王四公国物語-双剣のアディルと死神エデル-
作者:浅水 静
第08話 狩りしもの
その日、三人は早々にギルド会館の前に集まっていた。
ロミルダは前回の徹を踏まえて、防具を新調したらしい。皮製だが腕も足も、間接部以外カバーして動きを阻害しないものである事を嬉々として説明している。
アーダベルトは正直、ロミルダが狩りをまた再開した時には驚いていた。
最後には意識を失うくらいの怪我をしたのだから、それに懲りてハンター業から足を洗う気になってもおかしくないし、それは誰にも責められる事では無い。しかしながら、彼女は戻って来た。恐怖に打ち勝った勇気、などとお為ごかした言葉ではなく、ニコラウスにだけ危険を背負わせたくないという思いや彼女の武術家として向き合ってきた信条をアーダベルトは垣間見た気がした。そしてニコラウスが、その彼女の意向を受け入れたのは、次は守るという強い思いの現われだろう。
アーダベルトにとって、そんな二人は微笑ましくもあり、また本当に親しい友人を作る事が出来なかった、いや、許されなかった自分にとっては、手に入れる事の出来ないものへの寂寥感を自覚させていた。
程なくして件のお嬢様、ことエデルガルド・フォン・ディングフェルダーが軽兵装の男女と馬を三頭連れて現れた。エデルガルドの今日の服装は、アーダベルトからの指摘のあった場違いな装いではなく、どちらかといえば乗馬用では無いかと思われる服に身を包んでいた。長い髪も今日は一房の三つ編みにしてキッチリ纏めている。
「いかがかしら?」
どうやら、一昨日のアーダベルトの指摘がよっぽど気に触ったと見えて、両手を腰に添えて如何にも「どうだ!」と言わんばかりにエデルガルドは言った。
「良くお似合いですよ」
アーダベルトは、簡素なその言葉とは裏腹にとっておきの無垢で屈託の無い笑みをエデルガルドに向けた。
(まぁ、一応、雇い主だから愛想くらいは、……ね)
その笑顔は、長年の貴族社会で培ったアーダベルトの武器ではあったが、免疫の無い人間にとっては、いきなり向けられるとある意味かなりの凶悪なものだった。事実、その笑顔を向けられたエデルガルドの方は、何か返そうとモゴモゴとしたようだったが何も思い浮かばず、顔を紅潮させてそむけてしまった。
「そちらの方達は?」
とアーダベルトが聞くと二人ともが各々名乗りを上げた
男の方は、リュディガー・フォン・グローマン。ニコラウスと同じくらいの体躯で良く鍛えられていそうだった。長い髪を無造作に伸ばしている感じだが、似合ってはいた。
女の方は、ギルベルタ・ブレターニッツ。背丈はロミルダとほぼ一緒だが血の様に紅いブルネットの長い髪が印象的だった。二人共にディングフェルダー家のゲフォルクシャフトを担う者だと称した。
ゲフォルクシャフトとは、王国にある一般的な従士制度の事であり、また、それと同時に領主直属の幹部組織の名称に使われる。王国の各領主が保有する諸侯軍の一般的な区分けとして、戦や野盗討伐の為の一般兵、街の治安維持の為の憲兵団、そして、それらをまとめる為の直臣と指揮官にその嫡子で構成されゲフォルクシャフトと云われる近衛家臣団の三つに分けられる。ニコラウスの兄であるブルメスター家の嫡子も所属している。但し、そちらは超幹部候補としてだが。
二人は確かに年上では有るが、それほどアーダベルト達と離れているようには見えなかったので、(有力家臣の子弟かな?)とアーダベルトは中りを付けた。
一先ず六人は、狩場の手前の狼の出没地域の手前まで馬で行き、それから徒歩で向かう事を打ち合わせして、各二人づつ一頭の馬に分乗して向かう事となった。ニコラウスとロミルダに一頭与えられ、リュディガーはエデルガルドを乗せ、ギルベルタの馬にはアーダベルトが身を預ける事になった。
当初、ギルベルタはエデルガルドと一緒に乗ろうとしたようだったが、リュディガーが「お嬢様をお守りする役目は、グローマン家が担わせてもらう」の一言で強引にその役を買って出たのだった。アーダベルトはこの時、この競い合いは家柄の優劣か、それとも男女の差か、はたまた個人的なものだろうかと考えていた。文官も兼ねる家臣と比べ、武術のみに拠って立つ純武官にしてみれば、確かに治世が続き戦が極端に少なくなった以上、それは手柄を立てて爵位なり恩賞なりを得る機会が少なくなったとも言える。
このような中央から遠く離れた僻地でも、中央よりはマシとは言え、そういった争いはある物なのだなと改めて判らせられた。また、それと同時にニコラウスやロミルダ、ギルドハウスのマクダレーネたち市井の人たちとの出会いは、アーダベルトにとって実に貴重なものに感じられたのだった。
「ガーゲルン殿、馬上はどちらが良いか?」
謂い回しは丁寧だが、少々、ぶっきら棒にギルベルタはアーダベルトに問いかけた。鞍は一応、二人乗り用の物が掛けられていたが、その前か後ろのどちらに乗るかとギルベルタは聞いたのだった。
「馬に(二人で)乗るのは、子供の頃しかありませんでしたのでお任せします。
それとグローマン様、ブレターニッツ様、自分は平民の身、“殿”は必要ありません。どうかガーゲルンと呼び捨てでお呼び下さい」
アーダベルトは、即座に笑顔でギルベルタに対応した。
馬の速度は並足だったが、それでも徒歩と比べようも無く速く、いつもは四時間ほど掛かる時間も二時間強ほどに縮められそうだった。
馬上の道行きリュディガーの方は、馬を併走させて何かとアーダベルトやニコラウス達に気さくに話しかけてきた。それとは対称的に一緒に馬上にいるギルベルタの方は、必要事項以外に殆ど会話らしい会話は交さず、アーダベルトに“殿”と敬称を付けて呼ぶ事は止めなかった。
アーダベルトは心の中で、(怖い怖い、障らぬ大神になんとやら)と呟いていた。
事前に決めた係留地に付くとリュディガーとギルベルタに目的の場所はここから片道三十分くらいの場所なので、往復で一時間ほどで戻る旨を伝えた。リュディガーは、「適当に時間を潰すさ」と答え、ギルベルタは「剣を振っている」とそれぞれ、らしいといえばらしい答えが返ってきた。二人がすんなり待つ事に同意した所を見ると、どうやら上から、かなり厳重な申し渡し有ったのだろうとアーダベルトは推量した。
「さぁ!はりきってまいりましょうぉー!」
一人だけ元気なエデルガルドが先頭を切って歩き出すと、やれやれと言った顔でニコラウスとロミルダが左右の後方に付き従って歩き始めた――その刹那、アーダベルトの背筋に冷たいものが奔った。反射的に振り返りそうになったが即座に押し留め、ニコラウスとロミルダも同様に半場振り返る処のその背中をそっと押した。二人は何か良いたさげでは有ったが、アーダベルトの真剣な瞳を見ると無言のまま前を向いて歩き出した。
アーダベルトは立ち止まり、首だけ横を向けて、「お嬢様は必ず無事にお連れ致します」と後方で待つ事になった二人に言った。
「おう、よろしくなっ!」
「よろしくお願い致します」
少し歩くとロミルダが「あれは、どっち?」とつぶやいた。心なしか声が震えている。
「多分……アーダベルトはどちらか判ったか?」
「ええ――」
「何の話ですの?」
アーダベルトが言いかけた時、蚊帳の外だったエデルガルドが割り込んできた。
「馬番をしてもらっているあの二人のどちらかから、殺気を当てられんですよ、エデル様」
ロミルダが三人を代表して答えたが、殺気を当てると言うものがどういうものかエデルガルドにとってピンと来なかったらしく「ほぉ……?」と言って首を傾げた。
アーダベルトは、「怪談話は嗜まれますか?」とエデルガルドに聞き、「古典ならば少しは」と返答を得ると、
「夜、お屋敷でお嬢様が寝付けずにふいに目を覚ますとします。窓から差し込む月明かりに誘われて窓辺に立つと背後の闇の中に何か蠢く気配を感じます。背筋を冷たい蟲が駆け上がるような、全身の鳥肌が粟立つような感覚。ですが怖くて振り向くことが出来ない。
その時に感じる自分を害する目的の気配に似たものを感じたのです」
「……き、聞くんじゃありませんでしたわっ!」と言って、エデルガルドは身震いした。
「武術をある程度嗜むと、相手を本気で害する気になると自ずと出てしまうものですし、感じ取れるものなのです。本来は、その殺気を押さえ込み、隠す事が本質ですが」
「なるほど、なんとなくですが理解しましたわ。あの二人のどちらかが皆さんに敵意を向けたという事ですね?」
「ブレターニッツ様の方ですね。
それとまだ敵意とは呼べませんよ。アレは“脅し”ですから」
「脅し?」
「ええ、『お嬢様に何かあったら只では、済まさない』というね。
ギルベルタ・ブレターニッツ様というお方は、中々、一途な方のようですね。それ故、周りが見えなくなる性格とお見受けします、少々危うく感じますが」
「……やっぱり、分かる方には分かるのですね。
ブレターニッツ家は、代々武術を尊ぶ家柄でその反面、少々融通が効かないところが有るのです。信用は置けるのですが、その……」
「要領が悪い、ですか?グローマン様とは真逆に?」
「何故それを……」
「はじめ、お嬢様をどちらの馬に載せるかで主張し合ってたようにお見受けします。グローマン様は、そのように厳しく格式の上下に拘る方。
そして私はもちろん平民であり、ブルメスター様もハンターといて平民になる予定です。本来、轡を並べる事も憚れます。にも拘らず、我々に愛想良く振舞ってくれた。
それは何故か?
賓客扱いで領主様が遇してくれるように説いていただけたのでしょう。そして、ブルメスター様は筆頭家臣のご子息。そこに見え隠れしているんです。覚えを目出度くしておこうと言う行動が、要領の良さという名の野心がね」
ニコラウスとロミルダには、ある程度慣れたアーダベルトの観察眼だったが、初めて目の当たりにしたエデルガルドは、目を見開いて口をパクパクとさせた。
「驚くのを通り越して、呆れましたわ。貴方、一体――」
そう呟きかけた時、三人は同時にエデルガルドをそれぞれが引っ張るように身を伏せさせた。ロミルダが人差し指を唇の前に立てて、静かにするようにエデルガルドに合図を送った。
「鹿だ」とニコラウスが微かに呟く。
三人は、胸ほどのある麻の群生地と膝辺りまで茂っている草原地の境界を縫うように進んできたが、その草原地の草を食んでいる立派な角を持った鹿がエデルガルドにも確認できた。
「皆さん、少しお待ちいただけますか」
そう言うや否やエデルガルドは、すっくと立ち上がり、鹿の方向に手をかざす様に腕を伸ばすと険しい表情で前を凝視した。
何事かと三人が釣られて手をかざす先へと視線を送ると、まるで酔っ払ったように鹿は、ふらふらと数歩だけ進んだ後、昏倒するように倒れた。
「眠っているだけなので、止めをお願いします」
(これは……魔術だとっ!これを試す為に同行を願ったのか!?
とんでもない貧乏くじだ!)
少しの間、エデルガルドを除く全員の時間が止まったような空気が流れた。それは警戒と言う緊張の糸が途切れた時間でも合った。
“それ”に一番早く気付き、行動したのはアーダベルトだった。エデルガルドに近かった右手で彼女をを突き飛ばし、左手は即座に剣を抜き払った。
巨大な爪がアーダベルトの左肩の肉を装備ごと吹き飛ばしながら、そのまま圧し掛かる。
“それ”は、アーダベルトの薙いだ刃をその顎門でガチガチと噛み受け、彼を右前足で地面に押さえ込んでいる。
一頭の巨大な虎であった。
次回 第09話 害獣襲来 につづく
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初出 2014/12/17 に『小説家になろう』 http://ncode.syosetu.com/n4997cj/ にうpしたものです。
解説:本来、ドイツ語で近衛隊なりにすると、所謂SSとなってしまうので、敢えてゲフォルクシャフトと併用させました。
一先ず、後一話でアディル君のハンター入門編と言うべき章が終わります。
今回、出てきた新キャラは、物語にどう絡んで行くのでしょう。
二人とも今後も出てきますです( ノ゜Д゜)ヨッ!
また、これからの話や裏設定などは、Twitterの方で時たま呟いてたりもします。
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