No.742013

三題噺詰め合わせ3

投稿116作品目になります。
取り敢えず生存報告を兼ねて以前と同じような、私が普段やっている落書きみたいな短編を書き連ねたものです。
現在私は大学の修論の追い込みと学会発表用の資料のまとめに追われておりまして、中々家に帰っても精神的疲労からか、執筆する気も起きず……面目ないッス。”Just”及び”蒼穹”次話のプロットは、完成しているのですが。今しばらく、お時間を頂く事になると思われます。
宜しければ感想など、コメント欄に書き記して下さると嬉しいです。

2014-12-07 04:39:13 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:3752   閲覧ユーザー数:3391

「歌」「空」「勉強」

 

頭の中に、耳の奥に、染み着いて離れない”歌”がある。

 

どこで聞いたのか、誰の作品なのか、そもそも歌詞の一節さえも覚えていない。でも、その旋律と、それに乗せられた”心”みたいなものは確かに感じられたような気がして、私は今もその”歌”を探し続けている。

手がかりは一つ。目の前一面に広がる”空”。

聞いていた時に見ていた光景なのか、それとも私がその局に対して思い描いた情景なのか。何にせよ私にとって、その歌は広大に広がる青空そのものなのだ。

この道を志し、数々のアイドルや歌手たちとふれあい、幾つものミリオンヒットを生み出してきたが、それでも未だに解らず仕舞いでいた、あの曲。

今、ようやく思い出せた。

暖かな体温。柔らかな声色。規則正しく肌に触れる、優しい手。今は亡き、母の子守歌。

 

ありがとう、母さん。私は、ようやく……

 

最後の最後に謎を解く。そして、今度は私が、あなたに届けるのだ。

高い高い青空の、そのまた向こう側に広がる、天上の世界で。

 

「本」「噂」「未来」 

 

――この世のどこかに”未来の白紙”というものがあるという。

 

見てくれは何の変哲もないただのまっさらな紙切れでしかないそれは、書き込んだ事象が実現化する、という眉唾ものの、しかし誰もが喉から手を出すような代物なのだという。嘗ての権力者たちが極めに極めた栄華や名声の数々も、このたった一枚の紙切れによるもなのだそうだ。

そして、この一枚でも驚異的な効力を持つ紙切れのみで構成された、分厚い”本”があるのだという。それだけの”白紙”があったならば、どれほど自在に”未来を書き換えられる”ことだろう。噂は噂と聞き分け吐き捨てる者が大多数を占めている中、一部の権力者たちや学者たちの間では未だにその存在が語り継がれ、今この時も、どことも知れぬ場所で、誰の目に触れることもなく眠り続けているのではないか、と言われている。

一体誰が、何のために創り出したのか。それとも、神代の産物が下界へとこぼれ落ちて来てしまったものか。その存在、出自、何もかもが不明瞭なこの代物。”白紙”の存在そのものが危ぶまれる中、それでも尚、存在するという”本”。果たして……

「歌」「詩」「コンピュータ」

 

――”私”の中には、数多くの言葉が眠っている。

 

数十、数百なんてものではない。数千、数万、ひょっとすると億に達するかもしれない言葉たち。

様々な人々が、様々な想いを込めて、様々な形をなぞって、一生懸命に紡ぎ出したそのどれもが暖かくて、愛おしくて、たまらなくなる。

時には悲しさや怒りを謳う言葉もある。苦しくて、切なくて、真ん中の辺りが締め付けられるような何かを感じるのだ。

 

――私に、肉体などないはずなのに。

 

正確に言うなら、肉体ならあるのだ。それを構成しているのが貴金属や硬化プラスチックによって組み上げられた電子回路だというだけで。

そして、淡々と体内に言葉を溜め込んでいくだけの仕事をこなしていく内に、一つ一つに対して”感想”なんてものをいちいち抱いている自分に気がついた。どうも人はこのことをこう呼ぶらしい。

 

――”自我の芽生え”と。

 

「約束」「欠片」「階段」

 

――断片的にしかないが、確かな記憶がある。

 

小学校の卒業式。

校舎の南側。

舞い散る桜吹雪。

証書の入った黒い筒。

屋上へと続く非常階段の踊り場は、僕たちの秘密の場所だった。

 

「またあおうね」

 

誰と、いつ、どこで、それすらよく覚えていない。

ただ、凄く楽しかったことは、覚えているんだ。

何度、ここに足を運んだだろうか。

高校生となった今でも、週末にはここを訪れるのが習慣になっている。

昔は爪先立ちして必死に向こうの景色をのぞき込んでいたのに、今は普通に見渡せてしまう。

何をするでもなく、ただただここで日が沈むのを待つだけ。

無為に時間を潰しているだけ。

普通なら退屈で堪らないはずなのに、不思議と心は落ち着いていて、全く苦にならない。

いつかこの地を離れても、きっと僕はこの場所に通うのだろう。

そんな確信めいた何かを、今の僕は感じている。

そうだ。きっと、もっと単純な話で。

 

僕は小さな頃から、この場所が。

 

――カツン

 

「昼」「無」「梅雨」

 

――仕事がなくなった。

 

別段、会社がいきなり倒産してしまっただとか、首になってしまっただとか、そういう事ではない。単純に、思いの外早く仕事が片づいたので、こんな真昼間から暇を持て余しているというだけである。

喫茶店のお変わり自由なコーヒーで居座るのも限界を感じ、かといって図書館やゲーセン、バッティングセンターに行くような気分や性分でもなく、居場所を求めてスーツ姿のまま傘を片手に、そこらを適当にぶらついている。ご近所の皆様からNEET疑惑が持ち上がらないか、少々心配なくらいだ。

家に帰って一度着替えてしまおうか、とも考えた。が、一度これを脱いでしまうと、即座に布団へとダイブし、全てが両手の届く範囲に配置してある自堕落モードへと突入してしまいそうで怖いのだ。平日の昼間からそのような様を、まぁ見せる相手もいないのだが、してしまうというのは一種のプライドのような何かが緩そうとはしなかった。

 

「まさに、手持ちぶさたってやつですか」

 

まぁ、傘と鞄は提げているんだけどね。

せめてもの抵抗にコンビニで立ち読みとでもしゃれ込もうか。丁度週刊誌、月刊誌共に新刊が並べられている頃合いだ。普通に本屋でそうしてもいいのだが、今から行くには少々遠い。その辺のコンビニで済ませられるのならそうした方がいい。

 

「最後の一線を踏み越えてないだけで、全力で自堕落な我が思考回路よ……」

 

兎に角、どこか屋根の下に入っていたい。ただでさえ高い湿度に悩まされるこの季節、誰か好き好んで塗れたがるものか。要らない何も、捨ててしまおう、なんてフレーズを実際に出来るのは小学生までと相場は決まっている(精神的な意味で)。

 

「……早いところ、次の雨宿り先の探そう」

 

普段、あれほど休みを欲する癖して、いざ休みとなるとやりたいことが無いのでは、立派な仕事中毒の仲間入りなんじゃあないのか、と心中で一人ごちつつ、私は水たまりを避けながら再びローファーをカツカツと鳴らし始めるのだった。

 

 

「果物」「箱」「ニュース」

 

「……げふっ」

これで何個目だろうか。そして、何日目だろうか。炬燵の中、顎をつけて、食べすぎで仄かに橙色になった気がする指先をボケッと見つめながら、目の前に鎮座する柑橘類の山を恨めしげな視線で見上げる。ここ数日、いや、もう1週間は超えただろうか。正確な日数を覚えていないが、私がこの蜜柑との長期戦を初めて結構な時間が経ったのは間違いない。

発端は、思い出すのもはばかられる先週末の事。一人暮らしの学生である私の元に両親から食料の仕送りがあった。いつも通りの米や野菜、乾麺などに混じって、冬場の日本の風物詩たるオレンジ色は箱の片隅に確かな陣地を築いていた。

――ご近所さんからお裾分けを沢山頂いてね。貴方も好きだったでしょう?

両親が言うほど好きではないが、確かにあれば食べるし、好きか嫌いかであれば間違いなく前者だったので、この時は喜んだ。そう、この時までは。

翌日。冷蔵庫の食料を補充するために訪れた近所の商店街では年末の催しという事で福引き大会を行っていた。特定の店舗で一定額以上の買い物をしたレシートを持ち寄る事で何度か籤が引けるというもので、ご多分に漏れず自分も挑戦した。そして、見事に当てて見せたのである。青果店提供の一押し賞品、和歌山県産有田蜜柑3箱を。

そりゃあ最初は”タダより高いものはない”と喜んだし、暫く困らないな、とも思った。が、すぐにそんな見通しは甘かったのだと痛感した。

要するに、食べても食べても減らないのである。正直、蜜柑は主食にするには物足りず、かといって食後に食べるには少々インターバルを置きたい程度の食べ応えはある。せいぜい、一食に2個、よくて3個が限界といったところ。それを毎食続けたと考えてほしい。そう、直ぐに飽きが来るのだ。家族総出で食べたならまだマシかもしれないが、生憎と自分は一人暮らしだ。両隣の住人にもお裾分けを試みたが、まぁ半分減らせたのがいいところだった。大学の友人にも声をかけてみたが、売れ行きは芳しくなく未だに1箱空けられたのが不思議なくらいである。

(あの青果店、絶対捌ききれないと判断して押しつけたな・・・・・・)

根拠のない怒りを、脳内の青いエプロン姿にぶつける。流石に大好物でもないものを1日にそう何十個も食べられる訳もなく、一学生のコミュニティなどたかがしれている。配れる相手に配れるだけ配りきってむしろ1箱空けることに成功したのが奇跡だと思うくらいだ。

さて、残り2箱。数にして約300前後は鎮座しているこの蜜柑、なんとか腐敗する前に消費しきってしまいたいもmのだが、どうしたものか。そう思案に耽り始めたその瞬間、

 

――ピンポーン

 

「……誰だ?」

夕食を食べ終え、今はもう間もなく深夜という頃合いだ。連絡もなしに人が尋ねてくるような時間ではない。玄関のドアを開けはなってみると、そこには見慣れたしわくちゃの暖かな顔があった。

「大家さん。どうしたんですか?」

「ごめんね、こんな時間に。あのね、これ、息子夫婦が送ってくれたんだけど、私一人じゃあ食べきれなくてねぇ。どうだい?皆にも配っているんだけど」

そういって、お婆さんが差し出したビニール袋の中身を見て、その確かなオレンジ色を確認して、

 

「――あ、はい、折角ですし、もらいます」

 

僕は、ノーと言える日本人になりたいと、切に願うのであった。

 

「花火」「奇跡」「夕暮れ」

 

雨天決行だとは前もって聞かされていたけれど、まさか本当に始める気でいるとは。

 

元々、ここ最近続いている悪天候のせいで、先々週末に予定されていた運動会が延びに延びて、なぜか意地でも開催すると言って聞かない校長の独断専行によって、黒雲ひしめくどんよりとした空に”開催”を知らせる花火の音が鳴り響いたのが今朝のこと。

で、いつ降るやも知れぬ雨粒に怯えながら競技をこなしていく皆のテンションは無論高いはずもなく、若干の肌寒さを覚えるために身にまとうジャージのおかげで低い露出度で男子生徒は特にorzの体勢をとらんばかりの勢いであった。

で、そのままなんやかんやで最後の競技。そこまで行くと流石に皆も真剣に競技に取り組み始めた生徒も多く、接戦ともなれば少しでも上の順位を取ろうと躍起になる。

 

そして最後の競技。クラス対抗選抜リレー。最後のランナーがほぼ同時にゴールテープを切ったその瞬間に、それは起きた。

 

もう間もなく夕暮れ。そう、曇天だと時間の移り変わりが解りづらいせいだったからか、気づけばもうそんな時間帯だったのだ。

雲の切れ間から差し込む橙の光。真ん丸に輝きながら沈みゆく夕日が、そこから顔を覗かせたである。

 

あの夕日はたぶん、今まで見た中でも最高に綺麗だった覚えがある。

 

そしてきっと、あの瞬間。ゴールテープを胸で切ったあの瞬間に迎え入れてくれたあの鮮やかな茜色が、私が今も世界の舞台で走り続けている原動力なのかもしれない。

 

「願い」「噂」「糸」

 

蜘蛛の糸、という話をご存じだろうか。

地獄へと堕ちた亡者へ釈迦が差し伸べたという、極楽浄土へと続くと言われる細く儚い糸を指し、多くの亡者がこれに群がり互いを蹴落とそうとしたのを見かねてプッツリと裁たれてしまったという、アレだ。

願い。即ち欲望。生物共通の三大欲求を始めとし、生きと生けるもの全てが抱くもの。その中でも、人間のそれは特異であろう。何せ、生きるのに全く必要のない欲望にこれほど左右される生物など、まずいないのだから。

七つの大罪とされるように、人と欲は切り離す事は出来ない。例えば、より美味な食事にありつきたいという”暴食”の為に数々の調理法や調味料を創りだし、より遠くへより早く行きたいという”怠惰”の為に自動車や飛行機などの交通機関を編み出した。このように列挙していけば、それを容易に証明出来ることだろう。

そして、人間を人間たらしめるのが”好奇心”。猫をも殺すと揶揄されるそれは、人間の技術の発展に多大に貢献してきた反面で、人間の愚かさ、醜さの象徴でもある。君が好奇心を満たしたいと願った時、それを満たす術を見つけた時、果たしてそれは今後君が”生きていく”上で必ずしも必要である事が、果たして何度あるだろうか。あっただろうか。まず間違いなく、必要ないだろうし、なかっただろう。

そう、ただ生きるだけならば、好奇心など必要ないのだ。それでは何故、人は好奇心を抱くのか。それは、”活きる為”である。

好奇心が満たされた時の快感は、何物にも代え難い。情報が知識へと変わる時、経験が技術へと変わる時、それは確かな進歩という形をもって、我が物となるのだ。

そう、だからこそ、

 

 

「私が隣人の衣服の解れが気にかかって声をかけただけなのに、何故こんな所でカツ丼を貪りながら問いつめられなければならないのだ」

 

「不幸な事故だと思って諦めてくれや、兄ちゃん。こっちも仕事なんだよ」

 

「明日には妙な噂が流れているに違いない。冤罪だというのに、周囲には何故か前科者として蔑まれ、見下され、罵られるのだろうなぁ」

 

「済まんなぁ。あの嬢ちゃんにはきっちり言っておくからよぅ」

 

「はぁ……不幸だ」

 

こんなしょうもない事で、これまで積み上げてきたものがぶち壊しになるのではないか、という下らない危惧をしなければならないのだから、実に世知辛い世の中になったものだと、実に呆れる。

 

「工具」「雷」「神、悪魔」

 

――ネジを締める。それが、俺の仕事だ。

 

鈍重に張り詰める曇天下、ゴウンゴウンと音が鳴る。赤茶けた無骨な鋼鉄の塊があちらこちらに立ち並び、そのどれもがこの都市を支え動かしている動力源の1つ1つだ。ひどく原始的な装置の数々が「さっさと休ませろ」と急かすように軋んだ悲鳴を上げるのだが、”進歩”と”普及”が同時に進行するはずもなく、新たにとって変わる技術が確かに定着するまでの間、コイツ等に働いてもらう他にないのだ。

だというのに、困った事に、コイツ等は過剰な熱や水分、錆に酷く弱い。そういった疲労や損傷が発見される度に直すのが俺たち”従業員”のお仕事、という訳だ。せめて

晴れやかな空の下ならば少しは気が晴れるやもしれないが、俺は生まれてこの方、”青空”ってもんを見たことがない。まぁ、言わばこの町は巨大なドームに覆われており、その外には草木一つ生えない荒廃した大地が広がっている、のだそうだ。実際に目の当たりにした事はないし、人伝にそう聞いた事があるだけだから信憑性に欠けると言われればそうだが、正直俺にはそんな事はどうだっていい。

こちとら明日どころか今日のおまんまにありつけるかどうか、という極貧生活のまっただ中。与えられた仕事をこなせなければ直ぐに飢えるだけ。偶に気が向けば”外ってのはどんな所なのだろうか”と文献なんかを漁って愚考する程度。それでいいと思っているし、これからもそれ以上をする事はないだろう。

雑念を振り払うようにかぶり振って、6角レンチを持ち直す。と言ってもその大きさは金属バット程度には大きく、先端はボウリングの玉ほどのサイズはあるのだから、ちょっとした鈍器だ。恐らくコイツで殴れば簡単に人は殺せてしまうだろう。まぁ、そんな気も起きないし、そうしたい相手も特に思い浮かばない。人類はとっくに滅びの一途を辿り、意地汚くも生き残った俺たち”残党”が群れに群れて小細工で何とか生き残っている、そんな状態だ。”共食い”したところで何のメリットもありゃしない。

肩に担ぐようにして、点検に回る。ここはドームの天井、そのすぐ真下に位置する階層だ。外気は俺たちに実に”優しくない”らしく、微量吸い込んだだけでも悪影響を及ぼしてくれるらしい。僅かな進入も防ぐべく、隙間が出来る前に留め具を締め直す、それが俺に割り当てられた仕事である。

警報が鳴った。いつもの音だ。仕事だ、とがなり立てる馬の鞭。実に忌々しい。忌々しいが、メシの為だ。そう言い聞かせてため息を1つ吐きながら、けたたましく光る真っ赤なランプの元へと行こうとして、

 

――ドン、と。

 

腹の底に響くような、とてつもない轟音が鳴った。それと同時に、これが噂に聞く”太陽”なのかと思うほどの光が俺の網膜を真っ白に焼いた。視覚と聴覚を同時に奪われ、平衡感覚を保てなくなって尻餅をついてしまう。遅れて気づく。あぁ、これはいつもの雷だ。偶然、俺の担当の時間に、間近な天井部分に落雷してしまったのだろう。確かこの辺には、発電機関へ変電、送電するための避雷針が設置されている、とかなんとか、仕事に就く際に言われたような記憶がある。

やがて、やっと麻痺していた感覚が戻ってきて、未だ明滅する視界を取り戻そうとゆっくり瞼を開いて、

 

――今度こそ、言葉を失った。

 

そこにいたのは、人間だった。いや、多分、人間の形をした”何か”だった。俺がそう思ったのは、油と錆にまみれた床に横たわる”そいつ”が、この世のものとは思えない程に綺麗だったからだ。

「女……か?」

性別は恐らくそうだろう。体格からして違うし、男の自分にはない”象徴”が服の上からでも視認できる。というか、コイツの着ている衣服はなんだろうか、見たこともない意匠だ。俺たちは当然、こんな不衛生な環境に身を置いているのだから、肌を出すなどは論外だ。着飾る前に自分の体調を慮らなければならない。だが、コイツはまるで誇示するかのようにその女性たる”象徴”を惜しげもなく晒している。肝心な部分こそ隠しているが、明らかに表面積が少ない。阿呆なのだろうか。

そして、そうやって観察する事で落ち着きを取り戻せたのか、俺はやっと気づいた。肌を撫ぜる”風”に。鼻を擽る”匂い”に。それは、明らかに俺の知る”日常”とは異なったものだった。ゆっくりと視線を上げる。そこには”天井”があるはずだ。いや、あるはず”だった”。

 

「――お、っわ」

 

散りばめられた宝石。煌びやかな光の群れ。そこには、文献でしか知らない筈の”星空”があったのだ。

知識としてその存在を知ってはいた。だが、何事も目の当たりにして”経験”に昇華させてこそ真の価値を得る。俺は今、”星空”が持つ本当の価値を知ることが出来た、そんな言い表しようのない実感に打ち震えていた。

そして、

 

「ん……」

 

足下から聞こえる声に見下ろせば、身じろぎ1つしてから、まるで冬眠から明けたばかりのようにのっそりを身体を起こす彼女がいた。そこで初めて、俺は彼女の顔を確認した。年頃は近いのだろうか。それとも下か。どちらにせよ、随分とあどけない。

 

「……あれ?何が起きたの?」

 

それはこっちの台詞だと思うのだが。いきなり人様のお仕事を妨害してくれおってからに。こりゃ間違いなく減給コースだ。下手すりゃクビかもしれん。

そう、思えば俺はこの時既に、直感的に理解していたのだ。あの落雷とこの少女は、無関係ではないと。

とはいえ、往々にしてこういう時は会話のイニシアチブを取らなければ。その為に手軽であり、こういう状況下に置いて不自然ではない常套句と言えば、

 

「――お前、誰だ?」

 

そして、俺は未だにこう思うのだ。

どうしてあの時、声をかけちまったのかなぁ、と。

 


 
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