意気揚々と出発する兵士たちと共に一刀たちは城を出た。
その軍の中ほどに、一刀たちは集まっていた。
「それで詠、敵はいったいどういう奴らなんだ?」
「どうしたのよ、急に?」
馬上の一刀が突然した質問に、詠も尋ね返してしまう。
「詠が気づいてないはずないだろ?今回の賊騒ぎ、いつもとは違うんじゃないのか?」
一刀の的を射た発言に詠は感心した。
「よく気づいたわね。」
「ん?どういうことや?」
二人の会話に霞も入ってくる。
「盗賊たちの手口があまりにも巧妙すぎるんだ。」
一刀の説明に霞は納得したようだ。
「あー、なるほど。確かにいつもと違うなぁ。」
「そうよ、いつもの盗賊どもの手口ではないわ。」
そうなのだ。今までの賊は普通、どこを襲うかなどは決めたりしなかった。せいぜい、守兵はどのくらいいるか?どのくらいのたくわえがあるのか?など、それくらいだろう。
それなのに、今回の盗賊はあえて小さい邑ばかりを略奪をした。それも城に近いところで。
小さい邑なら守兵の数もそんなにいないだろうし、それに城に近いというところも肝だ。
灯台もと暗し、と言うことわざにもあるように、近すぎるとかえって目が行き届かないこともある。
加えて、城の近くの邑は賊などに襲われることなど滅多にない。たくわえもさぞかし沢山あるだろう。
もちろん、気づかれたらすぐさま兵を派遣されてしまうだろうが、盗賊どもは人質をとるということでそれを防いでいる。卑劣だが実に有効な手段だ。現に今まで詠たちが気づかなかったのだから。
盗賊は大体、食い詰めた農民などが最後に堕ちるところだ。そんな彼らがこんな方法を思いつくはずがない。
「それに詠も来ているってのが決め手かな?」
「ふーん・・・。なら聞かせてもらおうかしら?あなたがどういう考えに至ったのか。」
詠が挑戦的な瞳で一刀を見る。
「別に、そんな大したことじゃないよ。恋と霞が来ているのはわかる。恐らく見せしめの意味合いも兼ねているんだろう?」
一刀が確認するように詠を見る。詠は頷き、「続けて」と先を促した。
「・・・だけどそこに詠が加わるとなると、一つの仮説が浮かぶんだ。それは・・・・・・」
「それは?」
詠がジッと一刀を見つめる。
「・・・敵の中に軍師、または軍略に詳しい人がいる。」
「・・・・・・・・・・・・」
詠が突然黙ってしまった。
(あれ?間違えたかな?)
一刀は内心ハラハラしながら詠の言葉を待つことにした。
「・・・そうね、ボクもそう思うわ。」
しばらくして詠がそうポツリともらした。
「なんだよ詠、変に間を空けるから間違ってたかと思ったじゃないか。」
「うるさいわね。ボクも自分の考えをまとめてただけよ。」
「それじゃあ、詠は敵の中に軍師がいると思うとるんやな?」
「ええ、そうよ。・・・・・・二人ともこれを見てちょうだい。」
霞が確認するようにそう聞くと、詠は手紙を取り出し、霞に手渡した。
「これは・・・・・・」
手紙を読んだ霞がなんとも言いがたい顔をして読んだ手紙を一刀に手渡す。
一刀が手紙に目を通すと、そこには『助けてください』といった内容の救援要請が書いてあった。さらにその下に、盗賊の人数、盗賊の頭の人相、居座っている邑とその周辺の簡単な見取り図と盗賊たちの配置などが、こと細かに記してあった。
それを読み終えた一刀は手紙を詠に返して尋ねた。
「この手紙は誰から?」
「流れの商人からよ。だけど、この手紙はその商人が書いたものじゃないらしいわ。」
「どういうこっちゃ?」
「商人の話では、その商人が襲われていた邑に向かおうとしたら女の子がやってきて、『この先の邑は盗賊に襲われているから行っては駄目です。ですから急いでこの手紙をお城まで届けてください。』と言われてこの手紙を届けに来たそうよ。」
詠の話に一刀たちは思案顔になる。
「罠っちゅう線やないか?」
「その可能性は低いわね。連中は今まで知られていなかったのよ。それなのに、自分から気取られるような真似をするはずがないわ。」
「そうだな、俺もそう思う。」
一刀が詠の考えに同意する。
「ほな、その女の子っていうのはいったい何者なんや?」
「知らないわよそんなの。・・・一刀はどう思う?」
詠が一刀に聞く。一刀はしばらく歴史にあった出来事をさらってみるが、心当たりが一つも出なかった。
「俺もわからないな。・・・まぁ、行ってみればわかることだろう。」
「それもそうね。」
詠が相づちをうち一行は問題の邑へ向かった。
「どういうことなんだ・・・・・・これは・・・」
一刀は呆然と目の前に広がる光景を見つめていた。
あまりの衝撃に思わず馬から崩れ落ちそうになるが何とか踏みとどまる。
詠も霞も恋でさえ、そんな一刀に気を払わずにある一点を見つめていた。
一里、二里ほど先にある、一刀たちが向かっていた邑が今、
燃えていた。
邑のあちこちから煙が立ち昇っており、何があったのか容易に想像できる。
「何故だ・・・・・・何故・・・こんな・・・・・・」
「落ち着くんや、一刀。」
パニックになりかけた一刀に霞が声をかける。
「そ、そうだな、とにかく急いで生存者がいないか確認しに――――」
「だから落ち着きなさいってば。今、斥候を向かわせているからそれが戻ってくるまで待ちなさい。」
詠がはやる一刀をなだめるが、一刀は冷静になれなかった。
「そんな!あそこには生きている人がいるかもしれないじゃないか!?急いで助けに行かないと――――」
「一刀」
一刀の言葉をさえぎって、今度は恋が話しかける。
行軍中、一度も声を出さなかった恋が唐突に話し出したので、一刀は思わず口をつぐんでしまう。
「助けたい気持ちは恋も同じ。・・・だけどそのせいで兵を危険にさらしちゃ駄目。」
「・・・・・・・・・」
恋の淡々とした、それでいて力強い言葉に一刀はようやく冷静になることが出来た。
「恋の言うとおりよ。この先は何があるかわからないのだから、慎重にならないといけないわ。」
「・・・・・・そうだな。取り乱してすまない・・・・・」
一刀は謝罪した。確かにさっきの自分は軽率だっただろう。
「気にすんなや。それより斥候が戻ってきたみたいやで。」
霞がそう言うと一刀たちの前に一人の兵士がやってきた。
「報告します!邑の周辺に賊の姿は見あたりませんでした。」
「わかったわ。あなたは引き続き周囲の警戒にあたりなさい。」
「はっ!」
兵士は一礼すると、そのまま去っていった。
「じゃあ、これから誰かに邑の様子を見に行って欲しいんだけど・・・」
「なら詠、俺に行かせてくれないか?」
「あなたが?」
「ああ、俺はこのままここでジッとしているなんて出来そうにない。だから頼む詠!」
詠は考える。半ば予想していたとはいえ、どうするべきか。月との約束もある手前、一刀にはなるべく自分のそばにいて欲しいのだが・・・・・・
詠は一刀の目を見た。その瞳には強い決意が秘められている。おそらく駄目だと言っても聞かないであろう。
「はぁ・・・わかったわよ。その代わり、霞にも行ってもらうことにするわ。いいわね霞?」
「うちは別にかまわんで。」
「いいわね一刀。霞の指示にはちゃんと従うのよ。」
「ああ、わかったよ。」
「ほな、行こか。」
霞はそう言うと自分の隊に指示を出した。
「これがこの世界の現実か・・・・・・」
「ん?一刀、何か言うたか?」
「いや、なんでもない。」
一刀は手綱を握り締め、霞の後についていった。
その光景は想像していたよりも酷いものだった。
普段は人が行き来していたであろう通りには無残にも残骸が散らばっており、家々も火が放たれてからしばらくたったのか、所々焼け焦げており火がくすぶっていた。
だが何よりもまず目に付いたのは、そこに倒れている人・・・・・・・・・いや、人であったもの。
背中を切られて息絶えた者。槍を突かれて失血死した者。矢を射られて倒れた者。ありとあらゆる死がそこにはあった。
「うっ・・・・・・」
あまりの凄惨な光景に一刀は嘔吐してしまった。
「一刀、平気か?つらいようなら戻るとええで。」
霞が気遣わしげにそう言ってくれた。だが、一刀はその言葉に甘えるわけにはいかなかった。
「げほっ、げほっ・・・・・・い、いや、平気だよ。」
「それならいいけど・・・・・・無茶したらあかんで?」
「ああ、心配をかけてすまない。どうしても駄目だったらちゃんと言うよ。」
一刀がそう言うと、霞は納得したのか部隊に指示を出していく。
「ひとまず生存者がおるか捜すんや!一小隊ずつ分かれて辺りを捜索しい!」
霞が指示を出し終えると部隊はあたりに散っていった。
「一刀はうちと一緒に来るんや。うちから離れるんやないで?」
霞はそう言うと先に進みだした。一刀もその後についていった。
「霞は・・・平気なのか?」
「ん?」
通りを歩いてしばらくして一刀は霞に話しかけた。
「何がや?」
「この邑のありさまを見て霞はなんとも思わないのか?」
自分はこの惨状を見て正直、平静ではいられなかった。極力、目を向けないようにしているが、そこかしこに死体が転がっている。
霞はそこをまるでいつもどうり、それでいてどこから襲われてもいいように周囲を警戒しながら進んでいた。
あまりに冷静な彼女の様子を見て一刀は聞いてみたのだが、霞は今までとは打って変わって声に怒りをにじませて話し始めた。
「・・・平気なわけ・・・・・・あるかい・・・!!」
「・・・・・・・・・」
一刀は霞の怒気に何もいえなかった。
「これだけ多くの人を殺されてなんとも思うとらんわけあるか!!」
一刀はそれで理解した。霞が今まで平静を装っていたのは、それは霞が兵士達の前にいたからだ。
霞は指揮官だ、だから安易に感情を兵士たちの前であらわにしてはいけない。
一刀はそのことに気づくと安堵した。やはり彼女は自分の思ったとおりの人だったと。
そんなやり取りをしていると通りの向こうから悲鳴が聞こえた。
「だ、誰か!助けて!」
そこには六歳前後の少年がこっちに向かって走ってきた。
「こっちだ!君たちを助けに来た!」
一刀は生存者がいたことを嬉しく思い、少年に向かって叫んだ。
少年は一刀たちを見て盗賊ではないと気づいたのだろう。その顔には希望が宿り始めた。
しかしその直後、少年の背後から飛来した矢が少年の背中に突き刺さった。
「あっ・・・・・・」
少年はそのまま地面に倒れた。
それを見ていた一刀は一瞬呆然となるが、すぐさま我に返り少年の下に駆け寄った。
「おい!大丈夫かしっかりしろ!」
一刀は少年を抱き起こすと懸命に声をかけた。
「・・・う・・・・・・あ・・・」
少年はうつろな目で一刀を見つめた。
「・・・・・・い・・・たい・・・・・・た・・・す・・・けて・・・」
少年は血を吐いて目に涙をにじませながら言った。
「ああっ!すぐに医者の所まで連れて行く!だからそれまで頑張るんだ!死ぬんじゃない!」
だが、一刀は見てしまった。少年の背中に深く突き刺さった矢を。それは、もうこの少年が助からないことを如実に物語っていた。
しかし、一刀は願わずにはいられなかった。この子は助かるんだと、こんな理不尽なことがあってたまるかと。
「・・・とう・・・さ・・・ん・・・・・・かあ・・・さん・・・」
少年はそこまで言うと、急速に力が抜け始めた。
そのまま、呼吸も少なくなりやがて・・・・・・・・・止まった。
「そ・・・んな・・・・・・」
一刀はそのまま力なくうなだれてしまった。
「一刀・・・」
霞も一刀になんて声をかければいいかわからなかった。
その時、通りの向こうから野太い男の声が聞こえた。
「見ろ!あそこに獲物がいるぞ!」
そう言うやいなや一刀たちの前には二十数人ほどの男どもが現れた。
手にはそれぞれ剣や槍、そして弓を握っており彼らが先ほどの矢を放ったのだろう。
「おい!あの女、中々の上玉じゃねえか!?」
霞を見た一人の男がそんなことを言った。
「ああ!それにあの兄ちゃんもすげぇ上等な服を着ているぞ!」
一刀たちを見た男どもは口々に興奮して話始めた。
「おのれら・・・!」
霞が怒りに震えながら男どもをにらみつける。
男たちは一瞬ひるんだが、こっちのほうが大勢いるからか、すぐに持ち直した。
「そうにらむなよ姉ちゃん。すぐに俺たちが楽しませてやるからよ。」
一人の男がそう言うと周りの男どもが下卑た笑みを浮かべて霞に迫り始めた。
「そうか・・・」
霞はうつむいて平坦な声でそうつぶやいた。
男どもはそれがあきらめた様に見えたのだろう。相好を崩してさらに霞に近づいた。
しかし、それは間違いだった。彼女はあきらめたのではなく、ただ、怒りの限界を超えただけなのだから。
「・・・なら・・・・・・・・・早速楽しませてもらおうかぁ!!」
そう叫ぶやいなや、霞は手に持っていた飛龍偃月刀を大きく横になぎ払った。
ざしゅう!!
霞の一撃で一番手前にいた二人が切り伏せられた。
「なっ!こいつ!」
男の一人がすぐさま槍を構えようとするが、
「遅いで!」
ずばぁ!!
それは神速と謳われた霞にはあまりに遅すぎた。そのままさらに、武器を構えていない者を二人切り倒す。
それでようやく男たちは武器を構えるが、あっという間に五人を倒されたことにより男たちの間に怯えが見え始めた。
「ひるむんじゃねえ!まだこっちのほうが大勢いるんだ!あいつに教えられた通り、まずはこいつを取り囲んじまいな!」
その時、一番後ろにいる弓をもった男が男たちを鼓舞した。それにより男たちは持ち直し、言われたとおりに霞を囲み始めた。
霞はその男の顔を見て気がついた。そいつはあの手紙に書かれていた盗賊の頭の人相と、うり二つだからだ。
「あんたがこの盗賊どもの頭か!?」
それを聞いた男が心外だとばかりに言い返した。
「俺たちをあんな奴らと一緒にしないでもらおうか!我らは非道なる領主どもからこの大陸を救うために結成した正義の一団なのだからな!」
周りの男たちも、そうだ、そうだ、とその言葉に賛同する。
それを聞いた霞は一瞬、怒りを忘れて呆れてしまった。
「何が正義の一団じゃ、この阿呆んだらどもが!何の罪もない村人たちを殺しておいて正義もクソもあるかい!」
「それはここの村人たちが悪いのだ。我らは悪辣なる領主を倒さんがために協力を求めたのに、ここにいる者たちは、『ここの領主は悪い人ではない。今の暮らしに満足している』などと腑抜けたことをぬかしやがる。だから制裁をくわえてやったのだ。」
周りからも「臆病者には死を!」や、「裏切り者には制裁を!」など実に阿保らしい言葉が聞こえてきた。
「見たところ、お前たちは貴族とその護衛といったところか。お前たちが私腹を肥やしているから、俺たちが悲惨な目にあうんだ。その報いは受けてもらうぞ。」
頭の男が合図を出すと周りの男どもが一斉に襲い掛かってきた。その統率された動きにさすがの霞も驚いた。
しかし、相手が悪かった。確かに並みの者ならこの方法で十分通じるだろうが、霞は並どころかそのさらに上をいく武将だ。立ち止まったりはせず、常に動き回り機先を制して確実に一人ずつ減らしていく。
そして半分以上倒されたことにより焦りを覚え始めた頭の男が新たな指示を出した。
「何をしているんだ!そいつが駄目なら後ろで縮こまっている貴族を殺してしまえ!」
「なっ!?」
霞は内心、しまったと思った。怒りで我を忘れてしまい一刀から随分と離れてしまった。
一刀は別に縮こまっていたわけではない。目の前で失ってしまった命を目の当たりにして、ぼう然自失としているだけだ。
しかし、危険な状態であるのは変わらない。霞は急いで一刀のそばに駆け寄ろうとするが、それをさせまいと数人の男どもが霞に殺到する。
「ええい!邪魔や!どきや!」
霞が目の前の男を打ち倒して一刀のもとに駆けるが遅かった。一人の男がその間に一刀のそばに来ていた。
男が剣を振り上げた。
「一刀!」
霞が声を張り上げるが一刀は何の反応も示さない。
「死ね!この貴族野郎が!」
男はその言葉と共に剣を振り下ろした。
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長々と、ほんっっっとうに長くお待たせしました。
蒼天シリーズ第六段、遂に投下します。
何故これ程長く間をあけてしまったかと言うと実は病気にかかってしまったのです。
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