故障した私は主人に捨てられた。いい機会だということで新車に乗り換えるそうだ。
暫くの間地面に横たわっていると、ある男に拾われた。男は私を修理すると、彼の店で売りに出した。
私は新しい主人に買われ、長い距離を、知らない土地を走った。そして、故障するとまた捨てられた。
何の偶然か、あの男に再び拾われ、修理された。
また買われ、また知らない場所を走り、また捨てられ、また拾われる。それを何度も繰り返した。主人たちは私を様々な場所へ連れて行ってくれた。海の向こうや、地球の裏側にも行った。
男は、私が捨てられる度に拾い、修理する。汗と油に塗れながら働くその姿を、私は何度も見てきた。
やがて、私は「彼を乗せて走りたい」と思うようになった。同じ場所で同じ事を毎日のように繰り返すこの男を、今度は私が連れて行きたい。彼が直してくれたおかげで知ることができた多くの道、多くの景色を彼に見せてあげたい。
しかしそれは叶わぬ願いだ。男は店があるこの町を出ることはない。妻と息子と娘がいて、毎日が満ち足りている。彼をずっと見ていてわかった。
私では家族全員を乗せることもできない。
口の利けぬ私に彼の気持ちを変える術はない。
思いを募らせながら私は、また買われ、捨てられ、拾われる。
何度も何度も繰り返し、また多くの道を見た。
修理する度に、からだに私ではない部品が増えていった。修理と故障の間隔が短くなっていった。
最後がどのような形だったか、最早私にもわからない。売れ残ってゴミとなったか。捨てられたまま朽ちたか。修理する価値が無くなったか。どれにせよ私が再び走りだすことはない。
私はどこかで眠る。男を乗せ、私の見てきた道を、そしてまだ見ぬ道を、ただひたすらに走る夢を見ている。
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時空モノガタリ文学賞【 ON THE ROAD 】に投稿した掌編をちょっとだけ改稿したものです。