No.749502

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第五十九話

ムカミさん

第五十九話の投稿です。


本音を言えば去年内にこの話まで投稿してしまいたかった。
まあ、何が言いたいかと言うと、、、今回の拠点回と呼べる話の最後というわけです。

2015-01-07 01:27:11 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6123   閲覧ユーザー数:4525

 

三姉妹の新たな興行計画の受諾は華琳からすんなりと得ることが出来た。

 

それに伴い、例の予算増量も確約済み。

 

新衣装の方は図案だけ行き着けの服屋店主に渡し、準備が出来次第興行に出てもらう段取りになっていた。

 

暫くは彼女達の活動を中心に河北四州の統治作業は進んでいくだろう。

 

ここ最近の魏領内は賊の発生もほとんど無く、あったとて将の一人か二人とその部隊を出せば十分以上に事足りる程度のもの。

 

一刀が早急にすべきことも、時間を掛けて行うべき事以外は終えている。

 

要するに、一刀は現在暇を持て余しているような状態なのであった。

 

以前はこのような時は一刀自らが要警戒対象の諸侯の下に潜入しにいったものだった。

 

が、魏の将として表に出て、天の御遣いを名乗り、大々的に名を知らしめた部隊を率いる身となった今では容易にそういった行動は出来なくなっていた。

 

そんなわけで、一刀はいつ以来かと考えてしまうほど久しぶりの全休と相成ったのだった。

 

 

 

余りにも久方振りの休日に、一刀は何をするともなく街をぶらつく。

 

こうして落ち着いた状態で改めて街の様子に目を向ければ、陳留同様に許昌にも桂花達の施策が行き渡り、至る所が活気に満ち溢れている。

 

特に子供たちの顔に笑顔が浮かんでいることは、本当に何よりなことだ。

 

一部を除き、子供というものはその感情を素直に発現する。その子供が笑っているとはつまり、治世が良い証拠だと捉えることが出来るからであった。

 

と、前方に何やら人集りが出来ていることに気付く。

 

咄嗟に休日にすら携帯していた武器に手を伸ばしかけるが、どうも人集りには緊張感が漂っているようには見えなかった。

 

ひとまず民に危険が及ぶような緊急事態では無いようだと判断し、それでも最低限の緊張感を保ちながら一刀は人集りに近づく。

 

すると、その中央付近から小さいながらも聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「わっ!?こ、こら、押すなです!!あ、あぁっ!?な、流され……れ、恋殿!お助けを~っ!!」

 

近づくに連れてはっきりとしてくるそれは、確かに音々音の声。

 

声の方向から察するに、人混みの流れに巻き込まれて外へ外へと流されてしまっているようである。

 

一刀は声の移動方向から音々音が放り出されると思しき場所へと先回りし、その時を待った。

 

やがて、音々音が人混みから文字通り押し出されるように飛び出し、勢い余って転けそうになる。

 

「わっ、わわっ!?」

 

「っと、危ない。大丈夫か、音々音?ところでこれ、何がどうしたんだ?」

 

「ほ、北郷一刀?む……た、助かったのです。そ、そうです!今、この中心に恋殿がいらっしゃるのです!」

 

「恋が?じゃあ皆は恋を見ようと集まってるってのか?」

 

「違うのです!いえ、ある意味恋殿も入っているのかも知れませんが……」

 

音々音の言うことが要領を得ず、一刀は首を捻る。

 

だが、何にしても道の真ん中でいつまでも人集りを作らせているわけにはいかない。

 

これを散らす為にもまずは原因を見極めるべきだと考え、一刀は音々音を抱え上げた。

 

「わひゃぁっ!?な、な、何をするですっ!?」

 

「取り敢えず、恋のところに行こう。ねねは掴まってろよ」

 

「わ、分かったのです……」

 

たった今目の前の集団から押し出されてきた身としては、一刀に従うしか無い音々音。

 

それでも自らの力で敬愛する恋の下に戻れないことに悔しさを感じているようだった。

 

後でねねのフォローも必要だな、と内心で独りごちつつ人混みをかき分け始める。

 

「はいはいすいませ~ん、ちょっと通してくださ~い」

 

体を横向けて声を出しつつ進めば、一刀と気づいた者が即座に道を開けてくれる。

 

そうやって少しずつ進んでいくと、突然人垣の高さがガクンと下がった。

 

どうやら中心部付近は子供たちが輪を形成していたようである。

 

そして、彼ら彼女らの中心には恋と、更にその庇護下にある動物達の多くが佇んでいた。

 

子供たちは恋の周りで大人しくしている犬や猫に夢中で、座ったり寝転んだりしている彼らを撫でたりモフモフしたりしている。

 

どうやらその周囲の大人達は子供たちを見守っていたようだ。

 

状況を確認していると、人垣を抜けてきた一刀達に気づいた恋が子供越しに声を掛けてきた。

 

「……あ、一刀」

 

「やあ、恋。これは一体どうしたんだ?」

 

「……この子達のご飯、今日は遅れちゃったから」

 

「それで買いに来た、と?」

 

コクンと首肯で答える恋。

 

恋の受け答えは相変わらず情報不足だったが、この日は幸い音々音のフォローが入ることとなった。

 

「恋殿は皆に少しでも早くご飯を食べさせてあげようとなさっただけなのです!

 

 なんともお優しい方なのです!恋殿は!」

 

熱を込めて叫ぶ音々音のおかげで状況は理解することが出来た。

 

そうなると気になることが一つ。

 

「なあ、恋。この子達はみんな人慣れしてるのか?」

 

「……あんまり。でも、みんな暴れちゃダメだって、分かってる。暴れたら、恋が叱るから」

 

「結構きつく叱ったのか?それとも、恋はいつも通りにしただけ?」

 

後半部分に頷いたということはつまりこの場にいる犬や猫は自己学習したということなのだろう。

 

聞けば彼らは元々飼い犬や飼い猫だったわけでは無く、恋が拾ってきた元野生。

 

あるいは野生の勘とでもいうもので恋の実力を嗅ぎ取ったが故に従っているだけかも知れないが、例えそうであったとしてもこれだけ子供達に弄られてもじっとしているのは凄いことだ。

 

が、今は取り敢えずこの混雑を解消することが先決である。

 

「恋、悪いけどあんまり道の真ん中を塞ぎ続けるのは良くない。そろそろ移動しよう」

 

「……ん。セキト、みんな、行く」

 

「ワン!」

 

恋は素直に頷くと周囲の動物たちに声を掛けた。セキトが皆に伝えるように一鳴きし、それに応じて動物たちはみな一斉に立ち上がる。

 

子供たちが残念そうな声を上げるが、すぐにまたね、と別れの挨拶と笑顔を残して去っていった。

 

子供が去れば周囲の大人もまた彼らを追って去っていく。

 

直に道を塞ぐほど膨れ上がっていた人集りは解消されるのだった。

 

 

 

「……娯楽が少ない、か」

 

「……?一刀、どうかした?」

 

「あぁ、いや、何でもない……よ……」

 

恋と音々音と並んで歩く中、ふと漏らしてしまった呟きに恋が反応する。

 

口に出すつもりは無かった一刀は咄嗟に誤魔化すも、ふと先の光景を思い出した。

 

そして気づけば、恋にとある提案を持ちかけていた。

 

「なあ、恋。このみんなはさ、何か芸を出来たりするか?」

 

ふるふると恋の首が横に振られる。

 

どうやら飼ってはいても何かを教え込んだりしているわけでは無く、本当にただ一緒に暮らしているだけのようだ。

 

「恋殿はどの子にも特別な何かを教えてはおられないのです。

 

 ですが、セキトは別の意味で特別なのです。何せセキトは恋殿の初めての家族なのです。

 

 つまり、セキトは皆の兄であり、頭目なのです!」

 

「ワフッ!」

 

確かにセキトは他の動物たちと一線を画していると一刀も思っている。

 

それは毛並みや可愛らしさといったものでは無く、時折犬らしからぬ賢さや勘を発揮しているところにある。

 

例えば先ほどや今の一幕にしても、他の動物たちを促すような行動を取ったり、音々音の言葉を理解した上で誇らしげに、少なくとも一刀にはそう見えたのだが、尻尾を振っている。

 

その後も滔々と音々音が語った恋とその家族の話を纏めると、どうやらまず暫くは恋はセキトと共に2人で暮らしていた。

 

そしてある日、恋が雨に打たれていた子猫を拾ってきたことを切っ掛けに、瞬く間にそういった自然に淘汰されかけた動物を家に置くようになったとのこと。

 

恋らしい心温まるその話に胸の奥が暖かくなる。

 

だが、この話を聞いてしまうと逆に一刀の提案は話し辛くなってしまった。

 

「……一刀、悩み事?」

 

「ん?あ~、そうと言えばそうなるなぁ」

 

どうするべきか考えあぐねていると、恋の方からそこに突っ込んでくれることとなった。

 

こうなればいっそ提案を言ってしまって、その上で恋に決定権を完全に委ねてしまう方が良いか、と一刀は話すことを決める。

 

「恋はさ、考えたことあるかな?大陸の、特に市井の民には娯楽と呼べるものが少ないってこと。

 

 それでさっきの光景を見て思ったんだ。もし恋のところの動物たちが大丈夫なんだったら、ふれあい広場みたいなものを作ってみたらどうかな、と」

 

「……ふれあい、広場?」

 

「何なのですか、それは?」

 

「まあ、簡単に言えばある程度の大きさの広場で動物たちには自由にしてもらって、その中で彼らと一緒に遊んだりおやつをあげたり。

 

 少なくとも子供たちには喜んでもらえるだろうとは思っている。少ないかもしれないがきっと大人でも。

 

 とは言え、不特定多数の人達に触られたりするんだ。そういったことを嫌う子もいるだろうから、さっきは言うべきか迷っていたんだが……

 

 実行に移すべきかどうかは恋に任せるよ。一応、細かい内容はいくらでも変更は出来る。

 

 例えば、ふれあい広場自体に少額の入場料を設けたり、おやつを安めに販売したりしてこの子らの食費にする、とかな」

 

例も含めた一刀の提案を聞き、恋も音々音も考えこむ様子を見せる。

 

別に即決すべきことでも無いので、一刀はそんな2人に対してこう付け加えた。

 

「まあ、このことはちょっとでもいいから考えてみてくれ。ねね、君が細部を色々考えて、恋の補助をしてやってくれるか?」

 

「任せるのです!恋殿に十分ご納得いただけるような結論を出してやるのです!」

 

「……ん。ねねに任せる」

 

「いやいやいや、恋も考えてくれよ?恋の家族のことなんだから、ねねに全部任せっきりじゃなくてちゃんと恋も考えないと。な?」

 

「……ん、分かった」

 

どうにかこうにか話は纏まり、そこで一度話題を区切ることにした。

 

 

 

その後は特にこれといったトラブルも無く、3人で恋の家族のご飯を買い、その足で恋達の屋敷まで帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋の屋敷でひとしきりセキト達と遊んだ後、一刀は再び街に繰り出していた。

 

折角の機会なのだから、ゆっくりと街の各エリアを見て回ろうと決めたからだった。

 

先程は主に民の住居が立ち並ぶエリアと様々な商店が立ち並ぶエリアの境目付近をぶらぶらしていた。

 

そこで次に選んだのは露天商に割り当てられた区画だった。

 

軍師達を説得し、許昌で新たに施行された通行税の撤廃は以前にもその成果を一刀自身の目で確認してはいた。

 

どうやらあれ以降も露天商同士の口コミで許昌の噂が広がりに広がり、今や場所の取り合いの激化が留まるところを知らない有様。

 

またここ最近では、余所の州では関税の問題から赤字を恐れるあまりに行わないような大量の仕入れも、許昌での商売のやりやすさから実行する商人が増えている。

 

結果、この一帯の品揃えがより一層豊かとなり、大秦や天竺といった異国の商品の物珍しさも手伝って、元々あった人気が更に高まり、許昌で一、二を争う人気スポットにまでのし上がっていた。

 

「かなり順調と見て良さそうだな。数字としてどの程度出ているのか、今度確認でもしてみるか」

 

「相当なものよ。わざわざこちらから手を加えるまでも無く、ね」

 

突如、背後からの応答。周囲の人から見ればあたかも初めから一緒であったかのごとく自然な対話が成立しているように見えるが、あくまで一刀の発言は独り言だった。

 

返答を想定していないところにそれがあれば、驚くのが普通だろう。

 

しかし、残念ながら一刀は背後からこっそり近づく何者かに気付いていた。どういう意図があったかは分からないが。

 

忍び寄ってきてはいるが、敵意は感じない。だからこそ、気づいても放置していたのだった。

 

それ故に至極冷静に言葉を返す。

 

「零さん、とそれに菖蒲さんもか。こんにちは。そうか、数字としてもちゃんと成果が出ているのなら良かったよ」

 

「むっ、なんだかつまらないわね。少しくらい驚きなさいよ」

 

「こんにちは、一刀さん。ね、零さん、だから言ったでしょう?

 

 一刀さんはきっと気づいてますよ、って」

 

「はぁ、そうみたいね。まあいいわ。少しくらい一刀の驚く顔が見たかったけれどね」

 

「はは、まあ残念でしたってことで」

 

心から残念そうな顔をする零に一刀と菖蒲は揃って苦笑する。

 

野心高き策謀家。そんな邂逅当初の零の印象は今やすっかり一刀の中からは薄れ去っていた。

 

それというのも連合戦後から零の実力が正当に評価されるようになってきたからだろうとは思うが、それにしても随分と変わったものである。

 

既に黒衣隊の監視対象から外れて久しいこの軍師は、今や魏の文官の中核を為す2大軍師の一角。

 

通常の献策能力もさることながら、人心を読むに長けた彼女の策はその方面から桂花の穴を埋め、能く魏を支えてくれていた。

 

そんな彼女だが、魏国乗っ取りの野望を捨てた後、夢中になっているのが一刀だった。

 

連合後、御遣いとして魏に帰還した折、零は自身の体質の件で一刀に詰め寄った。

 

あの時語られた一刀の大陸における特殊な出自。それは確かに零を心底驚かせるほどのものだった。

 

だがそれ以上に、今までの境遇から一刀が救ってくれた、という思いが後々になるに従って強くなっていった。

 

それに軍師の職業病とも言える知的欲求も相まって、気づけば零は休日等の開いた時間を使って度々一刀を調べるようになっていた。

 

一刀自身は常から謙遜している知の面でも零としては興味があったのだが、それよりも興味が強かったのは武の面。

 

かつて菖蒲から聞かされた話によれば、一刀の膂力は並の武将以下。

 

にも関わらず、その戦闘力は恋にも匹敵する程に高い。

 

この矛盾に関しては、技術の問題ということで零も一応の納得は示している。

 

だが、菖蒲を通して知ったもう一つのことが零の好奇心を強く刺激した。

 

曰く、一刀には特定の型が無い、ように見える。

 

種々の仕合を見ていれば、交差法を好んで使うことはすぐに分かる。

 

だが、あくまで”好んで”止まり。速攻や猛攻主体の型も撹乱主体の型も織り交ぜて用い、その実態が雲を掴むかのように判然としないらしいのだ。

 

零自身も菖蒲には敵わないものの、それなりの武は持っている。当然、己の武を最大限に活かすために、長年培ってきた型もある。

 

だからこそ、文官でありながらも一刀の異質さには気付いていたのだった。

 

「ねえ、一刀。あなた、苦手とかあるの?今みたいな不意打ちもまず効果無いんでしょう?

 

 調べれば調べるほど、どうしてあなたが恋に勝てないのか分からないくらいよ」

 

「あ~……まさに恋みたいな系統がどんぴしゃで苦手なんだよね。

 

 俺って戦闘中は基本的に囮となる攻撃や行動をよく仕込むんだけど、恋には全部見抜かれてしまうんだ。

 

 俺が皆と渡り合う上で重要な”技術”が存分に使えない。こうなってくると……後は菖蒲さんもよく知ってる通り、ってわけだ」

 

「そう言えば、一刀さんと恋さんの仕合では、時折恋さんが意図の分からない後退をすることがあります。

 

 あれはそういうことだったのですね……傍目から見ていても、私には全く分かりませんでした」

 

「恋もまた異質、ね。一体この国の奴らはどれだけ特殊なのよ」

 

そういう零さんも特殊の筆頭格だったじゃないか、と思わず口を突いて出てしまいそうになる。

 

確かに零の体質は特殊の一言なのだが、折角治まってきているのならばわざわざ掘り返すことも無い。

 

幸い零の興味の針は未だに武を指し続けていたので、一刀もこの話題に乗ってしまうことにした。

 

「恋のあれは飛び抜けた戦闘勘と踏んできた場数が齎すものなんだろうな。

 

 ほんと、驚くほど強いよ、恋は。普段の様子からは想像も付かないのにな」

 

「ふふ、ですね」

 

「ただの動物好きな天然無口少女が、一度戦場に出れば泣く子も黙る鬼神の如き武を誇る飛将軍、なんて、どこの冗談よ、まったく」

 

普段のポヤンとした恋を思い出したのか、菖蒲が小さく笑んで応じる。

 

零も口でこそこう言ってはいるが、実際には口調ほど疎んではいない。

 

参入当初こそ接し方に皆が戸惑っていたものだったが、良くも悪くも裏表の無い恋の性格はそれらを杞憂に終わらせたのだった。

 

ちなみにこの恋に関して、基本的に月と一刀を第一に考えている節があることに零は気づいている。

 

零の能力を持ってしてもその思考等が読めない恋。それが故にどうしてその2人を、それこそ華琳よりも上に考えているのか、そこにも並々ならぬ興味を持っているのである。

 

「まあ、今は恋のことはいいわ。さっきの話の続きだけれど、見ての通り関税撤廃の策は大成功と言えるわ。

 

 税収も今となっては以前よりも増加している。ついでに珍品が出回るようになって、街の活気にも良い影響を与えているわね。

 

 税収源の一つを敢えて潰すことで逆に税収全体を引き上げる、なんて、普通思いつかないわよ」

 

「それは何度も言った通り、俺の献策は言わばズルだからなぁ。運用を間違えなければ少なくともある程度の結果が出ると分かっている、って。

 

 今回の策は手を加えるところもほとんど無かったからアレかもしれないけど、他のそういった策を全てちゃんとした形にしている零さん達の方が凄いよ」

 

「概形が出来ていればそれを整えるのは簡単なものでしょう?その概形を私達では出してこれないからこそ言っているのだけれどね。

 

 以前の問答の際にも言ったと思うのだけれど、知識を持っていてもそれを扱える才を持っていなければ私は認めることは無いわよ?」

 

「う~ん、俺が元居た世界でそこそこ頭が回る奴なら誰でも出来そうではあるんだけど……

 

 でもまぁ、折角あの零さんがここまで言ってくれてるんだから、有り難く受け取っておくことにするよ」

 

「えぇ、えぇ。そうしときなさい。それにしても……」

 

一種の褒め合いに一区切りが付いたかと思いきや、今度は零が何やら思案顔になった。

 

何が零の心に引っかかったのか分からず、一刀は菖蒲とともに首を傾げる。

 

沈思に至る前に零の中で纏まったようで、然程時間の経たぬ内に零からの問いかけが一刀に投げられた。

 

「一刀、私と菖蒲のことだけ敬称付けなのね。尤も、華琳様にはそう命じられたとは聞いているけれど。

 

 それにどことなくあなたの物腰も異なるように感じるわ。どうしてなのかしら?」

 

「言われてみれば、確かにそうですね。私としてはそれほど違和感はありませんでしたけど。もしかして、何か理由があるのですか?」

 

「ん~、明確に意識してたわけじゃないんだがなぁ……」

 

一刀自身、回答らしい回答が無いことに思わず苦笑を漏らしてしまう。

 

それでも敢えてそこに理由を付けるならば、と簡単な自己考察の結果を口にする。

 

「無理にでも理由を挙げるとすれば、そうだな……2人は”お姉さん”といった印象だから、かな?」

 

「お姉さん、ですか?」

 

「それは私達が一刀の姉に似ているということかしら?」

 

「ああ、いや、そうじゃないんだ。血縁的なものでは無くて、同年代よりも上、といった意味の方だ」

 

一刀の主観からくる感覚ゆえ、明確に表現することは難しい。だが、恐らくはこれが最も答えに近いのだろうと思われた。

 

菖蒲も零も、”少女”というよりは”女性”と表現した方がしっくりくる。

 

他にも秋蘭が雰囲気的にこの分類に当て嵌まるが、彼女とは数年前、子供の時から連れ添っている。

 

必然、近しい間柄になって以降、春蘭共々呼び捨てが普通の関係となっていた。

 

それだけに見る者が見れば菖蒲や零への対応が際立つように見えたのかも知れない。

 

「ほとんど無意識、というよりも癖、なんだろうな。気に障ったなら謝るよ。ごめん」

 

北郷流本家に生まれ、厳しい長幼の序と共に育った一刀。

 

本家を離れて久しい今となっても長年共にあったそれはそうそう抜けるものでは無い。

 

一刀の言の通り、癖として刻み込まれていたのだった。

 

「別に気に障るという程のものでも無かったのだけどね。でも、そうね。

 

 特に理由が無いんだったら、これからは敬称抜きにしてくれるかしら?」

 

「零さ――いや、零がそう言うのなら。これからはそうするとしよう」

 

「ついでに菖蒲もそうしてあげたら?別に嫌では無いでしょう、菖蒲?」

 

「ええ、そうですね。もし宜しければ、一刀さん、私もそのようにお願いします」

 

「ん、了解。と言っても、これまでとはそう変わらないと思うけどね」

 

「気持ちの上での問題よ。何かが変わることを期待してのことじゃ無いわ」

 

それは一見無駄に思えるかも知れないこと。だが、時としてこういったことも必要だろう。

 

何事も気の持ちようで結果がまるっきり異なってくることもあるのだから。

 

「っと、いつの間にかいい時間だな。俺はそろそろ帰るつもりだけど、2人はどうする?」

 

「あ、私達はもう少しお店を見ていきます。目当ての品にまだ行き着いていませんので」

 

「そっか。それじゃあまた、零、菖蒲」

 

「ええ、お疲れ様です」

 

「さようなら、一刀」

 

別れの挨拶を残し、一刀は2人と別れて家路に就く。

 

 

 

ひょんなことから得られた休日は、それなりに楽しめるものとなったのだった。

 

 

 

 

 

「あの、零さん」

 

「ん?どうかしたの、菖蒲?」

 

一刀の背が見えなくなってから、菖蒲が零に問う。

 

それは先ほどからずっと気になっていたものだった。

 

「どうして突然、あのようなことを言い出したんですか?」

 

「……どうしてかしらね。きっと一刀とは本当の意味で対等になりたかったのだと思うわ。

 

 確かにもう一刀とは対等のはず。それでも、やっぱり何か壁みたいなものを感じるのよね。一体何だっていうのかしら」

 

「もしかするとですが、一刀さんもまだ何か、隠していることがあるんじゃ無いでしょうか?」

 

「そうかもね。そのうち、それすらも暴いてやるわ」

 

そう嘯く零の瞳は、菖蒲から見ても分かる程に知的欲求に燃えているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も落ちて辺りが暗くなれば、大した明かりの無いこの大陸の空には燦然と星が輝く。

 

しかも、偶然にもこの日は綺麗な満月が天高く昇っている。

 

このような光景を目にすれば、月見酒でやりたくなるのは一刀の中に流れる日本人の血の性か。

 

兎にも角にも自室に貯蔵しておいた酒を手にいつぞやの城壁まで登り、良いポイントを探していると。

 

「おっ?一刀や~ん!どないしたん?」

 

”酒”という単語に魏一似合う彼女、霞から声が掛けられた。

 

「今日は月が綺麗だからな。俺も偶にはやりたいんだよ」

 

霞の方に向き直りつつ応え、手の中の酒を軽く掲げる。

 

すると、霞の隣に更に2人、共に酒を嗜んでいるのが見て取れた。

 

「こんばんはです、一刀さん。今日は雲もありませんし、存分に楽しめますね」

 

「あら一刀、一人酒でもしようとしていたの?」

 

「こんばんは、月、詠。珍しいな、この3人ってのは。

 

 まあ確かに、誰も誘っていなかったから一人酒ってことになるな。でも折角会ったんだし、ご一緒しても宜しいですか?」

 

「えぇ、構わないわ。折角なんだしね」

 

「せやせや。一人で飲むより皆でワイワイ飲むんが楽しいしな」

 

「ふふ。こちらへどうぞ、一刀さん」

 

「ありがとう。それじゃあ、失礼して……」

 

月が開けてくれたスペースに一刀も座り込む。

 

考えてみればこの3人は元同じ陣営。

 

恋はあまり飲むタイプでは無く、音々音や梅もそちらに付いていたと考えれば、きっと以前からこの3人で飲むことが多々あったのだろう。

 

春蘭や秋蘭と飲んだ時とは異なり、この日は出来上がってテンションの高い霞を中心にお喋りの多い飲みとなった。

 

出てくる話題は種々様々。一刀や霞の鍛錬、火輪隊の調練、詠の執務内容に昨今の魏国の情勢。

 

「そう言えば、月、詠。ここ最近、どうだ?」

 

当然、このような話題も出てくることになる。

 

色々と言葉が省かれてはいるが、言いたいことは2人に伝わっている。

 

「全く問題ありません。兵の皆さんからもその面での問題は聞いていませんですし」

 

「文官の方もようやく心から納得してくれたみたいね。陰口を全く聞かなくなったわ。

 

 それだけの成果をあの隊で挙げたのだから、華琳の選ぶ官であれば当然の結果と言えるわね」

 

「そうか。良かったよ。本当に。

 

 霞の方はそういうの大丈夫だったのか?」

 

「ウチは隊が惇ちゃんらにしてやられて、正式に降った身やしな。

 

 皆が見てる前で華琳に認められた、ってのが良かったんちゃう?」

 

軽く言ってのけているが、それできちんと納得しているのは華琳の下の兵だからだろう。

 

実力主義、能力主義。徹底された華琳のそれはかなり細部にまで行き渡っているようだ。

 

「今はこうしていられるけど……きっともうすぐ、だよなぁ」

 

「そうね。ボク達もそう見ているわ。もうすぐ魏も落ち着くだろうし、どうするかは華琳次第、だけどね」

 

しみじみと発せられた一刀の呟きに詠が軍師的視点から応じる。

 

それは近く再び戦が起きることを見据えた発言。僅かに酔いも覚めるほど威力のあるものだった。

 

「俺が一石を投じておいて何だが、ようやく魏も纏まった。新たな地も落ち着き始めている。

 

 だが、それは他も一緒のはず。これからはきっと、これまで以上に厳しくなっていくだろうな」

 

「望むところやで!関羽とか孫策とか強そうなのはぎょうさんおるけど、ウチは負ける気ぃせぇへんからな!」

 

「私も、どこまで出来るかは分かりませんが、力の限り頑張らせていただきます」

 

「大丈夫よ、月。ボクがいつでも完璧な策を用意してあげるから」

 

なんとも頼もしい。側で聞いていて素直にそう思う。

 

董卓軍はほとんど吸収合併されたような形だったのだが、そこに気負い無く士気が高いというのは実に喜ばしいことだった。

 

「まだまだ道のりは長いが……きっと華琳の覇道を、引いては大陸の平穏を。皆で成し遂げよう」

 

「はい」 「えぇ」 「おうっ!」

 

賑やかな飲みの雰囲気をそのままに、一同気持ちを引き締めるのだった。

 


 
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