第54話 神滅、漆黒の覇王
グランド・クエスト[神々の黄昏]
『侵攻側クエスト[黄昏の邪神]:ロキと共にヘイムダルを討て』
『侵攻側クエスト[神殺しの狼]:フェンリルと共にオーディンを討て』
『侵攻側クエスト[世界蛇の猛毒]:ヨルムンガンドと共にトールを討て』
No Side
――アースガルズ・イザヴェル平原
エリア『アースガルズ』、その半分近くを占めるのがこのエリアを囲み、神々の住まう神殿を有する山々だが、
そのもう半分近くを占めているのが神々の会議場にして決戦の平原『イザヴェル』である。
現在、このイザヴェルにはオーディン軍が陣取っている。
戦力は死せる英雄『エインフェリア』と戦乙女『ワルキューレ』、それぞれが300を超える数で配置されている。
また、それらを率いているのはオーディン軍の最高戦力にして総大将と副将とも言われるべき存在だ。
「ついにここにも奴らが来る。我らの悲願、叶いたるということだ。なぁ、トール」
「その通りだな、我が父、オーディン。定められた道を往かぬ者達はここで倒れねばならない……そして、我々自身も…」
〈
以前キリトが会った時の魔法使いのような姿ではなく、騎士甲冑に身を覆ってローブを纏い、右手には神の槍『グングニル』を持つ。
8本脚の愛馬にして軍馬『スレイプニル』に跨っており、
左右の肩にはそれぞれ“思考”の意を持つ『フギン』と“記憶”の意を持つ『ムニン』というワタリガラスが留まり、
同じく軍馬の左右には“貪欲なもの”という意を持つ『ゲリ』と『フレキ』という2匹の狼を従えている。
右眼は相変わらず眼帯に覆われているが、黄金色の左眼の鋭さは以前よりも増しているといえる。
そして〈
右手に焼けるような熱と雷を放つ、“打ち砕くもの”という意味を持つ鎚の『ミョルニル』を持ち、
さらに右手には“鉄の手袋”を意味する鉄製の籠手『ヤールングレイプル』があり、
そして腹には“力の帯”を意味する帯の『メギンギョルズ』が巻かれている。
また、トール自身は
“歯を研ぐもの”を意味する『タングリスニ』と“歯ぎしりするもの”を意味する『タングニョースト』に引かせている。
そんな2柱の前に立つのは2体の巨大な魔獣だ。
「いままで俺を押さえつけていた恨み、ここで晴らさせてもらうぞ、オーディン」
「キミ達の、思い通りには、僕達が、させない」
〈
ロキの息子である狼の王と蛇の王が狼型Mobと蛇型Mobを率いてオーディンとトールの前に立ちはだかる。
数だけを見れば互角と言うところだろうが、ロキ軍はこれだけではない。
49名のプレイヤー、7人構成のパーティーが7つあることで完成するレイドパーティーだ。
そして、唯一そのレイドに属していない者が1人、彼らの先頭で2体の間に立つ。
「俺達は勝つ為に戦いに来たからな。オーディン、トール、お前達にはここで倒れてもらうぞ」
フェンリルとヨルムンガンドの間に立ったのはキリトだ。
いつもの如く黒の衣服とコートで身を包み、その右手には
そんな彼についている渾名で最も親しまれているものは【
SAO時代の者達ならば【黒の聖魔剣士】と答えるだろう。
だが、やはりこのALOにおけるキリトの二つ名と言えば【漆黒の覇王】だと、誰もが答えるはず。
あらゆる者を寄せ付けないほどの戦闘力の高さ、彼の周りに集まる容姿や技術に長ける者達の数、
決して曲げない意志、それらの姿や気質からキリトはこう呼ばれるようになった。
だからこそ、ロキ軍のプレイヤー指揮官兼参謀を任せられているのだ。
「ふっ、今更どのように抗おうとも、この争いは止められぬ。
だが、抗う者を野放しにするつもりもない。さぁ、我らの戦いを始めよう!」
「スリュムの件では世話になったが、これも戦いの定め。妖精よ、蛇諸共我がミョルニルの餌食になってもらうぞ!」
「例え俺達の行動が決められているものであっても、抗い続けてみせるぞ!」
「負けない、トールを倒す!」
オーディンとトール、フェンリルとヨルムンガンドの言葉により、
オーディン軍のエインフェリアとワルキューレ、ロキ軍の狼達と蛇達が前へと突き進み、戦闘を開始した。
それに続いてレイドパーティーも陣形を崩さないように戦闘に介入していく。
「さて、ここからミスは1つも許されない……みんなの頑張りに、俺も応えるか」
また、キリトも決意を固くして、戦場の中へと斬り込んでいった。
両軍入り乱れる混戦だが、互いのボスは動く様子をみせていない。
いや、正確には動こうとしないのではなく、
午後2時の出現から所定の位置への移動は可能だが、1時間後である午後3時までは自身からの攻撃と移動は行えなく、
可能な行動はあらゆる攻撃に対する反撃か防御のみである。
そのため、こちらから攻撃を仕掛けなければ攻撃を受けない、なのでその間にNPCを倒すことで少しでも優勢にしておく必要がある。
だが、ロキ軍のプレイヤー達はNPCだけを倒すことはせず、時折キリトと共にオーディンやトールに攻撃し、反撃されている。
魔法攻撃や矢が主だが、その行為に意味が無い訳ではない。彼らは相手の反撃の特徴を探った。
近接攻撃の反撃はどのようなものか? 近接反撃だった、
魔法や矢などの遠距離攻撃の反撃はどうか? トールは雷を飛ばし、オーディンは様々な魔法を放ってきた、
遠距離反撃の射程に制限はあるのか? 射程制限はあり、距離にして200m、
連続的な攻撃に対しての反撃の対応は? 近距離ならば薙ぎ払い系、遠距離ならば雷や魔法を同時に放つ、
回避は可能で追尾はないのか? 回避は可能で追尾もない。
主にこれらのことを確認した後、レイドリーダーである男が指示を出した。
「これより俺達はトールへの攻撃を開始する! 相手はHPゲージ8本と高いがパターンの分析は終わった、
それに注意しながら戦えばダメージは抑えられる!
周囲のNPCはウチのMobに任せつつ迎撃しろ、Mobだけじゃ限界もあるからな! 行くぜ!」
彼の指示に従い陣形を組み、レイドはトールへ攻撃を仕掛けていく。
行動が自由になる午後3時までにはトールのHPを可能な限り減らしておくこと、それがキリトより彼らに与えられた指示だ。
リーダーも当初はその意味が分からなかったが、キリトから聞いたトールとヨルムンガンドの神話を聞き、その意味を理解した。
「いいか? 俺達の役目はトールの帯と籠手を壊すことだ! ブラッキー先生の期待に応えてやろうじゃねぇか!」
「「「「「「「「「「おぉ!」」」」」」」」」」
キリトからの期待に応えるべく、彼らはNPCを相手取りながらトールと戦っていく。
一方、キリトはオーディンともトールとも戦わず、多くのNPCを相手にミスティルティンを振るっていた。
「ふっ、はぁっ!」
自身を囲む甲冑を着込んだNPCであるエインフェリア達をその槍で薙ぎ払う。
一撃で纏めて吹き飛ばし、手近な者から目を付けて槍による連続突きで仕留め、
次に近い獲物を定めて今度は切り裂くように払い斬って仕留める。
甲冑の隙間などを狙ってそこを突き、斬ることも行い、的確に敵を倒していく。
それでなくとも、圧倒的な力による薙ぎ払いは彼を槍による暴力の台風とさせている。
縦横無尽に振るわれる槍とそれを行うキリトの槍捌き、そこには味方の掩護を必要とすらしないほどである。
敵は陸に居るエインフェリアだけでなく、空中からも甲冑を纏い槍や剣と盾を持つワルキューレが迫る。
しかし、キリトは空中から迫る敵を見ることもなく、槍や剣による攻撃を躱した。
しかもそのまま躱すのではなく、避けた瞬間に槍を上に向けて突き上げ、ワルキューレの心臓部に突き刺した。
一撃でHPを削りきられ、ポリゴン片となって消滅した。
次々と迫る剣や槍を掻い潜りながらキリトは翅を展開し、空中へと飛翔した。
自身が居た場所に武器を突き刺しているワルキューレの背後に回り込み槍で斬り裂き、突き刺す。
時には頭部に槍を突き刺し、時には全身に連続突きを行い、時には頭部や四肢や翼を斬りおとす。
空中に居るワルキューレ達は次々に落とされていき、さらには地上のエインフェリア達にも空中から攻撃を行い、仕留める。
「まだ、だ……まだまだぁっ!!!」
雄叫びを上げ、獰猛な笑みを浮かべながら己の敵を蹂躙していくキリト。
普段のキリトとはかけ離れた凶暴性、それでも彼は理性を欠かすことはなく、理性ある獣として的確かつ圧倒的に力を揮う。
彼の周りに立てる者無し、英雄であったはずのエインフェリアも、戦乙女のワルキューレも、みな平等に散っていく。
「前哨戦とはいえ、もっと楽しませてくれよ…!」
暴虐の覇王、まさしくいまの彼はそうであり、オーディン達が戦うまでにどれほどの数が生き残っていられるのか…。
――数十分後・午後2時59分
レイドパーティーによるトールへの集中攻撃、キリトとモンスター達によるエインフェリアとワルキューレへの攻撃、
それらによってトールのHPゲージは8本から7本へ、NPC達の数も半数以下の100体前後に減少していた。
よってロキ軍は優勢となったが、その時が訪れた。
午後3時、ついにボス達がその身を動かした。
「行くぞ、フェンリル!」
「返り討ちにしてくれるぞ、オーディン!」
「焼き潰れるがいい、ヨルムンガンド!」
「させないよ、トール!」
3m近い長身に槍のグングニルを構え、スレイプニルに跨って駆け出していくオーディン。
あまりにも巨大な体で地響きを起こしながらオーディンに立ち向かうフェンリル。
レイドパーティーからの攻撃を受けながらもミョルニルを片手に突き進むトール。
いまだに全ての体を曝け出していないヨルムンガンドはトールの前に立ち塞がった。
「ボス達が戦い合うな…俺達はヨルムンガンドの掩護をしながらトールへの攻撃を続けるぞ!
それに、ブラッキー先生もここに来たようだからな!」
レイドリーダーがそう言った次の瞬間、黒い影が降り立ち、衝撃波がNPC達に襲い掛かる。
衝撃波の中心には地面にミスティルティンを突き刺し、それを引き抜いたキリトが立ち上がっていた。
「NPCはMobに任せつつ注意するように。俺もトールへの攻撃に参加する」
キリトもまた、槍を振るって敵を倒しながらトールへと向かい地を駆け抜けた。
トールはヨルムンガンドと戦っている。
「ふぅぅぅんっ!」
「シャアァァァッ!」
トールは雷を纏うミョルニルを振るい、巨大な蛇に叩きつける。
その瞬間に電撃が放出され、力自慢のトールの攻撃と雷がヨルムンガンドに大きなダメージを与えた。
一撃だけでHPゲージの4分の1を削れるほどかもしれない。
ヨルムンガンドのHPもトールと同じく8本、トールは既に7本になっているのでヨルムンガンドの方が優勢と言えよう。
また、そのヨルムンガンドも負けてはおらず、巨大な顎を開きトールへ噛み付いた。
彼の一撃もトールのHPゲージの4分の1ほどを削るなど、凄まじいものである。
「ぬぅぅぅんっ!」
「ジャアァァァッ!」
とはいえ、互いに攻撃をただ受けるはずもなく、トールが空いている手で殴ることがあれば、
ヨルムンガンドはその長大な体を巧みに動かしてトールの攻撃と衝撃を受け流していく。
反撃するようにヨルムンガンドは何処からか自身の尾を振るい、鞭のようにしてトールへ叩きつけようとし、
一方のトールは筋肉の付いた太く逞しい腕でそれを防ぐ。
そこに黒い影が現れ、トールへと斬りかかった。
「俺も混ぜてくれよ!」
「あの時の妖精か! ぬぅんっ!」
キリトがミスティルティンを振り回し、トールの腹部へ連続突きを放った。
それは帯に直撃し、ダメージを与えるも大きなものにはなりえず、トールがお返しだと言わんばかりに腕で薙ぎ払ってきた。
それを軽快に躱して飛翔すると、今度はミョルニルを持つ右手を狙って槍を振るった。
しかし、その攻撃も手ではなく、籠手を斬ることになった。
「どうした、この程度か?」
「いやはや、まさか……ただ、俺だけが戦っているわけじゃない。これはみんなで戦うから戦争なんだぜ?」
「む…ぬぐぅっ!?」
キリトの戦い方はトールの武器や装飾を狙うばかりで本人をほとんど狙っていない。
そこへレイドからの掩護である魔法と矢の雨が降り注ぎ、さらには帯と籠手を集中して攻撃が命中した。
さらに追撃と表現するべきか、ヨルムンガンドの尾がトールの帯のある腹部へ吸い込まれるように叩きつけられた。
「我とて神の1柱、易々とやられるつもりはないぞ!」
けれど、やはりトールも神である存在であり、体勢を整えるとすぐさま反撃を行う。
雷を放ち、無数の雷弾を投げ飛ばし、雷のオーラで吹き飛ばし、ミョルニルを振るい、腕で殴り掛かり、足で踏みつけ、
雷を纏った打撃攻撃など、ボスだけあって多種多様な攻撃を繰り出し、それらはキリトやヨルムンガンドだけでなく、
レイドのプレイヤーやMobにも襲いかかった。
「くっ、はっはぁっ!」
範囲系の雷に包まれてダメージを受けたキリトだが、それを物ともせずに笑みを浮かべたままトールへ攻撃を行う。
槍を振り回して足を斬り、トールの身体を跳び上がっていきつつ槍をトールに突き刺しながら駆け上がる。
一気に跳び上がるとトールの額に向けて槍を突き刺し、引き抜くと今度は右肩に降り立って右手の籠手を集中攻撃する。
トールがキリトを捕まえようとするもそれを避け、彼は落下していく……が、やはり腹部の帯への攻撃を忘れない。
直後、トールの全身を包み込むような爆発や火炎、水流が発生した。
レイドパーティーのメイジ部隊が大規模や上位クラスの魔法を発動したのだ。
さらに矢が降り注ぎ、爆発したりするなどの遠距離攻撃が行われる。
そして、ヨルムンガンドが凄まじい勢いで突進し、トールの体を吹き飛ばした。
「さすがは世界蛇、ヨルムンガンドだな…」
巨大な蛇の攻撃の凄まじさにさすがのキリトも驚きを隠せないが、
同じく彼の凄まじい戦い方を見ていたレイドパーティーは彼の方に対して驚きを隠せていない、どっちもどっちである。
そんな攻防が行われつつ、再び数十分が経過した。
トールのHPゲージは既に3本、ヨルムンガンドのHPゲージは4本まで減少していた。
いや、ヨルムンガンドのHPは既に4本目の半分以下にまで到達し、トールに関してはあと少しで残り2本となるだろう。
「ガアァァァッ!」
「ぬぐおぉぉぉっ!?」
そこでヨルムンガンドがトールの首筋へ齧り付き、HPゲージが残り2本になった。
それと同時にトールに猛毒の状態異常が掛かった、ヨルムンガンドだけが与えられるトールへの猛毒、
神に対抗できる毒を与えられるのは神と巨人の血を引くヨルムンガンドだけだ。
だが、そこでトールにも変化がおとずれた、彼の体がスパークを放ち出したのだ。
「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつっ!」
雄叫びによって発生した衝撃波が戦場を駆け巡り、ビリビリとしたものがプレイヤー達の体を駆け抜けた。
トールの形態変化、雷を常に体に纏うその姿はまさしく雷神と言える。
そして、誰かが瞬きをしただろう刹那の時、トールの姿が消えた……いや、消えたのではない、
瞬時にヨルムンガンドの正面に移動していたのだ。
「ぬぅぅぅぅぅんっ!」
「ぎゅあぁぁぁっ!?」
トールのミョルニルが閃光の如く振るわれ、ヨルムンガンドが絶叫を上げながら大ダメージを受けた。
その一撃にヨルムンガンドのHPゲージは3本目までに減少した。
思わぬ変化にキリトは驚愕したが、同時に歓喜した。いまのトールは雷そのもの、
人の雷への畏怖と畏敬を具現化したような姿、それを倒すことができるという歓び、それらがキリトの心の内を占めていた。
しかし、トールの激しい攻撃にヨルムンガンドのHPはどんどんと減らされていき、
削られたばかりだというのに間もなく2本目になろうとしている。
その時、レイドの魔法攻撃がトールの籠手や帯に命中し、罅が入った。
それを確認したキリトが声を張り上げる。
「全員、帯と籠手に向けて一斉集中攻撃だ! ここが勝負の分かれ目だぞ!」
「「「「「「「「「「おぉ!」」」」」」」」」」
彼に応えるようにレイドパーティーのプレイヤー達は一気に攻勢に出た。
メイジ部隊と弓部隊は遠距離攻撃を総出で放ち、
その攻撃が終わった瞬間に近接部隊が帯と籠手に攻撃を当て、罅が大きく広がっていった。
そこへ、キリトがトールの周りを飛行しながら仕上げとばかりに槍を振り回していく。
「でぇぇぇあぁぁぁっ!」
ミスティルティンをトールの帯がある腹部に突き刺し、帯に沿って突き刺しながら体を裂いていく。
一周し終えると同時に帯の罅が端から端まで行き渡り、そのまま砕け散った。
「ぬぅ、メギンギョルズが……力が、足りん…!」
帯、メギンギョルズが砕け散った瞬間にトールは片手で握っていたはずのミョルニルを両手で持ち、
しかも地面に付いてしまいそうなほどに下ろしている。
何故そうなったのか、それはメギンギョルズの効果は力の倍加であり、ミョルニルを振るう為に必要な道具だからである。
帯を破壊されたトールはミョルニルを振るえなくなり、その手に持つことしか出来なくなったのだ。
「おい、まだ終わってないぜ!」
追撃を行う為にキリトは再び跳び上がる、その先にはトールの右手にある籠手。
空中から降下しつつ槍を構えたキリトは籠手に向けてその技を放った。
「神霆流闘技《
本来は急所を高速で連続突きする槍の技だが、それに関係なくキリトはこの技を使った。
慣れない槍のソードスキルよりも、ある程度は再現できる槍のソードスキルよりも、
最も慣れた流派の技が精度も連撃数も上だと考えてのことだ。
この技が決まったことで籠手の罅も広がり、バキンッ!という音と共に砕け散った。
「ぐおぉぉぉぉぉっ!?」
籠手が無くなったと同時にトールはミョルニルを落としてしまった。
何故か、これもまた先程と似た理由であり、
籠手…ヤールングレイプルが無ければ超高熱を発するミョルニルを握ることは出来ない。
これにより、自慢の得物であるミョルニルも使い物にならなくなり、
さらには力まで半減してしまったトールの戦闘力は激減してしまったのだ。
この隙を当然見落とすはずもなく、一斉攻撃に晒されることになる。
「一斉に……撃てぇっ! そして、掛かれぇっ!」
レイドリーダーの指示によって再び後衛部隊の一斉射が行われ、それが直撃した後には前衛部隊が一斉に斬り、殴りを行った。
ヨルムンガンドの猛毒といまの一斉攻撃でHPは1本に減少し、トールは自身を纏う雷をさらに強めた。
だが、それさえも封じられてしまう。ヨルムンガンドがトールの足から順に絡みつき、その全身に巻きついたのだ。
「これで、逃げられない」
「むぅっ……なんの、これしきではぁっ!」
巻きついたヨルムンガンドにトールは体から雷を発生させてヨルムンガンドにダメージを与えていく。
トールの雷、ヨルムンガンドの猛毒と締め付け、共に減少していくHP、だがそれを大人しく待っている者もまたいない。
「ジャギャァァァッ!」
ヨルムンガンドが再びトールの首に噛み付き、大きなダメージとなる。
そこへ遥か上空から高速で降下してくる影がある……キリトだ。
「
急降下から眉間へのOSSによる突き刺しと衝撃波、ダメージは大きくそれが決定的なものとなった。
キリトは槍を引き抜くとトールから離れ、
トールのチャリオットを引いていた2頭の山羊のタングリスニとタングニョーストの傍へ来た。
「骨と皮さえ残ればミョルニルの祝福で甦るが、骨も皮も関係無く斬り裂けば問題無いな」
その言葉の後に槍を振り回し、他のプレイヤー達の魔法で吹き飛ばされた2頭の山羊はポリゴン片となって消滅した。
もとより戦うことが主体ではなかった山羊達なので仕方のないことかもしれない。
「トール、お前はここまでだ。改めて、スリュムの時には世話になったな」
そう言ってキリトはオーディンとその眷属と戦うフェンリルの許へ、敵を倒しながら飛翔していった。
残りわずかなHPのトールは虫の息であり、ヨルムンガンドに締め付けられたまま、
メイジ部隊と弓部隊が魔法と矢のスキルを発動し、頭部に集中砲火を受けた。
「おの、れ……世界蛇を、道連れに、できぬ…とは…」
悔やむように言ったトールのHPは0になり、ポリゴン片となって消滅した。
レイドパーティーの手によってトールは討ち取られ、神話の流れとは違いヨルムンガンドは生き残る形になった。
『侵攻側クエスト[世界蛇の猛毒]:ヨルムンガンドと共にトールを討て』クエスト・クリア
オーディンとフェンリルの戦場に到達したキリトはその光景に若干の驚きと多くの納得を感じた。
そこにはHPが残り僅かなスレイプニル、フギン、ムニン、ゲリ、フレキが居り、
オーディンのHPもまた9本あったはずのゲージが残るは2本と少しになっていたのだ。
一方のフェンリルは残り4本と少しという状態であり、神話の流れを知っているキリトはこの状況を冷静に受け止めたわけだ。
「まぁ、一応介入しに行くか…!」
キリトは空中で槍を仕舞い、新たに長剣を取り出してから降下していった。
そのままにスレイプニルの首を斬り飛ばし、HPが僅かだったこともあって一撃で葬った。
「黒き妖精か……トールが死に、ヨルムンガンドは生き残ったようだな…!」
「そうか、俺の弟はまだ生きているか…!」
オーディンはグングニルでフェンリルの牙を防ぎ、フェンリルはオーディンを噛み砕こうと力を込めている。
その傍らで、キリトはかつて愛娘のユイを攫った2匹のワタリガラスであるフギンとムニンを真っ二つに斬り裂いた。
自身を呼びつける為、そのためにカーディナルがオーディンを使いユイを攫った。
それを彼が許しているか、答えは否であり、その時の怒りをここで晴らしたわけである。
続けざまに2頭の狼、ゲリとフレキも長剣で引き裂くことで、オーディンの眷属達を彼は全て倒した。
それを終えた時、オーディンがフェンリルの攻撃を受けてHPが減少し、HPゲージが3本から残り2本になった。
すると、オーディンの周囲に風が、いや嵐とも言うべき程のものが吹き荒れた。
「オーディンの形態変化か…。
オーディンは戦争と死の神でありながら、本来は風神と嵐の神、天候神でもあり、魔術を極めてもいる。
だが、フェンリルと俺でやれないはずがないだろう!」
キリトは状況を把握し直すとオーディンに向けて駆け出した。
オーディンは既にフェンリルだけでなく、キリトや周囲のMobにも照準を定めており、次いで魔術を放ってきた。
自身が司る風だけでなく、火、水、土、雷、氷、光、闇など、様々な属性の魔法弾が放出されていく。
その中でもフェンリルは躊躇い無く突き進み、キリトは躱しながら進んでいき、オーディンへと到達する。
「ふんっ!」
風と雷を纏うグングニルでフェンリルに強力な突きを放ったオーディン。
フェンリルは頭を動かしてそれを回避するも風と雷が突きぬけて彼の体にダメージを与え、HPゲージが4本となる。
だが、その隙を突いてキリトが長剣を振るう。
「はぁっ!」
「ぐっ!? その剣は、フェンリルの牙か…!」
キリトが使用している長剣は“神殺しの牙”、『狼剣フローズヴィトニル』であり、その特性は“神殺し”という。
その中でもオーディンとその眷属に対しては絶対的な効果があり、ダメージもかなり増加する。
ただでさえオーディンはフェンリルの攻撃を受ければ大きなダメージを受けるのに、
フローズヴィトニルの効果でさらにダメージは増すことになる。
現に、オーディンの膨大なHPは斬られただけで10分の1を削られている。
「さぁ、決着を付けようぜ、オーディン……俺の娘を怖がらせた報いは、高くついたぞ」
そこでキリトの威圧感が膨大なまでに増し、VR世界でありながら周囲の空気が引き締まる。
先程までの荒々しい面影が薄まり、理性ある暴虐の覇王から一転して冷静なる漆黒の覇王へ戻ったと見える。
オーディンが魔法弾を放つがそれを狼剣で斬り裂き、オーディンに斬りかかる。
そこにはソードスキルなどなく、相も変わらずソードスキルは再現で主に使用しているため、技後硬直など発生しない。
無数の連撃を行うキリト、ただ無闇に剣を振るうのではなく流れに乗るように剣を振り、
時には展開した翅を利用して空中で体勢を変えて連撃を繋げるなど、まさしく『VR世界の申し子』に相応しい戦い方である。
キリトのフローズヴィトニルの連撃に対し、オーディンも風と雷を纏うグングニルで連撃を防ぐ。
その槍捌きはAI搭載とはいえ、NPCとは思えないほど巧みなものであり、時折キリトに反撃することもある。
だが、それはキリトの闘争心を刺激するだけで、彼の攻撃はさらに苛烈さと速度を増していく。
速く、より速く、限界の先へ、加速の果てへ、その思いを乗せながら振るわれるキリトの剣は残像しか残らず、
最早人が視覚で捉えることが出来ない領域の速さで剣が舞う。
これが『
それにより、オーディンの体の節々に剣で斬られたダメージエフェクトが発生、彼のHPゲージが1本を切る。
そして、オーディンにダメージを与えたキリトがバックステップで後退すると、彼に狼王の咢が迫る。
「ぐっ、あぁぁぁぁぁっ!?」
「仕舞いにするとしよう、オーディン!」
フェンリルの牙がオーディンの腹部を引き裂き、まともに攻撃を受けたオーディンは凄まじいダメージを負った。
それでもHPは僅かほど残ったが、彼がその隙を見逃すはずはない。
「お前の技を借りるぞ、ユウキ……うおぉぉぉぉぉっ!」
「ぐおぉぉぉぉぉっ!?」
キリトはオーディンの左肩から右斜め下へ向けての5連続突き、次いで左下腹部から右斜め上へ向けての5連続突き、
最後にその斜め十字を形作った突きが交錯した部分に向けての強烈な突き繰り出した。
最後の一突き、それによってオーディンのHPは0になり、その場に立ち尽くす。
「この世界を愛して、この世界を愛しながら去って逝った俺達の友人の剣技だ。
お前の、カーディナルの端末であるお前達の、好きにはさせない…!」
「ふっ……無駄な、ことだ…精々、足掻いて、見せる……が、良い…」
《マザーズ・ロザリオ》、かつて【絶剣】の名を持ち、この世界を愛して去って逝った少女の技。
それをキリトはOSSとしてではなく、彼女自身の剣技として借りうけ、再現してみせた。
オーディンは不吉な言葉を残しながら、ポリゴン片となって消滅していった。
ここにオーディンがキリトの持つフローズヴィトニルによって討たれ、オーディン軍の総大将は倒れることになった。
『侵攻側クエスト[神殺しの狼]:フェンリルと共にオーディンを討て』クエスト・クリア
No Side Out
To be continued……
あとがき
というわけで、これで今年最後の投稿になりました。
この1年間、1度も休まず(休まなかったはず、多分)に投稿した自分を褒めてもいいと思う・・・すいません、調子に乗りました。
しかも前回でアバターの方も無双させると言いながら内容の問題でキリトさん無双オンリーでした、
申し訳ないです・・・次回こそはアバターを無双させますよ。
今回でオーディンとトールの二大神が倒れることになりましたが、
だからと言ってこれでオーディン軍の敗北になるわけではありませんから大丈夫です。
敵の大将が討たれたからと言って戦争が終わるわけではないです・・・どちらかが滅びるまでは、ね(黒笑)
神話通りの流れもあれば、流れに逆らう場合もあります、しかし黄昏の結末はあくまでも1つ。
それをキリトさんがどう思っているのか、それが今回の話で少しは掴めていただけたと思います。
戦闘に関しては数十分という部分を2ヶ所ばかり省きましたが、面倒臭いというのが第一でしたねw
それと同時に同じような場面ばかり書いて読者様方は楽しいかと聞かれればそうでもないだろうと、
割と自分勝手な考えですが省いて書いた場所もありました、オーディンとフェンリルの戦いもですね。
ですが主役はあくまでもキリト達やプレイヤー達であり、NPC達が脇役であることはお忘れなきよう。
では・・・みなさん、今年もありがとうございました!
来年の執筆も頑張りますので、来年も読んでくだされば凄く嬉しいです!
次も新年早々投稿するつもりですのでご安心をば・・・それではみなさん、良いお年を!
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第54技です。
今回はキリト無双ですよ、サブタイ通りに神が・・・。
どうぞ・・・。