No.751212

白の猴王 猛き黎明

第四弾 狩りのシーンもありますが自分は弓は苦手なのでよー分かりません。 尚、舞台は2gの雪山ですので2gをプレイした人には情景が伝わる、かも知れません。BGMはモンハンでどうぞ

2015-01-13 20:31:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:457   閲覧ユーザー数:452

 大きな松からなる黒い針葉樹の森の中、崖に沿った細い道をたどりあがると小さな庭ほどの空間があり、枝に隠れるようにして太い骨組みに布を張っただけの簡素な小屋が設置されている。

何処でもそうだが、狩場と呼ばれる地帯のベースキャンプの立地はモンスターと接触出来る位置でありつつ、出来るだけ安全な場所を確保しようとしてしているからか日当たりの良い場所に堂々と、という所はない。

 

夜明け前に到着した四人、ドーラ、チョコ、クロドヤ、レマーナンはひとまずここで荷を解き、そのまま休むことなく出立の準備に掛かった。

爆弾等、ひとまず要りそうもないものはここへ置いて行く。そして装備の確認、防具にほつれ破れがないか入念にチェックし、各々が持ち込んだ得物を確かめる。

 

4人ともそれぞれが整えられるだけの準備は整えてきている。

松明代わりの炎が、日が昇る前の藍が深く溶けた森を所々赤く照らし出す。

「地図は渡してあるけど一応ガイドもするから」

「頼む」

ドーラの言葉に手を止めずにチョコが答えた

 

  今回の狩場は雪山と呼ばれる地帯にある。

寒冷地の高山を中心としている一帯で、氷雪に削ぎ落とされた峻厳な稜線が連なる様はさながら轟竜=ティがレックスの顎を思わせた。

苛酷な環境だが、ここはモンスターが生息している”適地”の一つだった。薬草や特産品も多く産出するためハンターへの依頼も多い。

ドーラの住む村からは最も近く、幾度も訪れている彼女にとっては庭とも言える場所(フィールド)だった。

 

 村長がネコートから言付かったクエスト依頼は結局集会所での上級クエストに振り分けられた。

クエストの参加者にドーラだけでなく、チョコやギルドから派遣されてきたと言う男二人、クロドヤとレマーナンも随行を希望したからである。

ドーラ以外のハンターを参加させるなら依頼を公開する、つまり集会所にかける決まりがあった。

 

 クエスト名は

「雪山で謎の牙獣の正体を探れ」★★★★★★

成功条件、モンスターの落し物習得または討伐

成功報酬3500z

参加資格HR4以上

 

 最悪の場合、群れ成すラージャンの討伐という物騒な内容になるかもしれないにもかかわらず、難易度が最高ランクのG級でないのは、あくまでも調査である点と、クエを目立たせたくなかったギルドの意向による。

危険度の割りに成功報酬が少なければそれだけで大抵のハンターは見向きもしない。調査の場合、討伐しなければ割に合わない額しか貰えない事と、落し物を得ようと思えばモンスターとの立ち回りは必須だが、正体がわからないので属性などの対応が出来ない難点があった。バランス的にも上級クラスにはややきつめ、だがG級になってしまえば報酬が物足りないという、数ある依頼の中で無意識に避けられやすい案件といえる。

 

 

狩りに当たって女二人の防具は雷耐性に優れたキリン装備。ただしチョコは「肌がかぶれる」という理由でキリンの尾を使用した腰装備をせず、変わりに三眼と呼ばれる特殊装具を装着している。おかげで腰周りはパンツ一枚に見え、ただでさえ露出が多いキリン装備に色気を増すような事になっていたが、本人は気にしていないようだ。

歳を重ねると長年使った砥石のように恥じらいも磨り減っていくのだろうか、荷物を漁って揺れる三十路の尻を後ろから眺めながらドーラは思った。

ちなみに得物はドーラが大剣ブリュンヒルデ、骨系のいくつかある頂点の一つに位置し、竜属性と防御力を備えている。

チョコは天崩と呼ばれる龍弓シリーズの最高位のもの。歩く山とも形容される古竜ラオシャオロンを狩るだけでなく、そこから希少な素材を得られなければ辿り付けない武具だ。ちなみに属性はやはり龍。

龍属性はラージャン、ドドブランゴ共に効果はないがドーラは手に馴染んでいる為、チョコは旅先で手持ちが限られている事からこの武器を選んだ。

 

男のほう、クロドヤはガーディアンUスーツ一式。これはかなり珍しい、この辺ではまず見ることがない装備だった。

一見は王国正規の竜騎兵が身に着ける甲冑にそっくりだ。

金色の甲冑に胴体部分は白く縁取りされたレンガ色の革を外套のように重ねている。

胸あて(かなり手を入れたもの)には王国の変わりにギルドの紋章が大きく写り、きらびやかさを際立たせていた。

「支給品じゃねえぞ、訓練を繰り返してはコインを集めて手に入れたんだ。努力の賜物ってやつよ」

装備を披露したときにクロドヤは少しだけ自慢げに反り返って見せた。

主な必要素材は貴重な鉱石と訓練でモンスターを倒したときに報奨金として得られるコイン。

コインは訓練に対する褒章として与えられ、ギルドはそのコインと引き換えに特殊な素材を渡すのだが、渡される素材の加工元は秘匿されている。

武器はツワモノハンマー、属性はないが攻撃力は高い。

やはりコイン系がメインになっているが、訓練では手に入らないリオレイア希少種の素材も使用されているからやはり実力はある程度信頼できると見ていいのかもしれない。

 

レマーナンは会ったときと同じぺリオXシリーズ。

これは又変わった装備だ。ドーラにしても初見で装備らしいことは分かったが、違和感を覚えたものだ。

デザインのベクトルが違うとでもいうか、強いて言うとモンスターに擬していない。

ドーラはハンターである関わり上、村の武具職人といろいろ話をするが、何時のときか装備の意匠(デザイン)について聞いたことがある。

彼は町の大きな工房からの誘いを何度も断ってきた腕のいい職人で、今はドーラの専属といってもいいが、その職人がまぁ俺の独学だが、と前置きした上で説明したのは

「防具の意匠にそのモンスターを連想させる印象を残すのはそいつと同じ力を得たいという望みだと思うね。まじないの一種というか、呪術的なものさ。防具に限らず、人が身に着けるものには遥か昔から宝石や毛皮にただ装飾性、機能性ではない物、能力製を求めていたんだ。護石やお守りのように後年実際の威力が証明されたのもあるけど、力や聡明さ、病魔を退けるといった物をね。意匠として姿を似せることも同じだ。似せることで同じ能力を得ることが出来ると考えたんだろう。極端に言うとレイアに似せたレイアの防具を身に着ければそいつはレイアになれるのさ」

職人の言葉はドーラの頭では半分も理解出来なかったが、防具のデザインに(機能としては無意味だが)モンスターに似せる理由があることは分かった。

モンスター臭がしないベリオXシリーズはその呪術的な部分を排除した味気ない、いや合理的なデザインというわけだ。

どちらにしろ

「おれには似合いそうもねえな」

ドーラの呟きを耳にしたのか、レマーナンと目が合いそうになりドーラは慌てて自分の荷を覗いてごまかした。

白い外套の、あの流れる綺麗なラインは長身の細身だから似合うので、自分のような筋肉質ではちんちくりんになるだろう。

ドーラには見覚えはないが、背中に収まる得物は深い紫色をした片手剣の斬祇刀【アヤメ】、剃りがあり、和風の小太刀を思わせる外観をしていて、素材は砂漠地帯に棲む霊山龍ジエン・モーランから剥ぎ取った希少な部位が主になっている。

「私は本来博物学者なので、まぁ狩りに同行していたら素材が揃いまして」

恐縮したように本人は言うが、シリーズで整えられた防具とラオシャオロンを上回る大きさのモンスターから取れる希少素材をふんだんに使った武器を目の当たり辺りにすれば、言葉をそのまま受け取ることは出来ない。

 

二人は支給された地図を見てなにやら話をしている。レマーナンの足元にある荷が妙に大きいのが気に掛かった。が、

「行くよ、おふたりさん」

空は白み、黒い梢の向こうに黎明とは違う青が光りはじめている。

 

 

数時間前に来た細い道を伝い降りる。右手に折れてしばらく行くと岩が途切れて急に視界が広がり

光景にドーラを覗く三人は思わず立ち止まった。

 

エリア1 

湖と見紛う程の広がりと静けさを見せる大河の畔に広がる草原。遠く小山の向こうに鉈で大振りに断ち割ったような切先をした雪岳が悠々と聳え、川面に姿を映している。それらが昇ったばかりの朝日に金に色照り映え、絶景を通り越して神々しささえ覚える。

 

「気をつけて、もう狩場に入っているんだから」

ドーラが振り返って三人に注意を促す。確かに見事かもしれないが、この場所で幾度かモンスターと立ち会っている身にしてみれば立ち止まっている余裕などない。チョコは素早くあたりを、空を含めて一瞥する。

開けているので大型モンスターがいればすぐに分かるが、動くものは4人を置いて他にはない。

「静かだな」

冷水のような微風が顔をなで、草を揺らす。耳を澄ますと岸を洗う波の音は聞こえるが他は無音、晴れた朝なのに鳥の囀りひとつなかった。

「いつもはもう少し賑やかなんだけど…」ドーラは足を止めることなく呟いた。

纏まった草地はあまりない雪山エリアで水辺に接している事から、温厚な部類の草食モンスターであるポポやガウシカの群れが草を食んでいたりする場所でもある。

何かが起きているのだ。

 

草原の中央で先頭のドーラが立ち止まった。

「ここから先はルートが二つに分かれている。一つはあっち」

ドーラは草原の向こう、轍のように獣道が残る坂を指差した。

「あの先にもう一つ草原があるんだがそこから雪山の岩壁に張り付いて上を目指す、途中でモンスターに出くわす可能性は低いし、最後まで昇りきれば頂の狩場に近い所までいける。もう一つは文字通り山の腹の中を通るルートだ」

崖が見えるだろ、と指先を右に転じる。「険しいのはあそこだけだ。登っていくと洞窟の入り口があって、そいつは山頂近くまで続いている。入り口は小さいが中は広くなっていて、今日みたいに荷物を抱えてる身としてはこっちのルートのほうがいい」

「従う」

チョコは短く言って右手に方向を変えた。

「ドーラ、…実は相談なんだが」

振り向くと男二人が再び地図を広げている。

「何だ」

「いやな、この人が調査したいらしくて」

「はあ?」

 

 何を言っているのだこの男は

クロドヤの隣でレマーナンが恐縮したように口を開いた。

「探索に標本採取を含めて行いたいのです。何しろここの地方は初めてなので」

 

 絶句、というのはこんなときに使う言葉なんだろう。何しろ頭に血が上るまでに時間が掛かったんだから。

「…あんた!自分が何言ってるか理解してんのか?! 」

竜人に詰め寄ろうとしたドーラにクロドヤが割って入った。

「まあまあまあ、待ってくれドーラ」

大女なので自然と顔が見上げるようになる。

「ンだぁ?」

「お前さんはあまり付き合った事はねえかも知れねえが、学者ってのはあんなモンだ。どっか浮世離れしてるんだよ」

クロドヤは声を抑えて話すが、それ所ではない。

荷物が大きい割りに軽そうに持っていたから何か妙だと思っていたが、採集箱だったとは。

「ふ ざ け ん な 」

歯の間から声を押し出してドーラはクロドヤの胸倉を付かんだ。

怪力に持ち上げられて小男、でもないがクロドヤは爪先立ちになる。

そのままお互いの鼻がぶつからんばかりにドーラは顔をクロドヤに近づけた。

「こちとら村の存続がかかってる時に手前の相棒は虫取りか? おう」

怒りに血走った目をむいた様は正にババコンガ以上の迫りょ…げふんげふん 書くと殺されそうだな。

 

「ドーラ」

後ろからチョコの声がした。

「時間が惜しい、二手に分かれよう。あたし達は洞窟を進む、男二人は山登りルートだ。分かれたほうが探索の範囲も広がる」

反論しようとしたドーラの先を制してチョコは言葉を続ける。

「はじめはエリアを分けて進んだほうがいい。少なくともここで無益な言い争いをしているよりな」

気がすまないがチョコの言うことにも一理ある

「くそっ」

放り投げるようにクロドヤから手を離すとドーラは歩き出した。

「助かるよサペリア」

「レマーナン」

冷や汗なのか、ほっとしたように顔をぬぐうクロドヤには目もくれずにチョコは竜人の名を呼んだ。

「採取よりも狩りを最優先させること。どちらかが先にモンスターに出会ったらペイントボールで合図をして合流だ。いいな」

「有難うございます」竜人は慇懃に頭を下げる。

 

 

崖を上り、隠れているように開いた穴へ体を滑らせる様にして暫く進むと辺りが明るくなり、ドーラは息をついた。

寒さ避けにホットドリンクを取り出し一口飲み下し、チョコがそれに続く。

「寒くなるが、ここからは少し楽だ」

 エリア4、明るいのは天井にあいた大穴から光が差し込むからだ。

エリア全体は大穴の周りをぐるりと回廊のように側道が巡りような形をしていて、外から落ち込んだ氷河から成る巨大な氷柱や氷筍が回廊を支える柱のように垂れ下がっている。

それらは光を受けて海底のような蒼を暗闇にまで放っていて、エリアは何か神殿を思わせるような厳かな雰囲気をしていた。

中央に穿たれた大穴は深すぎてまるで底が見えない。

細く、泣くように響く音は風だ。吹き込んだ雪が道のそこかしこで乾いたまま吹きだまっている。

「何を怒っている? 」

殆ど口を開くことなく足を進めるドーラの背中にチョコが声をかけた。口調に何か面白がっているような響きがある。

「あいつらふざけてる」

「特別に派遣されたのじゃねーのかよ」

 

 回廊から奥に伸びた道を右に折れるとまもなく行き止まり、ただし積み重なった岩の上に黒く穴が開いている。

次のエリアへの通路、入り口ほどではないが暫くは岩登りだ。

 

 ドーラがまず自分の荷物を岩の上に放り上げ、次いで岩に取り付くと懸垂の要領で体を持ち上げた。

大女の二の腕が防具を張り裂かんばかりに膨れ上がる。

130kgは越える巨躯を、それも大剣を担いだまま何事もなく持ち上げるのだからやはりハンターは生半可な力ではない。

「クロドヤもクロドヤだ……っギルドナイトのくせにあんな奴にヘコヘコ、しやがっ…… て」

岩窪に足をかけて乗りあがるとチョコが放り上げた荷物を受けとり、一息吐くと再び身を乗り出して登坂中の彼女を引き上げた。

「あいつも宮仕えの身だからな。あたし達みたいな気ままなハンターには判らない気苦労もあるんだろう」

「村がなくなるかもしれねえんだ」

チョコを引き上げながらもドーラの怒りは収まらない。

「怒っても仕方ないさ、クロドヤじゃないが学者なんてあんなモンだ。好奇心の前には自分の命すら他人事なんだ…… 、よっと」

チョコは膝を掃って上を見上げる。もう一段登れば横穴に届く。                                       

立ち上がったチョコに思いつめた顔をしたドーラがいた。

「あいつってどんな奴だったんだ」

「どんな奴って… 」

「姐さんはあいつを教えていたんだろう」

「ああ、前にも言ったか、キリアと同期でな、尤もあたしは途中で止めちまったから最後まで面倒見たわけじゃないけど」

「昨日のあいつの手、柔らかかった」

ドーラは自分の掌をチョコに向けた。

 

 ハンターは肉体労働だ。モンスターと立ち会うために筋力、体力、敏捷性を常に鍛えておく必要がある。

自然筋肉質になるのは道理だが、もう一つ、扱う武器によって肉体の一部が特化する事も必然だ。

例えばドーラのように近接武器を使うものは殆どがグローブのような手をしている。

重い得物を掴むことで自然に握りだこができ、手のひらの皮膚は常人よりも厚く、硬くなるものだ。

それは大剣やハンマーにおいて著しい。

「見た目はそれらしく見える、狩り慣れた口ぶりもだ。けど綺麗な掌をしたハンマー使いなんて聞いたことがねえ」

 

 チョコはドーラの掌から目を逸らして岩棚の前に立った。暫く逡巡するように岩を探っていたが狩りを組む相手に嘘はつけないと悟ったのだろう、話し始めた。

「仲間内じゃあいつはネズミと呼ばれていたよ。パーティを組むとエリアには一番後から入る、すぐに他エリアに逃げ出す。仲間が苦戦している最中に勝手に採取を始める。そのくせ当然のような顔で剥ぎ取りに加わる。本人は要領が良いつもりなんだろうが訓練クエストでも何度か揉めたもんだ」

「まるっきり屑野郎じゃないかよ。いいのかそんな奴と組んで」

チョコは手ごろな岩に手をかけると体をせり上げた。次の足場を探して腕を伸ばす。

「あたしが王都を去ってからもう何年にもなる。その間色んなことがあってあたしは随分変わった。だからあいつも、あたしの知ってる、ままだとは思えない… んだ」

横穴の前に辿り着くとドーラが付くのを待ってチョコは先に歩みを始めた。光が殆ど射さない洞窟に岩の匂いを含んだ冷風が通り過ぎる。

「正直…、正直王都でもハンターなんて野良犬程度にしか思われちゃいない。けど、中にはハンターを逞しいとか格好いいという目で見る輩もいる。そういうのにとっちゃ命を守る防具も流行の服でしかないんだ。で、そいつらを持て囃す手合いもいる。向こうじゃモンスターなんて物語の世界でしかないんだよ」

ドーラにとってはモンスターに煩わせられることなく過ごせる世界のほうが御伽噺のような気がする。

「けど周りが囃子立てる程ハンターが華やかな商売な訳がない。分かるだろう、狩場がどんな世界か。暑い寒いだけじゃない、時には毒沼で瘴気を浴びながらモンスターと命のやり取りをするんだ。一握りの敷草でもあれば贅沢な寝床での浅い仮眠、ただ喉に押し込むだけの食事、雨風に打たれ、挙句胃が口から飛び出そうな程の恐怖を捻じ伏せながらの狩猟、平和な街に帰れば番犬まがいの扱い。そんな生活を何年も繰り返すんだ。ただの屑ならそんな暮らしは続けられないさ」

「まあね」

身を飾る武具、集会所に行けばカウンターで次々やり取りされる目もくらむ額が収まる金袋に惑わされそうに成るが、チョコが言う通りハンターとは過酷な商売だし、それ以外にも大地に根付かない生き方をするハンターは定住する人々から胡散臭い職種として一段低く見られている苦い事実があった。

旅渡りの傭兵、用心棒、或いは詐欺師、物乞い、ひょっとして盗賊。

日々堅実な暮らしを営む人々からすれば賞金目当てに渡り歩くハンターはそんな連中と変わらないのだろう。

ドーラも若い頃に野良と呼ばれる渡りハンターをしていた事があるが、安い武具を身にまとった極貧の娘時代、渡り歩く街の端々で侮蔑的な扱いを受けたことも一度や二度ではない。

大金を夢見る若者がハンターに憧れ、だが多くの志願者がハンターを辞めていくのにはそういう理由もある。

「だが、あいつはまだハンターを続けていた」

立ち止まり、チョコは自分に言い聞かせるように呟いた。

「どんな屑でもハンターにはなれる、だが屑のままハンターで居続ける事は出来ない」

ドーラは信じられない。チョコにとっては元教え子だから信じてやりたいのかもしれないが、屑が立ち直った話が美談なのはそんな話が滅多にないからだろう。

「まぁ、男にはさんざ騙されてきた方だからねぇ」

口調を代えてチョコは屈託のない笑い声を上げ、まもなく向こう側から光が漏れてきた。

 

 

 --エリア5-- 

  ここまで来れば山のほぼ7合目辺りまで登ってきた計算になる。足元は二人が並んで歩けるほど広くなり、このまま登ればやがて右手に見上げるほどの大穴が外に通じているはずだ。

エリア全体はいびつだが、中央が抜け落ちた淵を回り込むように広い足場のある大きな回廊状になっているのはエリア4と同じ。

ただ、エリア4と違って天井は崩落しておらず、あたりを照らす光は全て出口の大きな横穴から入り込んだものだ。。

吹き込んだ大量の雪が光を反射する為に洞窟内はエリア4同様、いや明るく、かなり深くまで目を凝らすことなく見渡せる。

大型モンスターこそ入り込んでは来ないが、時には小型のギアノス、ブランゴ、やや大人しいところではガウシカが吹雪除けにうろついていたりする場所だ。

「今日は何もいないようだな」

 坂の上に動く影がないのを見てドーラが頷いた。

小型モンスターとはいえ、群れで攻撃されると厄介だし、負傷でもすれば回復薬が必要になる。

限られている薬を無駄に浪費したくはない。

 

 「あそこから外に出るのか」

チョコが立ち止まり、狩りの準備、背中から降ろした弓を組み上げながら尋ねる。

高くまで開いた岩の隙間から白い空が覗いていた。

「そうだけど、先に寄りたい所がある」

ドーラは出口の反対側、やや下りになっている先を指差した。

「あの先で道が分かれていて、右に進むとちょっとした空間がある。そこはよく大型モンスターがねぐらに使うんだ」

「なるほどね、出会わないとしても落し物=手がかりでもあれば儲けものだ」

二人は左へ折れ、奥のエリア3へ進む。

 

 「いつもはギアノスやら何やらがうるさいんだけどね」

横穴からの入り口を過ぎた時、いきなり出くわした異様な光景に思わず二人の足が止まった。

 

 エリア3。

 ここもまた洞窟の天井が崩落して出来た空間だが、地面は崩落に至っていないのでこちらのほうが広く感じる。

風雪を防げ、外からの出入りが容易で身を隠す広さもある為か、大型モンスターたちが巣として使用する事が多い。

深手を負ったモンスターが休息をするのも十中八九ここであり、彼らが運び込んだ獲物のおこぼれを求めてギアノスが集うのもここだ。

「何これ…… 」

「しっ」

 公園ほどの広さを持ったエリア、そこは今、沢山のブランゴで充ち溢れていた。

白い毛に覆われ、大きさも顔の造作やその色さえも人間に似ている小型の牙獣種は、寒さに適応してはいても食料の乏しい雪山に生息する為に群れの大きさはせいぜい10頭前後だ。

だが二人の眼前には優に2百は越すであろう数のブランゴ達が集い、入り口、突如闖入してきた人間に一斉に目を向けている。

状況を理解したと同時にどっといやな汗が二人の体中から吹き出た。

何をするでもない暫くの沈黙。

「このまま、…… ゆっくり下がるぞ」前を向いたままチョコが囁いた。

倒すのが容易な小型モンスターとはいえ、全てのブランゴが一斉に襲い掛かってきたら絶対に助からない。

後ずさる速度がもどかしいが、かといって背中を見せるとどうなるか判らない。エリアを埋める数のブランゴの視線が全て二人に注がれているのだ。

「悪いなぁ、部屋間違えたみてえで」

間が持たず思わずの愛想笑い。が、

「むやみに歯を見せると攻撃と勘違いされるぞ」

チョコの突っ込みにドーラは慌てて口を閉じた。

座り込んだブランゴ達は声も上げず、ぎこちない動きで後ろへ去っていく二人を、姿が消えるまでただ見つめていたまま動くことはなかった。

 

 

 エリア5に戻り、あたりを十分に伺った所で二人は来た道を駆け上り、光の下、洞窟の出口まで来てようやく立ち止まると座り込んで乱れた息を整えた。

「何だったんだあれ」

「判らない、あれだけの数のブランゴが集まっているのはあたしも見たことがない」

チョコが首を振った。

「それも皆じっとして、声一つ立てずに座っているなんて」

洞窟一杯のブランゴ達が沈黙の中で一斉に凝視してくる。

たった今の出来事だが、思い返してもまるで悪夢の中にでも迷い込んだような、非現実的な光景だった。

「あれかな」

ドーラが思いつく。

「ほら、大きな災厄が起こってあちこちから避難したブランゴが集まったとか、物凄い吹雪とかその…… 地震の前触れか何かでさ」

語尾が自信なさげに消えるのをいや、ありうるな、と思案顔でチョコは呟いた。

「この近辺一帯のブランゴが危険から逃れる為にそれぞれの群れは一番安全と思われる所まで避難した。結果的にこの山のエリアに群れが集中したが、他に逃げ場がないため皆、危機が過ぎるまで喧嘩もせずじっとしている、か…… 」

少しつじつまが合わないけど、と前置きしてチョコが立ち上がった。荷物から食料である肉を取り出し、齧り取るとホットドリンクで流し込んだ。

「外に出るんだろう? 」

そういえばベースから先、ホットドリンク以外何も口にしていないのを思い出し、ドーラもチョコに習う。

モンスターに出会い易いエリア=狩場に入る前に補給できるものは補給しておくのはハンターの鉄則だ。チョコは弓に瓶を装着する。ドーラの大剣は使用していないので砥石を使う必要がない。

 洞窟の入り口でも口をつけたが、赤い色をしたホットドリンクは一時的に新陳代謝を引き上げる効果があり、雪山では必須のアイテムだ。

やや辛味を帯びた甘苦い液が胃に染みると同時に、温まった血が巡り出し、強張っていた体が解けて奥底でいつもの力を溜める。

拳を強く握れば腕の筋肉はみしみしと軋む音を立てるようだ。

 

 準備は完了し、ドーラは立ち上がった。

「本当に群れがここまで避難してきたなら、残念ながらこの山にネーヴェ・ヴァーリンはいないという証明になる」

チョコの推察は一理ある、が

「調べてみねえとな」

ドーラは左右に首を鳴らして外を睨んだ。

 

 

 大きく開けた出口から外に踏み出せばエリア6、風に吹きさらされた真っ白な平原の向こう、正面一杯に黒く連山の磐腹が迫り、知らずに自分が登坂してきた距離に驚く。

「! 」

開けたところに出た途端、輝く視界の隅に動く気配を感じて本能的に二人は左右へ身を翻した。

一回転して這い蹲り、まず気配の正体をうかがう。幸い向こうはまだこちらに気付いていないようだ。

明るさに慣れた目に白く動く大型モンスターが映つり、それは。

「ドドブランゴ?…… 」 

白銀の、ラージャンよりも太目の体つき、盛り上がった肩の剛毛、何より頭から伸びているのは角ではなく、張り出した肉こぶだ。

 

 離れた岩陰に身を隠しているチョコと視線を合わせた。彼女も気付いているらしく、しかめ面で首を傾けて見せた。

謎の牙獣、ベテランハンターが4人命からがら逃げ帰って来たモンスター、或いは遥か南で神と崇められた白いラージャンかもと覚悟してきたが。

「仕方ねえ」

予想とは違ったが相手がドドブランゴならば落し物狙いじゃなく、討伐に目的を変更する。

どちらにしろ危険因子は排除にこした事はない。

 

 ドーラは視線をモンスターに捉えたままゆっくりと立ち上がり、奴の注意をこちらに向ける。

雪獅子はこちらに気付き、怒りか威嚇か、天を仰いで咆哮した。

野太い声がエリアに響く。聞き覚えが多過ぎるそれは紛う事のないドドブランゴのものだった。

が、口を閉じた牙獣は雪を跳ね、大きな体を軽々と左右に翻して向かってくる。

「…… っ! 」

緩やかなカーブを描いてドドブランゴへ向かっていったドーラはその動きに巻き込まれそうになって慌てて横へ身を投げ出した。

俗に言うケルビステップ、牙獣種ではラージャン独自の攻撃方法だ。

「なんだァ? 」

考えるのは後回しだ。後詰めの攻撃を受けないよう早々に雪を散らしてその場を飛び出す。

 

 飛び出しながらも視線は相手を捕らえ続ける。狩りにおいて観察は基本だ。

瞳に写ったのはまたしても相手の奇妙な動き、なぎ払い攻撃だった。

是もラージャンに特徴的な攻撃方法で、前進しながら左右の腕を地面を払うようにして拳を繰り出し続ける。

隙が大きいように見えるが、近寄ると振り回す腕や拳に巻き込まれてしまうので攻撃方向が限られる近接泣かせの技だった。

尤も、今のように明後日の方向へ向かっていては脅威でもなんでもない。

 

 体勢を整える。

成る程、ラージャンではなくラージャンの動きをしたドドブランゴか。

だとしたら相手の動きに惑わされて狩りに失敗すればラージャンに間違える可能性はある、しかし。

ドーラは再び牙獣へ向かって雪を蹴る。

 

 ドドブランゴはこちらに気付いたようだ。が、ドーラはかまわず立ち塞がる白い巨躯へ向かう。

ブランゴを引き連れていないところから察すると多分「はぐれ」と呼ばれる群れから追放されたドドブランゴだろう。

群れをもてないドドブランゴは乗っ取れそうな群れを求めて流離う。それは多くの場合老いた個体か、経験のない若い個体だ。

奴は若い。体に染み付いた経験が教えている。

二つの攻撃は勢いこそあれ直線的だからだ。

範囲も狭い、あれなら避けるのも難しくない。

 

 走り寄るドーラの目の前に見る見る白い毛で覆われた脇腹が迫り、走りながらドーラは背中の大剣の柄に右手を伸ばした。愛用のブリュンヒルデ、握りの柄巻きはいつものように掌にしっくり吸い付いて応えてくれる。

ドドブランゴと交差する寸前、足に力を入れて踏み止まると同時、ドーラは勢いに体幹の筋力を乗せて背の大剣を引き抜きざま大きく振り下ろした。

鞘奔る剣先に手応えと短い悲鳴が振ってきたが、振り下ろしたそのまま体を投げ出すように大きく前転してモンスターから離脱する。

やはり若い。

立ち上がり、背中に得物を治めながらもその憶測は確信に変わる。

はぐれでも歳を経た奴なら相当のダメージを受けてもああも簡単に悲鳴など上げはしない。

 

 抜刀斬りは大剣では基本的な技だ。

大剣はその重量で破壊的な攻撃力を得る代わりに抜き身での動きを犠牲にしている。

簡単にいうと大剣は重すぎ、構えたままだと歩く事がようやくなのだ。

自然、接近してからの抜刀、攻撃、納刀の流れが大剣の基礎動作となる。

構えたまま溜めた気を切先に乗せて一気に開放する、所謂「溜め斬り」は威力も大きく、大剣の醍醐味とも言える大技だが、繰り出すタイミングが難しく、始めから使いこなせるものではない。その点、抜刀斬りはタイミングさえ合えば馬鹿に出来ない攻撃力を持ち、抜刀から回転回避、納刀の流れをマスターすれば大剣使いとして一歩を踏み出したと言って良い。又、相手から離れて次の行動に移りやすい事から、今のドーラのようにモンスターの技量を図る方法としてとりあえず試してみることも多い。

 

 若い雪獅子は四肢を跳ね上げてその場を大きく跳び退った。

低く唸りながらドーラを睨み付ける。

四つんばいのまま手足を踏ん張り、ドーラに向かって口を大きく開けた。牙で埋まったような顔が割れたかと思うと、真っ赤な口蓋が大きく覗く。

氷ブレスか。

だが顔面にブッと音を立てて矢柄が突き立ち、ドドブランゴは驚いたような声を上げ両手で顔を掃った。

窪んだ眼窩の中で血走った眼が射手を探して忙しく平原を彷徨う。

視線の先にいたのはチョコ、弩と見まがうばかりの強弓には既に次の矢を番えている。

獅子は怒りに任せ、体を九の字に曲げてありったけの声で吼えた。

「しまっ! 」

大地が震えるかと錯覚するばかりの音量に近くにいたドーラは思わずしゃがみ込んで耳を押さえる。

 

 忘れていたが咆哮もこいつの攻撃だった。

俗にバウンドボイスと呼ばれるこの攻撃、モンスターの方は攻撃と考えているかどうか判らないが、大抵の大型モンスターが使い、地味に厄介な代物だった。

とにかく巨大な声に一瞬だが動きが拘束される。

咆哮が収まっても状況把握に時間がかかり、その間ハンターは無防備になるのでモンスターの攻撃を受けるままになってしまう。

吼えられてから悔やんでも遅い、だがドドブランゴの相手はドーラではないようだ。

 白い牙獣は上体をそらすと腕を大きく振りかぶって彼女の向こう、その先のチョコ目掛けて飛び掛る。その動きは雪獅子固有のもの、さすがにラージャンに偽装する余裕などなくなったか。

ドドブランゴの跳躍力は油断できない、遠距離にいるつもりでも一瞬で距離をつめられる。

 

その時、弓矢を構えたチョコの両腕が異様に膨らんだ様に見え、腰を落として更に腕を引き伸ばしたと同時に振り絞っている筈の強弓が更に軋み曲がった。

轟ッ!

放たれた銛のような鏃は粉雪を巻き上げながら空中の雪獅子を音を立てて射抜き、信じがたいことだが、躍り上がっていた真っ白な巨躯を無理やり後ろへ引き戻すようにして雪原へ叩き落して見せた。

 

 あまりの威力に口をあけて眺めたい所だが、せっかくのチャンスを無駄には出来ない。音量の拘束が解けたドーラは落ちたドドブランゴの懐へ飛び込むと抜刀斬りを繰り出す、だけではない。次にもがくドドブランゴを前にして大剣を振りかぶったまま動きを止めた。

溜め斬り、この世界で人が生身で繰り出す一撃ではもっとも威力を持っている。その代わりと言っては何だが、時間がかかり、発動するまで隙だらけになので使えるチャンスは早々ない。序盤に訪れた幸運を逃す手はなかった。

 

 深呼吸の後、四肢に力を込め、全身に気を溜める。視界が狭まり、こめかみの拍動を感じる。腕や背中の筋肉が絶えかねたように震え出し、そして腹の奥底で何かが溢れ出す瞬間、

「い゛あ゛ぁ゛ッ!! 」

その全てを叩きつけるようにドーラは持ち上げた巨大な剣を振り下ろした。

鈍い手応えが腕に伝り、泣き声のような悲鳴と共に真っ白な巨躯がのたうち、鮮血が雪原へ散った。

 

 苦し紛れに振り回された野太い腕を前転して避け、ドーラは溜め斬りが出来る次のポジションを探す。が、ドドブランゴは二度、三度と大きく跳び退って二人から距離を取った。

無意識に舌打ちが出る。

肩口、チョコが射抜いた部分と、溜め斬りが炸裂した上腹部から赤く血が滲んでいるが、さすがにそれだけで討伐は出来ない。

相手が元気な狩りの序盤で溜め斬りの連続はさすがに虫が良すぎるか。

ドーラの視界の外、既にチョコは次の行動に移っている。

矢を番え、六割程度の力で引き絞りながら雪原を駆ける。大剣程ではないが、弓にも気を溜めると威力を増す効果があるのと、弓の威力を最大限に生かす最適な距離を保つ為の行動だ。動き回るモンスターに追随しながら徐々に力を溜めて行き、立ち止まった瞬間に弓を引く。

 近接、遠距離両方に言えるが、狩は相手モンスターの動きをある程度先読みできなければ有利に事を進められない。

特に遠距離武器は距離によって威力に差が出るシビアな仕様で扱いに身軽さが求められている為、近接系よりも大きく防御力を削っている。

だから攻撃によるダメージを食らわない為にもより行動の先読みが大切になる。

チョコの動きには無駄がない。

 

 モンスターだけでなくメンバーの働きまで見切っているのか、常にドーラとはモンスターを挟んで対角線上になるよう位置取りをし、射出内にドーラが入り込まないように気を使うだけでなく、雪獅子の気を分散させて狙いが一方に偏らないようにしていて、その誘導の巧みさにドーラは内心舌を巻いた。ならこちらも出来るだけフォローに応えなければと、いつもより1歩分踏み込みを深くしてドーラは大剣を振り回した。ごり押しは危険だが、身を守るG級装備の防御力で敢えて嵩に懸かった動きは遠距離ハンターには出来ない特権だ。

 

 切り込みと弓による射撃。

短い攻防の間に雪獅子は足を引き摺りはじめ、遅ればせながらドーラは獲物にペイントボールを投げつけた。

ボールはモンスターに当たると割れて派手な色と匂いを撒き散らし、たとえモンスターがエリア移動しても匂いを頼りに人間が追撃できる道具だ。

ただ、ドドブランゴは雪を使ってこびり付いたペイント液を落とす知恵を持っているのであまり頼りには出来ない。

ドーラがペイントボールを投げた目的は、探索を容易にするというよりもむしろルートを分けた男二人組みに異変=狩が始まったことを伝える為でもある。

風に乗った匂いに気付けば二人、クロドヤとレマーナンは急いでこちらに向かうはずだ。

 

 

 しかし、いつまでたっても二人は現れず若いドドブランゴも雪山のエリアを呆れるほどあちらこちらと逃げ回り、結局二人が討伐できたのは午後もややを過ぎてから、登坂口の崖に面したエリア2の端に位置する、半ば氷雪に埋もれたような小さな谷でだった。

「あーもう冗談じゃねえぞ、こんだけ長く走らせやがって」

ようやく動かなくなったドドブランゴの前でドーラはドスン、とその大きな尻を雪面に投げ出した。

「お疲れ」

座り込んだドーラにチョコが近づいて手を伸ばし、とりあえずは狩の成功を祝ってお互いの掌を軽く叩き合う。

「しかしラージャンの動きをしたドドブランゴってのは初めてだったな」

「妙だと思わないか? 」

斃れた雪獅子からチョコは視線をドーラに移す。

「確かにトリッキーな動きだったが、ハンター4人のパーティが狩りに失敗する程の相手にも思えない」

「慣れなきゃどんなモンスターにも苦戦する、そうだろ?姐さん」

「それはそうなんだが… 」

「どちらにしろ仕事は済んだ。これでおばぁも教官も枕を高くして寝られるってもんさ」

そう言うと雪面に大きな尻跡を残してドーラは立ち上がった。

「集会所でおばぁ達にお礼がてら何か奢ってもらおうや」

気の早い太陽は西へと傾き始めている。

 

 

 剥ぎ取りは狩りの醍醐味であると同時に、ハンターにとって貴重な生活の糧でもある。

狩猟の末に手に入れた素材は防具や武具の元ともなるのは勿論、売るという選択肢だってある。特に上位のモンスターとなれば売却額だけでも馬鹿に成らない。

 

「さてと」

まずは生を終えたモンスターの前に立ち、短く黙礼を捧げる。狩人の生業が命を狩るという罪深い所業である以上、命に対する畏敬を忘れてはならない。

命を軽視する者は自らのそれも軽くなる、がハンターの理だった。

 腰に挿した小刀を用い、慣れた手つきでドドブランゴから欠片=素材を剥ぎ取る。が、手に出来た素材は雪獅子の牙や雪獅子の毛と呼ばれる平凡なもので、お世辞にも上質とは言えなかった。

ドーラはチョコに視線を移す、白く輝く小山のような躯体の向こうでやはり彼女は顔を小さく横に振る。同じように上質な素材は入らなかったようだ。若い個体であると言う事はブランゴからドドブランゴへの変異を遂げたばかりの、俗に言う下位である事を意味する。

「確かに妙だな… 」

たとえ初見であろうと下位のモンスターならば余程のルーキー揃いでない限りハンターが4人も揃っていて討伐に失敗するというのは考えられない。

が、ドーラが抱いた疑念をかき消すようにあたりに声が響いた。

「探したぜぇ」

 

 うんざりした思いで声に振り返ると男二人、クロドヤとレマーナンがエリア7、頂から続く風道を抜けて姿を見せてる。

「悪いな手伝ってやれなくて、ペイントボールの匂いを頼りに散々探したんだがよ。お、こいつか」

二人への挨拶もそこそこにクロドヤ=髭面の小男は獲物のドドブランゴに向かい、さも当然のように剥ぎ取りに掛かった。

「ふーん、期待したほどじゃねえな、この獲物じゃサペリアにとっちゃ狩りは準備体操みたいなもんか、なぁ」

命を失ったモンスターへの畏敬を払わないばかりか、労せず手に入れた素材の値踏みを始めた小男の、雪を映す程磨かれた防具に覆われた尻をドーラは思いっきり蹴りあげた。

 

 クロドヤは浅い斜面を転がり、その体から何処に溜め込んだのかと呆れるほどの色とりどりの鉱石がこぼれた。

「な」

這いつくばったクロドヤが見上げた目に映ったのは仁王立ちで拳を鳴らす大剣使いの大女。

無駄に大きな二つの胸の向こう側、見開いた目に血管が奔っているのが判る。

「誰が剥ぎ取っていいって言った、あ?」

逆光気味のシルエットから白く浮き出た歯の隙間から放たれた、掠れた静かな声がもう凄まじく怖い。

「ななな何だよ仲間だろ?パーティだろ?」

「仲間とかパアテーってのは仲良く一緒に狩をする奴らだけが使っていい言葉じゃねえのか?」

ドーラが足を一歩踏み出すとクロドヤは素早く飛びのいてレマーナンの後ろに回った。

ー奴は仲間からネズミと呼ばれていたー

脳裏にチョコの言葉が蘇る。

「だから俺達も必死に探したんだって、な?な?」

竜人の陰に隠れたままクロドヤが抗弁を続けた。

「しょうがねえだろう狩りに間に合わなかったのは、いくら地図を持っていたって始めての狩場で方角が」

「迷いついでに採取の手伝いか?それも値の張る高けぇ鉱石ばかりをよ」

防具からこぼれた鉱石が蹴り上げられ、キラキラと雪原に散らばる。

「ドラグライトにカブレライト鉱石、さぞや王都じゃ高く売れるんだろうなぁオイ。何か?狩を後回しにして日銭稼ぎに精を出すほどギルドナイトってのは給料安いのか」

「ちょちょちょちょちょ」

「こそこそこそこそ隠れてんじゃねえよ」

「待ってくださいドーラさん」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛?! 」

レマーナンが間に入ろうとするが睨み付けるドーラの迫力に思わず仰け反る。こうなると大の男でも中々止められるものではない。

「ドーラ」チョコが声をかけるが興奮しきった大女の耳にはまるで入らない。

「こっち出て来いコラァ!」

「ドーラ」

「てめえはハンターじゃねえ、ハンターの格好した猿真似野郎だ!」

 

 頬を張る音。

張られたのはドーラ、張ったのはチョコ。

逃げるクロドヤを追ってドーラはいつの間にかチョコの前まで来ていたらしい。

「…家に帰るまでが狩りだ。そしてあたしらはまだ狩場の真っ只中にいる」

静かな声が頬を押さえたままで事態を飲み込めていない目をしたドーラに注がれる。

「レマーナン」

チョコはそのまま竜人に問いかける

「クロドヤはあんたの鉱石採集を手伝った。違う? 」

「え?ええ、ええそうです、説明しようとしたのですが… 」

「間違いない?クロドヤ」

「ももも勿論だとも」

クロドヤはチョコに向かって髭面を何度も細かく頷いてみせる。

「仮にも俺は本部付きのギルドナイトだからな、そそんなせこい真似なんかする訳がねえ。それよりお前知ってるか、ただのハンターがギルドナイトに手を上げたら」

「ドーラ、ギルドナイトの掟を知ってる?」

チョコがクロドヤの言葉を塞ぐ。が、視線はクロドヤを見据えたままだ。

「ギルドナイトってのは中々厳しい組織でねぇ。行動中に指令と無関係の報酬を得ようとしたら良くて免職、普通は命で償うのよ」

そう言うとチョコは解体用の小刀を抜き放ち、竜の刻印が記された柄頭をクロドヤの眼前に持ってきた。

「そッ… そっそそれは」

クロドヤの目が丸くなる。

「ただの記念品。でも中々切れるのよねえ」

それがなにを意味するのかは判らないが、レマーナンまでが驚いているところを見るとギルドの組織に属する者にとって絶対的な証であることは確かだ。

 

「レマーナン」チョコは竜人を呼ぶ

「あの鉱石は必要?」

「いえ、採取して直ぐに我々が知っている鉱石と変わらない事が分かりましたので」

「不思議ねぇクロドヤ、博物学者がその場で必要ないと判断したものを何故今の今まで持っていたの」

チョコの手の中で柄頭が揺れたかと思うと次には光る刃先がクロドヤの髭の奥、喉元に押し当てられていた。

「サペリア、なあ… 冗談は辞めてくれ」

動く事もできないまま、クロドヤの目が突き立てられた小刀とチョコの間を忙しく泳ぐ。

「もう一度確認するが」

打って変わって低い声、かつて並み居るハンター達から冗談交じりだったとしてもサペリア(上官)と呼ばれた時の響きだ。

「ペイントボールの匂いを嗅ぎ付けた時から目的を採取から討伐に切り替えたんだな」

「ああそうだ… 、です! 我々は打ち合わせどおり追跡を開始しました!」

昔、散々刷り込まれた習性なのだろう、クロドヤは気付かず敬語になっている。

「ではクロドヤ、学者でもないお前が何故必要のない鉱石を抱えていた」

「それは」

「それは?」

「 ……勘弁してください」

「勘弁? 何をだクロドヤ」

チョコは姿勢を変えず、かつての教え子だった男の目を見つめ続ける。

「私は何を勘弁する必要がある?」

口も利けず、射るような視線から目を逸らすことも出来ないまま次第に小男は震えだし、鼻息が荒くなる。

しまいに目が涙で潤んで来てようやく。

「狩りが始まったら必要ないものは躊躇なく捨てろ。じゃないと死ぬぞ」

言葉と共に小刀は鞘に納まり、クロドヤはその場にへたり込んだ。

 

 

「すみませんでした。狩りに間に合わずに」

「いやいやおれこそさっきは興奮して悪かった」

二人のやり取りをぼーっと見ていたドーラは頭を下げてきた竜人に慌てて手を振った。

キリアは良くあんな世界に憬れたものだなとおもう。

ドーラには分からないし、出来れば深入りしたくない世界だ。

「パーティで狩りに遅れる事はそう珍しい事じゃないのに」

緊張でテンションがおかしくなっていたのかもしれない。

クロドヤにどこか人を苛付かせる要素があるのも否めないが。

 

「構いませんか?」

「勿論だとも、剥ぎ取っていってくれ」

「有難うございます」

クロドヤと違い、さすがに熱心な信者らしいレマーナンはモンスターに額を押し当て祈りの言葉を呟く儀式=自分達の、を終えてから剥ぎ取りをはじめた。

標本にする為か、部位など厳密な規定に則っている取り方だ。剥ぎ取りを終えると次に屈み込んでなにやら調べ始めた。

「ドーラさんは地元でしたね」

「ああ、そうだけど」

「ここら辺ではモンスターにタグ付けはしていますか?」

「タグづけ?」

初耳だ。

「ええ、私達の所では群れから変異個体が出現するモンスターにタグ付けを進めています」

調査も早々にレマーナンは立ち上がった。

「タグ付けとはモンスターが小型のうちに刺青など消えない手法で識別№を本体に記す事を言います。後で大型化して狩られた時、識別№からそのモンスターがかつて何処の群れにいたかを知ることが出来ます」

考えたこともなかった。

「それが分かるとどうなるんだ」

「個体の行動範囲や寿命もありますが、他の様々なデータと共用することでモンスターが大型化する条件を推定できます、大型化への引き金は食物なのか、外敵の存在なのか、繁殖、群れ内の争いなのか。それが分かればモンスターの適正な管理の役にも立ちますし、もっと根源的な問題、この世界に存在する特異な生物に共通するモンスター化現象の謎を解明するのにも役立ちますから」

「すげえな、ここらじゃそんなこと思いつく奴もいねえよ」

ただの浮世離れした能天気兄ちゃんだと思っていたが、トンでもねえことを考えているんだなとドーラは思った。

自分は依頼をこなし、目の前のモンスターを狩る以外考えたことがない。

「尤も調査はまだ始まったばかりで今はデータ集めの段階ですけどね」照れ隠しなのか若い竜人は頭を掻いた。

 

「しかし今回は空振りでした、報告を聞いたときにはてっきりネーヴェ・ヴァーリンかと思ったのですが」

「平和にこした事はねえ」

安堵の伸びをするとドーラは未だにへたり込んだままのクロドヤのほうへ向かった。

腹の立つ奴だが、成り行きも聞かずに蹴り上げた事は謝らなければならない。

チョコは離れて何かを考え込んでいる

 

両脇に手を差し込どんで、どういう馬鹿力か子供を抱えるように着込んだ防具毎クロドヤを持ち上げて雪上に立たせた。

驚いたクロドヤの涙と鼻水で溢れた顔を見ないようにドーラは頭を下げる。

「悪かったな。さっきはいきなり蹴りつけたりして」

クロドヤは髭ごと顔を乱暴に擦った。

「お、俺のほうこそな間に合わなくてすまねえ、もっと早く動いていたらよう」

その丸まった背中をドーラは豪快に叩いた。

「まぁ、ともかくも依頼はこなしたんだ。山を降りて皆で又あのタンシチューをおばぁに奢って貰おうや」

まだだな、と後ろで声がした。

「まだ依頼は終わっていない」

振り向くとチョコがいつになく厳しい顔で立っている。

 

「姐さん」

ドーラが斃れているモンスターを指差す。

「依頼にあった謎の牙獣の正体ならラージャンの動きをしたドドブランゴだったろう?」

「そうだ、付け焼刃のようだったが、こいつはラージャンそっくりの動作をしていた。ドーラがさっき言ってた猿真似だったってわけだ」

「それなら」

「こいつは誰の真似をしたんだ?」

 

 日は山の端に掛かろうとしている。

山中では気温は急激に下がる。一刻も早く山を降りなければ成らない。

「直ぐに化けの皮が剥がれるような動き、こいつは最近になって直ぐ近くでラージャンの動きを学んだんだ」

待ってください、とレマーナンが間に入ってきた

「ラージャンとドドブランゴでは種類が違いすぎます。同じ牙獣種でも2種は性質や習性で共通点は多くない、第一ラージャンの」

体色は、と続けてレマーナンが一点を見つめて沈黙する。

「本来はそうだ、単独行動を好む雷属性のラージャン、群れで行動する氷属性のドドブランゴ、二つの種はあまりにも違いすぎる。だがこんなラージャンだったらどうだ。群れを率いた経験があり、圧倒的な力を誇り、おまけにドドブランゴに外見が似ている。だったら可能性は0じゃない」

ドーラの脳裏に昼間の光景、洞窟一杯に満ちたブランゴの群れが浮かんできた。 

ー大きな災厄から逃げてきたのかもー

彼女の思いつきに、あり得ないことではないな、とあの時チョコは呟いていた。

ドーラの胸の奥底で、」確かに消したはずの黒い焔が再び頭をもたげた。まさか、まさか… 

 

「こいつが真似たボスは聡明で群れ作りに長けた白いラージャン、つまり」

レマーナンの思い、ドーラの恐れていた事を代弁するようにチョコは口を開いた。

 

「ネーヴェ・ヴァーリン」

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択