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真恋姫無双幻夢伝 第五章7話『江夏の太陽』

黄祖討伐戦、完結!孫家編はまだ続きます。

2014-11-26 18:02:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1923   閲覧ユーザー数:1737

   真恋姫無双 幻夢伝 第五章 7話 『江夏の太陽』

 

 

 早朝、寝ぼけた警備兵が、江夏城の城壁の上で欠伸をする。口から白く濁った息がもれる。目の前は朝靄で覆われており、遠くを見ようとしても10m先は見えない。片手に持つ槍はひんやりと冷たく、時折吹く風に身を凍えさせる。昨晩の配置転換により、ここにいる兵士の数は少なく、立ち並ぶ兵士同士の間隔は広いために、気晴らしの会話をすることも出来ない。

 その朝靄の向こうから、急に、地鳴りが響いてきた。

 

「なんだ?!」

「敵か?!」

 

 驚いた兵士たちが口々に騒ぎ出す。目を急いで擦り、朝靄の中へ視線を向けた。

 そして彼らがその靄に映る影の中に見たものとは、江南では珍しい、騎馬集団であった。『汝』と『呉』の旗印が見える。

 

「進め!奴らを震え上がらせるぞ!」

 

 大地にアキラの号令が轟く。彼らの馬には笹が付けられていて、馬が走ることで舞う土埃は、よりこちらの兵力を大きく見せるだろう。その証拠に、城壁の上の兵士の影が大きく動いている。よほど動揺しているに違いない。

 正門守護の担当らしき武将が、城壁の上で右往左往する彼らに叱咤していた。

 

「なにをしている!あれは見せかけに過ぎない!さっさと持ち場にもどっ…!」

 

 怒鳴り散らす彼の首筋を、恋が放った矢が貫いた。よほど目が良く、そしてよほどの弓の腕がなければ出来ない芸当である。絶命した武将が、城壁から下に落ちて行くのが見える。

 

「さすがだ、恋!」

「隊長!そろそろ、やってもいい?!」

「よし!やってくれ!」

 

 はい、なの!と元気よく返事をした沙和は、後方の兵士たちに大きく剣を振って合図を出した。すぐさま合図が返ってくる。

 

「隊長、もうすぐ来るの!」

「到着までに、こっちは敵の数を減らすぞ。幸いにもここの城壁は低い。火炎瓶も投げ込んでやろう」

「分かったの!」

 

 アキラを先頭に、汝南軍は城壁に近づく。堀があるため、それ以上は近づくことは出来ない。しかし彼らは馬に乗りながら器用に敵の矢を避け、城壁の上に向かって次々と矢を打ち込み、火炎瓶を投げていた。騎射の技術はそう簡単なものではないが、日頃の訓練がそれを可能にしていた。

 最前線で戦っていたアキラの頬を矢がかすめた。小さい切り傷から血が流れることを気にするそぶりも見せず、アキラは弓矢をつがえる。彼女たちと同じぐらいの軽装で戦うアキラのその様子を、沙和がひやひやした心持ちで見ていた。

 

「隊長!そんなに前に出たら危ないの!」

「自分の心配をしていろ!それに、俺がいるとなれば、余計に相手は怯えるはずだ!」

 

 そう言ってアキラは矢を放つ。かなりの勢いで飛ぶその矢は、敵の兵士の一人を見事に貫いた。

 その時、アキラたちの後ろから、歩兵たちの姿が見えてきた。

 

「来たか!」

 

 アキラたちが道を開けると、そこから大量の木材を兵士が、複数の2輪の荷車に乗せて運んできた。この木材は、アキラたちが乗っていた船の中の1隻を解体したものである。

 

「堀に投げ込め!」

 

 アキラの命令通り、兵士たちは運んできた荷車ごと、堀に次々と投げ込んでいく。命令を下す武将が倒されてしまった敵の兵士たちは、唖然として見ているだけだった。

 

「火をつけろ!」

 

 火炎瓶が投げ込まれ、堀の中から火が上がる。しかしこの程度の炎なら、石造りの城壁を傷つけることすらできない。城壁の上にいる黄祖軍は、アキラたちの意図が分からなかった。

 しかしアキラは自分のもくろみ通り、事が運んでいることに満足していた。

 

「後は任せたぞ、蓮華」

 

 彼は港の方を向いて、そう呼びかけていた。

 

 

 

 

 

 

 こちらも朝靄が立ち込めている長江に、呉の船団が浮かんでいる。こんな早朝というのに目を血走らせた彼らはじっと、時を待っていた。

 先陣には、昨日と同じく明命が任命されている。彼女は甲板の上で、黙って靄の向こうを見ていた。

 この靄が少し晴れてきたと思った時、うっすらと手旗信号を送る小舟の姿が見えてきた。

 

「周泰さま!偵察艇より連絡が来ました」

「静かにしてください。敵に気付かれます……それで、なんと?」

「はい、『港を守っていた兵士の移動を確認。さらに江夏の正門から煙が上がるのを目視した』と」

「煙が……?」

 

 アキラと音々音の策とは、まず『呉』の旗印を掲げ、かつ兵力を大きく見せることで、主力はこちらに移動したと見せることにあった。さらに正門付近に煙を上げることで、陥落寸前と勘違いさせ、黄祖の動揺を誘う。幸運なことに、正門を守る将が恋に打ち取られたことで、正確な情報が黄祖に届いていなかった。

 そしてこうした細工の結果、港の兵士は移動し、呉の軍団の進路が開けた。

 明命は表情を満面の笑みに変える。もう勝ったかのようだ。

 

「行きます!全員、沈黙を保ったまま、武具の用意をして下さい。すぐに着きますよ」

 

 呉の兵士たちは黙って頷く。そして船は櫂を水に浸し、まだ靄が残る川をゆっくりと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 正午前、江夏城は落ちた。

 城内の廊下を、アキラは早足で進む。完全に敵の虚をつけたようで、主な戦闘は屋外で行われていた。ここの廊下も損傷が少ない。

 彼はやがて黄祖の執務室に辿りついた。大きな扉はちょうつがいが壊されていて倒されている。

 

「蓮華!」

 

 蓮華が入ってきた彼の方を振り返る。彼女の足元には仰向けに倒れている男の姿があり、彼女が持つ剣からは血が茶色の絨毯へ滴っていた。

 高価そうな家具が並ぶ部屋に倒れていたその男の顔を、アキラは近づいて見た。すでに死んでいる。

 そしてまた、彼女の顔を見て尋ねた。

 

「これが黄祖か?」

「………」

 

 何も言わない彼女の目に、だんだんと涙がたまっていく。そして手の力が抜け、剣を床に落とすと、アキラの胸に抱きついた。

 彼の胸の中で、蓮華は小さな声を出す。

 

「……やった…やったわ……アキラ!」

 

 その声は涙ぐんでいた。アキラも強く抱きしめ返す。

 

「私…やっと、勝ったのよ……ありがとう…ありがとう…」

「頑張ったな、蓮華」

 

 ポンポンと蓮華の頭を撫でる。その行為に、今まで泣きじゃくんでいた彼女の心臓が飛び跳ねた。

 やがて涙が止まった。でも彼女は、より甘えるように彼の胸に顔をうずめた。この行為が徐々に癖になっていることに蓮華は気付いていたが、なかなか止められなかった。少し汗臭く、そして力強い彼の身体を、もっと堪能したい。抱きしめる力をより強く。胸の中で顔をすりすりと動かす。

 

「うおっほん!」

 

 その時、大きな咳払いが響いた。慌てて飛び退いた蓮華が振り向くと、普段よりも確実にイライラとした様子の思春が立っていた。

 彼女は真っ赤な顔の自分の主君に忠告した。

 

「蓮華様、まだ敵が隠れているかもしれません。お気を抜かないように」

「わ、わかっている!」

 

 恥ずかしそうにして、蓮華は彼らに背を向ける。それを横目で見た思春は、つかつかとアキラに近寄って行く。

 

「なんだよ、甘寧。いいところだったのに」

 

 アキラはにやりと笑みを浮かべる。初心な彼女とは違い、まったく恥ずかしさを感じていない。それを理解した思春は、急に刀を彼の首筋に付きつけた。

 

「おいおいおい」

「思春!なにをしているの!」

 

 主君の言葉にも耳を貸さず、彼女は低い声でこう言った。

 

「……確かにお前に蓮華様を頼むと言った。だが、ここまでしろとは言っていない!」

「こ、ここまでって、どういう意味よ?!」

「何言っているんだ。そこまでしていないさ……まだ」

「まだ?!まだってなによ?!」

 

 二人の間で慌てる蓮華を無視して、思春の説教は続く。

 

「敵とはいえ、黄祖にもっと敬意を払え!死者の前で、いちゃいちゃするな!」

「ああ、それは悪かったな」

「いちゃいちゃなんかしていないわよ!」

「どうせ、お前から抱きついたのだろう。少しは場をわきまえろ!」

「いや、これは……」

「ご、ごめんなさい」

「…えっ、蓮華様……?」

 

 なんとなく分が悪いことを察した思春は、やっと刀を収めた。そして大きなため息をつくと、蓮華の顔を見て、次にアキラの方を見た。そうして彼女は、照れ臭そうに感謝の意を伝えるのだった。

 

「やり方はけしからん。が、確かに蓮華さまは元気になられた。それは感謝する」

「思春……」

「だが!これ以上は無用だ!近づかないように、私が監視するからな、覚悟しておけ」

 

 そう言い終えた思春は、唖然とする蓮華と、まいったなという表情で頭を掻くアキラが見つめる中、部屋を出て行こうとする。その出口で立ち止まると、照れる顔をスカーフで隠しながら、アキラたちを見ずにこう言い残すのだった。

 

「これから、私のことは思春と呼べ。ただし、勘違いはするなよ」

 

 思春は去った。我に返った蓮華は剣を拾い、鞘に収めた。

 

「…思春だって、真名を渡しているじゃない……」

 

 小さく漏らした不満は、アキラには聞こえなかった。

 とにかく、全ては終わったのだ。アキラたちも帰らなければならない。呉では盛大な歓迎が待っているであろう。

 

「蓮華、俺たちも帰ろう」

「ええ」

 

 部屋を出て廊下を歩く。自分たちの足音しか聞こえない。アキラの後ろを蓮華が付いて行く。

 廊下の横の窓から光が入ってくる。アキラは自分の手を見つめる彼女の視線に気が付いた。すると彼は蓮華の隣に並び、彼女の手を取る。

 

「あっ」

 

 彼女の白い左手を、彼の大きな右手が包んだ。彼女は恥ずかしそうに下を向く。だけど、その手はしっかりと彼の手を握りしめていた。

 二人の影が重なる。誰もいない廊下を歩く彼らを、暖かい日の光が照らし続けていた。

 


 
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