No.744877

紫閃の軌跡

kelvinさん

第60話 子供達

2014-12-21 16:56:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2527   閲覧ユーザー数:2330

 

6月28日 7:40―――

 

~ゼンダー門 師団長室~

 

「共和国方面にて動きあり。お得意の空挺機甲師団が監視塔上空にまで偵察に来たとのことです。」

「おそらくは陽動であろう。戦車が到着するのも時間の問題と言うことだな。……―――来たか。」

 

部下からの報告にゼクスは表情をより険しくする。知り合いの交渉によって何とか時間を稼ぐことは出来たものの、向こうも基地の被害を受けて本腰を入れ始めたというところであった。個人の感情としてはこの地を戦火に巻き込みたくはない……だが、情勢はそれを許さない状況に陥っていたのは言うまでもなく明らかであろう。すると、そこに姿を見せたのはリィン達A班の面々。それを見た部下だけでなく、その中の一人を呼び出したゼクス本人も驚きであるのだが、すぐに表情を正してアスベルに問いかけた。

 

「……アスベル・フォストレイト。これは、どういうことなのか聞きたいのだが?」

「遊撃士としての依頼は了解しましたと言う旨と……特別実習の一環と言う形で、彼等にも協力してもらいます。実力は問題ないですし、この事態を作り出した相手の全容が見えない以上、人数はいるに越したことはありませんから。」

 

今回の事件が“原作”通りとは限らない。何らかのイレギュラーを加味した上で、こちらも単独で動くのは危険であると判断した。その意味では、リィン達の申し出は率直に言ってありがたかった。

 

「しかし……」

「お願いします、中将。この地のことならば知らない場所などありません。……このノルドで起こっていることに対して、目を背けるようなことはできません。」

「……いいだろう。だが、タイムリミットは15:30。それ以上は流石に無理であろう。」

「ええ。解っています。……報酬の方は、これが無事解決したらと言うことで。」

 

部下の方は何か言いたげであったが、ガイウスから放たれた言葉を聞き、ゼクスは部下を制するようにしつつもアスベル達に対してこの事態の打開を求めた。それに対して了承の意味も込めて首を縦に振り、会釈をしてその場を後にした。

 

 

8:20―――

 

門を出たアスベルらは馬を駆って監視塔に向かい、アスベルは遊撃士手帳を見せてゼクスからの依頼であることを伝え、調査の許可が下りた。リィン、ガイウス、エマ、ステラ……アスベル、アリサ、ユーシス、リーゼロッテの4人ずつに別れ、手掛かりを探してみることとなった。

 

「………これって」

「砲弾の残骸のようだが……」

「あれ?これ、ラインフォルト製のですよね?」

「ええ。って、知ってるの!?」

「あはは、ちょっと面識がありまして……でも、これだとそんなに飛ばないはずですよ?」

「う~ん、そうなのよね。」

 

調査の過程でアリサが見つけたのは、ラインフォルト社製の砲弾の残骸。カタログスペック上では数百アージュの飛距離を出すのだが、その距離だと共和国の基地からはとても届く距離ではない。そもそも、共和国軍では、共和国の工業メーカーであるヴェルヌ社のものが正式採用されており、共通の規格などないはずだ。帝国からの攻撃だと偽装工作された線も考えられるが、そのために騙される相手よりも騙す自分自身の被害を大きくする意味は皆無である。

 

しかも、監視塔に対する攻撃の仕方にも特徴がある。それは、『一定の方角からの攻撃しか受けていない』点だ。これは、その被害からしても明らかであった。攻撃精度の観点からすると、ある程度のばらつきが出るのは当たり前の話だが……今回ばかりは『共和国軍基地に面している箇所』のみの攻撃。それから察するに、帝国西軍に対する単なるダメージを狙ったのではなく、状況を混乱させて共和国との戦闘を行わせようとする狙いの線が大きくなる。それと、仮に共和国方面からの攻撃だと仮定した場合、監視塔のみならずその周囲に被害が及んでいてもおかしくはない。……だが、それがない。

 

「そっちはどうだ?」

「リィン達か。聞き込みの方は?」

「ええ、大方終わりました。」

 

集められた情報を纏めると、『砲撃の直前に共和国軍の基地から火の手が上がっていた』『時刻は真夜中』『一定の方角からの攻撃しか受けていない』……そして、使われた砲弾は共和国基地から届く代物ではないということだ。飛行艇を使った可能性も出ては来るのだが、そうなるとその音で気付かれる可能性が高くなる。ふと、エマが何かを考え込んでいたようで……一つ提案をした。

 

「……ひょっとしたら、撃ち出された場所が割り出せるかもしれません。ガイウスさん、リーゼロッテちゃん、アリサさん。手伝ってもらえますか?」

「ああ。」

「ええ。」

「解りました。」

 

ノルド高原に吹く風の影響、被害を受けた箇所の想定射角、砲弾の最大飛距離、そして砲撃の精度……集められた情報を基にエマがその緻密な計算を行い、砲撃のあった場所を地図で照らし合わせた結果、

 

「ここから南側の崖上か。」

「流石だな。レーグニッツが躍起になっているのが滑稽に見えそうだ。」

「あはは……それほどでもないですよ。」

(何処がだよ……)

 

その大まかな位置を割り出したエマの力には、他のメンバーも驚嘆を漏らすほどであった。この物理系分野は日曜学校ですら習わない分野の代物であり、それをいとも容易くこなしたエマの能力はマキアスですら及ばないことであるだろう……流石に本人には言えないことであるが。

 

「さて………え?」

「どうかしたのか?」

「上……なっ!?」

「あ、あれはっ……!?」

 

そこで監視塔に向かおうとしたA班の一同であったが、ふとリィンが空に気配を感じて上を見上げると……そこには先月の実習で見かけた白い物体の姿であった。これにはそれを実際に目撃しているユーシスとエマも驚きを隠せない。

 

「ひょっとして、先月の実習で見たとか言う……」

「ああ。………」

「………リィン達はアレを追いかけろ。俺とリーゼロッテで崖の方に行く。ちんたらしている余裕なんてない。集落で合流することにしよう。」

「……そうね、そのほうがいいでしょう。」

 

ここで話している時間はない。白い物体を見逃す前にリィン、ガイウス、ユーシス、アリサ、エマ、ステラが先行する形で馬を駆り、その物体を追いかけていった。残ったアスベルとリーゼロッテはそれを見届けた後、アスベルが口を開いた。

 

「……―――リーゼ、あれは“白兎(ホワイトラビット)”……知り合いか?」

「はい。私も数回程度しか面識はありませんけど。向こうが覚えている可能性はあるでしょう。」

 

元々そういった集まりにいたことから解っていたことではあるが、知り合いだったということには少し驚いた。それに付け加える形で、もう一つ尋ねる。

 

「ちなみになんだが……“子供達”の中に貴族の人間はいるのか?」

「聞いたことはあります。ラグナ教官ならその辺りの事を知っているかと……ひょっとしたら、リノアも知っているかもしれません。何かと交友関係は広いですし。」

 

“聞いたことはある”……可能性はかなり高くなったとみていいだろう。“敵を騙すには味方から”という言葉だってあるほどだ。ともあれ、南側に移動して崖上に引っ掛かっている梯子を下ろし、その上に登ると……そこにはラインフォルト製の旧式迫撃砲が数門配置されていた。

 

「……やはり、ですか。」

「だな。」

 

この攻撃は帝国正規軍……いや、正確には軍の七割を掌握している“あの人物”に対する攻撃。そして、共和国側にも恐らくこの迫撃砲をいくつか配備しているのであろう。共和国側の被害を大きく見せることで帝国の工作だと思わせたいこの事態を生み出した首謀者……

 

「考えられるとすれば、この国の抵抗勢力……でしょうか?」

「その可能性が高いだろう。とはいえ、その数と規模は計り知れないが……」

 

かの人物の敵の多さには頭を抱えたくなる。間接的ながらもその尻拭いをさせられるというのには、正直文句の一つでも言いたい気分だ。

 

 

9:30―――

 

リィン達と合流するために集落の方へ一度戻り、ラカンらに事情を説明した後で休憩していると……リィン達が白い物体に乗っていた少女と一緒に戻ってきた。

 

「お、お疲れ……って、一緒にいるんかい。」

「ああ……何でも協力してくれるらしいって……」

「あんれ~?って、リーゼだ!久しぶり~。それに、“紫炎の剣聖”までいるだなんて。あ、この場合は“京紫の瞬光”と言うべきかな~?」

「え………」

「!?(アスベルの渾名を……!?)」

 

その少女はリーゼロッテとアスベルを見て述べるが……その渾名に、実情を知るリィンとアリサが一瞬表情を険しくする。すると、アスベルの方は笑みを零してその少女を向く。

 

「―――人の事を軽々しく喋るなよ、帝国軍情報局“白兎(ホワイトラビット)”、ミリアム・オライオン。というか、俺からすれば完全に初対面なんだがな。」

「わ~!?何でバラすのさぁ~!?」

「お互い様でしょうよ、ねぇ?」

「う”………」

 

笑顔なのにそのにじみ出てくるアスベルの威圧感に対し、少女―――ミリアムはバツが悪そうな表情を見せ、周囲の人間は冷や汗をかいた。今のアスベルの言いたいことは間違いなく『余計なこと言うなよ、口を縫い合わすぞ?』という言葉なのだろう。

 

「て、帝国軍情報局……!?」

「鉄血宰相肝煎りの諜報機関だと聞いてはいたが……」

「………」

 

アスベルの口から放たれたミリアムの素性に驚いている中、エマはアスベルの方を見ていた。無論、アスベルがそれに気づかないということはないのだが……敵意がないので、放っておくこととした。似たような立場である以上、向こうも色々あるのだろう。その詳しい事情はこちらも知らないが。

 

「で、同行してるってことは何か進展でもあったのか?」

「あ、ああ……」

 

簡単に事情を説明すると、リィン達がミリアムを追いかけて石柱群に到達し、そこでミリアムから今回の事件に関する情報と引き換えに戦う予定だったのだが……

 

『って、ナニコレー!?』

『まさか、手配魔獣!?』

『くっ、迎え撃つぞ!!』

 

南部の手配魔獣に遭遇してそれどころではなくなり、已む無くミリアムと協力して撃退。その実力から問題は無いと判断したミリアムがそのまま犯人逮捕に協力してほしいということで同行しているという顛末だ。これには流石のアスベルも頭を抱えたくなったが……どの道、彼女がその手がかりを持っていると言うので、同行を渋々ながら認めることとなった。

 


 
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