五話
突然のことに驚きながらも俺は念話に応答した。そして聞こえてきた声は、俺のよく知るものだった。
「久しぶり、コーキ」
あの時と変わらない、落ち着いた雰囲気の優しい声。なにも変わってはいない、五年前から、初めて教わったあの日から。
「いきなりゴメンね?驚いたでしょ」
申し訳なさそうに話すシロエさんに、俺はとんでもないと否定する。驚いたのは事実だが、そこまでのことじゃない。なにより、念話が来た時は素直に嬉しかった。
「それで、なにかあったんですか?俺に念話なんて珍しいですし…」
その言葉を発した途端に、空気はガラリと変わった。先ほどまでのほのぼのとした空気は綺麗になくなり、後には真剣な空気が漂い始める。話の本題はそれほど重要なことなのだろう。
「…そうだね、コーキは今のアキバの街をどう思う?」
突然の質問に俺は少し困惑した。だけど、それも一瞬のことですぐに返答した。
「…一言で言えば生きていない、でしょうか」
それはなんでだい?という疑問の声に、俺は自分の考察を述べた。この世界のことを、自分の見てきたことを…
「今の世界は、余りにも生きることへの楽しみがありません。食事もそうだし、娯楽もしかり。日々を街の中で過ごす奴らも、非行に走る奴らも、全部がそこから来ています。どこのギルドもその運営に苦しみ、低レベルの者は泣きをみることになる…やっぱり、この街に法がないことの影響ですね…」
こうして口にしてみると、改めてアキバの空気はマズイものだと思われた。人々に活力がないことも、人々を律する法が存在しないことも。
一通り話し終え、乾いた喉を先ほど淹れたお茶で潤す。冷たいお茶が身体に染み渡っていく感覚。それでも…
「俺はやっぱりコーヒー派だな…」
ついこぼしてしまった愚痴は、バッチリシロエさんに聞かれてしまった。…うぅ、恥ずかしい。
「はは、まぁ、その内飲めるようになるよ」
「ええ、だから今はお茶で我慢しますよ」
俺のスキルではコーヒーを淹れる事はできなかった。こればっかりは高位の料理人に頼むしかなさそうだ。
そう言って笑い合っていたが、突如シロエさんが問いかけてきた。それも、かなり真剣な声音で。
「今、お茶で我慢しますって言った?」
突然のことで面食らったが、隠すほどのことでもないので正直に答える。
「…つまりは、コーキも気づいてるんだね?」
その言葉で確信した。シロエさんが言ってるのはこの世界での料理のことだということに。
「はい、俺もこの世界で普通の料理を作りました。…それがなにか?」
そう聞くと、慌てたように聞いてきた。他にそれを知ってる人はいるか、と。どうしてそんなことを?という疑問はあったが、気にすることなく告げた。
「俺の他にと言えば、ミノリとトウヤですね」
ミノリとトウヤという名前に心当たりでもあったのか。あの双子だね、という声はとても優しくあの時と同じだった。
「二人を知ってるんですか?」
そう聞くと、困ったように苦笑しながら「ただ、ちょっと教えてあげただけだよ」と言うだけだった。ただ、その言い方で分かった。
多分、二人が言っていたのはシロエさんで間違いないだろう。
こうして教える方も、教わってる方も同じ人に教わっていた。なんの繋がりのないようで、しっかりと繋がっていたのだ。そう考えるとなにか感慨深いものがある。
「そっか…悪いけど、調理のことはしばらく秘密にしてくれないかい?」
そして頼まれたのはしばらく調理のことを伏せておくこと。元々目立つことが嫌いだからそのつもりだったが…これの意味するところは。
「それで一儲けでもするつもりですか?」
いくら考えたところで、このくらいのことしか思い浮かばない。味のする料理ならば、多少値が張っていも食いつくだろう。だけど、この人がその程度のことを考えてるとは思えない。もっと凄いなにか、俺では見えない謀略を巡らせているのだろう。
「うん、当たらずも遠からずだね。これはあくまで目的のための手段でしかないから」
カチャッ、というメガネを正す音が聞こえてくる。どんな顔をしているかは見えないけど、きっと悪い顔をしているだろうな、あの人のことだから。
「目的のため…その目的とは?」
一瞬の間をおいて、シロエさんの口から発された言葉は驚愕に値するものだった。
「この街を、アキバを変えること。それが僕の目的だよ」
この時ばかりは耳を疑った。街を変えるーーー
それがどれほどのことかなんて、俺みたいな普通の人間には到底理解できない。だけど、それが非常に困難であることは分かる。
「変える、ってどういうことですか?この街の雰囲気をですか?それとも「僕は」…」
突然遮られた声に俺は黙り込む。これまでもそうだったけど、今はそれ以上に真剣な声音をしていたから。俺はそこから先を話すことができなかった。
「僕は、今のこの街はカッコ悪いって思ってる。高レベル者は自分勝手に暴れ回り、低レベル者が虐げられて。マナーもなにもない、そんな無法地帯だ。初心者救済を銘打った悪徳ギルドに苦しめられている冒険者がいる。それによって甘い汁をすする冒険者もいる。そんなカッコ悪いことを、僕は許せない。だから変えるんだ、この街を…」
「それだけじゃない。この世界はもう、ゲームの世界なんかじゃない。ここも立派な現実(リアル)なんだよ」
シロエさんの口から出た言葉は、俺の心に深く感じるものがあった。
元々は一定の言葉を繰り返すだけだった大地人も、今や普通に会話ができ、笑ったり怒ったり、なんら人と変わりない。
シロエさんのやりたいこと、それを聞いたのは今回が初めてだった。いつも俺がやりたいことを優先して、自分のことは後回しだったシロエさんが、俺にやりたいことを言ってくれた。
「…でも、どうやるんですか?それをやるには、プレイヤーをどう裁くんですか?」
死の概念のないこの世界では、例え殺したとしてもまた蘇る。だから、死刑は人を縛るには弱い。そもそも、大手の戦闘ギルドが反乱を起こせばそれまでだ。黒剣騎士団のようなレベル九十の集団が起こす反乱は、まさに街を覆すような事態に陥るだろう。
そして、それに巻き込まれる大地人はどうなる?勝手に住み着いて、勝手に暴れて…そんな俺達のことを彼らはどう思うだろうか…
「そのために、金貨がいる」
それに対する答えは至極簡単なものだった。
すぐにはその言葉の真意を理解できなかった。金貨で仲裁を、なんてわけがない。だとすれば…まさか?
「金貨が必要って、そういうことですか?」
この方法ならば、確かに大手のギルドだろうとなんだろうと逆らうことはできない。だが、それには余りにも多くの金貨がいる。それはもう、途方も無い量の。
「やっぱりコーキはすごいね、そこまで気づくとは思わなかったよ」
再び聞こえるカチャッ、という音。その響きは、既に魔性の響きと化している。シロエさんが《腹黒メガネ
》と呼ばれる所以だ。ただでさえなにか企んでそうな顔をしているのに、更に悪どい笑みを浮かべていたらそりゃ《腹黒メガネ》って呼ばれるよ。
「これから開店する店が全ての布石の第一歩。そして、五百万枚の金貨を調達して僕は…」
「この街を変える」
最初に聞いた時、俺はそんなの無理だと思った。だけど、今は違う。この人ならばきっとやり遂げる、そんな予感を感じた。
「…俺にも、手伝えることはありませんか?」
あの時のお礼のためにも、役に立ちたかった。ちっぽけなことでもこの人の助けになりたかった。
「うん、念話をしたのもそのためだよ」
こうして頼ってもらえると嬉しかった。
この時まではーーー
「できれば宣伝をして欲しいんだ、コーキには」
………………へ?
今、なんと言いましたか?
俺が、宣伝…
「あの、一応聞きますけど理由は?」
半分くらいは分かっていた、だけど、察したくはなかった。
「そりゃ、コーキとかソウジロウが宣伝した方が儲かりそうだし…」
この人に悪気はないのだ。俺がコミュ障だってことも知っている。だけど、目的のためならばなんでもするのがこの人だ。
「はぁ、分かりました。引き受けますよ、その仕事」
この人から受けた恩は計り知れない。これくらいのことは我慢しなければ…だけど、やっぱ嫌だな。人と会うのは…
「…ありがとう、コーキ。それとごめん、人付き合いが苦手な君を引っ張り出して。また今度会ったら詳細を話すから。…それじゃ、またね」
そう言って念話は切れた。こんな風に謝られたら、怒るに怒れなくなる。仕方なく俺は溜息を吐き、空を眺める。どこまでも広がる青空には雲ひとつなかった。
地面に横になり、ただ呆然と眺めていれば自然と心も落ち着いてきた。
『本当無茶苦茶だよ、シロエさんは……』
いきなり念話をかけてきて、この街を変えるだなんて。
「馬鹿げてる」
街一つ変えようとするなんて
明らかに狂っていた。だけど、それは。
「俺も同じか」
それに加担しようとしてる自分も馬鹿だ。同じ馬鹿として、あの人の変える街を見てみたい、そう思った。
『どう変わるか、楽しみだな』
誰にも聞かれないような小さい声で、呟いていた。
次回はミノリの心境のお話です。
…各話ごとに一部のキャラしか登場しないってどうなんでしょう?
これから精進していきたいと思います。
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新年明けましておめでとうございます。
年明け初投稿ですが、二人の会話だけという…
ここから進展していくので今後ともよろしくお願いします!
それではどうぞ!