No.744789

残された時の中を…(完結編第5話)

10年以上前に第1部が終わってから更新が途絶えてしまった、北川君と栞ちゃんのSSの続きです。
10年以上前から楽しみにしてくださった方々には、大変申し訳ない気持ちでいっぱいです…。
当時の構想そのままに書いていきますので、おかしな部分も出てくるかもしれませんが、どうぞ最後までよろしくお願いしますm(_ _)m!!
なお、これから発表する完結編は6話~7話になる予定です。

続きを表示

2014-12-21 03:06:07 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:1023   閲覧ユーザー数:1021

運命の1月31日の朝…………。

 

 

「行ってきます」

 

ある覚悟を胸に秘め、栞は北川の待つ駅へと向かっていった。

 

 

 

 

その数時間前、ヨーロッパでは……。

 

 

手術を終えたばかりの北川が、集中治療室でいくつもの医療機器や点滴、輸血等のチューブに繋がれて眠っていた。

その様子を単身渡欧し、北川が入院している病院に来院していた麻宮家の叔父が心配そうに見ている。

 

「先生、潤の容体は…?」

「現在は小康状態にありますが、まだ危険な状態を脱していません。恐らくこれからが、彼にとって最大の試練となるでしょう…」

「そうですか…」

 

 

医師の言葉に悲痛な面持ちで叔父は俯く(うつむく)。

北川を執刀した医師によれば、この状態を乗り越えられずに死去した患者は老若男女問わず半数以上いるらしく、

後は北川の生きたいという意志に委ねる(ゆだねる)しかないとのことだった。

 

 

 

「潤…、絶対に戻って来い…。お前の為に3億もの大金を出資してくださった皆さんの善意の為にも、両親を失ったお前の妹達の為にも…。

 そして、お前と同じく、かつて重い病気で命の危険にさらされながらそれを乗り越えて、お前を支えてくれている、美坂栞さんの為にも…」

 

 

北川が眠るベッドの手すりを握りしめながら、叔父は祈る様な気持ちで北川を見ていた…。

 

 

 

 

 

 

「栞ちゃ~ん!!」

「潤さん!!」

 

再び戻って日本では、リュックを背負い、待ち合わせ場所に向かって息急き切り(いきせききり)ながら走る北川の姿があった。

 

「ごめん、待った?」

「遅いです!!1分の遅刻ですよ!?」

「悪い、色々支度しててさ…」

 

少しながら待ち合わせ時間に遅れて、ムッとする栞に北川は苦笑いで返した。

 

 

「とりあえず、まずは何処に行こうか?」

「もう…、ヘラヘラして話を逸らそうとする人なんて嫌いです。

 まあ、1分くらいなら許してあげます。じゃあ、映画なんてどうですか?」

「映画か…、今流行りのあれにする?」

「はい!!是非一度見てみたかったんですよ!!」

「決まり!!じゃあ、行こう」

 

 

平日月曜日の朝とあって、映画館に並んでいる人はほとんどおらず、割とすんなりとチケットを購入する事が出来、そのまま入館した。

 

「お、いよいよ始まるか」

「楽しみです♪」

 

スクリーンに新作映画の予告映像が数作流れた後、いよいよ話題作の上映が始まった。

 

多くの観客が魅了されたという評判通り、北川と栞もスクリーンから目が離せなかった。

 

“想像以上に素晴らしい作品だ。真琴ちゃんが何度も口にするのも分かる気がするよ”

 

ちなみにその話題作とは、真琴が大好きなマンガ“恋はいつだって唐突だ”の実写版である。

実写化するにあたって、ファンの意見は賛否両論だったが、いざ上映されてみれば、ほとんどの者が絶賛する作品となった。

 

 

“良い作品です。こんなドラマみたいな事をこれからまた、潤さんとしてみたいです”

 

 

いつの間にか北川と栞は手を取り合っており、上映終了まで手を繋ぎ続けていた。

 

 

 

 

「はい、そこで終了」

「あ~っ、時間足りねえ…」

「うぐぅ~…、頭痛いよ~…」

「う~…、難しいよ~…」

「満点を取る必要なんてないわ。あくまでも合格最低点を上回るだけの点数を取れば良いんだから」

「美坂さんの言う通りだ。基本さえ出来ていれば、自ずと(おのずと)結果は伴ってくる。経験と最近の傾向さえ掴んでしまえば、合格も可能だろう」

「理屈は分かるが、俺達はお前らみたいに器用じゃないから、簡単には出来ねえ…」

 

一方、祐一達の通う高校の図書室では、祐一とあゆ、名雪、香里が鍵大の過去問題で解答練習をしており、既に入学を決めている久瀬が試験官を務めていた。

鍵大の入試まで後1ヶ月を切り、ほぼ仕上がっている香里とは反対に、祐一とあゆ、名雪の3人は未だに点数が伸びないでいた。

 

 

「ところで香里。栞が登校してないみたいだが、どうしたんだ?」

「あの子は定期健診だから、今日は休みなのよ」

「そうか。まあ病気してたから、仕方ねえよな」

 

本当は北川とのデートなのだが、栞のズル休みがバレてはいけないので、香里はそう答えた。

 

 

「病気と言えばさ、北川が昨日戻って来たってあゆから聞いたんだが、お前から見てどうだったよ?」

 

突如、話題が北川の事に切り替わり、事情を知っている久瀬とあゆの表情が一瞬強張った(こわばった)。

 

「どうもこうも、意外と顔色は良かったわよ?月宮さんから聞いてるなら、あたしからも聞く必要はないんじゃないの?」

「まあ、何となくな…。しかし、あいつも帰って来たなら、俺らにも顔出してくれても良いのにな~…」

「北川君は北川君で色々と忙しいのよ…。何てったって、明日は栞の誕生日なんだし……」

 

そこまで言って、香里は思わずハッとした。

 

“そうよ…。栞の誕生日は明日じゃない…。なのに、何で北川君は今日1日栞と一緒にいたいと言ってたの!!?”

 

 

「香里、どうしたの…?」

「う…、ううん…。何でもないわよ…。そろそろ次の科目を始めちゃいましょうか…」

 

香里の様子に名雪が声を掛け、我に返った香里は誤魔化し笑いを浮かべる。

 

 

「それじゃあ、始め」

 

久瀬の開始の合図と共に、次の科目の解答練習が始まった。

 

 

“そう言えば北川君が血を吐いた時、このままでは1月までしか生きられないって栞が言ってたわね…。

 思い返せば、栞も月宮さんも乗り越えてから完全に元気になるまでに、2ケ月以上はかかってた。

 ヨーロッパで手術を受けなきゃ治らないほどの病気にかかっていながら、何でこんなに早く戻って来れるの…!!?

 それに栞と一緒にいるなら、今日より栞の誕生日である明日の方がずっと良いはず…。

 どうして明日じゃなくて、今日なの!!?今日じゃないといけないの…!!?”

 

問題をカリカリ解きながら、香里は北川に関して思考を張り巡らせる。

 

“そう言えば相沢君がこの街に来たばかりの頃は、月宮さんはまだ昏睡状態だった…。

 そして栞が相沢君と初めて会った時は、眠っていたはずの月宮さんも一緒にいたって栞は話してたわね…。

 信じられない事だけど、きっと月宮さんの精神が月宮さんの体から抜け出して実体化して、相沢君に会いに来ていたって事よね…?

 もし…。もし、1年前の月宮さんと今の北川君が同じ状態だとするなら……”

 

しばらくして、香里もまた北川に関して1つの可能性にたどり着く。

 

 

“まさか…。明日じゃなくて、栞を今日誘ったのは…。栞にお別れを言う為に……。そ…、そんな……”

 

自身が導き出した仮説に、香里の表情が見る見るうちに蒼ざめていき、それと同時に、シャープペンシルを動かす事も忘れてしまっていた……。

 

 

 

 

「結構良かったな。俺、思わず涙流しちゃったよ」

「はい!!ストーリーもキャスティングも演出も全て良くて、ラストも素晴らしかったです!!」

 

香里達が解答練習をしているその頃、北川と栞は映画を観終わり、手を繋いで外に出ていた。

ほとんどの者が絶賛したという作品だけあり、北川と栞も映画の出来に満足した様子だった。

 

「また一緒に潤さんと一緒に見たいです!!映画館でもDVDでも」

「ああ…、そうだな…」

 

屈託のない笑顔の栞に北川は笑顔ながらも、やや元気のない声で返した。

 

 

「ところで、そろそろお昼の時間ですね」

「そうだな。何処でいただこうか?」

「近くにパスタのお店を見つけたので、そこでランチにしませんか?」

「よし、決まりだな。その後は、遊園地なんてどうかな?」

「良いですよ、いっぱい楽しみましょうね!!」

「んじゃ、行きますか」

「はいっ!!」

 

 

ランチのパスタで腹を満たした後、2人は遊園地に向かい、様々なアトラクションを楽しんだ。

 

度胸試しのつもりで最初に乗ってみたジェットコースターでは、あまりのスピードに栞は酔ってしまい、回復するまでの間、北川に膝枕をしてもらう事となった。

回復後はメリーゴーラウンドで同じ席に座ったり、お化け屋敷で思わず驚いて北川の腕にしがみ付いたり、更にはゴーカート、汽車、等々を楽しみ、やがて日が暮れた。

 

 

日が暮れた後は観覧車に乗った。

 

「きれい……」

「ああ、晴れてて良かったな…」

「はい……」

 

晴れた星空の下、栞は雪や街灯やイルミネーションで彩られた、いつもとは違う幻想的な景色をウットリとした様子で楽しんだ。

 

 

観覧車の後は遊園地を出て、北川があらかじめ予約していたという人気の高級レストランに行き、そこで数々の高級料理を2人楽しんだ。

 

 

ディナーの後、2人はホテルに向かい、そこでしばらくの間、思い切り愛し合った。

 

愛し合った後、2人はシャワーを浴びて服を着ると、ホテルを出た。

先程まで晴れていた天気は、いつの間にか雪に変わっていた。

 

 

 

「懐かしいです。1年前の今、祐一さんとここで一緒に過ごしてたのを思い出しますね…」

 

ホテルを出た2人が向かった先は、公園だった。園内の時計の針はちょうど午後11時半を指したところだった。

公園に着いた栞は、瞳を閉じて1年前の事をしみじみと思い浮かべていた。

 

忘れもしない1年前の今、重い病で誕生日まで生きられないと死刑宣告を受けていた栞は、祐一と一緒にこの公園で誕生日を迎えたのだ。

誕生日を迎える直前に彼女は病により雪原に横たわり、そして誕生日を迎えると同時に永遠の眠りについた。

 

と思われたが、それを乗り越え、そこから奇跡的に彼女は病を克服する事が出来た。

 

 

瞳を開けると、

 

「潤さん、雪合戦しましょうよ…」

 

と持ちかけた。

北川は良いよと答え、お互いに十数個の雪玉を作ると、雪合戦が始まった。

 

 

「痛い痛い…。もうちょっと手加減してよ」

「ダメです……」

 

手加減をしながら雪玉を投げる北川に対し、栞は全力で雪玉を北川に投げていた。

 

 

「ちょっと栞ちゃん…」

「潤さんなんて…、潤さんなんて……」

 

北川が全力の栞に戸惑う中、栞は尚も雪玉を投げる手を緩めようとはしなかった。

全力で雪玉を投げ続ける栞の瞳には、いつの間にか涙が溢れていた。

 

 

 

 

「はあ…、はあ…」

 

しばらくして、雪合戦が終わった。時計の針は11時50分を過ぎており、雪足も吹雪く様になっていた。

 

「栞ちゃん、一体どうしちゃったの?」

「どうしたはこっちのセリフですよ…。潤さん…」

 

肩で息をする北川に対し、栞は俯き(うつむき)ながら抑揚のない声で答える。

 

 

「何で…、何でこんなに早く戻って来たんですか…!?」

「栞ちゃん…?」

「潤さんと別れた後、天野さんに電話して聞いたんです…。

 昨日、潤さんの手術が行われた事…、昏睡状態で命の危険に晒されてる事も……」

「どうして…、それを……」

 

栞の突然の告白に北川は呆然とする。そんな北川に構う事なく、栞は更に続ける。

 

 

「私でもあゆさんでも、死ぬかも知れなかったところを乗り越えてから、完全に回復するまでに2ヶ月以上はかかりました。

 だけど、潤さんがヨーロッパに行ってから1ヶ月も経たないうちに戻って来てたので、引っかかる部分があったんです。

 その時、祐一さんと初めて出会った日に祐一さんと一緒にいたあゆさんが、その時はまだ病院で眠っていた事を思い出しました。

 もし、その時のあゆさんと、今の潤さんが同じだったとしたら……。それに気付いた途端、嫌な予感がしました…。

 嘘であって欲しいと思って、天野さんに電話したんですけど、残念ながら予感は当たってしまいました…」

「参ったな…。栞ちゃんだけには知られたくなかったんだけど、栞ちゃんまで知っていたなんて…」

 

栞の言葉に、北川はバツが悪そうに栞に微笑みを向ける。

 

「意気地なし…」

「ごめん…、頑張ったんだけど…」

「私が聞きたいのはその言葉じゃありません…」

「でも……」

 

淡々と言葉を北川にぶつける栞だったが、その声も段々としゃくり上げに近い状態に変化していた。

 

やがて…。

 

 

 

 

「こんな意気地なしの潤さんなんか、好きにならなきゃ良かった…!!支えになりたいなんて言わなきゃ良かった……!!

 病気に勝ってくるとか言ってヨーロッパに行きながら、負けそうだから戻って来た、こんな奴の事……。

 何で…、何で……!?」

 

やがて、込み上げてくる激情を抑えきれず、顔を上げると栞は感情的に北川を罵る(ののしる)。

その瞳には涙が溢れていた。

 

「観覧車から夜景を一緒に見るって…、空港で指切りした時は…、来年の2月1日(明日)だったはずなのに…。

 どうして…、どうして1月31日(今日)じゃないといけないんですか…!?」

「ごめん…、俺も守るつもりでいたんだけど…」

「謝ったって…、ダメです…」

「ごめん…、そんなつもりじゃ……」

「嘘つき…。嘘をつく人なんて嫌い…」

「ごめん……」

「大嫌いです……」

 

 

泣きながら北川を責め続ける栞に、北川はただ謝る事しか出来なかった。

 

「こんな奴なんて…、嫌い……。大嫌い…、なのに……。

 涙が止まらないなんて……。ヒグッ…、グスッ……」

「栞ちゃん……」

「私…、やっぱり潤さんの事…、嫌いに……、なれま……、せん……。

 潤さんがいないと……、私……、生きて……、いけ……。

 だから……、行かないで……、ください……。潤さ……」

「ごめん…、もう…、ダメなんだ…」

 

北川の胸にすがり付いて泣きながら懇願する栞に対し、観念した様子の北川はただ返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

やがて園内の時計の針が両方とも12を指し、2月1日へと日付が変わった。

 

「誕生日おめでとう…、栞ちゃん」

 

北川はそう言って栞の両肩を掴んでゆっくりと引き離すと、リュックから包装されたものを取り出した。

 

「それは…?」

「俺からの誕生日プレゼントだよ。栞ちゃんは手がかじかんでるだろうから、俺が開けるね」

 

そう言いながら、北川はガサガサと包みを開けていく。

中からはクリーム色の布の様なものが出てきた。

 

それを広げると栞の肩にフワッと掛けた。

 

 

「あの…、これは…?」

「ストールだよ。前に血を吐いて、美坂からもらって大切にしてた栞ちゃんのストールを汚しちゃったからさ…。

 それに1枚だけだと傷むのも早いだろうし、栞ちゃんにはそのチェックのストールをずっと羽織っててもらいたいから、お詫びも兼ねてね…」

 

思いもしなかった事に、栞は一瞬、呆気に(あっけに)取られた表情を浮かべる。

 

反応がなかったので、“しまった…。このプレゼントはまずかったか”と、北川が気まずくなったその時…。

 

 

「潤さん…。これ…、似合ってますか…?」

 

そこにはクリーム色のストールをギュッと掴み、涙を流しながらも、精一杯の笑顔を北川に向ける栞がいた。

 

「ああ、似合ってるよ」

「嬉しい…、これも欲しかったんですよ。すごく温かい…」

 

自身のプレゼントを心の底から喜んでいる様子の栞に、北川はホッと安堵の溜息を吐く(つく)。

 

“良かった…。これで思い残す事は…、もう……”

 

 

1月いっぱいまでしか生きられないと宣告されていた自分が、2月1日の栞の誕生日を一緒に迎える事が出来た事で、北川の表情は安らぎで満ちていた。

それと同時に、北川の体を光の粒が覆っていく。

 

 

「潤さん…?」

 

北川からのプレゼントを喜んでいる栞の体を、北川はギュッと抱きしめていた。

 

 

「どうか、栞ちゃんには幸せになって欲しい……。

 栞ちゃんなら、きっと俺よりも素敵な男の人が見つかるだろうから、その人と幸せに…、ね……」

「い…、嫌です…!!潤さん…、行かないで……!!」

 

北川を逃がすまいと、栞は慌てて北川の背中に腕を回したが、その腕は北川の体をすり抜けていた。

その直後、北川は栞の体を解放し、数歩歩いて栞から離れる。

 

 

「じゅ…、潤さん……?」

「大丈夫…。悲しいのはほんの少しの間だけ……。後はきっと、懐かしい思い出になるはずさ……」

「ダメ…、行かないで……」

 

涙を流しながら必死に懇願する栞だったが、北川はそれを聞き入れる様子はなかった。

 

 

「もう……、行かなくちゃ……」

 

そう呟く(つぶやく)と、北川は静かに瞳を閉じる。

 

 

「バイバイ…、栞ちゃん……」

「潤さん!!?」

 

精一杯の笑顔を栞に向け、別れの言葉を口にする北川。

その言葉と同時に、北川を包んでいた光の粒が空へと昇っていき、それに伴って北川の体も段々と薄くなっていった。

 

 

「嫌……。行かないで…、潤さん…!!」

 

光の粒となって消えゆく北川を逃すまいと、必死で抱きしめようとしたり、手のひらで掴もうとしたり、遂にはストールで包み込もうとした栞だったが、

それも虚しく、やがてクリーム色のストールを除いて、北川の証となるものは栞の目の前から全て消え失せたのだった……。

 

 

 

 

 

 

「北川君!!?」

 

ちょうどその頃、水瀬家に居候しているあゆが北川の名前を叫びながら、ガバッと跳ね起きていた。

 

 

「ハァ……、ハァ……、夢……?」

 

肩で息をしながらベッドのそばの目覚まし時計に目をやると、時刻は午前0時5分を回ったところだった。

 

「北川君……」

 

俯き(うつむき)ながら、夢の内容を思い浮かべる。

 

 

 

“バイバイ…、あゆちゃん…”

“北川君!!?”

 

先ほどの夢の中で、今まさに栞の目の前で起きている出来事の様に、あゆと共に雪原の公園にいた北川は、

栞に向けた笑顔をあゆにも向けながら別れの言葉を告げると、光の粒となって消えていったのだった…。

 

 

「うぐぅ……、北川君……」

 

夢の中で消えていった北川の事を思い浮かべながら、あゆはベッドの上でしばらくの間、涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

その少し前、北川が入院しているヨーロッパでは……。

 

“ピーッ!!ピーッ!!”

 

「心拍数、脈拍急低下!!呼吸も弱くなってきてます!!」

「先生を呼んで!!直ちに蘇生措置を!!」

「潤!!」

 

眠っている北川の体に繋がれている医療機器からは緊急アラームが鳴り響いており、担当医や看護師達が必死に蘇生を試みていた。

 

「……を2mg注射!!それとすぐ、心臓マッサージ!!」

「アサミヤさんは離れて!!」

「君はこんなところで死ぬべきじゃない!!戻れ…、戻って来い!!ジュン」

「心拍数は!!?」

「ダメです!!どんどん低下していきます!!」

「潤!!」

「諦めるな!!」

 

担当医が北川の胸を必死にグッグッと押し続ける。

 

「どうだ!?戻って来てるか!!?」

「ダメです」

「潤!!戻って来い!!お前の帰りを待つ妹達や美坂栞さんの為にも!!」

 

多くの医師達によって北川の蘇生措置が続けられる中、麻宮家の叔父は涙を流しながら、北川に必死に呼びかけていた。

 

 

 

 

“ピーーーー………”

 

そんな叔父の呼びかけに応えることなく、やがて北川の心臓が停止し、心停止を示すアラーム音が室内に無情に響いていた…。

 

「せ…、先生…!!患者の心臓が停止し……!!」

「諦めるな!!カウンターショックだ!!ICDスタンバイ!!」

「潤…!!」

「用意出来ました!!」

「よし!!全員離れて!!アサミヤさんも!!」

「潤!!」

「行きます」

 

 

看護師の1人がICDに繋がれたパドルを北川の胸に当てる。

間もなくして北川の心臓に電気が流れ、ボンという音と共に、北川の体が跳ね上がる。

 

「心マ中断!!心拍数は!!?」

「ダメです!!戻りません!!」

「諦めるな!!心マ再開!!再度、カウンターショックだ」

 

 

 

 

このやり取りが何回と続いたが、北川の心臓の鼓動が戻る事はなかった…。

 

 

「クソ!!どうして戻らない!!?」

「諦めるな!!まだ…」

「もう…、いいです……」

 

必死に北川の蘇生を試み続ける医師達に、叔父が悲痛な面持ちで話しかける。

 

「アサミヤさん…?」

「もう…、潤を眠らせてあげてください……」

「しかし……」

「お願いします…」

「……。分かりました」

 

 

 

 

北川の蘇生措置を中止すると、医師の1人が腕時計に目をやる。

 

「1月31日16時マル5分。日本時間の2月1日0時マル5分。キタガワジュン……」

 

再び戻って、日本では……。

 

 

「そんな……、潤さん……」

 

目の前で起きた出来事に、栞は呆然となり、そのままドサッと膝から雪原上にへたり込む。

 

 

「嘘…、ですよね……?潤さん…」

 

ショックからか、つい先程まで北川がいた場所に向かって、栞は無意識のうちに引きつり笑いを浮かべていた。

 

「私が…、意気地なしとか…、こんな奴とか……。

 生意気な事を言ったから…。私を懲らしめるつもりで、潤さんはこんな事をしたんですよね……?

 

 もう…、生意気な事を言いませんから…。さっきの事…、謝りますから……。

 だから…、戻って来てくださいよ……?潤さん……」

 

 

放心状態でブツブツと、いなくなった北川に独り呟き(つぶやき)続ける栞。とめどなく降り続ける雪により、栞の体を雪が覆っていく。

呟き続けていれば、北川が戻って来てくれると思っていた栞だったが、時間の経過と共に、北川が消えてしまった事をひしひしと実感していくのだった…。

 

 

「ヒグッ……。潤さん……」

 

俯き(うつむき)ながら、悲しみを必死に抑える栞だった。

 

 

が、やがて……。

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~!!!!」

 

 

クリーム色のストールを抱きしめながら、栞は空を仰ぎ(あおぎ)、号泣し続けた。

その激しい慟哭は吹雪によってかき消され、その近くにいる誰もが栞の悲しみに気付く事はなかった……。

 

 

「潤さあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~んん!!!!」


 
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