど」

「斬りこむか?」

 

 華雄は腰の剣に手をかけて同意を求める。しかし秋蘭は冷静に判断した。

 

「いや、まだ我が軍は船上での戦いに慣れていない。ここは手痛い反撃を食らわせて、追い返すべきだろう」

「具体的には?」

「これさ」

 

と言った彼女は、背中に携帯していた大きな弓矢を持ち出した。その意図を理解した華雄は、自軍の兵士に命令を下す。

 

「全員、弓矢を準備しろ!合図と共に撃つのだ!襲来してきた敵を後悔させてやれ!」

 

 

 

 

 

 

 曹操軍の陣に到着してから四半刻(30分)後、ダンッダンッと矢が船の木材に突き刺さる音が鳴りやまない中、一刀と朱里は恐る恐る船の上へと出てきた。

 

「これはすごい」

「はわわ!」

 

 ハリネズミのようになっている船の姿を見つめて、2人は目を丸くして驚いていた。敷き詰められた藁や兵士の姿をした藁人形に、無数の矢が突き刺さっている。

 

「やりましたね、ご主人様!」

「さすがは、朱里だな!すごいよ!」

 

 頭を撫でられた朱里は、「はわわ」と顔を赤くした。そこに船内から星が出てきた。

 

「これは想像以上ですな、主よ」

「ああ、大成功だ」

「ふふふ、これに驚く呉の武将どもの姿が早く見たいものです」

 

 ニヤリと笑う星を見て、一刀はたぶん自分もこんな顔をしているのだろうな、と想像してみる。蓮華たちの見下す態度にイライラしていたのは、彼も同じであった。

 この朱里の作戦の目的は、敵から矢を回収することにある。わざと敵を挑発して、矢を撃ちかけさせる。それらをこの藁を敷き詰めた船に吸収させることで、ある程度無傷の矢を集めることが出来るという仕組みだ。この作戦には姿を隠すための濃霧が欠かせない。気候と敵の行動を見抜いた見事な作戦だ。

 ここら辺が頃合いと見て、朱里は提案する。

 

「もう十万本近く集まっているようです。もうそろそろ引き返しましょう」

「そうだね。この霧が晴れてきたら大変だし、引き上げようか」

「では漕ぎ手に伝えてきましょう」

 

 星はまた船内に消えていった。一刀と朱里は船室近くの藁の陰に隠れながらこの光景を眺め、成功の喜びに浸っていた。

 一刀はこの成果に安心していた。以前読んだ三国志演義とは色々な点が違う。季節や兵力など、その多くは味方にとって有利に働くものだったが、彼にとっては不安の種となっていた。

 でも、この作戦はちゃんと成功した。演義通り霧も発生したし、朱里こと諸葛孔明が活躍したことも当たっている。

 

(この戦いは勝てる!)

 

 一刀は力強く手を握り締めた。

 しかし彼は気付いてはいなかった。ここには“イレギュラー”な存在がいることに。

 

「見事な作戦だ。さすがは孔明というところだな」

 

 ビクリと体を震わして、二人は声がした方を見た。船上に立ちこめる霧の中に人影が浮かぶ。

 その人影は段々と近づきながら、話すことを止めない。

 

「ただし詰めが甘い。危険とはいえ、見張りは立てておくべきだ。なぜならこうして敵の侵入を許してしまうからな。霧は誰の味方でもない。そうだろ、北郷一刀?」

「李靖!」

 

 やっと顔を確認できた一刀が、アキラを睨み付ける。そして腰の剣を抜くと、怯える朱里をその背中に隠した。

 先日手に入れた南海覇王を肩に担いだアキラは、彼の行動を鼻で笑う。

 

「仲間を呼んだ方が良いと思うぞ。お前の腕では俺には勝てない」

「黙れ!朱里は俺が守る!」

 

 殺気立つ一刀に対して、アキラは平然と近づいていく。二人の距離がいよいよ縮まってきた。

 一刀は今まで溜めてきた怒りをぶつけ始めた。

 

「なぜ俺たちの邪魔をする!?寿春でも徐州でも、お前のせいで皆、苦しんだ!」

「おいおい、寿春はそっちから仕掛けてきただろうが。記憶を美化するもんじゃないぞ」

「お前がいなければ戦争なんて起きなかったんだ。この赤壁だって!」

「それは違うな。黄巾の乱以来、この国はずっと戦争状態だ。俺たちが治めて平和が戻った」

「それは勝者の詭弁だ!俺たちの土地から出ていけ!侵略者!」

 

 一刀は怒りに任せてアキラに突っ込んだ。しかしアキラは剣を使うこともなくさらりと避けると、彼に足を引っかけた。

 

「うわっ!!」

「ご主人様!!」

 

 朱里の悲鳴が飛ぶ。一刀は思いっきり転んで床に横たわった。しかも不覚にも剣を離してしまう。

 アキラは彼の剣を遠くに蹴飛ばすと、うつ伏せに横たわる彼の背中を片足で踏んだ。一刀はいくら動いても、重心を押さえられているために起き上がることが出来ない。

 彼はもがく。

 

「は、放せ!」

「お前たちは『みんなが笑って暮らせる世界を作る』ことが目標らしいな」

 

 アキラは大きく剣を上げた。見下す瞳に感情は無い。

 

「その幻想を抱きながら、あの世へ行け」

 

 その時、青ざめる朱里の後ろから、槍を持った人影が飛び出てきた。

 

「その汚い足を放せ!!」

「星!」

 

 星は一刀の上にいるアキラを槍で払う。彼は一刀を踏んでいた足を放すと、後ろに跳んでそれをかわした。

 

「大丈夫ですか?!」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 一刀がゆっくりと立ち上がる。彼の顎から血が出ていた。それに気が付いた星は、額に青筋を立てる。

 

「許さん!」

「来い、趙雲!」

 

 駆け寄って一気に間合いを詰めた彼女の突きを、アキラは剣で払いながら、次の瞬間には彼女の身体を袈裟切りにしようと剣刃を向ける。彼女はそれを受け止めたが、槍から伝わるその攻撃の重さに顔をしかめる。

 

「くっ」

「それでおしまいか?」

「なめるな!」

 

 彼女はその場で素早く回転しながら、ブンと空気を切り裂きながら彼を薙ぐ。アキラは後ろに飛び退いた。

 彼は余裕の表情のまま、自分で自分の行動に呆れていた。

 

「やれやれ。奇襲返しに小舟でここまで来たが、明らかに軽率だったな。この剣を持っていると雪蓮に似てくるのか?」

「おしゃべりはそこまでだ。主を傷つけた罪は重いぞ」

「そんなに怒るなよ。綺麗な顔が台無しだ」

「心配は無用だ。参るぞ」

 

 そんな会話を、冷静さを取り戻した一刀と朱里が聞いていた。二人の激しい戦いが続く中、朱里がぼそりと呟く。

 

「……こんな時でも女の人を口説くのは、ご主人様と似ていますよね」

「朱里?!」

 

 その時、船内からやっと兵士たちが戦闘準備を終えて出てきた。朱里は早速命令を下す。

 

「半分は星さんを援護して下さい!もう半分は帆を張ってください!このまま帰還します!」

 

 それを聞いたアキラは、チッと舌打ちをする。このままでは相手の陣地に行ってしまう。

 

(ここまでだ)

 

 彼は大きく剣を振るって星を遠ざけると、一刀に向かって言葉を投げた。

 

「北郷一刀。理想を語りたければ勝ってからにしろ。夢を見過ぎて現実でこけるなよ」

 

 そう言った彼は、船のへりから下へと飛んだ。

 

「なっ?!」

 

 星が慌てて近寄って見下ろすと、彼はすでに小舟に乗っていて、一刀たちの船に括り付けていた縄を斬った。

 彼女はへりから身を乗り出しながら怒鳴る。

 

「卑怯者!引き返せ!」

「趙雲、勝負は預けた。さらば!」

 

 櫓を巧みに操る彼は、高らかに笑いながら霧の中に消えていった。

 逃がしたことに舌打ちをした星は、一刀の元に駆け寄ってきた。

 

「申し訳ありません。奴を逃がしました」

「いや、怪我が無くて良かったよ」

 

 一刀は朱里から渡された布で顎を押さえながら、彼女に微笑んだ。しかし星の怒りは収まらない。

 

「忌々しい奴ですな。いずれ討ち果たさなければなりません」

「そうだな。この戦いで決着をつけよう」

 

 東から上ってきたに照らされる長江。霧が段々と薄まっていく。彼らの船は大きな戦果と心のしこりを乗せて、帰路に着いた。

 

 

 

 

 


 
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